─アイシャ視点─
「アイシャ。もうアルスの面倒は見なくて大丈夫だから」
「え?」
お兄ちゃんの言葉。私は目を見開いた。
「アルス君の面倒を見なくていいって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。もう、アルスの面倒はアイシャが見る必要はない」
この言葉が私の耳を揺らす。瞬間、私は歯を食いしばった。
お兄ちゃんに抱えられるアルス君を見つめて、拳を握りしめる。
回らない思考で下を向く。
何も分からない。だから、私はそんな頭で一つ、私の疑問を一つ、お兄ちゃんに置いていく。
「私がさ、アルス君の面倒を見たいって言ったら、お兄ちゃんは何て言ってくれる?」
お兄ちゃんは俯いて。ゆっくりと私に言葉を置いてくれる。
最悪の言葉を置いてくれる。
「それでもダメだ」
「お兄ちゃん、なんで?」
「理由、それは言えない。でもダメだ」
「……」
私は黙る。
何も言わずに地面を見つめる。
回す思考。私がすることは、たった一つ。
「お兄ちゃん、ありがとう!私の仕事を肩代わりしてくれるんだね!」
元気な声。この言葉と同時、私は大きく笑った。
悲しそうな顔をするお兄ちゃんに私は笑顔を向けた。
ただ無心で。安心する表情をするお兄ちゃんに私は笑顔を向ける。
「アイシャ、ありがとう」
お兄ちゃんの感謝、私に向けてくれる感謝。
しかし、そんな感謝は、私の耳に一ミリも届いてはいなかった。
─────────────────────────
お兄ちゃんはとてつもない人だ。
そう思ったのは、アルス君と私の二人で出かけた時のこと。
アルス君が人攫いに会って、襲われそうになって。
私がアルス君を助けようとした時。ある人が私たちの前に現れた。
「……お前ら、俺の家族に手出すなよ」
ある人。その正体は私のお兄ちゃん。
お兄ちゃんは涙目で不安そうにするアルス君の頭を撫でて、こんな言葉を残す。
「お前ら、ミリス国からの暗殺者か?」
「あぁ?なんだそりゃ。というか、てめぇ誰だよ」
お兄ちゃんの疑問は、恐ろしいほど冷たくて威圧のある言葉だった。
しかし、それに気付いたのは私だけ。
人攫い達は何も分からない。
刹那。お兄ちゃんは私とアルス君にニコッと微笑む。
そして、ゆっくりと、安心する言葉を残してくれる。
「アイシャ、アルス?もう大丈夫だからな」
この言葉と同時。
弾け飛んだのは、人攫い達の足。
「……は?え?なんで、足が……」
人攫いは驚きの声を挙げた。
無くなった足を見つめて、暫くしてお兄ちゃんを見つめる。
そして、そのまま数秒。彼らは現実を思い知る。
「うぎぁあああああああ!!!!」
欠損したのは膝から下。
お兄ちゃんは、この光景をアルス君に見せないように彼の目の前に掌を置く。
そんなアルス君。彼は首を傾げて、横目で私の方を見てた。
「ストーンキャノン。次、俺の家族に手を出したら、それをお前らの頭に撃ち込む」
この言葉と同時。冷や汗を掻き、コクコクと頷く人攫い。
彼らは這いつくばりながら我先にと背を向けて、お兄ちゃんから逃げていく。
強くて優しいお兄ちゃん。
そんなお兄ちゃん。私は血で汚れた彼の背中を見て、確信していた。
お兄ちゃん。ルーデウス・グレイラットは狂い始めていると、苦しんでいると。
そう、私は確信していた。
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私は最近一人で居ることが多くなった。
一人で居る時は大抵とある男の子のことを思い浮かべる。
赤い髪が特徴的な可愛い男の子。
私よりずっと年下なカッコいい男の子。
名前は『アルス・グレイラット』
エリス姉とお兄ちゃんの息子だ。
「前までは私にアルス君のこと任せてくれてたのに。なんで、最近になって……」
私はメイド服で庭に佇み、顔をしかめて考え込んでいた。
お兄ちゃん、最近おかしくなったお兄ちゃん。
シルフィ姉に手錠をして地下に監禁して。
「妊娠したら、もうアスラ王国には行けないよな?」と言いながらシルフィ姉を犯すお兄ちゃん。
ご飯を地下に運ぶ時にしか声は聞いてないけど、それでも明らかにおかしいと分かる。
シルフィ姉が「ルディ、ダメだよ…」と言っても、一日中シルフィ姉を限界まで犯すお兄ちゃん。
「好きだ…」って言ったり「もう、喋らせない…」と言って、何度もシルフィ姉にキスするお兄ちゃん。
「シルフィ、赤ちゃん!赤ちゃん」と言って、ずちゃっ!ずちゃっ!と卑猥な水音を響かせるお兄ちゃん。
外に漏れ出てくるのは、そんな水音とお兄ちゃんの言葉。
そして、もう一つ。「やっ…///」という少し苦しそうなシルフィ姉の喘ぎ声だけ。
そんな情報。そこから導き出される答えは、お兄ちゃんはシルフィ姉を半ば無理矢理犯しているのだろうということ。
(何か、何かあるはず。お兄ちゃんがおかしくなった原因が)
私は家の中を探した。
埃一つ見落とさぬ勢いで探した。
妊娠中のロキシー姉に「掃除熱心ですね」と言われるほど全力で。
ただただ探す。
「……見つけた」
私は鍵を使って扉を開ける。
メイドの特権。私は、その部屋に異物を見つけた。
「とてつもなく硬い土魔術。この中に、お兄ちゃんの秘密がある」
その部屋とはお兄ちゃんの自室。
そこにあったのは、ドーム型の土の塊。
明らかに異質。
私は、その魔術に何かを感じていた。
「お兄ちゃんが引き裂こうとしてる私とアルス君の仲。絶対に取り戻してみせる」
アイシャの宣言と同時。
何かが音を立てて始まる。
それは家族同士の対決。
恋愛に取り憑かれた妹との対決。
「お兄ちゃん。私は、お兄ちゃんに勝つよ?」
恋は盲目。ルーデウスは、思い知ることになる。
優秀な人材の本気。
兄を超える最後の一手は『恋』だと。
愛情が全てを覆す。
アイシャVSルーデウス。
二人の対決が、今、始まりを迎える。
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天才少女アイシャ。
メイドという役職に就いていた女の子。そんな彼女が泥沼に牙を剥く。
その第一関門は土魔術。
ドーム状の土魔術を見てアイシャが呟く。
「これが、お兄ちゃんの土魔術」
アイシャはドーム状の土魔術に触れた。
大きさは縦横1メートル。高さは50センチほど。
そんな土を触る。人差し指で触れる土。それはコンコンと音が鳴るほどの硬さ。
「硬い、すごく硬い。でも……」
アイシャは土魔術を隅から隅まで触って呟く。
ルーデウスの硬い土魔術。アイシャでは、どうにもならない土魔術。
でも、それでもアイシャは俯かない。
「お兄ちゃんのストーンキャノンよりは、硬くない」
アイシャは、この言葉と同時に立ち上がった。
場所は庭。アイシャは賢い頭で作戦を巡らせる。
「私のペット、私の手札」
庭に出たアイシャが見つめるのは一つの植物。
名前は『ビート』
アイシャが昔育てたトゥレントという魔物。
植物の魔物である。
「ビート。ねぇ、私のお手伝いしてくれる?」
小さな、小さな植物。
弱い、弱い魔物。
しかし、そんな魔物でも活躍の場はある。
強力な指揮官の元で動けば、必ず脅威と呼べる存在になる。
アイシャとトゥレント。
人間と魔物。
瞬間、そんな二つの生物が、ガッチリと握手を施した。
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アイシャはビートをドーム状の土魔術の元に連れて行った。
彼女は道中隠れながら進む。
それをビートも理解していたのだろう。
抵抗はせず、素直に彼女の背中についていく。
お兄ちゃんの部屋に着き、扉を閉める。
ガチャっと音が鳴って、アイシャが放った言葉はこれだ。
「ビート?この土の何処かにさ、根っこ張れる?」
この言葉と同時。
ビートがその場に立ちすくむ。
その姿は、なんで?と言っているようだったが、アイシャの「お願い……」という可愛い一押しに押されて、ビートは土魔術に纏わりつく。
トントンと土を突くビート。
柔らかい場所を探すビート。
それを眺めるアイシャ。
そんな彼女が考えていたことは、これだ。
(大きな土魔術。全てが同じ硬さとは思えない)
アイシャの思考。
当然といえば当然だった。
生成した土魔術は、魔導鎧などの死ぬ気で作ったものとは違う。
一瞬で作ったもの。そうなれば必ず綻びがある。
ドーム状の土魔術。柔らかいところは、ここだ。
トントン。
ビートが葉っぱの先を突いた。
そこは地面スレスレの部分。
ドームの側面部分。そここそが、お兄ちゃんの魔術の綻び。
「ビート、ありがとう。太陽は当てるし、水もあげるからさ、ここで暫く生活出来る?」
アイシャの言葉。
ビートは、アイシャの顔近くにあった葉を上下に揺らす。
上下に揺れる葉。
きっと、これはビートの頷きなのだろう。
現に、ビートは土魔術の綻びに根を張る準備を進めていた。
「ビート。私たちなら、やれる」
アイシャの言葉と同時。
ビートが根を張り、その場に静止する。
その姿は例えるなら雑草。
コンクリートの間に生える雑草。弱そうに見えるが、力強く生える草。
その姿のように、ビートは硬い土の隙間に逞しく根を張る。
スクスクと育つビート。
何処にでも生えるトゥレントという魔物。雑魚と呼ばれる魔物。しかし、適応力。その一点においては雑魚と呼ぶことは不可能。
適応と成長。
そんな言葉を掲げて。トゥレントが、ゆっくりと、ゆっくりと、ルーデウスに牙を剥き始める。
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ビートを植えてから二週間。
アイシャには嬉しい誤算が二つあった。
一つ目は土魔術。
硬いドーム状の土魔術。とてつもなく硬い土魔術。しかし、それは表面だけ。ロキシーやシルフィの目から『ある物』を隠すための土は、当然中から壊されることなど想定していない。
故に、ルーデウスは表面だけを硬くしていた。
二つ目はルーデウスの行動。
シルフィやロキシーを心配している彼は、ほとんど自室に戻らない。
地下に監禁するシルフィを見て、妊娠中のロキシーが辛くなさそうか確認して、アルスとアイシャの関係を確認する。
そんな忙しい日々。故に、ルーデウスは気付けなかった。
自室で成長する草を。
トゥレントという魔物を。
アイシャを警戒するルーデウス。しかし、そのペットまでは警戒することが出来なかった。
ミシミシミシ
硬い土魔術。そんな土魔術に、ヒビが入る。
竹の根がアスファルトを破壊するように。
ドームの内側から土魔術を破壊する。
ガタン
硬い魔術が小さな音と共に崩れる。
土というより岩。そんな物をトゥレントが崩す。
アイシャとトゥレント。
二人の生物が音も何もしない静寂の中で、第一関門を突破する。
見えてくるのは天才の力。その片鱗が、少しずつ姿を現し始める。
─────────────────────────
「これって、日記?」
アイシャは崩れた土の前で佇んでいた。
土に汚れる本。そんな本には『日記』という文字が書かれていた。
「これは、お兄ちゃんの字……」
拾い上げて土を払うアイシャ。
彼女がビートの隣で本を読み進める。
パラパラと真剣に。
その日記の内容を見つめる。
ロキシーの死。
シルフィの死。
エリスの死。
パウロとノルンの死。
そして、自らの逃亡。
アイシャは、この日記を静かに読んでいた。
ただ、黙って、ゆっくりと佇んだ。
「お兄ちゃん……そういうことだったんだ」
この時、アイシャの中で何かが動き出す。
それは、お兄ちゃんがどうしてこんなことをするのか?という疑問を解決したことにより湧き出る力。
その力を持って、全てを見て、知って。アイシャは決断する。
「お兄ちゃん、ごめん…」
アイシャの謝り。
それは至極単純。
「お兄ちゃんが辛い。そんなお兄ちゃんの助けになりたい。そんな気持ちは、あるけど、それでも…」
もう一度言おう。
恋とは盲目である。
兄の助けになる。それ以上に優先してしまうことがある。
「私は、私は……アルス君と居たい」
アイシャが日記から得た情報。それは駆け落ち。
家族間の恋愛を良しとしない兄。
アルス君と私を引き離そうとする兄。
アイシャにとって、今の兄はそんな存在。
苦しむ兄。そこに止めを刺すのは、日記でヒントを得た最強の妹。
─────────────────────────
ドーム型の硬い土魔術を壊して、日記を読んでから一週間。
私は第二関門へと移行した。
その正体は、グレイラット家からの脱出。
所謂『駆け落ち』である。
私は、さらに目標を立てる。
その目標は…
①アルス君をお兄ちゃんから離す
②お兄ちゃんから逃げる
①に関しては、かなり厳しいだろう。
日記では簡単に行っていた駆け落ち。
しかし、今は違う。
駆け落ち。お兄ちゃんは、すごく警戒してる。
修行する時は必ずアルス君を連れて行くし、家に居る時もシルフィ姉とイチャイチャしてる時以外はアルス君と居る。
お兄ちゃんとアルス君。ここを、なんとかしなければ話にならない。
まずはアルス君に質問してみることにした。
五歳のアルス君、可愛くてカッコいい男の子に私は視線を合わせる。
「ねぇ、お兄ちゃんのことどう思ってる?」
お兄ちゃんがご飯を食べてる時に、コソコソ話で聞いてみる。
アルス君は、私の言葉に顔をしかめた。
「……実は分からなくなってる。父上は、俺を人攫いから助けてくれたし、強いし優しい。でも、白ママを地下に閉じ込めてて、やっぱり分からない」
アルス君の言葉。
それは困惑だった。
良い父と悪い父。
そんな父、側から見たら情緒不安定の父。
アルス君は少し怯えていた。
私は、そんなアルス君を見つめる。
ただ見つめる。好きな人で視界をいっぱいにする私が思い出していたのは、こんな言葉。
『父上やママより、アイシャ姉の方がすごいと思ってる』
アルス君の言葉は絶対に忘れない。
私の心に刻まれた言葉。私は、そんな言葉を思い浮かべて声を挙げた。
「お兄ちゃんは悪い人になってるの。だから……」
お兄ちゃんが日記を隠すという嘘を吐いたように、私も愛しの人に嘘を吐く。
それは…
「一緒に家を出て行こ?」
この言葉にアルスがする行動は『頷き』
お兄ちゃんとの戦い。その勝利へのご褒美が私の前に現れる。
─────────────────────────
アイシャ君と話した私。
そんな私は、真剣な眼差しで掃除をしながら考えていた。
(早く、早く逃げないと。お兄ちゃんの土魔術を壊したとバレたら、今度こそ何も出来なくなる)
ビートは庭に戻した。だから、ビートが庭に居ないということでバレることはない。
しかし、お兄ちゃんが自室に戻った場合は別だ。
自室に無くなったドーム状の土魔術。
それが壊されたとなれば、私も地下に閉じ込められるだろう。
今、私が閉じ込められていないのは、お兄ちゃんが油断しているから。
日記では、私とアルス君が逃げるのは今よりも後。だから様子見しているのだろう。
お兄ちゃんの土魔術。恐らく、いや、絶対に次は壊せない。
さっきもビートを使って、大量に水をかけて柔らかくして、それでようやく壊せたんだ。
お兄ちゃんが油断していなければ絶対に無理。それこそ、シルフィ姉のように土の手錠なんて掛けられたら……詰みだ。
そうなればアルス君と生活すること。私の願いは一生叶わなくなる。
だから、私は決心する。
「早く正確に逃げる。そのために私が出来ることは…」
改めて決める覚悟。
七大列強の兄、強い兄。
私は、そんな兄を超えるために、アリエルさんの元へと足を運んだ。
─────────────────────────
私は、アリエルさんの居る生徒会室へと足を運んだ。
そこに居るのは王女様。お兄ちゃんのお友達。
ルーデウス・グレイラットの妹です!と言ったら、すんなりと部屋に入ることが出来た。
「うわぁ。すんごいどんより空間」
そこに居たのは、虚ろな顔をするアリエルさんとルークさん。
虚ろな空間。私は、思わずこんな声を挙げてしまった。
「どうして、そんな顔してるんですか?」
私は、なるべく笑顔で聞いてみた。
私には時間が無い。だから、なるべく早く『あれ』を貰いたかったけど。急ぐのは良くない。
まずは会話から。
物を貰うには信頼が必要不可欠であることを私はお兄ちゃんの背中から学んでる。
「アイシャさんでしたね?ルーデウス殿の妹。分かりました、話しましょう」
アリエルさんの言葉。
彼女は虚ろな表情のまま、ポツポツと言葉を溢し始めた。
………
……
…
「なるほど、そういうことだったんですね」
「えぇ、話を聞いてくださってありがとうございます」
私は、アリエルさんの言葉を静かに聞いていた。
内容の要約。するとするならばこうだ。
アリエルさんはシルフィと会いたかった。
でも、それは自分の勢力に付けということではない。寧ろ逆。
私に付いてくるのではなく、ルーデウスと幸せになってという友としての願いを伝えるためだった。
しかし、それが叶わなくなる。
それがルーデウスの存在。
彼は、シルフィと会いたいというと、それを拒否してアリエルやルークを鬼の形相で突き飛ばしたという。
驚くアリエルとルーク。
そんな状況でルーデウスがシルフィを監禁したという話が来る。
二人の心配は加速する。しかし、話すことはおろか近付くことすら出来ない。
閉じ込めているのは龍神を倒した七大列強。
地下に忍び込めるはずもなく、八方塞がりで困り果てている。
そんな内容だった。
「それにしてもお兄ちゃん、最近おかしいんですよね」
「はい、私たちから見てもおかしいですから。恐らく、家族から見たら相当でしょう」
アリエルさんの言葉と同時。
私は笑った。
お兄ちゃんがおかしいという自らの言葉。それは嘘じゃない。
でも私は他人事のように笑う。
その理由は単純だった。
「アリエル様。一つ、私と契約をしませんか?」
「契約…?」
アリエルさんの困惑した顔。
そんな彼女に放つ私の言葉は、これだ。
「アリエル様の指輪、それを私にください。もちろんタダでとは言いません。その対価として私が、アリエル様の旨である来なくて大丈夫という伝言をシルフィエット奥様とルーデウス様に伝えておきます。そうすれば、シルフィエット奥様はもちろん、ルーデウス様も監禁することは無くなるはずです」
私はアリエルさんの指輪に人差し指を向けた。
それは、私のお目当ての物。逃げることに関して私が知ってる限り最高の魔道具。
「私の指輪。人の姿を変えられる魔道具ですか」
「はい、そうです。私に貸していただきたいのです」
アリエルさんは、私の言葉に下を向きながら考え込んでいた。
私は、その間に言い訳を考える。
人の姿を変えられる魔道具の使い道。逃げるという最悪の使い方ではなく、何か良い使い道。
人助け出来るような使い方。
何か、何かないか?
頭をフル回転する私。
刹那、アリエルさんが口を開く。
「分かりました。ここはアイシャさんに任せましょう」
私はアリエル様の言葉に思わず拍子抜けしてしまった。
あっさりと決まった交渉。
アリエルさんは自らの指輪を外し、私の掌に乗せてくれる。
あっさりとくれた理由。私は聞こうと口を開く。
しかし、その口は王女様の声によって塞がれた。
「アイシャさんの優秀さは、ルーデウス殿から聞いています。そんなアイシャさんならば……何も聞かずに任せるのが一番良いでしょう」
この言葉。
刹那、私の心が悲鳴を挙げる。
『アイシャはすごいなぁ』
悲鳴を挙げる心。
私は、こんな言葉を思い出していた。
アリエルさんから聞いたお兄ちゃんからの評価。
間違いなく私の大好きなお兄ちゃんの言葉。
いつでも、どんな時でも目に浮かぶ、優しいお兄ちゃんの姿。
この瞬間。私は初めて俯いた。
お兄ちゃんを裏切ることへの自責。私は、その想いに下唇を噛み締めた。
「……でも、もう後には引けない」
アリエルさんから貰った姿を変えられる魔道具。
私は、その切り札を握りしめて歩みを進める。
私の最終決戦、アルス君との幸せ。
私は、それを掴むために、ゆっくりと全身に力を込めた。
─────────────────────────
私はアリエルさんを訪問した帰り道、武器屋で『煙玉』を購入した。
お兄ちゃんの使う煙幕みたいなもの。
お兄ちゃんの煙幕よりは範囲は狭いけど、それでも十分使うことが出来る。
そして、もう一つ。私は最後に、あるペットに餌を与える。
「ジロー、こんにちは」
アルマジロのジロー。
ロキシー姉の送迎が無くて暇をしているペット。
私は、そんなジローに声をかける。
「ジロー。ちょっとで良いからさ、手伝ってくれる?」
餌を片手に私はジローに言葉を残す。
臆病なジロー、強いとは言えないジロー。
そんなモンスターは天才の駒になる。
臆病なジローがアイシャの願いにコクコクと頷く。
瞬間、天才指揮官の全てを賭けた作戦、その準備が整う。
アイシャVSルーデウス。
この瞬間、この時。天才の手駒が全て揃う。
妹と兄。
複雑な愛情による勝負が、今、始まりを迎える。
─────────────────────────
全ての手駒を揃えてから二週間。
アイシャが作戦決行を試みる。
作戦、駆け落ちの作戦。
彼女は死ぬ気で決行する。
ギレーヌはサウロスの敵。ダリウスを殺すために一人で剣を磨いていた。
パウロは、ルーデウスの胸ぐらを掴み怒っていた。
「おい!ルディ。なんでシルフィを監禁した!?」
至極当然の怒り。
怒られた本人、ルーデウスが取った行動は異常。
「……父さん、すみません。でも、これしかなかったんです」
ルーデウスが見せたのは土下座。
膝とおでこを地に付けて、一生懸命謝っていた。
困惑する空間。
ロキシーも、リーリャも、怒っていたパウロでさえも言葉が出せなくなる。
そんな状況。
しかし、驚かない人物が一人。この状況を予見していた天才が一人だけ存在していた。
(日記を読んでるお兄ちゃんは、お父さんと喧嘩はしない。この反応は自然)
予見して冷静だったのは……アイシャ・グレイラット、ただ一人。
彼女は、彼女だけは知っていたんだ。
この状況、いや、この戦況を。
だからこそいち早く動ける。
自らの戦場へと歩みを進められる。
「なんで、ルディ。あんなことしたんだよ」
困惑するパウロ。
そんな父親にアイシャは声を掛けた。
最悪の声掛け。地獄への誘いをするのは、天才の思考を持つ悪魔。
「ねぇ、お父さん。お母さんと出掛けてくれば?ゼニスお母さんの面倒は私が見とくからさ」
お兄ちゃんの居ないところで、お母さんと今後のことでも話してくれば?というアイシャの言葉。
そんな彼女に、パウロは一つ笑う。
「……アイシャ、悪いな。ルディとの関係。それをじっくり話さないとダメかもな」
アイシャはルーデウスが必死な理由を言わない。
アイシャは淡々と嘘を吐く。自らの愛情、願いを叶えるために。
パウロの誘い。
リーリャは何度も断っていた。
私みたいな妾が二人きりなんて烏滸がましいですとか。
奥様が居るのに、そんなのダメですとか。
でも、最終的には「ゼニスが嫌だったら、とっくに俺は殴られてるよ」という言葉と「ルディと一緒だと、また喧嘩しちまうからさ。リーリャと一緒に話して頭を整理したいんだ」というパウロの言葉に、リーリャは首を縦に振った。
リーリャと話し合いをするパウロ。彼は、この瞬間、大きな間違いを犯す。
家族を大切にするという行動。大切な息子、彼にとって、たった一人の息子。
そんな息子の土下座。それを見て、心配して、話そうとする。
息子の居ない所で、息子が聞こえない所で息子とのこれからを話す。
そんな優しさ。
そう、優しい。だからこそ父は間違える。
出掛けるパウロとリーリャ。
修行に出ているギレーヌ。
家には妊娠中のロキシーと剣を磨き続けるエリス。そして、苦しそうに周りを警戒するルーデウスと、そんな男性に手を繋がれている息子、アルス。
そして、もう一人。悪魔の計画を立てた天才が一人だけ居るのみ。
「ゼニスさん、ごめんね」
悪魔の正体はアイシャ・グレイラット。
彼女は謝罪し、一つのペンを握り締める。
一つの紙。そこに書いた文字は、これだ。
『アリエル様と共に、アスラ王国に行ってきます』
シルフィエットより
この文字を書き、アイシャはゼニスの指に『ある物』を嵌める。
そして、ゼニスの車椅子を『ある場所』へと押していく。
泥沼への下剋上。
天才の作戦が兄へと牙を剥く。
嘘を吐いた代償。それは、あまりにも大きい。
しかし、その大きさに兄が気付けるのは、全てが終わりを迎えるもう少し先の物語。
〈アイシャの手札〉
トゥレント(ベビートゥレント)
愛称はビート。
アイシャに懐く植物の魔物。
何処にでも生息する魔物で強さは弱い。
しかし、アイシャに育てられてトゥレントの中では強い部類に入る。
現在はルーデウスの庭に生息している。
原作初登場は百三十六話
姿を変えられる指輪(アリエルからの貰い物)
アニメでもアリエルがシルフィに擬態するのに使われていた魔道具の指輪。
すごく便利だが、声を擬態した人物のものに変えることはできない。
アルマジロのジロー
ロキシーが送り迎えに使っているアルマジロのような姿をした魔獣。
大型犬程度の大きさ。
性格は臆病なため、ビートと違い、アイシャへの忠誠から動いたわけではなく、アイシャが怖くて言うことを聞くことにした魔獣。
煙玉
使うと辺りを煙が包み込む。
ルーデウスの煙幕の劣化版と思ってもらえば早い。
日記
この二部において非常に大切な物。
アイシャにとっては『駆け落ち』という選択肢をくれたものであり、ルーデウスの行動の適合性やルーデウスの考えていることを知ることが出来た物。
この日記を読んで、アイシャはルーデウスがアルスとの仲を許してくれないと考えたけど。
もしかしたら、話していたら、アイシャとルーデウスの関係も違ったかも…?
アルス
アイシャの好きな人。
ルーデウスとエリスの息子で、アイシャに懐いている。
強さは原作よりも弱い。
全ての初級魔術を無詠唱で扱える程度。
ルーデウスの最近の行動に疑念を抱き、アイシャについて行くことを決意する。
アイシャが守ろうとする存在。
アイシャの生命線。
アイシャ&アルスVSルーデウス 勝敗予想
-
アイシャ&アルスが逃げ切る。
-
ルーデウスが捕まえる。