化け物の方が本体なタイプの美少女傀儡遣い 作:どこかの誰かのneonさん
この村はリラルドという名前らしい。
この世界がファンタジー世界であるからこそそう思ってしまうのかもしれないが、いかにも「最初の村」って感じの田舎な村だった。
外から眺めていた時からも分かっていたが木製の家々が立ち並び、人々は農業をしたりして生活をしているらしい。
金銭に関しては、どうやらちゃんと存在しているみたいだ。
勿論物々交換で行商人と取引を行う場合もあるみたいだが、基本的には「リラ硬貨」と呼ばれる金属製の硬貨を用いるのだそうだ。
リラ硬貨はそれぞれ1リラ、10リラ、100リラ、1000リラの4種類が存在しているようだ。
紙幣は存在していないらしく、それぞれサイズの異なる硬貨は小さい方から白から黒へと色が変化していくようになっているらしい。
なんていうか、分かりやすい。
分かりやすいのは良い事だ、難しいのは覚えられないし。
そして、硬貨がしっかりと硬貨としての信用を得ているという事を知れたのも十分大きい気がする。
信用価値のない硬貨はクッキーにも劣るからね。
そんでもって俺は、というかアリスちゃんは冒険者――冒険者がいるあたり本当にファンタジー世界って思った――のビアンカさんに連れられ村へと足を踏み入れた。俺を待っていたのは熱烈な歓迎だった。
いや、どちらかと言うと心配をされたと言うべきか。
なんでも最近、リラルドの村の近くにある森では謎の怪現象が目撃されたのだそうだ。
最初、自分の事かと思ったけれどもよくよく考えると俺はまだ誰にも目撃されていないのだから自分ではないのだろう。
あるいは、俺という生き物が発生するきっかけとなった原因がもしかしたらあるのかもしれない。
そうなると、ちょっとだけ気になる。
とはいえ、どうやら突然現れ記憶喪失のふりをするというがばがばな行動を取ったのにも関わらず信用されたのは、その怪現象があった故だったようだ。
ある意味ラッキー?
「とにかく、なんにしても貴方を無事に保護出来て良かった」
「私、これからどうすれば良いんでしょう……?」
「基本的には、まずは冒険者ギルドに報告、かな。あそこは孤児院みたいな役目も担っているから」
「そうなると、私もお姉さんみたいな冒険者になるという事でしょうか?」
「ん、まあそうなってしまうのが自然な気はする。とはいえ、貴方がそれを嫌だと思うのならば私はそれを応援するし、手助けもする。ギルド側も強制はしないだろうしね」
「い、いえ! 私、冒険者になってみたいです!」
異世界、ファンタジー、冒険者!
なんてワクワクする言葉なのだろう、場所が場所じゃなかったら踊りだしていたかもしれない。
いや、本体の俺は割と心躍るあまりその場で小刻みに震えながら体を光らせていたのだったが、それはさておき。
なんにしても、こうして手助けをしてもらえるのは本当に助かる。
今、唯一心配している事と言えば人形を操作している事がバレたら大変なので慎重にならないといけないって事だが、まあそれに関してはバレる事はまずないと思う。
糸は不可視、どれだけ彼女が大げさな動きをしても理論上は絶対に絡まったりしないし、何なら魔力で出来た糸みたいなものなのでお互いがお互いに干渉する事はない。
同じような理由でこの糸は「感知した人間が意思をもって切ろうとしない限り切れない」ようになっているので、だからこそ俺が裏で操っている事はバレないだろう。
まあ、強いて言うのならば糸の長さにも限界があるって事だろうか?
だからその冒険者ギルドと言うのがめっちゃ大きな街にあったりしたら、最悪糸の長さが足りなくなってしまう可能性があるって事だろうか?
……実際、俺のこの糸ってどれだけ伸ばせるのだろうか?
ちょっと気になってきたので、時間があるときにそれを検証してみるのもいいかもしれない。
自分の限界値を知っておくという事は絶対に無駄にならないだろうし。
「えっと、アリスちゃん」
「はい……なんでしょうか?」
「それでこれからは一応、私の仕事……いや、私の仕事ではないんだけど、それはさておき」
「?」
少しだけ真面目な表情を浮かべたビアンカさんがこちらの瞳をのぞき込んでくる。
「貴方はあの魔物に追われていたけど、あの魔物について何か知っている事はあるかな?」
「え、っと。すみません、私、あの魔物については何も知らないです。ただ気づいたらあの魔物に囚われてて、それで隙をついて逃げ出せたって感じなので」
「記憶もないん、だったよね」
「はい、すみません……」
「良いの、怒っている訳じゃないから。それに、もしかしたら貴方も他の人達みたいに殺されていたのかもしれないし」
最後らへんはほとんど独白みたいな感じだったが、しかし俺もちゃんとその言葉を聞き取る事が出来た。
え、何?
他の人達みたいに殺されていたかもしれない?
あの森でそんな殺人事件が起きてたの?
え、こわ。
俺の知らないところでそんな事が起きていただなんて、もしかしたらそれの犯人とニアミスしていたかもしれないと思うと恐ろしい。
もしくは、それこそ俺という摩訶不思議な魔物が発生した原因なのかもしれない、けど。
どちらにしても、この事はしっかりと記憶しておくべきかもしれない。
あるいは、今もなお森の近くにいる俺はその事件の正体不明な犯人について警戒心を抱いていた方が良いのかもしれないだろう。
幸い、この肉体を傷つける事は難しい、はず。
大きいし、黄金の手は金属製だし、何なら本体は光だし。
これ、多分魔力で出来ているんだろうけど物理攻撃は一切効かないよね?
そうなってくるとやはり魔法攻撃が弱点になってくるのだろうか?
うーん、どちらにせよ魔法攻撃については注意するようにした方が良いかもしれない。
その事件の犯人が魔法を使ってこないことをただただ祈るばかりである。
◆
ビアンカのアリスという少女について抱いた第一印象は「不思議な女の子」だった。
小柄で小動物のような仕草が可愛らしい、愛くるしい女の子である事は間違いないが、それ以上に実際に話していると彼女は意外とはきはきとした口調で話すし、何なら理知的な雰囲気を感じられる時があった。
多分、地頭が良いのかもしれない。
彼女は記憶を失っているので実際の年齢は見た目から推測するしかないのだったが、しかしこうなってくるとその見た目に関してももしかしたら信用できないかもしれない。
いや、関しても、とは言ったものの彼女は大前提として庇護すべき対象なのは間違いない。
これという力を持ってはおらず、だからこそ守ってあげなくてはならない。
あの時、あの化け物から逃げていたところを見つける事が出来て本当に良かったと思う。
もしあの時に自身がいなかったらきっと彼女は――
「……」
最悪の可能性を頭から振り払う。
だけど、リラルドの森の生態系の変化について調査をしに来た結果、地獄絵図を目撃してしまった冒険者の話もある。
折り重なり死んでいた少女達。
その体はぼろぼろで、見るも無残な状態だったという。
手足は捥げ、内臓は零れ、首はもはや人相もなく。
その冒険者は恐怖のあまりその場から逃げ出し、そして今この村の家の一つで体を震わせている。
無論、冒険者はいつだって命懸けだ。
無残に仲間が魔物の手により殺されるという事態を経験する事はあった。
だけどそれは、何かが違う。
魔物が人を殺すのは「捕食」のためだ。
食らうために、その過程で人を殺す。
あるいは障害物となっているからそれを排するために牙を剥く。
そんな感じで、あくまで殺害は「手段」なのだ。
しかしその「死」という手段は果たして……何なのだろう?
一体何のために彼女達は殺されたのか?
いや、それ以前に彼女達は一体誰がどこから、どのように連れてきたというのか。
……間違いない、この森には何か得体のしれない魔物が潜んでいる。
そしてそれはきっと、あの奇妙で不快な存在に違いない。
思い出すだけでも怖気が走る、あの悍ましい魔物――
「ビアンカさん?」
と、アリスに名前を呼ばれビアンカは我に返る。
今の二人は村にある宿の一つで食事をとっている最中だった。
机の上に置かれたパン、そして野菜スープ。
彼女の手に握られていた木製のスプーンは中途半端なところで静止されており、そこにあったはずのスープは既にお椀の中に戻っていた。
「何か、心配事でもありましたか?」
「う、ううん。何でもないよ」
心配をかけるのは申し訳ないと思った彼女は笑って首を横に振った。
「もしかして、あの魔物について考えていました?」
「――」
だから、まさか彼女の方からあの魔物について言及してくるとは思ってもいなかったので一瞬思考が固まった。
「私もあの魔物については何も知らないですけど、もし何かがあったら力になりたいです」
「……アリスちゃんは、何も心配しなくて良いよ。あれを倒すのは私達冒険者の仕事なんだから」
「私も冒険者になります」
「今は冒険者じゃない、でしょう?」
ビアンカは、どうやら自分の力になりたいと思ってくれているらしいアリスに対してにこりと笑顔を向けた。
「大丈夫、私はこれでもS級の冒険者だから。あの魔物だって私が倒しちゃう」
「S級、って。凄いんですか?」
「あー」
そういえば彼女は記憶喪失なのだった。
S級冒険者が「凄い」と言われてもピンとこないかもしれない。
しかし確かにそう言われてみるとS級冒険者って凄いのかという質問に対してビアンカは適切な答えを出せないなと思った。
だって、彼女自身そこまで苦労してS級冒険者になったとは思っていなかったからである。
それこそ今の自分がS級冒険者になれたのはひとえに才能があったからだと思っていたし、だからこそ彼女は自分に憧れ頑張っている人達の事を凄いと考えている。
そして、だからこそS級冒険者のどこが凄いのかと問われてもちょっと答えに困ってしまう。
自分は具体的に「これをこう頑張ったからS級冒険者になれた」とかそういうものがない。
あくまで魔力量が人より秀でていて、剣技や魔術を人よりも扱えて、そしてそれらで魔物を多く屠ってきた。
ただそれだけだったからだ。
「うーん……私は多くの魔物を倒してきて、それで負けなしだった。S級冒険者の中には特殊な力を有しているがゆえにS級になれたって人もいるにはいるみたいだけど、少なくとも私は人よりちょっとだけ多く魔物を倒してきたってだけだから、私が何を言ってもS級冒険者の凄さについては説明にはならないかも」
「ま、魔物を多く倒してきたんですか……!?」
何やら戦慄していた。
アリス的にはもしかしたら刺激が強い話の内容だったかもしれないと少し反省しつつ、とはいえ彼女もまた冒険者になりたいと口に出している以上、遅かれ早かれこれらの知識は知る事になるだろうと思ったビアンカは説明を続けた。
「そう。冒険者というのは基本的に野外に出て物を集めたり、魔物を討伐したりするのが仕事なんだ。だから危険は多くあるし、魔物に逆に倒されちゃうって人も少なからずいるんだよ」
「でも、やっぱり魔物を討伐するんですよね……やっぱり、魔物だから倒さないとって感じなんですか?」
「それは、そうだね」
少し迷いつつビアンカは答える。
「基本的に魔物は人間に対して敵対しているからね。何かしでかす前に間引くのが一番安全だから」
「そう、ですか……」
少し怖がっているように見えるアリスを見、ビアンカはその頭をくしゃりと撫でた。
「大丈夫。さっきも言ったけどこれは冒険者の仕事ってだけで、貴方が必ずしも関わる必要がある訳ではない」
「でも……」
「貴方が冒険者になりたいって気持ちがあるのは、なんとなく分かる。でもそれは今だからそう思っているだけなのかもしれない。今後もっといろいろなものを見て、それで記憶も取り戻せたりしたら、もっと違う結論が出せるかもしれない――急ぐ必要はないんだよ」
「……はい」
ぺこりと頭を下げ、それから彼女はパンを千切って口に頬張ろうとし――た、ところでぎくりと体を震わせた。
なんだ、なんだろう?
そう思い、ビアンカは不吉な予感を感じた。
そしてその不吉な予感は案の定当たる事となる。
「ビアンカさん!」
それは、リラルドの森の生態系の調査をしに来ていた冒険者だった。
彼は確か千里眼の力を有しており、だからこそ今回の調査を引き受けたのだとか。
「何かあった?」
「いや、ビアンカさんから謎の魔物がいたって報告されたから俺もいろいろと探ってたんだ。そうしたらなんか変なものを見つけた」
「変なもの……?」
どこか落ち着かない様子の冒険者は続けた。
「ああ。なんか空間が歪んでいるような淀んでいるような、そんな場所だ。もしかしたらそこにくだんの魔物がいるかもしれない」