─ルーデウス視点─
俺は間違えない。
俺はやれる。
シルフィに手錠を掛けて、地下に閉じ込めて、気絶するまで彼女を犯して。
パウロに土下座して、妊娠中のロキシーを見つめる。
そして、アルスの頭を撫でる。
この行動。
俺は決心し続けた。
守ると。
もう、大切な物を全部無くさないと。
瞳に涙をたっぷり溜めて、拳を握りしめる。
そんな状態。
心の中で呟くのは、こんな言葉。
「みんな、みんな……もう大丈夫だからな。」
頭に思い浮かべるのは俺の願い。
俺の願い。それはみんなの笑顔。
ニッコリと笑い合う光景。俺は想像する。
あと少し。俺は手に入れたんだ。
笑う俺、希望に満ち溢れる俺。
そんな俺の視界に映るのは、一枚の手紙。
『アリエル様と共にアスラ王国に行ってきます』
俺の瞳孔が開く。
一枚の手紙、驚愕する俺。
希望は、一瞬にして絶望に満ちる。
一枚の手紙、宛名は『シルフィエット』
刹那。俺は走り始めた。
一人のお嫁さん。俺の愛しの人を見つけるために。
何も見ずに。ただ、全力で…
…俺は、シルフィを探し始めた。
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お嫁さんを探すルーデウス。
彼は冷や汗を掻いて、血眼になって地下への道を進もうとしていた。
文字通り死ぬ気で探す。
そんな彼は他に何も見えていなかった。
「シルフィ、シルフィ……頼むから、何処にも行かないでくれ」
この言葉と同時。
彼の手から一人の男の子が消える。
日記を見てから反省し、修行や散歩に連れて行った彼の息子。一時も自分の手から離さなかった男の子。
そんな男の子の名前は『アルス・グレイラット』
消えた男の子。焦るルーデウスは気付かない。
ほんの一瞬。焦りが生む隙。
それを、ある人物が見つめて笑う。
一人になったアルスを見つめて笑うのは、恋に囚われた天才。
たった一人の悪魔。
「お兄ちゃん、やっと隙を見せたね」
この言葉と同時。
地下に行こうとしたルーデウスの足が止まる。
地下へと進む階段の隣、庭近くの一室を見つめる。
止まった理由は単純。
彼が血眼になって探していた人物が、そこに居たから。
その人物は車椅子に座る愛しの人。
庭から差し込む暖かい光に照らされる。白い髪が特徴的な彼のお嫁さん。
「シルフィ!!!」
涙をたっぷり浮かべて、彼はお嫁さんの胸に飛び込んだ。
何度も「シルフィ!」と彼女の名前を読んで謝った。
無理矢理犯しちゃってごめんとか。
アリエルを無下に扱ってごめんとか。
涙を流しながら謝罪する。
そこにはプライドも何もない。
彼にあるのは、家族への愛情だけ。
そんな深い愛情。
しかし、帰ってきた言葉に彼は絶句することになる。
「あう…あぁ……」
「シルフィ?」
ルーデウスの耳に届いたのは、言葉にならない声。
彼は目を見開いた。
そして、止まる。
動きを止めて思考を回す。
車椅子に座るシルフィ。なんで車椅子?
いや、そもそも、なんで外に出ていないんだ?
アリエルを助けたいなら、こんな所でのんびりしてるわけがない。
そして、極め付けは手首にある異常。
見つめる彼女の手首。そんな彼女の手首には『何もない』という異常があった。
「シルフィに付けた手錠、何処に行った?」
刹那、ルーデウスの背中に冷や汗が走る。
あう……という声にならない言葉。
整合性の取れないシルフィの行動。
そんなシルフィ。彼女の指には、たった一つの指輪が嵌まっていたんだ。
「これは、シルフィじゃない」
目の前の人がシルフィじゃない、ルーデウスの仮説。彼は確信していた。
シルフィじゃない人物。ならば、有り得るのはただ一人。
声が出せない人物。『姿を変えられる』指輪のデメリットを消せる人物。
そんな人物は、一人しか居ない。
「母さん……ですか?」
瞬間、虚ろな目をするシルフィがコクンと頷く。
虚ろな目。その瞳にルーデウスの姿が映る。
その姿は、シルフィが逃げていないということに気付いた安堵の姿じゃない。
愛しのお嫁さんを助けたという誇らしげな姿じゃない。
映るのは絶望に満ちる姿。
自らの記憶に蘇る妹と息子の関係。
禁断の愛、最悪な戦況。
それが意味するのは、たった一つ。
ルーデウスは、シルフィが居なくなって急ぐあまり…
息子から大きく離れてしまったんだ。
ガタン!
「やっと、アルス君と居られる」
「アイシャ!!!」
ガタン!という窓が開く音。
発生源は自宅の庭。
彼は愛しの妹の名前を叫び、走る。
闘気の纏えない身体で庭まで全力で走る。
愛情を守りたい者と家族を守りたい者。
ルーデウスVSアイシャ
二人の戦場は庭。
ルーデウスを襲う天才の手札。
広大で最悪な自然と共に、第二ラウンドが始まりを迎える。
─────────────────────────
「アルス君。大丈夫、逃げられるよ」
アイシャは庭に出て、ルーデウス宅の門を目指して走っていた。
息を切らして全力で、アルスの手を一生懸命握って走っていた。
ゼニスに姿を変えられる指輪を嵌め、シルフィに見せかけるという動き。
彼女は、逃げるために最高の一手を踏んだと言えるだろう。
最高の一手。そう、最高。しかし、家族を守ろうとする兄は、この程度では抑えられない。
「アイシャ!!!」
「アイシャ姉、父上が来てる……」
「くっ。流石お兄ちゃん、速い」
兄は、妹の名前を叫び庭に飛び出した。
闘気が纏えないとはいえ、兄は鍛えている。
当然、速い。
そして、それはアイシャの想像を超えるものであった。
(もっと距離を稼げると思ったけど。流石はお兄ちゃん、早い。本当は、まだ出したくなかったけど……やるしかない)
アイシャは、走りながら後ろに居る兄を見つめた。
その距離は十数メートル。
闘気の纏えない兄ではギリギリ追いつけない。
しかし、兄には『あれ』がある。
「アイシャ、アルス、ごめんな」
兄は予見眼を開き、アイシャとアルスの動きを予見する。
アイシャとアルスの走る先。そこにルーデウスが放つのは『泥沼』
足止めにおいて最高の一手。
放とうとするルーデウス。
しかし、彼の予見眼に映るのは家族ではない。
映るのは完全なる想定外。そう、自らのペットだった。
「ジロー!お兄ちゃんの前に立って!!!」
アイシャの言葉。
この言葉と同時。アルマジロのような魔獣がドスドスとルーデウスの前に現れる。
刹那、小さく声を出すのはアイシャ。
「お兄ちゃんの予見眼。それだけは、絶対に使わせない」
「ジロー!?」
驚くルーデウス。
そんな彼が放つのは、庭全体に広がるほどの大きな声。
ジローがアイシャから受けていた指示。
それは、たった一つ。
『ルーデウスの前に立て』
攻撃でも回避でもない。
ただの、一瞬のお邪魔。
しかし、それこそがルーデウス潰し。
大型犬の大きさを誇るジローがルーデウスの前に立つ。
それが意味するのは、たった一つ。
「お兄ちゃんの予見眼。それは、見ているものにしか使うことは出来ない」
アイシャの言葉と同時。
刹那、ルーデウスの視界からアイシャの姿が…消えた。
立ちすくむジロー。
アイシャは、そんなジローを使い、ルーデウスの視界から外れる。
たった一瞬。
しかし、確実に、この時、この瞬間…ルーデウスの予見眼は死んだ。
「アイシャ、アルス。本当に俺はダメな父親だな」
瞬間。彼の脳裏に過ぎるのは自らの行い。
シルフィを監禁して、パウロに土下座して、家族を想うあまり暴走した記憶。
記憶、記憶。彼は考えていた。
ダメな父親。だからこそ謝ろうと。
失敗してしまったからこそ謝ろうと。
『捕まえて』謝る。
それこそが今のルーデウスの願い。
「予見眼は使えない。でも、今の俺なら予測出来る」
彼は様々な困難を乗り越えてきた。
学園、迷宮、アトーフェ。そして、オルステッド。
そんな彼ならば、成長したルーデウスならば、予見眼が無くても…
…戦場の予測が出来る。
(アイシャの行動は二択。そのまま逃げるか、不意打ちで俺に攻撃を仕掛けてくるか。しかし、どちらでも関係ない。近付いてきたら体術で返す。最悪、風魔術でも飛ばせる。逃げるなら逃げるで泥沼で追い詰める!)
覚悟するルーデウス。
彼は予見眼を開き、ジローの背後を見つめる。
アイシャの次の一手。それを読むルーデウス。
強くて賢い七大列強、最強を倒した泥沼。
しかし、そんな兄よりも優秀なのは、赤い髪の妹。
「お兄ちゃん。すごいお兄ちゃんなら、そうだよね」
刹那、ルーデウスが顔をしかめた。
一瞬だけ潰した予見眼。その一瞬が『永遠』になる。
アイシャが手に取ったのは『煙玉』
小さな玉はモクモクと白い空気を出し、視界を遮る。
ジローを使った予見眼潰し。
それをした理由は離れたかったからでも近付きたかったからでもない。
たった一つ…
煙玉という手札を悟らせないためだった。
「煙玉!?」
意表を突かれる兄。
そんな兄を追い詰める妹。
「アイシャ…」
「お兄ちゃん。私は負けないよ?」
一瞬の静寂。
その間もモクモクと広がる煙。
永遠に感じる煙幕。
こんな光景。ルーデウスにとって不利な光景。しかし、ルーデウスは俯かない。
寧ろ、逆。
無言のまま、覚悟を決めた瞳で彼は前を向く。
「アイシャは、本当にすごいな」
感嘆の声、賞賛する声。
しかし、それは、敗北の声ではなかったんだ。
「煙。一瞬で消し飛ばす」
ルーデウスは、アイシャの施した煙に手を向けた。
自らを、全てを飲み込もうとするほどの大きな煙。
しかし、そんな煙も、ルーデウスの前では無力。
手を煙に向ける。
彼が放つのは、最強をも吹き飛ばした優秀な魔術。
「風魔術。煙は、俺が吹き飛ばす」
ルーデウスの言葉と同時。
彼の手が光る。
光の正体、彼の優秀な風魔術。
煙なんて簡単に消し飛ばす風。
ルーデウスは確信していた。
「アイシャ、アルス。捕まえた」
煙の中、何も見えない煙。
故に彼は見えなかった。
勝利を確信するルーデウスは見えなかった。
煙の中で笑う少女。
静かに笑う、赤い髪の悪魔を。
「お兄ちゃん。私の、勝ちだよ」
刹那、ルーデウスの隣で何かが動いた。
ルーデウス宅の広大な自然、その中にあるたった一つの植物。
名はビート。
最弱の魔物。
全員が雑魚と呼ぶ魔物。
グイッ
「ベビー、トゥレント……」
ルーデウスは目を見開いた。
同時、彼の腕が後ろに向く。
最弱の魔物の最高の抵抗。
ルーデウスの風魔術を封じる最高の一手。
「煙に掌を向けられない……」
ルーデウスは、とてつもない男だ。
アイシャが言っていたように強すぎる男だ。
ストーンキャノンは神級。
風魔術は、とてつもない威力と精度を誇る。
そんなルーデウス。
強いルーデウス。
しかし、彼は、最強じゃない。
闘気を纏えない彼ではトゥレントに力で勝てない。
トゥレントの蔓。それがルーデウスの手首を掴み、彼の手を背後、煙と反対方向へと向けさせる。
そして、ダメ押し。彼の掌をも再生力の高いトゥレントの蔓が覆っていく。
後ろに向いたルーデウスの掌。
自由を失った七大列強の掌。
それが意味するのは、たった一つ。
掌で放つ魔術。ストーンキャノンと風魔術がこの瞬間、死んだということ。
「お兄ちゃん、本当に強かった……」
煙の中で呟くのは駆け落ちする妹。
全てを賭けて逃げ出す、七大列強の妹。
彼女は勝ちを確信していた。
煙の中で前を向いて、アルスの手を力強く握っていた。
アイシャが警戒すべきは広範囲の泥沼、ただ一つ。
兄の代名詞、泥沼。
しかし、そんな泥沼の欠点を彼女は知っていた。
自らが壊したドーム状の土魔術と同じ。
大きな物を咄嗟に作れば、必ず綻びが生じるということ。
煙を全て覆う泥沼、それほどの泥沼。
いくら強い兄とはいえ、完璧なものは作れない。
アイシャとアルス。そんな二人でも警戒すれば耐えられる。
完璧に思える作戦。アイシャは走りながら笑う。
門を目前にして彼女は笑う。
アルスとの生活。そんな願いを想像して、笑った。
最高の笑い。
しかし、そんな笑いは、一瞬にして消え失せる。
ポツポツ
「……アイシャ。煙を消す魔術は風だけじゃない」
掌の不自由。
封印されたストーンキャノンと風魔術。
死んだ魔術。しかし、そんな魔術が意味するのは『敗北』ではなかったんだ。
「これは、お兄ちゃんの…」
アイシャの言葉と同時。
煙が消え失せる。
煙を消すのは『雨』
最速の無詠唱で放たれた、聖級水魔術。
「キムロニンバス。雨を降らせる、俺の魔術だ」
掌の自由が無くても使える魔術。
その名はキムロニンバス。
ロキシーから教わった魔術。それが、アイシャという悪魔を追い詰める。
「アイシャ、見つけた」
「くっ。なんで、そんなに早く聖級魔術を使えるの…」
ザァーと降り続ける雨。
そんな雨に佇む三人。
ルーデウスとアイシャ。そして、アルス。
そんな三人。その光景は、ある対決を彷彿とさせるものだった。
「アイシャ。俺が、龍神と戦ってた時にそっくりだな」
VS龍神。
ルーデウスの頭には、そんな対決が思い浮かんでいた。
作戦を駆使して戦うアイシャと、実力で弾き返すルーデウス。
そんな対決。彼は経験しているからこそ分かる。
ここでアイシャが逃げたら皆が後悔することを。
その事実を彼は知っている。
アイシャを守る。
アルスを、家族を守る。
そんな彼の願いは今でも変わらない。
決心するルーデウス。そんな彼を見つめるアイシャが、雨に濡れながら声を絞り出す。
「まだ、負けてない!!!」
アイシャは、アルスの手をさらに握りしめて叫んだ。
負けてないという言葉。放った理由は、たった一つ。
(ジロー、煙玉。この二つでお兄ちゃんとの距離は充分稼いだ。さらに、お兄ちゃんの手はビートのおかげで自由を失ってる。まだ勝てる、私は負けてない!)
アイシャの考え。
彼女は諦めていなかった。
さらに激しくなる雨。
それに打たれながら兄を睨みつけていた。
闘気の纏えないルーデウス。
彼では私たちに追いつけない。
門まで一生懸命走る。そうすれば、絶対に間に合う。
アイシャの考え。しかし、そんな考えは、唐突な銀線と共に真っ二つに切り裂かれる。
「ルーデウス、遅くなったわね」
刹那。ルーデウスの手首が一瞬で自由になる。
トゥレントの蔓が粉々になる。
遅くなったという言葉と共に現れたのは赤い髪。
ルーデウスが大好きな、一匹の狂犬。
「エリス姉…」
一本の剣を掴み、佇むのは闘気を纏える女性。
ルーデウスの相棒『エリス・グレイラット』
目を見開くアイシャ。そんな彼女の顔が絶望に変わる。
「もう、逃げられない…」
龍神を倒したコンビ。
泥沼&狂犬。そんな二人がアイシャに牙を剥く。
絶望するアイシャ、煙が無くなった時点で詰んでたんだと呟くアイシャ。
絶望する天才。それが意味するのは、たった一つ。
「私は、負けたんだ…」
アイシャの敗北、アイシャの絶望。
彼女は雨に打たれながら項垂れる。
敗北の顔をして苦笑いをする。
そんな顔。彼女がする初めての顔。
アイシャの絶望。刹那、誰かの声が彼女の耳を揺らす。
「アイシャ姉。まだ、負けてないよ」
この言葉にアイシャは驚愕する。
何故なら、それを放ったのは、彼女にとっての愛しの人だったから。
「アイシャ姉、大丈夫…」
アルスは呟く。
絶望するアイシャ姉。初めて目撃するアイシャ姉の表情を見つめて、男の子は呟く。
敗北したアイシャ姉。それを見つめる男の子の感情は、絶望ではなかった。
「アイシャ姉を、俺が…」
たった一つ。
自らも戦いたいと願いを込めて、この言葉を。
「父上より、すごくしてみせる」
アイシャ姉は父上よりすごいという言葉。
少年は、そんな言葉を本物にする。
決意を固める目、彼の名前は…
『アルス・グレイラット』
勝負は最高潮へ。
ルーデウスVSアイシャ。そんな二人の戦いに、小さな少年が牙を剥く。
ルーデウスを超える戦い。泥沼を飛び越えるのに必要なのは『覚悟』それだけだ。
アイシャ&アルスVSルーデウス 勝敗予想
-
アイシャ&アルスが逃げ切る。
-
ルーデウスが捕まえる。