闇に呑まれていた鬼の娘を500年かけて看病した仙人が、異国で恋愛小説の餌食に……   作:時代に遅れている

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次回は戦闘

その次はデート?なのかな。

一応そのつもりです。

命は大事だから取りませんが抵抗はしますよ〜


稲妻の夏祭りの女王と奉行所の大暴 ⭐︎

木漏茶屋と、不思議な店主

 

 「ふむ……ここが『木漏茶屋』か。」

 

 俺たちは、神里綾華に指定された場所へとたどり着いた。

 

 神里家の屋敷ほどの壮麗さはないが、それでも趣のある立派な建物だった。

 

 木造の梁に柔らかな光が差し込み、涼しげな風が竹の葉を揺らす。

 

 外からでも漂ってくる茶葉の香ばしい香りに、ほのかに落ち着きを感じた。

 

 俺たちは中へと足を踏み入れる。

 

 そして、最初に目にしたもの——

 

 一匹の犬が、堂々とした態度で座っていた。

 

 まるで茶屋の主のような貫禄を持ち、俺たちをじっと見つめている。

 

 その様子に思わず足を止め、俺はトーマに尋ねた。

 

 「おい、この犬は一体——」

 

 すると、トーマはにこやかに答えた。

 

 「ああ、彼は太郎丸。この茶屋の店主さ。」

 

 「……は?」

 

 「店主が……犬?」

 

 思わず聞き返す。

 

 

 トーマは肩をすくめて笑う。

 

 「意外だろ? でも大丈夫。太郎丸は"終末番"っていう組織で働いていて、特別な訓練を受けた犬なんだよ。」

 

 「終末番……?」

 

 またしても知らない言葉が出てきた。

 

 この国には、"奉行"や"幕府"だけでなく、"終末番"なんてものもあるのか?

 

 稲妻に来てからというもの、次々と新たな概念に直面している気がする。

 

 そんな俺の戸惑いをよそに、トーマは太郎丸の頭を軽く撫でる。

 

 「まぁ、細かいことはあとで説明するさ。それより——」

 

 「綾華お嬢が待ってる。行こうぜ?」

 

 その時、奥の座敷から声がした。

 

 「トーマ、蒼雲さん?」

 

 振り向くと、扇子を持った綾華が上品に座していた。

 

 その傍らで、パイモンが腕を組みながら不満げにこちらを見ている。

 

 「遅いぞ〜!」

 

 ……いや、道中、犬の店主という衝撃的な事実を知ったばかりなんだ。少しくらい時間がかかっても仕方ないだろう。

 

 俺は静かに息を吐き、改めて座敷へ向かう。

 

 「……さて、そろそろ本題といこうか。」

 

木漏茶屋の静かな座敷に、緊張した空気が満ちていた。

 

 俺たちは低い卓を囲み、それぞれがこの先の展開を見据えながら言葉を交わしていた。

 

 「さて、ここでは自由に話すことができます。」

 

 「旅人さん、蒼雲さん——何かご質問はございますか?」

 

 神里綾華は落ち着いた口調で問いかける。

 

 旅人は少し考えた後、真っ直ぐに彼女を見つめ、静かに言った。

 

 「……雷電将軍って、どんな神なの?」

 

 綾華は瞳を伏せる。

 

 しばしの沈黙の後、彼女は語り始めた。

 

 「将軍様……私は、それほど多くお会いしたことはございません。」

 

 「お会いしたのも、そのほとんどが祭祀の儀式上でのことです……。」

 

 どこか遠い記憶を辿るような口調だった。

 

 「記憶の中の将軍様は、とても威厳ある方——」

 

 「高貴で尊く、類を見ないほどの威圧感を放っておられました。」

 

 そこまで語った綾華は、少し間を置き、静かに続ける。

 

 「それ以外で、最も印象的だったのは……」

 

 「——彼女には"感情"がほとんどないということです。」

 

 旅人も、パイモンも、その言葉にわずかに息を呑んだ。

 

 俺は目を細め、考えを巡らせる。

 

 ("感情がない"……か。)

 

 そういえば、あの女狐——八重神子が言っていた言葉を思い出す。

 

 『今統治しているのは、影に作られた"人形"じゃ』

 

 もしかすると、雷電将軍とは……本当に"神"ではないのか?

 

 綾華はさらに言葉を紡ぐ。

 

 「将軍様は、『統治者』というよりも、"無情な執行者"として——」

 

 「様々な形で『永遠』という唯一の目標を実践しておられるように見えました。」

 

 彼女の語る"雷電将軍"は、まるで冷たい刃のようだった。

 

 「……」

 

 旅人は何かを考え込むように沈黙する。

 

 その静寂を破るように、彼はもうひとつの疑問を口にした。

 

 「他に、目狩り令に反対する人はいないの?」

 

 綾華の表情が少し曇る。

 

 「実は……ほとんどの方にとって、目狩り令は自身と関係のないことなのです。」

 

 やはりな。

 

 俺は、すぐにその理由が理解できた。

 

 「神の目を持つ者は、それほど多くはありません。」

 

 「それどころか——時に"嫉妬"の対象になるほどです。」

 

 「そのため、多くの民は、それに対して"無関心"なのです。」

 

 彼女の言葉は冷静だったが、その奥には、稲妻の現実へのやるせなさが滲んでいた。

 

 「そんな……」

 

 パイモンが眉をひそめる。

 

 「あまりいい気はしないな……。」

 

 確かに、俺たちが璃月で見てきたものとは違いすぎる。

 

 璃月の民は、神——岩王帝君を信仰しながらも、"神の力を持って借りながらも自分たちの力で生きる"ことを選んでいた。

 

 だが稲妻は違う。

 

 "神"の統治が絶対であり、その決定に逆らうことを考える者はほとんどいない。

 

 そして、民の多くは"神の目を持たぬ者"——つまり、"自分には関係のないこと"として、静観している。

 

 「……旅人。」

 

 俺はゆっくりと口を開いた。

 

 「それに、"神に反抗する"というのは——」

 

 「お前が思っているほど簡単なことじゃない。」

 

 旅人は俺を見つめる。

 

 「え?」

 

 俺は腕を組み、少し目を伏せながら続けた。

 

 「お前は、"七天神像"に触れれば元素力を手に入れられる。そして、複数の元素を同時に扱えるって言ってたな?」

 

 「だが——普通の人間には、そんなことはできない。」

 

 「お前ほど腕が立つわけでもない。」

 

 旅人は黙って聞いている。

 

 俺は彼の目を真っ直ぐに見据え、はっきりと言った。

 

 「それに——"命が惜しい"んだ。」

 

 旅人が小さく息を呑むのがわかった。

 

 「神に逆らうということは、"自分の命を賭ける"ということでもある。」

 

 「たとえ理不尽な命令でも、それに抗うことで家族や友人を危険に晒す可能性があるなら——」

 

 「人は"沈黙"を選ぶ。」

 

 「お前も見ただろう? 目狩り令を止めようとする者がほとんどいない理由を。」

 

 旅人は拳を握りしめる。

 

 彼の心に、俺の言葉が響いたのだろう。

 

 「……それでも。」

 

 彼は静かに呟いた。

 

 「それでも——俺は、見過ごすことなんてできない。」

 

 その言葉を聞いて、俺は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 

 ——こいつは、本当にまっすぐなやつだ。

 

 "神に抗う"ことの意味を理解した上で、それでも歩みを止めようとしない。

 

 ……いや、止まることができないのか。

 

 妹を探す旅の中で、彼はすでに数々の"不条理"を見てきたのだろう。

 

 そして、そのたびに"見過ごす"のではなく——"向き合う"ことを選んできた。

 

 「……なら、俺はお前の選択に従おう。」

 

 俺はゆっくりと旅人の肩を叩いた。

 

 「どこまでやれるかは分からんが、俺も力を貸す。」

 

 旅人は小さく微笑んだ。

 

 綾華もまた、静かに目を伏せる。

 

 「……ありがとうございます。」

 

綾華は静かに目を伏せ、感謝の意を示した。

 

 俺たちは目狩り令に対抗する道を選び、その決意を新たにしたばかりだ。

 

 だが——この戦いにおいて、俺たちだけでは到底足りない。

 

 そう思った矢先、綾華は新たな情報を提供してくれた。

 

 「でも、あなたたちと同じように——」

 

 「遠方の海祇島には『抵抗軍』が存在しています。」

 

 パイモンが驚いたように目を丸くする。

 

 「抵抗軍? 目狩り令に抵抗してるのか?」

 

 綾華はゆっくりと頷いた。

 

 「はい。神の目を失った者や、失うことを恐れている者たちが——」

 

 「海祇島の"珊瑚宮"のもとで、抵抗組織を結成したのです。」

 

 珊瑚宮——この名は初めて聞いたが、どうやら稲妻における重要な勢力の一つらしい。

 

 俺は腕を組みながら問う。

 

 「珊瑚宮とは……一体何なんだ?」

 

 綾華は少し考える素振りを見せてから、丁寧に説明を始めた。

 

 「海祇島にある"神聖な神社"のことです。」

 

 「もともと海祇島は、幕府と信仰上の衝突を抱えていた土地で……」

 

 「その影響もあって、目狩り令が始まる前から"独自の思想"を持つ勢力として知られていました。」

 

 信仰の衝突——なるほど、そういう背景があったのか。

 

 海祇島の者たちは、雷電将軍の支配に異を唱え、独自の信仰を持っていた……その結果、幕府と対立することになった。

 

 そして、目狩り令をきっかけに、正式に"反抗"の意を示したというわけか。

 

 パイモンが顎に手を当てながら言う。

 

 「それってつまり……もともと仲が悪かったってことか?」

 

 綾華は微かに微笑みながら、首を横に振った。

 

 「表向きには"同じ稲妻"の一部ではありますが……」

 

 「実際のところ、文化や思想の違いから、幕府とは長らく対立してきたのです。」

 

 確かに、同じ国の中であっても、思想が異なれば争いは避けられない。

 

 

 俺は静かに問いを重ねた。

 

 「では……、正式に目狩り令を廃止しようと動いたことは?」

 

 綾華の表情が少し曇る。

 

 「……もちろん試みました。」

 

 「しかし——」

 

 「目狩り令を廃止する提案が天守閣へ届くたびに……」

 

 「"天領奉行"と"勘定奉行"による"両奉行の否決"によって、毎回却下されてしまうのです。」

 

 ——天領奉行と勘定奉行。

 

 幕府に仕える三つの奉行所のうち、二つが否決しているということか。

 

 俺は目を細めた。

 

 この話……どうも"怪しい匂い"がする。

 

 奉行所というのは、本来、将軍の命令を民に伝え、実行する立場のはず。

 

 だが、もし"両奉行"が意図的に目狩り令の撤廃を阻んでいるのだとしたら……?

 

 (つまり……目狩り令の背後に、"幕府内部の思惑"が絡んでいる可能性がある。)

 

 俺は綾華を見つめ、静かに言った。

 

 「……その他の奉行所が"意図的に"動いている、ということか?」

 

 綾華はわずかに表情を引き締めた。

 

 「……私には、確証はありません。」

 

 「ですが、"天領奉行"と"勘定奉行"は、幕府の命令に忠実である一方で……」

 

 「近年、その"動き"がどこか不自然になってきているのも事実です。」

 

 稲妻の幕府内部にも、"目狩り令を進めたい勢力"と、"それを止めたい勢力"がある。

 

 ならば、"両奉行"はどちら側に属しているのか——

 

 そして、目狩り令を本当に推進しているのは"雷電将軍"なのか? それとも……?

 

 俺は腕を組み、静かに息を吐いた。

 

 この国の真実は、まだまだ闇に包まれているようだった。

 

「そもそも、将軍様が突然目狩り令を出したのは——」

 

 「いったいどのような理由からなのでしょう……?」

 

 綾華がそう呟いたが、旅人は静かに首を振る。

 

 「もう聞くことはないよ。」

 

 俺も軽く腕を組みながら頷いた。

 

 「同じく。」

 

 ——神が何を考えているのかなど、俺たちが知る由もない。

 

 考えたところで、雷電将軍の意志が揺らぐとも思えない。

 

 だが——パイモンだけは納得していなかった。

 

 「オイラはまだ質問が残ってるぞ!」

 

 綾華が微笑みながら扇を閉じる。

 

 「おや、パイモンさん。何が聞きたいのでしょう?」

 

 パイモンは腕を組み、真剣な表情で言った。

 

 「どうやって目狩り令に抵抗するんだ?」

 

 その場が、少し静かになる。

 

 綾華は僅かに目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。

 

 「正直……まだ決まっていません。」

 

 「!」

 

 パイモンが驚いたように身を乗り出す。

 

 「おい!」

 

 いやいや、そんな無茶を言うなって……

 

 俺はパイモンを宥めるように肩を叩いた。

 

 さっきも言っただろうに……神に抗うってのは、そんなに簡単な話じゃないんだって。まさか聞いていなかったのか?

 

 綾華は微かに息を吐き、落ち着いた口調で続ける。

 

 「先ほど蒼雲さんが言ったように——」

 

 「目狩り令に抵抗するということは、神に抗うことにもなります。」

 

 「その覚悟を決めるだけでも、容易なことではございません。」

 

 パイモンは、少し口を尖らせた。

 

 「じゃ、じゃあどうするんだよ?」

 

 確かに、具体的な方法がないまま動くのは得策ではない。

 

 小さな目的でもいい——何か、確実に"できること"があれば……

 

 綾華は静かに微笑んだ。

 

 「今のところ私たちにできるのは——」

 

 「目狩り令による損害を減らす方法を探し出すことだけでしょう。」

 

 パイモンが眉をひそめる。

 

 「損害を減らす?」

 

 綾華は頷き、手で説明しながら言った。

 

 「例えば——」

 

 「神の目の所有者を匿ったり、"代わりの神の目"を作り、その場を凌いだりすることです。」

 

 パイモンが目を丸くする。

 

 「神の目って、偽物が作れるのか!?」

 

 「花見坂の手芸職人の手にかかれば——」

 

 「肉眼では見分けのつかないほどの"偽の神の目"を作り出すことができます。」

 

 なるほど……

 

神の目といえど、見た目はガラスに装飾品がついた物に過ぎない。

 

 だからこそ、見た目だけの"偽物"を作ることは可能なのか……

 

 旅人がふと、何かを思い出したように呟いた。

 

 「もしかして……ウェンティのって……」

 

 俺は、その言葉を聞いた瞬間、思わず小声で言った。

 

 「おい、風神様、まだその名で名乗ってんのか?」

 

 旅人は苦笑いしながら頷く。

 

 「そうだよ。」

 

 マジか——あの飲んだくれの神さん、まだ"ウェンティ"なんて名乗ってるのか。

 

  (まぁ、あいつらしいっちゃ、あいつらしいが……。)

 

 俺は思わず苦笑しながら、肩をすくめた。

 

 だが、そんな軽口を叩いている場合ではなかった。

 

 綾華の表情がわずかに曇る。

 

 「しかし現在、ある問題がございます。」

 

 彼女は静かに扇を閉じ、慎重な口調で続けた。

 

 「かねてより私たちのために"偽の神の目"を製造してきた——"正勝先生"が、数日前に天領奉行に身柄を拘束されてしまいました。」

 

 ピンと張り詰めた空気が、一瞬で場を支配する。

 

 「……見つかっちゃったのか!?」

 

 パイモンの声が驚きに満ちていた。

 

 綾華はわずかに頷く。

 

 「はい……長期的な解決策ではありませんでしたので、見つかるのも時間の問題ではありました……」

 

 「しかし……このまま正勝先生を見捨てるわけにはいきません。」

 

 俺は静かに目を閉じ、言葉を飲み込んだ。

 

 (国に刃向かった"罪人"とされる者だろうが——)

 

 (困った人のためにその身を捧げた者が、不幸を被るなんてことがあっていいわけがない。)

 

 旅人も、俺と同じ考えだったようだ。

 

 「今度は……俺たちが助けてあげないと。」

 

 綾華はそんな俺たちの決意を感じ取り、少しだけ柔らかい表情を見せる。

 

 「私も、そう思います。」

 

 しかし、次の瞬間、彼女の声に再び緊張が宿る。

 

 「しかし、脱獄となりますと——」

 

 「私とトーマは"社奉行"としての身分がございます。」

 

 「このことが露見すれば、神里家全体を巻き込んでしまいます。」

 

 「そして、その後の行動での支援も難しくなるでしょう……。」

 

 つまり、俺たちが動かなければ、この男は助けられないということか。

 

 俺はふっと息をつき、腕を組む。

 

 「——じゃあ、全部俺たちに任せておけばいい。」

 

 旅人も同じく自信に満ちた表情で頷いた。

 

 「腕は立つから、問題ないよ。」

 

 俺たちは、"できる"。

 

 そう確信していた。

 

 綾華はそんな俺たちの決意をしっかりと見定めた後、静かに微笑んだ。

 

 「ふふ……もちろん、このことをすべて貴方たちだけに"丸投げ"するつもりはありません。」

 

 「準備が整い次第、"花見坂"へ向かってください。」

 

 花見坂——?

 

 俺はその地名に聞き覚えがなかったが、旅人はどうやら知っているようだった。

 

 「そこに"長野原"という花火屋がございます。」

 

 花火屋?

 

 正勝先生の救出と、花火屋……どういう関係がある?

 

 俺が疑問を抱く前に、綾華は言葉を続けた。

 

 「そこで——"貴方たちを手助けしてくれる者"を見つけられるでしょう。」

 

 「どうか……この作戦が成功することを祈っています。」

 

 俺たちは静かに頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

花見坂にたどり着いた俺たちはそこで現実を見ることとなった。

 

 「隠れろ!」

 

 俺は咄嗟に旅人とパイモンの肩を掴み、物陰へと引きずり込んだ。

 

 「どうしたんだよ!」

 

 パイモンが小さな声で抗議する。

 

 俺は顎で目の前の光景を指し示した。

 

 そこでは、まさに"目狩り令"の執行が行われようとしていた。

 

 「あれ……」

 

 旅人も、険しい表情でその場の様子を見つめる。

 

 神の目を奪われまいと必死に抗う男——半四郎と、無情にそれを押収しようとする奉行所の武士たち。

 

 「大人しく渡しな、俺たちが手荒な真似をする前にな。」

 

 先頭に立つ男、大河原五右衛門が低く言い放つ。

 

 「元素力を使って目狩り令に抵抗するんなら、頭を冷やしてきたほうがいいぜ。」

 

 「前にそうしたヤツが、どんな結末を辿ったか知らないわけじゃないだろ?」

 

 半四郎は必死に懇願する。

 

 「見逃してください! この神の目は手に入れたばかりなんです……使わないと誓いますので……!」

 

 だが、五右衛門は冷笑するだけだった。

 

 「放ってはおけないよな?」

 

 パイモンが唇を噛みしめる。

 

 「行こう。」

 

 旅人が立ち上がろうとするのを、俺は素早く腕を伸ばして制した。

 

 「ちょっと待て。」

 

 「なんだよ!」

 

 パイモンが焦れたように振り向く。

 

 俺はじっと"神の目"を見つめていた。

 

 何かがおかしい——光が、妙に鈍い。

 

 "神の目"は持ち主の願いと共に輝くはずなのに……。

 

 (……もう少し、様子を——)

 

 そう思った瞬間——

 

 「ちょいちょい〜待ちや……」

 

 背後から、どこか陽気な女性の声が聞こえた。

 

 「ん?」

 

 パイモンが振り向く。

 

 遠くから、こちらに向かって手を振る人影があった。

 

 「こっちこっち! はよこっち来い!」

 

 パイモンが怪訝そうに顔をしかめる。

 

 「どうしたんだ? 緊急事態なんだ、オイラたち今から——」

 

 「いいから行くぞ!」

 

 俺はパイモンと旅人の腕を引っ張り、その声の主がいる方へと向かった。

 

 裏通りに入ると、そこには花火屋の裏手らしき場所が広がっていた。

 

 そして——

 

 「おおきに、お兄さん! 連れてきてくれて、助かったわ〜!」

 

 (……え?)

 

 そこにいたのは、ひどく自由な雰囲気を纏った娘だった。

 

 肩までのストロベリーブロンドの髪を無造作に結び、高く跳ねるポニーテール。

 金色の瞳は陽の光を反射して煌めき、目尻に入れたオレンジレッドの化粧が、いたずらっぽい笑みを強調している。

 

 派手な着物は片袖だけを通し、胸元はさらしで軽く包まれているだけ。

 炎元素の"神の目"が腰の帯に揺れていた。

 

 ……何というか、"恥じらい"というものをどこかに置き忘れてきたような、やんちゃな雰囲気の娘だった。

 

 「ところで、ここは——」

 

 俺が問いかけようとした瞬間、彼女は指を自身の唇に当てた。

 

 「シーッ。まぁ、ちょっと見ててみ。」

 

 そう言うなり、彼女は再び目狩り令が行われている方へと視線を向ける。

 

 パイモンは腕を組み、不満げに言った。

 

 「おい! なんなんだよお前。自分に神の目がないからって、そんなふうに野次馬みたいに——」

 

 ……って、あれ?

 

 パイモンの目が大きく見開かれる。

 

 「おまえ、神の目持ってるの——むぐっ!?」

 

 (——おいおい、今それを大声で言うな!)

 

 俺は咄嗟に水の泡を作り、パイモンの口を覆った。

 

 目狩り令の侍たちに聞かれたら面倒なことになる。

 

 金色の瞳の娘はそんな俺たちを見て、口元を手で隠しながらクスクスと笑った。

 

 「あはは、そないに慌てんでもええよ。」

 

 「まぁ、話はあとや。今は"アイツ"らが何をしとるか、じっくり見とき。」

 

 俺たちは息を潜め、再び目狩り令の現場へと目を向けた。

 

「分かりました、これでいいですか……武士様……」

 

半四郎は震える手で"神の目"を差し出した。

 

「ふんっ、それでいい。行くぞ!」

 

大河原五右衛門が鼻を鳴らし、他の天領奉行の侍たちと共にその場を後にする。

 

俺はじっと半四郎の表情を見つめていた。

 

顔色は悪く、瞳の奥には未練が滲んでいたが……致命的な絶望の色は見えない。

 

(……なるほどな。)

 

「むーむー! ごぽごぽ!!」

 

泡に包まれたパイモンが俺の袖を引っ張り、抗議の声を上げている。

 

「……もういいか。」

 

俺は指先を軽く弾き、水泡を弾けさせた。

 

「ぷはっ! ひ、ひどいじゃないか!! 死ぬかと思ったぞ!!」

 

「状況判断くらいまともにできるようにしておけ。」

 

「うぅ……おまえのせいでタイミングを逃しちゃったじゃないか!」

 

パイモンが頬を膨らませて文句を言う。

 

その時——

 

「宵宮さん、ありがとうございます! さっき僕にくれた偽物がなければ、本当に押収されるところでした!」

 

半四郎が隣の女性に深々と頭を下げた。

 

「気にせんといて〜! あんたも結構ええ演技してたで!」

 

ストロベリーブロンドの髪を高い位置でまとめた、快活な娘——宵宮がニカッと笑う。

 

(やはり……。)

 

旅人が疑問を口にした。

 

「……偽の神の目だったの?」

 

「そうだったのか!? そうとも知らずにオイラ、さっき宵宮……さんにあんな態度を……うう……ごめんなさい……」

 

パイモンがバツの悪そうに眉を下げる。

 

宵宮は笑って手を振った。

 

「ははっ、ええんや。あんたらのさっきの反応、同じ立場におる人間やってのがよう分かったわ。互いに理解するっちゅうのはめっちゃ重要なことや。あんたもそう思うやろ?」

 

宵宮は旅人に謝罪はいいと断ると、俺の方に視線を向ける。

 

「それにしてもそっちのお兄さんはすごいな〜! 偽モンやって気づいとったらしいけど……演技で見破ったん!?」

 

俺は肩をすくめ、目を細めた。

 

「いいや、僅かに神の目の輝きが鈍いと感じただけさ。」

 

宵宮は驚いたように目を見開くと、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「へぇ〜、すごいやん! やっぱりあんたら、ただモンやないんやな〜!」

 

パイモンが感心したように頷く。

 

「確かに……蒼雲ってこういう時、妙に鋭いよな……」

 

パイモンが感心したように頷いた。

 

逆にいつ鈍いんだよ。全く

 

目の前の女性が、髪を揺らしながらニカッと笑う。

 

「おっ、自己紹介がまだやったな。うちは宵宮。この『長野原花火屋』の現店主や。普段は花火を作って生計を立ててんねん。よろしゅうな!」

 

「花火屋……」

 

「花見坂で宵宮さんを知らない人はいませんよ!」

 

半四郎が勢いよく言葉を継いだ。

 

「『夏祭りの女王』とはまさに彼女のこと! 彼女と彼女の花火がなければ、鳴神島に夏がないのと同じことです!」

 

「すごい人なんだな……オイラも花火が大好きだ! 会えて嬉しいぞ!」

 

パイモンが宵宮に向かって大きく手を広げる。

 

宵宮は照れくさそうに笑いながら、頬をかいた。

 

「へへっ、そないなこと言われると照れるな、半四郎。」

 

彼女は腰に手を当ててから、少し真剣な顔になった。

 

「それと……うちに礼を言うよりも、正勝先生に感謝しいや。正勝先生が偽の神の目を残してくれたおかげやさかい……」

 

「正勝先生……!」

 

「おっ? なんや、あんたらも正勝先生を知っとるん?」

 

宵宮が目を丸くする。

 

「綾華から聞いてーー。」

 

旅人が答えると、宵宮は驚き、そして嬉しそうに笑った。

 

「ほんまか! 『白鷺の姫君』が手配したもんやったんやな。実はここ数日、獄中に乗り込もうと企んどったところなんよ。」

 

「せやけど、いきなり無謀に突っ走っても、神里さんに迷惑かけるだけやと思うてな……ははは……」

 

宵宮は後頭部をぽりぽりと掻きながら、苦笑した。

 

「うちもあんたらと一緒に行動させてくれへんか?」

 

「もちろんいいぜ!」

 

パイモンが勢いよく応じる。

 

「綾華もオイラたちに『長野原花火屋』で助っ人に会ってほしいって言ってたんだ。どうやら宵宮のことだったみたいだな!」

 

宵宮は朗らかに笑った。

 

「あははっ、どうやら店で神の目の所有者を匿う以外にも、ついに他の役割が回ってきたっちゅうことやな。」

 

そして、拳を握りしめて決意を込めた声で言う。

 

「正勝先生は町奉行所に閉じ込められとる。あそこの周りはもううちが偵察したで。めっちゃええ潜入場所があんねん。」

 

「宵宮は頼もしいな。おまえに会えてよかったぜ!」

 

「せやろ? へへっ、準備ができたら出発するで! ぜ~ったいに、正勝先生を助けるで!」

 

「助けるで!」

 

宵宮とパイモンが拳を突き上げる。

 

——だが、その場にいた全員が同じ考えではなかった。

 

宵宮は少し悩むように眉を下げ、半四郎に視線を移す。

 

「……あっでも……半四郎や、他の神の目を待った人はどうすればーー。」

 

俺は腕を組み、一歩前に出た。

 

「じゃあ、その役は俺がやる。」

 

「え?」

 

旅人が驚きの声を上げる。

 

「お前らで正勝先生を助けに行くんだ。」

 

「いいの? みんなで行った方が……」

 

「そうだぞ! いくらお前とはいえ——」

 

パイモンが何か言いかけるが、俺は手を上げて制した。

 

「いいか?」

 

俺は静かに、だがはっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

 

「俺たちは正勝先生の顔を知らない。だがら宵宮は必ず救出班に入らなければならない。」

 

「……あ。」

 

旅人が少し納得したような顔をする。

 

「俺かお前らのどちらかが行かないといけない。」

 

「だったら、潜入において二人いるお前たちの方が敵を警戒しやすいだろ?」

 

パイモンが口を開きかけるが、俺はさらに続ける。

 

「それに……万が一、捕まった時助けに行く奴も必要なはずだ。」

 

「これは必要な選択肢だ。」

 

パイモンと旅人は顔を見合わせる。

 

「……分かった。」

 

旅人が頷いた。

 

「蒼雲の判断に従うよ。」

 

「でも、無茶すんなよ!」

 

パイモンがぷくっと頬を膨らませながら言う。

 

俺は軽く肩をすくめた。

 

「お前たちもな。」

 

宵宮がにやりと笑い、俺の肩を叩く。

 

「しゃあないな~。お兄さんはこっちを頼んだで!」

 

「ああ。」

 

俺は深く頷いた。

 

そして、旅人たちは町奉行所へ向けて動き出した。

 

(……さて、俺も俺の役目を果たさなくてはな。)

 

俺は振り返り、半四郎と、花火屋の周囲に身を潜めている人々に目を向ける。

 

目狩り令の影に怯える彼らを、この手で守らなければならない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

しばらく待っていると近くの人から珍しがられて色々と話を持ちかけられた。

 

「アンタ見ない顔だね。宵宮さんの知り合いかい?」

 

「まぁ、そんなところです。今は宵宮さんは不在のためその間代わりをーー」

 

「お前さん稲妻の人じゃないみたいだけど…どこの人で?」

 

「璃月ですよ。一応鉱物を扱っていて——」

 

「へぇ、鉱物ですか!」

 

俺の言葉を聞いた途端、周囲の人々の目が一斉に輝きだした。

 

「ちょうどいい! 俺、刀鍛冶をやってるんですけど、最近いい鉱石が手に入らなくてな……璃月の鉱物って質がいいんですよ」

 

「でも、稲妻の商会経由だと値が張るし、そもそも鎖国のせいで良質な素材が手に入りにくくて困ってるんですよ!」

 

次々と興味津々な声が飛んでくる。

 

「……あー、まぁ、確かに璃月の鉱物は高品質ですね。石珀石や夜泊石なんかは、装飾品にも使われるくらいですし。」

 

俺が適当に答えると、さらに人々が身を乗り出してきた。

 

「おぉ! やっぱり! で、何か見せてくれないか?」

 

「せっかく鉱物商が来てるんだ、ちょっとくらい分けてもらえないか?」

 

「うちも使いたいんだけどな……」

 

……しまった。話を合わせたのはいいが、思った以上に食いつかれてしまった。

 

「すまない、今は商売ではなく、別件で来ているんだ。」

 

「あぁ、そりゃ残念だ……」

 

「あんた、いい人そうだし、もし今後稲妻で商売するならぜひ声をかけてくれよ!」

 

「はは……考えておきます。」

 

俺が苦笑いしながら返事をすると、周囲の人々は名残惜しそうにしつつも、それぞれの仕事へ戻っていった。

 

(ふぅ……妙に話が広がりすぎるのも考えものだな……。)

 

だが、こうして実際に稲妻の人々と話してみると、彼らが抱えている問題がよくわかる。鎖国令の影響は思った以上に大きく、物資の流通が滞っているのが感じられた。

 

(この国は、確かに変わらなければならない……。)

 

そんなことを考えていると、半四郎が声をかけてきた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。お前こそさっきはすごい演技だったな」

 

 

「いえ、そんなことはありませんよ。あなたのような判断力も力も私にはありません。」

 

力?俺はこいつの前で力なんて使っただろうか。

 

 

「少しいいか?俺、アンタの前で力なんて使ったのか?」

 

「あ、実は演技しながらあなたたちの動きを見ていて、あなたがすぐさま水の泡を作ったり、解いたりするのを見たんですよね」

 

「あーなるほど。」

 

まずいな。俺には戦闘になるとあまり力の制御なんて出来ないから。普段は元素力なんて使わないようにしてたのに……まさかそこに気づかれてしまうとはーー

 

「しかし、あなたの神の目も偽物に見える。……あなたは何者なんですか?」

 

「………」

 

「言っただろ俺はーー」

 

 

街の喧騒が一瞬にして変わった。

 

さっきまで穏やかに話していた人々が、まるで潮が引くように散り、通りの隅へと身を寄せる。

 

「奉行所ォォォー! 奉行所の方が来たぞ〜!」

 

そう叫びながら駆け寄ってきた青年の声が、花見坂の静寂を一気に塗り替えた。

 

俺は半四郎を見た。

 

彼は青ざめた顔で、ギュッと拳を握りしめている。

 

「まさか……僕の偽物が見破られたんでしょうか……?」

 

「そんなことは後で考えろ。今は隠れるんだ。」

 

俺は低い声でそう告げると、半四郎の肩を軽く押し、建物の陰へと促した。

 

「しかし……!」

 

「いいから。」

 

短く言い放つと、半四郎は躊躇いながらも頷き、そっと物陰へと身を潜めた。

 

通りの向こうから、奉行所の侍たちがゆっくりと歩いてくる。

 

彼らの鎧には、天領奉行の紋が刻まれている。

 

その中心にいるのは、一人の男——目つきの鋭い、筋骨隆々の武士先ほど半四郎から偽の神の目を持っていた大河原五右衛門だった。

 

「……お前か?」

 

俺の視線が彼と交差する。

 

男はニヤリと笑い、顎をしゃくった。

 

「この辺りに、目狩り令に逆らう者が潜んでいると聞いた。……お前は何者だ?」

 

「俺か?」

 

俺はわざと肩をすくめる。

 

「俺はただの商人だ。鉱物を売り歩いてるだけのな。」

 

「ほう?」

 

男の目がじっと俺を見つめる。

 

「商人ねぇ……」

 

刀の柄に手を置きながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 

「だが、お前、さっきちょっと妙な動きをしたな?」

 

「さぁ、何のことだか。」

 

俺は飄々とした表情を保ちつつも、内心では警戒を強める。

 

「先ほどの神の目は偽物だと分かった。今一度半四郎という男を出して頂こう」

 

「半四郎?知らないな。そんな奴」

 

俺がさぁねと言った感じで答えると

彼は口元を歪める。

 

「あくまでシラを切るか。ハッ、面白い。そういう態度を取るということは……切られる覚悟があってのことなんだろうな」

 

奉行所の侍たちが、じりじりと俺を取り囲むように動く。

 

遠巻きに見ていた町人たちは、一様に息を呑み、そっと後ずさった。

 

「いいか? 俺たちは今、大人しくお前の協力を求めているんだ。」

 

「だが……拒むというのなら、力ずくでも連れて行くまでだ。」

 

男の手が、ゆっくりと刀の柄へとかかる。

 

空気がピリッと張り詰めた。

 

そんな中、俺は軽く息を吐きながら、わざと肩をすくめてみせた。

 

「……怖いねぇ。奉行所のやり方ってのは、商人相手にも刀を抜くのが普通なのか?」

 

五右衛門は薄ら笑いを浮かべたまま、刀を抜くことなく言った。

 

「俺たちはな……雷神様の意志を遂行する者。目狩り令に逆らう輩がいれば、それが誰であろうと容赦はしない。」

 

「それがたとえ、ただの商人だとしても?」

 

「そういうことだ。」

 

俺はチラリと周囲を見る。

 

(さて……どうするか。)

 

俺は内心で考えながら、視線をちらりと周囲へ巡らせた。

 

半四郎は、建物の影で息を殺している。気配を完全に消しているようだが、この状況ではすぐに見つかるだろう。

 

このまま交渉の余地がないなら……

 

俺はふっと息を吐いた。

 

「俺はただの商人だと言ったはずだが?」

 

「それが?」

 

「つまり、俺は戦いを好まない。」

 

そう言いながら、ゆっくりと手を上げる。

 

大河原五右衛門はニヤリと笑った。

 

「ようやく分かったか。」

 

「……だがな。」

 

俺は拳を軽く振り払う。大河原五右衛門の顔が衝撃で歪み、その巨体が一瞬ふらついた。

 

そんな大河原五右衛門を見て俺は不敵に笑い、肩をすくめる。

 

「横暴な態度を取る役人に従うのは、もっと嫌いなんだよ。」

 

周囲の侍たちが息を呑み、次の瞬間には一斉に刀の柄へと手をかける。

 

「き、貴様ぁ!!」

 

大河原五右衛門が怒りに燃えた目で俺を睨みつける。

 

鼻から滴る血を拭いながら、ギリリと歯を噛み締めた。

 

「異国の商人風情が……この稲妻で、奉行所に楯突くとは……!」

 

一歩、ゆっくりと前に出る。

 

俺の周囲を取り囲むように、奉行所の侍たちがじりじりと間合いを詰めてくる。

 

どこかで見物していた町人たちも、完全に固唾を飲んでいた。

 

「さぁ、かかってこい。」

 

俺は手を軽く振って挑発する。

 

「お侍さんども。異国の商人を突き出すチャンスをくれてやる。」

 





鳴神大社

——もう、だめだ。

私は膝を抱え、俯いたまま桜の花びらが舞う地面をじっと見つめていた。

八重神子の楽しげな声が頭上で響く。

「ほーほーなるほど……目が覚める前に悪夢を一閃して斬り払った時に胸がキュンとし……」

「彼の優しさに触れて惚れたと。」

かーっ!!なんと初々しいんじゃ!!

「……/////」

もう無理……もう限界……。

神櫻の花びらがひらりと頬をかすめる。
そのわずかな感触すら、今の私には羞恥の刃のように鋭く刺さった。

どうしてこんなことに……。

私は八重神子の前で、まるで一本の筒のように心の内を覗かれてしまっている。
いや、それどころか、心をひっくり返され、すみずみまで晒されている気分だ。

稲城蛍美が必死に止めに入る。

「八重宮……編集長様!千代様がもう限界です!もうその辺にーー」

「ならぬ!!」

八重神子の声が楽しげに跳ねる。

「まだまだ聴かせてもらうぞ!!どのような中にお主がおって、どんな風に彼が映ったのかを!!」

「……!!」

私は顔を両手で覆った。

脳裏に蘇るのは——あの時の光景。

真っ暗な夢の中。
深い闇に囚われ、光さえ届かぬ世界で、私は独り彷徨っていた。

あの忌まわしい化け物の影が、私を絡め取る。
どこまでも重く、どこまでも冷たい。

抗おうとすればするほど、足が沈む。
手を伸ばせば、絡みつく。
もがけばもがくほど、息苦しくなっていく——

ああ、もう終わりだ。私は逃げられない。長い長い苦痛の中で心も壊れかかった
その時——


柔らかな水の波紋が広がるように、彼の声が闇を切り裂いた。

その瞬間、鋭い水刃が一閃。

暗黒の霧を断ち、私を閉じ込めていた鎖が砕け散った。

光が差し込んだ。

彼が、そこにいた。
まるで月のように——静かで、優しく、穏やかに私を照らしていた。

「長い間よく頑張ったな。だがもう大丈夫だ」

「なぜならーー」

「ここにはもうお前を襲う魔物はいないからだ」

彼はそう言った。

そして、その手を差し伸べてくれた。

——私は、思わず掴んでしまった。

「……////」

いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!////

羞恥の嵐が頭の中を駆け巡る。
心の中の私が転げ回って、叫んでいる。

それなのに——

「くくくっ……」

神子は、楽しげに微笑んでいた。

「ほぅほぅ、なるほどなるほど……」

「つまり、彼の声が闇を切り裂き、彼の手が救いの光となり、お主の胸を撃ち抜いたと……」

「編集長様!!!」

「……/////」

ダメだ……もうダメだ……。


「私の心は丸裸……」

「……もう……死にたい………////」

私は小さく呟き、頭を抱えた。

神櫻の花びらがひらひらと舞い落ちる。
私の絶望を嘲笑うかのように、ひどく美しく


【挿絵表示】

稲妻篇が終わったら続きは何が良いか 選択によって稲妻篇の最後が変わる。

  • 璃月篇(海灯祭)※この話の本編
  • 引き続き稲妻篇
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