闇に呑まれていた鬼の娘を500年かけて看病した仙人が、異国で恋愛小説の餌食に……   作:時代に遅れている

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神里家の白鷺の姫君

鳴神大社の長い階段を、俺たちは静かに下っていく。

 

 朝の風が頬を撫で、遠くで木々の葉擦れが囁く。

 

 その静寂の中で——

 

 「なぁ蒼雲?」

 

 パイモンの声が不意に響いた。

 

 俺は少し歩調を緩めて、隣を飛ぶ小さな妖精のような存在に視線を向ける。

 

 「何だ?」

 

 「さっきの話でさ、千代の体にまだ何か問題があるとか何とか言ってたけど……どうしてそう思うんだ?」

 

 俺は眉をひそめる。

 

 「オイラたちには何の問題もないように見えるけど……?」

 

 確かに、普通の人間や旅人たちには千代の"異変"は分からないかもしれない。

 

 だが、俺には見える。

 

 仙人としての長い歳月、そして何より——

 

 千代を500年間、間近で見続けてきた俺には。

 

 「千代は、まだところどころ"おかしい"なって思うところがあるんだ。」

 

 パイモンが小首を傾げる。

 

 「変なところ?」

 

 旅人も興味深そうに俺を見た。

 

 「たとえば?」

 

 俺は少し考えながら答える。

 

 「……なんか、会話する時に声がこもったり、目を合わせなかったり……。」

 

 「何か問題があるとしか——」

 

 「ブフフフフ!!!」

 

 突然、パイモンが噴き出した。

 

 「……!!?」

 

 旅人は肩を小刻みに揺らし、必死に笑いを堪えている。

 

 俺は彼らを怪訝そうに見つめた。

 

 「どうしたんだよ、お前ら?」

 

 何かおかしなことを言ったか?

 

 俺は真剣に千代の問題について話しているのに、なぜこいつらは笑っているんだ?

 

 旅人は口元を手で覆い、笑いを抑えながら俺の顔をちらっと見た。

 

 だが、目が合った途端——

 

 「……っ!!」

 

 彼は再び肩を震わせ、視線を逸らす。

 

 俺の隣では、パイモンが腹を抱えながら宙を転げ回りそうになっていた。

 

 「こ、こいつ……!」

 

 俺は眉をひそめ、さらに問い詰める。

 

 「……どういうことだ?」

 

 すると、パイモンは俺の腕を叩きながら、ようやく言葉を絞り出した。

 

 「お前さぁ……ほんっとに鈍感だな!!」

 

 「え?」

 

 俺は一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 

旅人はやっと笑いを落ち着かせると、俺の肩をぽんと叩いて言った。

 

 「……蒼雲、千代は"照れてる"だけだよ。」

 

 「……………は?」

 

 俺はしばらく硬直した。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 彼が旅人たちとここを離れる様子を私は遠くから見つめていた。

 

 その姿が視界から消えていくのを、私はただ黙って見送ることしかできなかった。

 

 蒼雲……私は、まだ隣にいられないの?

 

 それに"残火"って……一体、何なの?

 

 「さて………あやつもおらんくなったところで、千代よ。」

 

 ふと、横から声が掛かる。

 

 顔を向けると、神子がこちらを見つめていた。

 

 いつもの気まぐれな笑みを浮かべているが、その瞳の奥には何かを見通すような光が宿っている。

 

 「妾と話をせんか?」

 

 「え?」

 

 私は思わず眉をひそめた。

 

 話? 私と?

 

 いや、それよりも——

 

 「そ、その……私に残ってる魔物の"残火"は……?」

 

 神子が話したいのは、私の体に残っている"穢れ"のことではないのか?

 

 それをどうにかしなければ、私は——

 

 だが、神子は私の問いに、実にあっさりとした声で答えた。

 

 「ああ、それか? それは……」

 

 「あるにはあるが……あやつが言っているのとはまた別じゃ。」

 

 「え?」

 

 ……別?

 

 つまり、蒼雲が気にしていた"残火"とは、魔物の汚染とは関係ないもの……?

 

 じゃあ、一体何が——

 

 「というか……」

 

 神子はくすくすと笑いながら、楽しそうに続ける。

 

 「あやつが言っているのは、お主の"恋煩い"についてじゃろう。」

 

 「え、」

 

 私の思考が、そこで一瞬止まった。

 

 「ええぇぇぇ!!?」

 

 気づけば、大声を上げてしまっていた。

 

 ……恋!?

 

 もしかして、蒼雲が気づいてるの!?

 

 顔が一気に熱くなる。

 

 私の狼狽えた様子を見て、神子は腕を組みながら、なおも愉快そうに笑った。

 

 「とはいっても、あやつは恋煩いの様子を"魔物の汚染が続いていて、それが影響している"と思っているらしいがな。」

 

 私は一気に肩の力が抜けるのを感じた。

 

 「よ、よかった〜……」

 

 思わず胸を撫で下ろす。

 

 いや、よくない!!

 

 神子にバレてる時点で、全然よくない!!!

 

 「ということで……」

 

 ——不意に、神子が一歩近づいてくる。

 

 不吉な笑みを浮かべながら、目を細めた。

 

 「お主が蒼雲に惚れた話を、妾に聞かせよ!!」

 

 「なっ——!!?」

 

 顔が、耳まで熱くなるのがわかる。

 

 神子はにやにやと私を見つめ、まるで獲物を追い詰める狐のようだった。

いや……元から狐だけども……

 

 「ふふ、さぁさぁ……妾はこういう話を聞くのが何よりも楽しみなのじゃ。」

 

 「ま、待って!! 何でそんなこと言わなきゃいけないの!?」

 

 「む? 当然じゃろ?」

 

 神子は悪びれもせずに言う。

 

 「お主の恋心、あやつにはまだ悟られておらぬようじゃし……。」

 

 「ならば、ここで妾が話を聞き、お主の背中を押してやるべきじゃと思わんか?」

 

 いや、思わない!!

 

 むしろ、そっとしておいてほしい!!!

 

 私は真っ赤になりながら、神子を必死で振り払おうとする。

 

 しかし、彼女は全く怯まない。

 

 「さぁ、話すのじゃ! どうやってあやつに惚れた? いつから意識するようになった?」

 

 「初めて"ドキッ"としたのはどんな時じゃ?」

 

 「あやつに触れられた瞬間か? それともあやつの真剣な眼差しにやられたのか?」

 

 「それとも……"守られた"時か?」

 

 「あっ、もしや"500年間、ずっとそばにいてくれた"というのが決め手だったのか!?」

 

 「なるほどなるほど、長い時間を共に過ごしたことで生まれた"宿命の恋"……いやはや、これは実に興味深い!」

 

 「しかも、仙人と鬼の禁断の恋とくれば、まるで娯楽小説のような展開……!」

 

 「妾の編集者魂が疼くのう!!!」

 

 神子のテンションは、どんどん上がっていく。

 

まだ私は何も言ってないのに、次々と知らない情景を浮かび上がらせてる。

 

それに……娯楽小説って何!?編集者って何!?

 

 私はというと、もはや顔が火照りすぎて茹で上がりそうだった。

 

 「ちょ、ちょっと!! 何でそんなに話を盛るの!!!」

 

 「ふむ、ということは"守られた時"が決め手だったのじゃな?」

 

 「違う!!!」

 

 「"ずっとそばにいてくれた"ことが嬉しかったと……?」

 

 「違うってば!!!」

 

 「おやおや、ではやはり"触れられた時"が……?」

 

 「違うって言ってるでしょおおおお!!!」

 

 神櫻の境内に、私の叫びが響き渡った。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

旅人から今までの出来事を聞いていた。

 

出島からの脱出劇、神里家からの3つの依頼についてなど様々な話を聞いていた時

 

 「違うって言ってるでしょおおおお!!!」

 

 ——どこか遠くで、そんな叫び声が響いた。

 

 俺は足を止め、軽く眉をひそめる。

 

 なんだ、この嫌な予感は……。

 

 (……神子が何か良からぬことをしている気がする……。)

 

 俺の長い仙人としての勘が、妙な警鐘を鳴らしていた。

 

 まあ、あの女狐のことだ。どうせ千代をからかっているに違いない。

 

 だが、いくら千代が鬼族とはいえ、相手が神子では太刀打ちできるとは思えない。

 

 (……千代、大丈夫か?)

 

 心のどこかでそう呟いたが、今は立ち止まるわけにはいかない。

 

 俺は軽く首を振り、再び歩き出そうとした。

 

 すると——

 

 「どうしたんだよ、鈍感仙人?」

 

 パイモンが俺を見上げながら、ニヤリと笑う。

 

 「……何だよ、鈍感仙人って……。」

 

 「今さら自覚ないのかよ?」

 

 俺は小さくため息をつきながら、話を切り替えることにした。

 

 「……そんなことより、俺たちは今どこに向かってるんだ?」

 

 旅人が少し歩調を早めながら答える。

 

 「社奉行の神里家のお屋敷に向かってる。」

 

 「社奉行? 神里家?」

 

 俺は眉を寄せる。

 

 聞いたことがない。

 

 まぁあまり外の国に対して関心持っていなかったのだから当然なのだが……

 

 旅人が続ける。

 

 「稲妻のお偉いさんの一つだよ。」

 

 パイモンが勢いよく話に割り込んできた。

 

 「それに、御簾越しに会話する"白鷺の姫君"って呼ばれてるお嬢さんがいるところだぞ!」

 

 俺はますます首を傾げた。

 

 「お前らの話だと、"偉い"ってことしか分からないんだが……。」

 

 白鷺の姫君?

 

 神里家とやらがどれほどの家柄なのかは知らないが、"姫君"と呼ばれるほどなら相当な地位にあるのだろう。

 

 俺が混乱していると、旅人が軽く肩をすくめながら言った。

 

 「まあ、行ったら分かるよ。」

 

 「この階段を降りたすぐ近くだし……。」

 

 そう言って、旅人は階段を指差す。

 

石段を慎重に下りながら、俺は心の中でため息をついた。

 

 「……足場、悪すぎだろ……。」

 

 何だよ、この階段は。

 

 ただ下るだけのはずなのに、道が途中で切れていたり、やたらと曲がりくねっていたりと、とにかく歩きづらい。

 

 通常の人間より体が丈夫な俺ですら、何度か足を滑らせそうになった。

 

 (稲妻の民も、よくこんな道なき道を進んで鳴神大社に行くものだ……。)

 

 文句を心の中で愚痴りながら歩を進めていると——

 

 「ついたぞ!」

 

 パイモンの弾んだ声が響いた。

 

 俺は顔を上げる。

 

 そして、目の前に広がる景色に、思わず言葉を失った。

 

 ——そこには、堂々たる"邸宅"がそびえていた。

 

 「おぉ……。」

 

 門の向こうに広がるのは、広大な敷地に佇む格式高い屋敷。

 

 周囲を取り囲む高い塀、頑丈そうな門、細部まで意匠を凝らした木造の建築。

 

 まるで"威厳そのもの"を形にしたかのような佇まいだ。

 

 (コイツらが"偉い偉い"と言うだけのことはあるな……。)

 

 俺たちは旅人に連れられ、門番の侍に軽く会釈をしながら中へと入る。

 

 門をくぐると、さらに圧巻の光景が広がっていた。

 

 「……これは……。」

 

 俺は思わず足を止める。

 

 庭園。

 

 それは"ただの庭"ではなかった。

 

 まるで"小さな宇宙"を切り取ったような空間が広がっていた。

 

 ——石と砂が織り成す、静謐な調和。

 

 水の流れが、まるで大自然の息吹を宿しているかのように、優雅に形を変えてゆく。

 

 そして、配置された石や樹木、草花、苔の一つ一つが、自然そのものを象徴するように絶妙なバランスで整えられている。

 

 その場に立っただけで、"大いなる自然"の景色が頭の中に浮かぶほどの美しさだった。

 

 (……なるほど、これが稲妻の"美"というものか。)

 

 璃月の壮麗な岩の都とはまた違う、洗練された"静の美"。

 

 俺はしばらくその光景に見惚れながら、ふと視線を前に向ける。

 

 ——目の前にそびえ立つのは、堂々たる屋敷。

 

 高く反り上がった屋根の端、緻密な装飾が施された梁、どこまでも整えられた木材の質感。

 

 静かなる権威。

 

 この屋敷が"神里家"という名家の象徴であることが、一目で理解できた。

 

 俺はゆっくりと息を吐く。

 

 「……すごいな。」

 

 自然と、そんな言葉が漏れていた。

 

 「そうだろ! すごいだろ!」

 

 パイモンが胸を張って得意げに言う。

 

 ……いや、お前が誇ることじゃないだろう。

 

 「パイモンが威張るところじゃない……。」

 

 旅人が淡々とツッコミを入れる。

 

 俺も同意だ。

 

 だが、そんなやり取りも束の間、旅人が静かに屋敷の方へと歩み寄った。

 

 「さて、中に入ろうか。」

 

 扉の前に立つ旅人に続いて、俺も後を追う。

 

 大きくて重厚な襖を開けると、そこには広々とした畳敷きの空間が広がっていた。

 

 和紙の障子から差し込む柔らかな光、漆黒の床柱、香木の仄かに甘い香り……

 

 どこを見ても"品格"を感じさせる造りになっている。

 

 そんな静謐な空間に、パイモンの明るい声が響いた。

 

 「綾華〜! 最後の願いも叶えたぜ!」

 

 ……しかし、返事はない。

 

 俺は周囲を見回す。

 

 旅人も俺と同じく、屋敷の中を見渡した。

 

 (……誰もいないのか?)

 

 しんと静まり返った空間に、一瞬だけ妙な緊張が走る。

 

 その時——

 

 不意に、後ろから肩を軽く叩かれた。

 

 俺が振り向くと、そこにはニコニコと笑うトーマが立っていた。

 

 俺たちの驚いた様子を見て、彼は口元を隠すようにしてクスクスと笑う。

 

 「はは、そんなに警戒しなくてもいいって。」

 

 そして——

 

 俺たちの視線の先、屋敷の奥から静かに現れたのは、まるで"雪の化身"のような気品をまとった女性だった。

 

 ——神里綾華。

 

 白銀の髪を金のアクセントが入った黒い鎧のヘッドドレスで高い位置にポニーテールに結い、顔を縁取るような柔らかな前髪が流れている。

 

 彼女は歩み寄る際、手に持った扇子をそっと顔の前に掲げた。

 

 ——ロイヤルブルーと金で彩られた優雅な衣装。

 

 膝丈のプリーツスカートには白い小花柄の刺繍が施され、黒い胸当ての中央には**"神里家"の紋章**が刻まれている。

 

 その姿はまるで、凛とした氷の花のように清らかで、同時にどこか"儚さ"をも感じさせた。

 

 そして、彼女の背中には——

 

 ロイヤルブルーの大きなリボンが結ばれ、その中央に"神の目"が輝いていた。

 

 彼女は扇子で口元を覆いながらも、澄んだ瞳で俺たちを静かに見つめている。

 

 その仕草のすべてが、**"白鷺の姫君"**という名に相応しい、洗練された美しさを纏っていた。

 

 俺は思わず息を呑む。

 

 (……これが、神里家の令嬢か。)

 

 確かに、ただの貴族の娘とは一線を画している。

 

 まるで一歩近づいただけで、氷の華の気配が肌に伝わってくるような……そんな存在感。

 

神里綾華は優雅に扇をたたみ、静かに微笑んだ。

 

 「こうしてお会いするのは初めてですね、旅人さん、パイモンさん——そして、そのご友人。」

 

 「うふふ。」

 

 彼女の声はまるで澄んだ水面に落ちる雨粒のように柔らかく、心地よい余韻を残した。

 

 彼女は俺たちをひとりひとり見つめると、軽く会釈しながら続ける。

 

 「貴方がたが"友人"たちを手伝ってくれたことは、すでにお聞きしました。本当にお疲れ様でした。」

 

神里綾華——"白鷺の姫君"と称される社奉行の令嬢。

 

 その優雅な立ち振る舞いは、一つ一つが計算され尽くしたように洗練されていた。

 

 だが、それだけではない。

 

 どこか"親しみ"を感じさせる、温かさも持ち合わせていた。

 

 旅人は少し苦い表情を浮かべながら、静かに首を横に振った。

 

 「ほとんど何の役にも立てなかった……。」

 

 その言葉に、パイモンが勢いよくうなずく。

 

 「そうだぞ! 神の目を取り戻さない限り、何をやっても効果がない気がするんだよな……。」

 

 確かに、それは俺も感じていた。

 

 神の目を奪われた者たちの喪失感——それは単なる"力の剥奪"ではなく、"存在そのもの"を否定されるようなものだ。

 

 俺は仙人として長く生きてきたが、"神の目"というものがここまで人々の精神と密接に結びついているとは、今まで深く考えたこともなかった。

 

 稲妻では、"神の目"を持つことがどれほどの意味を持つのか……それを失った者たちの絶望を見て、俺たちは痛感したのだ。

 

 

 ふと、パイモンが首を傾げる。

 

 「えっと、そういえば綾華、どうして今回は直接出てきたんだ?」

 

 神里綾華はその問いに、どこか微笑ましげな表情を浮かべた。

 

それに対して、綾華は扇をそっと閉じ、柔らかな笑みを浮かべながら答えた。

 

 「ふふ、あの三つの出来事から、私はすでに貴方がたを"友人"と見なしたからです。」

 

 「トーマと話す時と同じように、友人とは屏風越しにお話するものではありません。」

 

 「だからこうして、直接お会いすることにしました。」

 

 「……友人として。」

 

 その言葉に、トーマが満足そうに頷く。

 

 「うんうん。」

 

 ……なるほど、"白鷺の姫君"は、ただ格式ばった貴族ではないらしい。

 

 ——友人と認めた者には、対等に接する。

 

 それが彼女なりの"誠意"なのだろう。

 

 「ちょっと待った。」

 

 不意に、パイモンが手を挙げた。

 

 「トーマって、おまえの……家来だろ? オイラ、家来はいやだぞ。」

 

 ……相変わらず、パイモンは遠慮がないな。

 

 俺は思わず苦笑しながら、綾華の反応をうかがった。

 

 すると——

 

 彼女は扇を軽く口元に添えながら、ふつ……と優雅に微笑み、続けてくすくすと笑った。

 

 「ふふ……うふふ。」

 

 まるで、パイモンの無邪気な言葉が心から可笑しいとでも言うように。

 

 「パイモンさんは、本当に面白い方ですね。」

 

 そして、少し真剣な口調になりながら、パイモンを見つめる。

 

 「トーマは、私の家来である以前に——私の友人でございます。」

 

 その一言に、トーマが照れたように頭を掻いた。

 

 パイモンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷く。

 

 「そっか……。」

 

 「なんか、屏風の後ろから出てきた綾華……雰囲気も違う気がするぞ。」

 

 パイモンがしげしげと綾華を見つめる。

 

 確かに、俺もそう感じる。

 

 "白鷺の姫君"としての気品を持ちながらも、どこか"普通の少女"のような雰囲気がある。

 

 パイモンは目をぱちくりさせると、納得したように腕を組んだ。

 

 そう言ったあと、ニヤリと笑って——

 

 「わかった、じゃあお前の友達になってやる!」

 

 旅人も静かに微笑みながら、ゆっくりと頷いた。

 

 「そうしよう。」

 

 その言葉に、綾華の表情がやわらぎ、嬉しそうに微笑む。

 

 「ふふ、ありがとうございます。」

 

 だが、次に彼女が発した言葉には、微かな緊張感があった。

 

 「では本題に戻りますが——」

 

 「神の目を失った方々の苦しみを見て、どのように感じられたでしょうか?」

 

  その問いに、俺は一瞬目を閉じ、そしてゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 「人は、短い一生の中で、それぞれが輝きを放ち生きていく。」

 

 静寂が辺りを包む。

 

 俺はそのまま言葉を続けた。

 

 「それは、各々が願いや目的を持ち、それを達成しようと頑張る光が、神の目の輝きなのだと今回の一件で実感した。」

 

 俺は綾華の瞳をしっかりと見据える。

 

 「だから、願いや目的を失った者の苦痛とは……想像もつかないほど恐ろしいものだと思う。」

 

 綾華はじっと俺の言葉を聞きながら、扇を静かに閉じる。

 

 旅人もまた、その言葉に共感し、穏やかに言った。

 

 「早く苦しみから抜け出してほしい……。」

 

 その場に沈黙が流れる。

 

「神である将軍様の目には、すべての生き物は一つ一つの『生命』に過ぎないのかもしれません……。」

 

 神里綾華の言葉は、静かに、しかし確かに胸に響いた。

 

 彼女は扇子をそっと閉じ、淡い光が差し込む屋敷の中で、どこか遠くを見つめるように呟く。

 

 「雷鳴、凄光、強風、雨……それらが訪れる時、人々の思いに配慮することなどありません。」

 

 「それと同じように、雷電将軍もまた、民の願いや悲しみに耳を傾けることなく、"永遠"を追い求めておられるのでしょう……。」

 

 彼女の声には、どこか寂しげな響きがあった。

 

 「しかし、貴方でしたら——きっと感じ取っていただけますよね?」

 

 彼女の澄んだ瞳が、まっすぐに旅人を見据える。

 

 旅人はしばらく沈黙した。

 

 俺もまた、綾華の言葉の意味を噛み締める。

 

 ——"永遠"を追い求める神と、それに抗う人々。

 

 そして、目の前のこの令嬢は、神の庇護を受ける名門の娘でありながら、その神の決断に抗おうとしている。

 

 それは並大抵の覚悟では務まらないものである。

 

 旅人はゆっくりと顔を上げる。

 

 「……」

 

 彼の瞳に浮かぶのは、迷いではない。

 

 決意だった。

 

 それを見て、綾華の表情がわずかに和らぐ。

 

 「どうやら、私の気持ちを理解していただけたようですね。」

 

 「であれば……もう一度、お考えを。」

 

 静かな問いかけ。

 

 しかし、その言葉に込められた"願い"は、俺にもはっきりと伝わってきた。

 

 そして——

 

 「……目狩り令に抗うことに協力するよ。」

 

 旅人のその言葉が屋敷の中に響いた瞬間——

 

 「ほ、本当ですか!」

 

 綾華が、一瞬だけ、"白鷺の姫君"ではなく、年相応の少女のような表情を見せた。

 

 彼女は目を丸くした後、すぐに扇子を口元に当てて微笑む。

 

 「ふふ……ありがとうございます。」

 

 その笑顔には、どこか安堵の色が滲んでいた。

 

 だが、旅人はすぐに釘を刺すように言う。

 

 「でも、約束は守ってもらう。」

 

 「俺は協力する。その代わり、君も俺の目的を果たす手助けをしてほしい。」

 

 綾華は扇子を閉じ、真剣な眼差しで彼を見つめた。

 

 そして、静かにうなずく。

 

 「はい、もちろんです。」

 

 「約束いたします。」

 

 彼女のその言葉は、社奉行の令嬢としての"誓い"でもあったのだろう。

 

 「ふふ……。」

 

 彼女の微笑みを見て、トーマが肩をすくめる。

 

 「まったく……お嬢にはかなわないな。」

 

 それに対し、綾華はさらりと返した。

 

 「彼らは、それらを放ってはおけないお方だと言ったではありませんか。」

 

 「やはり私は、正しい方を選ぶことができました。」

 

 まるで確信していたかのような口ぶりだった。

 

 この令嬢は、表向きは"清らかな白鷺"だが、実際は"大胆な策士"なのかもしれない。

 

 旅人を味方につけることが、彼女にとっても重要な意味を持つのだろう。

 

 だが——

 

 その目に映る光は、どこまでも真剣だった。

 

 「では、このことはご内密にお願いします。」

 

 「木漏茶屋に向かいましょう。」

 

 「社奉行にいる一般の方々を巻き添えにしないためにも……。」

 

 俺は軽く息を吐き、旅人とパイモンを見やる。

 

 「これで、本格的に動き出すわけか……。」

 

 そう呟く俺の胸の奥で、"稲妻の行く末"への興味が、少しずつ膨らんでいくのを感じた。

 

 ——雷電将軍の掲げる"永遠"とは、本当にこの国にとって正しいものなのか。

 

 ——そして、目の前の令嬢が導こうとする"抗い"の未来は、どのような形になるのか。

 

 俺たちは、静かに歩を進めた。

 

 稲妻という"嵐"の只中へ——。




おまけ

"女狐"と"若君"、そして俺たちの立場

 トーマは腕を組み、朗らかに笑いながら言った。

 「ハハハハ、そうか。見当たらないな〜って思ったら、君とあの子は神子様に連れてこられたのか。」

 そして、興味深そうに俺を見つめる。

 「で、どうだった?」

 ……どうだった、じゃない。

 俺は思わず肩を落とし、呆れたようにため息をついた。

 「どうだった、じゃないだろ……何だよ、あの女狐は……。」

 思い返すだけで、あの神子の含み笑いが脳裏をよぎる。

 「あんな人を弄ぶような奴が巫女さんとか……二度とごめん被るよ。」

 そう言うと、トーマは苦笑しながら肩をすくめた。

 「まぁ、あの人はちょっと"若"と気が似ているところがあるからな。分からないでもないよ。」

 「"若"?」

 俺は眉をひそめた。

 「神里家のご令嬢にはそんな趣味があるのか? 意外だ……。」

 すると、トーマが慌てて首を横に振る。

 「違う!違う! オレの言ってる"若"は、お嬢のことじゃない。」

 「じゃあ誰だ?」

 「お嬢の兄上のことだよ。」

 綾華の……兄上?

 俺は思わず腕を組んで考える。

 神里家は名門と聞くが、その当主となる人物の話はまだ聞いたことがない。

 俺が次の言葉を探していると、トーマが少し懐かしそうな顔をして続けた。

 「たとえばどんなことをーー」

 「塩と砂糖を間違えたしょっぱい水まんじゅうを、オレに黙って差し出して、渋い顔をしているオレの表情を見て笑ったりするんだ。」

 俺は一瞬、想像してしまった。

 ——神子が、したり顔で水まんじゅうを勧め、トーマが渋い顔をするのを見て愉快そうに笑っている姿を。

当主様の顔を知らないが神子と似ているというので置き換えれば簡単に想像できたがーー

 ……なんだ、それ。

 俺は思わず肩を震わせる。

 トーマは少し遠い目をしながら、静かに言葉を続けた。

 「それに、稲妻で生活する上で若に助けられてるから、他で生活なんてできない。」

 俺はそれを聞いて、しばらく考え込む。

 (……俺も神子に匿われているような身だからな……帰る場所は当分あそこだろう。)

 俺とトーマは同時にため息をついた。

 「はぁ……。」

 しかし——

 トーマは、少し真剣な表情になり、静かに言った。

 「でもーー」

 俺は視線を向ける。

 「若にはそれ以上の恩があるから、離れようとは思わないけどね。」

 その言葉を聞いて、俺も神子のことを思い浮かべる。

 あの女狐は好き勝手に俺をからかってくるが、千代のことを任せられるほどの信頼もある。


 「まぁ俺も……あの女狐には世話になってるし……。」

 俺とトーマは顔を見合わせ、どちらともなく小さく笑った。

 そして、軽く拳を突き合わせるようにして——

 「頑張ろう。」

 俺たちは、そう口を揃えた。

稲妻篇が終わったら続きは何が良いか 選択によって稲妻篇の最後が変わる。

  • 璃月篇(海灯祭)※この話の本編
  • 引き続き稲妻篇
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