ウマ娘ver.まったく書けていなくてすみません。
レースシーンはありません。
9月も暮れ。
強豪チームの新人たちも続々とデビューし、情報誌がクラシック候補を探しに走り回る中、あたしとレート先輩は坂路コースで併走していた。
「よし、もう一本走ったら終わりでいいかな。時間もそろそろだし」
「ん、先輩お願い」
リベもメイクデビュー勝ちを収め、今年の新人が全員初戦勝ち上がりという弱小チームにとっての大快挙を成し遂げたが、その分こうやってコースに出ていると他チームの偵察が多い。
一方でジェルが単走をしているところにはほとんど誰も見に来ないところを見ると、ジェルの印象操作は上手くいっているようだ。
先行するレート先輩を一気に追い抜く。ストップウォッチを首から下げた木野トレーナーが親指を立てた。
「上々だね。順調だ。いきなりGⅡも考えたんだが、阪神マイル(デイリー杯)は短いし東スポや百日草には期間が空きすぎるんでな。東京1800mのアイビーSを考えているんだけど、どう?」
それでも短そうだけどな、と木野トレーナーが笑う。
「大丈夫。それで」
「よし。どうしても2歳から3歳の春まで、2000mを超えるレースが少ないんだ。あったとしても大抵中山でね。阪神まで待つのも考えたんだけど」
すると木野トレーナーの後ろから男性トレーナーが歩いてくるのが肩越しに見えた。
「トレーナー、お客様よ」
レート先輩の言葉に、木野トレーナーが振り返った。
「ん、ああ、南坂さん。なにかありました?」
「ええ……日は改めてでいいんですが、アイルシリウスさんに併走の申し込みに」
「なるほど。お相手は?」
「日程にもよりますので今のところは未定ですが、ウチのシニア選手を考えていまして」
シニア?ジュニアではなく?
「シニアですか。さすがに役不足ではありませんか?」
「まさか。現にシニアのスペシャルレートと五分に併せてるじゃないですか」
ということだけど、どう?と木野トレーナーが振り返った。
「あたしは構わないけど……他のみんなは?」
「うーん……ちょっと聞いてみようか。南坂さん、他の子にも声かけてみていいですか?」
「ええ、ええ。もちろんです。いずれリヴェッティさんにも申し込もうかと思っていたんですよ。この前のメイクデビュー、凄かったですねえ」
リベは2週間前に行われたメイクデビュー中山2000mで7バ身差の圧勝をしたばかりである。
「ああ、ごめんね着替え中に。リベもそこにいる?――ああ、ごめんごめん、着てからでいいよ。ちょっと今ね、カノープスの南坂トレーナーから併走の申し込みがあってね。アイルはOKらしいんだけどジェルとリヴェッティはどうする?」
ジェルとリベは別メニューでプールトレーニングをしていたので、ちょうど終わって着替えているところだったようだ。
「ああ、分かった。了解――南坂さん、どうも2人とも乗り気じゃないようで、今回はすいみませんがアイルだけでお願いできますか」
ジェルはダート路線(に見せかけている)から当然と言えば当然なのだが、リベも拒否したようだ。
併走は来週の水曜日、出走予定のアイビーSから2週間前に決まった。
上位チームのカノープスの方がコースの予約は取りやすいからと、南坂トレーナーが予約を入れてくれた。
「では、また来週お邪魔します」
南坂トレーナーが去って行ったあと、部室に戻ると頭にタオルを巻いたジェルとリベが帰っていた。
「あ、どうもお疲れ様です」
ジェルが頭からタオルを外して木野トレーナーに挨拶をした。
「ああ、いいよそのままで――今日はどうだったの?」
「ジェルに一回も勝てませんでしたよ」
リベが口を尖らせた。
「よく泳ぐねえ。水分補給はした?」
ジェルとリベが同時にうなずいた。
「ならよし。ジェルは来週いっぱい調整して再来週にはレースだからね。アイルのレースも近いから、当分は今日と同じような2チームでやる。リヴェッティは予定通り11月の黄菊賞から行くよ」
木野トレーナーにとっては嬉しい悲鳴というか、今まで経験したことがない忙しさというか、同年代の3人が同時に勝ち上がり、お互いレースでつぶし合うことがないようにスケジュールを組む必要があった。
しかも3人とも得意距離、苦手距離が近く、短~マイルだらけのジュニア戦では中距離レースを何とか調整しなければならなかった。
という事情もあり、レート先輩が木野トレーナーのサポートに走り回っており、自分の出走予定をあたしに合わせているという状態だ。
「おっと、すまん。解散するか。アイルは戻ってシャワー浴びておいで」
木野トレーナーが冷蔵庫のスポーツドリンクをほい、と投げてよこした。
ノーコン過ぎてまるであさってのジェルの方に変な回転をしながら飛んでいったので、ジェルがキャッチしてあたしに渡した。
「それじゃあ、私達も失礼しますね」
ジェルがリベの肩をポンと叩くと、リベもタブレットを鞄に投げ込み、席を立った。
部室を出て少し歩いたところで、ジェルが顔を前に向けたまま話し出した。
「リベたん、レート先輩の時計ですけど――」
リベが小さく頷いた。
「重賞、とまではいかないですけど、2勝クラス突破は十分いけるタイムなんですよ。ベストは東京マイル」
「アイルのアイビーSが終わったら併せてもらいましょう。私はジュニア優駿行かないので、冬は全休します」
「了解です同志。あとで皆さんと、木野トレーナーにもスケジュールを送りますから」
あたし達3人のスケジュールやタイム管理を一手に担っているリベ。
トレーニングメニューもトレーナーに先んじてスケジュールを組み、木野トレーナーの了承をもらう。
レース場に見学に行ったときも第1Rから第12Rまでデータを精査しているため、9Rぐらいでタブレットのバッテリーが切れると泣きそうな顔になる。
では木野トレーナーは、というと、ジェルとリベはあまり手腕を信用していないのが実情であった。
あたしは取りあえず指示された通りにメニューをこなしているが。
美浦寮に帰り、お風呂からあがった後、リベが3人を談話室に集めた。
「大事な話になりますが、10月の末にクラシック競走の第1回登録の締切があります。なので忘れないうちに3人とも済ましておきたいんですが、いいですか?」
「あー、そうだね。リベがやってくれるの?」
「はいです。引き落とし口座はそれぞれ入力してもらうとして、今なら1レースごとに、1万、3万、36万の3回払いで合計40万で済みます」
「1レースごとね。了解。あたしは皐月賞とダービーでいいかな」
ではアイルさんからやりましょう、とリベが手元のノートパソコンを叩き始めた。
「はい、じゃあここに口座番号いれてください」
「口座番号?」
「あー、っと、通帳の……そう、その番号です」
そもそもあたしは小学校を卒業したばかりで、銀行口座も作りたてであり、勝手がわからない。
リベとジェルに手伝ってもらって、ようやく第1回の登録を完了した。
「次は同志の分ですね。えーと、皐月賞、ダービー、菊花賞と」
カタカタとリベの指がキーの上を踊り、リベが画面をグイとジェルの方に向けた。
ジェルは自分のウマホを見ながら、数字を入力する。
「OKです。あとはリベたんの分を」
ジェルがパソコンをくるりと回した。
「秋華賞は必要なんですか?これ」
リベが自分のページを開いている。
「いらないみたいですよ。ティアラは桜と樫だけで」
「あれ?桜花賞、オークス、秋華賞でティアラじゃないの?」
チッチッ、とリベが指を振った。
「正式には秋華賞はクラシックではなくてですね…ティアラ路線での『クラシック』三冠は桜、樫、菊なんですよ」
そうしたらマイルの桜花賞と3000mの菊花賞との幅が大きすぎるので京都2400mのエリザベス女王杯をティアラ三冠目に指定したそうだ。
「よしっ……と。これで終わりです」
リベがパソコンをパタンと閉じた。
「それから、同志とレート先輩の併走の件ですが、プラタナス賞が終わった翌週を予定してます。東京最終の土曜日、芝1600mに間に合うようにしますから」
ジェルが、了解、と頷いた。
「重賞に出走できるまではいけそうですか?」
「行けると思いますよ。問題は体幹……でしょうか?」
ふーん、とジェルが鼻を鳴らした。
「大方、添い寝の配置で腰を一方に曲げてるとかそんなもんでしょう。まあ、併走で矯正できるならそれはそれで……」
先輩が右側かあ――そう考えるとあたしもプッと笑ってしまった。
「おーい、そろそろ消灯だよ。鍵かけるから出てくれないか」
寮長が談話室のドアを開けた。
「あ、ごめん姐さん。今出るから」
あたしは自分の通帳やメモ帳を急いで鞄に戻した。
「あ、そうだアイルさん。私たちはちょっと明日の朝時間いただきたいので、朝食のテーブル確保していただけませんか。アサイチでは入れなさそうですので」
リベの言葉に黙って親指を立てると、あたしたちは寮長に追い立てられるように談話室を出た。