闇に呑まれていた鬼の娘を500年かけて看病した仙人が、異国で恋愛小説の餌食に…… 作:時代に遅れている
今回は千代さんの様子をヤバイ感じで書いたかも……
珊瑚宮についてのところとか色々考えたけれどこれが精一杯でした。
何も考えずにお読みください。
「……ここは……漉華の池?」
気がつくと俺は、璃月の瓊璣野に広がる漉華の池のほとりに立っていた。
水面は月光を受けて静かに揺れ、色鮮やかな水草や花が漂い、どこか幻想めいた輝きを放っている。
だが俺にとってこの場所は、決して安らぎの場ではなかった。
過去に縛られ、逃げられない記憶を何度も思い出させる、呪縛そのもの。
「……なぜ、俺はここに……?」
さらに違和感があった。
水面に映る自分の姿――それは今の俺ではない。
炎を纏い、荒々しい龍の姿をしたかつての俺。
血を好み、戦いを歓喜し、破壊を楽しむ……
傍若無人で、ただ暴れるだけの存在。
あの頃は、一度暴れれば帝君と仙人たちが揃って俺を止めに来ることすらあった。
……その姿に、背筋が冷たくなる。
「なぜ……なぜ俺は、あの頃の姿に……?」
思考が絡まり、答えが見えないまま――
――ドスッ。
突然、胸の奥を突き破るような鋭い衝撃。
刃が肉を裂く感覚が、腕から伝わってくる。
「……え?」
恐る恐る視線を下げる。
俺の手に握られた武器、その先に貫かれているのは――
「……千代……?」
いや、千代とは違う……かつて共に過ごした女性だった。
その瞳は驚愕と悲哀を宿したまま、俺を見つめている。
震える声が漏れた。
「嘘だ……また……また俺は……」
――また同じ過ちを犯したのか。
守ると誓った存在を、自らの手で傷つけるなど……。
胸の奥から、罪悪感が這い上がってくる。
その時。
「やはり……人々を守ることが出来るのは“永遠”のみ。」
低く、重々しい声が空気を震わせる。
心臓が凍りつく。
その声を、俺は知っていた。
振り返ると、そこに立っていたのは――雷電将軍。
紫電を纏い、無慈悲な眼差しで俺を見下ろしている。
そして彼女の手には、世界を断つ力――夢想の一太刀。
「自らの意思で動かぬ者に、誰も守ることなど出来はしないのです」
次の瞬間。
刃が振り下ろされる。
紫の光が、夜の漉華の池を切り裂き、空を裂き、世界そのものを両断した。
視界を埋め尽くす閃光の中で、俺の思考は真っ白に塗りつぶされていった。
――――
「はっ……! はぁ、はぁ、はぁ……」 胸が焼けるような息苦しさと共に目を開けた。
自身の体には包帯で至る所を巻かれており、手当てを受けていたことがわかる。
ふと目線を横に向けると
視界の中で、柔らかな色彩が揺れる。 そこに座っていたのは――淡いサーモンピンクのロングヘアーを持つ女性。 瞳は瞳孔のない薄藍色で、虹彩の上部に大きな白い光が宿り、水面に差し込む朝日を閉じ込めたような輝きを放っている。
髪はトップで二つに分けられ、高く結われたポニーテールが左右へゆるやかにカーブしている。藍色のヒレのような飾りが髪を彩り、その動きはまるで海中を漂う魚のひれのようだ。
身に纏うのは、オフショルダーの紺色の着物風コート。袖口には淡いブルーの渦巻きが波紋のように広がり、海の呼吸を映すかのごとく揺れている。 コートの下から覗くのは、白とライラックのローカットのボディスーツ。裾は花びらを切り取ったようなスカラップ仕立てで、胸元には大きな藍色のリボン。その中心には二本の紫のリボンとともに、水の神の目がきらめいていた。
足元には下駄が音もなく置かれ、白とライラックのハーフグローブが細い指先を包む。首元にはターコイズの宝石が下がった紺とライラックのチョーカーが、彼女の存在をひときわ神秘的にしている。
「良かった……あなたは、この二日間ずっと眠り続けていたんですよ」
目の前の女性――は、まるで波が引いていくように安堵の息を吐いた。 落ち着いた声色に、どこか神殿の奥深くで響く祈りのような響きがある。
「ここは……それに、あなたは?」 問いかけると、彼女は軽く背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「ああ、自己紹介がまだでしたね」 その口調は丁寧だが、余裕を感じさせる柔らかさがある。 「私は珊瑚宮心海。ここ、海祇島の――現人神の巫女です」
海祇島……現人神の巫女……。 またしても、俺の知らぬ言葉が波のように押し寄せてくる。
「それで、あなたの名は――」
「ああ、そちらが名乗ったのなら、俺も……」 礼には礼を。名を返そうと息を吸い込んだ、その瞬間――
「そいつの名は蒼雲、アタシたちの――」
「ダチ公だァ!」
聞き覚えのある、朗々とした声が室内に響き渡った。 思わず振り向くと、そこに立っていたのは――
「ほ、北斗!」
豪快に笑う北斗は、腕を組んでこちらを見下ろしている。 「よぉ、起きたか〜! お前がまる二日寝込むなんて、一体何が起きたんだ?」
「姉君……蒼雲殿は起きて間もない。突然大声を出されたら困るでござるよ」 背後から控えめに諫める声。振り向けば、そこには万葉が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「万葉まで……」 思わずため息混じりに呟くと、珊瑚宮が俺たちを交互に見やる。
「ほう……北斗さんたちのお知り合いでしたか」
「知り合いじゃないぞ。ダチこ――」
「それは分かりました」 北斗の言葉を途中で切り上げ、珊瑚宮は静かに続ける。 「あなたのご友人なら、彼は抵抗軍として動いてくれると思いますので」
抵抗軍……? この国は、一体いくつの派閥が入り乱れているのだ……。
「そして――あなたに聞きたいことがあります」 彼女の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。 「あなたは、なぜあの場に倒れていたのか……ということです」
その問いは、まるで水底へと引きずり込む潮のように、心の奥に沈んでいった。
俺は、稲妻で起きた出来事を順を追って語った。 雷電将軍との対峙――目狩りの儀式の場で、仲間を逃すためだけに挑み、そして敗れたこと。 夢想の一太刀が振り下ろされた瞬間、緊急時にのみ発動する秘術を使い、その場から辛くも離脱したこと。
話を終えた時、心海の薄藍の瞳が大きく見開かれた。 「なるほど……って、え?」 驚きが声に滲み、彼女は少し身を乗り出す。 「……あの将軍様と戦い、仲間を逃すだけの時間を稼いだうえで……その一太刀を受け、生き残ったんですか!?」
すぐ横から、北斗の豪快な笑い声が響く。 「ハッハッハ! 流石、私の見込んだ男だ!!」
その声をやわらげるように、万葉が頷く。 「正直なところ、拙者も驚いているでござる。どうやってあの一太刀から生き延びたのでござるか?」
俺は肩をすくめ、短く息を吐いた。 「……まぁ、将軍の一太刀が最大威力でなかったのが大きいだろうな。 それに……攻撃に使おうと溜めていた水を、咄嗟に身体を覆う形に変えて衝撃を散らした。それも功を奏したはずだ」
心海は小さく首を横に振り、深い息を漏らした。 「……普通なら、それでも死んでいますよ」
その一言が、妙に重く胸に残る。 あの場で立ち向かったことが、果たして勇気だったのか、それともただの無謀だったのか――答えは未だ見えない。
けれど、今こうして息をしている以上、立ち止まるわけにはいかない。 俺は視線を落とし、心海たちの前で静かに拳を握った。
沈黙がひととき場を満たした。 海祇島の軍師――珊瑚宮心海は、視線をまっすぐ俺に向けたまま、ゆるやかに口を開く。
「……蒼雲さん」 その声は海の底から響くように静かだが、芯の通った響きを帯びている。 「あなたの力と、その判断力は、今この稲妻にとって貴重なものです。 できれば――私たち抵抗軍として行動を共にしていただきたい」
その言葉に、北斗は腕を組んでニヤリと笑い、万葉は瞳を細めた。 「おうおう、やっぱりそうくるか」 「ふむ……これは逃げ道がなさそうでござるな」
俺は軽く眉をひそめ、しばし考える。 抵抗軍――雷電将軍に楯突くことは、すなわちこの国の全てを敵に回すことを意味する。 しかも、俺はすでに将軍に目をつけられた身……関われば、心海たちまで危険にさらすかもしれない。
だが―― あの目狩り令で奪われた人々の表情、雷光の下で震える者たちの背中が脳裏を過ぎる。 それを見過ごせば、俺はまた後悔するだろう。あの日、彼女を失った時のように。
俺はゆっくりと息を吸い、吐く。 「……分かった。俺にできることがあるなら、力を貸そう。ただし――俺は俺で動くがそれでもいいか?」
心海は小さく微笑み、深く頷いた。 「ええ。それで構いません」
その瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。 決意が、ここに一つ加わったのだ。 この稲妻という嵐の国で、新たな戦いが始まろうとしていた。
その夜、海祇島は波の音と虫の声だけが響いていた。 珊瑚宮心海の寝所では、灯籠の淡い明かりの中、侍女の声が控えめに響く。
「……あの、珊瑚宮さま」 「何ですか?」 心海は書簡から視線を上げ、柔らかな笑みを崩さずに応じた。
「その……あの方を仲間に引き入れて、本当に大丈夫なのでしょうか?」 侍女は言葉を選ぶように、慎重に続ける。 「確かに、あの方は強いと聞きました。あの『一太刀』を受けても生き残ったなど、兵たちが知れば士気は跳ね上がるでしょう。敵の戦意を挫く効果も、きっとあるはずです」
しかし――と、侍女は眉を寄せた。 「相手の大将は“あの天狗女”だと伺いました。将軍様に強く忠誠を誓う者……そのような相手が彼を見れば、逆に味方の士気を奪いかねません」
「ええ、確かにそうです」 心海は筆を置き、視線を遠くに投げる。 「これは一種の賭けです。もし彼女が蒼雲さんを捕らえることに執着し、無理にでも味方を奮い立たせようとするなら……私たちの勝機は、ますます遠のくでしょう」
それでも――と、彼女の瞳に淡い光が宿る。 「正直、蒼雲さんの実力をこの目で確かめたわけではありません。それでも……彼なら、この戦況を覆せる気がするのです」
その言葉は、海の底に沈む真珠のように静かで、それでいて確かな輝きを放っていた。
◆
俺は夜の浜辺に立っていた。 月明かりに照らされた海面が、ゆらゆらと銀の波をつくる。遠く、鳴神島の輪郭が闇に溶けかけている。
「蒼雲殿」 背後から、柔らかい声が聞こえた。振り返れば、万葉が月影を背負って立っている。
「万葉か……」 「其方も夜風にあたりに来たでござるか?」 「まぁ、そんなところだ」
言葉が途切れると、波の音が会話の隙間を満たした。
「……千代殿のことを考えていたのでござるな?」 俺は答えなかった。
千代は本当にすごい。 自らを斬った将軍の技を前に、ひるむことなく立ちはだかり、己の意志を貫いた。 それに比べ、俺はどうだ。あの頃から一歩も前に進めてはいない。
その時、浜辺を渡る風が急に強く吹き抜けた。 潮の香りを孕んだ風は冷たく、胸の奥の古傷をなぞるようだった。
万葉はわずかに肩を震わせ、俺の肩にそっと手を置くと、何も言わず背を向けて歩き去っていった。
『なんか哀れみのような物を感じたんだが……何かあったのだろうか』
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おまけ
トーマと千代を助けに行った、あの日から二日。 ようやく俺たちは休養らしい休養を取ることができた。……ただし、心は全く休まっていない。
理由はひとつ。蒼雲の行方が、まだ分からない。 そして――そのことを一番気にしているであろう千代の様子が、どうにもおかしい。
いや、「おかしい」じゃないな。……怖い。
紫色に濁った殺気が、まるで霧のように周囲を覆っている。黒く長い髪は海風にゆらめき、視線はただ沖合の一点を刺すように見据えていた。 しかも、日が昇ってから沈むまで、ずっとこの姿勢だ。
小声で何やら呟いているのも聞こえる。
「……私と離れて他の女と……せめて手紙くらい送ってくれれば……」 その声色は冷たく、海より深い底を覗き込むようだった。
トーマが俺の肩を軽く叩き、低く囁く。
「……旅人、アレ……大丈夫だと思うかい?」
いや、どこからどう見ても大丈夫じゃない。
ただ、俺も蒼雲ほどじゃないが女性の扱いには自信がない。どうしたものか……と悩んでいると、パイモンがひらめいたように言った。
「綾華に頼んでみるのはどうだ?」
「……なるほど」
ナイスだ、パイモン。
しばらくして、綾華が千代の隣に腰を下ろし、穏やかに声をかけてくれた。
最初は和やかに進んでいるように見えた……が、途中から空気が急変する。
「旅人さんは……」
「蒼雲も……」
……同じ領域に踏み入れたァァァァァ!?
俺とトーマは顔を見合わせ、完全に手詰まりを悟った。
パイモンは小さな声でつぶやく。
「うぅ……二人とも闇に取り憑かれちゃったぞ……」
この後、そばでその様子を愉しんでいた神子がその場を収め抵抗軍と協力するように示したのはまた別の話。
稲妻篇が終わったら続きは何が良いか 選択によって稲妻篇の最後が変わる。
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璃月篇(海灯祭)※この話の本編
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引き続き稲妻篇