司「役者たるもの、やはり様々な経験を積まねばな!」 作:司単推しの豆腐
もう書きません。
誰か後を継いでください。
『わあ…!すごいすごい!』
声が聞こえる。
耳が痛くなるほどの喝采の中に紛れた最愛の妹の喜ぶ声。
『お兄ちゃん、あの人、すっごくカッコいいね!キラキラしてる!』
いつぶりだろうか、咲希のこんな笑顔は。
病気がちな咲希のそんな笑顔が、珍しくて、それが妙に嬉しくて。
熱に浮かされたような気分の中で何と返事をしたのかは自分でもわからない。
けど、けれども
『…こんなに楽しいのに、終わっちゃうの寂しいな。』
ぽつりとつぶやいた咲希の一言がとても悲しくて、ひどく心に残った。
…そうだ、それなら───
~~~
「フッフッフ、来たぞ…!ついにこの日がやってきた!」
天気は快晴。窓から差してくる日差しと鳥のさえずりが心地よく体調も絶好調といって差し支えない、この日のためのコンディション調整も無駄ではなかったのだと実感できる。悲願を果たすにはこれ以上ない、と断言できるほどの仕上がりに思わず笑みがこぼれる。
「これなら悪いことにはならんだろう。あとはなるようになれ、だな」
「お兄ちゃーん、起きてるー?」
ゆっくりと階段を上がってくる妹に笑顔で応答する。
「む、咲希か。うむ!バッチリ起きているぞ!」
「よかったー、今日アルバイトの面接だよね!がんばってね、お兄ちゃん!」
「あぁ!ありがとう咲希!最善を尽くしてくるぞ!」
やはりいくつになっても家族からの激励はうれしいものだと思いながら、咲希の学校についての話を聞いてみると、どうやら順風満帆のようで輝かしい笑顔とともに学校であったことを教えてくれる。
うなずいたり聞き返しながら話を聞いていると今度は咲希から質問される。
「お兄ちゃん、今までいろいろやってたけど…ずっとスターになりたい、って言ってたもんね」
「当然だ!俺が今までやってきたことはすべてこの日のため…!オレが何よりも光り輝くための『スター』になるための必要な工程だったのだ」
「ふーん…でも、なんでスターになりたいの?小さいころからずっと言ってたけど…」
「む?それは…秘密だ!」
「え~?!いいじゃんそれくらい!…あ、もしかして忘れちゃったとか?」
そう言われて、浅いところにある記憶を拾い上げるように思い返す。
…うむ、やはり忘れてなんかいない。こんなにも容易く思い出せて、思い返すだけで胸の熱くなるようなあの輝きを、誰が忘れなんてするものか。
「そんなはずないだろう?まぁ理由はどうあれ───オレは、絶対に『スター』になってみせる!」
そのためにも、今日という日のチャンスを絶対に逃さないようにしなくては!
「…なんか、はぐらかされちゃったなあ」
△▼△
まだオーディションまでに時間があるので、暇つぶしとして、そして久しぶりに顔を出すために俺はセカイに訪れていた。
「司くん!久しぶりーーー!!!」
「のわぁっ?!ミク!危ないから突っ込んでくるのはやめろと言っているだろ!」
「あ、あはは…ごめんね、司くん。ミクも最近会えていなかったからか寂しがっていてね」
…流石にそれを言われるとこちらとしても弱い。今日という日のための前準備が忙しくなかなか顔を出せていなかったのは事実であるし…
「まあ、今回はいい。次から気を付けてくれ」
「司くんありがとーーー!!!」
「だ、だからそれをやめろぉっ!」
全く、オレが体をしっかりと鍛えているからいいものの…オレじゃなかったらどうなっていたことか。
…まぁこのセカイでオレ以外の人は見たことはないが。
「ところで、司くん。何か用かい?」
「あぁ、今日が俺の夢の第一歩となるオーディションの日なのだが、まだ時間が少々あってな。時間つぶしがてら久しぶりに来たんだ」
「司くんならきっとできるよ、頑張ってきてね応援してるよ」
「ミクもミクも!応援してるね!」
…やはり、こう、直の声援は心に響くものがあるな。これを舞台の上で聞くためにも、まずは今日だ。
「あぁ!期待して待っていてくれ!」
▲▽▲
…ここか、うむやはり大きいな。フェニックスワンダーランド、通称フェニラン。俺が今回劇団のオーディションを受ける場所である。何度か来たことはあるが…いつ来ても人が多い。昔に幼い咲希と行った頃を回想しながら目的の場所へと向かう。
「ねぇ、あれって…」「やっぱりそうだよね…」
道中、ひそひそとした話声が聞こえたが、何かあったのだろうか。とはいえ関係があるわけでもないだろうし、無視して先へ進む、がしかし。
「…しまったな、ここはどこだ」
人の多さや広さに惑わされて、どうやら道に迷ってしまったようである。
マップで現在地を探そうにもこの付近にはないようで…。
「…いかんな。このままでは遅れてしまう」
刻一刻と迫りくる時間に焦りながら、なにかないものか、と周囲に目を向けても何もわからない。
流石にこれはまずい、と思い近くにいた女性に声をかける。
「すまないそこの方。聞きたいことがあるのだが…構わないだろうか?」
「ひゃっ?!はっはい!」
しまったな…急に声をかけたせいでどうやら驚かせてしまったようだ。
「驚かせてしまったようで申し訳ない、実は道に迷ってしまってな」
「あっ、そうなんですか。えっと…どちらに行かれたいんですか?」
「助かる…行きたいのは──」
行きたい場所を示し、教えてもらえはしたが…迷惑をかけてしまっているな、と思いこうなることを予測してマップなどを調べてこなかったことを後悔する。
まあ過ぎたことはいい、と思考を切り替えようとしていると。
先ほどの女性から声がかかる。
「あ、あの…!」
「?どうされました?」
「あなたって、あの天馬司さんですか…?実は昔からファンで…」
…ふむ、今までの活動の成果だろうか。そちらで知られるのも悪くはないが、やはり『スター』としての俺を知ってほしい、という思いはある。
「…そうか、ならばまたここに来てほしい」
「え?」
今、ここでこういうことを言うのはどうかと思うが…ファンサービスくらい、いいだろう。
「オレはここで夢を叶えるために努力するつもりだ」
「夢を…」
「あぁ、大切な夢だ。ぜひ、オレがそれを叶えるのを見ていてくれ」
そういって手を差し出す。
「ファンサービスだ。構わないか?」
「あ、ありがとうございます!」
…久しぶりだな、こうやってファンと交流するのは。
こんなにも大見得を切ってしまったからには、オーディションに受かるしかなくなってしまったが、それでいい。
受かるつもりでいかねば、受かるものも受からないだろうからな。
「では、ありがとう。迷惑をかけてすまなかったな」
「あ、はい!が、頑張ってください!」
今日で何度目かの声援を背に目的地へと進んでいく。言葉に出したからだろうか、先ほどまでほんのり抱いていた不安も、今はとっくに消え失せていた。
「…あ、握手しちゃった」
~~~
「──では、次の方どうぞ」
「はい!」
落ち着け、深呼吸をして気持ちを整えろ。ここでしくじれば今までの苦労が水の泡だ。
「天馬司といいます。
以前は母の影響もあり、音楽方面、特に作曲家としての活動をしており、それがひと段落してからはアイドルとして活動し一時期ドラマなどにも出演していたこともあります。
それも相まって演技方面での活動にも興味が出て今回応募させていただきました。」
高鳴る心臓を押さえつけ、考えていた通りのことを言う。噛むこともなく、すらすらと言えていることに安堵しつつ緊張の糸を緩めないように意識する。
志望理由は嘘だが、まあいいだろう。
面接は嘘をついて心証をよくするのも大事だと聞いたこともあるしな。
「──以上です。ありがとうございました」
特に失敗もせず、手ごたえを感じるいい応答だった。自分でもうまくできた、と嬉しくなる。
「──ありがとうございました。合否は追って伝えますので、ご退出ください」
「はい、失礼いたします」
面接室から出ると、疲れがドッと押し寄せてくる。
「何度やっても慣れんな…こういうのは…」
以前事務所に所属していた時も何度かあったが…どんな時でも同じくらい疲れる。
今回は俺にとって非常に大事だったから特に、か?
とにかく特にこれ以上用もないので、さっさと帰ろう。受かっているかどうかは…。まあ、今はいいだろう。
我が夢の記念すべき第一歩が、どうか上手くいっていることを、祈るだけ祈ってはおこう。
~~~
ひと段落ついた面接官たちが思い思いに今日感じたことを話す。
「…さんは劇団への加入経験あり、経歴も申し分ない。合格でいいだろう」
「あぁ、同感だ。しかし…どうする?」
何を、というのはもはや必要ではない。少なくとも今日一日、思考はこっちに持っていかれっぱなしだったのだから、無理もない。
「あの天馬司が面接に来ているというのは、本当だったのだな…」
「あぁ、話題性も抜群だし、やる気もありそうだ。
作曲家兼アイドルとしての活動経験、これは他の誰も持ちえない素晴らしい長所だ」
輝かしい経歴を持つ彼を好きに使えるとなれば、宣伝効果としては抜群だ。逃すべきではない。
いまや多くの人間が知っている彼は一年ほど前に急に音沙汰がなくなった。
表舞台に顔を出さなくなったのだ。
その時の衝撃は未だ記憶に新しい。
その彼が突然役者になりたいとここに乗り込んできたときの衝撃は以前のそれとは比べ物にならなかった。
しかし、
「…懸念すべきは、彼がいつまでウチに所属してくれるかわからない、という点だな。
それに、他の役者達を折ってしまいかねん」
天馬司の名に頼り切ってしまえば、彼が去った時の損失は計り知れない。その時に立ち直るのは難しいだろう。
しかし逃がすのも惜しい。ならばここは──
「──天馬司はワンダーステージ所属にする。これでいいな?」
「あぁ、構わん」
こうして彼の運命は決定づけられる。
本来とは違う翼を持ちながら、それでも同じ夢へ向かって飛翔するように