ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

62 / 70
チャンピオンズC(3歳以上 GⅠ)


11ビントゥーマニ牡5逃げ〇◎〇◎展開有利
2ジャクソンソード牡5先行△―△―根性見せ
23バックスカーニバル牡3逃げ――――決めて欠
4サミットプレシャス牡5先行◎〇◎〇更に上昇
35オートフロリダ牡3先行――――まだ若い
6セッツガバメント牡4差し―――△少し長い
47クリスタルトニック牡5差し――――出脚不安
8スキルスイング牡7先行――――ピーク過
59ディヴェラータ牡4差し――――展開次第
10シルバースティール牡4差し――――切れ欠く
611スマイリングスルー牡6先行△―――惑星注意
12ペルフェドリーム牡6差し―△――虎視眈々
713グランチャージ牡5逃げ――――力足りず
14リズムアニング牡5差し▲▲▲△強襲する
815ジャストフォーカス牡4差し――――ダは微妙
16ジェルディサヴォア牡4逃げ―△△▲適正ある




禁断の風車ムチ

 (シビアレコード)が負けた。

 俺の馬房に置かれているラジオからジャパンカップの中継が流れており、俺とも何度か対決したリッチセレクションが1着、ジェリーホーネットが2着で、フランスでお世話になっているデームカルティスロットが3着、ハナ差でリヴェッティが4着と、(4歳)世代が上位を独占した。

 

 ラジオ中継が終わると途端に暇になる。

 11月最後の日曜日となればプロ野球はとっくに終わり、今どきサッカーのラジオ中継なんてものはなく、大相撲の九州場所は先週終わってしまった。

 夕暮れ時にふさわしい音楽が流れ、たまに道路交通情報がスタッドレスタイヤへの履き替えを勧めていた。

 

 最終追い切りは火曜日。

 異例ではあるが、美浦トレセンで左回りが解放されるのが火曜日だからである。

 コーナーワークを重視したBコース(ダート)で単走駆け。

 東京開催も終わってしまったので、わざわざ左回りで併せてくれる馬は井野厩舎にはいなかった。

 シビアレコードはジャパンカップの反動を抜くためにしばし休養、リンガスマイセッサは来週右回りの阪神JFに出るために余計なクセを付けたくないし、それ以外の同厩生にも中京への出走予定はない。

 

 アキさん(上田騎手)を乗せて強めの最終周回を終えたが、コースを抜けてセンセイ(井野調教師)と合流すると、センセイ、アキさんが2人そろって首を傾げた。

「左回りヘタクソよなあ本当に」

「やっぱ後ろから行きます?」

 これである。

 マジで左回りが走りづらい。

 俺が今まで左回りで走ったのは、アイビーSと東京優駿、そしてドバイゴールドCの3走だけで、逃げで挑んだアイビーSと東京優駿は負け、ドバイは追込に変えての圧勝。

 最後を左手前で走りたい俺にとって、コーナーワークで常に左手前になる左回りでは右後脚への負担が大きすぎるのだ。

「これ克服できればいいっスけどね。メルボルンとかの目もなくなりますよ」

「仕方ねえよな。行って玉砕するのもアリっちゃアリだが」

「冗談じゃねえっスよ」

 センセイの冗談にアキさんも笑い、ムードは軽くなった。

 厩舎に戻るまでしばらく議論していたが、結局逃げ作戦に収まった。

 シリウスSで最終直線の追い脚を把握できていれば差しもありだったが、3コーナーで競走を中止したので確認が取れていない。

 さらにチャンピオンズCの中京1800mはとにかく前有利、インコース有利ということもあった――。

 

 

 すっかり晴れてダートはパサパサの中京競馬場。

 ほとんど無風で砂が舞うこともなさそうだ。

 ジェルディサヴォアは前走のGⅢでも3番人気だったので、そこでさらに競走中止になったことによりGⅠになる今日は8番人気までオッズを落としている。

 最終追い切りのタイムが伸びなかったのも影響しているだろう。

 そして何より、枠が最悪ともいえる大外16番からの発走。

 ジェルディサヴォアの他に、ダート界では一線級の逃げ馬も3頭おり、絶好最内の1番枠をゲットしたビントゥーマニは、地方競馬としては最も広い大井競馬場で行われたJBCクラシックで逃げ粘りサミットプレシャスの2着に入った実力馬。

 当然、2番人気。

 

 テンの速さならジェルディサヴォアに軍配が上がるとみられているが、懸念点として、ジェルディサヴォアにとっては初めてのダートスタートなのだ。

 前走のシリウスSは阪神1800mで、短いながら芝のポケットからのスタートだった。

 果たして一完歩目を滑らずに行けるかがカギとなっている。

 

 好条件が何一つない状態での実質的にぶっつけ本番のGⅠであるから、ジェルディサヴォア陣営としても諦めムードではあった。

 はっきり言えば全員が有馬記念での兄弟対決の方に意識が向いており、最終も強めに追ったとはいえメイチとは言えない仕上がりとなっていた。

 

 返し馬でゆっくりとコーナーを回る。

 2012年にコースの全面的な改修が行われた中京競馬場は、ダートコースでも比較的コーナーは緩めであり、阪神競馬場でのシリウスSよりは傾き過ぎる心配はなさそうだ。

 仕事は少ないとはいえ、上田も平場やリステッドクラスであればダート馬に乗っているので、ジェルディサヴォアの脚の運びは本職ダート馬と比べても遜色はないと感じていた。

 

 先述した通り、ジェルディサヴォアは大外16番枠ということで、一番最後の枠入りだった。

 14番枠のリズムアニングが収まったあと、ジェルディサヴォアを曳く係員がゲートに誘導し、すぐにゲートが開く。

 

 最後入れということでゲートは大丈夫だろうと、誰もが安心していたのだが、ジェルディサヴォアのスタートは五分であった。

 スタンドやテレビ観戦のファンは、やはりダートスタートが仇となったかと溜息をもらしたのだが、鞍上の上田が軽く押すと、コーナーまでの400mで2馬身のリードを取り、得意のアウトインアウトで加速したまま1コーナーに突入していった。

 

 一般的にゲートを嫌う競走馬は、誘導されてすぐゲートが開く最後入れが(大外というロスの方が痛いにせよ)多少有利に働く面もある。

 他方、ジェルディサヴォアはゲートに入ってから一度呼吸を整え、軽く後ろ脚で地面を掘りスターティングブロックを作った上で、タイミングを測りながらスタートを切るというルーティーンを持っていた。

 今回はスターティングブロックを掘る余裕がなかったので、スタートの蹴り出しが弱く、ややスタートで後手を踏んだのだ。

 

 

(クソ、あの発走委員、急かしやがって)

 少し暴れときゃよかったかな。

 左回りはコーナースピードを出せるのだけは有難く、2コーナーの半分ほどで右手前に替え、ペースを落とす。

 ダート戦は前付けが基本なので、芝レースよりも逃げ先行勢が犇めいており、極端な大逃げや乱ペースをしようとしても皆しっかりついてくるから正攻法の逃げしか出来ない。

 下手にペースを落とすとすぐ並ばれ、前を塞がれるのだ。

 

 3コーナー直前の1000m通過は60秒ちょっと。

 本当はあと0.2秒程落としたかったのだが、ピッタリとビントゥーマニが付けているのでこれ以上は落とせなかった。

 そしてなにより、アキさんが頼りにならねえ。

 コーナーのバランス取りに集中していて、ペース配分とか手前替えとかの指示がなにもない。

 スタートで少し押した以外、手綱をダラリと長くしてほったらかしだ。

 別にいいんだけどさ、大した逃げ馬がいない長距離戦や欧州競馬じゃねえのよ。

 俺の脳の処理速度は馬なんだから、レース中に本能抑えて計算しようとしてもすぐ狂うんだわ。

 

 アキさんが落ちない程度まで馬体を傾け、“右手前”のまま4コーナーに入る。

 直線まで左手前を溜めておこうという意図があったわけではなく、情報処理でいっぱいいっぱいで手前替えを忘れていたのだ。

 3、4コーナーでかなり外に膨れ、本来アキさんがムチや口向きを調整しなければいけないのだが、アキさんも落馬しないことに気を張っていてそれどころではなさそうだった。

 

 いつの間にか内ラチから離れて、馬場の三分どころを走っていることに俺とアキさんが気づいたのは直線に入ってからである。

 内を見ると半馬身前にビントゥーマニ、さらに間に潜り込んだ先行勢が動きだして、俺とほぼ横並びになっている。

 直線に入ると同時に残り400m。

 とりあえず左後脚の体力を使い切ってから手前を替えるつもりなので、2mの坂を登り切るまで持ってくれればチャンスだ。

 

 外にモタれながら、前脚をしっかりダートに差し込み、まるで蟻地獄から必死に這い出すように、一完歩ずつ慎重に登っていく。

 ちょっとフラッとした瞬間にアキさんが右ムチをナイスタイミングで入れてくれた。

 

 離れたインコースでじりじりと迫ってくる先行勢との間に、脚を伸ばしたセッツガバメントとリズムアニングが加わって、坂の頂上では俺を含めた5頭が横並びだ。

 一番脚を使っているのは間違いなく俺だろうが、どうせ坂を登り切るのにみんな脚を使い切っているはずなので、手前を替えられなければここで脱落、替えたら替えたで再加速が必要になる。

 

 坂を登り切って残り200m。

 登り切ったといっても実際は急坂を終えただけで、ここからさらに150mほど軽い上り坂ではある。

 手前を替えると、今まで拳を打ち付けるかの如く追っていたアキさんの手が止まり、手綱がスルスルと伸びていった。

 

 またバランスを崩したのかと心配になったが、左の腰にムチが入れられた。

 

(大丈夫だったか。行くぞ)

 気合を入れなおし、右後脚に力を込めた瞬間、タン、タン、タンとリズムよく3発のムチが続けざまに入った――。

 

 

(これ制裁食らうかなあ?)

 直線に入ってもジェルディサヴォアの手前が替わらず、ひたすら距離をロスしている。

 上田は昨年のドバイゴールドCを思い出していた。

 ドバイの長い直線の2/3を右手前で走り、残り100mほどで手前を戻して一気に突き放した。

 同じ左回りで、もしジェルディサヴォアが同じ要領で走ることを憶えていたとしたら、坂を駆けあがってからの「逃げ差し」態勢になるはずだ。

 但し、今日はすでに内外に他馬が殺到しており、左手前で内にササっていくスペースはない。

 口向きでどうこうなるような馬ではないので、斜行にならないように誘導するにはひたすらムチをくれてやるしかないだろう。

 

 藻掻くように坂を駆け上がると、5番手まで順位を落としていた。

 外から被せてくるクリスタルトニックがまだ1馬身後ろにいることを確認し、上田はギチギチに詰めていた手綱を手放す。

 ドバイでは最後まで追わずしても十分走り切ったジェルディサヴォアの競馬理解度に賭けたのだ。

 

 手綱を長くすることで上体に余裕ができ、左腕を目いっぱい後方に伸ばせるようになった。

 予想通り、ジェルディサヴォアの手前が左に替わる。

 そのまま1完歩を待ち、ジェルディサヴォアの進行方向が左に寄った瞬間、上田は振り回すように左ムチを入れた。

 

――風車ムチ。

 近年のムチ使用制限に伴って、めっきり見なくなった御法だ。

 風車ムチに逆風となったムチの使用禁止ルールは次のような条項がある。

 

 まずは連続したムチの使用禁止。

 5連打を上限として、その後は2完歩待ってからムチを入れなければならないというもの。

 

 また、脇腹へのムチの使用禁止も影響する。

 風車ムチはそのスタイル上、腰に届くほど腕を伸ばしたら威力が出ない。

 しかも上体を目いっぱい前に倒しての追いムチでは、当たりどころを狙って振り下ろす余裕などない。

 

 これをクリアするために、上田は追いを捨てたのである。

 しかもジェルディサヴォアは1完歩のスタンスが極端に短く、上限撤廃の2完歩をクリアする距離は他馬の2/3ぐらいの間隔で済む。

 あとは追わなかったことに対する制裁だが、すでに脚が上がっているように見えるタイミングで、もう一度盛り返して勝てるならばムチの効力も複合的に判断されてそこまで重くはならないはずだ。

 

 ジェルディサヴォアのスピードが一気に上がり、坂を登りきって手前替えにモタついている先行勢にもう一度競り駆ける。

 左脚の体力は尽きているので、ムチが入らない2完歩の間にも一気に左にササっていくが、ハミを緩めてしまっているので口向きを変えることはできない。

 

 あとは気力の勝負になった。

 風車ムチ、待ち、風車ムチの2ターンの間に内の先行勢を交わして2馬身突き抜ける。

 これでしばらく内にササる余裕ができたので5完歩ほど待つ。

 

 先行勢はこれで折れるだろうが、次の山場はあと30mほど先、残り100を切ったあたりでジェルディサヴォアの限界が来るかもしれない。

 最後の下りに転じる残り50mまで後方からの追い込み勢をしのげば勝てると、上田はギリギリまでムチを止める。

 追込勢が手前を替えてから再加速するまで約2完歩、15mはかかるはずだ。

 パサパサのダートならなおさらである。

 

 内ラチが迫ってきたところでまた風車ムチを再開。

 タンタンタンタン、2完歩、タンタンタンタン。

 

 残り100mを超え、先頭で坂の頂上に達した。

 あとは追込勢との勝負。

 坂の頂上で一瞬先に抜け出してササったことにより、不利を受けたリズムアニングが外に切り替えてクリスタルトニックと迫ってくる。

 しかし、その不利によって生まれた3完歩分のロスは致命的であった。

 

 上田がバカみたいにムチを振り回し、ジェルディサヴォアが泡を吹きながらヨタヨタと脚を進め、半馬身、クビと迫られたところがゴール板だった。

 

 

<最後の枠入りは16番ジェルディサヴォア。係員の誘導を受けまして、スタートしました。

まずは先行争い、グランチャージが行くか、最内から1番ビントゥーマニ。

そして、大外からジェルディサヴォア、スーッと先頭に立っていきます。

 

ジェルディサヴォアが先頭、内からビントゥーマニ、その後ろ3番手集団密集して1コーナーに入っていきます。

外のグランチャージ。少し口を割っているバックスカーニバルにスマイリングスルーも続いて、内からはサミットプレシャス、オートフロリダもこの集団の一角。

 

1コーナーから2コーナーに入っていく。

さあ先頭16番ジェルディサヴォア、1馬身から2馬身のリードを取って逃げます。

2番手1番のビントゥーマニ、さらに1馬身差で3番バックスカーニバル懸命に抑えている。並んで13番のグランチャージ。

その後ろには4番のサミットプレシャス、5番手6番手。それをマークするように2番のジャクソンソード。

10番のスマイリングスルーがいて、5番のオートフロリダが続いていきます。

 

2馬身差で8番スキルスイング、9番のディヴェラータ。

12番のペルフェドリームに並んで外から14番リズムアニング。

1000mを通過、60秒6で行きました。3コーナーのカーブ。

7番のクリスタルトニック、15番ジャストフォーカス。

後方からペースを上げていく2頭、6番セッツガバメント、そして10番のシルバースティール。

 

先頭逃げるジェルディサヴォア4コーナーに入るところ、内からピッタリ1番のビントゥーマニ。

さらにサミットプレシャス、ジャクソンソード動いていく。

先頭集団一気に固まって、直線に入ります。

 

前大混戦になった横一線。

最内ビントゥーマニ先頭か、グランチャージ、サミットプレシャス。

そして14番リズムアニングが内を狙って上がってくる。

16番ジェルディサヴォア、馬場の真ん中まだ頑張っている。

 

坂を登って200を通過。

もう一度ジェルディサヴォア盛り返して2馬身突き抜ける。

抵抗するビントゥーマニ、サミットプレシャス。

外に切り替えて、14番リズムアニング。

そして外から、クリスタルトニックが一気に脚を伸ばしてくる。

 

ジェルディサヴォア先頭、リズムアニング、差を詰めて叩きあいになった。クリスタルトニック3番手。

僅かに凌いだジェルディサヴォア、先頭ゴールイン。

リズムアニング懸命に追いましたが及ばず。

外から伸びてきたクリスタルトニック、最後に脚が止まって3着まで。

 

着順掲示板、1着16番ジェルディサヴォア、2着14番リズムアニング、3着7番クリスタルトニックと揚がっております。

確定までお待ちください>

 

 

「腹くくったなあ、アキ」

 検量室に戻ると、井野が握手を求めた。

「有馬、乗れなくなったらスイマセン」

 上田もニヤリと笑いながら井野、谷地と握手を交わす。

 

 一方のジェルディサヴォアはあんなにヘロヘロで走り切ったのに、検量室に戻ってコウヘイに舌縛りを解いてもらうと、少し口を開けてはいるが、

「あの程度、屁でもねえ」

とばかりにスッと首を伸ばして直立不動で立っている。

 しかしよく見ると、血走った目が座っていた。

 ここで苦しい素振りを見せてしまうと上田がムチの使用過多で制裁を食らうかもしれないので、倒れそうなのを必死にこらえているのだ。

 

 後検量、口取り式を終え、中京競馬場の厩舎に戻って診察、洗い場で汗と砂を落としてもらうまで、ジェルディサヴォアは嘶き声の一つも上げずに歯を食いしばっていた。

 風車ムチによる鞭傷は馬にとっては苦しむような痛みではないが、それ以上に前脚の支えが崩れそうになっているのを堪えていたのだ。

 左右の板も取り外し、下に()()()のようなマットを敷かれた特製馬運車にただ1頭乗せられると、コウヘイが曳き綱を外し、頭絡を固定する鎖もつけずに後ろの扉を閉める。

 エンジンがかかると同時に、ジェルディサヴォアが脚を折って床に横になると、そのまま美浦まで爆睡していたのであった。

 

 

 




2ヶ月空いてしまいまして申し訳ありません。
馬名設定に難航して一度投げ出してしまいました。

そのまま6年ぶりぐらいにゲーセンのスターホースにログインしたらまたハマっちゃって。
次も定期投稿は難しい感じなので、忘れたころに、だと思っていただければありがたいです。
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