サセックスS(3歳以上・GⅠ)
| 馬番 | 馬名 | アルファベット | 性 | 齢 | 負担重量 | ゲート番 | 前走 | オッズ |
| 1 | ドックサイドグラス | DOCKSIDE GLASS | せん | 5 | 61kg | 2 | クイーンアンS/1 | 5/1 |
| 2 | フィールドプロミス | FIELD PROMISE | 牡 | 4 | 61kg | 5 | クイーンアンS/2 | 7/2 |
| 3 | クワイエットリード | QUIET LEAD | せん | 4 | 61kg | 1 | サマーマイルS/2 | 33/1 |
| 4 | セーヌアライヴ | SEINE ALIVE | 牡 | 4 | 61kg | 6 | ジャンプラ賞/2 | 16/1 |
| 5 | シビアレコード | SEVERE RECORD | 牡 | 4 | 61kg | 4 | プリンスオブウェールズS/1 | 4/6 |
| 6 | アシュリンコード | ASHARIN CODE | 牡 | 3 | 58,5kg | 3 | 愛2000ギニー/1 | 8/1 |
グロリアス・グッドウッド2日目。
今日谷地オーナーによってオーナーズ&トレーナーズレストランでのランチに招かれたのはヒルストン調教師と、ジェルディサヴォアとシビアレコードの調教を担当していた、ヒルストン厩舎の調教スタッフと見習い騎手の3人。
もちろんただランチを食べに来たわけではなく、谷地や井野調教師に先導され、待機馬房からパドックまでの動線やグッドウッド競馬場の施設などを回っていた。
朝早くにグッドウッド競馬場に集合させた谷地は、
「今後あなた方も幾度となくここに来ることになるんですから、今のうちに憶えておくといいでしょう」
と、彼らをその気にさせていた。
もちろんほとんどリップサービスなのだが、凱旋門賞とパリ大賞典への熱が冷めてしまった今、谷地は王族貴族が直接関わっているイギリス競馬へ出走する栄誉をモチベーションとしている。
その為にはシャンティイのマカロフィ厩舎より、ニューマーケットのヒルストン厩舎を拠点としたほうが都合が良かったのだ。
『ヤチ、あなたは
ランチの最中、ヒルストン調教師が聞いた。
『なぜです?』
『ジェルディサヴォアのことです。あの馬はイギリス国民から魔王と呼ばれているのはご存知でしょう』
谷地は呆れたように、歯の奥で小さく笑った。
『過分な評価ですよ。あいつは競走馬としてはニ流です』
『確かにマイルやミドルディスタンスでスピードを競う競走馬としてはそうかもしれません。ですが軍馬としては、あれほどの逸材はいません』
距離が延びれば延びるほど強く、馬場が悪ければ悪いほど速い。
そして550kgに迫る雄大な馬体と、丸一日何も食わなくても3200mを3分台で走破する心肺機能は、軍馬に必要な資質の全てを兼ね備えている。
18〜19世紀であれば欧米諸国の誰もが種を求めて牝馬を連れてくる、伝説的な名馬となっていた筈だからだ。
そしてすでに、
王室、ノーフォーク公爵家、リッチモンド公爵家。
その中でもノーフォーク公はイングランド筆頭公爵であり、リッチモンド公も、間にサマセット公を挟むだけでその名が出てくる古い公爵家だった。
つまり彼らは、単なる競馬場の所有者や主催者ではなく、英国の身分秩序を上から数えた時、早々に現れる三家なのだ。
そして極東から来た個人馬主がそのメンツを奪いに襲来している。
書面上、身分差が廃止されて久しい日本での反応はさておき、イギリスの一部右翼系メディアは大騒ぎをしており、フランスメディアはグッドウッドCにおけるジェルディサヴォアの大勝利に、またもやイギリスを嘲笑っていた。
『別に深い意図はありません』
谷地は肩をすぼめた。
『今回はあくまで経験を積みに来ただけで、来年はリンガスも仕上げたうえで3つ、獲るつもりです。ですが、それによって別の何かを成し遂げようという訳ではない。あくまでも私の栄誉のために勝ちたい。それだけですとも』
勝算は確かにあるのだが、シビアレコードは久々のマイル戦。
そしてリンガマイセッサは距離の下限に不安が残っている。
谷地が挑発的な台詞を吐いたのも、勝利を確信していたからではなく、このまま劇的な勝利を飾った方が盛り上がるだろうという思いからであった。
相手からのマークが集中した上での勝利ならば、タイムや着差以上の評価が与えられるかもしれない。
また、負けたにしても、負けてなお強し、という逃げ道が残るのである。
「リンガスの方だよなあ……」
谷地が眉間をグリグリと押しながら呟いた。
そのころ、馬房の方では軽くブラシをかけただけで毛艶をギラギラと光らせたシビアレコードが、ジェルディサヴォアの飼葉桶から角砂糖を1つ摘み食いしてから馬運車に乗せられていた。
昨年はモーリッシュの後の2戦目。
今年もジェルディサヴォアの後で2戦目であり、次は自分の番だと、心の準備は万全だったのだ。
「ちょっとイレ込んでるか?」
パドックを周回するシビアレコードを見て、井野が谷地の隣で呟いた。
「当てられているというより、走る気が溢れている感じじゃないですか?進藤君に任せましょう」
普段はパドックを囲む群衆を楽しむように、首を高くして周回するシビアレコードだが、今日は首を軽く落とし、いつも以上に
「完全にベストターンドアウト賞を取りに来てますよ。センセイ、表彰式の準備をした方が良さそうです」
谷地が帽子のつばを下げて、ニヤニヤしながら井野の足を杖で
進藤が駆け寄ってくると、シビアレコードは一度進藤の顔に鼻面を寄せてから不動の姿勢をとった。
早く乗れ、と待っているようで、いつにも増してやる気のシビアレコードは、やや背中が強張っているように感じた。
(抑えきれるかな)
誘導馬に続いて馬場に向かいながら、進藤は不安げにシビアレコードの顔を覗き込んだ。
昨日から遠くの丘は全く見えないほど靄がかかっているグッドウッド競馬場は、今日も分厚い雲に覆われている。
そして、誘導馬に導かれてゴールポストを通過し、スタート地点に向かって返し馬に入った馬たちを追い立てるように、西から雨粒が落ち始めた。
まだ馬場状態はGoodを維持しているが、Good to Softに変わる前にスタートしてほしいと、どの陣営も焦れったそうにスタート地点を見つめていた。
「ヤバいなあ」
井野が空を見上げた。
「そうですか?」
「レコード、雨の馬場で走ったことないんですよ」
ほう、と谷地が双眼鏡を覗いた。
スタートゲートの裏で輪乗りをしているシビアレコードは、耳を絞ることもなく、たまに顔を振って鬣の水を飛ばしている。
進藤がヘルメットに付いた水滴を払い、シビアレコードの鬣にかかるたびに鬣を振って遊んでいるようだ。
基本的にマイラーは良馬場を望む。
胴が短くハイピッチの瞬発力タイプでは、強い反発力がある方が都合がいいからだ。
短距離系の血統がデインヒルに集まっているのも重馬場の走りづらさに拍車をかけている。
すでにドックサイドグラスやアシュリンコードが沈み込み始めた馬場に足を取られていた。
すでに馬場入りをしてしまったので馬場状態の更新はないが、次のレース直前にはGood to Softに変わるだろう。
ようやくゲート入りが始まる頃には、ポツポツと降っていた雨は本降りに差し掛かっていた。
最内のクワイエットコードがいいスタートを切った。
グッドウッド競馬場のマイルコースはスタート直後からやや左にカーブしているため、最内といえどいきなり他馬がインコースに殺到して包まれることはない。
アシュリンコードが並びかける中、シビアレコードは3番手のドックサイドグラスの外、前が広く空いた4番手で上りに入った。
足下が緩くなった上り坂でペースが落ちるかと思いきや、クワイエットコードがペースを落とさない。
もともと最低人気の馬なので、渋った馬場で行けるだけ行かせて穴を狙おうと、消耗戦に持ち込んだのである。
アシュリンコードも懸命についていくが、
もちろん精鋭揃いの騎手にとってはそれも織り込み済みで、最終的に荒れてない外に出すのだからと、クワイエットリードに離されないよう、ややオーバースピードでコーナーに突入させていた。
同様にシビアレコードの前を走っていたドックサイドグラスもアウトインアウトの要領でコーナーを通過しながら、ペースを落とさずに外のレーンを目指す。
進藤は、なぜここまで簡単に前が空くのか不思議がっていた。
シビアレコードはペースを保ったまま経済コースを進み、順調にクワイエットリードに並びかけている。
後方にいたフィールドプロミスとセーヌアライヴは、アシュリンコードとドックサイドグラスに引っかからないよう更に外に出し、内ラチ沿いに2頭、馬場の真ん中から外側に4頭と、極端に離れた状態で直線を向いた。
進藤はまた、3ハロンの標識を睨みつけていた。
最初から今日は残り3ハロンで加速すると決めている。
隣を走っていたクワイエットリードが最後の脚を使って加速すると、シビアレコードがついて行きたそうにハミを噛んだ。
しかし予定の3ハロン標識までは100mほどあるので、進藤の手綱が動かないことがわかると、荒れた馬場を飛び越えるようにストライドを伸ばしながら、下り坂を一段飛ばしで駆け降りている。
3ハロン標識に注目している進藤の目からはわからなかったが、フィールドプロミスやドックサイドグラスはすでに追い出しを開始しており、アシュリンコードを置き去りにし始めていた。
残り3ハロンの標識に鼻先がかかった瞬間、ハミを一杯に詰めると、進藤の腕が動き出す。
既にストライドが伸びきっていたこともあり、スピードに乗るには少し時間がかかったが、誰もいない荒れかけたインコースをまっすぐ進みながら差し切り態勢に入った。
比較的荒れていないオープンストレッチに潜り込むこともせず、スーッと加速を続けていく。
進藤が外を見ると、フィールドプロミスとドックサイドグラスの騎手は叩きあいに夢中で、シビアレコードの方に注意が向いていないようだった。
昨年は2ハロンを43
それでも下り坂の勢いに乗って、41mph~42mphを維持したまま2ハロンを全開で駆け抜けた。
6馬身千切った昨年とまではいかなかったが、渋った馬場で上がりの3ハロンが33秒1であれば、当然、差し切っている。
ブレーキがかかるまでしばらく時間がかかったが、昨年は怒りをあらわにしていた井野が、今年は右手の親指を立てて迎えてくれたのだった。
「まあ、よし。今はこれでいい」
ウイナーズサークルに進藤を迎え入れながら、井野が小さく頷いた。
「次はどこで流し始めるかだな。あの脚で3馬身差なら十分すぎるんだ」
次いで進藤と握手を交わした谷地が、表彰台の方を手で示した。
「ちょっと急ぎませんか。雨が強くなってきた」
レース直前から降り始めた雨はいよいよ本降りになっていた。
<グッドウッド開催2日目、メインレースとなります、サセックスS。創設は1841年と、古い歴史を誇る夏のマイル王者決定戦。
今年は連覇をかけて、4歳馬シビアレコードが出走。昨日ここ、グッドウッド競馬場で行われたGⅠ、グッドウッドカップでは、兄のジェルディサヴォアがコースレコードを更新する圧勝を見せましたが、それに続くか弟のシビアレコード。
馬場状態は良の発表ですが、先ほどから雨が降りはじめまして、映像も、やや靄がかかっているように見えます。
最後の枠入りは4番のセーヌアライヴ。
収まって、スタートしました。
シビアレコード、いいスタートを切りました。
まずは内から、3番のクワイエットリードが行きました。外からは6番アシュリンコード。
その後ろ、日本のシビアレコードつけまして、並んで内にドックサイドグラス。
2番フィールドプロミスと4番セーヌアライヴが後方から。
ここから内回りのコーナーに入って行きます。
先頭3番のクワイエットリード。1馬身のリードを保って、6番のアシュリンコードが続きます。
1番ドックサイドグラス3番手、1馬身ほど後ろ、外に5番シビアレコード、続いていきます。
2番のフィールドプロミスは馬群の後ろを進んで、最後方4番セーヌアライヴ。
長い長い下りに入ります。コーナーの半分ほどを通過。
まだクワイエットリードが先頭ですが、2番手以下は外に広がっていくのか。
シビアレコードはインコースに切り替えてじっくり構えて、アシュリンコードとドックサイドグラスは外に持ち出して、後方から進出2番のフィールドプロミス、セーヌアライヴも外に行く。
直線に出てまいります。まだレースの半分ぐらいを過ぎたところですが、クワイエットリードの外から、さあ気合をつけてシビアレコードが並びかけていく。
それ以外の4頭は馬場の外目に広がって、後方にいたフィールドプロミスが押し上げる。ドックサイドグラスが先頭に立ったか。
さあ動いたシビアレコード。インコースから脚を伸ばして残り
外はフィールドプロミスとドックサイドグラスが競り合っている。
その内から、伸びる伸びるシビアレコード。堂々先頭に替わったか。突き放しにかかる。
あと
差を広げて、シビアレコード、連覇目前。フィールドプロミス、ドックサイドグラス。2番手争いは接戦だが、強い強い強い!シビアレコード、マイルの王者だ、2連覇ゴールイン!
雨の馬場も問題ない。イギリス3戦3勝文句なし!>
【全スポ電子版 2038年7月29日 00:56配信】
~シビアレコード、サセックスS連覇 雨のグッドウッドで4馬身差完勝 日本馬連勝を飾る~
28日、英国グッドウッド競馬場で行われたサセックスS(GⅠ、芝約1600メートル)は、日本から参戦したシビアレコード(牡4、美浦・井野叶偉厩舎)が優勝。昨年に続くサセックスS連覇を達成した。
前走プリンスオブウェールズSを制してから更に距離短縮となったが、雨が降り始めたグッドウッドの馬場を苦にせず内ラチ沿いから加速。最後は外から伸びたフィールドプロミス、ドックサイドグラスをまとめて退け、3馬身差の完勝を収めた。
発表上の馬場状態はGood(良)のままだったが、レース直前から雨が降り始め、発走時には本降りになった。多くの馬が荒れた内を避け、直線では馬場の真ん中から外へ進路を取る中、シビアレコードはほぼ最短距離を通る形で直線を向いた。
残り3ハロン地点から進藤誠紅騎手が追い出すと、荒れかけたインコースをまっすぐ伸びた。
全スポ現地班の計測では、上がり3ハロンは33秒1。ラスト2ハロンは21秒5と、稍重に近い馬場としては異次元のスピードをみせた。
2着は外から先に抜け出しを図ったフィールドプロミス(英)。3着には同じく外から進出したドックサイドグラス(英)と続く。
____
表彰式が終わっても雨は止まないどころか、強くなってきた。
サセックスSを終え、第5RのEBFハンデキャップレースの前に更新された
「明日は重までいくでしょうね」
井野が、帽子のつばを下げて、水滴を払いながら言った。
「そんなに不安ですか?」
谷地が引き上げていくシビアレコードを目で追いながら、軽い口調で聞いた。
「父のフォルジュオンだって、祖父のオルフェーヴルだって、重い馬場は苦にしませんでしたよ」
それはそうでしょうけども、と、井野が歩き出しながら宙を見上げた。
「レコードと同じです。今まで一度も、重馬場を経験したことがないんですよ。それも、レースだけではなくて追い切りの時もそうです」
「余計なことは考えない方がいいんじゃないですか。来年だってあります。ジェルもレコードも、今年限りではないですし」
谷地の言葉に、井野が小さく呟いた。
「マコに任せちまおうかなあ……」
弱り切った果ての呟きだったが、隣を歩く谷地はそれをはっきりと聞いた。
谷地は楽しそうに杖をクルリと回すと、クックッと喉の奥で笑った。
「いいんじゃないですか。物は試しです」
次回はそうお待たせはしないと思いますが、まだ書ききれていないので未定です。
7月の3日あたり、大安の日を狙って。
得意距離を勘違いされまくっているシビアレコード