─イゾルテ視点─
「泥沼を、ルーデウス・グレイラットを殺す」
全てを込めて、私は剣を振るった。
「絶対に、絶対に殺す」
無限の殺意を抱いて、私は剣を振るった。
「……」
本当に、おかしいと思った。
水神であるはずの私が無限の殺意を抱く。
この矛盾が、本当におかしいと思った。
「ぶはっ……」
「私の、勝ちね」
言葉と同時、私は力なく仰向けに倒れる。
倒れる私を見下ろすのは、木刀を握りながら佇む狂犬。
私は意識が消える間際、なんで?と思った。
殺意を必殺技に変えた獣。私を倒した獣。
殺意のスペシャリスト。
そんな獣の原動力は殺しじゃなかったのだから。
『救う』
愛する人を救う。
それだけが、獣の、エリス・グレイラットの原動力だった。
「あぁ、そうか」
仰向けに倒れて、私は唇を小さく震わせる。
「私は、私は……」
獣……じゃない。
エリス・グレイラットに敬意を込めて。
「負けたんだ」
私は、その日、その瞬間、消えゆく意識の中で。
愛情に燃える一人の人間を、尊敬していたんだ。
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「剣神殿、参りました」
一人の男が、道場へと足を運ぶ。
彼は最強の剣を携え、剣神に膝をつく。
「遅くなりました。すみません」
「いや、気にしてねぇよ」
「ありがとうございます。息子の様子を見に行っていたもので、本当に申し訳ない」
礼儀正しい口調。
彼の名は『アレックス・カールマン・ライバック』
北神2世と呼ばれる、最高峰の剣士。
「それで、本題だ。お前を呼んだ理由は単純。やって欲しいことがあるんだよ」
「やって欲しいこと、ですか?」
ニヤリと笑う剣神。
困惑する北神2世。
剣神は、そんな北神の姿に笑いながら、彼の腰に携えられている『王竜剣カジャクト』だけを見つめていたんだ。
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北神2世『アレックス・カールマン・ライバック』
彼は、一人の男を見つめていた。
「僕は、僕は……」
奥歯をガタガタと鳴らし、涙目で膝をつく。
壊れた人形のように揺れ、恐れを成す剣士を、彼はただ見つめる。
「怖い、怖い。僕は、ダメだ…」
北神二世にとってのたった一人の息子。
『アレクサンダー・カールマン・ライバック』
大切で、未熟な息子。
そんな英雄への道を進んでいた息子は、もう、戦うことなど出来なかったんだ。
北神3世は負けた。
怪物VS怪物。
一世を代表する戰に、北神3世は負けた。
闘神鎧ルーデウス。この化け物を目の前に、彼は何も出来ずに負ける。
そう、文字通り何も出来ずに。
歯も立たぬほどボコボコに、風の音も聞こえぬほど静かに。
頭を潰されて、負けた。
それによって、アレクの感情を支配したのは恐怖。
もう、彼とは戦いたくないという恐怖だった。
王竜剣カジャクトを捨てた。
握ると、握って戦おうとすると、あの日のことを思い出してしまう。
何も出来ずに負けた記憶。英雄になれなかった記憶。
もう、怖い。戦いたくない。
もう……いやだ。
その日、こんな思いと共に、北神の名は『アレックス・カールマン・ライバック』に戻ったんだ。
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エリスの目の前には、英雄が居た。
「エリス殿、私は北神二世 アレックス・カールマン・ライバックと申します」
「……」
何も話さないエリス。
静かな獣が、英雄をじっと見つめる。
「それ、何?」
「これは、言うまでもないはず。そう、あなたが一番知っている物です」
英雄をじっと見つめ、エリスが最終的に視線を止めたのは腰。
そう、腰。彼女が見つめるのは『王竜剣カジャクト』
「やっと、ここまで来たのね」
かつて、ボコボコにされた北神3世。
携える者は違えど、最強の剣に変わりなし。
エリスは、その事実に身体を震わせる。
「北神、私は、あなたに勝つ」
「身体が、殺気で震えている……なるほど、剣神殿が私を呼んだ理由が分かりました」
殺気による武者震い。
狂犬VS北神。
彼女にとっての最後の試練が、始まりを迎えようとしていた。
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『フェイント』
この技術は、正に狂犬のためにあると言っても過言ではない。
それほどの技術。
基本とも呼べる技術。
しかし、それを使いこなせるのはエリス・グレイラットしか居ないんだ。
ドン!
異常な速さの狂犬の踏み込み。
彼女が、殺気を撒き散らす。
ブン!
「やっぱり、この程度は避けてくるわね」
腰を低くして、彼女が行うのは接近戦。
避けるのも計算の内。
彼女は、全く焦らない。
「これは、なるほど……速い」
先手必勝。
エリスが、剣を振り続ける。
カウンターを警戒することなく、さらに無尽蔵な体力から放たれる剣は、正に怪物。
彼女は、間違いなく成長していた。
ブン!ブン!ブン!!!
「ルーデウスを助ける。私は、そのために勝たなきゃいけない」
「くっ……」
避け続けるアレックス。
彼は速い。確かに速い。
しかし、捕まる。
獣の、狩りに。
「こっちね」
ガン!!!
「!?」
(先読みされた!?)
瞬間、アレックスが剣をぶつける。
エリスの剣とアレックスの剣。
それが、甲高い金属音と火花を辺りに撒き散らす。
「まだまだ、行くわよ」
この言葉と同時、エリスが剣を振るう。
スピードが上がり続ける獣。
アレックスは、その光景に驚いていた。
(なるほど。本当に恐ろしい。異常なまでの体力、執念。それでいて剣は凶暴かつ繊細。しかし、それは前提。本当に恐ろしいのは……)
エリスを見て、恐ろしいと冷や汗を掻く理由はフェイント。
そう、アレックスは、彼女のフェイントを警戒していた。
(フェイントの利点は恐らく二つ。一つ目は、カウンター封じ。殺気を込めたフェイントで手数を増やし、実質的なスピードを上げる。ここまでは、恐らく誰でも分かる)
そして、もう一つ。
アレックスが、分析を募らせる。
(二つ目。それは恐らく先読み。フェイントを行い、敵が避ける方向を誘導する。そして、そこに先回り。まんまと引っ掛かった者を斬り殺す)
なんという恐ろしい太刀筋。
アレックスは、冷や汗を掻く。
成長し、大きくなり続けるエリスに、彼は目を見開く。
しかし、それは一瞬。
彼は、英雄。
「本当に、あなたは強い。しかし、それだけでは勝てない」
これが人族の限界か。
アレックスが宙を舞う。
不規則に、自由に。
その姿は不死魔族だから出来るのか?否、違う。
不規則、不可能を可能にするのは最強の剣。それは、重力操作が行える王竜剣カジャクト。
「フェイントでの誘導。それは、あくまで不規則を考慮しない場合。カジャクトであれば、エリス殿の想定を超えることが出来る」
さぁ、お終いです。
英雄の底力。
アレックスが、エリスの背後へ。
「本当に、強かったです。あなたなら、本当に、泥沼を救えるかもしれない」
愛する人を救える、そう言いながら剣に力を込めるアレックス。
彼は勝ちを確信する。
しかし、違う。
勝負は、まだ終わらない。
ブン!!!
「なっ!」
エリスの剣が、アレックスの前髪を切り裂く。
(反応した!?なんという超反応……いや、違う。これは、カジャクトの重力魔術。想定など出来ないはず。それならば、なんで反応出来る?)
目を見開き、狼狽えるアレックス。
その姿を見て、エリスが口を開く。
「論文をね、読んだの」
「論、文?」
剣を振りながら口を開くエリス。
どれだけ体力があるのだと、アレックスは驚きを隠せない。
しかし、それも一瞬。
彼は、獣の論文という言葉に釘付けになる。
「沢山読んだわ。沢山読んだ。重力魔術の本。とにかく沢山、がむしゃらに」
私にはこれしか出来ないから。
そう言いながら、彼女が涙目になる。
その姿は、悔しさに満ちた表情。
かつて、ルーデウスを救えなかった彼女。
重力魔術に負けた彼女。
最愛の人から、離れてしまった彼女。
そんな彼女は、学んでいたんだ。
最悪を最高へ。
彼女が可能にするのは『不可能』
重力魔術の不規則を規則的に把握するという不可能であった。
「さぁ、こっからよ」
「狂犬……エリス・グレイラット。本当に、強い」
北神二世VS狂犬。
英雄と獣の勝負。
二人の勝負は、王竜剣カジャクトの元で、光り始めていたんだ。
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「ふぅー、ふぅー」
「はぁ、はぁ」
息を切らした剣士。
二人の剣士が、剣を止めていた。
片方は膝を着き、片方は佇む。
それが意味するのは終わり。
そう、戦いは終わっていたんだ。
「本当に、強いわね」
「……」
膝を着いていたのは狂犬。
彼女が、アレックスを褒める。
しかし、彼は無言。
彼は、不服そうであった。
(本当に、私は英雄なんかじゃない)
自身のカジャクトを見つめて、彼は眉を顰める。
(私が勝てたのは経験……そう言いたいが、違う。勝てたのは剣のおかげ。カジャクトのステータスアップが、私の勝因)
ステータスが上がらなければ、私は勝てなかった。
それほどの相手。
彼は、獣へと視線を向ける。
「でも、エリス殿、違うんですよね」
「……」
「あなたは、あなたの目指す所は、もっと高い」
「そうよ。私は、アンタ如きならカジャクトを携えていても勝たなきゃ行けない」
絶望はしない。
彼女が、鋭い瞳を英雄へと向ける。
「私は、ルーデウスを救うの」
(エリス殿。本当に、あなたはすごい。絶望はせず、強くなろうとする……私の息子とは、違う。同じ者を相手にしたのに、まるで違う)
怪物と戦い、希望を持つ者。絶望を抱く者。
反応は人それぞれ。
だからこそ、英雄の心は、この時揺れたのかもしれない。
「エリス殿、分かりました。あなたの足りないもの。是非、私に補填させてください」
アレックスとエリス。
英雄と希望。
愛情は強さへ。
最強と言われるカジャクトと北神……
そんな最強にエリスが勝つのは、覚悟を決めてから一年後の出来事であった。
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「やっと、ここまで来たか」
一人の男。
最強と名高い剣士が、ニヤリと笑う。
「狂犬、エリス・グレイラット……待ってたぜ」
そう言いながら、ヒゲをゆっくりと触るのは、人族最強の剣士。
「さぁ、お楽しみの時間だ」
七大列強六位 剣神『ガル・ファリオン』
彼の剣が、キラリと光り始める。
二部のここまでについて。
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