転生神竜「何も救えなかった負け犬なのに英雄扱いされた」 作:鳩胸な鴨
「行くぞ。エムブレム・エンゲージ!!」
里を滅ぼした豚どもの姿を、紋章士ベレス様と一つになったリムル様の炎が照らす。
俺の放つ炎とは違う、熱を持たぬ炎。
豚どもを焼き払うことなく顕現するそれを前に、俺は唾を飲み込む。
これが、伝え聞いた紋章士の力。
リムル様の身を包むのは、淡い黒の鎧。
その背には、優しい光で構築された翼が展開されている。
果たして、豚どもに里を滅ぼされた時の俺が、あの姿になれただろうか。
いや、わかる。あの時の俺はおそらく、あの姿になれなかった。
ベレス様が目覚めた時、試練を与えなかったのは、リムル様の器を見抜いていたからだろう。
文字通り、復讐の鬼であった俺を認めてくれるとは思えない。
どこまでも平等に、伝承通りに俺たちに試練を設けたはずだ。
恩義ある主人のはずのゲルミュッドを喰らい、豚頭魔王と化したゲルドが宙に浮かぶリムル様を見上げる。
リムル様が顕現するは、六又に分たれた刃を持つ剣。
骨のような無骨さがありながらも、幾何学的な文様が走るそれを前に、ゲルドは怯まず腐食の牙を展開する。
「さて…と、踊ろうぜ、ゲルド。
ラストダンスだ」
紋章士様と融合した影響だろうか。
ハクロウに指南を受け始めたばかりとは思えぬほどの身のこなしを披露し、牙をくぐり抜けていく。
魔力感知の賜物なのだろうか。
それとも、ただの勘なのだろうか。
前者だと思いたいが、そうは思えないほどに先を読んで動くリムル様の体に、ハクロウが冷や汗を垂らす。
「紋章士様の力が、よもやこれほどとは…」
牙を避けたリムル様の脳天目掛け、ゲルドが握る大剣が振り下ろされる。
あの体勢では避けられない。
俺たちが助太刀に入ろうと身構えた、その時。
リムル様は振り下ろされた大剣に剣を滑らせ、ゲルドの懐へと入った。
「なっ…!?」
「うぉおおっ…!?び、ビビったぁ…」
リムル様すら驚いていることから、無意識に出た行動だったのだろう。
そのまま流れるように2度の斬撃を浴びせ、ゲルドの横を駆け抜けていく。
…いや、2度じゃない。少なくとも4度、切り傷がゲルドの体躯に刻まれている。
見えなかった。型もへったくれもない我流であることは見て取れる。
ただ、恐ろしいまでに洗練されていた。
「グ、ゥウ…」
再生し、振り返る豚頭魔王ゲルド。
リムル様は剣先を彼に向けて告げる。
「もうやめろ。勝ち目はないとわかっただろ」
「止まるわけにはいかんのだ…!
終わるわけにはいかんのだ…!
我に敗北は許されんのだ!!決して!!」
「……そっか」
雨霰と降り注ぐ腐食の牙。
リムル様をそれを紙一重で次々と避け、剣を振り上げる。
「『流星』」
数度の重々しい音が響く。
親父が獲物を仕留めた時に何度か聞いた、骨を切り砕いた音だ。
あの時の猪と同じく苦悶に目を見開くゲルドを前に、ありし日が過ぎる。
失った四肢を再生させようともがくゲルドの前に立つリムル様が、その手を掲げる。
ぷるっ、とその手先が揺れると、ゲルドの体が水色に包まれ始めた。
「ぐぉおおっ…!?」
「ごめんな」
謝罪がリムル様の口から漏れる。
水色へと溶けていく魔王ゲルドの表情が、ゆっくりと穏やかなものになる。
アレが本来の顔か。
先ほどの鬼気迫る迫力が薄れ、瞳が光る。
どこを見ているんだろうか。
故郷を滅ぼされた怨みは晴れない。ただ、それを胸に持ったまま生きる気にはなれない。
安らかに溶けていくゲルドを前に、リムル様は深く息をついた。
「俺の、勝ちだ」
その顔は晴れない。
何を見たというのだろうか。
融合が解けた紋章士様も同じように、鎮痛な面持ちで魔王ゲルドがいた場所を見つめる。
『……これが、戦争だよ』
「…………そっか。……なんか、辛いなぁ」
『この結末は幸せな方だよ。
…少なくとも、彼にとってはそうだったと思う』
「満たされて逝けたからか?」
はぁー、と息を吐くリムル様。
紋章士様はそれに目を見開き、薄く笑った。
『リムルは優しいね』
「どこがだよ」
そう返したリムル様は俺たちに向け、勝利を讃えるように手を挙げた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「リムル様。紋章士様と少し話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
『私と?別にいいけど…』
「夜には砦の設備について相談があるから、それまでに連れてきてくれよ」
「はっ」
戦いを終え、数日。
発展していく街の管理に奔走するリムル様を見届け、俺は残されたベレス様へと向き直った。
『話ってなにかな、ベニマル』
「……ベレス様。身内を亡くしたことは?」
『……あるよ。たくさん』
どこか遠くを見つめ、悲しげに眉を顰めるベレス様。
ぎゅっ、と拳を握り、彼女は言葉を振り絞った。
『最初に死んだのは…、誰だったかな?
もう覚えてはいないけれど、私が教え、育てた子だったのは覚えてる。
大きくなって、一人前の将として立ちはだかった教え子を、私は斬り殺した。
そういう戦争だった。私は何度も教え子たちをこの手にかけたよ』
「……………配慮に欠けた質問でした」
『大丈夫だよ。私も話したい気分だったから』
そうだ。彼女は英雄。
俺の想像を絶する経験をしているのは確かだったろうに。
猛省する俺を宥め、ベレス様は子に言い聞かせるように嘯く。
『戦争は起きた時点で両者に不満が残る。
社会を変えるには必要な血だと理解はするけれど、納得はできなかったかな』
「そうですか…。俺も、受け入れたフリをするので精一杯です」
新たにゲルドと名付けられた豚頭族の涙を思い出し、ため息を吐く。
そんな俺の姿を、誰と重ねたのだろうか。
ベレス様はしばし考えたのち、ポツポツと語り始めた。
『……君と同じ立場ような子が居たんだ。
家族全員を謀略の末に殺された。戦乱の時代になった時、彼は敵国のことを「畜生ども」と呼んで殺し回っていたよ』
「それは…、俺にはなんとも言えませんね。彼らを豚どもと罵ったので」
言って、苦笑を浮かべる俺。
と。ベレス様は淡い光を放つ手で、俺の頭を優しく撫ぜた。
『でも、彼は立ち直った。
立ち直って、成すべきことを成した。
畜生と罵った国の人間を受け入れ、新たな治世へと踏み出した。
君もそうなれると、私は信じているよ』
ジュラの森も、新たな治世へと踏み出した。
ベレス様なりの激励であろう言葉の数々に、俺は苦々しさを抜いた笑みを浮かべた。
「………参りましたね。そう言われちゃ、応えないわけにもいかないでしょうよ」
『うん。頑張ってね、侍大将』
淡白なんだか、心配性なんだか。
リムル様とはまた違った不思議さだ。
俺はそんなことを思いながら、机に置かれた指輪を手に取った。
『あ。そうだ。ゴーティエの放蕩息子にはなっちゃダメだよ』
「………なんですか、それ?」
『浮気者って意味の慣用句。
私の生徒を揶揄した言葉なんだよ』
絶句。笑うベレス様を前に固まるも、俺はなんとか言葉を搾り出す。
「……あのですね?俺のどこにそんな印象を持ったんですか?」
『声が浮気しそうだなって』
「なんですか浮気しそうな声って!?!?」
後日、リムル様とシュナに聞いたところ「そんな甲斐性もないヘタレた声」と返された。
ベニマルとディミトリって気が合いそうだよね。尚、ディミトリは声から「コイツも浮気者か?」と終始疑ってかかる模様