ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

64 / 74
有馬記念(3歳以上 GⅠ)


11ネベルメナース牡4追込▲△△―大迫波乱呼ぶ
2グランヴァルディア牡5先行△―――近藤相手強化
23サラノサイクロン牡6差し――――早川展開嵌穴
4ノーブルアーカイブ牝5差し――――波田牝馬健闘
35ジェルディサヴォア牡4逃げ◎〇▲◎上田単騎濃厚
6ラストトリガー牡4差し――――桐島距離魅力
47リヴェッティ牡4先行△△――先行安定
8ギャラールブルー牡5逃げ――――十和田展開握る
59リューノブレス牝5先行―▲△△長野叩き良化
10マラズギルト牡4逃げ――――西垣粘込警戒
611リッチセレクション牡4差し〇◎〇▲中村春軸視妥当
12ブラッドギア牡3先行―△――ルード急坂不安
713ジェリーホーネット牡4追込――△―宜保末脚確実
14オーロレガーメ牡5差し△―――嶋田有馬狙い
815シビアレコード牡3差し――◎〇進藤展開一鍵
16ヴァルカリ牡4差し――――田沼一発注意





ロマン派の激突

 いよいよ有馬記念が近づいてきた。

 ジェルディサヴォアもシビアレコードも前走でかなりの消耗をしており、そこから急ピッチでの立て直しとなったが、それを加味しても兄弟馬の2強ムードは崩れない。

 はっきり言えば、ジェルディサヴォアがいる以上まともなレースになるわけがなく、ハイペースのバカ逃げと、それに付随する2頭の逃げ馬がいるという、消耗戦でありながら瞬時の決断が全てを左右する難解レースとなった。

 こういう場合、騎手の腕、というより経験値の見せ所であり、ベテラン騎手の一発が期待できるかというところだが、上位人気の騎手はほとんどが若手~中堅であり、あまつさえ2番人気のシビアレコードに跨る進藤誠紅は今年デビューした新人騎手なのだ。

 

 どのスポーツ紙も、2強対決に乗じた浅い記事は経験の少ない記者に丸投げして、ベテラン記者たちは裏の本命馬を組み立てようと四苦八苦している。

 栗東トレセンの記者ルームでは、それぞれのオリジナルデータ全開放状態で全報スポーツ西日本の六角、堺スポの北見、アンテナスポーツの堤が書類の山に埋もれていた。

「また東や。いよいよ谷地のあんちゃん(オーナー)が本腰入れよった」

 六角が舌打ちをしながらライターを取り出した。

「ロクさん、ここは禁煙や。タバコ部屋行くか?」

 六角の左手をそっと押さえながら、北見が左手でタバコを吸うポーズを見せる。

「俺は吸わへんで。ウチらのデータ見なくてええんかい?」

 アンテナスポーツの堤が、被っている阪神タイガースの帽子のつばを少し上げ睨みつけると、2人は懐を探る手を止め、ボールペンをカチカチと鳴らした。

「まあ、単純に考えるなら嶋田やろな。グランプリ男や。しかも血統はオルフェーヴルの孫。押さえなアカンやろ」

 北見が鼻で笑いながら、どうです?と二人の顔を見渡した。

(サカ)スポはんらしいうっすい記事やなあ。それで宝塚記念大負けしたんやろが」

「風俗面の高谷(タカ)やんからもらったクーポン、結局使わんかったんやろ?あのネエちゃんどうなったんや?」

 2人に呆れたような目を向けられ、北見は口を尖らせた。

「あれからオケラでヘルスどころかピンサロすら行ってへんわ。ここで逆転したらクーポン無しでも行ってやる」

 六角は笑ったが、堤はハッと鼻で笑い飛ばした。

「オーロがメナス(ネベルメナース)に勝てる絵が浮かばんわ。宝塚のとき俺言うたよな?あの迷惑な逃げ馬(ジェルディサヴォア)がおらんから団子になって、嶋田の出番やって。こんどは()()がおるんやで。しかも単騎濃厚や。鈴をつける馬がおらんねんから、自分から動けるメナスの方が勝負や」

 ちょっとゴルシやと中山の坂怖いねんけどな、と堤がネベルメナースに印を打った。

 

 六角がジーッと出走表を睨みながら、ぽつりと呟いた。

「有馬はなあ、勝ち負けになる馬は必ず、格、っちゅうもんを持っとるんや」

 GⅠGⅡの格だけやない、血統や騎手も忘れたらあかんのよ、とプリントされた出走表を前走戦績が見えないように折りたたみ、馬名の辺りだけを見えるようにした。

「へえ、ロクさんらしくない」

じゃかしい(やかましい)、どうやっても東の壁を崩せんのや。ジェルとシビレコだけやないで。リッチセレクションもジェリーも東やぞ」

「ほならブラッドギアを入れたらどうや。菊花賞馬の有馬は相性ええんやし、ヤネ(騎手)もルードルフやで」

 北見が坂路で高時計を叩き出しているブラッドギアのデータをペラっと出した。

「アイツはなあ……綺麗すぎるんや。何も間違えない、条件もピッタリ。つまり――」

 

「教科書通りなんや」

 

 堤が六角の言葉を横取りするように引き継いだ。

「ぶっ壊してくるやつらが3頭はおる。そしたらありきたりなレースにはならんのよ」

 三列目までや、と六角がルードルフの名前を赤ペンで消した。

 

 

11ネベルメナース牡4追込▲△△―波乱呼ぶ

2グランヴァルディア牡5先行△―――相手強化

23サラノサイクロン牡6差し――――展開嵌穴

4ノーブルアーカイブ牝5差し――――牝馬健闘

35ジェルディサヴォア牡4逃げ◎〇▲◎単騎濃厚

6ラストトリガー牡4差し――――距離魅力

47リヴェッティ牡4先行△△――先行安定

8ギャラールブルー牡5逃げ――――展開握る

59リューノブレス牝5先行―▲△△叩き良化

10マラズギルト牡4逃げ――――粘込警戒

611リッチセレクション牡4差し〇◎〇▲軸視妥当

12ブラッドギア牡3先行―△――急坂不安

713ジェリーホーネット牡4追込――△―末脚確実

14オーロレガーメ牡5差し△―――有馬狙い

815シビアレコード牡3差し――◎〇展開一鍵

16ヴァルカリ牡4差し――――一発注意

 

 

【全スポ】

~(有馬記念)2強を崩せ 有馬で光るステイゴールド血統たち~

 

 ジェルディサヴォアとシビアレコード兄弟がついに激突する。予想オッズでは兄弟馬の2強ムードが漂うが、ダートから再転向となるジェルディサヴォアと、中山には不安が残るシビアレコード。不安要素が大きいだけに今まで苦汁を舐めていた実力馬の逆転も十分に考えられる。

 しかし全体的にみて上位クラスの馬にはそれぞれにも不安要素が多いのが事実。

 そんな中で、最も条件、展開共に有利に働くのが最内1番枠を引いたネベルメナース(牡4)だろう。長距離レースではジェルディサヴォアに軍配が上がっていたが、有馬記念を目標として仕上げてきただけあって、上々の足さばきを見せている。

 陣営も「ここしかない。ここで勝てないようならもう二度とジェルとは戦えない」と100%の自信をうかがわせるコメントだ。

 もう一頭、グランプリ男嶋田良一との“ゴールデン”コンビことオーロレガーメが、春の雪辱に燃えている。これがラストランとなるが、もともと晩成型の血統なだけに、年齢による衰えはまるで見せていない。

 現在、ステイゴールド血統の代表馬は間違いなくアンベストネヴァーなのだが、同馬が不在となればオルフェーヴルとゴールドシップの血が有馬で復活する。

 

――

 

コラム

~血統から読み解く――有馬記念2037 「設計された血」か「完成された血」か~

 

 今年の有馬記念は、例年のグランプリとは明らかに様相が異なる。

 主役は二頭。ジェルディサヴォアとシビアレコード。

 ともに父はセスナ。すなわちヒシイグアスを経てハーツクライに連なる血統であるが、この二頭を単なる“同血統の兄弟”として扱うのは、あまりにも表層的だ。

 

 現代日本競馬の血統はほぼ完成しているといえよう。

 ディープインパクト系、ブラックタイド系、そしてキングカメハメハ系と、成功が証明された血が支配する時代だ。

 実際に支配率や、勝ち上がり率などの数値がその正当性を裏付けている。

 だが、谷地オーナーの血統は違う。彼の持ち馬は、意図的にその主流から外されている。

 そしてジェルディサヴォアとシビアレコード兄弟は、その思想の到達点である。

 

 同兄弟の血統最大の特徴は、5代血統表にクロスが存在しない完全アウトブリードである点にある。

 これは現代日本では極めて異例だ。サンデーサイレンスの血が飽和した現在、どこかでクロスが発生するのが通常だ。

 しかしこの馬にはそれがない。

 谷地家は二代に渡り、血統表からクロスを消したからだ。

 

 その結果生まれたのがこの兄弟馬だ。

 アウトブリードの本質は、単に気性の良化や体質の強化というだけではなく、安定化でもない。

 むしろ逆で、血の余白が、能力の振れ幅を生み出すのだ。

 凡庸になるか、怪物になるか。ジェルディサヴォアはまさしく後者だった。

 

 一方で、全弟シビアレコードはどうか。こちらは同じ設計から生まれた“正常解”である。

 スピードと持続力のバランス、折り合い、反応と、すべてが高い水準でまとまっている。

 

 この二頭はまるで似ていない。

 ジェルディサヴォアは「極端」であり、シビアレコードは「完成」されている。

 この違いこそが、今回の有馬記念の核心となろう。

 

 血統は万能ではない。だが、方向性は決める。

 ジェルディサヴォアは極端な持続力へ。シビアレコードはバランス型へ。

 

 そして中山2500m。この舞台は、本来“バランス型”が勝つコースだ。

 

 もし、ジェルディサヴォアが勝つなら、それは血統理論の否定。

 もしシビアレコードが勝つなら、それは血統理論の完成。

 今年の有馬記念は、血統論の終着点となるかもしれない。

 

――

 

 中山競馬場はレースが進むにつれ、いよいよ身動きが取れなくなってくるようだった。

 近年再び爆増した若い競馬ファンたちに加え、もうすっかり競馬場に足を運ばなくなった高齢者までが中山競馬場に押し寄せてきたからだ。

 彼らは1994年の「幻の兄弟対決」に思いを馳せながら、あのとき実現しなかった兄弟馬の2強対決がいよいよ甦ると聞いてはいてもたってもいられなかったのだ。

 ましてや今回は同父の全兄弟対決である。

 とはいえ、入場規制がかかる有馬記念にあたって、入場券の予約方法などは分からなかったので、年の瀬で忙しい孫や息子をわざわざ実家に呼びつけてまで、入場券を押さえてもらっていた。

 

 人波に押されながらなんとかパドックを見える位置まで来た時、彼らが目にしたのは最強の兄弟が醸し出すバチバチとしたムード……ではなかった。

 兄のジェルディサヴォアはパドックビジョンの方に顔を向け、パドックの内側をショートカットしながら周回をしており、シビアレコードはそんな兄に甘えようと、コースをショートカットしてくる兄に対して首を伸ばしたり、前脚を掻いたりしながら、なんとか気を引こうとしていたのだ。

 

 ちゃんと周回しろと、肩でジェルディサヴォアを外側に押しながら歩くコウヘイと、シビアレコードが兄の方に首を伸ばすたびに宥めながら歩く中村厩務員。

 リンガスマイセッサのように暴れないだけマシだったが、パドックの中央にいる井野調教師が頭を抱えながらため息をついていた。

 

 周回停止の号令がかると、シビアレコードの機嫌がますますよくなる。

 井野、中村、進藤騎手が近くに寄ってきてくれるだけではなく、ちょうど反対側を周回していた兄、ジェルディサヴォアが轡を返して近くに来てくれたので、両馬が首を伸ばせば顔が届く距離になった。

「ちょっと近くないスか?」

 一礼して駆け寄ってきた上田が、兄にじゃれているシビアレコードを見て苦笑いをした。

「こっちの方がお互いパフォーマンス上がるから悪くはねえだろ」

 満員のパドックスタンドから、かわいい~という声がちらほら聞こえており、すでにXには有馬記念のパドックだというのに兄に甘えるシビアレコードの映像がアップロードされていた。

 

 地下馬道を出ると、いつものようにシビアレコードがターン!と蹄鉄を鳴らした。

 しかしここは歴戦の古馬が集まる有馬記念。

 誰も怯えるそぶりを見せる馬はいない。

 尤も、シビアレコードは別に他馬を威嚇しようとする意図はもともと持っていないから計算違いという話でもない。

 新たな問題は。

 先に返し馬に入ったジェルディサヴォアを追いかけるように並びかけると、べったり真横に着いたまま離れなくなってしまったことだ。

 仕方なく、進藤は上田に話しかけた。

「行くんですか?」

「もちろん」

 上田が短く答えた。

 ジェルディサヴォア、ギャラールブルー、マラズギルトの3頭が逃げるとみられているが、もとより強引にハナを奪うタイプはいないのだ。

 ジェルディサヴォアは計算づくの逃げなので他馬に競られるなら無理はせず退くだろうし、ギャラールブルーもマラズギルトも番手の馬で、他に行く馬がいなければ十和田が意気揚々とハナを奪っているだけ。

 つまり、あまり無理をせずともジェルディサヴォアが先手を主張できるメンバー構成となっていた。

 

 スタートゲートの後ろについても、相変わらずシビアレコードがジェルディサヴォアの首を噛んで遊んでいる。

 ジェルディサヴォアはたまにシビアレコードの鬣を梳いたりしているので影響はなさそうだが、シビアレコードに関しては「この集中力のなさでは買えない」という馬券師からの見解でオッズが跳ねるかと思いきや、「かわいいから買っておこう」というライトな競馬ファンからの純粋な「人気投票」があり、オッズが変動しない。

 一方でシビアレコードの票が流れたリッチセレクションやリヴェッティは少しオッズが下がってしまった。

 

 ゲート入りの準備が進められ、ジェルディサヴォアと引き離されたシビアレコードは少し不満げではあったが、それでも進藤が首筋をなでるとトロンとした感じで耳が倒れ、輪乗りに加わった。

 ジェルディサヴォアに跨る上田の手に少し力が入る。

 位置取り争いが激化する中山2500mで、スタートに失敗するわけにはいかない。

 出ムチも入れる覚悟で、あらかじめステッキを抜いた状態で左手に構えた。

 

 ジェルディサヴォアは5番枠。

 奇数番号であるので、例のごとく真っ先にゲートに飛び込むと、周囲を威圧し始めた。

 特に両脇のノーブルアーカイブとラストトリガーはゲート入りを嫌がり、じりじりとした空気が漂い始める。

 そんな中でただ一頭、ジェルディサヴォアの圧を受けて逆に安心していたのがシビアレコードだ。

 お兄ちゃんが近くにいる。そして背中には進藤がいる。それだけで完全にリラックスできていた。

 

 ようやくゲート入りが終わり、係員が「出ろ!」と声を上げる。

 一呼吸を置いて、ジェルディサヴォアの重心が後ろに下がる。それに合わせて、上田が少し立ち上がるような恰好で重心を前に倒した。

 ゲートが開いた瞬間、上田のブーツが開きかけの前扉に当たり、少し押し開けるような勢いでジェルディサヴォアがロケットスタートを決める。

 若干フライング気味ではあるが、そもそも中央競馬のゲートは内側から押しても簡単には開かないので、前扉に激突したことで機械が接触不良を起こし開くのが遅れることはあれど、他の枠より先んじて開くことはない。

 

 最高のスタートを切り、得意のコーナーワークで3馬身のリードを奪う。

 少し気合を付けたギャラールブルーが単独の2番手をキープし、やや外枠からの発走で無理はしたくないマラズギルトはジェルディサヴォアから距離を取るようにギャラールブルーの後ろに隠れ、逃げの3頭はほとんど競り合うことなくそれぞれがすんなりと自分のポジションを取った。

 

 一方、リラックスムードのシビアレコードもスタートがよく、一時はマラズギルトより前に行くかと思われたが、3コーナーから4コーナーに向けて進藤が手綱を引くと、耳を立ててゆっくりとポジションを下げていく。

 

 3コーナーを抜けて最初のホームストレッチにはいると、歓声を受けて折り合いを欠く馬がちらほらと出てきた。

 先行勢のグランヴァルディアと、後方のオーロレガーメのペースが少し上がり、馬群が一度つまりかける。

 何とか馬を静めながら、グランヴァルディアに跨る近藤騎手とマラズギルトの西垣騎手はジェルディサヴォアのリードが広がっていくのを見た。

 

 ジェルディサヴォアもかかっているとしたらチャンスだとほくそ笑み、1コーナーから2コーナーに入る。

 しかし思いのほかリードがついておらず、ギャラールブルーとの差はスタート直後より詰まって1馬身半差だった。

 

(やられたねえ……)

 リッチセレクションの中村春貴騎手が小さくため息をついた。

 中山競馬場は2コーナー入口を頂点として2mの上り、そして一気に4mを下る。

 その頂点に隠れて一気に減速、息を入れるジェルディサヴォアの得意技だ。

 5馬身程度のリードなので騎手の頭も含めてすべて隠れるわけではないのだが、それでも自分の馬の首で視界が狭まっていると、一瞬見失ってしまうのだ。

 中村もそれはわかっているのだが、リッチセレクションは中段待機のため、先頭を走るジェルディサヴォアにちょっかいをかけることは出来ない。

 しかもここからは最終直線の急坂を迎えるまで平坦。つまりここからは淀みなくレースが進むことを意味している。

 

 坦々としたペースで、馬群もやや縦長ながら殆ど開いていない状態。

 それを乱すものは誰か。

 3コーナーを迎えるところで、スタンドの観客も、テレビで見ているファンも、ふと何かを思い出すような、白い馬体が一気に前に進出を始める。

 スタンドが湧いた。

 馬群がやや縦長のため、大外を回してもそこまでロスがなく、観客の歓声と怒号に乗せられて、4コーナーの出口でジェルディサヴォアをも交わして先頭に立った。

 

 上田の手綱はだらりとそのまま、何も抵抗しようとしない。

 最内の経済コースを逃げてきたジェルディサヴォアの手前が替わるのをじっと待っている。

 コーナーを終えればすぐ左手前に替わるのが彼の癖であるからだ。

 捲ってきた勢いのままネベルメナースが内に少しササる。

 その瞬間、左手前に替わったジェルディサヴォアが、ネベルメナースとクロスするような形で外に膨れ、完全に前が開いた。

 

 早々に失速したギャラールブルーと、内で藻掻くマラズギルトを交わして3番手に上がろうとしたリヴェッティの柳騎手とリューノブレスの鞍上長野騎手は、ジェルディサヴォアが全く無抵抗のまますんなりと外に切り替えるとは想定していなかった。

 ネベルメナースの外に被せて進出をしようとしたところを、ジェルディサヴォアの大きな馬体が塞いでしまったのだ。

 

 つまり――内ラチ沿いが一瞬だけ、ガッポリと空いた。

 

 狙っていたのか、はたまたラッキーか。

 ちょうどグランヴァルディアを交わして直線に目をやった瞬間、中村はしめた、と一気にリッチセレクションを促したのだ。

 

 最後方にいたネベルメナースが先頭に立ち、外に逃げ馬のジェルディサヴォア、内から差し馬のリッチセレクションという、立ち位置が逆転した状態で3頭が抜け出した。

 大迫のムチが唸り、ネベルメナースの力強い脚が最初に坂に挑んでいく。

 しかし悲しいかな、ゴールドシップの血統は、実はあまり急坂には強くない。

 ネベルメナースも主戦場は京都競馬場であり、逆に坂に強いジェルディサヴォアが相変わらずのノーステッキでもう一度差し返す。

 リッチセレクションはイン突きはハマったものの、最内に切り込むために右手前のまま直線に入ってしまい、タダでさえ瞬発力にやや不安が残る中、エンジンがなかなかかかってこなかった。

 

 真っ白な馬体が大まくりをかましたことで、全観客も、視聴者も、アナウンサーもネベルメナースに視線が集まった。

 ネベルメナースに交わされた瞬間に加速を開始し、彼が走ったレーンをピッタリなぞって外から6番手まで上がってきた馬がいることに、誰も気づかなかったのだ。

 

「さ、お兄ちゃんを捕まえよう」

 シビアレコードの末脚は中山では活きづらい。

 ましてやコーナーを過ぎて残り310mでは、どうあがいても届かないはずだ。

 しかしそれは、普通に走ったら、の話である。

 常にジェルディサヴォアと併走をし、先にゴールすれば褒められる。

 そう「調教」されてきたシビアレコードが、前方にいるジェルディサヴォア(お兄ちゃん)の姿を捉えると、猛然と追いかけ始めたのだった。

 

 急坂が苦手な馬と得意な馬、中山競馬場でどちらが有利かは明白。

 ネベルメナースが急に失速し、ジェルディサヴォアが梯子を登るような脚さばきでもう一度先頭に立ったとき、上田の耳に鋭いムチの音と、ターン、ターン、ターンという、長く軽い蹄音が聞こえてくる。

 そしてもう一つ、トラブルが起こった。

 坂を登りきり、上田が勝ったと確信した次の瞬間、ジェルディサヴォアが最後の手前替えに失敗したのだ。

 

「やばい!」

 上田が叫び、左ムチを入れた。

 ジェルディサヴォアのコース取りは完璧だった。いや、完璧すぎたのだ。

 荒れていた内ラチ沿いとは打って変わって綺麗に刈りそろえられた芝で、足を滑らせてしまったのである。

 

 もう一度手前を替えるためにジェルディサヴォアの速度が一瞬低下し、その内を、鹿毛の馬体が通り過ぎて行った――。

 

 

〈1994年、ビワハヤヒデとナリタブライアンの対決が幻に終わりました。あれから43年。その幻が現実となります。

最強のステイヤージェルディサヴォアと、昨年の2歳王者シビアレコード。ともに1番人気2番人気。

あるいは伝統の勝負服を身にまとった名馬たちが、それを阻むのか。

第82回有馬記念、ゲートインが終わりました。

 

スタートしました。

ポーンと飛び出したジェルディサヴォア、上田騎手、ロケットスタート飛び出していきます。

2番手ギャラールブルー、その後ろ、すんなりマラズギルトが3番手につけてこの3頭がレースを引っ張ります。

 

2番のグランヴァルディアが4番手、その外にリヴェッティ、柳裕則がつけました。

3,4コーナー中間。

ブラッドギアが外目から。このあたり3頭固まって、それを見るようにリューノブレス長野大夢。

その後ろには1馬身差でサラノサイクロン、外にはラストトリガー、ノーブルアーカイブ。

内に控えているのがリッチセレクション中村春貴。

1馬身後方オーロレガーメ、外にいるのが弟のシビアレコード。

 

各馬が、最初の正面スタンド前に出てまいります。

後方勢3頭。ジェリーホーネット、悲願のGⅠ制覇なるか。1馬身後ろにヴァルカリで、最後方1番ネベルメナース。

さあスタンドから拍手が沸き起こります。

 

先頭はジェルディサヴォア、リードを4馬身から5馬身に広げて、ギャラールブルーとマラズギルト。このあたり隊列変わらず。

少し口を割っているのが2番のグランヴァルディア。リヴェッティが続いて、ブラッドギア並んで5番手6番手。

インコース9番リューノブレス、外にはサラノサイクロンです。

 

各馬が1コーナーをカーブしてラストトリガー、ノーブルアーカイブ。セレンレーシングの勝負服2頭。

1馬身内からリッチセレクション、並んでシビアレコードです。

 

さあまもなく、最初の1000m、60秒4で行きました。

これがラストラン、オーロレガーメ嶋田良一。1馬身後方ジェリーホーネット、ヴァルカリ。最後方まだネベルメナース、じっくりと前をみながら。

 

各馬が2コーナーをカーブして、向こう正面に入るところ。

先頭のジェルディサヴォア、リードが一気に縮まって1馬身半から2馬身のリード。

2番手ギャラールブルー。マラズギルト3番手。

その後ろ、少し空いてグランヴァルディア、内に控えてリヴェッティ。

リューノブレスがいて、菊花賞馬ブラッドギア、ハリル・ルードルフどこで仕掛けるか。

内にリッチセレクション。サラノサイクロンとラストトリガー。このあたり少し馬群が詰まってきています。

 

15番シビアレコード、1年目進藤誠紅。オーロレガーメと並んで行っています。

ジェリーホーネット、そしてヴァルカリ。真っ白ネベルメナースが最後方変わらずですが、大きく外に持ち出しています。

800を通過して3コーナー、ネベルメナースが押し上げていくところ。

 

ジェルディサヴォアのリードは1馬身から2馬身。

そして一気に、ネベルメナース、白い馬体が上がっていく。3,4コーナーの中間。

一気に先頭まで立つ勢いか。

ジェルディサヴォアリードを広げて3馬身から4馬身。リヴェッティも前に進出、先頭まではまだ5馬身あるか。

 

4コーナーに入って、一気に先頭に並びかけて行ったネベルメナース。先団2頭がやや引き離す形となって400を通過。

外に広がってシビアレコード、リッチセレクションはまだ中段インコース。

さあ第4コーナーを回って、追い込み態勢に入ったシビアレコード。

 

直線コースに出てまいります。

先頭ネベルメナース一気に先頭1馬身のリード。外に切り替えてジェルディサヴォア持ったままでまだ脚はあるか。

リヴェッティとリューノブレス。内からリッチセレクション前を追って200を通過。

外からシビアレコード。差し返すジェルディサヴォア。間を割ってリヴェッティ。大外ジェリーホーネット。

 

坂を上がって、ジェルディサヴォアまた先頭、外からシビアレコード。

食い下がるリッチセレクション。真ん中はリューノブレス。

シビアレコードか、ジェルディサヴォアか、シビアレコード、リューノブレス、リューノブレスだ、リューノブレス!

 

なんとなんとリューノブレス、昨年の2冠牝馬ここで復活!そしてハーツクライから3代続いての有馬記念制覇!

左手を上げた長野大夢、こちらも父子制覇。そして3週連続のGⅠ勝利。

 

勝ち時計2分31秒9、ゴールまでの800mは48秒7、600mは36秒6。

父ドウデュースが挑めなかった三冠目、娘が掴んで見せました〉

 

 

 ウイニングラン中も空気がおかしい。

 GⅠの大舞台で勝ったのになんとなく白けさせるのはハーツクライの血の宿命でもあるのだろうか。

 ましてや上位入線3頭がハーツクライの孫と曾孫で、1番人気2番人気の曾孫どちらが勝っても盛り上がる中、唯一熱狂に冷や水をぶっかけるリューノブレスが勝つというのも「らしい」ものだ。

 

 何となく空気が白けている中、検量室前に揃って帰ってきた上田と進藤が申し訳無さそうに井野から目を背ける。

「やらかしました」

 上田がボソッと言った。

「足を滑らせたっス。最後の最後で」

 終始荒れたインを走らせた方が勝機があったかもしれない、と、上田は悔やんでも悔やみきれない表情だった。

「十分最後まで持ったはずでした。もう息は入ってますんで」

 大して発汗もしていないジェルディサヴォアは、そろそろ舌縛りを解いてほしいと、口を半分空けて間抜けな顔をしている。

 それに気づかず、井野は今度は進藤の方を向いた。

 

「最後は一騎打ちになるはずでしたが」

 進藤がヘルメットで顔を覆いながら言った。

「ジェルが止まった瞬間、レコードも止まりました。まだスピードには乗っていたはずですし、惰性でも十分押しきったと思いました」

「そうか」

 井野は2人の背中をポンと叩き、検量室に入るよう促した。

 

「すみません、調教ミスです」

 井野が、今度は後ろに立っていた谷地オーナーに頭を下げた。

「レコードがジェルを抜いた瞬間、それで終わったと勘違いしたみたいです」

 谷地は、プッと笑って足下の土を払うように蹴った。

 

「あいつららしいですね」

 谷地は口には出してないが、内心、勝ったのがドウデュースの娘、リューノブレスで良かったと思っている。

 しかも2着以下も、ヒシイグアス産駒のセスナの子であるシビアレコードとジェルディサヴォア、その後ろにはゴールドシップ“直子”であるネベルメナース、アーバンシック産駒のリッチセレクションと続き、その後ろの6着にようやくディープ血統のリヴェッティという並び順。

 掲示板の4/5をハーツクライ血統が占めるという、谷地にとっては負けた中では最高と言っていい結果だった。

 

「もうしばらく直接対決はないでしょう。それに2頭(ふたり)ともだいぶ消耗してますから、ドバイもパスしますか」

 谷地の言葉に、井野はホッとしたように頷いた。

「お願いします。しばらくはお返ししますので、リンガスと同じペースでリフレッシュさせてやってください」

 

 まだスタンドはざわめいている。その動揺を見下ろす5階の記者席もまた、ざわついていた。

中山競馬場まで取材に来ていた六角が、呆然とリプレイ映像を見つめている。

 

「……あれ、どっから来とんねん。あんなとこ通るか普通」

 

「……そうや、通ったから勝ったんや」

普段は勝っても負けても“これも競馬”とすっぱり割り切る堤も、さすがに膝が震えていた。

「いうて牝馬やで……?あのデカブツどもの間に突っ込みやがった」

北見も頭を抱えたまま、唇をかむ。

 

ジェルディサヴォアもネベルメナースも、ステイヤーでありながら500キロを超える大型馬だ。

当然、その馬体を支える脚も首も長く、コース上ではひときわ大きく見える。圧倒的な存在感を放つ2頭だった。

その間を、460キロにも満たない――まして牝馬が突き抜けてくるなど、誰が想像できただろうか。

 

「ジェルとレコードだぞ……?どっちかは来るだろ普通」

 奥のテーブルで、寺尾も突っ伏していた。

 左手には、「がんばれ」と印字された5と15の馬券。合計8万円分が、ぐしゃりと握られている。

 

「寺さん、それどうすんねん。払い戻しか?」

「当たり前よ……。5万4000円。まあ、3万弱の負けで済んだと思うことにするわ」

「それも競馬や」

 堤が軽く寺尾の背中を叩く。

 

 なんとか真っ先に立ち直ったのは、その堤だった。

「しゃあない」と一言だけ言うと、またしても風俗がお預けになって頭を掻きむしる北見の襟首を掴み、そのまま引きずるようにしてプレスルームへと降りていった。

 

 

 

【全スポ】2037年12月27日 16時02分

~リューノブレス大金星!二冠牝馬がグランプリ制覇 兄弟対決に割って入る/有馬記念~

 

中山のグランプリは、まさかの結末となった。第82回有馬記念は、4歳牝馬リューノブレス(長野大夢騎手)が差し切り勝ち。単勝30倍超の伏兵がGⅠ3勝目を挙げた。

 

レースは1番人気ジェルディサヴォア(牡4・上田秋信)が好スタートから主導権を握り、2番人気シビアレコード(牡3・進藤誠紅)は中段から追う形。注目の兄弟対決は直線で激しい叩き合いとなった。

 

しかしその内から着実に脚を伸ばしたのがリューノブレス。坂上で並びかけると、最後はシビアレコードとの競り合いを制した。

勝ち時計は2分31秒9。

長野騎手はこれで3週連続のGⅠ勝利となった。

 

2着はシビアレコード、3着ジェルディサヴォア。上位人気2頭はともに勝ち切れなかったが馬券内は確保。

払戻金の単勝は3,310円、3連単は9万8520円。

 

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【京浜スポーツ】2037/12/27(日)17:40

~有馬記念レース後コメント 二冠牝馬リューノブレスが大復活 長野大夢「彼女だけが信じていた」~

 

リューノブレス1着・長野騎手「正直ここまでうまくいくとは思ってなかったです。スタートも普通で、展開も想定通りでした。3コーナーで一気に流れが変わったんですけど、無理に付き合わず最後だけ勝負できればと。正直3着まで行けたらいい方だと思ってました。(直線は)内も外もいけなかったので、とりあえずまっすぐ追うしかなかったです。ジェルディサヴォアとネベルメナースの間が一瞬だけ空いて、そこにちょうどよく入れたのはラッキーでした。本当に強い勝ち方だったかと言われると違うと思いますけど、初めての中山で、最後まで我慢してくれましたし、坂にも負けませんでしたね。多分、ノブレス自身が“勝てる”と信じていたからだと思います」

 

シビアレコード2着・進藤騎手「力負けではないです。兄(ジェルディサヴォア)をターゲットにしてしまった僕の責任です」

 

ジェルディサヴォア3着・上田騎手「荒れた内を最後まで走らせればよかった。きれいな外に出したら逆に脚を滑らせてしまいました」

 

ネベルメナース4着・大迫騎手「全て出し切ったと思います。京都競馬に戻って巻き返します」

 

リッチセレクション5着・中村春騎手「インに行った分スパートが遅れました。でも外に行ったら勝負にならなかったです」

 

リヴェッティ6着・柳騎手「距離ですね。直線でもう脚は残っていなかった。でもこの着順(6着)はリヴェッティの意地を見ました」

 

――

 

【アンテナスポーツ】2037年12月28日 09:14

 

~「壊した者と拾った者」ネベルメナースの一手が有馬の構図を変えた~

 

 第82回有馬記念はリューノブレスの差し切りで決着したが、レースの本質は着順とは別の場所にある。

 展開の主導権はジェルディサヴォアが握り、向正面で一度ペースを落とす中山特有の“作る競馬”に持ち込んだ時点で、後方待機勢に勝機はほぼ残されていなかった。

 

 そこで流れを変えたのがネベルメナースの3コーナー手前からの進出である。残り800メートル付近で一気に外から押し上げ、隊列を崩壊させたこの一手によって、レースは消耗戦から瞬時の判断を問う局面へと転換された。

 あの場面で動かなければジェルディサヴォアがそのまま押し切っていた可能性は高く、後方馬にとって唯一の勝ち筋を示したのはネベルメナースだったと言っていい。

 実際、同馬は4コーナーで先頭に立ち、勝ちパターンに持ち込んでいる。だが直線の坂で脚が止まった。敗因は明確で、中山の急坂による再加速性能の差である。ゴールドシップ系特有の持続力は見せたものの、瞬間的なもう一段の脚を要求される条件では分が悪かった。

 

 一方で勝ったリューノブレスは中団で脚をため、ネベルメナースがレースを壊し、ジェルディサヴォアとシビアレコードが動いた後ろで最もロスの少ない進路を確保した。展開の恩恵は確かに大きいが、それを取り切る位置取りと我慢は評価すべき点である。

 

 ただし断言しておく。このレースはリューノブレスが主導したものではない。ジェルディサヴォアが作り、ネベルメナースが壊し、その過程で生じた空白を拾ったのがリューノブレスである。

 グランプリはしばしば最も強い馬ではなく、最も影響を受けなかった馬が勝つ。今回の有馬記念はその典型であり、勝敗以上に「どこでレースが変わったか」を示す一戦だった。

 

――





1着 リューノブレス 2:31:9
2着 シビアレコード アタマ
3着 ジェルディサヴォア 3/4馬身
4着 ネベルメナース 1馬身
5着 リッチセレクション クビ
6着 リヴェッティ 1/2馬身
7着 オーロレガーメ クビ
8着 ジェリーホーネット 1馬身
9着 ブラッドギア 1/2馬身
10着 グランヴァルディア 1馬身
11着 サラノサイクロン 1馬身
12着 ラストトリガー 1/2馬身
13着 ノーブルアーカイブ 1馬身
14着 ヴァルカリ クビ
15着 マラズギルト 2馬身
16着 ギャラールブルー 大差


今回はジェル視点は入れていません。


余談

長く間が空いたうちに、
ジェルの僚馬で春天やグッドウッドCを勝って引退したモーリッシュの主戦、太刀川祈騎手のモデルとしている騎手が障害レースに乗ってしまいました。
“迫る3ハロン棒”で「障害レースの騎乗経験はない」と書いてあったところ、「騎乗経験は少ない」に書き換えています。

こういうこともある。
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