トンっと軽快な音が響いた。
その音は足元から。
重力の法則を無視した異様な踏み込み。
北神の神速の如き速さが迫り来る。
「ぐっ!」
この言葉を残し、仰け反ったのは赤い髪。
エリスは眉間に皺を寄せ、近付いてくる北神を睨み付ける。
「迎え撃つ!」
歯を食いしばり、北神を見つめるエリス。
彼女は北神を身体の正面に置き、迎え打とうと剣を振るう。
しかし、その剣は遅い。
彼女は、弱い。
(やばいっ……)
北神アレクの豪剣『王竜剣カジャクト』
最強の剣がエリスの喉元へと近付いていく。
近付いてくるのは『死』
死の間際、エリスが考えるのは一人の男の子のこと。
「ルーデウス……」
彼女が守ろうと決めた男の子。
苦しみ続ける男の子。
彼女の旦那さん『ルーデウス・グレイラット』
最強殺しの七大列強。
そう、最強殺し。強い旦那さん。
彼女は、また助けられてしまうんだ。
フワッ
「浮いた?」
足元から数センチ浮く。
そして、
ブン!
「なっ!」
驚きと同時、彼女は後方に大きく投げ飛ばされる。
死にそうだったエリス。旦那さんを守ろうとするエリス。
そんな彼女を飛ばしたのは『ルーデウス・グレイラット』
「エリスに、俺のお嫁さんに手出すなよ」
「僕は、ただ先に邪魔になる雑魚を殺しておきたかっただけなのですが……」
「エリスは、エリスは雑魚じゃない!」
「……はぁ」
ルーデウスの叫び声、アレクのため息。
そんな二人が始めるのは『一騎討ち』
どちらかが全てを失うまで続く、最終決戦であった。
─────────────────────────
「流石、見えているんですか」
アレクが呟く。
俺は、剣を握りしめて答える。
「見えたよ。お前は遅い」
「流石は、あのオルステッドを殺した泥沼ですね。しかもそこの赤い髪の雑魚を飛ばしたのは重力魔術……なるほど。侮れないというわけですか」
自身の王竜剣を見つめながらそう言うアレク。
俺は、奴と話しながら今までのことを振り返っていた。
様々な敵との戦い。
北王、北帝、水神。
強い奴らとの戦闘を振り返っていた。
そう、強い奴ら。
俺は、龍神と殺し合いをしたんだ。
それに比べたら奴なんて亀のように遅い。動きを見ることなんて容易。
決める覚悟。
同時、俺は剣を構える。
「ルーデウス!私も戦う!」
叫ぶエリス。
しかし、その叫びは叶わない。
彼女を抑えるのはパウロ。
「エリス!お前じゃ、重力魔術を知らないお前じゃ邪魔になるだけだ!」
「知らないわよ、そんなの!」
「知らないじゃねぇ!それよりも、俺たちにはやるべきことがある!ルディは闘気を纏えねぇ。俺たちで一騎討ちの舞台を作ってやるんだよ!」
パウロの叫び。
俺は、これを聞きながら再確認する。
「俺は、一人じゃない」
戦争の中の一騎討ち。
当たり前のように出来ることじゃない。
闘気が纏えなくて防御力が弱い俺は、弱い攻撃でも致命傷になる。
予見眼は複数を見ることが出来なくて、集団戦が弱い。
弱い、弱い俺。
でも、俺は一人じゃない。
家族が、みんなが居るから、俺は有利な状況で戦える。
「北神、俺はお前を殺す」
「それ、良いですね、すごく良い。僕の英雄譚を飾る最後の言葉として最高だ」
睨む俺、笑う北神。
重力魔術を知った俺たちの戦い。それは、想像を絶するものになるんだ。
─────────────────────────
『ルーデウス・グレイラットは近接に弱い』
この言葉は不変的な事実だ。
闘気の纏えない男、判断力が低い男。
弱い男。
しかし、それは過去のこと。
今の彼は、ルーデウス・グレイラットは……近接も弱くない。
ガン!!!
激しい音が鳴った。
近くで聞けば鼓膜が破れるほどの音。
そして、その音が証明するのはぶつかり合い。
そう、剣同士のぶつかり合い。
「やはり、見えていますか」
「……」
アレクの呟き。
彼は、初撃を打ち込みながら考え込む。
(スピードは僕の10分の1。いや、100分の1にも満たない雑魚だ。でも、何故か合わせられる)
アレクは戦闘中に分析が出来るほど頭が良くない。
しかし、彼は何かを感じ取っていた。
「撃ち込んだ感触が無い。なるほど、受け流しているのか」
そう、ルーデウスは水神流を使っていた。
かつて彼自身がアトーフェ戦で使用した受け流し。
彼はここに来て、龍神と水神という二人の最強を相手にして、物にする。
『水神流』最強の防衛術を。
撃ち合う二人。
それを見て呟くのはミリスの住人。
「くっそ、またあれだ。泥沼の剣術……アイツは魔術だけじゃない。近接戦闘でも俺たちを数多く葬ってやがる……」
ミリスを恐怖のドン底に導いた泥沼。
彼を七大列強たらしめるのはストーンキャノンだけではない。
そう、彼は『成長』していたんだ。
ガン!ガン!!!
複数の金属音。
二人の怪物は剣を交える。
予見眼で見て、合わせて受け流す。
防衛として最高の技。
最高、最強。
そう、そのはずなのに。
強いはずなのに、北神の口から放たれたのはこの言葉。
「はぁ、ガッカリです」
少しずつ速くなるアレクの剣。
それに比べて、ルーデウスの剣はドンドンと遅くなる。
これほどの力の差。両者には剣士としての絶大な力の差があった。
これが事実。勝てないという事実。
しかし、関係ない。
ルーデウスにとっては関係ない。
何故なら、彼は……『魔術師』なのだから。
「アレク、今度は俺の番だ」
「それは……」
刹那、ルーデウスの手が光る。
光る手のひら。ここまで来たら、放つのはあの技しかない。
『風魔術』
ドン!!!
爆音と同時、アレクの腹に当たる風。
「なるほど、魔術の生成がとてつもなく速い。これほどの速さで入れ替わる攻守。その中で撃てるほどには、とてつもなく速い」
無詠唱魔術を超越したスピード。アレクは感嘆の言葉を並べる。
しかし、その顔は真顔。
そう、彼は驚きなど一ミリたりともしていなかった。
「泥沼のルーデウス!この程度の風で距離を取れると思ったら大間違いだ!!!」
後方に吹き飛ぶアレク。
身体が飛ばされていく。
しかし、関係ない。何故なら、彼は『重力魔術』が使えるのだから。
「飛ぶのはあなただけだ!追いついて殺す!」
叫ぶアレク。走るアレク。
しかし、そんな彼が見たのは信じられないものだった。
「離れて、いく?追いつけない……」
神速の如き速さのアレク。
しかし、彼よりも速いのは『泥沼 ルーデウス・グレイラット』
彼は距離を取りながら言葉を置く。
「重力魔術が使えるのは、お前だけじゃない」
「!?」
驚きの表情を浮かべるアレク。
それが証明する、ルーデウスの技術。
「風と重力。掛け合わせれば最速になる」
「まさか、貴様……」
無重力×風魔術。
そう、彼は、ルーデウス・グレイラットは、自身を無重力にしながら……風魔術で飛んでいたんだ。
─────────────────────────
後方に飛ぶルーデウス。アレクから距離を取るルーデウス。
彼は、たった一つの言葉を置いていく。
「ストーンキャノン」
北神に手のひらを向けて、彼が放ったのはたった一つの岩。
一人の魔術師の一つの魔術。
その程度。しかし、その威力は想像を絶する。
ドン!!!
爆音が鳴った。
それと同時、アレクの鎖骨に風穴が空く。
「ちっ、王竜剣で軌道をずらされた」
「なんだ、このスピードは……」
アレクは唖然とした表情を浮かべる。
彼は貫通した鎖骨を見つめ、ルーデウスを見つめていた。
ストーンキャノン、最強の岩。
そう、彼は『避けた』のではない『避けさせてもらった』
主の危険を感じた王竜剣に軌道をずらしてもらったのだ。
ストーンキャノン。
最強を殺した魔術。
そんな魔術の威力とスピードは想像を絶する。
それは、北神が反応出来ないほど。
「次は、顔を飛ばす」
ルーデウスの言葉。
刹那、アレクの背中に悪寒が走る。
「させるか!!!」
アレクが叫ぶ。
先ほどまで余裕を見せていたアレク。しかし、今の彼に余裕はない。
彼は感じ取ったのだ。この戦況を。
王竜剣を装備した自身の強さ、最強と考えていた自身の闘気。
しかし、関係ない。
泥沼のルーデウスは、たった一人の魔術師は、いとも簡単に貫通してくる。
その事実が、その恐怖が彼の背中を押していた。
ドン!!!
(あの距離はダメだ。あの岩が、魔術が飛んでくる。僕がすべきは接近戦)
遠距離は完全にルーデウスの土俵。
それは貫通し、尚血液が流れ続ける鎖骨が証明している。
証明される実力差。
しかし、近距離は違う。
近距離はアレクの土俵。
剣士として最強の自負がある彼は、重力魔術をフル活用して、ルーデウスの懐に飛び込む。
「ぐっ!」
(速いっ!)
先ほどとは全く違う動き。
アレクの本気の動き。
彼は、ルーデウスを追い詰めていく。
「もう、風魔術は撃たせない!」
「くっそ……」
言葉と同時、彼は必死に剣を振るう。
風魔術を撃つ隙を伺うために、ストーンキャノンで北神の頭を貫けるように。
しかし、叶わない。
それほど、アレクの動きは『速い』
ガン!ガン!!!
速くなる剣速。
追いつけなくなるルーデウス。
そんな男の結末は、決まっている。
ザシュッ……
「ぐふっ」
「近距離。あなたが少しでも闘気を纏えていたら、僕は負けていたかもしれない」
認めるアレク、動きを止めるアレク。
そんな彼は、ルーデウスの胸を切り裂く。
飛び散るのは赤い鮮血。
ルーデウスは苦悶の表情を浮かべる。
しかし、同時に異変が起こる。
彼の顔に異変が起こる。
「やっぱり、痛いな……エリスは、パウロは、こんなの耐えててすごいよな……」
「……?」
泥沼VS北神。
魔導鎧が無い戦い。
彼は、この結末を知っていたのかもしれない。
「俺には到底できない。二人みたいに剣を振るうことは出来ない。でも『覚悟』はあるつもりだからさ」
呟くルーデウス。
刹那、アレクの背中を襲う『悪寒』
「傷付くのは、痛みに耐えるのだけは、強い二人にも負けたくないんだよ」
ルーデウスの表情。
起こった異変は『笑顔』
そう、ルーデウスは、彼は……アレクを見つめながら笑っていたんだ。
トン。
ルーデウスの温かい手のひらが、アレクのお腹に触れる。
「なぁ、アレク?」
「なんだ、これは……」
ルーデウスは血を吐きながら言葉を続ける。
「なんで、俺が魔術を使わなかったか分かるか?」
「それは、僕のスピードに君の魔術が追いつけないから……」
ルーデウスの疑問。
確かに不思議だった。
スピードに追いつけなかったルーデウス。
そんな彼が魔術を使わない。
通常ならば、それがまかり通る。
しかし、彼の場合は別。
ルーデウスは重力魔術で自身の運動能力を向上出来る。
闘気の代用品。そう、何故か彼は風魔術と同時にしか使っていなかったんだ。
「北神、油断したな」
胸を切り裂いて安心した北神。
ルーデウスに致命傷を負わせて安心した北神。
そんな北神アレクの後方に浮かんでいたのは『ストーンキャノン』
鎖骨を貫いてなお仕事を果たそうとする岩が、北神の後方に浮かんでいたんだ。
「北神、俺の勝ちだ」
ルーデウスの手のひらが光る。
北神の後方に浮かんだ岩が回転する。
「終わりにしよう」
全てを込めて、戦いを終結へ。
「ヒトガミ、俺の勝ちだ」
ドン!!!
鳴る爆音。
同時、二つの恐ろしい岩が北神を襲う。
ストーンキャノンの挟み撃ち。
刹那、ルーデウスの視界を覆ったのは……消えた姿。
跡形もなく消えた、七大列強の姿だった。
「何度でも言いましょう。あなたが闘気を纏えていたら、僕は負けていたかもしれない」
息を切らすアレク。
本気を出した北神。
そんな男は……俺の背中を、切り裂いていたんだ。
─────────────────────────
俺は侮っていたんだ。
七大列強を、北神を。
「最後の動き、見えなかった……」
消えた北神。切り裂かれた背中と胸。
ズキズキと痛む傷が、戦いの終わりを告げる。
「はぁ、はぁ。戦争は続く。本当は力を温存したかったんですよ。でも、出来なかった。あなたは強かった」
息を切らす北神。
彼は、ゆっくりと言葉を続ける。
「最後の最後、確かに僕の背中には悪寒が走った。死ぬと思った……それほどの戦い。もしも、あなたのような人がもう一人居れば、僕は負けていたのかもしれませんね」
泥沼、あなた以外は全員雑魚で助かったという北神。
俺は、血を噴き出しながら叫ぶ。
「ふざ、けんなよ……俺以外が雑魚?そんなわけねぇだろ!」
血がダラダラと流れる。
俺は、それでも叫ぶ。
「俺は大切な人を、家族を守るんだよ……」
守って、守られて。
そんな世界を永遠に。
永遠にありがとうと言えるように、俺は歯を食いしばる。
「北神、北神……」
暗くなる俺の視界。
耳には、北神の情けが降りかかる。
「最強の魔術師。そんなあなたに敬意を表して、北神最大の技で決めてあげましょう」
最悪の情け。
奴は俺のストーンキャノンを警戒しながら距離を取る。
うつ伏せに倒れる俺。そんな俺を見つめながら、北神は叫ぶ。
「僕の英雄譚の完成だ!!!」
アレクの叫びに反応するのは、俺の愛しの人。
「ルーデウス!私が行く!」
「ルディ、大丈夫。ボクならすぐに治せる!」
「ルディ!私も居ます!」
エリス、シルフィ、ロキシー。
全員が俺に向かってくる。
俺を助けると、助けてみせるとやってくる。
しかし、叶わない。
アレクの技は、それほどに強力だった。
「北神流奥義!」
周りの人間が浮く。
小石や落ち葉も浮く。
そして俺も、浮く。
高まる魔力と闘気。
俺は、浮き続ける身体で考えていた。
負けられないと。
負けるわけにはいかないと。
家族のために、大切な人を守るために。
みんなを幸せにするために。
ヒトガミとの最後の勝負。
俺は負けられない。
俺は何かを、覚悟を決めるために、歯を食いしばった。
涙が溢れる瞳で『あれ』だけを見つめていた。
「重力破断!!!」
ドガン!!!!!
アレクの言葉と同時、鳴ったのは爆音。
奥義に相応しい威力。
彼は、アレクは放っていた。
大きく上がる砂煙。
モワモワと広がる砂煙。
暗い視界。
アレクは見ることになる。
「なんで、無傷なんだ……」
黄金の色をした怪物。
アレクから見た怪物。
彼は、思い知ることになるんだ。
「アレクサンダー・カールマン・ライバック。闘気は、これで十分か?」
異様な気配、最強の闘気。
そこに居たのは『闘神鎧』
黄金が、アレクの姿を映す。
「それは、その姿は……」
『闘神鎧×泥沼』
最強と最強が手を組む。
「さぁ、終わりにしよう。お前と俺の、ヒトガミと俺の勝負を、終わりにしよう」
喋るのは最強の闘神鎧。
そんな鎧に映っていたのは……北神の、目を見開いた表情だったんだ。
二部を彩る結末は……
二部のここまでについて。
-
面白い
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話が暗い