「北神 アレクサンダー……」
「……」
「死ね」
金の鎧の言葉と同時。
僕の頭は、無惨に破裂した。
絶望っていうのは、きっと、このことを言うのだろう。
「僕は、ダメだ」
膝を抱えて、地べたに座り込む。
「僕は、僕は……」
僕は混血不死魔族だ。
僕は英雄だ。だから死なない。
頭は治った。
傷だって、もうない。
そうだ。そのはずなのに、僕は……
「もう、戦えない」
僕は、その日、王竜剣カジャクトを捨てた。
もう、忘れることが出来なかった。
あの戦いを、あの恐怖を。
剣を握れば思い出してしまう。
あの闘神鎧の圧倒的な力と恐怖を。
もう、どうでも良かった。
英雄になるとか、七大列強最強になるとか。
そんなこと、どうでも良かった。
僕じゃ闘神鎧 泥沼のルーデウスには勝てない。
それだけが、僕の想いと事実だった。
フラフラと歩いたさ。
何の当てもなく。
英雄の座を父である北神二世に託して。
僕は、理由もなく歩いた。
そんな僕が辿り着いた場所。
それは……『魔大陸』
僕のお祖母様が居る場所。
「なんで、こんな所来たんでしょうね」
「はっはっはっ!アレク!よく来たな!!!」
そこに居たのは、高らかに笑う『アトーフェ・ラトーフェ・ライバック』
理由は無かった。別に、お祖母様が特別好きというわけでもなかった。
でも、僕は、きっと、この時無意識のうちに、助けて欲しいと『家族』に向かって手を伸ばしてしまったのかもしれない。
お祖母様の親衛隊と戦った。
何も考えず、向かってくる敵を薙ぎ倒した。
「流石は、アレク様……」
親衛隊の一人がこの言葉を呟く。
褒めてくれる言葉。
しかし、僕の耳には、この言葉が届くことはなかった。
「怖い……」
何人、何十人と倒したさ。
無傷で、全員倒した。
でも、違う。こんな戦いは、戦いですらなかった。
「……」
気付いた時、僕の目の前には誰も居なかった。
僕は勝った。勝ったさ。
完膚なきまでに、勝った。
でも、こんな戦いが、僕の自信になることはなかった。
「アレク様、お久しぶりです」
「……」
「勝ったのに、随分と虚ろな目をしていますね」
「……」
「……少し、私と話しませんか?」
僕の目の前に現れたのは、老戦士。
お祖母様が最大の信頼を寄せる男。
アトーフェ親衛隊隊長『ムーア』
彼は僕の目の前で、虚ろな目をする僕の前で、少しだけ微笑んでいたんだ。
ムーアと向かい合わせで座った。
そこに居るのは、僕たちだけ。
他の親衛隊は居なかった。
「流石は、アレク様ですね」
僕は、喋る気なんてなかった。
喋ったって何もならない。
でも、僕は次の瞬間、ムーアの言葉に反応していた。
「流石、か」
僕の何を見てそう思ったのか。
すごく不思議だった。
流石という言葉。以前の僕に何があったというか、不思議でならなかった。
こんなことを考え、さらに俯く僕。
ムーアは、そんな僕に言葉を放つ。
「はい。アレク様は七大列強の北神を担う方。親衛隊を倒し、流石と言われるのは不思議ではない」
「……」
いつもの僕なら、この言葉に笑えたと思う。
そうだろう!僕は英雄なんだ!と笑えたと思う。
でも、今回は笑えなかった。
その理由は、僕にも分からなかった。
「……」
黙ってたよ。ずーっと黙ってた。
だって、何を言えば良いか分からなかったから。
俯き、項垂れる。
そんな僕をムーアだけが見つめる。
「人生で初めて、挫折したんですね」
「は?」
この言葉に、僕は目を見開いた。
挫折?そんな簡単な言葉で、凡人に使うような言葉で僕の今の感情を表そうとしてるのが理解出来なかった。
「挫折?そんなんじゃない。僕の今の感情は、そんなんじゃない!!!」
「いえ、挫折です」
怒鳴る僕に、ムーアは平然と言葉を返した。
僕が怖くないのか?そう思った。
ムーアは僕より弱い。それは彼も分かってるはず。
しかし、それでも、ムーアは僕から目を離さなかった。
「アレク様、あなたは今、恐怖している」
「恐怖しているのは、認めてやる」
「挫折は、認めませんか」
「何か悪いか?」
「いえ、それで良いと思います。きっと、いつか気付くはずです」
ムーアは一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を残す。
「挫折は、決してカッコ悪いものではないということに」
欠落した自信。
増大し続ける恐怖。
僕は震える瞳の中で、ムーアのこの言葉だけを見つめていたんだ。
かつて、ルーデウス・グレイラットがムーアと、そしてお祖母様と戦ったらしい。
僕は、泥沼のルーデウス・グレイラットが圧勝したのだと思った。叩きのめしたのだと思った。
でも、違った。
彼は、ルーデウス・グレイラットは、その戦いに血を流し、悔しそうな表情をしていたらしい。
おかしいと思った。
ルーデウス・グレイラットは強い。
それは間違えない。
そんな彼が悔しそうに俯く。それは、あり得ないと思った。
「あの時も、彼はアトーフェ様に恐怖していたのかもしれませんね」
「今の僕のように、か?」
「いえ、それ以上に恐怖していたはずです。彼は、強いけど弱い存在に見えましたから」
「……」
「欠落した自信。それを取り戻した時、きっとあなたは英雄になれる」
ムーアの言葉を聞いて、僕は前を向く。
希望を見たからじゃない。楽しそうだと思ったからじゃない。
でも、強くなれると知ったから。
ルーデウス・グレイラットを超えられるかもしれないと思ったから、僕は前を向いた。
「一人では超えられない大きな壁。しかし、一人ではないのなら……」
立ち上がり、拳を握りしめる。
僕は、自信のないまま練り上げる。
「アレク様は、泥沼のルーデウスを超えられる」
その時、僕は立ち上がる理由を見つけた。
欠落した自信。
それを取り戻すために、僕は剣を握った。
その剣は、お祖母様や親衛隊が使う『黒刀』ではない。
強いと言われる魔剣でもない。
ただの、一本の棒。
ただの、何の変哲もない木の棒。
「やっと、父の言っていることが分かった気がします」
王竜剣に頼らず、僕は超える。
自らを限界まで追い込み、倒す。
「お祖母様。僕は、あなたを超える」
「なんだ!アレク!俺と戦うのか!?」
握るのは木の棒。
僕は、それに意志を込めて、魔王と呼ばれるお祖母様に向かって走り出した。
負けた。負け続けたよ。
僕は、お祖母様に、魔王アトーフェ・ラトーフェに負け続けた。
でも、その度に立ち上がった。
ムーアに改善点を聞いて、僕なりに解釈して剣を振るって。
周りは反対したよ。アトーフェ様が立ち上がれなくなるダメージを、アトーフェ様を倒すほどの威力を、そんな棒じゃ出せないって。
でも、僕は、その度にこの言葉を残した。
「なら、これで倒したら英雄ですね」
誰も見ていない実績。
魔王を木の棒で倒すという不合理。
しかし、それでも僕は、この不合理をやり続けた。
ずっと、ずーっと考えてきた。
英雄は、どんな者のことを言うのかって。
僕は、今まで勝ち続ける者だと思ってた。
勝ち続けて、後世に無敗の男だと言われることだと思ってた。
でも、違った。今なら分かる。
魔王 アトーフェ・ラトーフェを倒した今なら、どんな者が英雄なのか分かる。
「アレク、やるなぁ!」
「お祖母様、ムーア、本当にありがとうございました」
数えきれないほど負けたよ。
何度も何度も負けた。
でも、そんな男が、僕は英雄になるんだと思う。
そんな男こそが、この事実を認められるんだと思う。
「何度も、何度も挫折した」
挫折。この言葉に僕は笑った。
だって、挫折は英雄の証なのだから。
何度も挫折した。だって、それはその数だけ立ち上がったということなんだから。
「でも、僕はその度に這い上がってきた」
アトーフェ・ラトーフェを超えて。
泥沼のように汚く足掻いて。
僕は、この日、決心する。
「魔王である俺に勝った者として、アレク!お前を勇者と認めてやろう!」
「勇者?ふふっ。違いますよ」
お祖母様を見つめて、笑うムーアを横目で見て。
僕は声を吐き出す。
「勇者じゃない!僕は、英雄になる!!!」
二年前。闘神鎧に負けた時と同じ言葉。
しかし、この言葉は恐ろしいほど重たくて、自信という重みが乗っかっていたんだ。
─────────────────────────
「笑わせるな」
闘神鎧が呟いた。
「貴様如きが我を、泥沼を超える?そんなこと、出来るはずがない」
闘神鎧が鼻で笑った。
「ふふっ。ははは!そうですか。僕もそう思います」
闘神鎧に向かって、笑うアレク。
まるでアトーフェのように、大きな声で笑う。
異質な空間。闘神鎧が、素っ頓狂な声を挙げる。
「……は?」
「いえ、驚かないでください。僕もあなたに勝つのは難しいと思ってるんですよ」
北神三世 アレクサンダー・カールマン・ライバック。
彼は、強い。
「でも、それで良い。あなたは知っていますか?英雄になる条件を」
カジャクトを構えて。
アレクが、闘気を練り上げる。
「逆境を超える。これぐらいの逆境じゃなければ、つまらない」
ニヤリと笑う。
北神は闘神鎧を前にして、自信を失うことは無かったんだ。
─────────────────────────
あなたは、カジャクトの強みは何だと思うだろうか?
重力魔術か?ステータスアップか?
否、北神二世は、こう言う。
『全て』
世界最強の剣は、それほどに強い。
「さぁ、来てみろ」
闘神鎧には自信があった。
「我の予見眼を超えてみろ」
そう、奴には最強の魔眼があった。
ドン!!!
爆音が鳴った。
大きな大きな音が鳴った。
それは、地面にクレーターを作るほど。
北神は、地形を変える。それほどの踏み込みを、北神は最強へと見せつける。
「なんだ、これは?」
闘神鎧が呟いた。
奴が目を見開いた。
「何故、居ない?」
まるでエリスのように消えるアレク。
そう、彼は、闘神鎧の目から外れる。
「こっちですよ」
ガン!!!
「貴様もエリス・グレイラット同様、二年前とは別人というわけか」
「流石。この程度は受けますか」
剣同士がぶつかり合う。
辺りに火花が散る。
最強が持つ魔眼である未来視。
彼は、これを掻い潜り懐に潜り込んだ。
しかし、その方法は違う。
剣神やエリスが行ったようなものではない。
「……速いな」
ただ、単純に動いただけ。
そう、北神三世は走っただけであった。
走り、動き、躱わす。
英雄は小細工などしない。
ただの速いスピードで、闘神鎧を惑わせる。
ガン!ガン!ガン!!!
金属音が鳴る。
剣同士がぶつかり合う。
散り行く火花。
そんな赤い光は、闘神鎧の違和感を加速させる。
「何故、痺れない」
それは単純な疑問だった。
闘神鎧が剣に纏った雷。
史上最強の雷剣。
それをアレクは受けた。
しかし、彼は止まらない。
彼は、動き続けていたのだから。
「ムーア殿から少し聞きましてね。対策させていただきましたよ」
かつてルーデウスがアトーフェ戦で使った雷。
それが、ここに来てアレクを手助けする。
「闘気ではなく、肉体そのものを強化する。効果はあったようですね」
闘気を貫通する雷。
それを知った彼が、ここに来て英雄になる。
「肉体の強化。不死魔族の貴様がそれをするか……」
ルーデウスを超える。
その明確な目的が、彼を強くする。
強くなった英雄。
しかし、そんな英雄を見て、闘神鎧は距離を詰める。
「だが、甘いな。貴様がどれだけ努力をしようが、関係ない」
ガン!!!
再度鳴り響く大きな金属音。
それを受け、アレクが一歩下がる。
「カジャクトの強さに甘え、剣技を怠った貴様に、我の剣は受けれんぞ」
言葉を吐き出し、ジリジリと押し始める闘神鎧。
押される北神。負け始める戦。
しかし、彼は終わらない。
「少し、動きを変えましょうか」
速い動きで横薙ぎを繰り返していた北神。
彼は言葉を吐き出し、剣を握り直す。
「なんだ、この動きは」
「……」
横薙ぎから一点。
彼はジグザグと動き、一点を狙う突きへと攻撃を変更する。
スン!!!
「貴様……」
「挫折をした。だから、工夫が出来る」
負け続けた男による逆襲。
彼が挫折をし、手に入れたのは『適応力』
負けたからこそ分かる、弱者の工夫。
「気付いたんですよ。あくまでカジャクトはおまけ」
「……」
「本当の強さは、僕の中にある」
カジャクトを振るう。
ガン!という金属音の中で、アレクが鋭い踏み込みを見せ続ける。
強い、強い北神。
本気で英雄になろうとする北神。
しかし、そんな彼でも、この壁は簡単には超えられない。
「大体分かったな」
彼は、水神流の構えを取る。
「貴様の望み通り、全てを迎え撃ち、最悪の逆境を見せてやる」
闘神鎧には不利な戦闘であった。
治そうと奔走するシルフィを見続ける。
隙を作ればカウンターをしてくる水神。
しかし、関係ない。
奴にとって、そんなことは勝敗に関係ない。
「貴様は、英雄にはなれん」
「くっ!」
言葉と同時。闘神鎧のボルテージが上がろうとしていた。
─────────────────────────
アレクは間違いなく覚醒していた。
二年前とは違う。自らを追い込み、何度も挫折したことによる成長。
そう、成長。
しかし、そんなとてつもない成長も、闘神鎧の前では無力。
ブン!!!
闘神鎧の剣が、アレクの頬を掠める。
「貴様は、エリス・グレイラットではない」
ここに来て、闘神鎧が呟くのは警戒する女の名前。
「重力魔術を理解していない、カジャクトを使わずに修行した貴様では、不可能だ」
「……」
「貴様では最強の魔剣、カジャクトの120%は引き出せん!」
アレクは歯を食いしばった。
その表情が物語る真実。
『アレクではカジャクトを使いこなせない』これは、真実だった。
ガン!!!
「勝てるチャンス。私も協力しますよ」
イゾルテが闘神鎧の攻撃を一部を受ける。
ガン!!!
「僕は、戦う」
アレクが雷剣と剣を交える。
水神と北神のコンビネーション。
神と神の共演。奇跡の剣士同士の協力。
しかし、それでも、それほどの奇跡が起こっても、優勢は闘神鎧。
ゆったりと、ゆったりと戦況が傾いていく。
アレクが、押されていく。
皆が見守る前で、彼が押される。
単純な力の差で、押されていく。
受けても痺れないほどの肉体の強度。
しかし、それはあくまで剣で受けた場合。
直撃すれば、確実に終わる。
不死魔族など関係なく、痺れて終わる。
恐ろしいほどの技術とパワー。
しかし、それを受けた北神は、笑う。
「やっぱり、僕は英雄にはなれませんね」
この言葉は絶望か?
否、違う。この言葉は挫折。
英雄にとって欠かせない感情。
「理解したか。貴様では英雄には……「忘れていませんか?」
北神は理解していた。
だからこそ、彼は立ち上がってこれたのだ。
「英雄になるのは、僕じゃない。僕たちが、英雄になる」
自らは脇役。
彼が担うのは、全員を英雄へと導く最強の囮。
「さぁ、あなたの番ですよ」
彼が視線を向けた先。
そこに居たのは……
「あなたが、決めるんです」
「俺が、決めるのか?」
『剣神 ガル・ファリオン』
自信を失った人族最強を、アレクだけが見つめていたんだ。
─────────────────────────
ガン!!!
目で追えないスピードで、奴らは戦っていた。
「貴様では、英雄にはなれない」
「まだ、僕は戦えますよ」
とてつもない速度で、奴らは剣を交えていた。
その速度は、俺以上。
俺は、最速じゃなくなっていた。
「なんで、こうなっちまったんだろうな」
恐怖はなかった。別に、戦うことが嫌いなわけでもなかった。
でも、欲はなかった。闘神鎧を超えたいと思うことはなかった。
自身が弱いと知った時、俺は戦う意志を無くしていた。
少し、疲れたな。
剣を振るうのは少し疲れた。
剣神流だけじゃない、水神流さえも捨てようとする。
剣士としての己を停滞させる。
そんな意志を遮るように、北神三世は言葉を放ってきやがった。
「決めるのは、あなたですよ」
奴は、俺を見つめてやがった。
何を言ってやがる?と思った。
だって、そうだろ?今の俺には欲がない。
奴を超えてやる。殺してやるという欲がない。
それは、俺自身が最も弱いと思っている人種。
だから、決められねぇ。
自信を無くした俺の分析は、これだった。
剣を置こうとした。
北神の言葉を無視して。
少し休むだけだ。そう自分に言い聞かせて、剣を置こうと身体の力を抜いた。
そんな時だった。
俺に向かって叫ぶ奴が居た。
「剣神 ガル・ファリオン!諦めるのか!?」
奴は、ルイジェルド・スペルディア。
奴が、大声を挙げた。
「貴様ほどの強者が、この程度の絶望で諦めるのか!?」
うるせぇ、そう思った。
諦めるわけじゃねぇ。そう心の中で言い訳をした。
「聞け!ガル・ファリオン!!!目の前の男、お前を圧倒する泥沼は、ルーデウスは、何度も失敗してきた男だ!!!」
傷だらけの身体で、奴は叫ぶ。
少し涙を浮かべて、奴は俺を見つめる。
「何度も、何度も。俺たちでは想像出来ないほどの数、ルーデウスは絶望してきたはずだ」
俺は、闘神鎧を見つめる。
「それに比べたら、お前の一回や二回の敗北なんて、何でもないはずだ」
この時、俺はうるせぇとは思わなかった。
ただ、俺は闘神鎧だけを見つめていた。
奴には、明確な欲があった。
ラプラスを超えるという欲。
そのために、泥沼を乗っ取ろうとするほど、奴は欲深かった。
敗北で失った自信を取り戻す?
一度負けたから剣を置く?
ちげぇな。
一番楽しいのは、それじゃねぇ。
「俺も、混ぜろよ」
見てろよ、ジノ。
俺は、もう一度なってやる。
お前を超えて、もう一度『剣神』になってやる。
花びらのように舞い戻る『欲』
この時、この瞬間、剣士 ガル・ファリオンが剣神流の構えを取った。
─────────────────────────
人というのは、簡単に変化する。
エリス・グレイラットがルーデウスを救いたいと想い変わったように。
人は、何かのきっかけですぐに変わる。
「自分のケツぐらい、自分で拭かねぇとな」
ガルの愛剣『喉笛』
それを、彼は闘神鎧へと向ける。
「お前の左腕、もらうぜ」
言葉と同時。
闘神鎧の身体が震える。
遠くからでも威圧するほどの闘気。
それを、腰を落とした彼が練り上げる。
彼が、元人族最強が放つのは『光の太刀』
失った自信を掘り起こす。
最上級の奥義。
ドン!!!
爆音が鳴った。
ガル・ファリオンが踏み込んだ。
剣神流の戦いは一瞬にして決まる。
それを証明するようなスピードで、彼は踏み込む。
その踏み込みは、恐ろしいほど速かった。
過去一の速度とパワー。
自信を失った男のものとは到底思えなかった。
しかし、それでも叶わない。
現実は無情であった。
ブン!!!
「惜しかったな」
「……」
闘神鎧が後ろに下がり、ガルの刀を躱わす。
元剣神の刀が空を斬る。
無情にも、空を斬る。
その姿は、現剣神ジノが光の太刀を放った姿と同じであった。
速く、完璧な剣技。それほどの剣技が躱される。
現剣神で無理だったのだ。
負けた元剣神が斬れるものではない。
だから、諦める……
ガルが凡人であったならば、そう考えていただろう。
「スピードは、やっぱり俺の負けだな。」
ジノに見てろと呟いた答え。
その答えが、この時、彼の口から放たれる。
「でも、戦いはスピードだけじゃねぇ。そうだろ?」
スピードを超えられたという理由で失った自信。
しかし、彼は、これを欲という合理性で覆い隠す。
「この距離なら、あれが撃てるぜ」
「まさか、貴様……」
目を見開く闘神鎧。
そんな奴の眼前で彼が放つのは『無音の太刀』
彼の剣神流が、鮮やかな銀線を描く。
今度の踏み込みにクレーターはない。
その程度の踏み込み。
しかし、それでも、スピードだけではない。火力を兼ね備えている彼には、十分であった。
バン!!!
「きっさまぁ……」
「ははっ、はははっ!楽しくなってきたなぁ!」
鮮やかな銀線と共に。
闘神鎧の鉄壁が崩れる。
ボトンと、落ちる。
そう、この時、闘神鎧の左腕は……最大の欲を持つ人物によって、斬られたんだ。
─────────────────────────
この世に決して無駄なことなんてない。
ガルの水神流は闘神鎧の左腕を斬った。
それにより、関節は強度を弱め、無音の太刀で斬ることを許された。
「楽しいな、闘神鎧」
彼は腕を斬られた。
それが意味するのは欠損。
欠損を治す。それは、生半可なことではない。
「今、最高に楽しいぜ」
「楽しい?ふさげるなよ。なぜ、我の邪魔をする」
闘神鎧は無詠唱で治癒魔術を使えるのか?
それは分からない。
泥沼を乗っ取りきっていないから無理なのか。
はたまたそれでも可能なのか。
不可能を可能に出来るのか。
しかし、そんなことはどうでもない。
何故なら、王級魔術は発動に時間がかかるのだから。
「我は、ラプラスを超える。なぜ、貴様らは邪魔をする!」
闘神鎧は、欠損した腕を治すことは出来なかった。
有りもしない歯をギシギシと削る。
闘神鎧が苛立ちを見せる。
なくなった左腕に力を込めて、奴が全員を見つめる。
そんな中、一人の英雄が飛び込む。
「左腕を失った闘神鎧!今なら超えられる!!!」
一人ではなく全員で。
そう考えていたからこそ、いち早く動き出せたのは北神三世 アレクサンダー・カールマン・ライバック。
彼が、ものすごいスピードで飛び込む。
「僕は、あなたを超える!!!」
ここに来て最速のスピード。
通常なら誰も見ることが出来ないスピード。
しかし、闘神鎧は違った。
「勘違い、するなよ」
ドン!!!
「なんで、スピードが……」
爆音と同時。
飛んでいくのは、北神三世。
「泥沼の家族を傷つけた貴様如きのハエが、手加減してもらえると思ったか?」
上がったスピード。
それが、互角を圧倒的優勢へと導く。
出力は一割。その常識が、崩れる。
「強くなった貴様が、北神三世だと気付くまで時間が掛かったようだが……泥沼が気付けば、貴様への出力は上がる」
過去は消えない。
この言葉が、今度はアレクへと降りかかる。
英雄になろうとする彼。
それを、昔の未熟な彼が足を引っ張る。
「ぐふっ……まさか、出力が戻ればここまで強いとは」
見えなかった。
そう認めるアレク。
「泥沼と共に扱う雷剣。それは、貴様の努力など容易に貫く」
戻った出力による雷剣。
アレクは、ぐったりと項垂れていた。
痺れて、動けない。
闘神鎧は、誰よりも、何よりも強かった。
「貴様らでは、ワンチャンスすら掴めん。エリス・グレイラットの破壊力がなければ、我の守りを崩すことなど不可能」
「……」
「奴が絶望し、動けなくなった時点で、貴様らの負けは確定していたのだ」
闘神鎧が見定めた戦況。
それは、絶望であった。
「ふふっ、ふふふっ」
誰かが笑った。
その笑いは、不気味であった。
「何がおかしい?」
「ふふっ。え?いや、だって。エリスが絶望するなんて聞いちゃったから」
笑った声の主はイゾルテ・クルーエル。
彼女が、尊敬を露わにする。
「あの獣が絶望?そんなことはあり得ない」
かつて剣神戦で呟いたセリフ。
それは、この戦でも適応される。
「瞳を潤ませた?俯いた?それは少し考え事をしていただけですよ」
「……くだらん。なんだ、その言い訳は」
「くだらないなら、確かめれば良い。エリス?時間稼ぎは、このぐらいで良いでしょ?」
ここまで静かだった獣。
それが、闘神鎧の前に姿を現す。
誰も息をしていないと錯覚するほどの静寂。
そんな静寂の中で、一人の少女の声だけが響き渡る。
「やっと、ルーデウスを救えるわね」
「救える?時間稼ぎをしただけでか?まぁ、大方、我が魔力枯渇を引き起こすのを待っていたのだろうが、それは有り得ん仮定だ」
救えない。
この理由を、闘神鎧が叫ぶ。
「出力は一割……貴様らは、一割で走るランニングで息を切らすのか?」
「……」
「今の我に!魔力枯渇はないぞ!!!」
闘神鎧の叫び。
それは、誰もが納得するものだった。
しかし、それは、闘神鎧の叫びが的を得ていた場合。
トン
「……は?」
闘神鎧。
彼の素っ頓狂な声と共に現れるのは、大きな大きな谷底。
「知ってるわよ。ルーデウスのことなら、全部、全部知ってる」
史上最強の鎧。
そんな鎧が、追い詰められる。
「何故、我がここに居る」
「私が、私たちが追い詰めたのよ」
ここに来て浮かび上がる、ルーデウスを救うという執念。
それを、彼女は、この戦いで込め続けていたんだ。
剣を振らずに、込め続けていたんだ。
あの時、人族最強である剣神に行ったような命を賭けた攻め。
それを今度は現代最強を超え、そして愛する人を救うために使う。
時間稼ぎは、全てこのための布石。
闘神鎧を追い詰めた正体は、彼女の殺気と執念。
「何故、我が、貴様らを押し続けていた我が、谷底を背にしている……」
エリス・グレイラットが、闘神鎧を超える。
戦術眼という闘神鎧の得意分野で、彼女は最強を超える。
「さぁ、終わらせるわよ」
「エリス・グレイラット!!!」
ニヤけるエリス、睨みつける闘神鎧。
戦いは、最終ラウンドへ。
「私が、私たちが、ルーデウスを救う物語を終わらせてあげる」
追い詰められる闘神鎧。
奴を追い詰めたのは、たった一人のお嫁さんだったんだ。
次回 決着
勝敗予想 勝つのは?
-
闘神鎧ルーデウス
-
狂犬&グレイラット家