「ただいま」
「おかえりなさい」
始まりのお嫁さん。
俺と最初のお嫁さんの会話が、辺りの静けさを終わらせる。
「ルーデウス、ルーデウス……」
赤い髪が揺れる。
その赤い髪を、俺は優しく撫でる。
指の隙間から溢れた幸せを掬うように、丁寧に。
「エリス、ありがとうございます……」
俺たちは抱き合って、じんわりとした熱を分け合う。
暖かい。すごく、暖かい。
一粒、俺の瞳から落ちる雫。
俺の魔術ではない雨が、少し背の低いエリスの髪へ。
辛く、苦しかった日々。
でも、違う。今は違う。
この時の涙は、違う。
「ひぐっ、エリスっ、エリス……」
上手く言葉が出ない。
この言葉だけしか出せない。
だから、言えることだけを。
今考えていることだけを、一つ。
俺のエリス。彼女は、俺の、世界で一番のお嫁さんだったんだ。
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「ルディ、ありがとう」
「ルディ、ありがとうございます」
「ルディ、ありがとな」
戦いは終わった。
闘神鎧から脱した俺は、みんなの元へと向かい、治癒魔術の詠唱をしていた。
緑色の光が俺の顔を照らす。
その光と、大きくて数ある傷口を尻目に、俺はみんなを見つめていた。
「いえ、僕のせいで……すみません」
頭を下げる。
俺が口から咄嗟に出たのは、謝罪の言葉。
ただただ申し訳ない。
それしか、考えられない。
ごめんなさい。俺は、これしか言えなかった。
………
……
…
頭を下げて数秒、俺の前に、家族がやってくる。
(……きっと、罵られるだろうな)
当然だ。俺はみんなのことを傷付けて、勝手に突っ走ってきた。
怒られて、半殺しにされるなど当然。
嫌われて、当然。
そう、当然。
分かってる。分かってる。
しかし、大切な人に嫌われる。
それは、分かっていても怖かった。
「ルディ、身体大丈夫?」
「……え?」
俺は、素っ頓狂な声を挙げた。
シルフィが俺に駆け寄ってくる。
彼女は、魔力が枯渇した青い顔色で、俺の擦り傷を見つめていた。
「もう、ルディはさ、ボクたちのことは治すのに自分のことは治さないんだから」
そう言って、彼女は俺の傷口に手をかざす。
そして、そのまま「ふぬぬぬ!」と言いながら、一生懸命魔力を練り出す。
早くて、優しい治癒魔術。
……シルフィ、すっごく早く治癒魔術使えてすごいなぁ。
緑色の小さな光が、俺の身体を包み込む。
シルフィの魔力枯渇が心配だけど、周りの心地よさに、この時は、シルフィの治癒魔術を止めることは出来なかった。
「シルフィ、ありがとう」
「ふふっ、ルディ。ごめんって言わないの偉いね」
「うん、あの時、アスラ王国でシルフィが助けてくれた時、ごめんじゃなくてありがとうが聞きたいって言ってくれたから」
「……うん。そうだよ。本当にさ、心配したんだよ」
傷を治し終えたシルフィが、俺を見つめる。
彼女の綺麗な瞳が俺を射抜く。
綺麗な瞳に映る、醜い俺。
そんな俺が、揺れた。
「ルディ、ルディ……だってさ、ルディは、ボクたちを守ろうとしていただけなのに。ボクたちと幸せになりたいって、そんな優しい願い事をしてくれていただけなのに。なんで、なんで、こうなるんだよ……」
治癒魔術を施した彼女が、俺の一部を見つめる。
その一部とは、俺の右足。
治癒魔術は施し終えた。
今のシルフィなら、戦いで負った大きな傷も初級で充分治せる。
でも、それでも、彼女が見つめていたのは俺の身体にある『歪』
そう、俺の右足は、枯れ木のように萎れていたんだ。
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みんな、みんな優しかった。
俺のことを責める人は居ない。
責めて欲しかったとは言わない、言えない。
でも、それでも、みんなを傷つけた俺は、どんな顔をすれば分からなかった。
「……顔を上げろよ、先輩」
エリスに肩を預けて、左足一つで立ち上がった俺。
俯く俺に、声をかける者が居た。
「まさか、そうか。本当に、先輩は七大列強だったんだな」
「ギース……」
俺の目の前に居たのは、ギース。
それを見たエリスが、剣を抜いた。
「……殺す」
「隙の無い構え。エリス・グレイラット。流石は、ギレーヌの弟子だな」
ギースが声を出した刹那。
エリスを初めとした全ての人間が、ギースを、敵として睨みつける。
しかし、そんな絶望的な中で、ギースは笑う。
「シルフィエット・グレイラットは、早すぎる治癒魔術で全てを支え、ロキシー・ミグルディアは、アクアハーティアがあるとはいえ、闘神鎧を貫く雷を見せた」
「……」
「そして、先輩は、ルーデウス・グレイラットは、俺の想像を超えていきやがった」
この言葉を聞いて、俺はエリスを制止する。
エリスの身体の前に差し込んだ腕。
その理由は……いや、理由なんてなかった。
ただ、アイツの、ギースの苦しさが、俺には痛いほど分かってしまったから。
「なぁ、ギース。本当に、お前は俺のこと殺そうとしたのか?本気で」
「先輩、何言ってんだ?当たり前だろ。闘気も、魔力もねぇ。それでも、そんな俺でも、俺はあんたを殺せると信じて、戦った」
「じゃあ、なんで殺そうとしたんだ?」
「そんなもん、特に理由なんてねぇよ。ただ、ヒトガミに恩を感じてた。それだけだ」
「本当に、それだけか?」
「ルーデウス・グレイラット。何が言いたい?」
一つ呼吸を置いて、俺は言葉を続ける。
「俺は無力で、情けない。今も、この右足も、使えなくなった。枯れ木のように萎れちまった。治癒魔術じゃ治せない。なんで治せないかも分からない。そんな俺は、もうエリスが居なきゃ、立っていることも出来ない」
「ははっ。すげぇな。そんな身体になっても、アンタは俺に勝ったんだ」
「俺は勝ってない。ただ、運があったから、闘神鎧の呪いから抜け出せた。こんな俺にも、頼ってくれる人たちが居る。だから、それが俺の自信になって、呪いを吐き出せた」
「……」
「ギース、なぁ。本当は嬉しかったんじゃないか?頼ってもらえて。ヒトガミが、ギース。お前を頼ったことが嬉しかったんじゃないのか?」
「何、言ってんだ。言っただろ。俺は、アイツに俺の故郷を潰された。アイツに、俺の人生はめちゃくちゃにされた。頼ってもらって嬉しかったわけでも、本当は恩を感じたわけでもねぇ。ただ、ヒトガミ。アイツについて行けば生きていけると思ったから……」
「そうか。俺は、お前と同じヒトガミの使徒として、ヒトガミが俺を頼ってくれて嬉しかった。昔、そう思ったんだ」
俺の言葉。
小さくも、魂の籠った言葉に、ギースは薄く笑う。
「ははっ。言っただろ?アンタは七大列強だ。ヒトガミが仕向けたオルステッドという罠を超えて、アスラ王国を超えて、クズな俺を倒した。魔力も、闘気もねぇ。そんな俺は、負け続けた俺は、ルーデウス・グレイラット。アンタとは違う」
「そんなこと、ないだろ。お前は、俺にとって最強の敵で、俺よりすごい、ヒトガミの使徒だったよ」
「褒めるなよ。ルーデウス。お前は俺の敵だった。仲間でもない。真逆の存在。でも、そうか。だからこそ、こう思うのか」
「……?」
「アンタみたいになれたら、俺も、故郷を潰さずに済んだのかもしれねぇなぁ」
ゆっくりと、ゆっくりとギースは言葉を放つ。
それとは対照的に、俺は口をパクパクさせるだけで言葉が出せなかった。
パウロと仲直りさせてくれた、迷宮を一緒に攻略した、その思い出が流れるたびに、こう思う。
もう、終わり。
この事実が、俺の物語のチャイムを鳴らす。
「ヒトガミの使徒、だったか?話し合いは終わったか。ルディ」
「父さん」
「なら、ルディ。俺も話しても良いか?」
「ですが、父さん。まだ罠があるかも……」
「ルディ、頼む」
ヒトガミの使徒としてじゃない。
ギースに必要なのは、きっと、もっと別の何かだったのかもしれない。
「S級冒険者……じゃねぇな。ダチとして、最後は話がしてぇんだ」
「分かりました」
エリスに肩を預けて、俺はその場を離れる。
パウロは、俺に背を向け、ギースと向かい合う。
ヒトガミ、ギース、闘神鎧。
死んでいないギースが、初めて笑った時、何故か、俺の戦いは終わった気がしたんだ。
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「わはは」
笑い声が聞こえた。
最後に相応しくない笑い声が、俺の耳を揺らした。
ギースを頼ったヒトガミ。
ギースが、もしも頼って欲しいと思っているなら、俺がヒトガミに変わって頼りたい。
そう、思ってた。
「はは、ははは」
笑って、笑って。
そんな中で、パウロは泣いていた。
何を話していたのかは、俺にも分からない。
でも、これだけは分かる。
パウロは、この時、歯を食い締めて、泣いていた。
そして、それとは対照的に、ギースは、ギースの亡骸は、笑っていたんだ。
きっと、ギースに必要なのは頼られる存在と、たった一人の、馬鹿で、どうでもいいような。くだらない話が出来る友達だったんだ。
彼は、俺にこんな言葉を残していった。
①右足が枯れたのは、生命力を使ったから。もう治ることはない。
②ヒトガミは、恐らくもうアンタを殺せない。北神三世を仲間にして、エリスも剣神と繋がっている。少なくとも、ラプラスが居ない世界で、武力でルーデウス・グレイラットという七大列強を倒せる存在はいない
そして、③。
この言葉に、俺も、エリスも、目を見開く。
「アンタは、この戦いで誰も殺しちゃいない」
イゾルテ・クルーエル。
彼女の存在に、エリスが谷底を見つめて言葉を放つ。
「やっぱり、アンタが、この程度で終わるわけないわよね」
エリスのライバル『イゾルテ・クルーエル』
母の仇を討つと願い、ルーデウスを殺すと誓ったエリスの戦友が、物語を飾りつける。
長ければ二話、短ければ次で最終話になります。