もしも、エリスがルーデウスと別れなかったら…   作:あえch

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〈最終話〉ルーデウス・グレイラット

谷底に、声が響く。

 

「私は、復讐者」

 

小さな声だが、その声は谷の形状も相まって、響きを加速させる。

暗闇の中で、空だけがこちらを向いているたった一人の世界で、彼女は声を絞り出す。

 

「私は、七大列強を殺す者」

 

ギラギラとした目が、谷底で輝く。

まるで猫のような、背筋を凍らせる捕食者の目。

 

「さぁ、始めましょう」

 

谷の壁に手を掛ける『イゾルテ・クルーエル』

彼女の執念が、谷底に充実していく。

 

 

─────────────────────────

 

 

─エリス視点─

 

ルーデウスが戻ってきた。

片足を引き摺った彼が、私の肩に身体を預ける。

 

重力魔術の本を読んで、魔術の勉強をして、剣を鍛えて、今の私は、強くなれたと思う。

でも、変わった私でも、この想いは変わらない。

 

「ルーデウス。これから、私がルーデウスの足になるわ」

 

彼が生命力を使って、私を守ってくれた。

その代償に、彼は片足を失った。

治癒魔術でも治せない代償。

でも、大丈夫だ。

これからは、私がルーデウスを守る。

 

今まで、彼が私にしてくれたように。

今度は、私が彼を守っていくんだ。

 

土石のように固く、決意を決めて。

私は、ルーデウスを射抜くように見つめる。

すると、彼が儚く、でも幸せそうに笑ってくれる。

 

「エリス。俺、こんなに弱くなっちゃったけど……これからも一緒に居てくれる?」

 

敬語じゃない。

彼の本音が、私の心を打ち鳴らす。

 

「……当たり前よ。一緒じゃなきゃ、守れないじゃない」

 

「じゃあ、これからはずっと一緒だ」

 

ルーデウスが笑う。

片足が無くなって、辛いはずなのに、彼は私に微笑みかけてくれる。

あぁ、分かった。

この時、気付いた。

 

私は、ルーデウスが好きなんだ。

彼が強いとか、弱いとか関係ない。

ただ、単純。

私は、ルーデウスがどうしようもなく好きなんだ。

 

『愛してる』

 

あとは、この言葉を。

私があまり言えなかった、たった一つの本心を。

 

「片足を無くした泥沼。やっと、チャンスが回ってきた」

 

私の背中から、声が聞こえてくる。

水分を多く含んだ泥のような、そんな纏わりつくような声。

 

「イゾルテ・クルーエル」

 

「エリスぅ。さぁ、かつての言葉を見せてもらいましょうか」

 

復讐者と、それを阻止しようとするお嫁さん。

鞘から抜かれた銀色の二つの剣が、最後の勝負を映し出す。

 

 

─────────────────────────

 

 

私は、腰を落とした。

剣を上段に構え、足腰をバネのように縮ませ、加速の準備をする。

 

「北神三世、手出すんじゃないわよ」

 

「……分かりました」

 

手を出すな。私は、皆を静止する。

シルフィにルーデウスを預けて、私はイゾルテを見つめる。

彼女も、私同様に腰を落とす。しかし、剣は抜かない。

居合の構えで、狩りを始める猫のような視線で、私とルーデウスを射抜く。

その構えに、隙はない。

 

でも、それだけでは私には勝てない。

 

「ルーデウスのストーンキャノンを喰らって、さらに谷底に落ちて生きてたのは、やっぱりやるわね」

 

「谷底には、あえて落ちたんですよ。二発目を受けないために。それに、あんなもの大したことなかったですよ?あなたの、気合いの入った太刀に比べたら」

 

「そう。それで、お腹の傷は、どうやって治したの?」

 

「無駄口が多いですね……まぁ、良いですよ。教えてあげます」

 

見るからに彼女はボロボロだ。

数多の攻撃で、身体は血まみれ。

肩の服は破れ、鎧は原型をなさず、ただの鉄塊と化している。

様子を見る私。すると、彼女が纏っていた鉄塊を脱いだ。

 

「それ、あんた……」

 

「ふふっ。ふふふ。私は、あなたじゃない。重力魔術の理解も、治癒魔術は初級すら扱えない。でも、あなたの炎魔術は、見てきましたから」

 

彼女のお腹の傷、それは塞がってなどいない。

鉄塊から姿を現したのは、まるでミミズのような、赤黒く変色した何か。

 

赤黒い変色。それは、何度も私が自傷で経験したもの。

 

「炎で、炙ったのね」

 

そう、彼女は、ポッカリと空いた腹の傷を焼いていた。

 

「……イカれてるわね」

 

「まさか、一番イカれてるあなたから、そんな言葉が聞けるなんて……そうです。あの時、あなたと初めて戦った時、火傷を負った身体から、血が出ていないことに気付いた。血液は焼けば止まる。この姿は、私の集大成」

 

「でも、ダメージは残るわよ」

 

「関係ないです。私の執念は、泥沼を殺すという想いは、この程度では止まりませんから」

 

彼女の、ルーデウスを殺すという言葉。

それを聞いて、私は目を細めた。

殺意は最小限に留める。

きっと、昔だったら殺意をむき出しにしてた。

 

でも、今は違う。

今は、彼女の考えていることが手に取るように分かるから。

 

「奇襲を仕掛けなかったのは、私を誘い込むため。怒らせて、私を間合いに入れて、水神流を仕掛ける……違う?」

 

「はは、ははは。本当に、狂犬。成長したんですね」

 

ゴホッと、彼女が咳をした。

水色の彼女の髪が、吐血した彼女の血液で赤く染まる。

ダメージは、誰が見ても明らかだった。

 

「じゃあ、私から行きましょうかねぇ」

 

ゴホゴホと咳をして、吐血をしながら、彼女がゆっくりと歩みを進めてくる。

私は、その姿に、また目を細めた。

 

刹那、彼女が、目を見開く。

 

「私は、水神 イゾルテ・クルーエル。最高傑作の剣神流、エリス・グレイラット。今参る!!!」

 

彼女の踏み込みと同時、私も地面を蹴り抜く。

用意していたバネを弾かせ、空間を切り裂くように距離を縮める。

 

「ふん!!!」

 

言葉と同時、私は振り抜く。

上段からの袈裟斬り。

イゾルテが、目を見開いて私を視界に映す。

 

「流石に、速い」

 

彼女の前髪が、風と共に地に落ちる。

前髪を斬られるほどの寸前の攻撃。しかし、逆を言えば、斬られたのは前髪だけ。

避けたのは、事実。

 

(この一刀で終わらせる)

 

刹那、彼女が腰にあった鞘から剣を抜く。

光る銀線一つ。

彼女が、私を見つめて、居合の構えから鋼を走らせる。

 

しかし、当然、私は見ている。

 

(横振り。見える)

 

上段から振り下ろした剣を、腰を右に回し、軌道を変える。

ほぼ同時に動き出した、私とイゾルテ。

しかし、速度は、私の方が速い。

 

「イゾルテ。私の勝ちよ」

 

彼女が、私を見つめる。

勝ちという言葉。

しかし、その言葉を聞いて、彼女は血まみれの顔で笑う。

 

「やっぱり、あなたと出会えて良かったです」

 

言葉と同時。腰を落とした彼女が、身体の力を抜く。

そして、彼女は行う。

イゾルテの、私に会えて良かったという言葉。

その言葉がどういうことか。私はこの時、理解する。

 

「止まった?」

 

イゾルテ・クルーエル。

彼女が行ったのは『フェイント』

殺気の籠った彼女の剣が選んだのは『止まる』という選択肢。

 

「さぁ、エリス。終わりにしましょう」

 

フェイントから流れるように。

殺気の籠ったフェイントから放たれたのは、光のような銀線。

音速を超えたカウンターが、私に向かって飛んでくる。

 

ドゴン!!!

 

光る銀線と同時、爆音が、辺りに鳴り響いた。

 

「かはっ」

 

情けない声。

その声を挙げたのは『イゾルテ・クルーエル』

 

私は、そう、峰打ちで、彼女の顎を叩いた。

 

爆音を鳴らして顎を飛ばして。

彼女が、爆音とは程遠い音で、仰向けに倒れる。

 

「……ぐふっ。引いた分、足したんですか」

 

「アンタが引くのは、予想出来た。それだけよ」

 

「私が引いた分、強引に踏み込む……そうですか。フェイント。エリス、あなたのような美しいフェイントは、私にはできませんでしたか」

 

「フェイントだけじゃない。あんたから、殺気を感じなかった」

 

だから、峰打ちにしたの。

私が、そう言うと、彼女は細めた目で私を見つめる。

 

「殺気がない?そうか、そうですね。私は水神流だから……いや、違う。分かっています。私は、あなたに惚れてしまったのかもしれない。強さに貪欲に努力するあなたを、私は、尊敬してしまった」

 

「……」

 

「そして、気付いてしまったんです。誰かを殺そうとするよりも、誰かを守る方が強くなれる。人は、そうやって強くなると。尊敬するあなたが身を挺して守る存在。あなたをメキメキと強くする存在は、そんなに悪い人じゃないんじゃないかと」

 

彼女が、言葉を紡ぐ。

私も、この時、気付いた。

 

「だから、迷ってしまった。このまま復讐を続けていいのかと。だから、止まってしまった。殺気も、怒りも何もかも。だから、殺してください。あなたに私の復讐を終わらせてもらえるなら、迷いを断ち切ってもらえるなら、私は、笑いながら地獄に行ける」

 

イゾルテが目を瞑る。

私は、その姿を見て、彼女の身体に手を置いた。

 

そして、私も言葉を絞り出す。

 

「嫌よ」

 

「え?」

 

驚く表情を尻目に、私が彼女に掛けたのは治癒魔術。

お腹の傷が、少しだけ和らいでいく。

 

「なんで……私は、あなたの旦那を殺そうとしたんですよ?」

 

「別に、それは嫌だけど、ルーデウスを救い出せたのはアンタの力も必要だった。それに、あんたが生きてても、私はルーデウスを守れるから」

 

言葉を絞り出す。

気付いたことは、この気持ち。

 

「それに、もう、私とアンタは戦友だから」

 

「戦友、ですか……」

 

「違う?」

 

「いや、戦友。そうですね。言われてみれば、あれだけの死闘を共にしたんです。そうかもしれません」

 

泥沼を殺そうとした者。

泥沼を守ろうとする者。

困惑の表情を浮かべた復讐者は、笑った。

エリスのまっすぐな気持ち。

それが、復讐という炎を消す。

戦いの最後を、力ではなく、殺しではなく、ルーデウスを守るという想いが飾りつける。

 

強くなった二人の剣士。

彼女たちは、この時、ただの戦友として、手を取り合い始めたんだ。

 

闘神鎧とヒトガミの使徒。そして、復讐者が織りなす殺し合い。

そんな死闘は、この時間違いなく、そして確実に、終わりを告げたんだ。

 

─────────────────────────

 

 

─ルーデウス視点─

 

闘神鎧を着たあの死闘から、三十年の時が経った。

生命力を使った俺は、寿命を大幅に使ったようで、数年前に健康寿命を終えていた。

今は、一人でベッドに眠っている。

 

「ルディ?ご飯持ってきたよ」

 

……否、一人ではなかった。

扉を開いて、お嫁さんが俺の所へ向かってくる。

 

「それにしても、エリスすごいね。あれからも、強さを求めて戦って……今じゃ、北神と水神と剣神を統率してる」

 

「シルフィも、すごいよ」

 

「ん?ボクはすごくないよ」

 

「前に、表彰されてたじゃないか」

 

「あぁ、無詠唱での帝級治癒魔術の件?うーん、それもルディやロキシーのおかげだけど……まぁ、それのおかげで、治癒魔術を大切にするミリス国との仲が良好になってるってアリエル様から聞いたし。素直に喜んでおこうかな」

 

やった!そう言う彼女の姿は見えない。

しかし、それでも、彼女が喜んでいるのが分かる。

俺は、その姿を想像するだけで嬉しかった。

ニコニコと笑う俺に、彼女がご飯を掬って食べさせてくれる。

 

「シルフィ、いつもごめんよ」

 

「ううん、良いの良いの。ロキシーは教師で忙しいし、エリスは、料理させると台所がめちゃくちゃになっちゃうから」

 

みんな、本当はルディと居たいんだけどね。

そう言いながら、彼女が俺に語りかける。

 

「そうだ!最近さ、ジークがルディの七大列強二位の後釜になりたいって、北神三世とエリスと試合をしたんだって」

 

「え、大丈夫?怪我とかしなかった?」

 

「うん、まぁ、怪我はしたみたいだけど。そんな大怪我じゃなかったって。でも、惨敗。結局エリスが勝ったみたいだよ」

 

本当は、ルディの後を担いたいのはアルスだろうけどね。

そう言いながら、彼女はリンゴの皮を剥き始める。

 

「あ、そうだ。リンゴを液状にしないと。これじゃあ食べれないもんね」

 

そう言って、彼女が立ち上がる。

ガタッという音を聞いた俺は、重たい唇を開いた。

 

「シルフィ?」

 

「どうしたの?ルディ?」

 

「みんなのこと、呼んでくれる?」

 

「……うん、分かった」

 

彼女は、そう言って。

優しい声を俺に掛けて、そっと部屋を後にした。

 

 

─────────────────────────

 

 

俺の周りには、沢山の人が居た。

ベッドを覆うのは、老若男女問わず多くの人。

前世では考えられないほどの多くの人が、俺を見つめている。

 

そして、一人一人と話をする。

 

大きくなった子供たちには、素直に大きくなったなと言って。

親父らしいことしてやれなくてごめんなぁと言うパウロには、パウロが父さんで良かったと声を掛ける。

 

結局、私はあなたに勝てなかったという北神三世。

剣さえ握っていないイゾルテは、今ならあなたを殺せるかもしれないと笑っていた。

 

ロキシーとシルフィは、安心して良いですからねと言ってくれて、生命力を使ってしまった俺に安心感を与えてくれる。

 

そして、少し皺の増えた手で、一人の女性が扉を開く。

最後の扉を、俺にとっての最初の人が開く。

 

「ルーデウス」

 

「エリス……」

 

いつも、子供のように「ただいま!!!」と言うエリス。

しかし、この時は、この時だけは、笑って、微笑んで、寝ている俺だけを見つめていたんだ。

 

 

─────────────────────────

 

 

エリスが、俺の手を握った。

 

暖かった。

 

俺を、生涯を賭けて守ってくれた剣士は、カッコよかった。

あの時、あの昔、フィットア領で別れようとした彼女を引き留めたことが、本当に正解だったのか?ずっと不安だった。

でも、それでも、彼女と多くの時間を共にした。

 

その事実と幸せが、この温もりに現れていて。

後悔なんて、跡形もなく消えていった。

 

空気を吸った。

エリスと、家族と共に吸う空気は、美味しかった。

 

「ルーデウス……」

 

あぁ、そうか。

俺は、そうか。

 

「おやすみなさい」

 

エリスと居られて、エリスと別れなくて『幸せ』だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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