アルスがトロアと交戦し始めた頃。グラントリノの元に赴いた緑谷出久は、修繕されて帰ってきた自らのコスチュームを身に纏い、自身よりも小柄ながらも歴戦の風格を持つ老人ヒーロー、グラントリノと相対していた。
「準備はいいみてぇだな」
「はい! いつでも───」
どうぞ、と言いかけた瞬間、地を踏み込む音が響きながらグラントリノの姿が消える。
「(背骨)」
グラントリノの姿が消えるのと全く同時に、出久はフルカウルと共に背後に裏拳を撃つ。
「ぬおぅ!?」
初手が読まれるとは思わなかったのか、グラントリノは分かりやすく驚くが、恐るべき反応速度と移動速度で出久の拳を上方に飛び退いて回避すると、再び室内を縦横無尽に飛び回り、出久を翻弄する。
「(右上腕二頭筋)」
次に来る攻撃が到達する箇所の位置を大きくずらしながら左手の拳を構える。
先程まで出久の右腕があった場所をグラントリノが通過し……胴体で隠していた左手の拳を突き出した。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「“赫灼”の極意……だと?」
「ああ。今の俺には…親父……アンタの技が必要だ。教えろ」
No.2ヒーロー、“フレイムヒーロー・エンデヴァー”事務所。職場体験に赴いたのは、轟焦凍。体育祭以前からエンデヴァーに嫌悪の感情を抱いていた彼が、何故父の事務所を選んだのか。
それは、エンデヴァーの必殺技である“赫灼熱拳”の習得、及び
「……ふん、良いだろう。だが、何故いきなり赫灼を身に付けたがる。お前の個性ならば、そこらの学生など早々にねじ伏せられるだろう」
「……親父。お前…体育祭の何を見てきてそう言ってんだよ」
「なに?」
エンデヴァーの口から出てきた言葉に、初めて焦凍が呆れる様な言葉を述べる。若干の苛立ちを含んで停止するエンデヴァーを他所に、焦凍は自身の左手を見ながら言葉を続けた。
「緑谷は俺より強ぇ。個性の力も、膂力も……努力してきた量だって、俺よりずっと上だ。
ずっと、右側だけで全ての事柄が何とかなると思ってきた。実際何とかなってしまうだけの力を持つのだから、気付くのが遅れてしまった。
「
大好きな母を傷付けた父への復讐。轟焦凍は、体育祭の日までそれを掲げて生きてきた。
その生き方を緑谷出久という、最初は取るに足らないと見下していたひとりの少年がぶち壊し……そして、己が
「親父。アンタが思う以上に…俺は出遅れてんだよ。このままじゃ、緑谷だけじゃねぇ。……アルスや、爆豪…A組の皆から置いてかれちまう」
空中最速にして、数多の魔具や魔剣を手足の様に取り扱うアルス。常軌を逸する戦闘の才により、有り得ない速度で成長する爆豪。そして…成長途上であり、未だ実力・個性の底が見えない緑谷出久。
彼等と並ぶには、今の自分は弱すぎる。個性の制御や扱いは、あの四人を遥かに下回ってしまっているのだから。
「俺は……俺の原点を思い出させてくれた緑谷や……A組の皆に追い付きてぇ。その為に、アンタの“赫灼”の極意を教えてくれ。癪だが、今の俺にはアンタが必要だ」
轟焦凍が抱く、揺るぎない覚悟。
その想いがこもった眼を目の当たりにし、気圧されたエンデヴァーは…何故だかその頼みを拒否する事ができなかった。
職場体験開始から二日目。
北海道、アルスの職場体験先である“おぞましきトロア”の事務所兼自宅近郊の山々。
アルスが立つのは、崖の麓。その崖から無数の落石が降り注ぐ。
「…“塒”!」
“ヒレンジンゲンの光の魔剣”が抜かれ、墜落してくる岩石を斬り伏せ、光の刃により蒸発する。
しかし、抜剣が早すぎたのか奥のものは斬れておらず、それに気付いたアルスは後方に飛び退いて落石を避けた。
「……技は申し分ない。技を放つ上での最適な瞬間や、敵の動きを読める様になれれば、そう遠くない内に奥義習得もできるだろう」
その様子を傍らで見ていたトロアは、アルスの剣筋を見て、そう評価する。
トロアとしては予想外もいい所だ。
アルスは技の習得具合は半端で、精度はないと言っていたが……万能の適性がある為か凄まじい速度で練度を上げている。この調子なら、職場体験の期間中ならばトロアの八割程度には精度を上げられるかもしれない。
「……アルス。一度休憩を挟むぞ」
「…………分かっ…た…」
荒い息と共に、アルス達はトロアの小屋へと戻ってくる。
庭には無数の魔剣が刺され、中にはアルスも見た事がない代物も幾つかある。
そんな中……トロアの持つスマホから着信が鳴った。
「少し電話に出る」
アルスにそう言い残しながら小屋の裏に回り、スマホを操作しては電話に出る。
「もしもし」
『急に電話を掛けてすまないな…トロア』
「構わない。お前にはいつも、魔剣の情報収集に走ってもらっているからな、クウロ。…それで、要件は? 光の魔剣…あるいは新たな魔剣の情報か?」
『いや、どれも違う……実はお前にひとつ、伝えておかなければならない事態が起こってな』
クウロ、と呼ばれた少年の様な声の主は、何やら緊迫感を宿した声で告げる中、トロアは次の言葉を待った。
『“黒い音色”は覚えているか?』
「“黒い音色”……“黒い音色のカヅキ”か? それがどうした」
『その黒い音色のカヅキが、北海道に向かっている』
場所は変わり、青森の港近辺。
鳥打帽と茶色の外套を羽織ったひとりの少年が、民家の屋根から港の一点……長いスカートを履き、大きな帽子を被った女性を注視していた。
しかし……その距離は恐ろしく遠い。
だが……その少年…否。少年に見紛う程小柄な青年には…その女性が視えている。
彼女が誰なのか、その服の下に何を隠し持っているのかさえ。
『……どういう事だ、クウロ。何故奴が北海道に向かってくる』
「分からない。だが……あの女が凶悪な
電話の相手……おぞましきトロアと通話しながら、クウロは一切の瞬きをせずに黒い音色のカヅキを見据える。
「俺の推測でしかないが……聞くか?」
『ああ。頼む』
「おそらく奴は……トロア、お前の魔剣を狙っている」
『…………なんだと?』
一瞬黙ったトロアの口から出てきたのは、その言葉だけだった。理由が分からなかった。二人が知る黒い音色のカヅキとは、銃が得物の人物だ。彼女が剣を使いこなせるとは到底思えない。
「誰かからお前の魔剣を奪うよう依頼されたと見ていいだろう。念の為、用心していてくれ」
『分かった。忠告、感謝する。……ところで、何故黒い音色が北海道に近付いている事に加え、奴の居場所が分かったんだ?』
トロアが抱いた疑念。何故クウロはカヅキを追っていたのか。それが分からず聞いてみると、クウロは一瞬迷った後、トロアからの問いに返答する。
「……ヒーロー公安委員会が直々に依頼してきてな。情報漏洩になるから詳しくは言えんが……内容のひとつに黒い音色のカヅキに関わる事があった…とだけ言っておく」
『……承知した』
「俺の方も追跡を続ける。何かあった時、追って連絡する。気を付けろよ、トロア」
『勿論だ』
その言葉を最後に二人は通話を終了すると、クウロは建物の屋根と屋根の間を跳んで移動し、黒い音色のカヅキの動向を追跡する。
彼は巷で“戒心のクウロ”と呼ばれている。
彼はヒーローでも
横浜を中心に活動する彼は、ヒーロー・警察から民間人に至るまで、多くの者から多大な信頼を寄せられる───ひとりの探偵である。
【登場人物】
“戒心のクウロ”
探偵を営む、小柄な男性。
世間から、彼は無個性であると言われているようだが…?
次回、【銃と魔剣とヒーロー殺し】。