闇に呑まれていた鬼の娘を500年かけて看病した仙人が、異国で恋愛小説の餌食に…… 作:時代に遅れている
急に増えて私も驚いております。
みなさまのおかげで見事赤ランプが点りました!!
ここから展開が急だったりするかもしれませんが宜しくお願いします。
今回は長め最後にあの方が登場!
ではお楽しみくださいませ
稲妻への航路——雷雨の領域を超えて
「北斗船長ォォ!! 雷雨の領域、超えました!!」
船員の叫びが、嵐の去った海に響き渡る。
「よぉし! 野郎ども、よくやった!!」
北斗船長が、豪快に笑いながら大剣を肩に担ぐ。その姿は、嵐を制した覇王のように堂々としていた。
「稲妻までの航海の難所は超えたが、気を抜かずに進め!!」
「「「おォォォ!!」」」
船員たちの歓声が甲板を揺るがす。
(まさか……あんな方法で突破するとは——。)
少し遡る
俺たちが船に乗り、しばらく経った頃だった。
空は次第に暗くなり、遠くの水平線には、紫電がちらつき始める。
やがて、船員の一人が険しい顔で叫んだ。
「船長ォォ!! そろそろあの領域に入ります!!」
稲妻への航路の最大の難所——雷電将軍の支配する嵐の領域。
この先は、天が裁きを下すかのように雷が荒れ狂う、まさに「稲妻の壁」とも呼べる場所。
俺と旅人は、互いに目を見合わせた。
もし何かあれば、すぐに元素力を使って船を守るつもりだった。
しかし——
「……?」
俺たちが身構えているというのに、北斗船長は涼しい顔をしていた。
いや、それどころか、船員たちも万葉も、誰一人として動揺していない。
まるで、これが日常の光景であるかのように——。
そして、ついに俺たちは雷雨の領域へと突入した。
嵐の中心で見たもの
その瞬間——世界が雷の光に染まった。
空は裂かれ、無数の雷が暴れ狂い、怒涛のような豪雨が甲板を叩きつける。
雷の閃光が海面を焼き、その度に紫色の稲妻が波間に轟く。
轟音と共に、黒雲の中で龍のようにうねる雷の刃。
船が進むたび、空そのものが怒りを顕にするかのように、四方八方から雷が落ちてくる。
このままでは、船が雷に貫かれ、ひとたまりもない——そう思った、その時だった。
北斗が、仁王立ちになり、ゆっくりと大剣を構えた。
そして——
「——伏せてな!!」
その一声と共に、彼女は大剣を甲板に突き刺した。
その瞬間、俺たちは目を疑った。
「——何!?」
雷鳴が響き渡る中、北斗を中心に雷元素が荒れ狂う。
しかし、それは無秩序な嵐ではなかった。
彼女の足元から奔る雷の閃光が、まるで生き物のように広がり——
「雷の盾」
そう呼ぶしかないものが、死兆星号全体を包み込んだ。
巨大な雷元素のドームが船を覆い、その外側では無数の稲妻が暴れ狂っている。
だが、その雷は決して船を傷つけることはなかった。
まるで、嵐そのものが彼女の力を認め、従っているかのように——。
さらに、驚くべきことに、盾の周囲には二匹の巨獣が姿を現した。
雷の龍か、それとも雷獣の化身か——それらは北斗の創り出した雷の盾の周りを旋回し、落ちてくる雷を次々と喰らっていった。
(これは……一体……!?)
旅人、パイモン、千代——俺たちは皆、言葉を失っていた。
旅人とパイモンは、巨大な雷の盾に驚いたのだろう。
だが——俺は違った。
俺が驚いたのは、これほどの芸当が「人間」にできるという事実だった。
(人間が、ここまで元素力を扱えるというのか……?)
俺の知る限り、元素力を扱う人間とは、武器に帯びさせたり、ある程度の術を行使できる程度のものだった。
だが、今俺が目の当たりにしているのは——
船を丸ごと覆い尽くすほどの雷の盾。
まるで神の領域に踏み込んだかのような、規格外の力。
嵐を従え、雷を飼い慣らし、その威風堂々とした立ち姿は、仙人ですら畏敬の念を抱かせるほどのものだった。
こんなことが、本当に可能なのか?
俺たちが呆然と立ち尽くしていると——
「驚いたでござるか?」
隣にいた万葉が、静かに微笑んでいた。
雷光が彼の横顔を照らし、風が彼の髪を揺らす。
俺は、言葉を失ったまま、ただ彼を見つめた。
「ああ……改めてすごいな、お前のとこの船長は。」
俺が呆然と呟くと、旅人も同じように北斗の背を見つめながら口を開いた。
「どうして、こんなことができるの?」
それは、当然の疑問だった。
人間がここまで元素力を操ることができるのか?
雷を統べる神の加護でも受けているのか?
——いや、それとも、彼女自身が何か特別な存在なのか?
俺たちの疑問に、万葉が微かに微笑みながら応えた。
「二人は、北斗殿が『海山』と呼ばれる巨大な魔物を倒したことは知っているでござるか?」
俺と旅人は、同時に頷いた。
「あれが、海山を滅ぼした力なのか?」
「それは間違いでござる。」
万葉は静かに、夜風に揺れる海を見つめながら言葉を続ける。
「実は、北斗殿は——神の目がない時に、その海山を倒したそうでござるよ。」
「………は?」
俺は思わず聞き返した。
旅人も驚愕のあまり、声を裏返らせる。
「えェェェ!!」
信じられない。
あれほど巨大な魔物を——仙人ですら手を焼くような存在を——生身の人間が討ち滅ぼしたというのか?
魔神や仙人ほどの力を持たぬ身で、ただの人間が?
俺の常識が、完全に覆された。
「それも——一撃で……。」
万葉の言葉に、俺と旅人は再び沈黙した。
「…………」
俺の頭の中に、巨大な影が浮かぶ。
海を支配する凶暴な魔獣——海山。
それが、一振りの剣によって斬り伏せられた光景が、まるで幻視のように浮かんでくる。
万葉は、静かに語り続けた。
「あの一撃は——『雲を突き抜き、月を一刀両断する』と評されたそうでござる。」
その言葉だけで、どれほどの威力であったかが分かる。
仙人の槍が山を貫くように——神の雷が天を裂くように——
それほどの一撃を、この女は放ったのか。
俺は、再び北斗を見つめた。
彼女は未だに仁王立ちしたまま、前方を見据えていた。
嵐を超え、海を進み、決して視線を逸らさず、進むべき道を見据えている。
彼女にとって、すべての困難は「前へ進むだけ」のものなのか。
——強者の風格とは、こういうものなのか?
万葉の語りは、なおも続く。
「そして——北斗殿が神の目を得たのは、その後でござる。」
「耳を聾するほどの雷鳴と共に、紫色の電光が、血を浴びた北斗殿の前に降りた——と。」
それは、まるで神が彼女を選んだかのような光景だった。
神の目とは、願いや思いが極致に達したとき、神が与えるものだと聞く。
だが、北斗は——
「つまり、北斗船長は……願いや思いではなく、自身の成し遂げた偉業によって神の目を得た……と?」
万葉は深く頷く。
「いかにも。」
俺は、深く息を吐いた。
(なるほど……。)
彼女が、他の「神の目を持つ人間」と比べて、圧倒的な元素力を操れる理由が分かった気がする。
彼女は神の力を望んだわけではなく、ただ己の力を突き詰めた末に、それを手にした。
だからこそ、彼女の雷の力は、まるで神が宿っているかのように強大なのだろう。
俺たちが万葉の話に聞き入っている間も、北斗は微動だにせず、前を見据えていた。
俺は、彼女の背中を見つめながら、静かに呟いた。
大剣を肩に担ぎ、堂々と甲板の中央に立つ彼女の姿は、まるで海を統べる覇王のようだった。
ーーーーーー
そして現在
「さぁ、着いたぞ!」
北斗の豪快な声が、潮風に乗って甲板に響き渡る。
「ここが……お前たちが行きたがっていた稲妻だ!」
「うわぁ!!」
旅人とパイモンの驚嘆の声が重なり合う。
俺も静かに視線を上げ、目の前に広がる光景を見つめた。
——そこにあったのは、まるで絵巻物の中から抜け出したかのような異国の大地。
夕焼けが、稲妻の離島を朱金に染めていた。
空の紅が、溶けるように海面へと広がり、波間に砕けた光が金色の欠片となって揺らめく。
離島の静寂は、まるで時の流れから切り離されてしまったかのようだった。
かつて栄えたであろう港には、今や一隻の船影もない。
静まり返った埠頭には、かつての喧騒の名残すらなく、ただ潮風が朽ちた木材の隙間を吹き抜けるばかりだった。
そして、風に運ばれる紅葉の葉が、一片、また一片と宙を舞い、淡い朱の彩りを加えていた。
それはまるで、長い時の流れの中で忘れ去られた記憶が、そっと大地に舞い戻るかのようだった。
木々の枝を揺らす風が、どこか遠くから囁くように吹き抜け、潮風と共にその香りを運んでくる。
そして——
視線の先、島の背後にそびえる山の頂には、一際異彩を放つ神社が鎮座していた。
朱塗りの柱は、夕陽を浴びてまるで燃え盛る焔のように赤く染まる。
しかし、それ以上に俺の目を引いたのは——
神域を取り巻く、不思議な輝きだった。
青と紫の光が、まるで生きているかのように脈打ち、空気を揺らしていた。
その光は、雷雲の切れ間に閃く稲光のようでもあり、深海の底で揺らめく神秘的な輝きのようでもあった。
まるで、そこに足を踏み入れた者に、何かを語りかけるかのように。
畏怖を抱かせるほどに神々しく、そして、心を惹きつけるほどに妖しく。
不気味さと神聖さが入り混じるその光景は——俺が知る璃月とも、かつての仙人の地とも異なる、まさに「稲妻」という国の象徴のようだった。
「……本当に、五百年も経ったんだ。」
静かな呟きが、波の音に溶けるように響いた。
俺は、そっと隣を見た。
千代が、じっとその大地を見つめていた。
その瞳には、驚きでも、喜びでもない。
ただ——長い時の流れを噛みしめるような、静かな寂寥が宿っていた。
(千代にとって、稲妻は——かつての故郷でありながら、もはや過去に置き去りにされた世界なのかもしれない。)
五百年。
その間に、この地はどれほど変わったのか。
千代の知る稲妻は、もうどこにもないのかもしれない。
だが、それでも——
彼女は、今ここに立っている。
かつての罪に囚われながらも、それでも、再びこの地に足を踏み入れることを選んだ。
俺は、静かに彼女の肩を叩いた。
「——行こう。」
千代は、一瞬俺を見た後、ゆっくりと頷いた。
船から降りて旅人たちと進むとその先で
「やっと来た。」
低く、それでいてどこか陽気な声が、港の静寂を破った。
視線を向けると、そこにいたのは、一人の男——
彼は、何かを待ちくたびれたように荷物の上に腰を下ろし、モラを飛ばしてはキャッチし、また飛ばしてはキャッチを繰り返していた。
彼の姿は、異国情緒と武士の風格が混ざり合ったような不思議な雰囲気を醸し出している。
長い金髪は後頭部で乱雑に切り揃えられ、肩にかかる部分を除いては短く無造作に揺れている。
赤い紐で結ばれたポニーテールが、潮風に揺れ、鮮やかな緑の瞳が、まるで猫のようにこちらを見据えていた。
黒いシャツの上には、赤と黒の装飾的なクロップドジャケットを纏い、胸元には銀のドッグタグが鈍く光る。
洋装と侍の甲冑が融合したような独特な装い——その袖のボタンには、フルール・ド・リスのデザインが施され、指先には金で縁取られた小手のような装飾が覗く。
頭には黒い金属製のカチューシャをつけ、それには鬼の前立を思わせる金色の角がついていた。
まるで、異国と稲妻の文化を巧みに織り交ぜた存在——それが彼だった。
男は軽くモラをキャッチしながら、口角を上げた。
「璃月の姉御、待ちくたびれてたところだよ。」
「それと……四人の密航者……あっ、いや、客人と言うべきか。」
パイモンが慌てて口に指を当てる。
「シーッ!!」
「悪い悪い、ハハハ。」**
男は楽しげに笑いながら、肩をすくめた。
(コイツ……俺たちで楽しんでないか?)
北斗が腕を組み、軽くため息をついた。
「あんたたちの将軍様のせいで、近頃は稲妻近海の雷雨と暴風が前よりも強くなってやがる……。」
「もちろん、アタシの船隊も本領を発揮したが、それでも少し時間がかかっちまった。」
俺は思わず心の中で呟く。
(いや、十分だろ。)
あの雷雨の中を抜け、こうして無事に稲妻に辿り着いたのだ。それだけで驚異的な航海技術だろう。
北斗は肩をすくめ、男に目を向ける。
「そうだ、紹介しよう。こいつはトーマ。最近知り合った商売仲間だ。」
トーマと呼ばれた男は、軽く手を上げた。
「よっ、君たちに会えることをずっと楽しみにしてたよ。」
その声は、どこまでも軽やかだったが、その瞳にはどこか鋭いものが潜んでいた。
「そこの二人の紹介はいらない。異郷の旅人の名声は、嵐だろうと防げないからね。」
旅人は微笑みながら応える。
「こんにちは、トーマ。」
パイモンは得意げに胸を張る。
「嬉しいこと言うなおまえ、えへへっ。」
トーマは微笑みながら、今度は俺たちに視線を向けた。
「……でも、そっちの二人については、お願いしてもいいかな?」
北斗が俺の方を見やり、軽く顎をしゃくった。
「ああ、コイツはなぁ……おい。」
俺は小さく息を吐き、トーマに向き直った。
「俺は蒼雲。水晶売りの商人だ。」
そう言って、俺は傍らに置かれた木箱を軽く叩く。
「そして、隣にいるのが連れの——」
千代は、一瞬躊躇いながらも、小さく頭を下げた。
「ひ、飛蝶。よろしく。」
(万葉の忠告通り、千代の身元は隠すべきだ。)
船員たちの協力もあり、千代は璃月の商人風の衣装を纏い、頬には蝶の印が刻まれていた。
見た目だけならば、彼女が「伝承の悪鬼」だったとは思われないだろう。
だが——
トーマの視線が、俺の持つ木箱へと移った。
「……その箱に入ってるのが、水晶かい?」
俺は、何気なく頷く。
「あ、ああ、そうだが?」
すると、トーマは木箱をじっと見つめ、片手を顎に添えた。
「とても綺麗だね。まるで——水のようだ。」
「ハハハ………。」
俺は、ひきつる笑みを浮かべながら、内心で警戒心を高めた。
(……コイツ、見破ったのか?)
俺が水晶売りと名乗ったのは、もちろん偽りだ。
だが、この木箱の中に入っているものは、本物の水晶ではない。
俺が、一時的に水を固めて、水晶のように見せかけたものだ。
通常の人間が見れば、それは透き通った美しい水晶にしか見えないはず。
だが、トーマは一目でそれを「水のようだ」と言った——まるで、その正体を見抜いているかのように。
俺は、何気ないふりを装いながら、改めてトーマを見つめる。
陽気な笑みを浮かべてはいるが、その瞳には鋭い光が宿っていた。
(……悪い奴ではなさそうだが、警戒するに越したことはないな。)
潮風が吹き抜け、稲妻の大地の香りが鼻をくすぐる。
「ふむ、自己紹介は以上だな。」
北斗船長が腕を組み、満足げに頷く。
彼女の言葉に、潮風が応えるように吹き抜け、静かに波が桟橋を打つ音が響いた。
「みんな、トーマはもう長いこと離島で活動している、ここの顔役と言っても過言ではないだろう。」
「何か困ったことがあればこいつを訪ねるといい。」
そう言って、北斗はトーマを指し示す。
トーマは軽く肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「アハハッ……安心してくれ、オレたちなら仲良くやれると思うよ。」
しかし、北斗はそこで言葉を切ることなく、じっとトーマを見据えた。
「……だが、もしこいつがあんたらに不埒を働けば——次、稲妻に来た時、アタシがあんたらの代わりにこいつをシメてやる。」
場の空気が一瞬だけ張り詰める。
北斗の目は冗談を言っているものではなく、まるで雷を宿したかのように鋭い。
トーマは一瞬だけ苦笑し、それから両手を挙げた。
「おおっと、それは勘弁だな。」
「まあ、信じてくれよ。オレは意外と義理堅いんだ。」
軽い口調ながらも、その瞳にはどこか誠実さが宿っていた。
(……この男、ただのお調子者ではないな。)
北斗は満足したように頷くと、ふと空を見上げた。
「そろそろ時間だ。」
「アタシの船にはまだ『お尋ね者』が一人乗ってるからな。」
「長居はできない。」
俺はその言葉に、ふと万葉の姿を思い浮かべた。
——目狩り令に追われ、自由を求めて海を渡る流浪の侍。
北斗がここで足を止めるわけにはいかないのも頷ける。
彼女は俺たちを順番に見渡し、大きく笑った。
「また会おう!」
「お前ら、稲妻でどんな『荒波』に遭おうが、乗り越えてみせる!」
旅人が真っ直ぐ北斗を見据え、力強く頷いた。
「もちろん、自信はある!」
俺も隣の千代を見やる。
「ち……飛蝶、頑張ろう。」
千代は少し驚いたように目を見開いたが、やがて小さく微笑んだ。
「……うん。」
パイモンは手を振りながら、名残惜しそうに叫ぶ。
「バイバーイ! 元気でな〜! 北斗船長〜!」
船の帆が風を受け、死兆星号がゆっくりと港を離れていく。
北斗はそのまま振り返ることなく、大海原へと消えていった。
審査所へ——規則を守り、規則をかいくぐる
トーマが軽く手を叩き、俺たちを振り返る。
「さて、それじゃ、まずは審査所で登録手続きを済ませよう。」
パイモンが眉をひそめ、不安そうに身を乗り出す。
「えっ、稲妻のお偉いさんに会うのか? こっそりって言ったはずだけど……。」
トーマは苦笑しながら、手を振る。
「ハハッ、『鎖国令』を舐めないでくれ。」
「身分を調べることからは、どう足掻いても逃れられないよ。」
「だからこうして、規則を守りながら——規則をかいくぐるんだ。」
旅人は納得したように頷く。
「そ、そっか……。」
俺はその様子を眺めながら、内心で呟く。
(そっかって……まさか準備してない、なんてことはないよな?)
旅人のことだ、そんなヘマをするはずがない——と信じたいが、少し嫌な予感がする。
トーマに案内され、俺たちは審査所へと向かった。
審査所——試される通行証
「……よし、ここだ。」
トーマの言葉に、俺たちは足を止めた。
審査所は桟橋を出てすぐの場所にあった。
「……よし、ここだ。」
審査所は桟橋を出てすぐの場所にあった。
開放的な作りで、壁はなく、四本の柱で屋根を支えている。
そこには提灯が吊るされ、暖簾が風に揺れている。
受付には、幕府の審査官が座っていた。
彼は厳格な表情を崩さぬまま、淡々と告げる。
「こんにちは。身分の証明と、島へ上陸する目的を教えてください。」
そして、トーマに目をやると、すぐに軽く頷いた。
「あっ、もちろんトーマさんは結構です。」
俺は即座に書類を取り出し、審査官に差し出した。
(なぜ、俺が書類を用意できたのか?)
それは璃月にいた頃——ピン婆やと会った際、たまたま居合わせた法律家・煙緋がいたからだ。
璃月の「歩く規則」とも言われる法律家——煙緋。
長いサーモン色の髪を揺らし、肩の短い毛先が桃色に退色したその女性は、手元の分厚い法典を捲りながら俺に言った。
「稲妻に渡るなら、書類を用意しておいた方がいいぞ?」
彼女は青白い肌にティールグリーンの瞳を光らせ、角の見える横顔を上げると、金のトンバオ型のボタンを指先で弾いた。
「もちろん、婆やの友人だろうと相談料はいただくが……。」
……結果、何十万というモラが飛んでいった。
だが、そのおかげで俺は堂々と審査を通過できる。
正直、金がかかりすぎた気もするが……まあ、損ではなかったな。
審査官は俺の書類を確認し、あっさりと通過を許可した。
——しかし。
俺の視線の先、旅人とパイモンの前で、審査員が眉をひそめていた。
「お二方は?」
旅人は少し緊張した様子で答える。
「俺たちは……お酒と鉱石の商売に……。」
「そうなんですか?」
審査員が鋭く目を細める。
「今は『万国商会』の商人のみが、そういった類の貿易業務を許可されています。」
「お二方は商会から許可を得ているのでしょうか?」
パイモンが慌てて口を開く。
「あっ……オ、オイラたちは……。」
だが、言葉に詰まる。
その様子を見た審査員は、静かに首を振った。
「すみません、お二方には——」
俺は、思わず頭を抱えた。
(まさか本当に準備してないのか!?)
旅人、お前……このままでは、入国できないぞ!?
「これが二人の上陸手続きの書類だ、確認してくれ。」
トーマが軽く微笑みながら、審査員に書類を差し出した。
俺は一瞬目を疑った。
……あったのか?
旅人とパイモンも、一瞬唖然とし、それからパイモンが怒ったように叫ぶ。
「おい! あるならもっと早くに出しとけよ!」
トーマは肩をすくめ、軽く笑った。
「アハハッ、君たちがどう対応するのか少し気になったんだ。悪い悪い。」
……こいつ。冗談もほどほどにしないと、本当に北斗にシメられるぞ。
審査員は書類を受け取り、淡々と目を通す。
「ふむ……そうでしたか。書類に問題はありません。」
「離島へようこそ。」
パイモンが大きく息を吐いた。
「ふぅ……。」
旅人も安堵したように頷く。
だが、ここで終わりではない。
「これからどこに行けばいいんだ?」
パイモンが問いかけると、トーマが指を一本立てながら答えた。
「『遠国監察』だ。」
「ここは上陸の可否を調べるだけなんだ。離島に滞在するなら、遠国監察で滞在手続きを行う必要がある。」
パイモンは顔をしかめ、明らかに気が重そうに言った。
「うぅ……なんか聞いただけで厳しそうなとこだな……。」
トーマは苦笑しながら肩をすくめる。
「稲妻では、外国から来た人間を『外の人』と呼ぶくらいだからね。」
この言葉が示すものは明白だった。
つまり、この国では異国の者が根付くことはおろか、存在することすら快く思われていないということ。
トーマは少し声を低くして続ける。
「鎖国令によって封鎖されている今の状態じゃ、外国人が簡単に受け入れられることはないんだ。」
「たとえそれが、『異邦人居留地』のあるこの離島でもね。」
旅人は静かに頷く。
「それなら仕方ない……。」
俺も心の中で同意した。
(ああ……後になって面倒事が増えても困るからな。)
規則に従うしかない以上、ここで無理に抗うのは得策ではない。
トーマは満足げに笑い、俺たちを見渡す。
「ハハッ、君の覚悟は気に入ったよ。」
「オレたち、気が合うんじゃないかな?」
……こいつの言葉は飄々としているが、どこか本心を探りにくい。
「じゃあ行こう、遠国監察へ。」
遠国監察へ——規則の支配
「これら規則のほとんどは、離島をずっと管理してきた——『勘定奉行』によって定められたものなんだ。」
歩きながら、トーマが説明する。
パイモンが首を傾げる。
「『勘定奉行』?」
「稲妻三奉行の一つで、主に国家の財産を管理したり、国に利益をもたらしたりするのが責務ってわけ。」
トーマが言葉を紡ぐと、千代が淡々と続けた。
「……他にも、文化活動や祭祀を司る『社奉行』、治安維持と軍事を担当する『天領奉行』がある。」
トーマは一瞬驚いたように千代を見た。
「おや? そちらの娘さんは、かなりの物知りみたいだね。」
千代は、表情を変えずに答えた。
「……異国を渡る上で、ある程度の知識を身につけておく必要があるのは当然でしょう?」
トーマは軽く笑い、肩をすくめる。
「ハハハ、これは一本取られたね。」
そうこうしている間に、俺たちは遠国監察所へと辿り着いた。
遠国監察——金の鎖
……岩王帝君。
俺が五百年も洞天の中にいたのが、そんなにいけませんでしたか?
俺は静かに嘆息する。
なぜなら——
今、俺たち……四〇〇万モラ徴収されてるんですけど……
審査員は淡々と告げた。
「滞在手続きには、一人あたり一〇〇万モラが必要となります。」
「どうぞ、規則に従ってお支払いください。」
俺は思わず目を疑った。
旅人とパイモンも硬直している。
千代に至っては、明らかに狼狽している様子だった。
「……んなわけないだろ!!」
と叫びたくなったが——
ここで抗議をすれば、即座に追い返される。
今の俺たちは、異国の人間。
つまり、立場上、非常に弱い位置にいる。
異国の規則に逆らうことは、即ち「滞在許可の取り消し」を意味する。
しかし——
「……払えるわけがない。」
俺は、腰の袋に手を当てる。
持ち歩いているモラは、煙緋との相談料でスッカラカン。もちろん四〇〇万モラなど払えるはずもない。
旅人たちも同じだろう。
どうする?
どうすればいい?
このままでは、俺たちはここで詰む。
いや、千代は——
ようやく稲妻の地を踏みしめたというのに、ここで追い返されるのか?
そんな考えが頭を巡り、焦燥が胸を締め付ける。
どうすればいいかわからなくなった、その時——
俺たちの前に、ゆっくりと一歩を踏み出す影があった。
トーマが、柔らかい笑みを浮かべながら、審査員の前に立ったのだ。
「さて……どうやらオレの出番みたいだね。」
彼の声は、まるで潮風のように軽やかだったが——
その瞳には、鋭い光が宿っていた。
「ハハッ……お嬢さん、この二人はオレの友達なんだ。」
トーマは笑みを浮かべながら、審査員の百合華へと軽く身を乗り出した。
「ほら、オレって一応ここの顔なじみでもあるし……。」
彼の口調はあくまで軽やかだったが、その言葉の裏には確かな自信が滲んでいた。
百合華はしばらく俺たちを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「あら、トーマさんのお連れ様でしたか。」
そして、軽く扇を広げながら、やや芝居がかった仕草で言葉を続ける。
「では、トーマさんの顔に免じて……40万モラにしましょう。」
俺は思わず息を呑んだ。
(すごく安くなった……が、それでも高すぎる!)
ここで拒否すれば、再び状況が振り出しに戻る。
しかし、どう考えても払えない額だ。
そんな俺たちの葛藤を知ってか知らずか、トーマは軽く笑って、さらに一歩踏み込んだ。
「本当に感謝するよ、百合華さん。」
「でもオレから見たら、手続料なんて……600モラで十分じゃないか?」
「ここはオレが代わりに出すよ。」
「あとで君にメシを奢ってあげるからさ、どうかな?」
審査所の空気が一瞬静まり返った。
パイモンが驚愕の表情を浮かべる。
「そんな値切りの仕方があるのか!? いくらなんでもそれは……」
百合華はトーマをじっと見つめた後、やがて微笑みながら扇を閉じた。
「分かりました、それで手を打ちましょう。」
「今、登録しますね。」
パイモンは目を丸くし、驚愕の声を上げた。
「マジか!!」
(……パイモン、お前が驚愕するたびに、奇跡が起こるような気がするぞ。)
こうして、トーマの交渉のおかげで百合華はあっさりと手続きを進め、俺たちは正式に稲妻の地に滞在できることになった。
「これで、安心して遠国監察から離れられるな……。」
ほっと息を吐く俺たちだったが、パイモンはまだ納得がいかない様子でトーマを見つめる。
「ええっ! 200万が600!? 稲妻人の金銭感覚、おかしすぎだろ!」
千代が静かに問いかける。
「……何か事情でもあるの?」
トーマは軽く笑い、潮風に吹かれるように肩をすくめた。
「ハハッ、そんなに驚くことじゃないさ。」
「『手続料』自体が私的な要望なんだ。」
旅人と俺は同時に眉をひそめた。
「……は?」
トーマは手をポケットに入れながら、少し声を低くして続ける。
「遠国監察では、手続料をいくら取ろうとも、最後はすべて監察官の懐に入るんだ。」
「それが多いか少ないかってだけで、それ以外は重要じゃない。」
俺は思わず唸った。
(つまり、俺たちはまんまとカモにされそうになったってわけか……。)
本来ならば許されるべきではないのだろうが、璃月にもそのような悪徳商人はごろごろいる。
どこの国でも、結局のところ本質は変わらない。
トーマは俺たちの反応を見て、ふと問いかけた。
「そういえば、君たちはなんで稲妻まで来たんだ?」
「こんな、来るだけでも疲れるような国に。」
旅人が一歩前に出る。
そして——
「俺たちは」
「「「「雷電将軍に用があるんだ。」」」」
トーマは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから静かに息を吐いた。
「……それが君たちの目的か。」
彼は真剣な表情になり、旅人をじっと見つめる。
「なるほど、君の立場を考えれば、確かにそれは『遠い』目標だろう。」
「雷電将軍は、唯一無二なる高貴な存在。すべての生物が見上げるべき神なんだから。」
俺は静かに言葉を紡ぐ。
「それでも……立ち止まるわけにはいかない。」
トーマはしばらく俺たちを見つめ、やがて小さく笑った。
「この世の出会いは、いつも捉えどころのないものだと言いたかったけど……」
「君たちならもしかすると、午後の散歩中にでも雷電将軍とばったり会えるかもね……。」
パイモンがうなだれる。
「うぅ……そんなの、ありえないだろう……。」
だが——
「分かった。」
トーマは軽く息を吐き、俺たちを見渡す。
「率直に言おう。」
「君たちを雷電将軍のところまで導くすべはある。」
俺たちは息を呑んだ。
「「「「!?」」」」
パイモンが飛び上がる。
「ほんとか!? 離島の顔役にそんな権力があったなんて!」
ありがたい話だ。
だが、ここまで話がうまくいきすぎている気がする——。
俺の懸念をよそに、トーマは軽く笑いながら言葉を続ける。
「ハハッ、持てるすべてのコネを使えば、なんとかなるさ。」
「だが——その前に……。」
彼の言葉が、わずかに重みを増した。
「権力というのも、高く売り買いされているものだ。」
「言ってる意味が分かるかな?」
パイモンが眉をひそめる。
「……お前もかよ!」
しかし、トーマは微笑んだまま、軽く首を振った。
「ハハハッ、オレの言う売り買いは、モラを払うことなんかじゃない。」
「それどころか、対価を払う必要すらないんだ。」
彼はゆっくりと俺たちを見渡し、宣言する。
「君たち……ここ離島から出る方法を、それぞれで見つけるんだ!」
俺たちは、思わず息を呑んだ。
パイモンが腕を組み、頬を膨らませながら不満げに言った。
「どうしてオイラたちがそんなことしないといけないんだ!」
旅人も静かに頷く。
「そうだ。俺たちは雷電将軍に会いに来ただけなのに……。」
しかし、トーマは微笑を崩さぬまま、淡々と言葉を続けた。
「確かに、君たちは雷電将軍に会いに来た。それはわかってる。」
「けど……将軍に会うには、それなりの実力がいる。」
彼は軽く顎をしゃくり、遠くを指し示す。
「試しに周囲を見て回るといいよ。俺の言ってることが、すぐにわかるはずだから。」
その口ぶりはあくまで穏やかだったが、俺にはどこか言いくるめようとしているように感じられた。
(……口が達者なやつだ。)
旅人が眉を寄せ、視線を彷徨わせる。
すると、パイモンが唐突に言った。
「なぁ旅人。離島から無理やり出られるんじゃないのか?」
トーマはその言葉に肩をすくめる。
「じゃあ試しに、それが通用するかどうかやってみてもいいかもね?」
だが、彼の声にはどこか冷めた響きがあった。
「ただ……重要危険人物としてマークされるのがオチだろうけど。」
「グ……。」
パイモンが悔しげに口をつぐむ。
俺は思わずため息をついた。
(当たり前だろ……。)
旅人は静かにパイモンの肩を叩く。
「パイモン、今は言い争ってる場合じゃないよ。二手に分かれて周囲を探索しよう。」
「賛成だな。」
俺も頷いた。
こうして、俺と千代、旅人とパイモンの二組に分かれ、それぞれ離島を探索することになった。
雷の狐と七天神像
離島を歩きながら、俺は静かに千代の様子を窺っていた。
彼女の視線はしきりに周囲を彷徨い、時折、懐かしさと警戒心の入り混じったような表情を浮かべている。
(五百年ぶりの故郷……か。)
彼女にとって、この場所は記憶の奥深くに沈んだ、かつての「稲妻」なのだろう。
その時だった。
「……蒼雲。」
千代が小さく俺を呼んだ。
彼女の指差す先にいたのは、一匹の狐——
だが、それはただの狐ではなかった。
雷を纏い、紫電の光をまとった霊狐。
浮かび上がるように宙を漂い、四肢を持たぬその姿は、まさに霊獣の類いであることを示していた。
「……霊狐か。」
稲妻には雷の力を宿した神秘的な狐が存在すると聞く。
千代はじっとその狐を見つめ、やがて小さく息を呑んだ。
「……ついていこう。」
彼女の声は、どこか確信に満ちていた。
俺は黙って頷く。
霊狐は、ゆっくりと静かに前へ進み始めた。
俺たちはその後を追うように歩き出す。
まるで夢の中を彷徨っているような感覚だった。
どれくらい歩いただろうか——
気づけば、俺たちは雷神を模した石像の前に立っていた。
そこにあったのは——
雷神を模した巨大な神像。
七天神像——この地に息づく神の象徴だ。
千代はその場に立ち尽くし、微かに息を呑んだ。
「……変わらない。」
彼女の言葉は、どこか懐かしさと寂しさが混ざったものだった。
「変わらない?」
俺が問い返すと、千代は微かに目を伏せる。
「五百年前と……まるで変わらない……。」
その瞬間だった。
七天神像の雷光が、突如として強く輝いた。
「——!」
俺と千代の足元に、雷の紋様が浮かび上がる。
まるで大地そのものが呼応するように、紫電が奔り、俺たちの周囲を囲んだ。
「蒼雲——!」
千代の声が、雷鳴のように耳を打つ。
俺が反射的に彼女の手を掴んだ、その瞬間——
視界が白く染まった。
眩い雷光が世界を覆い尽くし、俺たちの体はまるで風に乗る葉のように浮かび上がる。
重力が消え、音が遠のき、次第にすべての感覚が霞んでいく。
(これは——何だ?)
意識が薄れゆく中、俺は最後に七天神像の像を見た。
そこに刻まれた雷の神の顔は、静かに俺たちを見下ろしていた。
(まるで、試されているようだ……。)
雷の社——不思議な空間へ
次に気づいた時、俺たちは——
朱塗りの大きな社の前に立っていた。
空には雷雲が渦巻き、社の屋根の端にぶら下がる風鈴が、微かな音を立てて揺れる。
周囲には誰の姿もない。
まるでこの場所だけが、別の時間軸にあるかのような、不思議な静寂が広がっていた。
千代が息を呑む。
俺も、ただその光景を見つめるしかなかった。
(……これは、一体どういうことだ?)
俺たちは、確かに離島を歩いていたはずだった。
なのに——
どうして、ここにいる?
霊狐の導きが何を意味していたのか。
雷の神が何を求めているのか。
俺と千代は呆然としながら、辺りを見回す。
何が起きたのか、まるで理解が追いつかない。
その時——
「なんじゃ……意外と仕事が早いの〜。」
突然、艶やかな声が響いた。
俺たちは反射的に声のする方を向いた。
そこには——
社の軒先に腰掛けながら、霊狐を撫でる女性の姿があった。
白い肌に、紫の瞳。
太ももまで流れるピンクの髪が、夕陽を受けて金色に輝いていた。
彼女は、巫女の伝統的な服装を基調としながらも、独特のスタイルを持つ衣装を身に纏っていた。
肩にかかる袖の装飾は流れるような曲線を描き、腰元には金色の装飾が施されている。
その耳には、金色のヘッドアクセサリーがついており、おそろいの金色のイヤリングが揺れていた。
右のイヤリングには、雷元素の「神の目」が埋め込まれ、複雑なドロップ型の装飾に包まれていた。
その下部には、小さな扇形のアクセサリーが飾られており、それが風に揺れるたびに微かな鈴の音を奏でる。
彼女は微笑を浮かべながら、俺たちを見つめる。
まるで、すべてを見透かしているかのような、神秘的な笑みだった。
そして、霊狐の背をゆっくりと撫でながら、呟くように言った。
「そこらにいる巫女より、よっぽど仕事ができるのではないか?」
俺は目の前の女性をじっと見据えた。
その佇まいはどこまでも優雅で、まるで一枚の絵画のように完璧だった。
彼女は微笑を湛えながら、霊狐の背をゆっくりと撫で続けている。
だが、その微笑の奥には、どこか底の知れないものが潜んでいた。
俺は慎重に問いかける。
「お前……何者だ?」
彼女はまるで面白いことでも聞かれたかのように、くすりと微笑む。
そして、ゆったりとした口調で答えた。
「妾か?」
その声には、どこか愉悦が滲んでいた。
霊狐を撫でる手を止めることなく、彼女は続ける。
「妾は鳴神大社の宮司の八重神子。」
「此度、其方らをここに参らせたのは——大社の勅令により、汝らの一挙一動を見定めるためじゃ……。」
彼女の紫色の瞳が、まるで獲物を観察するかのように俺たちを見つめる。
だが、次の瞬間——
その瞳は、まるで人をからかうような愉しげな色を帯びる。
「ふふ……そう緊張するでない。ただの建前に過ぎぬ。」
その笑みは、まるで子供を弄ぶような悪戯っぽさを含んでいた。
そして——
「実のところはーー」
彼女が何かを言いかけた、その時だった。
「あなたはーー!」
突然、千代が声を上げた。
俺は驚いて彼女を振り向く。
千代は、まるで信じられないものを目にしたかのように、僅かに震えていた。
その瞳には、驚愕と……どこか懐かしさが入り混じっている。
「狐斎宮の肩に乗って、油揚げを頬張ってたあの狐!」
「……え?」
俺は千代の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
(狐斎宮……? それに、肩に乗っていた狐……?)
八重神子は、千代の言葉に一瞬だけ目を細めた。
しかし、その表情はすぐに緩み、楽しげな笑みへと変わる。
そして、まるで懐かしい思い出を語るかのように、ふわりと笑った。
「ほう? そのような昔話を覚えているとは、なんとも殊勝なことじゃのう。」
彼女は指先で霊狐の耳を撫でながら、しなやかに立ち上がる。
その動きはまるで風に揺れる桜の花びらのように、滑らかで、優雅だった。
「ふふ、会話が出来るだけでなく昔のことをよく覚えておる……」
「そこで惚けておる奴に感謝せねばの〜童よ」
童!?俺が童だと!!人の姿が若い青年だからって……これでも一応3000年以上生きてるジジイだぞ。
だが、それよりも重要なことがある、目の前の女性がまるで"当然のこと"のように千代の言葉を受け入れたことだ。
コイツ……千代との友人………なのか?
俺は唖然としたまま、千代と八重神子を交互に見つめた。
千代の目には、確かに"かつての記憶"が蘇っているようだった。
一方で——
八重神子の微笑みは、まるで神秘そのものだった。
「さて——妾とお主の連れとの関係が知りたくば、妾に付き合ってもらおうかの。」
夕焼けが彼女の長いピンクの髪を照らし、金色の輝きを帯びさせる。
狐と鬼の娘の五百年の時を超えた再会。
俺は、今まさに"歴史"の中に足を踏み入れたのかもしれない——そう直感した。
鍾離
蒼雲について
彼か?彼は長い時を生きた仙人であり俺の古くからの友人だ。その振る舞いは常に冷静沈着。まるで山岳に立つ松のごとく、どのような風にも揺らぐことがない。だが、その寡黙さゆえに、彼の真意を汲み取るのは容易ではないな。
しかし、長きにわたり彼と交わった身として言わせてもらえば、蒼雲は何よりも生命を重んじる者だ。己の仙力を惜しみなく使い、人々を守ろうとする心根の優しさは、誰よりも際立っている。
……ただ、いささか世話焼きが過ぎるきらいがあるな。殊に病み上がりの者に対しては、必要以上に気を遣い、あれこれと世話を焼く。彼なりの優しさではあるのだが……時として、それが少々、手厳しく感じることもあるものだ。
稲妻篇が終わったら続きは何が良いか 選択によって稲妻篇の最後が変わる。
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璃月篇(海灯祭)※この話の本編
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引き続き稲妻篇