雨が降った。
ポツポツと、静かに。
誰も気付かないほど静かに、雨が降った。
「ルディ、覚えていますか?」
この言葉が二人の人物を照らす。
金色の鎧と赤色の戦士。
闘神鎧とエリス。
二人の最強へと、雨が降り注ぐ。
「私が最初に教えた魔術。もう一度だけ、見てください」
彼女の名は『ロキシー・ミグルディア』
彼女もまた、エリス同様に準備していたのだ。
ゆっくりと、じっくりと。
誰も気付かないほど静かに、準備していたのだ。
「この魔術を、私の覚悟を」
彼女が見せる手本。
それは、何よりも美しい。
「もう一度だけ、教えさせてください」
水王級魔術師 ロキシー・ミグルディア。
青い髪のお嫁さんが、最強の魔術を放つ。
─────────────────────────
「さぁ、終わらせるわよ」
「エリス・グレイラット……」
人族最強 エリス・グレイラット。
彼女は、強かった。
「崖側に追い詰められたアンタを超えて、ルーデウスを救う」
かつて剣神に行った剣を振らない差し合い。
彼女は、これを世界最強に叩き込む。
愛する人を救うために叩き込む。
そして、この言葉を。
一つの希望を、最強へと叩き込む。
「アンタを、私がぶっ倒す」
人族最強VS世界最強。
ルーデウスを超える対決が、始まりを迎えようとしていた。
─────────────────────────
「認めてやる。貴様は強い」
谷底を背負い、闘神鎧が呟く。
「肉体、精神。もう、貴様を雑魚だとは思わん」
二年前とは真逆の言葉。
闘神鎧が、考えを改める。
「同格、我と同じ七大列強。そして、あのラプラスと同格だと思い、相手をしてやる」
無くなった左腕に力を込めて。
闘神鎧が、呟く。
「かかってこい。貴様を殺すのは……」
さぁ、始めよう。
正真正銘最後の『救いの勝負』を始めよう。
「我だ」
ラプラスを超える者。
追い詰められた鎧が、闘気を練り上げる。
─────────────────────────
ガン!
真剣同士がぶつかり合う。
雷剣と鳳雅龍剣が火花を散らし、青白い光が二人を包み込む。
ガン!!!
二度目のぶつかり合い。
腰を落としたエリス。まるで固定砲台のような圧力が、闘神鎧へと襲いかかる。
「ぐっ!」
鎧が初めて歯を食いしばる。
そして、同時。仰け反る。
退がれない谷底を背にし、赤い髪と撃ち合う。
(分かってはいたが、やはり破壊力は剣神……いや、北神以上か)
神の名を冠する化け物共を超えて。
エリスが、愛情を露わにする。
(それに加えて、奴に重力魔術は効かん。それによって安全に腰を落とし、安定した土台で接近戦を強いる)
ここに来て、エリスの全てが闘神鎧を襲う。
接近戦、魔術の知識、そして愛情。
その全てが、戦いを終幕へと向かわせる。
「うらぁぁぁぁぁ!」
エリスが咆哮を挙げる。
戦場が、エリスを輝かせる。
努力が報われる。
誰もが、そう信じる。
しかし、どんなに信じても、努力は魔法にはならない。
「残されたのは右腕のみ。まともにやりあえば、確かに負けるかもしれんな」
ガギン!!!
爆音と同時。
エリスの剣が、受け流される。
「だが、甘い」
闘神鎧 泥沼のルーデウス・グレイラット。
エリスが愛した男もまた、当然怪物。
「これが、水神流だ」
背後に現れるのは、龍神 オルステッドの姿。
あの最強が、闘神鎧の面影となり、エリスの瞳へと映る。
「これが、ラプラスを超える者だ!!!」
闘神鎧が叫ぶ。
奴は、この時、遠い未来を見据えていたんだ。
バン!!!
爆音が鳴った。
ブン!!!
爆風が吹いた。
闘神鎧とエリスの頬を切り裂き、幾多もの銀線が戦場を輝かせる。
『勝つ』それだけを考え、両者は剣を振るう。
「近付け、ない」
イゾルテが声を挙げた。
彼女は、両者の圧に潰されそうになっていた。
「エリスを、助けたいのに……」
爆風と爆音。
足を止めた両者の撃ち合いには、殺気と愛情が籠る。
「足が、動かない」
水神の名を持つ剣士。
その剣士が、近付けぬほどの熱気と圧。
それは、正に規格外であった。
ガン!ガン!ガン!!!
「反応してくるか」
銀線の三連打。
鳳雅龍剣は、簡単に受けれる代物ではなかった。
あの闘神鎧をもってしても、楽な相手ではなかった。
「私は、ルーデウスみたいにはなれない」
「……」
「でもね、これぐらいなら出来るから」
優しい声。
彼女の声が、ルーデウスに温もりを。
そして闘神鎧に恐ろしい事実を叩き込む。
「予測ぐらいなら、出来るから」
彼女が可能にするのは、正に不可能。
闘神鎧ですら『予見眼』が無ければ出来なかった所業。
『予測』彼女は、ここに来て覚醒する。
「我と同等の予測。我に『敗北』を予感させ、追い詰めるのは、やはり貴様であったか」
スピードを補って余りある予測。
今の彼女は、あの剣神すらも凌駕する。
最上級の技術と精神。
最上級の予測と破壊。
それほどの能力。
しかし、それほどの心があったとしても……闘神鎧は、目を見開かない。
「だが、貴様なら、それぐらいやってくるだろうと予想出来る」
言葉と同時、エリスの身体が止まる。
エリスを超える圧力に、獣が背筋を凍らせる。
ドン!!!
「ぐへっ……」
「我の鎧は、着た者に合わせて変形出来る」
エリスの身体がくの字に曲がる。
闘神鎧のお腹から、ある物が生える。
それは『腕』
闘神鎧の土魔術が、腕を作り、エリスの腹部を殴りつける。
「貴様のような殴打。これが、我の答えだ」
完成度の高い土の腕。
まるでルーデウスが扱うような初見殺し。
それが、ここに来て、闘神鎧を動かす。
誰でも装着出来るという『適応力』
それが、エリスへと襲いかかる。
「現代最強……いや、歴代最強の人族 エリス・グレイラット。今、楽にしてやる」
くの字に曲がるエリスの身体。
そこに落とされる雷剣。
バチバチとした雷が、絶望を映し出す。
「エリス!!!」
誰かが叫ぶ。
その叫び声は、一体誰か?
シルフィか、ルイジェルドか。
それは分からない。
しかし、皆は知っている。
エリスが、獣が、そう簡単に諦める者ではないということを。
「苛烈なる炎の精霊にして地獄に轟く黒の落とし子よ」
エリスが血を吐いた。
不意を突かれた彼女の肋骨は、恐らく折れている。
内臓も損傷しているかもしれない。
しかし、それでも、彼女はこの言葉を詠唱する。
「今こそ大地に這い上がり拳を振り上げよ」
全てを、人生を賭けて。
これを詠唱する。
ルーデウスが大好き。この感情だけで、彼女は立ち続ける。
「エリス。決めるのはてめぇだろ」
剣神 ガル・ファリオン。
奴は、この詠唱の恐ろしさを知っている。
「そして、証明してやれ」
血反吐を吐いて、金色を睨みつける。
エリスの燃え盛る瞳が、剣神の瞳に宿る。
「お前は、泥沼の嫁だってな!!!」
かつて剣神を倒したフィニッシュパターン。
それを、今度は闘神鎧へ。
決める、決めてやる。
ルーデウスを絶対に救う。
それだけを想って、彼女は闘神鎧に手を翳す。
『エグゾダスフレイム』
この言葉を放とうする。
一生懸命放とうとする。
しかし、その想いは、叶わなかった。
「やはり、強いな」
闘神鎧が呟く。
奴が、右指をエリスへと向ける。
「泥沼は、強い」
奴が放つのは、あの魔術。
龍族が会得している、恐ろしい魔術。
「ディスタブマジック」
言葉と同時。
刹那、エリスの炎が弾け飛ぶ。
命を賭けた大炎は、無惨に、非情に弾け飛ぶ。
「……」
「……」
戦場は、驚くほど静かだった。
弾け飛んだエリスの魔術に、全員が目を見開いた。
エリスには才能があった。かつてオルステッドが認めたほどの才能があった。それに加えて、努力だってした。死ぬほどの努力をした。
彼女は、その集大成を見せた。
でも、それでも、現実は無情だった。
「エリス・グレイラット。貴様の、負けだ」
「……」
再度、彼女の口から血が溢れ出す。
練り出した闘気は分散を余儀なくされ、彼女の肩が落ちる。
無限の体力を持つ獣の動きが、完全に止まる。
それが意味するのは、終わり。
何もかもが終わるという、絶望を超えた虚無であった。
しかし、それは、一名を除いて。
「やっぱり、私はルーデウスみたいにはなれないわね」
血が流れる。
ダラダラと、エリスの口から血が溢れ出す。
しかし、液体は、それだけではなかった。
ポツポツ
「でもね、でも、だからこそ、私はルーデウスを救える」
「これは、雨か?」
雷剣など比にならない。
恐ろしいほどの光が、上空に輝きを作る。
「エリス、ありがとうございます」
エリスは乱魔を使われたのか?否、違う。彼女は使わせたのだ。
エリス・グレイラット。彼女が行い、可能にするのは、自らの破壊力を犠牲にした最上級の『囮』
「準備、出来ました」
バチバチと光る空を添えて。
水王級魔術『ライトニング』が、ロキシー・ミグルディアの掌の中で、輝きを放ち続ける。
─────────────────────────
乱魔を使わせるほどのエリスの魔術。
かつて、ルーデウスのために目指した魔術。
学園で目指した魔術、愛情が明確に火を吹くことはなかった。
しかし、この時、この瞬間、ルーデウスに向けて放とうとした自身の炎魔術は、ルーデウスのために火を吹く。
ロキシー・ミグルディアの最強の囮として。
彼女にしか出来ぬこととして、ルーデウスを救おうと輝きを放つ。
「エリス、エリス・グレイラット!!!」
「余裕、随分と無くなったわね」
唇を血で濡らし、もう一度闘神鎧へと圧を飛ばす。
「エリス・グレイラット。まさか、ここまで全て貴様の筋書き通りだったというのか?」
「違うわよ」
「……は?」
「すごいのはね、ルーデウスなの。ルーデウスなら、こうすると思ったから」
ここに来て、エリスの狂気が顔を出す。
輝く空の下で、狂気とも呼べる愛情が輝きを放つ。
「本当に、恐ろしい人族だ。だが、惜しかったな」
「……」
ザァーと振り始める雨。
その中で、闘神鎧が叫ぶ。
「あんな雷、我には当たらんぞ!!!」
誰が見ても完成度の高いライトニング。
それを見て、闘神鎧は避けることを選択する。
「エリス、すみません。捕捉がまだ……「大丈夫よ」
食い気味に言葉を放つエリス。
彼女が濡れた前髪をかきあげる。
「私が、アイツを止める」
ロキシーの瞳が濡れる。
しかし、その綺麗な瞳は、希望で満ち溢れていたんだ。
「貴様が止める?いくら貴様でも、怪我をした状態では無理だ」
闘神鎧が呟く。
しかし、それは間違い。
エリスは、決して一人なんかではない。
「楽しそうだな。俺も混ぜろよ」
爆音の踏み込みと同時。
突っ込んでくるのは、自信を取り戻したガル・ファリオン。
「くそがっ」
「エリス、接近戦はこうであってんのか?」
ガギン!!!
甲高い金属音。
その音が、戦場を揺らす。
「剣神、そんなんじゃ足りないわよ」
ガン!ガン!!!
言葉と同時、獣も踏み込む。
剣神と獣による同時攻撃。
覚醒した二名の攻撃は、いくら闘神鎧といえど受け流し、倒すのは容易ではない。
「何故、ここまでする……」
「……」
「この泥沼を救うために、何故貴様らはここまで命を賭けられる!?」
「そんなの、当たり前じゃない」
時間稼ぎ。
これをする理由は、たった一つ。
「ルーデウスが大好きだから。それだけよ」
エリスによる、真っ直ぐな言葉。
どこまでも真っ直ぐで、濁りのない言葉。
そして、それは、闘神鎧を恐怖へと導く。
「ここまで、することになるとは」
闘神鎧は、恐怖していた。
目の前の狂気とも言える愛情を抱える獣に。
しかし、だからこそ、恐怖したからこそ、闘神鎧はこの行動を可能にする。
トン
「退がれない?それは違う」
追い詰めたというエリスの言葉。
しかし、それは幻想。
「無重力の我なら、これが出来る」
奴が向かうのは後ろ。
恐怖したからこそ浮かび上がってくる、退がるという選択肢。
「さぁ!谷に落ち、ふりだしに戻してやろう!!!」
狂犬と剣神。
この二人から、闘神鎧が離れる。
重たい鎧が無重力となり、谷底に向かおうとする。
見えない暗黒まで落ちる。
その選択肢を取ろうとする。
エリスが手を伸ばす。
しかし、追いつけない。
闘神鎧の選択は、正しかった。
たった一人、エリスの戦友さえ居なければ、正しい判断だった。
ガン!!!
「随分と、軽いわね」
「貴様は……」
谷底に落ちようとする闘神鎧の背中を叩き、一人の剣士が闘神鎧を戦場へと戻させる。
「気持ちも、身体も、すっごく軽い」
「ニナ・ファリオン」
スピードだけと呼ばれた剣聖。
エリスの戦友が、最後の最後で剣を振るう。
「エリスに比べたら、アンタは軽い」
ニナの言葉と同時。
闘神鎧の足が、止まる。
「見えました」
青い髪が闘神鎧を見つめる。
刹那、ロキシー・ミグルディアが闘神鎧を捕捉した。
「まだ、まだだ!!!」
闘神鎧が叫ぶ。
「貴様では、ロキシー・ミグルディア如きでは、我のプロテクトは貫けん!」
「……」
「泥沼の土と我の鎧。貴様では、貫けんぞ!!!」
剣神と狂犬の剣を受けて。
闘神鎧が身体に力を込める。
強引に受け止めようと、闘神鎧が決意を固める。
「そうですね。私は、ルディに何も勝てません」
右手を持ち上げて、彼女は何かを待つ。
「死ぬ気で努力した王級治癒魔術も、全てを賭けた水王級魔術も、私はルディには勝てない」
言葉が流れる。
それと同時、彼女の掌に収まる杖。
「青ママ。持ってきたよ」
「アルス君、ありがとうございます」
「それは、まさか……」
ロキシーがアルスから渡された物。
それは『アクアハーティア』
水魔術の威力と精度を爆発的に増大させる、ルーデウスの杖。
「でも、それでも、こう言いたいんです」
雷が集約し、金色の鎧が捕捉される。
「私は、ルディのお嫁さんで、幸せ者で……」
血反吐を吐く努力。
全ては、この一発のために。
「まだまだ幼いあなたの、たった一人の師匠だと」
バゴン!!!!!
爆音と同時、地形が変わる。
救うための魔術、ロキシー・ミグルディアのライトニング。
それが、闘神鎧にぶつかり、奴の自由を奪う瞬間であった。
─────────────────────────
「くっ、かっ!」
ビリビリと痺れ、動きが止まる。
ロキシーの魔術が、最強に命中する。
「これが、奴の魔術」
闘神鎧。
奴の動きが、ここに来て止まる。
「これが、ロキシー・ミグルディアの全てか」
「はぁ、はぁ」
ロキシーは、多量の汗をかいていた。
ザァーと降る雨はその量を減らし、彼女の汗を拭う。
全てを賭けた王級。
それは常軌を逸した威力を誇り、最強の鎧、闘神鎧へと届いたのである。
(くそが、くそが。ヤバい、ヤバい)
痺れる、痺れる。
その身体は、動くことを許さない。
(動け、動け、動け、動け!!!)
雷を受けて、上を向く。
その姿で、闘神鎧は唱える。
自身の身体に鞭を打ち、動け動けと唱え続ける。
「我の身体、動け!!!奴が、エリス・グレイラットが接近戦に来る前に!!!」
グッと、闘神鎧が腕を上げる。
右手で剣を構え、来る者に備える。
接近戦の獣、エリス・グレイラット。
奴を、待つ。
………
……
…
「何故、来ない?」
待ち続ける闘神鎧。
しかし、何秒待っても、獣は現れなかった。
トン
エリスが取った行動は、まさに異質。
「何故、接近してこない?いや、それどころか……」
だって、彼女が取った行動は、これだったのだから。
「何故、離れる?」
トンっという音と同時。
エリスが行った行動は、バックステップ。
「距離は、充分ね」
言葉と同時、エリスの腰が落ちる。
踏み込む構えへと、獣が腰を落とす。
腰を落とした獣。
奴が放つのは『光の太刀』
「なんだ、この圧は……」
練り出したのは殺気か?
否、違う。
彼女が練り出したのは『全て』
ルーデウスへの愛情、想い、尊敬。
その全てを、彼女はこの一太刀へと込める。
「近付けん」
闘神鎧が踏み込もうと足を動かす。
しかし、奴の身体は動かない。
ビリビリと痺れる身体。
それは、獣の得意な接近戦にすることすら叶わない。
(いや、まだだ。まだ、焦る必要はない)
闘神鎧が考える。
奴は、冷静に戦況を分析する。
(エリス・グレイラットは怪我をしている。今の奴では、せいぜい万全の剣神共より火力を出せる程度)
身体は痺れる。
しかし、思考は止まらない。
(大丈夫だ。受けることは可能!)
思考を回し、最大の敵を見つめる。
エリスを見つめる闘神鎧。
しかし、奴が見たのは驚き。
「エリス。ボクの全部、託すね」
言葉と同時、エリスの身体が緑色に光る。
「……シルフィ、ありがとう」
緑色の光。
シルフィエット・グレイラット。
彼女の治癒魔術が、エリスの肋骨と内臓を治す。
痺れたことによる闘神鎧の刹那の隙。
それを利用して治したのは北神三世でも、二世でもない。
英雄でもなんでもない。
そう、ただの、一人のお嫁さんだったんだ。
バタン
シルフィが魔力枯渇で倒れる。
彼女もまた、全てを賭けて、託して、エリスに上級治癒魔術をかける。
常軌を逸するほどの精度とスピードで、エリスを治す。
「闘神鎧。万全の光の太刀を、アンタに喰らわせてあげる」
痺れる身体、動けない身体。
勝利の方程式は、定まった。
「そうか。これが、貴様の覚悟か」
勝利の方程式。
定まったはずだった。
「ならば、我も見せよう」
闘神鎧。
奴が、エリスへと右手を向ける。
「我の本気と覚悟を」
痺れる身体に鞭を打ち、闘神鎧がエリスへと向ける。
その構えから放たれるのは魔術。
それは、水魔術か?風魔術か?
否、違う。その魔術は『土魔術』
「魔力ではない、生命力を使い、貴様を殺す」
奴が放つのは土魔術。
ストーンキャノン。最強が誇る、最大の殺傷力。
「強者である貴様を、泥沼の魔術で殺してやる」
生命力を使い、強引に放つ。
闘神鎧の右手が、光る。
「ストーンキャノン。ルーデウスの、魔術?」
エリスが呟いた。
彼女は、ストーンキャノンが放たれる前に動き出そうとしていた。
「間に合わせる!」
エリスが踏み込もうと足に力を入れる。
しかし、遅かった。
彼女が踏み込もうとした時には、もうストーンキャノンは完成し、自身を捕捉していた。
「生成が、速い……」
まるで金縛りにあったように、エリスの身体が止まる。
闘神鎧同様、止まる。
ストーンキャノンによる盤面支配。
それは、想像を絶する。
「なんで、こうなるのよ」
エリスは、涙に瞳を潤ませた。
また、自分は負けるのかと。
ルーデウスに負けてしまうのかと。
愛する人を、ルーデウスを救えないのかと。
涙を流し、絶望する。
そんなエリスを、闘神鎧が捕捉する。
「死ね」
闘神鎧の生贄になる。
そう絶望した時、何かは動き出す。
「この時を、この時だけを待ってたぜ」
バン!!!
爆音が鳴る。
同時、男の腕が吹き飛ぶ。
大きく、大きく吹き飛ぶ。
「ぐっ!!!……いてぇ。いてぇな。でも、こんな傷、大したことねぇよ」
腕が吹き飛んだ男は、一人の上級の剣士。
男は身を挺して、エリスをストーンキャノンから守る。
「ルディ。お前の今までに比べたら、こんなの全然だ」
彼の名は『パウロ・グレイラット』
彼は右腕を犠牲にして、息子の嫁を守る。
「ルディ。お前を、息子を、人殺しにはさせねぇよ」
パウロの言葉。
それがストーンキャノンの軌道をずらす。
ほんの少し、本当に少しだけ、速度を遅くする。
しかし、神級の剣士には、それだけで充分。
ブン!!!
ストーンキャノンが、エリスの頬を掠る。
「避けられたのか?泥沼のストーンキャノンが。我の、そして奴の最高の魔術が」
「……」
静かに腰を落とすエリス。
足に籠る力。
踏み込みは、この言葉と共に。
「本当に、一人じゃ何も出来なかったわね」
言葉と同時、彼女はこう考えていた。
私にはシルフィが居て、ロキシーが居る。
戦友が居て、復讐者が居る。
超えるべき剣神だって居る。
そして、自分と愛する人を想ってくれる父親が居る。
その全てが私で、そして、その全てがルーデウスなのだと。
だから、ルーデウス。
これで救うわよ。
これで、また一緒になるの。
踏み込むエリス。
彼女が闘神鎧に放つのは、魂を込めた『光の太刀』
「この程度で、安心するなよ」
闘神鎧が構える。
「ストーンキャノンが使えるということは、あれが使えるということだ」
奴が構えるのは、水神流。
二年前、エリスの動きを止めた『神級×神級』
(我は左腕を失った。ならば、貴様が狙うのは一つ)
大きすぎる圧。
全てを賭けた圧が、エリスの首を絞める。
(右腕の関節。ここを貴様が狙うのは必然)
闘神鎧。
奴が立てるのは、完璧な予測。
「さぁ、来てみろ」
右腕。
そこに警戒を強めて。
「狙ってくる所が分かれば、怖くはないぞ!!!」
エリスの気迫。
それを、闘神鎧が予測する。
ドン!!!
刹那、爆音が鳴った。
その音は、愛情が籠っていた。
エリスが腕を引いた。
闘神鎧も、それに合わせようと動き出した。
右腕に来るはずの攻撃に合わせる。
この予測と想い。
しかし、最強が考えるこの完璧な策は『幻』
エリスによって放たれた幻想。
エリスの『水神流崩し』
最大の長所は全てを込めた『フェイント』
それが、闘神鎧へと襲いかかる。
前傾姿勢の獣が、闘神鎧の中央へ。
(腕では、ない!?)
右腕はブラフ。
フェイントこそ、エリス・グレイラットの最大の武器。
(狙いは……腹!?)
「ルーデウス……」
弱点はあるものではない。
弱点とは、作るもの。
息が白く揺れる。
心臓の鼓動が、ひとつ、ふたつ。
ルーデウスの名前だけを胸で反芻し、
そのすべてを、刀身へと沈めていく。
「大好き」
関節ではなく腹に向かって。
エリスの炎の太刀が、プロテクトを貫通する。
「ぶはっ!」
エリス・グレイラットの破壊力と『想い』
『愛してる』という感情が、闘神鎧に、ルーデウスに、届く瞬間であった。
─────────────────────────
「なんて、威力だ」
ボロボロと崩れる腹部の鎧。
闘神鎧がくの字に身体を曲げ、胃液を吐き出す。
「ぐふっ」
闘神鎧の弱点は関節であった。
それは間違いなかった。
しかし、それは、エリスには関係ない。
「なんて、奴だ」
エリスの破壊力。
七大列強でも随一と呼べるその破壊力には、弱点など無関係であった。
「ぐっ」
立とうとする闘神鎧。
しかし、その意思とは真逆。
ここに来て、初めて、闘神鎧の膝が砕け落ちる。
「アンタの言葉。借りるわよ」
エリスが炎の太刀を構え、近付いていく。
膝から崩れ落ちる闘神鎧に向かって、彼女は炎の太刀を握る。
そして、そのまま。
ゆっくりと、闘神鎧の言葉を借りて、彼女が呟く。
「動き、止まったわね」
「……」
一歩、二歩。
エリスが近付く。
最初にして最後の静止。
止まった最強に、勝負を決めてあげると、エリスが近付いていく。
圧巻の破壊力。
それを、彼女が見せつけてやると動き出す。
「ルーデウス、やっと救える」
彼女は確信していた。
決意ではなく確信。
ルーデウスを救うという愛情が籠った覚悟と決意は、確信へと変わる。
足音と共に近付いてくる確信。
それを受けて、彼女が剣を振り上げる。
「今、鎧を引き剥がす」
「ふっ、ふはは」
闘神鎧が笑った。
ここに来て、初めて笑った。
「なんで、なんで、それがここにあるのよ」
「やはり、この戦いの神は、我に勝てと言っているようだな」
目を見開くエリス。
そんな赤い瞳に映ったのは『王竜剣 カジャクト』
ブン!!!
「ぐはっ」
爆風と同時。
エリスの隣に居るガル・ファリオンが、後方へと吹き飛んだ。
─────────────────────────
偶然であった。
北神二世と三世という二人の英雄。
カジャクトを使いこなせる七大列強を奴が倒していたのは、偶然であった。
「気持ちがいいな」
闘神鎧が呟いた。
「これが、我の力か」
闘神鎧が、剣を振り上げた。
『王竜剣 カジャクト』を振り上げた。
ブン!!!
音と同時。
ガル・ファリオンが、後方へと吹き飛ぶ。
「ぐはっ」
ガルが血を吐いた。
闘神鎧が、剣を振り抜いた。
「……は?」
エリスが目を見開く。
誰もが、驚きを隠せなくなる。
それほどのスピード。
闘神鎧は、可能にする。
「我は、ラプラスを超える者」
倒れた北神。
そんな英雄の持ち物であるカジャクト。
それを重力魔術で寄せ、握るという不可能。
しかし、そんな不可能も、今の奴には容易。
「最強になる者、闘神鎧である!!!」
闘神鎧の叫び声と同時。
戦場が、絶望に揺れる。
─────────────────────────
闘神鎧は、最強になった。
皆が冷や汗をかく戦場で、最強になった。
奴は、泥沼のルーデウスは、絶望の象徴になった。
「まずは、貴様からだ」
闘神鎧が、右手を光らせる。
「我をここまで追い込んだ獣」
闘神鎧は、右手に最強の魔術を宿らせる。
「エリス・グレイラット。貴様から殺してやる」
無言でたじろぐエリス。
動けずに、闘神鎧の右手だけを見つめるエリス。
そんな獣に、一人の剣士が入り込む。
「私が、受けてみせましょう」
一度は圧に負けた復讐者。
彼女が、闘神鎧に剣を向ける。
「お師匠様の敵。私が、必ず止めてみせる」
呟き、構えるのは『イゾルテ・クルーエル』
彼女の最後の覚悟が、エリスの瞳を揺らし始める。
─────────────────────────
イゾルテは、基礎を極め続けた。
「まだ、足りない」
イゾルテは、復讐に身を焦がし続けた。
「まだ、受け切れない」
身を焦がすような復讐。
それは、エリスと出会ってから変化し、そして加速するようになった。
「もっと、もっと鍛えましょう」
修行を行う理由。
それは、復讐だろうか?
否、違う。
目的は、獣の前で変化する。
「あの獣、エリス・グレイラットの破壊力のために」
復讐ではない。
エリスへの尊敬と感謝を込めて。
「私が、ストーンキャノンを受け切ってやる!」
イゾルテが、闘神鎧の前で叫んだ。
ドン
音が鳴った。
その音は静かで、儚かった。
「……は?」
イゾルテが目を見開いた。
それ以上に大きな穴が、彼女のお腹に空いた。
「なんで、なんで?」
「少しやりすぎたか。先に殺すのは、エリス・グレイラットのつもりだったんだがな」
ビチャビチャと血が溢れ出す。
彼女のお腹に、風穴が空く。
最強の水神流、剣士を貫いたのは『ストーンキャノン』
最強の魔術が、最強の水神を貫く。
「はは、ははは。やっぱり、私はダメですね」
虚ろになっていく瞳で、彼女が笑う。
「基本を極めて、水神になって……それでも、何も出来ない」
「……」
今までの努力。
それは、必ずしも報われるとは限らない。
「私は、私は、ストーンキャノンを……」
フラフラと、彼女が揺れる。
「受けられる『つもり』に、なっていただけだったんですね」
「さらばだ。イゾルテ・クルーエル」
「イゾルテ、イゾルテぇぇぇぇぇ!!!!」
エリスの叫びと同時。
水神の身体が、谷底へと姿を消していった。
─────────────────────────
ルーデウスは、最強になった。
「なんで、なんでよ……」
私の、私なんかでは、見えないほど遠くに行ってしまった。
「復讐するって、私を超えてやるって言ってたじゃない……」
そんなルーデウスは、私の手から離れていく。
一人の命を奪って。
「イゾルテ。なんで、なんで……」
俯く。
私には、それしか出来なかった。
「死んじゃうのよ……」
この言葉を想って、そうすることしか出来なかった。
「もう、終わりだな」
闘神鎧が呟いた。
「貴様を、殺す」
闘神鎧が、カジャクトを握りしめた。
「貴様は強かった。我の心に、そう刻んでやろう」
振りかぶる闘神鎧。
俯く私を、何かが担ぎ上げる。
バン!!!
「スピードには、少し自信があるわよ」
「ニナ・ファリオン……」
私の前に立っていたのは、たった一人の戦友。
涙に潤む視界は、友の背中だけを映していたんだ。
─────────────────────────
まだ戦える。
私は、そう思った。
「ニナ、ごめん。諦めてた」
戦わなきゃ。そう思った。
「ニナ、まだ勝てるわよね?」
まだ勝てる。そう願った。
でも、違った。
「エリス。あっちを見なさい」
ニナが指を向けた。
そこに居たのは、闘神鎧じゃなかった。
「あっちって……」
『あっち』そこにあったのは、林だった。
「エリス。まだ走れるわよね?」
「何、言ってんのよ」
ニナの言葉に、私は察した。
彼女の言葉に、私の身体が震えた。
「あんたが、未来を繋ぎなさい」
ニナの言葉が、私の脳を揺らした。
「何、言ってんのよ」
涙が、溢れ出してきた。
「なんで、そんなこと言うのよ」
剣を握りしめる。
涙が溢れ出した理由は、簡単だった。
「なんで、逃げてなんて言うのよ!!!」
「……」
大声を挙げる。
ニナは、何も言わなかった。
「……結婚するって、そう言ったじゃない」
「そうね」
ニナを守ろうと、ジノも前に出る。
二人は、とても静かだった。
静かで、視界が濡れていって。
そんな瞳を揺らしたのは、ニナの言葉だった。
「あーあ、こんな結末のつもりじゃなかったんだけどなぁ」
遠い目をする。
そのまま、彼女は言葉を続ける。
「死ぬつもりなんてなかったんだけどなぁ」
ニナは、隣に居るジノを見る。
そして、最後に、一人の友に視線を止める。
「でもね……」
止まる視線。
そこに映るのは、情けなく座り込む私の姿。
「アンタと出会えて、過ごせて、すっごく、すーっごく!楽しかったわ!!!」
『愛してる』
この言葉を隣に居るジノに残して、二人は踏み込んだ。
闘神鎧に踏み込む。そんな『死』を目前にした二人の表情は『微笑み』だったんだ。
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私は泣いた。
涙が溢れ出して止まらなくて、心が壊れそうだった。
バン!!!
でも、走った。
林に向かって、全力で。
だって、ニナの生き様を、覚悟を、無駄になんて出来なかったから。
「ねぇ、ジノ?スピードなら負けないでしょ?」
ニナの言葉に、ジノはコクンと頷く。
二人は、闘神鎧へと立ち向かう。
「最後に、なってやる!剣士に!!!」
ニナが覚悟を決める。
しかし、闘神鎧は、そんなもの聞いてなどいなかった。
そんな命を賭けるほどの重みを、聞こうとなどしていなかった。
「エリス・グレイラット。この程度で、我から逃げられると思ったか?」
奴が構える。
その姿は、全てを対応する最強の構え。
「さぁ、詰めの時間だ」
奴が考慮するのは、全て。
何もかもを、弾き返す。
「さぁ、ダメ押しだ!」
大量の生命力が溢れ出す。
『ダメ押し』
そう、奴はルーデウスの、一人の魔術師の生命力を、自身の鎧へと大量に流し込んでいたんだ。
逃げるエリスは速かった。
それに加えて、闘神鎧は奇襲を警戒せざるを得なかった。
ここまで、数多の奇襲で傷付いた鎧。
その成果を考慮し、奴はエリスを認めざるを得なかった。
「……」
ここまで自らを追い込んだ人族。
闘神鎧は、出し惜しみなど考えてはいなかった。
「終わらせるならば、これだな」
ニナとジノを前にして。
奴は、右手を空へと向ける。
ライトニングの残り、未だ輝き続ける空に向かって、奴は右手を持ち上げる。
「あり得ない」
ロキシー・ミグルディア。
彼女の魔術の残りを、奴が利用する。
「人の魔術を利用する。そんなことは、あり得ません……だから、大丈夫です!あり得ない。聞いたこともない。打てるわけがないです!皆さん、気にせずに攻めてください!」
全員がコクンと頷く。
ブラフと決めて、走り出す。
そう考えるのも当然。だって、人の魔術を乗っ取るなんて、あのラプラスでも不可能なのだから。
しかし、それでも、不可能は可能になる。
闘神鎧にとって、不可能は可能である。
「撃てない?今の我を、カジャクトと生命力を使った我を舐めすぎだな」
今の奴に、足止めなど意味はない。
王級魔術の唯一の欠点。『溜め』を消し去るのは、最強が行うに相応しい一手。
「ライトニング」
ドガン!!!
「「がっ!!!」」
空が光る。
溜め無しに放たれた光は、全ての人間を、平等に、無慈悲に、貫いたんだ。
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人の魔術を乗っ取る。
それは、正に神の如き技であった。
例えるならば、スコープを用いず十キロ先を射抜く。
それほどの神技であった。
今までの歴史で行った。否、行えた者など居ない。
それほどの覚醒技であった。
だからこそ、ロキシーは無理だと言い、考慮から外してしまった。
この神技を、ライトニングを。
「ありえ、ない。こんなこと、ありえない……」
「これが、今の我か」
闘神鎧が、ニヤリと笑う。
奴は、自身の右手を見つめる。
「これが、最強か」
自他共に認める最強。
闘神鎧 泥沼のルーデウス。奴に、文句が言える者など居るわけがない。
「あっ……ぐっ!」
ニナとジノが、痺れながら悶える。
「人族。あっさりと負けたな。だが、恥じることはない。我に負けること。それは必然だ」
ここに来て、奴が行ったのは『奇襲』
ここまで闘神鎧を傷付け続けた奇襲を、今度は最強の奴が行う。
この事実は、勝負を終わらせる理由には十分であった。
「痺れ、気絶する。覚醒した泥沼の魔術は、それほどに強力であった」
さぁ、殺してやろう。
奴は、この言葉を呟き、辺りを見渡す。
ルイジェルド、アレク、ジノ、ニナ、ロキシー、シルフィ。
全ての人間を見渡す。
見渡す、見渡す。
しかし、違う。
そこに、肝心の奴は居ない。
「何故、居ない?」
闘神鎧が目を見開いた先。
そこに、居ない人物が一人。
『エリス・グレイラット』
一人のお嫁さんが、剣を、愛情を握りしめる。
「ルーデウスなら、撃つわよね」
奇襲を仕掛けた者。
勝利を確信した『闘神鎧』
その瞬間、刹那、奴の油断は加速する。
「だって、ルーデウスは……」
奇襲という名の『信頼』
ルーデウスなら出来ると、神技だとしても撃てて当然だろうと。
最後までルーデウスを信じた者が、剣を振り上げる。
「すっごいもの」
たった一人、信頼し、避けた者。
彼女が、救いを掲げる。
「エリス、救ってやれ」
ボロボロのルイジェルド。
彼が、声を絞り出す。
「救いという名の殺し……」
狙うは『一撃必殺』
ルイジェルドの願い事が、潤んだ瞳に溢れ出す。
「ルーデウスが誰かを殺す前に……お前が!殺してやれ!!!」
エリスの身体が、腕が、闘神鎧の首へと近付いていく。
近付いていく剣、圧巻の破壊力。
それは、剣神の言葉を蘇らせる。
『殺しは救済』
強くなって、走って。
だからこそ分かる力の差。
エリス・グレイラット。
人族最強の彼女は、分かっていたんだ。
「うらあああああああああ!」
叫び声が、涙が、戦場に溢れ出す。
止まらない気持ち。
人族最強の気持ち。
そう、人族最強。
でも、その前に彼女は、ルーデウスの家族で、相棒で、永遠に一緒に居続ける『お嫁さん』だったんだ。
ぎゅっ
「ルーデウス、ルーデウス……」
赤い髪が、止まる。
彼女の動きが、止まる。
カランと、剣が地面に落ちる。
彼女の柔らかい腕に、剣はない。意思なんてない。
そう、彼女の腕は、ルーデウスの身体を、心だけを、包み込んでいたんだ。
─────────────────────────
なんで、闘神鎧は不意を突かれたのだろう。
最強になった闘神鎧。
奴の水神流は、何故発動しなかったのだろう。
……そんなの、考えるまでもない。
だって、だって、お嫁さんの剣、あの狂犬と呼ばれる剣士に『殺気』なんてなかったのだから。
ルーデウスと呼ぶ女の子に『殺し』なんて思考はなかったのだから。
「ルーデウス……」
暖かな声、暖かな光。
それは、魔術じゃない。
彼女の得意な、炎魔術なんかじゃない。
『魔法』
凍てついた心を溶かす、たった一つの魔法。
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─ルーデウス視点─
「さむい」
俺は、雪の中を歩いてた。
「いたい」
手が悴む。
終わりのない雪の道を、俺は歩いてた。
「なんだ、これ」
俺のお腹が光った。
「あったかい……」
光に触れてみた。
その光は、すっごくあったかかった。
「ルーデウス……」
声がしたよ。
すっごく優しい声。
気持ち悪くて、気持ち悪くて、吐くほど苦しかったのに。
この時は、この瞬間だけは、この言葉を吐き出せた。
「幸せだ」
光の方へ手を伸ばす。
伸ばそうと、身体に力を込める。
ぐーっと、伸びる。
刹那、背中から声が響いた。
「待て!泥沼」
黄金の鎧。
一人の鎧が、俺を見つめてた。
「何処へ行く!?」
随分と、焦っているようだった。
焦る鎧。俺は、ゆっくりと振り返る。
「何処にって……あっちだけど」
俺は、そう呟き、光の方を指差した。
「ちっ」
闘神鎧が舌打ちをする。
怒っているのだろうか?
「泥沼、我に失望したか?あの人族如きに苦戦した我を」
「……?」
「しらばっくれるな!貴様は、確かに我から離れようとした!」
「離れる?ダメなのか?」
俺は、再度首を傾げる。
別に、今の俺はニートでもないしな…
いや、ニートでも親元から離れた方が良いんだけどさ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
どんな人でも、離れることは自由だろう。
疑問を浮かべて。
同時、鎧が俺の前で叫ぶ。
「苦戦したのは、確かに認めよう。だが!!!勘違いするな。我は、必ず超えられる」
「何を、超えられるんだ?」
「ラプラスだ!あの魔龍王ラプラス。我と貴様なら、必ず超えられる。カジャクトも手に入れた。今の我は、必ず奴を殺せる。そう確信している!」
「……」
「そうだ!我と、そして貴様は、世界最強になれる!!!」
「ふーん、そうなのか」
「あぁ!そうだ!我と貴様ならば……「どうでもいいよ」
俺は、前を向く。
食い気味な俺の言葉に、鎧が止まる。
「最強なんて、どうでもいいよ」
「何を、言っている?」
「それどころか、強くなんてなくたって良かったんだよ」
鎧が、俺を見つめる。
俺は、その姿にニッコリと笑う。
だってさ、だって。俺は、幸せ者なんだから。
「例え、身体が朽ち果てても、足が、腕がもげても、どうでもいい」
あぁ、そうか。
今なら分かる。
前世では経験できなかったこと。
それを経験できた今の俺なら、分かる。
「ロキシーが居て、シルフィが居て、みんなが居て、それで……」
ヒトガミ?ラプラス?
そんな奴ら、本当はどうでも良かったんだ。
たった一人。俺を支え続けてくれた人さえ居れば、それで。
「エリスが居てくれたら、居てくれるだけで俺は……」
暖かい光。
手を伸ばした先にあるのは……
「幸せ、だからさ」
言葉と同時、光が俺を包み込む。
じんわりと暖かい光が、心を包み込む。
大きな、大きな温もり。
その温もりは、暖かくて……すっごく、すっごく、心地良かったんだ。
─────────────────────────
「ルーデウス、ルーデウス……」
エリスの声。
闘神鎧が、ルーデウスの身体から崩れ落ちる。
「エリス、待たせてごめん」
「……本当よ。すっごく、すっごく心配したんだから」
ポロポロと、鎧が崩れ落ちる。
まるで涙のように、ゆっくりと、静かに。
そして、涙のように零れ落ちる、この言葉。
「エリス、ただいま」
「……おかえりなさい、ルーデウス」
言葉が、甘く溶けてゆく。
心が、混ざり合ってゆく。
二人の決着は抱き合ったまま。
ただ、『愛情』という幸せだけを、分かち合い続けていたんだ。
このシリーズもそろそろ終わりになります。
読んでくださった方、本当にありがとうございました。
残りも読んでいただけると嬉しいです。
勝敗予想 勝つのは?
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闘神鎧ルーデウス
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狂犬&グレイラット家