サセックスS(3歳以上 GⅠ)
グローリアス・グッドウッド・ミーティングはアスコットと比べればカジュアルである。
アン女王が建設したアスコット競馬場と第3代リッチモンド公爵が建築したグッドウッド競馬場。
王室と公爵の地位の差という面もあるのだろう。
なお残念ながら、アン女王も第3代リッチモンド公爵も直系の後継者がいなかったので、アスコット競馬場とグッドウッド競馬場をそれぞれ所有する現イギリス王室とリッチモンド公爵家の両方とも、本人の血は流れていない。
5日間連続開催であり、平地GⅠは3レース。
初日に行われるグッドウッドCはかつてステイヤーズミリオンの第2戦に位置付けられており、第1戦にあたるのゴールドカップを圧勝したジェルディサヴォアが出てこないとなってはオッズも割れている。
流石本場イギリスの競馬場とあって、馬主や調教師の待遇がよく、谷地は家族、井野と秦両調教師、そして記者の寺尾まで招待して、グッドウッド競馬場のオーナーズ・レストランで昼食をとっていた。
「今年は2頭だけでしたが、来年は3頭、行きたいですね」
いかにも気取った感じでグラスを傾けながら、谷地が井野に話しかけた。
なお、グラスの中身はオレンジジュースである。
「ジェルのキングジョージを回避しても、ですか?」
谷地は頷いた。
「まあ、それもシビアレコードがここで好走できれば、の話ですが」
「モーリッシュは流石に今年で引退です。いくらステイヤーは寿命が長いといっても、さすがに8歳では」
「よく頑張ってくれましたよ。正直、重賞も厳しいかなと思っていたのですが、まさかGⅠまで」
谷地と秦調教師がグラスをぶつけた。
「モーリッシュは、今年の勝算はあるんですか?」
谷地が秦に聞いた。
「前走は度外視できます。さすがに馬場が荒れすぎていました。左回りと右回り、両方に対応できるのは強みですね」
グッドウッド競馬場の3219m戦は、左カーブの途中からスタートする。
その後、右回りのコーナーを3つ回って最終直線。
コーナーが複雑なうえにアップダウンが激しいコースで、確実なコース取りと手前替え、そして折り合いが重視される。
モーリッシュは天皇賞春だけでなく、ダイヤモンドSやアルゼンチン共和国杯なども勝っており、左回り自体は苦にしていない。
「逆に井野センセイ、シビアレコードはどうです?」
「やっぱり敵は距離でしょうか。ハッキリ言って、短い。とはいえ、今まで強引にマイルを使ってきたので、
あとはこのコースとの相性と、マコがちゃんとペース配分ができるかどうか。しらさぎSでは完全に主導権取られてましたからねえ……」
谷地がクククッと笑ってオレンジジュースを飲み干した。
「あれは笑ってしまいましたねえ。進藤君には悪いけど。最高のレースをしたのに当の本人が一番わかってなかったんですからね」
「ま、あれで一皮むけてくれてたらいいんですが」
「ジェルが負けたんで、100万£のボーナスはなくなりましたから、入着でよしとなればリラックスできないものでしょうか」
残念ながら、到底無理な話だった。
タダでさえ初GⅠという大舞台を海外のビッグ・レースで迎え、ましてや今後のためにも目先の1勝をなんとしても欲しい進藤にとって、入着で良し、という考えはすぐ、勝ちたい、に塗り替えられてしまっている。
渡英した最初の夜こそ時差ボケでぐっすり眠れたものの、グッドウッド・ミーティングが近づくにつれて睡眠時間は短く断続的になり、加えてザ・グッドウッドホテルの格調にも押されて夜は全く眠れていない。
ベテランの騎手ならビールの一杯でも飲んで寝るものだが、ルーキーの進藤は当然未成年である。
初日の第4レース、現地時間15時05分。
モーリッシュがゲートに収まった。
上々のスタートを切ると一気に左ラチに寄せ、最初の左カーブをロス無く進む。
ここからは少し難しいところで、次は2連続の右カーブになるため、左側のラチから徐々に離れ、右側につけていく。
トレセンの狭いコースでのみ調教を積んできた日本馬が躓きやすいポイントのひとつ。
ラチに寄せてコースなりに走るのではなく、騎手の微妙な調整に従わなくてはならないからだ。
障害レースの
だがそこはキャリアも長い太刀川である。
長く手綱を預けているモーリッシュも完全に折り合い、次のコーナーに向けてじわじわと右に寄っていくと、最内を確保した。
このまま経済コースを進んでもオープンストレッチがあるのだから進路の心配はない。
このあともう一度軽い左カーブがあり、そして直角どころか70°近くになる鋭角コーナーが待ち受ける。
このため、多少のロスをしてもアウトインアウトのコース取りをするように左側に寄っておくのがセオリーだ。
しかし太刀川は最短コースの右ラチ沿いにモーリッシュを誘導した。
馬群からは一頭離れて走っている格好になったが、コーナリングは完璧。
むしろしっかり息を入れてスローペースでコーナーを回ると、ロスがなかった分ポジションをキープして最終直線へ。
外回りコースなので1000mに迫る直線の入り口から気合をつけると、追う間もなく突き放し、オープンストレッチは譲らんとばかりに内埒にピッタリ張り付くと、右ムチ4発だけでラチ沿いをキープする。
外から1番人気のジェノアが少しずつ差を詰めてくるが、最短距離を進んだ分脚が溜まっていたモーリッシュは半馬身差を残して勝利した。
「どうです、オーナー。約束通り、メルボルンは譲ってもらいますよ?」
秦調教師が谷地の肩を叩いた。
「もちろんです。なんなら、カドラン賞も行きますか?」
「いえ、残念ですが、ロンシャンは流石に馬場が苦しそうなので」
ギャラリーの喝采を浴びながら、モーリッシュが太刀川を乗せてウイナーズサークルに帰ってきた。
「
谷地が手を伸ばすと、太刀川も馬上からがっちり握手をした。
「祈、約束通り、メルボルン行くぞ」
泰調教師は、よっしゃ、と強く拳を握った太刀川の手を取って下馬を手伝うと、すぐインタビューが始まった。
その夜、つまりはサセックスSの前夜、進藤誠紅騎手はなかなか寝付けなかった。
馬房で完全に寝っ転がってイビキをかいているシビアレコードとは対照的である。
スマホでひたすらシビアレコードの動画を見返したり、今日の昼に行われたGⅠ・グッドウッドカップで華麗に勝利を収めたモーリッシュと、太刀川騎手のインタビュー動画などを繰り返し眺めていた。
ようやく睡魔に襲われてもすぐ目が覚めてしまう。
まだサセックスSでぶっちぎりの優勝をして、大喝采を浴びている夢を見ていればマシだったのだが、大差のシンガリ負けの挙げ句にシビアレコードの鞍上を降ろされ、100勝どころかこの先1勝もできず井野調教師からもクビにされ、騎手引退をするような悪夢だった。
冷えた水をガブ飲みし、ぬるめのシャワーをもう一度浴びてベットに戻る。
いっそテロでも起きて中止になってほしいとまで願いながら、当日の朝を迎えた。
ジョッキールームは当日仕事がある騎手と通訳しか入れないため、雑談相手にもならない通訳を除けばボッチである。
シビアレコードの斤量は約58.06kg。
ぐっすり寝てピカピカの馬体になったシビアレコードが、鞍をつけてパドックに姿を現した。
4番人気で単勝オッズ6/1となっているが、ターンと金属音を響かせて1歩目を踏み出すと、後ろの馬の脚がすくんで立ち止まるほどである。
「土俵入りじゃねえんだぞ……」
コウヘイが溜息をつきながら首筋を叩くと、カツンカツンと一定のリズムを刻みながら周回を始めた。
「おい、マコ」
ベストターンドアウト賞の受賞式を終えた井野が、進藤騎手を呼び止めた。
進藤は唇が紫色になるほどガチガチになっている。
「緊張すんな、って言っても無理な話だよな。とりあえず絶対に忘れちゃならないことは一つだ。ここは文字通りハロン棒だから、『2』の標識でもまだ400mあるんだ。そこは飛ばねえようにしとけ」
「はい……」
小さく返事をした進藤をシビアレコードに跨らせると、シビアレコードが首を大きくまげて鞍上の進藤を見た。
進藤がパドックに出てきてからすぐ跨ったので、甘える時間が足りなかったようだ。
「ここは難しいコースだからな。無駄なことはしねえで、他の馬についていけばいいんだ。いつもどおり、600……あー、3ハロンの標識が過ぎたら少しずつ促せばいい。残り2ハロンからが勝負だ」
一応すべての脚の蹄鉄を確認して、馬場に送り出した。
グッドウッド競馬場のマイル戦は内回り。
スタートから最初の200mほどが下り坂、そこから200mほど上り坂を迎え、残る1200mはゴールまでほぼ下り坂という脚が溜まりにくいコースだ。
昨日行われたグッドウッドカップのような外回りになると最終コーナーは上り坂が一層キツくなるが、マイルならほとんどが下りであった。
8頭立ての真ん中4番枠からのスタートだが、初めてのゲートにしては落ち着いている。
隣5番枠のグロウファクターが少し枠入りを渋ってもイライラした感情はなさそうで、隣の枠を覗き込んでいた。
スタートも悪くなかったが、進藤が慎重に進め過ぎたのか行き脚はつかず、7番手のニアムラギラから2馬身遅れての最後方からの競馬となった。
上り坂では最後方をキープしたままゆっくりと進み、下り坂で少しポジションを回復。
スピードがつきすぎないように進藤が手綱を引くと、少し首を上げてシビアレコードのペースが落ち着いた。
これでもまだ残りは1200mほどある。
ヨーイドンの競馬に慣れている日本馬にとっては難しいところであるが、直線に入ってからもまだ600mから700mほど残っているので、そこから一気に追い出すのは早い。
ましてやコーナーの途中で加速を始めるのは早すぎるのだ。
ちょっとスピードが乗りすぎてしまいそうなところを、進藤が手綱を押さえて調整する。
シビアレコードもイレ込まずに従った。
馬群は縦長。
このあと残り2ハロンからオープンストレッチが始まるのだが、小頭数で縦長ならば外に振ってもロスはなさそうだ。
直線に入ると、進藤がシビアレコードを外に誘導した。
シビアレコードの耳は立ったまま、ニアムラギラの外に付ける。
前が開いたことでシビアレコードが少し動きたそうな素振りを見せたが、進藤ががっちりと手綱を押さえていると分かると、首を下げて呼吸を落ち着かせた。
ここまでしっかりと馬をリードしていた進藤は、勝負どころが近づくにつれて頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
あれほど井野が念を押していたのに、残り3ハロンの標識を残り300mと勘違いしてしまったのだ。
(ヤバい、遅れた!)
進藤は急いで手綱をしごきだした。
急にGOサインが出されたので、シビアレコードもびっくりして耳を絞り、加速の態勢に入った。
もしこれがジェルディサヴォアだったらここで一気にトップスピードに乗ってしまうのだが、加速が緩やかなシビアレコードだったのは不幸中の幸いである。
徐々に加速し、トップスピードに乗ったのは残り2.5ハロン、約500mの辺りである。
ポジションは一気に上がって4番手の大外。
進藤が左ムチを入れると、左手前に替わって一気に馬体が沈んだ。
進藤の手綱を引っ張るように首を目いっぱい伸ばし、1ハロン標識を待たずして先頭へ。
2番手から一気に抜け出しを図った1番人気のヴォタポドックの騎手が「嘘だろう」という表情で過ぎ去っていく背中を見つめている。
進藤はゴールはまだかと、ひたすら追い続けていた。
普段より200mは余計に追っているのだから、イメージ以上にゴールが遠く感じたのは当然である。
周りが見えていないから、すでに5馬身以上差がついていることにも気づかず、最後の最後まで手綱をしごき通した。
国際放送を見ていた人は残り2ハロンからの速度がほとんど落ちず、常に42から43
時速に換算すると67から69km/hで、サラブレッドとしてのほぼ限界値であった。
残念ながらカルストンライトオがアイビスサマーダッシュで記録した時速75km/hにはまだまだ届かなかったが、下り坂とはいえ欧州の馬場でこれをやられたら1分36秒47の好時計もしかたがないというもの。
ゴールしてようやく落ち着いた進藤が右手を大きく突き上げたが、スタンドでは井野が柵を殴って怒りを顕にしていた。
なおもう一つ不幸中の幸いというべきことがあり、それは進藤がガムシャラに追いまくった結果、またムチを入れるのを忘れてしまっていたことだ。
これだけの着差がついて、かつ走路は馬場の真ん中を走っており、別段ラチに激突する心配もない中で余計にムチを入れると、回数制限には抵触しなくても戒告か騎乗停止の対象になってしまうところであった。
進藤は日本人騎手最年少GⅠ勝利となったわけだが、それを噛み締めて涙を流す余裕はなかった。
いくらこれが世界的な大レースだったとしても、進藤の目標は「31勝」であり、そこに届かなければこの1勝も価値がなくなってしまう。
喜ぶべきなのか、あくまで通過点として次に向けて切り替えるべきなのか分からなくなり過呼吸を起こしてしまい、ウイニングランもそこそこにとりあえず井野調教師のもとに帰ろうとシビアレコードを促した。
「お疲れ。追いすぎだバカ野郎」
ウィナーズサークルに帰ってきた進藤に最初にかけられた声は祝福ではなく叱責であった。
頭を井野がバンと叩き、ヘルメット越しだが衝撃は脳天に響いた。
「痛てっ……」
進藤は一瞬で浮ついた気分も過呼吸も治まった。
「何馬身つけたと思ってやがる。パンクさせる気か。
もうレコードは別定戦出せねえんだ。次は中6週でセントライト記念出すってのに」
このタイムを出してしまっては、アルゼンチン共和国杯でもトップハンデどころか3歳で60kgハンデにもなりかねない。
「ほれ、インタビューだ。行って来い」
井野は通訳を呼び寄せると、進藤をシビアレコードから降ろし寺尾が待つインタビューエリアを指差した。
「これで19勝目ですか。ギリギリ間に合いそうですね」
進藤の背中を見送りながら、谷地が井野に声をかけた。
「ええ。(阪神)JFはギリギリですが、少なくとも桜花賞には十分に」
既に谷地の平場馬は使い切ってしまったので、あとは他厩舎に営業をかけていかなければならない。
オーナー、と井野が腕を組んだまま谷地のほうを向いた。
「もし……もしマコがジュヴェナイル間に合うようなら、レコード、有馬記念行きますか?」
谷地は空を見上げた。
「もう少し、待ってください。ネヴァーが予定通り凱旋門行くなら有馬でジェルとシビレコをぶつけても構いませんが、秋三冠獲りに来るなら邪魔はしたくないので」
谷地はアンベストネヴァーにも出資していることもあり、得意距離が近いところを上手く調整する必要があった。
「ジェルはまだ芝を使いますか?」
「任せますよ」
谷地は井野の背中を軽くたたいて、表彰エリアへ促した。
【全スポ 7/29 23:50】
~速報 シビアレコード、サセックスS快勝 進藤は最年少GⅠ記録を更新~
先ほど行われた英・サセックスSで日本のシビアレコード(牡3)が6馬身差の大勝利を飾った。時計は1分36秒47。
進藤誠紅騎手はJRA所属騎手による最年少GⅠ初勝利記録を更新。通算19勝目。
昨日行われたグッドウッドCも同馬主のモーリッシュが制しており、馬主の谷地オーナーはグロリアス・グッドウッド・ミーティングでGⅠ連勝。なお明日のナッソーSには出走予定なし。
~現地 寺尾~
近年は日本馬の海外遠征も珍しくなくなったが、それでも(日本では)比較的マイナーな上に、時期として安田記念や宝塚記念に近いグローリアス・グッドウッド・ミーティングへの出走日本馬はモーリッシュとシビアレコードしかおらず、海外慣れした騎手仲間がいない太刀川と進藤はウィークエンドパーティの間中ずっと谷地の後ろにくっついていた。
今日のゲストは各レースを制した馬主、調教師、騎手であるので、出走すらしていない上田騎手には当然参加資格がなく、進藤がついてきてほしい、と頼み込んだが断られている。
歴史あるGⅠを2つも制した谷地は上機嫌で、他の馬主や調教師に、
『サセックスSを勝った進藤騎手はまだ生涯で20勝もしてなくてね。日本競馬の規則で日本のGⅠにはまだ乗れないんですよ。
日本の最年少GⅠ記録を更新しましたな』
と、背中に隠れている進藤を引っ張りだして紹介していた。
『おお、どおりでまだ若いと思いました』
谷地と話していたニューマーケットの調教師が進藤に握手を求めた。
『すぐ日本に帰られるのですかな?』
「いえ、今週末の日本の競馬には間に合わないので、火曜日の便で帰ろうと思っています」
進藤が通訳を通して返事をする。
その調教師は、フム、と髭をつまみながら間を置いた。
『月曜日、うちの馬に乗ってみませんかな?
「マコ、滅多にない機会だぞ。乗せてもらえ」
太刀川が進藤の背中を叩いた。
「もちろんです。是非、お願いします」
進藤はもう一度、調教師と握手を交わした。
リングフィールド・パーク競馬場はロンドンから南に20マイルほど、鉄道で50分程揺られたリングフィールド駅から直結の競馬場である。
リングフィールド駅の駅本屋ではなく、ホームの端から駅を出て競馬場直通の小路を進むと辿り着く。
まるで船橋法典駅の臨時改札口を抜けて中山競馬場に向かうときのようだ。
元は障害レース場として、あの競馬が大好きなイギリス国王、エドワード7世が皇太子時代の1890年に開業させた歴史ある競馬場である。
アスコット競馬場のように王室が所有し続けているわけではなく、経営者が替わっていくにつれ設備も発展してきた。
1989年には従来の芝コースの内側に英国初となる
GⅠレースは開催されないものの、格調高いイギリスの有名な競馬場より低級で、且つ整備も行き届いており、カジュアルな競馬場として人気は高い。
どのレースでも基本的に芝レースのほうが出走頭数は多く、AWコースでは5頭立て程度のレースは珍しくない。
逆に騎手はGⅠ経験者や、日本に短期免許で乗りに来るようなリーディング上位クラスの騎手も参戦することが多い競馬場なので、小頭数になればなるほど、まるでワールド・ジョッキー・シリーズのような顔ぶれになってしまうのだ。
進藤は2鞍のうち、AWコースで行われた6頭立てのハンデ戦で1つ勝利を挙げることができた。
日本に毎年のごとく短期騎乗に来ているロドリゴ・ウッズ騎手が跨る1番人気馬を下しての差し切り勝ちで、通算20勝目を挙げて帰路についた。
次回は8/5
間に合えばウマ娘ストーリーを挟むかもしれません。
釈明ではありますが、サセックスS勝たせるつもりなかったんです、最初は。
(少なくとも公開されている情報では)31勝待たずしてGⅠ乗るには実はこういう手段もあるんだぞ、ってのを書きたかっただけでして。
武豊の最年少GⅠ記録を1年目の菊花賞だと思い込んでいたので、
進藤は来春あたりで初GⅠにして、「さすがに武豊は超えられなかった」ってやるつもりだったんですが、2年目の菊花賞だったんですね。
吉村騎手の最年少GⅠチャレンジの記事を見てヤベェ、と。
流石に秋天やマイルCSまではちょっと待てないということで、そのまま勝たせました。
ちなみに、モーリッシュ主戦の太刀川騎手は、2話前の主人公の回想から察せる通り、モデル騎手がいます。