ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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4回東京2日目(2歳 新馬)


おませなお嬢様

 土曜日の白秋ステークスに出走したシングルベルは快勝を収めた。

 今日も今日とて進藤騎手の実戦練習に付き合わされたようなもので、日曜日の新馬戦に出走するリンガスマイセッサを想定したマクリ競馬をやらされていた。

 半周1400mを中団からコーナーで一気に進出し、直線を2番手で迎えると最後の坂でなんとか凌ぎきった。

 ハンデ戦ということもあり、最軽量50kgをみごとに活かした形だ。

 

 シングルベルのひとつ上は53kgハンデであった。

 ただでさえ混合戦で牝馬のハンデは軽く設定される上に、前走は牝馬限定の2勝クラスだったので、混合の条件戦を勝ち上がった牝馬よりも格下扱いだったのだ。

 さらに進藤は平場3kg減の見習い騎手であるので、そこも考慮された結果、トップハンデ58kgの1番人気馬を半馬身抑えきることに成功したのである。

 

 なにはともあれ、これで進藤は27勝目を挙げ、いよいよ三向聴(サンシャンテン)である。

 そして次の自摸(ツモ)番ではリンガスマイセッサの出番。

 谷内オーナーが進藤に勝てる馬を回しまくって白星を稼がせたその集大成だ。

 一応リンガスマイセッサの第一目標は来年の桜花賞なので、仮に進藤が今年の阪神JFに間に合わなかった場合は、出走できるとしても回避することが確定していた。

 

 リンガスマイセッサはすでにジェルディサヴォアやシビアレコードらの指導を受けてきたので、人馴れし過ぎていると言いたくなるほど人間を怖がらず、且つシビアレコード以上に鞍上の力加減には敏感である。

 あまりにも反応が良すぎて、鞍上がちょっと手綱を握り変えたり、揺らしたりするだけで加速してしまうので、リンガスマイセッサは新馬ながら鼻革がない頭絡とチークピーシーズを装着してパドックに現れた。

 

 余談ではあるが、シビアレコードやリンガスマイセッサなど、ジェルディサヴォアの指導を受けた馬たちは騎手の指示に従う“折り合い”は強化されるのだが、一方で

「ムチは怖くない。そんなに痛くない」

とも教えられてしまうので、ムチを使った“調教”の効果が薄くなるというデメリットもあるのだ。

 ジェルディサヴォア自身の起立癖やソラ癖などは未だに矯正できていないし、シビアレコードがパドックで強く地面を叩く危険な悪癖も矯正できなくなってしまっている。

 

 リンガスマイセッサの単勝オッズは1.6倍の圧倒的1番人気。

 毎日王冠当日の東京2000mの新馬戦とあって、ルードルフや近藤などが跨るヌーヴェル・グループの馬も多数出走しており、出走頭数は16頭。

 その中で個人馬主の、しかも減量騎手が乗った馬が単勝1.6倍は異常と言える人気であった。

 

「マコ、任せた。勝ちきれなくても構わない。来年の春に間に合えばいいんだからな」

「直線目一杯、やっていいんですか?」

 井野調教師が頷いた。

「4コーナーから動き出したらあとは引くな。行くだけ行っちまえ」

 

「前へー!」

という号令がかかり、進藤を乗せたリンガスマイセッサが中村学厩務員に曳かれて再び歩き出した。

 地下馬道出口の上り坂も止まることなく進む。

 中村が曳き綱を外しても同じペースで歩き続けており、進藤がハミを詰めた瞬間、弾かれたように走り出したのだった。

 

 16頭中15番枠。

 先入れの奇数番枠で、大外から2頭目という東京2000mとしては最悪の枠からの発走である。

 しかも、最後に入る大外16番枠のアクロナオスがなかなかゲートに入らず、出走までの時間が延びていった。

――なお、枠入りを渋った原因は隣のリンガスマイセッサが圧を飛ばしていた所為である。

 

 スタートはまずまずであったが、外を回したまま2コーナーを抜けて行き、向こう正面入り口では7番手の1番外側。

 進藤が少し手綱を引くと、リンガスマイセッサがカクンと力をOFFにしたように首を下げ、ペースを落とした。

 東京2000mはコースの形状上ハイペースになりやすく、新馬戦ながら1000m通過は59.3。

 

 3コーナーを過ぎたところで進藤がハミを詰め手綱を動かす。

 常に大外を走ってきたリンガスマイセッサの前を邪魔する馬はおらず、重心が左前方に移動すると、左前脚を軸にして踊るようにグングン前に進んでいく。

 勝負どころの4コーナー、外に開こうとする馬たちにぴったり外から馬体を併せ、インコースに閉じ込める。

 まさにツケマイで、先頭逃げるサーフギャルも交わして直線コースに出た。

 

 直線に入るとすぐ手前が右に替わり、動いた先行集団と同じ加速力でサーフギャルを徐々に突き放していく。

 シビアレコードのような加速はなく、コーナーを上がってきたスピードがそのまま維持されている。

 およそ59km/hぐらいか。

 

 先行勢を振り切り、追込勢の蹄音(あしおと)が大きくなってくるが、最後の坂を迎えるあたりでようやく最後のエンジンに火が着いたようだ。

 直線に入ってから3回目の手前替えのあと馬体が少し沈み、ポーンと大きく弾んだ。

 坂の上りで追込勢の追い脚を上回り、あとは突き放す。

 

 最終着差は4馬身差。

(まだ若いか)

と、進藤はリンガスマイセッサの(たてがみ)を撫でて落ち着かせながら考えた。

 可変ストライドタイプではあるが先天的なものではなく、どちらかといえば基本はジェルディサヴォアに近いピッチタイプで、シビアレコードと走り回るうちにストライド走法を覚えたような感じである。

 ピッチと大跳びを使い分けられるのは強みだが、ピッチでコーナーを回ってきたあと、直線に入ってからストライドを広げきるまでに時間がかかるのだ。

 

「どうだった、乗ってみて」

 検量室に帰ってきた進藤に、井野が聞いた。

「肉離れが怖いっスね。身体ができてくるまでは間隔空けて使わないと。コーナーで加速するのも結構脚に負担来ますし」

 だろうな、と井野も頷く。

「リンガスでもう一戦して、お前の勝ち星伸ばしたかったんだが。ジュベナイル(阪神JF)直行も考えんとなあ」

 進藤がJRAのGⅠに乗るにはあと3勝が必要で、シビアレコードのアルゼンチン共和国杯で1勝を積んだとしてもギリギリである。

 シングルベルは流石にOPクラスで勝つにはしばらく下積みが必要になるので、谷地の2歳馬を他厩舎から横取りしてくるか、或いは営業に走り回らなければならなくなった。

 

 

 その週の木曜日、井野は谷地に電話をかけた。

「オーナー、リンガスとレコードのことなんですが」

『ええ、どうかしましたか?』

 リンガスマイセッサが阪神JFに直行する予定であることは、新馬戦の直後に谷地に伝えていたのだが、その直後の電話とあり、谷地はやや心配そうな声色であった。

「このままだと、進藤が間に合わない可能性があるのはお伝えした通りなんですが、もし、オーナーがご賛同いただければ――ファンタジーSに出しませんか?」

『井野センセイにしては珍しい強行軍ですね。阪神はパスしてもいいんですが?』

 

 実は――と井野が先ほどかかってきた電話のことを説明した。

 

「誠紅に2鞍、当週の京都で依頼が入りまして。その週は土曜にレベルエペルの出走と、日曜のアル共(アルゼンチン共和国杯)が東京であるんですよ。

ただ、ちょっとレコードの出来がイマイチなこともあって、そちらを回避、もしくは秋信に任せて、誠紅とリンガスを京都に連れていけないかと」

『なるほど。いいですよ?』

 谷地は即答した。

 

『シビレコも鳴尾記念かステイヤーズに出してくれれば。どうせ今年の最終目標は有馬ですしね。そしてうまくいけばジャパンカップも狙えるかもしれませんし』

『半月もあれば仕上がるとは思います。鳴尾記念の方が走り慣れてる阪神ですし』

『お任せしますよ――ところで、京都で2鞍というのも珍しいですね?』

「ええ、1頭は誠紅で2連勝したスリックデリカシーの2勝クラス。もう一頭はレコードが朝日杯で負かしたアンブルゾーンの1勝クラスです」

 

 ああ、と谷地が電話の向こうで頷いた。

「富永さんの馬ですか。清水騎手じゃないんですか?」

「東京のペルセウスSに行っちゃったみたいで、もしファンタジー来るなら乗ってくれないかと連絡が」

『多分富永さんのことだから私への義理とかそういう理由でしょうね。レベルエペルも京都登録だけしますか?』

「それでよろしければ。ええと……」

 井野はパソコンを叩いてカレンダーを呼び出した。

「ダート1400mの1勝クラス、行ってみましょうか」

『お願いします。お任せしますよ』

 

 谷地との電話を終えると、すぐに進藤に電話をかけた。

 明日の朝まで待つと、通信禁止の期間に入ってしまうからだ。

「マコ、仕事来たわ」

『本当ですか?』

「11月初週の土日、京都だ」

『京都?』

「京都だ。いつものスリックデリカシーと、中山センセイのところのアンブルゾーン。レコードのアル共は回避だ。それからうちからもリンガスとレベルエペルを連れてく」

『え、リンガスは阪神直行じゃないんですか?』

「アホか。お前が間に合わなかったら直行もクソもないんだよ。そうなったらどうせ回避するんだから、1勝稼ぐつもりで乗ってこい」

 はい、と進藤が大きく返事をした。

「うるせえ、電話口だ。大声で返事しなくても聞こえるわ。それじゃ、頼むわ。明日厩舎に来た時にまた話す」

 

 井野は電話を切ると、今日も騒がしい馬房の方にふらっと顔を出した。

「コウヘイ、リンガス、早めに次使うことになったわ。11月アタマのファンタジーS、中4週だ」

「ああ、丁度いいんじゃないスか。ガス抜きさせないと危ないところでした」

 

 リンガスマイセッサは入厩当初からうるさいところを見せる馬だったが、最近また我儘になってきており、特に新馬戦を勝ってからは天狗になっている節があった。

 コースに出ればスイッチが入り、乗り手に従う折り合い自体は良いのだが、ジェルディサヴォアやシビアレコードが併せ相手でないときは相手を睨みつけるのである。

 特に仕掛けどころで相手がチビって止まってしまうのは困りもので、併走の意味がなくなってしまうのだ。

 

 最近は「相手に」彼女の目を見せないよう、パシュファイアをつけて調教に出している。

 オルフェーヴル血統のフォルジュオン産駒でありながら手前替えが上手いのは魅力ではあるが、この高飛車っぷりをどうにかしないと負けたあとが怖かった。

 




【修正】
アルテミスS→ファンタジーS
ファンタジーSの日程 10/31→11/7
チャレンジC→鳴尾記念


次回は9/2
ウマ娘ストーリーちょっといれます。
向こうは大してレースシーンはないけども。

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