それではどうぞ。
【閑話】蠢く思惑
体育祭が終わって間もない頃。
東京の保須という町にある保須総合病院。院内を焦った様子で、息を切らしながら駆けるひとりの少年。名を飯田天哉という。
「兄さん!!」
飯田は困惑と焦りと共に院内の一室の扉を開いた。
そこには、無数の医療機器と管に繋がれ、点滴を入れられている一人の男性。ターボヒーロー『インゲニウム』。飯田天哉の実の兄である。
「……天哉…母…さん…………」
インゲニウム───もとい、飯田天晴は部屋に入ってきた弟と母の存在に気付いたらしく、二人の方へと視線を移した。その瞳には、これ以上ない程に申し訳ないという感情を含んでいた。
「ごめんな……天哉。兄ちゃん……負け…ちまった……」
その言葉を皮切りに、膝を着いた飯田から嗚咽がこぼれ落ちた。
───同時に、彼の内から溢れてきたどす黒い感情が、徐々に飯田天哉の心を蝕んでいく。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
事の発端は体育祭、飯田天哉と緑谷出久の試合中まで遡る。
保須のどこかにあるビルの屋上、更に上。貯水タンクの上で、ひとりの男が身を屈んで下々を見渡していた。
赤いマフラーと包帯の様な目隠し。全身に刃物を忍ばせているのは、巷で“ヒーロー殺し”と呼ばれる男である。
「……お前らは気付きもしない。偽善と虚栄で覆われた…ハァ……歪な社会。ヒーローと呼ばれる、者共……」
ブツブツとした長い舌を晒し、憎悪を含んだその目を街を巡回するヒーロー達へと向ける。
「俺が…気付かせてやる……!!」
「───探しましたよ。“ヒーロー殺し”ステイン」
不意に、彼の背から声がした。
その言葉を耳にするのと全く同時に、ステインは背にある日本刀を抜刀し、背後に斬り掛かる。───が、なにかモヤの様なものを斬った感触だけで、斬撃が空振った事を悟り、ステイン、と呼ばれた男は後ろを見る。
全身が黒いモヤに覆われ、金色の目が蘭々と輝く不気味な男。“
「……お時間を少々、よろしいでしょうか」
紳士的な口調でそう問うも、ステインの有無を聞かずにモヤを広げ、彼を飲み込む。
先程まで人影があった貯水タンクの上には、もう誰もいなかった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
時は緑谷出久と竜間アルスの試合……即ち、体育祭決勝戦が執り行われていた時刻に遡る。
日本の最北、北海道の町中。
街道を襤褸の様な外套を羽織った大男が、大量の買い物袋を両手に持ち、歩いていた。
その背や外套の下には剣らしきものを大量に背負い、あるいは隠している。明らかに普通の装いではない。
そんな男は、ひとつの電気屋の前を通ろうとしたが、何やら人だかりができていて通りにくい。
どうやら店頭に設置されているテレビに密集している様である。それにしても通りにくい。
「いやぁ、今年の雄英体育祭…特に一年生はすげぇな!」
「エンデヴァーの息子の轟くん、惜しかったなあ。緑谷出久くんだっけ? すげぇ強いな」
「(雄英体育祭……もうそんな時期か)」
その男は、身なりにそぐわずヒーローの役職に就いている。ヒーローらしい活動はしていないが、やらねばならない使命のため、男はヒーローという道を選んだ。
とはいえ体育祭の後に控える職場体験。男は誰も指名した事がない。する理由もなく、また指名する事はそれなりのリスクを伴う。
それはさておき、買った食材が駄目になる前に自宅に帰らねば。
男は人通りの少ない場所を歩き、電気屋を通り過ぎようとした時、テレビに釘付けの大衆から歓声が上がった。
「すげぇ! 風圧だけであのドラゴンの子吹っ飛ばしたぞ!」
「おいおいアンタ、彼は確かワイバーン…って個性の子だぞ」
「(ワイバーン……
観衆のひとりが口にした単語に、男は足を止めるとテレビの画面を見る。
画面に映っていたのは、緑がかった黒髪の少年と───
───“三本腕”の、青い体色の
男は困惑した。
同時に、反射的にその名を呼んだ。
「
その名は、少なくとも竜間アルス以外には知る由もない呼び名であった。世界を駆け抜け、数多の財宝や魔具、魔剣を奪い去った
話を変えよう。日本には、ある都市伝説が存在する。
その伝説の名は“おぞましきトロア”。
そして、そのおぞましきトロアこそ、無数の魔剣を携えるこの男の事を指す。
世間一般は、それを知らない。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
雄英体育祭終了後の、とある路地。
日陰の者が闊歩する路地裏に、凛とした歌声が響く。そんな路地を、ひとりの男が慌てた様子で、何かから逃げる様に走り抜けていく。
「……嘘だ、嘘だ…なんでこんな所に…“黒い”───」
銃声が響いた。それとほぼ同時に男の脳天から鮮血が噴き出すと、力無く倒れた。
狭い路地。男の後ろには誰もいない。
何故なら銃弾は
「たたーん……たーん、たーん。たたーん……」
歌が聞こえる。こんな状況にそぐわない声と共に、男の後ろから両手にライフル銃を携えた女が姿を現す。楽しそうに歌を紡ぎ、両手のライフルをくるくると回してはスカートを翻して踊りながら、だが。
「……私にわざわざ依頼が入るって事は、貴方相当恨まれてたのね。……もう聞こえないでしょうけど」
先程撃ち殺した男を興味無さそうに睥睨しながら、女は依頼通りに殺した証拠を得ては、その場を去ろうと身を翻し……
「……で。さっきから隠れてこっちを見ているのは、一体誰かしら」
ふと、独り言の様にそう告げた女性は、路地の一角へとライフルの銃口を向ける。
のし、のし、という人でも獣でもなさそうな足跡と共に姿を現したのは、脳を剥き出しにした半裸の大男。
その姿を見た彼女は顔を顰めると、引き金に指を掛け……
『おっと。待ってくれたまえよ、“黒い音色のカヅキ”』
「…………」
引き金を引く直前に、件の脳を剥き出した男が喋りだした事で、カヅキ、と呼ばれた女性は引き金を引く指を止める。
「(ああ……首から提げてるスピーカーから喋ってるのね)」
大男の首元からスピーカーの様なものがぶら下がっており、そこから遠隔で話し掛けている事に気付く。
『僕は敵じゃあない。君にひとつ、依頼を持ち掛けに来たんだ。そのスピーカーを持っているのは僕の代理人、って所かな?』
「……そう。なら、あなたの名前…教えてちょうだい」
『申し訳ないが、それはできない。僕にも事情があってねぇ……今外を出歩けないし、下手に名乗れないんだよ』
「そんな不審な依頼人を信用するとでも? 他を当たってくれないかしら」
呆れた様に手をひらひらと動かしたカヅキは、再び銃口を脳無へと向ける。用はないと言わんばかりに引き金に指を掛けるも、スピーカー越しに話し掛ける男は余裕を崩さない。
『まあまあ、落ち着きたまえ。僕が君に依頼を持ち掛けるのは他でもない。君以上に適任で、君以上の実力者が現状いないからだ』
「どういう事かしら」
『オールマイト……彼のせいで、頼れる僕の友人はほとんど牢屋行きだ。故に気軽に動けないしものを頼る事もできない。……そんな時、黒い音色のカヅキ……即ち、君の存在を知り、こうして代理人を使って依頼しに来た、という訳さ』
カヅキはスピーカー越しに話し掛ける男への警戒を崩さない。……が、持ち掛けられている依頼とやらの内容に、興味がない訳では無い。
だがそれ以上に……下手に歯向かうのはよろしくないと、長い戦闘経験から来る勘が告げていた。
「……いいわ。聞くだけ聞いてあげる」
カヅキは銃を降ろし、目の前の依頼人の言葉に耳を傾けた。
雄英体育祭。一世一代の大イベントを起点とし、本来の筋書きには存在しない“修羅”や“英雄”が、密かに目を覚まし始めていた。
その事実を、今は誰も知らない。
はい。異修羅キャラ、二人出てきました。
彼らがアルスと同じ憑依者か、はたまた別人か……あるいは、本人なのか。
楽しみにしていて下さい。
それではまた次回。