東帝都増川エリア、ロックホール増川で起こった怪奇事件から数日後。
ボーカリストの練馬玲央が突発性難聴のため、しばらくの間活動休止と公表していた人気バンドLEO。
この日、所属するポニーミュージックに話をつけ半田夢露が向かったのはもう幾度も足を運んだことのあるあの白い地下室、練馬玲央の個人スタジオであった。
そんな防音機能と楽器の完備されたスタジオに流れる音は、──怒声。
同じく居合わせて待っていたLEOのドラマーのタイガが、半田夢露の胸元のシャツをぐいと掴み怒れる表情で詰め寄った。
「オイ!!! なんで抜けるにしてもこのタイミングなんだよ!! てめぇまさかレオの顔に傷ができたからってか!?? メロ、テメェ!!!」
強く掴んだ手はそれだけにはとどまらない。タイガは押し黙るメロの顔をぶんなぐった。
気持ちのいいほどの痛い音を鳴らしたドラマーの右拳が愚かな決断をしたギタリストを練馬玲央にかわりぶん殴っていた。
「────…っ……これで出る理由がもひとつできたぜ。ありがとな天才ドラマー」
「メロおまえはかったのか!?? ってんな屁理屈!!!」
口元の血を拭いながら、盛大に床にぶっ倒れていた緑髪は起き上がり、──わらう。
ギターをぶらさげ横を向いて椅子に座る練馬玲央はそんな愚かな男にやっとその目線を合わせた。
「本気か」
一言それだけ、その金髪の端正な顔には今もなお治らずに残る傷がある。
しかし傷だけではない、じっと睨むそれは見せたことのない表情、夢露が見たことのない玲央の表情であった。
その黄金の眼差しは殺気を帯びている。穏やかではない。
最終通告であったのかもしれない。
殴られた痛みにまだうまい具合に引き返せる道があったのかもしれない。
だが、半田夢露は迷いをすべて拭い、決断した。
「あぁ。これ以上ここには、いれねぇ。それにその傷じゃしばらくバンド活動もできねぇだろうからな。俺はもっと広い────他に行くことにした」
その思いは覆らない。赤い赤い彼の瞳が、もはや見つめる黄金にまじわり染まることはなかった。
「半田夢路、オマエの立つステージは────俺様が潰す」
椅子からおもむろに立ち上がった金獅子はなおも睨み、見据えた緑の野良獣をとおくその開いた手のなかに────握りつぶした。
「ハッ。じゃあな────」
それ以上何も言わない。拳は突き返さない。
荷を背負った緑髪は背を向けて白い地下スタジオの階段を上っていく。もうここに来ることはない、一段一段をその足裏に鳴らしながら……。
『おいおいレオ本気かよ!!?』
『ってメローーー!!! テメェだからまてええええ!!! LEOじゃなくなったらお前なんて!!! 0.1わ────────』
その道をもう振り返ることはない。
半田夢露は練馬玲央のLEOのメンバーから脱退した。
色んなご挨拶を済ませてきた所属するポニーミュージックと、アパートの大家とも。
心残りの無いように。
冬でも春でもない、ぬるい風の通り道をゆきながら品浜エリアの匂いに、だが思いを馳せる。
そんなすこし寂びれた昼間の商店街をくぐりながら、視界には黒セーラー。
ぽつぽつ行き交う人の中、道の真ん中で誰かを待ち構えていた。
肩と肩がすれ違った黒髪はとうぜんのように緑についていく。
「どこにいくの、カイザー」
「さぁなってカイザーじゃねぇよ。とりあえずまだ……誰の息もかかってないところだな、あとここより治安のいいとこ」
「なら
「強いカイザーか。なるほど──じゃぁその大船で楽させてもらうのもありだな。今度こそ作曲活動に集中できそうだ、ははは」
「楽ではないと思う、カイザーは怪人を倒すのだから」
「ならしばらく休んでろ怪人ども。ははははは」
「なら──ラーメン」
「どこがならなんだよ…。しゃぁねぇ。いっちょラーメンにも最後のご挨拶しておくか? ハッ──いつものな」
肩と肩はやがて並び歩く。
半田夢露と黒セーラーの少女は次のステージを目指す前に、彼女の指差すレトロなラーメン屋の看板ではらごしらえをすることにした。