小町は、最後に玄関を向いて頭を下げた。
カバンの中には武器らしいものは何も入っていない。学校の制服が詰め込まれているだけだ。彼女は、「着替えさせて」と言い、隆士をリビングから追い出してから言葉通りに着替え、包丁を元の位置に戻し、静かに窓を開けて外に出た。
これ以上は、小町にとっても隆士にとっても、一緒にいることが良いとは言えない。小町自身が判断した結果の行動だった。
「……彼は元から、私となんていたくないんでしょうけどね」
自嘲気味に小町は呟いた。隆士がすぐに追いかけてくる心配はない。
「――公園」
小町は隆士が取った電話の内容を聞いていない。だが、わかる。
――――そういう未来が、小町は嫌いだ。
変えたくて、違う景色を今見たくて、必死になって、それでも未来は変えられない。
視てしまった未来は、小町にとっての今となり、運命の流れは定められる。彼女は、そんな憶測を立てていた。だから、便宜上彼女が口にする『未来視』は、彼女の中では『未来を視る』という行為ではなく、『未来を定めてしまう呪い』という位置づけになっていた。
結果としての未来を
小町は隆士に言った。
――『何よりも、今を見ることができないじゃないですか』。
そう言った。
公園に向かう足とは裏腹に、彼女の心は隆士に向いていた。体は公園へ進み、心は隆士に引かれる。引かれる、ではないかもしれない。引かれる、という言葉は受動的だ。この場合、隆士は彼女を引いてなどいない。隆士は動いていない。なのに、こういう言葉を使ってしまうのは――――。そこまで考えて、小町は頭を振って思考をやめた。
「……情けない。ホントに、私は頭が悪い」
公園に到着した。心を振り切って、小町の足は公園に踏み入った。
小町が隆士を殺した、殺したはずだった場所に、男はいた。缶コーヒーを飲みながら、一人自動販売機の灯りに照らされていた。身長はそれほど高くない。小町と並んでも、デコボコなんていう感想は出てこないほどの身長差。それなりに上等そうなスーツを着ている。髪もキチンと整えられており、一見して品の良さそうな会社員に見える。
「……榊さん」
「……なんだ、小町だけで来たのかい。一発くらい殴られる覚悟でいたんだけどね」
小町が声をかけると、男――榊正義は振り返って親しそうに声を返した。
「おかえり。さあ、帰ろう」榊は手を差し出し、小町を促した。「僕たちの家へ」
「――――……その言葉は、嬉しいです。けど、私は帰りません」
「ひどい話だ。ちゃんとした理由も聞かずに家出されて、その上転校までやっちゃうんだから。手際の良さから見て、結構前から準備してたみたいだね。それで、帰らないってどういうことだい?」
「……ちゃんとした理由? あんな
「なら、どうしてだい? 一緒に帰ろう。君の力が必要なんだ。円滑に、かつ安全に計画を進めるためには。確かに急な話だったかもしれない。けれど、僕は急いだつもりはないよ。もし、君に自信がなければ持てるまで待つつもりだった。あの夏に話したときだって待っただろう?だけどね、家出をされちゃ話は別だよ。僕は心配なんだ、小町のことが」
「――言うのもなんですが、馬鹿馬鹿しい話です。あなたが心配なのは私じゃない。あなたが心配なのは、私の力が離れていくことでしょう?」
「小町、それは言っちゃあいけないよ。例え、僕がそのつもりだったとしても、僕は傷つく。痛いよ、小町。それはとても痛いことだ。僕が君の心配をしたらおかしいのかい? 君のその力を含めて、僕は君のことが心配なんだよ。じゃあ、言い訳はなしで言おうか。確かに、僕の心配ごとの大半は、きっと君の能力のことだ。でもね、その能力の心配ができるのは、君がいてこそなんだよ、小町。これはきっと間違っていない」
「間違ってるとか、間違っていないとか……! あなたのそういうところ、嫌いなんですよ。間違ってるとか、正しいとか、間違うから面白いんじゃないんですか? だから、私たちは生きてるんじゃないんですか? 私が生まれたのは、正しいんですか? 正しくないんですか? 私のこの能力は、私が持っていたから正しいんですか? それとも、他の誰かが持っていた方が正しいんですか? 私は私で大丈夫なんですか? 私が私でいること自体が、間違いなんですか?」
「そんな話はしちゃいない。そもそも、人の存在を正しい、正しくないの判断で決めるのは愚かなことだよ。その人がいるから嬉しい、それでいいじゃないか。僕は小町がいるから嬉しい。もちろん、小町だけじゃないよ。僕の息子や娘全員含めて、僕のそばにいてくれることが嬉しいんだ。みんなと嬉しさを共有できるから、幸せなんだ」
「『赤信号、みんなで渡れば怖くない』ですか? そういうのが馬鹿馬鹿しいって言ってるんですよ。私は、あなたの言う通り、みんなといれたから楽しかった。でも、違う。なにか違う。ズレてるんですよ、あなたは」
「ズレてる? それはどういう意味かな、小町。馬鹿にしているのか、それとも遠回しな褒め言葉なのかな? 私にはわからないよ、君の考えていることが。言葉で伝えてほしい。言葉で無理なら、手紙に綴ってくれても構わない。それでも無理なら、時間をかけよう。ゆっくりと、僕たちで理解していこう。僕らにはそれができるだろう? そうじゃないのかな、小町?」
「なら、今私が思っていることを、正直に伝えましょうか?」
「ありがたいね」
小町は、ポケットからカッターナイフを取り出す。カチカチと刃を出しながら、一歩一歩榊に近づいていく。榊は動かず、ただそれを待ちうけるだけ。
「あなたの妄言には、付き合いきれません」
「それで、どうするっていうのかな?」
「あなたを倒して、茜を連れ帰る。彼に許してもらおうなんて思ってはいません。けれど、ケジメぐらい、きちんとつける」
自分のせいだからと、小町は言う。それを聞いて、榊は嘲笑した。
「それは小町がしなきゃいけないことじゃない。小町は――――」
そこまで言って、榊の動きが止まった。ザリ、という地面を踏む音がして、小町も振り返った。
そこには、金属バットを杖代わりに身体を支え、肩で息をする少年がいた。
「おい、コラ。ドちびッ!」
滝隆士が、そこにいた。
たかが数十秒の全力疾走。それがなぜこんなにも自分を苦しめるのか、隆士には解らなかった。解らないが、とにかく叫んでいた。耳元で心臓の音が、血管を血が流れる音が聞こえる。どっくん、どっくん。じぃん、と熱が広がっていく。全身が、灼熱していた。
「……なんでお前がここにいるんだよ、ああもう、胸糞わりぃな!」
隆士は、バットで一度思い切り地面を叩きつけた。カァん、と甲高い音が鳴り響き、少しだけ彼のイラつきが落ち着く。そのまま無警戒に歩みを進め、小町の少し後ろに立って隆士は言う。
「オッサンが榊、なんだっけ?」
「正義です。ちゃんと覚えてくださいよ、それくらい。頭悪いのをここでまで見せつけなくてもいいでしょう?」
「お前は黙ってろ。あとで殴るからな、逃げるなよ?」
「避けはしますけどね」
「だまとけっつったろ」
隆士は榊を睨みつけた。榊はそれを斜に構えて受け流す。
「君が小町の面倒を見てくれていたのかい? 悪かったね、すぐに連れていくよ」
「そりゃ別にいいけどな、茜はどこだ。こいつはこうやって来てんだ、早く茜を渡せよ」
「そうしたいのは山々なんだけど、小町がぐずっていてね。もうしばらく待ってくれないかな」
それを聞いて、隆士は目の前の小町を睨んだ。じっと突っ立っている彼女の後姿を、押し出すように睨みつけた。その視線に気がついたのか、小町はゆっくりと振り返った。
相変わらずの無表情。なにを考えているのか、隆士には皆目見当がつかない。ただ、ガラス玉のような瞳を隆士に向けるだけ。隆士は彼女から視線を外し、再び榊を見据えた。
「そのあたりは勝手にやってくれりゃいい。茜はどこだって訊いてんだよ」
「……そうもいかないな」榊は缶コーヒーの空き缶を投げ捨てながら、ゆっくりと近づいて来る。「そうだな、ここじゃあ落ち着いて話もできない。手荒なマネはしたくなかったんだけどね、仕方がない」
榊はそう言うと、ポケットナイフを取り出し手に構えていた。隆士がぎょっとするのとほぼ同時、小町もカッターナイフを構えていた。
「ばっ、そんなちゃちいモンでどうにか――――」
なるはずがない、と言葉を続けようとして、できなかった。目の前の二人の行動が、あまりにも規格外だったからだ。普通に考えれば、金属バットを持っている自分がリーチに関しては圧倒的に有利なはずだ。二人を殴り倒してから、茜の場所を問い詰めればいい。そんな簡単な話ではなかった。二人の行動の意味が、隆士には理解できなかった。
「――――な、ん」
思考停止。一息もつかずに、力はぶつかりあった。
ワケがわからない。隆士は目の前の現実を理解できないでいた。
火炎と鎖。
ごうごうと燃え盛り迫る火炎を、鎖が十重二十重に重なり防いでいる。逆に見れば、鎖の怒濤が、火炎によって食い止められているようにも見える。押し押されを繰り返すぶつかりあいに、終わりは見えなかった。
「僕の能力はちょっと派手すぎるよね! だから、早くやめさせてくれないかな」
「あなたがやめれば、それで終わるじゃないですか……っ!」
能力。榊の言葉で、隆士はこれがなんなのかを思い出した。
『境界の力』。そう呼ばれる
つまり、自分の能力を使うために、自らを傷つけた。
隆士は思考の深みにはまっていく。いつものように思考停止ができないでいた。なまじ目の前の出来事を理解している分、思考が回る。金属バット一本でなんとかできると思った自分がどこかへ消えていくのを、彼は感じていた。「無理」そんな言葉が浮かぶ。
小町のすぐそばまで近づいていた隆士は、いつの間にか十数メートルと離れた位置に立っていた。知らず、恐れに負けて後退していた。力と力のぶつかり合いを眺めているうちに、榊と隆士の目があった。隆士は硬直する。榊は、笑った。
「そんなところに突っ立ってたら、危ないよねえ!」
榊は叫ぶと同時、自身の腕を再び切りつけた。榊のその声にハッとした小町が隆士の方を振り向くが、彼女がなにかをするには、もう遅かった。
「う、あ!」
目の前に奔流となって迫る火炎が、隆士の思考を加速させた。
ここで自分が死んでしまう意味、茜。隆士が倒れただけで泣きじゃくる彼女がどうなってしまうのか想像に難くない。だが、それを判っていたとして、目の前の現実をどう塗り替える?
自問自答。隆士は自分自身に選べと叫んだ。小町の視た彼女の死の瞬間、それがここならば?仮定、想定。選択肢は死、あるのみ。
だが、と隆士は思考を止めない。
思い返し広がるピースと、出来上がりを待つパズル。カチリ、カチリ。
『《《視えたから》ですよ、私が死ぬ未来にあなたが。だから、私は私の死の原因であるあなたを殺しに来た』
違和感を覚え、いまだに拭えない小町の隆士を殺す理由。もし、小町が死ぬ未来が今この瞬間だったとするならば、
『あなたが『境界の力』を手に入れたということを確かめるには、あなた自身が傷つくほかありません』
次に隆士に思い浮かんだのは、数時間前の小町とのやり取り。自分にも『境界の力』が発現したのではないか、そんな疑問をぶつけ、返ってきた言葉。それは一体どこにはめるピースなのか。全体像がうやむやなパズルが、まだしっかりと見えない。さらに加速。
『――――単刀直入に訊きます。なぜ生きてるんですか』
カチリ。
何かがはまった。
キーピース、鍵となるモノ。一欠片の記憶を掘り返す。何かを視たはずだ、と。
――――自分は何かを視たはずだ。
その何か。カチリ。それは一体どこの記憶なのか。カチリ。隆士がどこで視た記憶なのか。カチリ。どこかで何かを、隆士は視たはずだ。カチリ。強烈な死の予感。カチリ。視界いっぱいに広がる火炎。カチリ。赤い視界。カチカチ。赤い。カチ、赤い、カチ、赤、カチリ。赤赤赤い、赤い視界と――――
――――『
「お・おア!」
ガンガぁん! 迫りくる火炎に先だって、隆士は自らの頭に続けて二度、金属バットを叩きつけた。じくりと広がる鈍痛。流れる血を肌で感じた。
「うオあああああああああ!」
考えている暇は一瞬もない。バットを放り投げ、代わりに拳を振り上げる。小町の叫ぶ声が彼には聞こえた。隆士の視界に収まるほどに、驚くほど近くに彼女はいた。もし、これが彼女の視た未来だったなら、視たときと、今と、一体何が違うのか。
答え。
つまり、隆士が『境界の力』を手に入れたか、手に入れられずにいたか。
結果として、隆士の拳をトレースするように空間を切り裂いて、その強大な剛拳は現れた。巨大な岩石のような拳と、筋骨隆々とした大木と見紛う腕。それが火炎へと突き出される。
「――――馬鹿な!」
動揺する榊の声。が、火炎に揺らぎは見られない。むしろ、勢いを増して迫ってくる。
それに対して、隆士の拳は怯まない。火炎の壁に立ち向かい、この瞬間、答えを得るために拳を奮う。喉が裂けるほどに、全身が震えるほどに隆士は吼えた。
「あ・あッ!」
剛拳が火炎と拮抗する。途切れることのない火炎を相手に、剛拳はその腕一本で耐えていた。
それを見て、榊が顔をしかめた。
「だから、僕の能力は派手なんだって言ってるんだよね。時間切れだよ」
今までのように放射するのではなく、榊は火炎をばら撒いた。霧のように迫る火炎は隆士と小町の視界を殺し、榊の姿をくらませた。隆士が腕を振って炎の壁を掃った頃には、榊の姿はなくなっていた。
「――――っざっけんな! 茜を返せっつってんだよ、クソぉ!」
「…………」
隆士と小町の耳には、消防車のサイレンの音が届いていた。おそらく、パトカーも並走している。もしかしたら救急車もいるかもしれない。まだ遠くに聞こえるから、ここに到着するまでにはまだ時間がかかるだろう。
「離れましょう。ここにいると面倒なことになりかねません」
「面倒なこと?」ハ、と隆士は鼻で笑った。「もうとっくに面倒なことになってるじゃねえか。ハハ、ンだよ、結局『境界の力』っつーの、俺にもあったんじゃねえか」
自分の右腕を眺めながら、自嘲するように隆士は笑った。続けて、ジンジンと痛む額を引っかくようになでた。そんな隆士の姿を、小町は黙って眺めていた。無表情が張り付いた顔からは、彼女がなにを考えているのかがよくわからない。ただ、何か声をかけようと口をパクパクと動かしていることだけが、見て取れた。
サイレンの音がどんどん近付いて来る。あと数分もしないうちに公園へ到着するだろう。その場から動いたのは、小町が先だった
「離れましょう」
「……ああ」
走ることはせずに、ゆっくりと歩いて公園を出た。ちょうど、公園から出て最初の角を曲がったあたりで、消防車もろもろは公園に到着したようだった。
隆士の家に帰って来ていた。彼の両親はまだ帰ってきていない。隆士は茜のことをできるだけ考えないようにしようとして、リビングの掃除をしていた。小町はそれを突っ立って見ているだけだった。隆士もそれを見て「手伝え」とは言わなかった。
「……茜はさ」
「はい」
「いっつも笑ってんだよ。笑ってたんだよ。ずっと、いっつも。泣いたときだって、一時間もしないうちにケロってしてた。だからなんだよ、俺は。あいつのこと、ずっと心配してたんだよ。もしかしたら、俺がいるからあいつも無理してんじゃないのかって、そう思ってさ。だから、できるだけ関わるなって空気出してんのに、あいつだけはずっとかまってくるんだよ。うぜえってずっと思ってた。だけどさ、だけど……だけど、さぁ……!」
「……はい」
「嬉しかったんだよ、俺。ホント嬉しかったんだ。話しかけて来てくれるたびにさあ、なんか、軽くなってさあ。楽しかったんだよ。ずっと、あいつに助けてもらってたんだよ。そんな茜がさあ、いないって、おかしいよなあ……っ」
「……迎えに行きましょう」
「――――あ?」
徐々に嗚咽まじりになる隆士の声に小町は応え、彼をまっすぐ見つめていた。隆士は動きを止め、小町を見つめ返した。涙の溜まった眼で、じっと見つめ返していた。
呆気にとられていた隆士も、しばらく見つめ合っているうちにふつふつと怒りの感情が蘇ってきた。彼の目の前にいる少女が、この出来事のすべての始まり。この少女が来たから、茜もいなくなった。連鎖。感情の渦は止まらず、勢いを増して外へ放り出される。
「だまれ……!」静かに、唸るように隆士は言う。「だまれよ、お前……っ! 迎えに行くって? どこにだよ? わかんねえだろ、あいつがいる場所が」
「あなたは――――」すう、と小町からは聞いたことのない音が聞こえた。大きく息を吸った胸は膨らみ、無表情ながら、彼女の顔は真っ赤になっていた。「あなたはそれでいいんですかッ!? ずっと助けてくれていたっていう茜を放ったらかして、あなたはそれでいいっていうんですか……っ?」
「よくねえに決まってんだろ! だまれって言ってんだ、聞こえねえのかドちびッ!!」
「だまりませんッ!」
「ワケわかんねえ、お前なんでそんなに必死なの? 馬鹿じゃねえのか」
「ああ、そうですか。頭の悪い人に言われるくらい私は馬鹿なんでしょう。でも、あなたほど頭悪くなんてありません。思考停止? 面倒くさい? そんな顔してますよ。本当に頭悪い。判ってるんですか、あなた」
「何をだよ、お前が判ってて俺が判ってないことってなんだよ。言ってみろよ」
「
「は?」
隆士にすれば、小町の言ったことはまったくの見当外れだった。学校があるからどうした、茜が連れ去られたことと何の関係がある、ぐるぐると疑問が隆士の頭の中をかき混ぜ、混乱させていく。小町のことが、わからない。
「
「――――」
ただ、その言葉に隆士はなにかを思わされた。小町が言おうとしていること、隆士自身が今選ぼうとしている選択肢、その矛盾。あちらを立てればこちらが立たず。
つまり小町は、こう言いたかったのだ。
「
小町の瞳が活き活きとしていた。ガラス玉のような瞳が、今は意志を持って輝いてる。相変わらず表情は動いていないが、彼女の意志は瞳が伝えていた。正直、隆士にはワケがわからないままだった。あまりにも真剣に、あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉を彼女は叫んでいる。正味、話は噛み合っていない。茜はもしかしたら殺されるかもしれない。だというのに、小町の心配事は、彼女が学校に行けないということだった。学校を休んでしまうということを懸念していた。隆士はそれがおかしくてたまらなくて、声を出して笑った。今までのイライラをすべて吹っ飛ばされるほどに、小町の必死さは面白かった。
「お前さ、やっぱり馬鹿だろ」
「あなたほど頭は悪くないです」
「……聞かせろよ。話したいこと、あるんじゃねえの?」
「はい」小町は、改めて隆士を見つめ直した。「――まず、私の眼で榊さんの居場所を視ます。正確には、私たちがその場所に到着した未来を視るんですが、まあ、それは瑣末事です。おそらく、そう遠くにはいないでしょう。居場所が判ったら乗り込みます。相手の人数は多くないはずです。たぶん、いても今日の夕方のような不良くんたちが数人程度。榊さんは、特別大きな権力を持った人でもありませんから、事を大きくしても処理しきれませんからね」
小町は止まることなく話していく。隆士もそれに口を挟まなかったが、どう考えても『作戦』なんていう言葉にはできない、
「無謀すぎるだろ。いろいろおかしいぞ、それ」
「無謀は判り切っていることです」
ある程度の工程を話し終えると、小町は部屋の掃除に加わった。掃除が終わってから床に血が滴っているのに隆士が気づいて、小町の腕や彼自身の額に申し訳程度の治療を施しておいた。あとは床に落ちた血の跡が残らないようにそれを丁寧にふき取っておいた。
出発しよう、と彼らが声を掛け合ったとき、隆士が今のリビングの惨状を見て、両親が帰ってきたときにどれほど怒るかを想像して、顔をしかめた。言い訳にでもなるか、と隆士は電話の横に置いてあるメモ用紙を一枚ちぎり、ボールペンで書き置きをしておくことにした。内容は単純なものだ。
『ごめん。ちょっと茜を迎えに行ってくる』
それを壊れてしまったテーブルにセロハンテープで張り付け、隆士は小町に向きなおした。
「行くぞ」
「はい」
玄関を出て、公園の方向の喧騒から離れるように移動した。駅前まで走り抜け、まだ人混みのある改札口前で小町は『未来視』を使った。隆士からしてみれば、彼女に変化らしい変化を見受けられないので、それが本当なのかが判らなかったが「そう言ったから、そうなのだろう」程度で納得することにしておいた。
小町が言うには、榊はどこかの廃屋にいるらしい。漠然とし過ぎていたが、隆士の頭にひとつの場所が思い浮かんだ。そこは近隣の不良の溜まり場になっている、という情報を誰かから聞いた覚えがあったからだ。一度連れて行かれそうになったこともあった、と言うと、小町は非難するような声色で「頭悪い」と隆士に言い放った。
「にしても緊張感ねえな。ま、ケンカなんてそんなもんか」
「ケンカですか。なんだか私まで頭が悪くなったみたいに聞こえます」
隆士が小町をジトリと睨むと、小町はどこか楽しそうな声音で言った。
「例えば、
「なに楽しそうにしてんだよ」
「だって、こういうの楽しくないですか?」
「ねえよ。やっぱお前おかしいぞ」
「かもしれません。全部、あなたのせいです」
「なんでだよ」
「さあ、なんででしょうね」
隆士には、そのとき小町が笑ったように見えた。
結局それは錯覚で、相も変わらず無表情な小町には隆士もあきれるしかなかった。
曰く、『