闇に呑まれていた鬼の娘を500年かけて看病した仙人が、異国で恋愛小説の餌食に……   作:時代に遅れている

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前回の文章内容を少し変えております。神の目の偽物を蒼雲もつけている設定に変えておりますので、よろしくお願いします。


ひと段落して

俺の拳が大河原五右衛門の顔面を直撃した瞬間、鈍い音とともに男の体がぐらりと揺れた。

 

「ぐぅっ……!?」

 

衝撃で後ずさった彼は、よろめきながらも即座に体勢を立て直し、鋭い目つきで俺を睨みつける。

 

「き、貴様ぁ!!」

 

周囲にいた奉行所の兵士たちが、一斉に刀の柄に手をかけた。

 

俺は肩をすくめ、冷徹な目を向けて言い放った。

 

「横暴な態度を取る役人に従うのは、もっと嫌いなんだよ。」

 

刀が抜かれる甲高い音が響く。

 

俺はゆっくりと拳を握り、低く構えた。

 

「さぁ、かかってこい。お侍さんども。」

 

「異国の商人を突き出すチャンスをくれてやる。」

 

途端に、兵士たちが一斉に飛びかかってきた。

 

——まずは一人。

 

正面から突っ込んできた男が、一直線に槍を突き出す。

 

俺はわずかに体を捻り、その穂先を余裕でもかわすと、槍の柄を掴んで勢いを利用し、逆に引き寄せた。

 

「なっ……!?」

 

驚く兵士の顔面に肘を叩き込む。

 

「ぐはっ!!」

 

男は白目を剥きながら地面に倒れ込んだ。

 

——次。

 

背後から斬りかかろうとする足音が聞こえた。

 

振り向くよりも早く、俺は片足を強く踏み込んで跳ね上がる。

 

刀が俺の腰元をかすめると同時に、宙で体をひねり、逆さまの状態から蹴りを繰り出した。

 

「がっ……!!」

 

頭部を蹴り飛ばされた男は、悲鳴を上げる間もなく吹っ飛んでいった。

 

——三人目、四人目。

 

二人の兵士が連携し、横から同時に斬りかかってくる。

 

「そこだ!」

 

「逃がすな!!」

 

俺は刀の軌道を瞬時に見極め、後方に跳躍。

 

刃が俺の鼻先をかすめた次の瞬間——

 

「遅いんだよ。」

 

着地と同時に地面を蹴り、逆に二人の懐へと飛び込む。

 

「なっ……!」

 

拳を握りしめ、一人の腹部に全力の正拳突きを叩き込んだ。

 

「ぐはっ……!!」

 

兵士がくの字に折れ、もんどり打って吹き飛ぶ。

 

もう一人が驚き、動きが一瞬止まった。

 

「甘い」

 

その隙を逃さず、手刀を振り下ろし、首筋を狙う。

 

「ぐ……っ!」

 

男は呻きながら膝をついた。

 

——五人目。

 

最後の兵士が、必死の形相で槍を構え直す。

 

「このっ……化け物が!!」

 

俺は薄無表情で、わざと無防備に立つ。

 

「化け物じゃない……商人だ」

 

挑発に乗った男が、大上段から槍を振り下ろす。

 

狙いは俺の頭部。槍は突くより振り下ろした方が威力が高い。それに致命傷となりうる頭を狙うとはなかなか目の付け所がいいようだった。

 

だが——

 

「残念だったな。」

 

俺はわずかに首を傾け、槍の一撃を回避し、

 

そのまま槍の柄を掴み、相手の腕を捻るようにして引き寄せる。

 

「うっ……!?」

 

槍を離さなかった男の体が浮き、無防備な状態になる。

 

「お前も寝てろ。」

 

俺は強烈な膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ぎゃ……!」

 

兵士は白目を剥き、地面に転がった。

 

静寂。

 

周囲の町人たちは息を呑み、誰一人として声を発さない。

 

倒れ伏した奉行所の兵士たち。

 

最後に立っていたのは——俺、ただ一人。

 

「ふぅ……。」

 

ゆっくりと息を吐き、俺は額の汗を拭った。

 

「さて……どうする?」

 

大河原五右衛門の方を振り向く。

 

彼は、地面に座り込んだまま、脂汗を滲ませていた。

 

「て、手を出せば……! 貴様は、幕府に反逆したことになるぞ……!」

 

「今さらか?」

 

俺は肩をすくめると、兵士たちを見渡した。

 

「こいつら、全員戦闘不能だ。戦える奴はもういない。」

 

「さぁ……どうする?」

 

静寂の中、俺の問いが響いた。

 

五右衛門「……なかなかやるようだが、次はどうかな?来るがいい!」

 

五右衛門の号令とともに、新たに現れた兵士たちが一斉に構えを取る。

 

彼らの腰には、光を宿した「神の目」が鈍く輝いていた。

 

雷、炎、水、氷——それぞれ異なる元素の力を宿す精鋭たち。

 

「……奉行所の人間は民から神の目を奪っておきながら、自分らだけ奪われてないってのはどういうことだ。」

 

俺は奉行所の方に不信感を募らせた。

 

 

しかし、そんな俺を気に求めずに五右衛門は言葉を続ける。

 

「フン!弱きものは強き者によって搾取されるそれが世の理というもの」

 

「……つまりここで終わりということだ!!」

 

 

「やれ!!」

 

 

次の瞬間——

 

雷が弾け、炎が揺らめき、氷の冷気が周囲の空気を凍らせた。

 

——四方から元素攻撃が飛んでくる!!

 

俺は瞬時に状況を把握し、冷静に体を動かす。

 

チッ……まずは雷か!

 

右から迫る雷元素の槍を、体をひねって紙一重でかわす。

 

さすがは素早い動きを可能にする雷元素の攻撃、通常の兵士で者ここまで早いとは……だが

 

槍の穂先が俺の肩先をかすめ、バチバチと雷が弾けるが——

 

まだまだだな

 

そのまま槍を掴み、勢いを利用して相手の腹へと膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐはっ!!」

 

雷の兵士が呻き声を上げて吹き飛ぶ。

 

だが、すぐさま背後から炎の剣が振り下ろされる。

 

相変わらず甘い……

 

俺はわずかに身を沈め、剣の軌道をかわす。

 

次の瞬間——

 

——地面を蹴り、踏み込み、炎の兵士の懐へ!

 

「なっ……!?」

 

驚く兵士の顔面に、強烈な拳を叩き込む。

 

「ガッ……!!」

 

衝撃で炎の剣士は地面に崩れ落ちる。

 

だが、すぐさま氷の槍が飛んでくる!

 

今度は氷か……

 

俺は足元の瓦礫を蹴り上げ、迫る氷の槍の軌道を逸らす。

 

なかなかいい攻撃だ

 

槍は俺の脇をかすめ、そのまま背後の壁に突き刺さった。

 

次は……水

 

水元素の兵士が、水の刃を作り出す。

 

その刃が空を裂き、俺の首筋を狙って振り下ろされた。

 

——その瞬間!

 

俺は足を強く踏み込み、跳躍!!

 

「俺相手に水の攻撃とはーー」

 

「無駄なことを」

 

刃が届く前に空中へ舞い上がり、そのまま回し蹴りを放つ!!

 

「ぐぁっ!!」

 

水の兵士は顔面を蹴り飛ばされ、横転した。

 

——これで全員、無力化!!

 

俺は軽く息を吐き、まだ地面に転がっている五右衛門に目を向けた。

 

「さて……次はお前の番か?」

 

五右衛門は歯ぎしりしながら後ずさる。

 

「こ、こいつ……化け物か……!!」

 

俺は肩をすくめ、皮肉げに言い放った。

 

「化け物?違う。お前らにも言ったはずだ次々俺はーー」

 

「ただの異国の商人だ」

 

 

 

静寂が訪れる。

 

周囲の町人たちが息を呑み、誰一人として声を発せない。

 

五右衛門は顔を引きつらせながら、ちらりと後方を見た。

 

「く、……しかし、こんだけの騒動が起きたんだ。今度はさらに多くの奉行所がここに来るぞ?」

 

焦りを滲ませた声。こいつはまだ自分に分があると思っているらしい。

 

俺はわざと考えるような素振りを見せた。

 

「確かに、その点については考慮していたかったな」

 

五右衛門は勝ち誇ったように口元を歪める。

 

「そうだろ?分かったらさっさと……」

 

だが、言い終わる前に俺は一歩前へと踏み出した。

 

「なら、ここでお前の戦意を刈ってーー」

 

「ここでの出来事がなかった事と証言してもらうとしよう」

 

そう言って、俺は静かに腕を掲げる。

 

空気が変わった。

 

微かに湿気を帯びた風が吹き抜け、俺の周囲に薄い霧のようなものが漂い始める。

 

「き、貴様!何をするつもりだ!」

 

五右衛門の目が驚愕に見開かれる。

 

「黙れ、そこで見ていろ。」

 

俺の足元から、水の波紋がゆっくりと広がる。

 

空気が変わる。

 

ひんやりとした水の気配が辺りを満たし、地面に淡い霧が立ち込める。

 

——洞天解禁。水剣の林。

 

五右衛門の体がふっと宙に浮き、次の瞬間、俺たちは異なる空間へと足を踏み入れた。

 

辺り一面、静寂に包まれた幻想的な領域。

 

夜空に浮かぶのは、まるで湖面に映ったような満月。

 

水の大地がどこまでも広がり、無数の水剣が竹林のように突き刺さっている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

五右衛門は恐る恐る周囲を見渡した。

 

「こ、ここは……!?」

 

俺は静かに答える。

 

「俺の作り出した空間だ。」

 

水剣が月明かりを反射し、無数の青白い光を放っている。

 

風もないのに剣がわずかに揺れ、チリン……と水滴が弾ける音が響く。

 

まるで命を持ったかのように、剣たちが俺の意志を待っているかのようだった。

 

五右衛門は喉を鳴らしながら後ずさる。

 

「ま、待て! 俺は降参する!!」

 

俺は冷ややかに笑った。

 

「安心しろ。殺しはしないし、傷もすぐに治してやる。」

 

「ただ……お前の戦意が完全に消えるまで、俺は攻撃をやめない。」

 

次の瞬間——

 

俺は手を真上にあげた。

 

水剣が俺の意志を受け取り、無数の刃が五右衛門へと向かう。

 

「ぐっ……!!」

 

奴は剣を抜き、必死に防ごうとする。

 

だが——

 

——カキンッ!!

 

五右衛門の剣は、あっさりと俺の水剣に弾かれた。

 

「なっ……!」

 

驚く暇もなく、俺の指示に従った一つの水剣が奴の懐に入り、塚の部分を打ち込む。

 

「がはっ!!」

 

五右衛門は水面に叩きつけられ、激しく水しぶきが舞う。

 

だが、これで終わりじゃない。

 

俺は指を軽く振るうと、水剣が一斉に宙を舞い、五右衛門の周囲に突き刺さった。

 

「ひっ……!?」

 

奴は目を見開き、恐怖に震える。

 

「どうした? さっきまでの威勢はどこにいった?」

 

俺はゆっくりと歩み寄る。

 

水剣が俺の動きに合わせるように微かに揺れ、辺りにはただ静寂だけが残る。

 

五右衛門は荒い息を吐きながら、懇願するように俺を見上げた。

 

「わ、わかった……! 俺の負けだ……!! だから、もう……やめてくれ……!!」

 

俺はしばらく奴の顔を見つめ——

 

やがて、手を下ろした。

 

瞬間、領域が消え去り、俺たちは元の世界へと戻る。

 

水剣も消え、ただ静寂だけが残った。

 

五右衛門はその場に膝をつき、震えながら肩で息をしている。

 

俺はその姿を見下ろしながら、静かに言った。

 

「お前の戦意は……もうないな?」

 

しかし、五右衛門は歯を食いしばりながら、再び立ち上がった。

 

その目には、未だ消えぬ闘志が宿っている。

 

「ぐっ……! こんなところで終われるか……!!」

 

次の瞬間、奴は雄叫びを上げながら、俺に向かって猛然と突進してきた。

 

「うおォォォ!!」

 

やれやれ……やはり、傷つけないのは甘すぎたか。

 

俺は再び拳を叩き込もうと身構えた——その時。

 

「そこまでだよ。二人とも。」

 

まるで風が吹き抜けるような軽やかな声が、戦場の空気を断ち切った。

 

五右衛門の動きがピタリと止まる。

 

「そ、その声は……!」

 

驚愕と焦燥の入り混じった表情で、五右衛門が声の主の方を振り返る。

 

「鋭い勘と明晰な頭脳を持ち、数々の事件や争いを解決する——」

 

「天領奉行の最強にして天才同心、鹿野院平蔵!」

 

五右衛門がそう叫ぶと、俺も声のした方向へと目を向けた。

 

そこにいたのは、まだ少年と呼べるほどの若き探偵。

 

黒いヘッドバンドで前髪を流し、短く軽やかなマレットヘアが風に揺れる。

 

ノースリーブの黒いアンダーシャツの上に、白い襟付きのチュニックを羽織り、肩にはマスタード・イエローのタッセルが揺れている。

 

彼の腰には雲模様の羽織が巻かれ、風元素の「神の目」と鞘付きの十手がしっかりと留められていた。

 

平蔵は静かに五右衛門を見つめると、クスッと微笑んだ。

 

「五右衛門くん、大袈裟すぎる僕の紹介ありがとう。」

 

その声はどこか気怠げで、それでいて楽しんでいるようにも聞こえた。

 

「でも一つだけ、絶対に訂正しておかないといけないのは——」

 

「僕は天才とか最強の同心じゃなくて、普通の探偵って言ってほしいね。」

 

「……っ!」

 

五右衛門が言葉を詰まらせたその瞬間、平蔵はふっと表情を引き締め、軽く肩をすくめる。

 

「それよりも……君は一体、何をやってるんだい?」

 

「奉行所からの正式な命令もなしに、勝手に兵を動かし、町中で騒ぎを起こすとは——」

 

「まるで何か後ろめたいことがあるみたいじゃないか。」

 

五右衛門「な、何を言ってる……!」

 

「それに、確かに君の言うように、あの神の目は偽物だったよ。」

 

平蔵は懐から十手を取り出し、クルクルと指で回しながら言う。

 

「輝きが鈍かったからね。でもね、五右衛門くん。」

 

「偽物だったからって、ここまで執拗に追い詰めていいなんて——」

 

「誰も言ってないよね?」

 

五右衛門の顔色が変わる。

 

「つまりは……君の自己満足で、こんな騒ぎを起こしたんだ。」

 

「違うかい?」

 

静寂が、場を支配した。

 

五右衛門は何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。

 

俺は腕を組みながら、平蔵の背中を見つめた。

 

(こいつ……見た目は軽そうだが、やるじゃないか。)

 

状況を正確に見抜き、相手の行動を理詰めで追い詰める。

 

まるで逃げ道を塞ぐように、確実に五右衛門を追い詰めている。

 

五右衛門は大きく息を飲み、拳を握りしめた。

 

「……ちっ!」

 

苛立ちを隠せないまま、五右衛門は黙り込む。

 

 

平蔵は軽く首を鳴らし、俺の方を振り向く。

 

「いやぁ、なかなか派手にやるね。まさかここまでやり合うとは思わなかったよ。」

 

俺は肩をすくめた。

 

「手加減はしたつもりだったんだがな。」

 

「手加減して、あれかい?」

 

平蔵はニヤリと笑い、俺をじっと見つめる。

 

「……面白い。」

 

 

その目はまるで、獲物を見つけた探偵のように輝いている。

 

「君は璃月からの商人だって言ったね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

俺が答えると、平蔵は顎に手を当て、少し考えるような仕草をした。

 

「でもさ、君はまだ売り物の鉱石を見せていないよね?」

 

「……!」

 

鋭い指摘に、俺は一瞬だけ表情を強張らせた。

 

「一介の商人が、売り物も持たずにこんなところまで来るかな?」

 

ぐ……なかなか痛いところを突いてくるな、こいつ。

 

「それだけじゃない。」

 

平蔵はさらに言葉を続ける。

 

「君は元素力を扱えるのに、拳だけで兵士たちと戦った。」

 

「……」

 

「まるで、元素力を使えることを悟られたくないかのように、ね?」

 

……チッ。

 

鋭すぎる。神子とは違うベクトルで、やたらと的確に俺の内側を抉ってくる。

 

「それにさ——」

 

平蔵は肩をすくめながら、まるで興味深い謎解きをするかのように言葉を紡ぐ。

 

「最後の攻撃、僕には君が元素力を使ったなんてわからなかったんだよね。」

 

「……どういう意味だ?」

 

俺は表情を変えずに問い返す。

 

「単純なことさ。気づいたら五右衛門が勝手に倒れていた。君がどう動いたのか、僕の目にはまったく映らなかった。」

 

平蔵はわずかに目を細める。

 

「つまり——君は周囲の人間に悟られないように、極力目立たない戦い方を選んでいたってことになる。」

 

「……」

 

確かに、俺の洞天の術は現実世界と異なる時間の流れを持ち、外からはほとんど何も見えない。

 

そのため、俺と五右衛門の間で何が起こったのか、他の人間には知覚できないはずだ。

 

しかし——

 

「服装や拳や足の動かし方から見て、君が璃月出身であるのは間違いない。」

 

「だが、神の目を持っているのにも関わらず、それを意図的に隠している。」

 

「ここまで来ると、考えられる可能性はひとつ——」

 

平蔵は俺の目をまっすぐに見据え、断言する。

 

「君は、人間じゃない何かだったりするんじゃないかって思うんだけど——どうかな?」

 

……こいつ。

 

俺の正体に、もう気づいているんじゃないのか?

 

:

「……さて、どうかな?」

 

しかし、俺はあえて表情を変えず、少し間を置いてから言った。

 

平蔵は俺の反応をじっくりと観察するように目を細める。

 

「はは、随分と慎重だね。でも、答えないってことは図星ってことでいいのかな?」

 

「お前の推理に乗る義理はない。」

 

俺が静かに返すと、平蔵は肩をすくめた。

 

「まぁ、別に君が何者かなんて今はどうでもいいよ。それよりも、問題は——」

 

平蔵はちらりと五右衛門に目を向ける。

 

「この騒動をどう収めるか、だ。」

 

五右衛門はまだ膝をついたまま、息を荒げて俺を睨んでいた。しかし、その目には恐怖が混じっている。

 

「貴様……!」

 

五右衛門が悔しそうに歯を食いしばる。

 

「ふぅん……」

 

平蔵はそんな五右衛門を見ながら、考えるように頷いた。

 

「五右衛門くん、このままこの場を荒らし続けるのは得策じゃないと思うよ? ここで大ごとになれば、君が勝手に兵を動かしたことも、上にバレちゃうかもしれない。」

 

「ぐっ……」

 

「そもそも、君の目的は『目狩り令の遂行』だろう? でも、その対象である神の目の持ち主は、もう偽物でも神の目を渡してしまった。」

 

「……!」

 

五右衛門は唇を噛む。

 

「つまり、君はもうここにいる理由がない。」

 

平蔵は軽く笑いながら、背伸びをするような仕草を見せた。

 

「どうかな? ここはひとつ、見なかったことにして引き上げるっていうのは。」

 

「く……だが、この男を野放しにするわけには……!」

 

五右衛門が俺を睨みながら言う。

 

「この男が何者かは、僕がちゃんと調べるさ。」

 

平蔵は軽く俺の方に視線を向ける。

 

「君が本当にただの商人なのか、それとも何か裏があるのか……ね。」

 

……面倒なことになりそうだな。

 

「……わかった。」

 

五右衛門は悔しそうに顔を歪めながらも、手を上げて兵を撤退させた。

 

「だが、覚えておけ。俺たち天領奉行は、必ずこの国の秩序を守る。」

 

そう捨て台詞を残し、五右衛門は最後に忌々しげな視線をこちらに投げかけながら、部下たちを引き連れ去っていった。

 

喧騒が遠ざかり、辺りに静寂が戻る。

 

「さぁ、君は君の仕事を果たす番だよ。」

 

平蔵が軽く肩をすくめながら言った。

 

「……何?」

 

 

俺が眉をひそめたその瞬間、別の方向から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「正勝先生!!」

 

宵宮が駆け寄りながら叫ぶ。その後ろには旅人とパイモンの姿もあった。

 

「……無事なのか?」

 

旅人は苦い顔をしながら頷いた。

 

「うん、正勝先生は助け出せた。でもーー」

 

「番兵どもが私刑としてボコボコにしてたんだ……!」

 

パイモンが悔しそうに拳を握りしめる。

 

「ひどい……先生は何も悪いことなんてしてないのに……!」

 

俺はすぐに正勝先生のもとへと歩み寄った。

 

俺は深く息を吸い込み、正勝先生の姿を見た。

 

彼は地面に座り込み、顔や腕に無数の痣を作っている。服は乱れ、ところどころ血で汚れていた。

 

「……ひどいな。」

 

俺はそっと膝をつき、正勝先生の肩に手を置く。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うむ……」

 

正勝先生はかすれた声で答えたが、その目にはまだ怯えと苦痛が滲んでいる。

 

「蒼雲、頼んだぞ!」

 

パイモンが真剣な表情で言う。旅人も静かに頷いた。

 

「ああ、任せろ。」

 

俺は手をかざし、水の元素を指先に集めた。淡い蒼の光が揺らめき、波紋のように広がる。

 

「水霊——浄化の雫。」

 

静かに呟くと、柔らかな霧のような水が正勝先生の体を包み込む。

 

すると、彼の傷口からゆっくりと痛みが和らぎ、痣が薄れていく。折れた骨も水の波動に優しく支えられ、元の形へと戻っていく。

 

「こ、これは……?」

 

正勝先生は驚きに目を見開き、自分の腕を見つめた。

 

「もう大丈夫だ。無理はするなよ。」

 

「……ありがとう。助かった……!」

 

正勝先生は深く頭を下げた。

 

「すっごいなこれ……」

 

宵宮が感嘆の声を漏らす。

 

「いや、なんちゅうか……めっちゃ幻想的やったなぁ! なんや、お兄さんの力って、普通の神の目の力とは違うんちゃう?」

 

「まぁ、ちょっと特殊なものでな。」

 

俺が苦笑しながら答えると、宵宮は「面白いなぁ!」と笑う。

 

「とにかく、これで正勝先生は助かった!」

 

パイモンが嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「さぁ、そろそろここを離れたほうがいい。五右衛門は引いたが、また奴らが戻ってこないとも限らないからな。」

 

俺は周囲を警戒しながら言った。

 

「そうやな! 先生も早よ安全な場所に移動せんと。」

 

宵宮が正勝先生を支えながら立ち上がる。

 

その様子を遠巻きに見ていた平蔵が、やれやれといった様子でため息をついた。

 

「……また仕事が増えそうだなぁ。」

 

彼はポンと肩をすくめると、俺の方に振り返った。

 

「じゃあね、璃月の不思議な商人さん。」

 

そう言って、彼は軽やかな足取りでその場を去っていった。

 

俺はその背中を見送りながら、(……アイツ、結局何が目的だったんだ?)と思った。

 

「まぁいい、今は撤退が先だな。」

 

俺たちは素早くその場を後にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

木漏茶屋に戻った俺たちは、神里綾華とトーマに今回の出来事を報告した。

 

「なるほど、九条裟羅に鹿野院平蔵か……」

 

トーマが腕を組みながら頷く。

 

「彼らは君たちに手を出さなかったんだな。どうやら、彼らもまったくの理不尽というわけではないようだね。」

 

「そうみたいだな。」

 

俺が答えると、トーマは顎に手を当て、何か考えるような素振りを見せた。

 

「平蔵は自由人だから置いておくとして、九条裟羅と接触して、より多くの情報を引き出すことはできないだろうか?」

 

しかし、その問いに対し、綾華は首を振った。

 

「それは難しいと思います。」

 

「どうしてだ?」

 

旅人が尋ねると、綾華は少しだけ表情を曇らせる。

 

「九条裟羅は目狩り令の執行者。彼女は将軍様の命令以外には従いません。」

 

「……なるほどな。」

 

「今回、彼女が正勝先生を見逃したのは、おそらく目狩り令に直接脅威をもたらす存在ではないと判断したからでしょう。」

 

「だが、私たちの身分が露見した場合、彼女は容赦しないはずです。」

 

確かに、それはあるな……。

 

目狩り令を執行する立場にいる以上、今回のような例外がいつでも通用するわけではない。

 

「まあ、何にせよ正勝先生を救い出せたんだ。一歩前進ってところだろう。」

 

トーマが明るい口調で言う。

 

「今回は宵宮と旅人、そして相棒のおかげだ。勝利にまた一歩近づけたってわけだ!」

 

「君たちは、オレが思っていた以上に頼りになる人みたいだな!」

 

「どういたしまして。」

 

旅人が軽く微笑む。

 

「えへへっ……そうでもないぜ!」

 

パイモンが胸を張るが、俺はすかさずツッコミを入れた。

 

「お前はむしろ面倒事しか起こしてないだろ?」

 

「むっ! そんなことないぞ!」

 

綾華は微笑みながら、静かに言った。

 

「確かに、旅人さんたちの助けがなければ、今回の救出はうまくいかなかったでしょう。」

 

「しかし、目狩り令に抵抗するには、まだまだ足りません。」

 

「今後の計画を準備する必要がございます……」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫さ、お嬢。」

 

トーマが軽く笑いながら言った。

 

「少なくとも、今はすべていい方向に向かっている。監獄から正勝先生を無事救出し、仲間の数も増えた。」

 

「それに、天領奉行が近頃『祝典』の準備をしているらしいんだよ。」

 

「祝典?」

 

綾華が首を傾げる。

 

「何か『儀式』に似たようなものらしいんだけどな。」

 

「それで町にいる目狩り令の武士が減ったのは確かだ。今は一時的に平和になってる!」

 

「儀式……? どうして天領奉行がそのようなことを?」

 

「オレにも分からないが、オレたちとは関係ないことだろう。とにかく彼らが最近忙しくしているのは事実だ、オレたちに構う暇なんてない。」

 

「そうですね……確かに一理あります。」

 

綾華は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。

 

「ずっと気を張っていても、疲れが溜まるだけでしょう。少し休息を取るのも必要かもしれません。」

 

「トーマ、何か提案はございますか?」

 

「ちょうど祝賀会を行おうと思ってたところだ、みんなで一緒に鍋でもどうかな?」

 

「鍋?」

 

俺が思わず聞き返すと、トーマは楽しそうに笑った。

 

「実は、最近新しい『鍋遊び』を知ってね。とっても面白いんだ。」

 

「鍋遊び? なんだそれ? 聞いた感じ、食べ物と関係があるみたいだけど……」

 

パイモンが興味津々な顔で聞く。

 

「ははっ、その通り!」

 

トーマが嬉しそうに笑いながら続けた。

 

「とにかく、やってみれば分かるさ! さあ、準備しよう!」

 

 

「簡単に言えば、各自それぞれ違う材料を用意し、一緒に鍋に入れる。」

 

トーマが楽しそうに説明を続ける。

 

「目を閉じて鍋から食材をすくい出し、食べながら誰の食材かを当てるんだ。」

 

「正解した場合、同じ作業を『もう一回』繰り返す。最終的に得点が一番高かった人が、鍋の神のご加護を得られるという言い伝えがあるんだ。」

 

へぇー稲妻にはそんな民謡が……

 

「面白そうだろ? もう待ちきれない。実はすでに自分の分の食材は用意してあるんだ!」

 

「どんだけ遊びたいんだよ!」

 

パイモンが呆れたように叫ぶが、トーマは意に介さずニヤリと笑っている。

 

「仕方ないな……旅人、オイラたちも食材を用意してこようぜ。何がいいかな?」

 

「普通のにしよう。」

 

旅人が即答すると、パイモンは頷きながら買い物袋の中を覗いた。

 

「どれどれ……新鮮な魚肉、エビのむき身、タケノコ……」

 

「うん! 鍋にぴったりな食材だな。オイラも楽しみだ!」

 

さて、俺も魚を選んで……ん?

トーマの具……見た目がヤバいやつしかないんだがーー

(嫌な予感がする……)

 

俺は用意した器に仙力で作った聖水を混ぜ、万が一のために口直しを用意しておいた。

 

—そして鍋遊び開始。

 

……案の定、とんでもないものが混ざっていたらしい。

 

「まさか、普通の食材を入れたのが旅人と蒼雲だけだったなんて……」

 

パイモンが青ざめながら言う。

 

「おまえたち、食べ物を無駄にするんじゃない!」

 

確かに、こんな遊びを留雲がしたらーー

 

『さまざまな材料を用いながらこんな味の分からないが出来上がる遊びなんぞ。妾には理解できん。そうだ!この鍋遊びとやらにどんな物入れても美味しくなるカラクリを作ってやる!!』とか言ってそうだな……

 

「今までで一番恐ろしい鍋だったぞ……」

 

「おかしな食材は全部トーマが食べてくれたけど。」

 

俺は目を細めてトーマを見ると、案の定、顔を引きつらせていた。

 

「そう……得点が一番高いのはオレだ……うぅ……待ってくれ、お腹が痛い……」

 

いや……それどころじゃないだろトーマ?

 

「トーマが変な物をたくさん入れたせいで、出汁が変な味になってしまったではありませんか。」

 

綾華が呆れたようにため息をつく。

 

「旅人さんに、蒼雲さんが入れた普通の食材もおかしな味になっていて、何度か正解を外してしまいました。」

 

「でも綾華は鍋にケーキを入れてたよな……旅人が食べてたぞ。」

 

ゲ、綾華さん……マジでか?ケーキとかありえんだろう。

 

パイモンがジト目で指摘すると、綾華は目をそらしながら頬を染める。

 

「ご、ごめんなさい……もっと美味しくなると思いまして……」

 

そうか、そうか。……いやなるわけ無いだろ、どう考えても。

 

「鍋ケーキ……うう……想像するだけでも……」

 

パイモンが身震いしながら言う。これには俺も同感する。

 

その横で、トーマがぐったりと崩れかけていた。

 

「ダメだ、少し休ませてくれ……」

 

「これでも飲め。」

 

俺は事前に用意しておいた聖水を差し出す。

 

トーマはそれを受け取り、ぐいっと一気に飲み干した。

 

「ふぅ……生き返った……。」

 

鍋遊びが終わり、全員がようやく落ち着いたころだった。

 

パイモンが腕を組みながら、トーマをじっと見つめる。

 

「トーマ……別にあんなに頑張らなくてもよかったんだぞ? わざといくつか間違えれば、綾華や旅人、蒼雲の番になってたのに……。」

 

「ハハッ、最近運があまり良くないと感じてね。鍋の神のご加護で運勢を変えたかったんだ。」

 

トーマは頭を掻きながら、どこか遠い目をして笑った。

 

「だけど気づいたら火がついちゃってたようだ。まあ、一種の修行だと思えば問題ないさ。」

 

「修行っておまえ……。」

 

俺は思わず呆れたように言ったが、トーマはどこ吹く風といった様子で続けた。

 

「もう悪い運気はすべてこの遊びで使い切ったことを感じるよ!」

 

そう言うと、彼は唐突に立ち上がり、胸を張って高らかに宣言した。

 

「今ここに宣言しよう! 本日の『鍋遊び』はこれにて閉幕、優勝者はこのオレだ!」

 

「おおお……!」

 

パイモンがなぜか感心したように声を上げる。

 

トーマが一仕事終えたように満足げに頷くと、綾華が静かに言った。

 

「ふぅ……遊びも終わり、仕事も一段落つきましたね。次は休息を取る時間でしょうか?」

 

「はい、トーマの言う通りです。天領奉行が本当に何か準備をしているのでしたら、一度休息を取りましょう。」

 

綾華は落ち着いた口調で言ったが、その瞳には少し思案の色が見えた。

 

「休んでいる間に、私も少々行いたいことがございます……。」

 

「じゃあ、各自休んでくれ。」

 

トーマが全員を見渡しながら言う。

 

「何日か後に、木漏茶屋に集合して次の計画を相談しよう。」

 

彼は大きく伸びをしながら、笑顔を見せた。

 

「めったにない休暇だ、大事に使うんだぞ。」

 

「そうだな……。」

 

俺も軽く頷く。

 

「オレもそろそろ支度をして、次の『鍋遊び』の食材を用意してくるとしよう!」

 

「またやる気かよ!」

 

パイモンが心底うんざりしたような声を上げる。

 

「一回だけじゃ物足りないだろ! ハハッ!」

 

「トーマ、次は俺も助けないからな。」

 

俺が釘を刺すと、トーマは苦笑しながら肩をすくめた。

 

こうして、しばしの休息を得ることになったのだった。

 

鳴神大社に戻ると、千代が一人で立っていた。

 

「おう、戻ったぞ」

 

俺がそう声をかけると、千代は少し驚いたようにこちらを振り向いた。

 

「……あっ、おかえり、蒼雲」

 

なんだか妙にそわそわしている。顔も心なしか赤いように見えるが……どうかしたのか?

 

「どうかしたのか?」

 

俺が聞くと、千代は一瞬ためらったように視線を泳がせた後、小さく息を吸ってから言葉を紡いだ。

 

「……あの、明日にでも街に行かない?」

 

「ん?」

 

「その、特に理由があるわけじゃないんだけど……久しぶりに散歩とかどうかなって……」

 

千代は顔を逸らしながら、ぎこちなく袖をいじっている。

 

「ふむ、別に構わないが?」

 

俺があっさり了承すると、千代は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにふわりと微笑んだ。

 

「本当!? ……えへへ、じゃあ決まりね!」

 

その笑顔を見て、まぁ悪くはないなと思った。

 

「じゃあ、明日な」

 

俺がそう言って歩き出すと、千代はまだどこか照れくさそうにしながら頷いた。

 

その様子を見て、何か違和感を覚えたが……まぁ気のせいだろう。

 

——しかし、このやり取りをある人物が見ていたことには、俺は気づいていなかった。

 

八重神子視点

「ふふっ……これは面白いものが見れたのぉ〜」

 

妾は社務所の影から、蒼雲と千代のやり取りを眺めていた。

 

妾が千代にけしかけといてよかったわ。

 

千代がまるで乙女のように恥じらいながら、蒼雲を街に誘う。そして、あの鈍感な男があっさり了承する。

 

「なんと、分かりやすいことこの上ないことか……」

 

手で口元を隠しながら、くすくすと笑う。

 

それにしても、蒼雲のあの反応……まったく、そういうところが彼らしいと言うべきか。

 

「……ふふ、さて、どんな面白いことになるか、楽しみにしておくかの」

 

妾は妖艶な笑みを浮かべながら、彼らの明日を想像してみるのじゃった。

稲妻篇が終わったら続きは何が良いか 選択によって稲妻篇の最後が変わる。

  • 璃月篇(海灯祭)※この話の本編
  • 引き続き稲妻篇
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