ツーターン・スリーターン   作:ジェレミー

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振り返りという名の説明回です。
読みづらさは否めません。申し訳ありません。


ニューマーケット・ジョッキークラブにて

 ナッソーSを終え、ジェルディサヴォアら3頭が一斉にニューマーケットに戻ると、写真を撮りに来た現地の記者だけでなく、ニューマーケット中のヒマな競馬関係者や、ケンブリッジに住むファンも出迎えに駆けつけていた。

 1台の馬運車に3頭乗せられた都合上、降ろす順番はリンガスマイセッサが最初となるため、ジェルディサヴォアとシビアレコードはいつものように飛び降りることはできなかったが、リンガスマイセッサとシビアレコードが拍手で迎えられたのに対し、ジェルディサヴォアには一部のファンからブーイングが飛ぶ。

 

 とはいえやはり長距離の雄となればコアなファンからの人気はあるもので、結局、3頭揃ってしばらく撮影会が行われることになった。

 悪意を持ったファンに対しては煽り返すジェルディサヴォアだが、褒められる側になるとどう反応すればいいのかわからずキョロキョロしており、シビアレコードとリンガスマイセッサはいかにもキラキラとしたオーラで撮影に応じていた。

 

 馬はそれぞれ馬房に収められた一方で、上田、進藤両騎手や井野調教師はニューマーケットのジョッキークラブ内にある会議室に集められ、記者の取材を受けていた。

 記者と言っても全スポの寺尾なので、そこまで肩肘張る必要はないが、例によってJRA公式向けの動画でのインタビューだったのと、ジョッキークラブの格調の高さによって自然と冷や汗が出るような緊張感が保たれていた。

 

 言い間違えたり噛んだり、JRAのPRセンター職員が発狂するレベルの編集作業が必要だったインタビューを撮り終えJRAのカメラマンが退出すると、替わって谷地オーナーと、サービスワゴンを押したスタッフが入ってきた。

 ようやく見知った顔だけが会議室のテーブルに座ることになり、寺尾が少しネクタイを寛げた。

 

 寺尾が独占ドキュメンタリー動画を撮りたいということで部屋の四隅にビデオカメラが置かれてはいるが、慌ただしいインタビュー形式ではなくサンドイッチを摘まみながら軽いティータイムのようなスタイルで、席次もバラバラであった。

 

「夕べはあれほど飲んだんだから、今日はこれで十分でしょう」

 谷地が、まだ昨日の酒が残っている井野と中村学厩務員を見て笑った。

 未成年の進藤は勿論、谷地ももとより飲めない(たち)なので、祝勝会の主役でありながら通訳に奔走していたのである。

「寺さん、雨続きだったから取材も大変だったでしょう。カメラは無事でしたか?」

 谷地がちょうど頭の後ろにあるビデオカメラを指さして言った。

「その辺は向こうもプロですから。今更あの程度の雨で上手く撮れなかったなんてことはないでしょう。上田騎手の1ハロンガッツポーズも全部撮ってますよ。記事にしますか?」

「あれだけ差ァあったら何やってもいいっしょ。ムチ投げてもいいかもしれんけど、ジェルが走る度にやってたら俺のムチの在庫が無くなるのよ」

「なんでジェルはあそこまで走れるんです?レコード連発してるのは分かりますけど、あそこまで差がつくもんですか?」

 

 寺尾がチラッとテーブルの上のレコーダーの電源を確認した後、トークの方向づけをしながら少しずつ取材を進めていく。

 

「単純に周りが弱すぎるってこともあるんじゃねえかな。あとは挑発してるのか何なのか分らんけど、ジェルが逃げるとき、後ろの馬はほとんどかかってるんよ。それで余計にスタミナ食ってるっぽいわ」

 上田の言葉に、谷地もウンウンと頷いた。

「スピードそのものはあんまりないですからね、ジェルは。いつもレコードやリンガスに負けてるみたいですし」

「そもそも谷地さん、あの逃げ方はどこで教え込んだんです?ウチに入厩してから、急減速の調教なんてしてないんですよ。どうせ逃げしかないから、アキには大して指示出さずに送り出すんですけど、いつもきっちり息を入れて回ってくるし」

「牧場でも何もしてませんよ。親離れさせたらすぐ、とねっこの群れの中で先頭を走ることが多かったようですが」

 谷地は、ジェルが当歳馬だったころの牧場長からの報告を懐かしむように思い出していた。

 

「その頃から速かったわけですか」

 井野厩舎に入厩する前のことは寺尾もよく知らない話だ。

「いえ、坂路に入れたらいつも遅れるぐらい、スピードは特に目を見張るものはなかったですね。ただスタミナと、スタミナ管理でしょうか?そのあたりは間違いなく他の馬より優れていました。群れで走るときも、先頭に立つまでは時間がかかりますが、立ったら立ったで大きく引き離して走り続けていたらしいので」

 

「それにしたって去年のゴールドカップでもそうでしたが、あの超ハイペースですよ?滑るとかそういうのは無かったんですか?」

「ジェルは長距離馬にしては走り方が極端なピッチなんですよ」

 井野が紅茶のカップを置き、代わりにコーヒーを一口飲んで口を湿らせた。

「車で低速ギアのまま、エンジンをガンガン吹かして100キロを出すようなもので。燃費悪いですよあれは。で、その分結構地面を強く叩いて走るんで、ガチガチの馬場より重馬場の方が走りやすいんでしょうね」

 

「あいつ、上に飛ぶんよ」

 上田が補足するように続けた。

「前に進んでいくんじゃなくて、いっつも中山の坂を登るような感じで走るから、綺麗なとこ走らせると、逆に前に進まないんよ。穴ボコの壁を蹴って進んでる感じ」

「え、それで長距離走れるんですか?」

 今まで黙って聞いていた進藤が口を挟む。

「燃費の悪さを、最短距離を走るのと坂の強さで誤魔化してる感じだぁな。みんなが苦しむところで(らく)して、一番最後だけ苦しくなるんよ。有馬でも、得意舞台のはずなのにレコードに負けたっしょ?」

 進藤が、ああ、と納得したように頷くと、谷地が得意げにジェルディサヴォアのプロフィールをスマホに表示させ、寺尾に見せた。

 

「急坂とトリッキーなコースに強いハーツクライとヒシイグアス、そしてセスナやクリスタルパレスの心肺機能。セーフティアイコンの洋芝適性と、プレザントタップの重馬場への強さ。完璧に噛み合ったと思いませんか」

「でもレコードは対極にいるタイプですよね?」

「進藤君には申し訳ないけど、私にとっちゃレコードの方が『外れ値』です。でも、セーフティアイコンから洋芝の強さは受け継いでますし、それがプリンスオブウェールズとサセックスの結果でしょう」

 

「そういえば進藤騎手、サセックスSの最後の直線、結構荒れていたと思いますが、そのままインコースを突きましたよね?あれ、不安なかったんですか?」

 寺尾が話を振ると、進藤は苦笑いをしながら少し目線を泳がせた。

「特にレコードが走りづらそうな感じもなかったので、そのまままっすぐ行かせただけです」

 井野が進藤の方を横目でチラリと見た。

 上手く言い繕ったが、実際のところは、連覇への挑戦という緊張とレース直前に降り出した雨に慌て、返し馬の際に直線のコンディションがどうなっているか、確認するのを忘れていたのである。

 その結果、インコースは荒れていたにもかかわらず、特に考えもなく最短距離で突っ込んだだけなのだ。

 ジェルディサヴォアの全弟であるシビアレコードにもプレザントタップの血はちゃんと受け継がれており、荒れた馬場を苦にしなかったのは幸いであった。

 

「レコード、どうするんスか?この後」

「帰国はします。秋天に行くか、マイル(CS)か、ジャパンカップかは様子を見てからということで」

「また距離伸ばすんスか?マイル路線で調子いいのに」

「マイル(CS)は京都だろ?サセックスの状態のままならチャレンジできるかもしれないけど、上り坂ないのよあそこ」

 シビアレコードはサセックスSこそ下り坂を卒なくこなしたが、得意なのは長い直線と上り坂なので、日本の競馬場であれば東京か、阪神向きなのだ。

 なにより、イギリスのGⅠ連勝など派手な活躍をしているシビアレコードだが、いまだ昨年末の消耗からの立て直し中であり、今年に入ってからまだ3戦しかこなしていないのである。

 このまま調子が戻ってくれば、秋はいよいよ府中で勝負できるかもしれなかった。

 

 無粋なことを言えば、寺尾はシビアレコードに関してはあまり深掘りすることはないな、と思っていた。

 プリンスオブウェールズSでもサセックスSでも、進藤が何も考えず追っていただけで、馬の方がそれをカバーした結果とも言えるからだ。

 それよりも興味深かったのはリンガスマイセッサの方である。

「リンガス、逃げられたんですね」

 うーん、と、井野が唸った。

「逃げを指示した訳じゃないから、逃げ戦法というより、牝馬の気まぐれが発動しただけじゃねえかな」

 

 どうなの、と谷地が進藤に聞いた。

「泥被りを嫌がるかどうか分からなかったので、最初の位置取りはリンに任せました」

「で?」

 井野が先を促す。

 サセックスSの手抜き騎乗については叱ったが、ナッソーSの後は祝勝会で忙しかったため、反省会はまだやっていなかった。

「簡単に先頭に立ったのと、最初の下り坂でストライドが伸びたのもあって、無理に抑えないほうがいいだろうと思いまして」

 

 ナッソーSはグッドウッドCと同様、トップベンド(外回りコース)を回る。

 コーナーの入りはグッドウッドCより急角度にはなるが、進藤は上田とジェルディサヴォアのレースを参考にして、ほとんど同じようなペース配分をしていたのだ。

「だいぶコーナー攻めたよねえ」

 谷地がもっとも感心していたのがここである。

「とにかくインベタで回りたかったので」

 まあ、及第点かな、と、谷地が頭を搔いた。

 谷地も寺尾も、リンガスマイセッサを信じていたから、などという、もう少し感動的な回答を求めていたのだが、さすがに進藤のキャリアではそこまで大きな口は叩けなかった。

 なにせいつ降ろされるか分からない立場なのだから、お手馬というよりは常にテン乗りのような意識で乗っているのだ。

 

「昨日もちょっと伺いましたけど、やっぱり最後ですよ。ササるのは分かってたんですね」

「最後の脚を使うときにはいつもこうなります。桜花賞の時もそうでしたし、ムチの回数制限が厳しいので、最後の最後までセーブしないといけなくて」

「ササりながら、しぶとかったですよね」

「最後、下りから平坦に変わるところは、桜花賞の時に最後の上り坂を頑張ったのと似たようなものだったので、リンもこなし方を分かっていたんじゃないですか」

 寺尾が、よし、と呟きながら手帳をパタンと閉じた。

 

「ああそうだ、寺さん」

 一通りの取材を終え、冷めた紅茶を飲み始めた寺尾に、谷地が声をかけた。

「まだ確定していないけど、ジェルはもしかしたら帰らないで凱旋門いくかも」

「へえ、ついにですか。でもネヴァーが三連覇賭けてるのに、わざわざ対抗で出すんですか?」

「ん、まあ、ね。ダービー以来じゃないかなあ、一緒に走るの。で、凱旋門出すと検疫の特例期間オーバーしちゃうから、日本に帰ったら3ヵ月は隔離だね。有馬も出せなくなる」

 

 優駿牝馬の週に渡英したジェルディサヴォアは、凱旋門賞の週まで遠征を続けた場合、帰国時の着地検疫を短縮できる特例日数の90日を超えてしまう。

 そうすると、着地検疫は3ヵ月を必要とするのだ。

 海外を転戦するアンベストネヴァーは毎年この規則に引っかかっているため、春は宝塚記念まで出走していないのである。

 

「有馬はパスなんですね」

「レコードかリンガスのどっちか出せれば勝ち負けにはなるから。去年は兄弟対決させたけど、そこまでやらなくてもいいかなって」

 楽観的な谷地の言葉に、井野が肩をすくめた。

 

 

【全スポ】

~(イギリス発)グロリアス・グッドウッド開催は日本馬がGⅠ独占・ふりかえりレポート~

 

 7月最後の火曜(27日)から土曜(31日)にかけて行われたグロリアス・グッドウッド開催。5日間で計37レースを消化するグッドウッド競馬場の祭典の中で、GⅠレースは初日のグッドウッドC、2日目のサセックスS、3日目のナッソーSの3レース。

 まず先陣を切って関東の切り込み隊長、ジェルディサヴォア(牡5・井野)が超ハイペースで霧のグッドウッドを切り裂く。前半の1000m通過が平均より5秒以上は速いペースで大逃げを打つと、最後まで脚色は鈍らずレコードタイムを記録する大差での逃げ切り。

「馬場が乾いた日に同距離でのレースが行われればそう遠くないうちに破られるレコードだが、同じ条件であれば100年は更新されないだろう」と得意げに語った井野師。

 重馬場巧者の一撃がお祭りムードを沈黙させる。グッドウッド競馬場の長距離戦はトリッキーなコースになるが、得意のコーナーワークと絶妙なペース配分で後続に必要以上のスタミナを消耗させ、ジェルディサヴォアが単独先頭でホームストレッチに帰ってきたときには2番手以下はすでに勝利を諦める格好に。

「とにかくロスなく進めた。(去年の)ダート挑戦で小回りを強化していたから、強引に最内を走らせても影響がなかった」と上田騎手。

 また未確定の段階ではあるが、同馬は10月に行われる凱旋門賞への出走も視野に入れており、見通しがつくまで単身欧州に滞在する予定。

 

 2日目のサセックスSに出走したシビアレコード(牡4・井野)は連覇をかけての出走となった。鞍上の進藤誠紅騎手が昨年GⅠ初勝利を挙げたレースでもあり、人馬共に一度経験しているコースということもあって連覇のチャンスは十分にあるとみられていたが、レース直前から雨が降りはじめ、次のレース前には馬場発表がやや重に変更されるほどのギリギリのコンディション。

 各馬が荒れた馬場を避けて外に進路を取る中、進藤騎手は馬場の三分どころを選択。ジェルディサヴォアの全弟というだけあって荒れた馬場の影響はほとんどなく、広く開いたインコースをまっすぐに突き抜けてみせた。

「そこまで難しい展開ではなかった。逆に馬場が重くなったことでライバル馬への恐怖はなくなった」と進藤騎手。

 サセックスSは約200年の歴史を誇る世界最高峰レースの一つであり、類まれなるスピードと持続力を要求されることから、ここでの勝利は種牡馬としての価値を大きく高める。それも連覇となれば世界各国から種付けの申し込みが殺到することは想像に難くない。

 奥が深い血統なだけに、来年以降も現役を続行するのか、あるいは価値が高いうちに種牡馬入りとなるか、来年以降の動静については陣営の結論は出ていないが、帰国後はジャパンカップを目標に再び中長距離路線を目指す方針。

 

 日本馬のトリを飾ったのは3日目のナッソーSに出走した二冠牝馬リンガスマイセッサ(牝3・井野)。

 この日はレディース・デイと銘打たれ、着飾った女性たちが主役となるグロリアスグッドウッド開催の中日にして最も華やかな1日である。

 もとより避暑目的で渡英した同馬だが、予備登録ギリギリで申請し出走にこぎつけた。出国直前はオークスの時点より20kg近く馬体を減らしており、井野師も「ガレが酷過ぎるから、荒療治でも向こうに飛ばすしかない」と頭を悩ませていた。

 滞在先のニューマーケットに到着し、ジェルディサヴォア、シビアレコードと合流した後はすぐに馬体重が戻り、日本馬によるGⅠ独占へ挑んだ。

 今年のナッソーSには英オークス馬のミンスターハープ、愛オークス馬のロズメアグレイスが出走しており、日英愛のオークス馬が一堂に会す。前日のサセックスS直前から降り始めた雨が降り続いており、馬場状態は重の発表。

 スタートからリンガスマイセッサが先頭を走る展開となり、ミンスターハープや1番人気のシーファイアなどが渋った馬場に苦戦する中、猛追するフランスのシールペルデュに対し進藤騎手の最後のひと押しが決まった。

「長い下り坂から最後平坦になるコースなので、(最後の)1ハロンの苦しさは桜花賞の経験が活きた」と進藤騎手。

 祖父オルフェーヴルの悲劇は繰り返さないと、ササり癖に備えオープンストレッチ分の猶予を生かしたコース取りでシールペルデュをクビ差退けた。

 今後はもちろん三冠目の秋華賞に向けて調整を再開する。前哨戦の紫苑Sを使うかどうかは様子を見て判断。

 

(現地・寺尾)

 





久々の長文回でした
文字数は6000文字程度だから多くないんですが、自分で読み直してみてもまあ読みづらい。

谷地が牧場時代を思い出しているシーンも、2,3話辺りを読み返していただけるとイメージつきやすいかもしれません。
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