ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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【ウマ娘】メイクデビュー

 

「天気予報♪天気予報♪」

 部室のテレビにかじりついているのはジェルだ。

 3人の中で一番早くメイクデビューを迎えることになり、最新の天気予報には目を光らせている。

 

「でもさ、ダートならそんな変わらなくない?」

「私的にダートは重が最悪、不良なら最高。次が良ですから」

「不良ってどれくらい?」

「水たまりができるぐらい」

 うわぁ、と泥だらけのターフをイメージしたあたしが嫌そうな顔になった。

 

「よーし!金土日全部雨!降水確率90パーセント!最高ですね」

「あのさぁ、あたしたちも応援に行くつもりなんだけど?」

 新潟まではちょっと遠いが、仲間のメイクデビューとあっては流石に一人送り出してテレビ観戦というわけには――

「あ、いいですよ。私一人で行ってきますから。当日の流れはこの前レート先輩の出走に同伴させていただいて覚えましたので」

――メイクデビューから単独出走するのこいつ?

 

「というか、このタイミングで風邪ひくセンセイが悪いですから」

 

 昨日熱っぽいといってチーム活動を早めに解散させた木野トレーナーは今日熱が38℃まで上がったらしく、ただの風邪かインフルかコロナかは知らないが、うつしてジェルのパフォーマンスに影響が出ないよう、しばらく年休を取っている。

 なおスペシャルレート先輩が外泊届を出して昨日から放課後直行で看病に行っていた。

 たかが風邪で大げさな、とは思うが、あの二人は普段からこういうものなのであまり気にしてない。

 

 あたしらルーキーにはたどり着けない「領域」というやつだろう。

 

「アイルさんは来週ですよね?調整間に合いますか?」

「リベが管理してくれてるから大丈夫だよ」

 テーブルのパソコン越しに、リヴェッティが親指を立てた。

「ジェル同志の新潟1800mは逃げウマなし、一人旅で行けそうですよ。2つの意味で」

 リベのスカウトデータがジェルのウマホに転送される。

 

「サンキュ……うわ容量めっちゃ食った。土曜のレースだけど、土砂降り濃厚ですので前乗りしますね。新幹線止まると拙いから」

「わかった。あたしたちはテレビで応援してるよ」

「いってらっしゃい。メイクデビュー勝てば移動費滞在費お土産代ぜーんぶペイできますよ」

 そりゃそうだ、と言った後、3人でお土産談議に入った。

 

 

――第4コーナーを回って、直線に向かいます。

ジェルディサヴォアもう一度突き放して2バ身のリード、追い上げる9番カナエヤングスター。

200を切って、大外に持ち出して追い込んでくる1番のモールベアですが、先頭7番ジェルディサヴォア逃げ切ってゴールイン!デビュー勝ちです――

 

 

「やってんねえジェル」

「苦しそうな顔してますよ。あれワザとですよワザと」

 メイクデビューだというのに本当に一人で行ってしまったジェルを、部室のソファーで寝転がって応援した。

「ああ、やっぱりワザと最後止まったんだ。おかしいなと思ったんだ」

 熱が下がった木野トレーナーも今日は部室に顔を出している。

「みんなジェルちゃんはダートでそこそこ程度の子だと思うわね」

 

 ゴール後、内ラチにもたれかかって息を整えているジェルディサヴォアがアップにされるが、口からなにか白いゴムのようなものがはみ出していた。

「ジェル、何咥えてんの?」

「マウスピースです。なんか付けてないと呼吸が上手く入らないとかなんとか」

「ああやって咥えるの、バスケットとかラグビーの選手で見たことあるな」

 そう言う木野トレーナーは、はしたないから早く戻せといいたそうな表情だった。

 

 一通りのレースが終わればウイニングライブが始まる。

 あたしはトレセン学園に入学するまで見たことがなかったが、最終の12Rを走った生徒がすぐにこれをやるのはしんどそうだ。

 

「次はあたしかあ。小倉はどうなんだろう」

「当然前残りですけど、アイルさんのスピードがあれば普通に差し切れますよ」

 リベが登録情報を調べてくれた。

「早いうちにデビューする強みだな。今年デビュー予定の子でもまだ担当が決まってない子も多いから」

 コーヒーを飲みながら第4Rを観戦する木野トレーナー。

 こちらは新潟外回りの1600mメイクデビュー戦なので、そこそこ有力なチームからの出走も多い。

「アイルのメイクデビューはレートも同じ日に出るから俺もいっしょに行けるんだが、リヴェッティはどうする?」

 リベはちょっと考えて、行きます、と言った。

 

 夏の小倉は快晴。

 あたしは第3Rだが、8Rに出走するレート先輩はのんびりとアイスを食べている。

「……先輩、今からアイス食べて大丈夫なんですか?」

「ん~?まあ大丈夫よ。お腹減っても走れないし」

 スプーンを咥えて出走新聞を広げるレート先輩。

 普通にホテルの朝食ビュッフェでもがっつり食べていたが、重くなったりしないのか。

 

「大丈夫大丈夫。体重なんて目安でしかないから。どれくらいがちょうどいいかは普段から見てりゃ分かるさ」

 

 チームによっては毎日の体重を記録しなければならないところもあると聞くが、木野トレーナーは体重の報告はいらない、それどころか体重を計る必要もないとまで言い切っている。

 

「さて、アイル、いいかい。小倉はバックストレッチからゴールまでずっと下り坂だ。確実に勝ちに行くなら前につけて、3コーナーから先頭に立って押し切る。勢いがついて止まらないから、多少苦しくてもゴールまで行けてしまうんだ。

差しにこだわるにしても3コーナーから一気に前に行く。でも当然遠心力が凄いからね。ま、先行策が間違いないだろう」

 控室で木野トレーナーから最後の作戦指示を聞く。

「1番人気だし多少マークはきつくなると思うけど、この時期にデビューする子たちはそこまでは出来ないさ。自分のことで精いっぱいだからね」

 

 本バ場に出ると拍手で迎えられた。中継で見たジェルの時よりはるかに大きい。あっちは土砂降りだったから、外に出てくる観客はほとんどいなかった。

 ゲートの中はやはり狭い。とにかく早く出たいと、どうもそわそわする。

 スタートはあまりよろしくなかったと思う。と言っても今日は10人で走るのでスペースに余裕はある。

 いきなり先頭に立った前の2人は上り坂でスピードが落ちたので、あたしは一気に詰まったバ群の外を回して3番手まで上がっておく。

 確かにほかの子たちはまだ遅い。下手に後ろについてスリップなど使わなくても走り切れそうだった。

 作戦通り、3,4コーナーの中間から先頭に立ち、あとは下り坂に追われるようにして駆け抜ける。

 

 横に誰もいないし後ろの音も聞こえなかった。

 

 いったんゴールを駆け抜けた後、戻って着順掲示板とタイムを確認する。

 時計は1分49秒7の4バ身差。

 

 バ場の出口付近でレート先輩とリベが手を振っていたので軽く振り返す。

 ジェルは今週はお休みだが、レート先輩そろそろパドック行かなくていいのかな。

 採決室には木野トレーナーが待っていた。背中のゼッケンを外すのを手伝ってもらう。

「初勝利おめでとう。完璧なレースだったよ」

「ありがと。この後はどうすれば?」

 一応下見はしているとはいえ、初めてのレースとなれば勝手もわからない。

 

「メインレースクラスだとそのまま控室が使えるんだけどね。更衣室で着替えて、シャワーを浴びておいで。シャワールームは更衣室の奥にあるのは大丈夫だよね?さすがにほかの子もいる中で俺が更衣室に入って説明するわけにもいかないからね」

「大丈夫。さっき確認した」

「ならよし。着替えたらしばらく待機なんだ。ウイニングライブは12レースが終わってからだからね。終わるまで帰れないってこと。リヴェッティがさっきの場所で場所取りしてるから、行ってみるといいよ」

「ん。了解」

 

 更衣室でシャワーを浴びて着替えると、ちょうどレート先輩が入ってくるところだった。

「お、アイルちゃん初戦突破おめでとー。早速センターね」

「ん、ありがと。レート先輩も頑張って」

「あはは、私はこのメンバーじゃよくて4着かなあ。バックダンサーの一番真ん中ね」

 

 私ぐらいになるとね、とレート先輩は続ける。

 

「勝つのも大事だけど、細く長く賞金をもらえるクラスで稼ぐのも大事なのよ。上のクラスで着外を繰り返すよりか、このクラスでギリギリ賞金をもらえるところで走った方が稼げることもあるしね」

 

『――2着だとクラスは上がらないけど賞金は美味しいからね。実質2,3着争いがトップ争いみたいなもんよ』

 後ろで着替えていた別の先輩が髪を束ねながら声をかけてきた。

「あら、ベリー。聞いてたの?」

 ベリーと呼ばれた先輩があたしの後ろに立った。

 

「2戦ぶりだねレート。今日のメンバーはどうなの?」

「“若いの”が2人、それ以外はお馴染みのメンバーね」

 皆が適切な間隔で出走し、なおかつ得意距離が同じとなれば、ずっと同じクラスで走っている生徒はかなりの確率でレースが被る。

 

「げ、“若いの”が2人もいるの?センター争い無理じゃん」

「……あの、『若いの』、ってなに?」

「んー、上を目指して張り切ってる子、って言えばいいかしらね。特に下のクラスを勝ってすぐの子は情報がないのよ。同じクラスとはいえすごく強かったりするから、そういう子と張り合うのは得策じゃないってことね」

 

「ああ、ちなみにわざと負けよう、ってわけじゃないよ?それは違反だからね。自分にとって最高の順位を手に入れるためにターゲットを別の子にする、って感じ?」

 これは平場クラスだけでなく、GⅠクラスでも珍しくない作戦ではある。

 なんとなく居た堪れなくなり、頑張って、とだけ残して更衣室を出た。

 

 アイスを2つ買ってスタンドに戻ると、リベが別会場の中継放送を見ていた。

「リベ、アイス一つ食べない?」

「おお、ゴチになります。そしてデビュー戦勝利、おめでとうございます」

「ん。ありがと。暑いからすぐ溶けるよ」

 というか、リベが受け取ってくれないとあたしもアイスを食べられない。

 

「気になる子いた?」

 リベが首を横に振った。

「この時期は流石に……9月ぐらいにならないと」

 

 アイスを食べ終わると、早めにパドックに向かう。

 レート先輩も、さっきのベリー先輩もリラックスしてほかの先輩方と談笑をしている。

 その中で2人だけ、ストレッチを繰り返したり、トレーナーと最後の打ち合わせをしたりと雰囲気が違う子がいる。

 あの2人が「若いの」だろう。

 

 第7Rを見終わったファンがパドックに戻ってくると、お披露目の開始である。

 と言ってもベテラン達はステージに上がると一礼して、軽く手を振るだけでサッサと降りていった。

 レート先輩と目が合ったので手を振ると、先輩も軽く手を上げてくれた。

 ファンより先に暑いスタンドに戻り、ゴール手前100mほどのところに場所を取る。

 

 コースに出てきた先輩方は、やはり軽いウォーミングアップを終わらせるとさっさとスタートゲートの後ろに行ってしまった。

 あの場所にはミストが出ているので、涼しいところの奪い合いも一つの競争なのだ。

 

 一方で張り切っている2人はウォーミングアップをした後も芝の状態をチェックしたり、シューズの紐を結びなおしたりと確かにせわしない感じを受ける。

 小倉芝1200m戦は向こう正面からのスタートなので、スタンドからはスタートの様子はよく見えない。

 ファンファーレが鳴り、ゲートに誘導される先輩方の姿がターフビジョンに映しだされた。

 

 レート先輩は上々のスタートを切って4番手の外につけているようだ。

「もう一つ前に行きたかったねえ」

 隣で木野トレーナーがボヤいた。

 バ群が4コーナーを回り先輩方の足音が大きくなってくる。

 内から一気に先頭に立ったのは“若いの”のうちの一人。もう一人もレート先輩の外から並びかけている。

 

 残り200mを切ってもレート先輩は3番手で粘っていた。

 スタンド中から「頑張れ!」という声が聞こえる。

 出走バのトレーナーはそれぞれ教え子の名前を叫んでいるが、木野トレーナーは腕を組んだままだ。

 残り100 mを切って、私たちの真ん前でレート先輩が少し前に出たように見えた。

 が、先輩はそのあとフッと力を抜いたように減速、4番手に下がった。

 

「よし、そこまででいい」

 

 木野トレーナーが隣で小さくつぶやいた。

 次の瞬間、レート先輩と競り合っていた子が躓くようにして転倒、ターフに叩きつけられた。

 スタンドの応援の声はどよめきに変わり、その子の担当トレーナーが柵を飛び越えるようにしてターフに駆け込んでいった。

 

「アイルにも言ったんだが」

 木野トレーナーが、3着でゴールしたレート先輩に親指を立てて合図をしながら話し出した。

「小倉レース場はバックストレッチからゴールまでずっと下りなんだ。特に1200m戦はひたすら下っていくだけのレース。簡単に脚とスピードの限界を超えられるんだよ。

レートが力を抜いたのは、あれ以上スピードを上げると怪我をするって判断したからなんだ。自分の身体のことをよく理解したベテランならではの技だね」

 

 倒れた子は私たちの目の前で担架に乗せられ、トレーナーとともに救急車で運ばれていった。

 

「おそらくあの子は骨折は免れない。ターフに戻ってこれるかはわからないけど、こういうことがよく起きるから、小倉と京都は気を付けるんだよ」

 木野トレーナーが淡々と警告をする。この冷静さはトレーナーとしての技の一つらしい。

 故障をした生徒がいて、それによって自分の教え子が順位を上げたとき、喜ぶ素振りを見せるとバッシングの対象になりやすいのだとか。

 

 レースを終え戻ってくる先輩方も、ターフを去る際に事故が起こった場所に軽く目をやっている。

 先輩曰く、心配する素振りを見せているだけで特に何も慮ったりはしていない、保身の術の一つだそうだ。

 

 夏の西国は12Rが終了する時間になってもまだ日は高い。

 日没まであと2時間半はあろうかという時間帯に、レース後恒例のウイニングライブが始まった。

 といっても小倉レース場ではGⅠ級レースはない。

 ということは必然的に、12R分すべて「Make debut !」を踊るわけだ。

 

 どう考えても客は飽きるので、まずは前座としてあたし達メイクデビュー組が踊り、次いで今日の重賞、GⅢ北九州記念のメンバー。

 そのあとは3勝クラスからクラスが高い順に平場組という出演順になっている。

 

 つまり実質的に最初の3曲でライブの大半は終了となるのだ。

 

 あたしが踊った後、後半のほうになって出てきたレート先輩たちの8R組はというと、センターを獲った『若いの』は張り切って踊っているが、先輩方はだいぶ手を抜いたダンスをしつつ目線で上手く愛想を振り撒いていた。

 

 この時期の小倉は夏レースの中では人気がある方らしい。

 冬場の暗くなってから行われるライブより、日光がよく当たる時間帯のライブのほうが体操着が透けるからだそうだ。

 先輩方もそれはよくわかっているらしく、あまり見られたくない人は黒目のインナーを着たり、なるべく汗をかかないように省エネダンスをするが、それもファンサービスだと割り切っている人は胸を強調するようなダンスをしている。

 

 レート先輩がたまに笑い話にするのだが、注目を集めようとノーブラで出演したのがバレた知り合いは1ヵ月の出走停止処分を食らったそうだ。

 今夜には様々なBBSやSNSでライブの写真がアップロードされ、ダウンロードされ、削除されのいたちごっこが繰り広げられることだろう。

 





次は本編、明日か明後日には投稿間に合うかもしれません。


転倒した子も実馬なら間違いなく予後ってますね。
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