闇に呑まれていた鬼の娘を500年かけて看病した仙人が、異国で恋愛小説の餌食に……   作:時代に遅れている

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プロローグでございます。

オリ主仙人が過保護だと思うかもしれませんが、理由は後でわかります。

千代殿はまだ五百年の眠りから目が覚めたばかりで気が弱い状態です。


聖転魔祓真君

璃月港の空は、夕陽に染め上げられた金箔のように輝いていた。港の喧騒は遠く、潮騒とともに穏やかな時間が流れている。通りには行き交う人々の姿があり、商人の声、船乗りたちの笑い声が絶え間なく響いていた。

 その喧噪から一歩離れた静かな茶館の縁側に、一人の男が腰を下ろしていた。琥珀の瞳に映るのは、ゆっくりと波打つ璃月の海。細長い指が湯気を立てる茶碗を包み込み、まるで長い歳月を内包するかのように、ゆったりとした仕草で口元に運んだ。

「おーい、鍾離!」

 風に乗って飛び込んできた軽やかな声が、夕暮れの帳を揺るがす。

 その声の主は、小柄で宙に浮かぶ少女——パイモンだった。彼女の白銀の髪は陽光を浴びてほのかに煌めき、ナイトブルーのケープは星々を散りばめた夜空のように揺れていた。その小さな体が弾むように宙を舞いながら、朗らかな声を響かせる。

「むっ、お前たちか」

 鍾離は、微かに目を細めながら旅人とパイモンを迎えた。その声は静かでありながらも、どこか大地の奥深くから響いてくるような重みを帯びている。

 旅人——金色の髪を持つ少年は、一歩前に進み出ると、柔らかな微笑を浮かべた。その瞳は陽炎のように揺らめきながら、どこか遠い場所を見つめているようだった。

「稲妻に渡れるようになったから、お別れの挨拶に来たんだ」

 パイモンが目を輝かせながら、鍾離の前にふわりと降り立つ。

「それで、何を聞いてたの?」

 鍾離はゆっくりと茶を飲み干し、静かに答えた。

「今は、この璃月港を守っていた龍の姿をした仙人についての講談を聞いていたところだ」

 その言葉に、パイモンの目が大きく見開かれる。

「え、龍の姿をした仙人?」

 璃月を震わせた魔神オセルとの戦い——その記憶を辿るように、旅人とパイモンは互いに視線を交わす。

「そんな仙人、いたかな……?」

「俺も見てないと思う」

 パイモンは腕を組みながら考え込んだが、やがて思いついたように手を叩いた。

「もしかしてその仙人……璃月を守るって契約を破って、一人でご飯をたくさん食べてたとか!?」

 旅人は呆れたようにため息をつく。

「それはパイモンだけだよ」

 鍾離は目を伏せ、くすりと微笑んだ。

「まぁ、講談を聞けば少しは分かるだろう」

(璃月の茶館、講談の席にて)

「さてさて、お客さん方も耳にしたことがあるやもしれぬが——」

 場内が静まり返る。燭台の炎がゆらりと揺れ、机に置かれた茶碗の湯気が細く立ち上る。そこに響くのは、語り部・田饒舌の朗々たる声。

「百年の戦を経て帰還した仙人たちの伝説は、今も璃月の隅々に語り継がれておる。今日は、聖転魔祓真君——その名を聞いたことのある者も少なかろうが、かつて璃月を守護した偉大なる仙人の話をしようと思う。」

 語り手の目が鋭く光る。聴衆の中には、初めて聞く名に首を傾げる者もいれば、興味深そうに身を乗り出す者もいる。

「さて、この物語の舞台は今から五百年前——お前さんたちが生きる平和な時代とは違う、血潮滾る乱世よ。」

 息を呑む気配があちこちに広がる。

「当時、璃月の大地には、天より降りし漆黒の隕石があり、それが割れるとともに無数の魔物が湧き出た。大地を裂き、河を濁し、山を呑み込むその猛威に、民は怯え、絶望した。だが、彼らには救いがあった。」

「岩王帝君の号令の下、仙人たちが立ち上がったのだ!そして、その中にいたのが——聖転魔祓真君!」

 語り手は扇を広げ、机を一打ちする。

「聞いたことがないかもしれぬが、聖転魔祓真君は実に異形の仙よ。普段の姿は大蛇の如く長大、だがその首は麒麟に似て高貴、尾は鯉のようにたゆたう。顔には長き髭を蓄え、頭には鹿の如き角を戴く。そして何より——五指を持つ龍の姿をしていた!」

 聴衆の間から「おお……」というどよめきが漏れる。

「この仙は、ただ武に優れていただけではない。体内より湧き出る聖水は邪を払い、侵された者を救い、幾千幾万もの命を救った慈悲深き存在であった。だが、戦の世は非情。彼もまた、幾多の修羅場を潜り抜けることとなる。」

「ある時——四つの海を荒らし回る凶悪な海魔が現れた。その頭ひとつで天衡山に匹敵する巨躯、その眼光は雷のごとく鋭く、口を開けば大地を裂く轟音を響かせる。やつが狙ったのは——璃月港!」

 場内が息を呑む。

「海魔は口を開き、港とそこに住まう千万の民を丸呑みにせんとした!もはやこれまでかと思われたその時——」

「聖転魔祓真君、躊躇わず立ちはだかる!」

 語り手の声が高まる。

「仙人たる者、恐れることなし!聖転魔祓真君は、己が聖水より生み出した刃を振るい、一閃——海を裂き、月をも落とさんばかりの神威を以て、海魔を両断したのだ!」

 場内に響く拍手と歓声。

「海魔が倒れ、璃月に再び平穏が訪れた。人々は歓喜し、仙人たちの勝利を讃えた——だが、その中でただ一人、聖転魔祓真君だけは違った。」

 語り手は声を落とし、静かに続ける。

「彼はなおも海を睨んでいた。まるで、この戦がまだ終わっていないとでも言わんばかりに——」

 静寂が場を包む。

「程なくして、浜に一隻の小舟が流れ着いた。」

 誰かが生唾を飲む音がする。

「その舟には邪気が渦巻き、あらゆる所に札が貼られていた。まるで、開けてはならぬ封印を守るように——」

「だが、聖転魔祓真君は仙人。恐れを退け、蓋を開けた。」

「そこにいたのは——稲妻の鬼の娘。」

 観客が息を呑む。

「だが、その姿は見る影もなかった。海魔と同じ邪気に呑まれ、腕と角を一本ずつ失い、もはや彼女が何者であったかすら定かではない。」

「皆が言った——この女子は救えぬ、と。」

「心は死し、もはや還ることは叶わぬと。」

「トドメを刺そうとしたその時——」

「——一筋の涙が、鬼の娘の頬を伝った。」

 語り手は静かに語る。

「それは、闇に堕ちかけた魂が放った最後の光——まるで、助けを求める流れ星のようであった、と。」

 客の中には、目を潤ませる者もいた。

「聖転魔祓真君は、その涙を見逃さなかった。彼はすぐさま岩王帝君に願い出た——この娘を救いたいと。」

「流石は我らが神・岩王帝君!その願いを聞き入れ、鬼の娘を癒すことを許した。」

「かくして、聖転魔祓真君は娘を抱え、聖水満ちる己の洞天へと籠り、今なお彼女を癒し続けているという——」

 語り手はゆっくりと扇を閉じ、語りの幕を下ろす。

「——さて、これが、聖転魔祓真君の物語よ。」

 しんと静まり返った茶館。やがて、一人が手を叩き、それが波となって広がっていく。語りの終わりを讃える拍手が、璃月の宵に響いた。

璃月・茶館の夜

 講談が終わり、茶館には一瞬の静寂が訪れた。語りの余韻が、まるで波紋のように人々の心へと広がっていく。燭台の炎が揺れ、聞き入っていた客たちが静かに湯をすする音が響く。

 その中で、一人の男がゆっくりと茶碗を置き、静かに口を開いた。

「どうだった? 今回の講談で少しは——」

 だが、彼の言葉が終わる前に、突如として店内にしゃくりあげるような声が響いた。

「よがっだぞー!!」

 涙をぽろぽろと零しながら、パイモンはぐしゃぐしゃな顔で叫んだ。その小さな体は震え、ナイトブルーのケープが揺れる。

「ぱ、パイモン!?」

 驚きながらも慌てて彼女の肩に手を添える。しかし、パイモンはそれを振り払うように、両手をぎゅっと握りしめて続けた。

「龍の仙人って……強くて、優しいんだな!! それなのに……それなのにオイラは!!!」

 言葉にならない想いが、涙と共にこぼれ落ちる。

「パイモン、落ち着いて……」

 旅人は困惑しながらも、彼女を宥めようと声をかける。その横で、鍾離は静かにその様子を見つめながら、琥珀色の瞳で旅人を見つめた。

「旅人。お前はどうだった?」

 ふと問われ、旅人は少し考え込む。

 蝋燭の火が揺れ、講談の内容が頭の中で再びよみがえる。巨大な龍の仙人、海を裂くほどの剣の一閃、そして五百年もの間、たった一人の少女を救うために時を刻み続ける不屈の意志——。

「……確かに、すごいとは思ったよ。でも……」

 彼は眉をひそめ、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。

「五百年も治療をするなんて、あまりに根気がいるし……それに、この仙人についての石碑を見たことがないから、正直、信じられない。」

 それまで静かに耳を傾けていた鍾離の表情が、ふとわずかに陰る。茶碗を持つ指が一瞬だけ止まり、再びゆるりと持ち上げられる。

「そうか……」

 その一言に、何か深い意味が込められているように思えた。

 旅人はしばらく沈黙し、考えを巡らせた後、意を決したように尋ねる。

「ねぇ……聖転魔祓真君って、本当にいたの?」

 その問いに、鍾離は一瞬だけ瞳を伏せた。そして、ゆっくりと視線を上げ、琥珀色の瞳が静かに旅人を見つめる。

「——ああ。」

 その答えは、まるで遥か昔の記憶の底から響いてくるかのようだった。

 燭台の灯が揺らぎ、夜の帳が深まっていく。旅人と鍾離の間に、言葉にならない沈黙が漂う。まるで、五百年の時の流れが、この瞬間に重なっているかのように——。

ーーーーーーーーーーーーーー

俺の名は蒼雲——いや、本来の名は聖転魔祓真君というらしい。だが、そんな仰々しい名は俗世ではややこしいだけだ。だから俺は、ただの蒼雲として生きている。

 五百年の間、洞天に篭り続けた俺は、今、帝君——いや、今は「鍾離殿」と呼ぶべきか——に会うために璃月港へ来ていた。

「蒼雲。稲妻に帰してくれるって話は——」

 隣から控えめな声が聞こえる。振り向くと、角の生えた鬼の娘——御輿千代が、落ち着かない様子で俺を見つめていた。その表情には焦燥が滲んでいる。

「まあ待ってくれ。お前も見たように、稲妻の周りであれだけ海が荒れて雷が降っているんじゃ、どうしようもないだろ?」

 俺が宥めるように言うと、千代は不安げに唇を噛んだ。

「ある人と相談するために俺はここに来ている。決して約束は破らない」

「……ごめんなさい。私、焦って——」

「別にいい。とにかく今はお香を焚いてるから、あの香りでも嗅いで心を鎮めてくれ。」

 俺は焚かれている香炉の方を示す。静かに立ち上る香煙は、まるで雲のようにゆるやかに揺れ、空へと溶けていく。

「お前はまだ、完全に邪気から解放されたわけじゃないんだから。」

「わ、わかった……」

 千代は素直に頷く。かつて雷電将軍の親友であり、稲妻幕府の与力として名を馳せた彼女は、五百年前の戦でアビスの力に呑まれた。そして俺が彼女を洞天で治療し、ようやく目を覚ましたわけだが——完全に元通りになったわけではない。ときどき、見えるものすべてが魔物に見えてしまうことがある。だから、こうしてお香などを焚き、心を鎮める必要があるのだ。

 さて、歌塵——今は「ピン婆や」と呼ぶべきか——の話では、このあたりで講談師に話を聞いているはずなのだが……

「えぇっと……この辺りの講談師に話を聞いていると聞くのだが……あっ、いた!」

 視線の先には、鍾離殿の姿。そして、その傍らには——小柄で宙に浮かぶ少女がギャン泣きし、金髪の少年が困ったような顔をしていた。

「帝く……鍾離殿!!」

 俺が声をかけると、鍾離殿はゆるやかに顔を上げる。

「ん? 噂をすれば、だな。」

 旅人と呼ばれた少年が、俺をじっと見つめる。

「え? じゃあこの人が……」

 そして、宙に浮かぶ少女——パイモンが大きな声で叫ぶ。

「聖転魔祓真君!?」

「「シー!!」」

 俺と旅人は、即座に口を押さえた。

 あまり大きい声で呼ばないでくれ。歴史に名を残していないとはいえ、仙人なんだからバレると面倒なんだ。

 鍾離殿は落ち着いた様子で問いかける。

「治療は終わったのか?」

「えぇ、まぁ。」

 俺が曖昧に答えると、鍾離殿の視線が千代へと移る。

「ほう。隣にいるのが……」

 千代は少し緊張したように、だが真っ直ぐに顔を上げた。

「千代。御輿千代……よろしく。」

 鍾離殿の目が僅かに見開かれる。

「なんと……」

 その様子を見て、旅人が首を傾げる。

「鍾離、どうかしたの?」

 鍾離殿はしばらく考え込んだ後、静かに口を開く。

「いや……少し、離れたところへ行こうか。」

移動中——

 俺は歩きながら、ちらりと鍾離殿の横顔を盗み見た。

 この人が、神としての身分を捨て、凡人として生きている——その話をピン婆やから聞いた時は驚いた。そして、今でも信じられない。だからこそ、こうして直接本人に聞いてみることにした。

「あの……帝君?」

 鍾離殿は、まっすぐ前を向いたまま答える。

「今は、鍾離だ。なんだ?」

 俺は少し迷った後、率直に尋ねた。

「あの空飛ぶペットと金髪の少年は誰ですか? 随分と仲がよろしいとお見受けしましたが……」

 鍾離殿は、ふっと微笑みながら答える。

「彼は、各国を旅して片割れの妹を探している旅人だ。そして、隣国のモンド、そしてここ璃月港を——復活した魔神オセル討伐の最大の功労者だ。」

「………」

 俺は、一瞬言葉を失った。

 何それ。片割れの妹を探して旅している旅人が、モンドの危機を救い、璃月で復活した魔神オセルを討伐しただと!? そんなこと、ありえるのか!?

 ……というか、なんで魔神オセルが復活!? 確かにあれは、鍾離殿が槍で封印したはず……

 何があったんだ、この五百年で——

 ……まぁ、それだけの功労者なら、仲が良いのも当然か。

 俺は改めて、旅人とパイモンを見やる。

 この二人、一体何者なんだ——?

講談の場から少し離れた静かな場所に来ると、鍾離殿が足を止めた。

「まぁ、ここまで離れれば良いだろう。」

 港の喧騒が遠くなり、波の音と潮の香りがほんのりと感じられる。宵の帳が下り始め、街灯が柔らかい光を灯し始めていた。

「どうして離れたんだよ?」

 宙に浮かぶ小さな少女——パイモンが、不満げに眉をひそめる。

「千代殿について話すと、また騒ぎが起きるかもしれないからな。」

 鍾離殿の落ち着いた声に、パイモンは一瞬「む」と唸ったが、すぐに納得した様子で頷いた。

「お、おう、そうだな。」

 俺はちらりと千代を見る。彼女は少し緊張した様子で沈黙していた。

「ところで千代さんって、小舟でここに流れ着いたんだよね?どこ出身の人なの?」

 旅人の問いに、千代の表情が僅かに強張る。

「そ、それは……」

 彼女が答えに詰まっているのを見て、俺が代わりに口を開いた。

「俺から説明しよう。彼女は御輿千代——稲妻出身の鬼族の娘で、稲妻幕府の与力だった。」

 すると、鍾離殿がゆっくりと頷き、付け加える。

「そして、これからお前たちが会う雷電将軍の親友だ。」

「えェェェ!!」

 旅人とパイモンが息を呑み、驚愕の声を上げた。

 ……まぁ、驚くのも無理はない。俺ですら、彼女が雷電将軍の親友だったと知った時は驚いたのだから。

 しばらく二人が驚きの余韻に浸るのを待っていたが、ふと鍾離殿が俺に視線を向け、穏やかに問いかける。

「そういえば、蒼雲殿は何の用で俺を訪ねてきたんだ?」

 あっ……そうだった。驚きの連続で目的を忘れるところだった。

「実は、彼女を故郷に帰そうとしたんですが……稲妻付近では波が荒れており、雷も激しくて渡れそうにないので、何が起きているのか、そしてどうやったら稲妻に行けるのかを聞きたいんです。」

 鍾離殿は少し考え込み、ゆっくりと答えた。

「それは少し難しいかもしれない。旅人にも話したが、璃月の海上隣国である稲妻は今、『鎖国』中だからな。」

「鎖国」……ですか?

 俺は思わず聞き返した。

「ああ。神の意志によって定められた『鎖国』だ。」

 その言葉に、千代が驚き、目を見開く。

「おかしい……稲妻の情勢は、まこ……将軍が他の国と関わりを断つなんてことをするとは思えない。」

 鍾離殿は静かに千代を見つめる。

「親友の君がそう言うのはよく分かる。しかし、これが事実だ。」

 千代の表情が揺れる。何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだようだった。

 俺は鍾離殿に向き直り、真剣な眼差しで尋ねる。

「鍾離殿、何か知りませんか? 稲妻は一体、何のために『鎖国』したのか?」

 鍾離殿は少しの沈黙の後、静かに口を開いた。

「それは……『神の目』だ。」

 「神の目」?

 俺は眉をひそめる。

「手に負えない境遇を前に、人々は自身の無力を嘆く。」

 鍾離殿の声は、どこか遠い昔を思い出すような響きを帯びていた。

「しかし、人生の最も険しい分岐点、その渇望が極致となれば、神の視線を一身に受ける——」

「それが『神の目』。神に認められし者が得られる外付けの魔力器官。それによって、人は元素の力を行使することができる。」

 パイモンが頷きながら呟く。

「ふむ、テイワット大陸共通の見解だな。」

 鍾離殿の視線が少しだけ鋭くなり、言葉に重みが増す。

「しかし、去年——雷電将軍は『目狩り令』を出した。」

「目狩り令」?

 千代が息を呑む。

「稲妻全域の『神の目』を徴収し、千手百目神像の手にはめるのだ。」

「『神の目』を……? なんで……そんな……」

 千代の声は震えていた。

「神の恩恵だからだ。」

 鍾離殿の言葉は、まるで遠雷のように静かで重い。

「それを自由に使える権利が自分にはあると、彼女はそう考えたのだろう。」

 パイモンが肩をすくめ、小さく呟く。

「うわー、何度聞いても厳しいな……。」

 鍾離殿はゆっくりと続ける。

「風神は『自由』の神、岩神は『契約』の神、および雷電将軍は『永遠』を追求する神——。永遠の国のため、彼女は不穏要素を排除すると決心したのだろう。」

 俺はじっと鍾離殿を見つめる。

「それに、七神の中で最も古い俺も『逝った』ことの影響で、彼女はより『永遠』を追求するだろう。」

 千代の表情がますます険しくなっていく。

「目狩り令を発表した時、きっと彼女はあの口癖を民に言ったはずだ——」

「七神が求む七つの理念の中で、『永遠』だけが『天理』に最も近い。」

 その言葉が夜の静寂に響く。

 俺は、かつての仲間だった千代の横顔をそっと見た。彼女は唇を噛みしめ、拳を握り締めていた。

俺は、どこか落胆した気持ちで溜め息をついた。

 せっかくここまで来たというのに、稲妻へ渡る方法は何も分からないままか……。

「うーん。これじゃあ稲妻への行き方は進展無しかー……」

 やはり、簡単にはいかないか。千代の故郷へ帰すという約束が、ますます遠のいていく気がする。

 そんな俺の様子を見ていた鍾離殿が、静かに口を開いた。

「蒼雲殿。まだ落ち込むのは早いぞ。」

「え?」

 何か言いたげなその口調に、思わず顔を上げる。

「旅人も次の目的地が同じ稲妻でな。少し前から行き方を模索していた。そして、つい先ほど稲妻に安心して行ける方法を見つけたらしい。」

「本当か!?旅人!」

 俺は驚きながら、金髪の少年——旅人を振り返る。

 彼は少し戸惑いながらも、頷いた。

「う、うん。」

 やっぱりコイツはただ者じゃない! どんな方法かは分からないが、稲妻に渡る術を見つけるなんて……。

 今はこいつに頼るしかない!!

「頼みがある。俺たちも一緒に連れて行ってくれないか?」

 旅人は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかに微笑んだ。

「え? いいけど……」

 俺は拳を握りしめ、心の中で快哉を叫んだ。

(やったぞ!! これで俺は千代を稲妻に送り届けたら、璃月に戻ることが出来る。)

 そんな俺の安堵も束の間、パイモンが不思議そうに問いかけてきた。

「でも、お前は龍の姿になれるんだろ? 雷が落とすところより空高く飛べばいいじゃないか?」

 ……はぁ。

 俺は額に手を当て、大きく息を吐いた。

「あのな、聞いた話から推測するに海に降り注ぐ雷雲は自然現象ではない。将軍の『永遠』への執着が形を成した雷霆の権能だ。あの中を龍の姿で強行突破しようとすれば、俺の仙力と将軍の神威が正面衝突し、稲妻の海域そのものに大惨事(二次災害)を招き、共に向かう千代の身を守る保証が出来ないだろ。」

 俺がそう言うと、パイモンは「あっ」と小さく声を漏らした。

「た、確かにな……」

 ……もしかして、コイツ旅人と違ってポンコツ?

 いや、旅人がすごすぎるだけなのか?

 そんなことを考えていると、旅人が慌てたように声を上げた。

「あっ、もうそろそろ行かないと間に合わない!」

「行くよ、みんな!」

 その声に、パイモンが慌てて飛び上がる。

「ま、待ってくれよ〜!」

 千代もすぐに駆け出そうとするが、俺は彼女の腕を軽く引いた。

「待て。500年のブランクは大きいし、無理は良くない。また発作でも出されたら面倒だからな。後で、俺が連れて行ってやるから。」

 彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに頷いた。

「わ、分かった……。」

 俺は改めて鍾離殿に向き直る。

「鍾離殿……では、終わり次第またお会いしましょう。」

 鍾離殿は、茶碗を静かに置きながら頷いた。

「ああ。またな。」

 彼の琥珀色の瞳には、どこか懐かしさと、遠い記憶を見つめるような静けさがあった。

 俺は一礼し、千代と共に旅人たちのあとを追った。

 ——こうして、五百年の時を経て、俺は再び外の世界へ踏み出す。

 果たして、稲妻では何が待ち受けているのか。

 それは、まだ誰にも分からない——。




次回。南十字船隊と鬼の伝説

稲妻篇が終わったら続きは何が良いか 選択によって稲妻篇の最後が変わる。

  • 璃月篇(海灯祭)※この話の本編
  • 引き続き稲妻篇
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