遅くなりましたが、ようやく更新できました
「…気づいてたんだね…いつから、気づいてたのかな?」
ユイが悲しげに目を伏せながら問う。
「…俺と、貴寛君はお前の能力を知っている。お前が能力を使えば、その正体くらい嫌でも気づくさ」
悠は淡々と、感情を押し殺した様な声で答える。
ユイは元々、悠達同様『ISS強化手術』を受けており、極秘裏に創り出された『ISP能力者』の1人だ。
強化兵士としては悠や貴寛の先輩にあたる。
人が何かを成す時、そこには必ず何かしらの犠牲がある。
時にそれは動物であったり人間であったりする。
悠達、『ISS能力者』を創り出すための実験台としてユイは創られた。
当時は知らなかったが、真実を知った今なら判る。
『平沢 唯』のクローンとして、『ISS能力者』を生み出す試作機として、ユイは文字通り『創られた』のだと。
ユイの生い立ちを知ってしまった事を心から後悔した。
知らなければ、何の迷いもなく殺せた筈だ。
湧き上がる感情を抑え、ユイに向けて槍を構える。
「…変わったね、悠君」
ユイが悲しげな表情で呟く。
7年前のあの日…ユイが任務中に消息不明になった時、どれほど願っただろう?
生きてさえ、いてくれたら…
その願いは叶ったのか、ユイは今目の前にいる。
割り切るしかなかった。
例え昔の仲間でも、例え初めて愛した恋人でも、袂を別ち、敵になったというのなら…戦うしかない。
「…時間が経てば、人は変わる……俺も、お前も」
呟き、一瞬目を伏せると悠はユイに向かって突進した。
ユイの所持している武器は悠の『雷の鎧』を貫通してダメージを与えてくるが、悠の能力そのものが通用しない訳ではない。
槍をくるりと手元で回転させ、下段から掬い上げる様に斬撃を繰り出す。
ユイは紙一重でその一撃を躱し、間合いを一気に詰めようとして、更に後方に大きく跳び退いた。
理屈ではない、直感とでもいうべきか。
間合いを詰めようとした瞬間、背中を冷たいものが伝い、気づいたら跳び退いていた。
しかし、結果的にはそれが功を奏した。
悠は誘い込む為にわざと大振りな技を繰り出し、間合いを詰めてきた所を狙い撃ちするつもりだった。
(…読まれたか。さすがにやり難いな)
悠は心の中で吐き捨てる。
その昔、恋人でもあった悠を前にしてもユイは冷静だった。
これまでの立ち回りで一つだけ誤算があったとするなら、最初に悠に当てた一撃。
あれで仕留めておきたかった。
ユイの能力、『ナイトメア』は梓の能力『アンノウン』と同質のものだった。
梓の『アンノウン』は発動と同時に相手の視覚から自分の姿を消す。
それはカメラや鏡を介しても同様で、自分自身を視覚認識出来ないように阻害する能力だが、ユイの能力は同じ『認識阻害系』の能力でも一線を画す。
ユイの能力は『現実を誤認させる』、一種の強制催眠のようなものだ。
自分と目が合った者に幻覚を見せ、それが現実だと誤認させる。
梓の能力同様、暗殺向きでありながらもより戦闘に特化しているのが特徴だ。
本来なら、一撃で仕留め損なっても問題はない。
幻覚の中ではユイの位置を特定できないのだから。
ただ、悠だけは例外だった。
悠は電気を操る能力だとばかり思われがちだが、その多様性たるや他の追随を許さない。
悠は自ら発電した電気を使い、強力な磁力を生み出し操る他、張り巡らせた磁場により周囲の位置を把握する事まで出来た。
ユイにとってはこの簡易レーダーこそが自分の能力を無効化する唯一の天敵だった。
ユイも梓も相手の視覚に作用する能力である為、視覚以外で位置を特定出来るなら実質的に無効化されたも同然だ。
逆に悠はこの能力のおかげで目で見える情報と実際のユイの動きが違う事に気づき、致命傷を回避出来た。
グールの力を手に入れた事で身体能力の点では悠より上だが、『能力』はその単純なパワーバランスを簡単に覆す。
現に、身体能力で勝っていたアインも3位の能力と戦術に翻弄され、ユイが加勢しなければ間違いなく殺られていた。
悠は尚も槍のリーチと自身の能力を最大限に活かした細かい連撃で付け入る隙を与えず、激しい攻勢に転じていた。
ユイもそれらを躱し、反撃の機会を伺うがさすが歴戦の猛者、中々隙は見せない。
ユイは完全に手詰まりだった。
(…やっぱり、踏み込むしかないよね!)
転瞬、互いに跳び退き間合いを取る。
ユイは左肩に、悠は左脇腹に攻撃を受けていた。
相打ち。
しかし、その意味合いは互いに全く違うものだった。
ユイは左肩を大きく抉られ、繋がっているのがやっとの状態だ。
対する悠は、先程攻撃を受けた同じ場所に攻撃を受け、傷口はより広がったが戦闘続行に支障はない。
(…玉砕覚悟の特攻か。らしくない)
悠の考えとは裏腹に、ユイには勝算があった。
ユイの傷口はあり得ないほどのスピードで徐々に再生していたのだ。
グール特有の驚異的な自己再生能力。
(…なるほどな…だからこその特攻か)
悠も強化手術により、常人をはるかに凌駕する自己再生能力を持ってはいるが、グールのそれに比べると格段に見劣りする。
「…脅威かな?脅威だよね?…グールの再生能力もね、進化すればするほど強力になるんだよ?」
とはいえ、悠の電撃により身体全体に著しいダメージがあり、傷口の再生も通常に比べて格段に遅い。
しかし、これはかなりのアドバンテージである事は明白だ。
これ以降、悠は相打ちでユイを倒す事は難しい。
「ようやく証明された…これで、ようやく私は『私』になれたんだ!もう、ただの模造品じゃない…私は『オリジナル』を、人を超えたんだ!」
ユイは嬉々とした表情で叫ぶ。
(…ユイ自身も自分がクローンだと、模造品だと知っていた。だからこそ、求めたのか?『人』である事を捨て、『化物』になる事で唯一無二の『自分』になれると本気で思ったのか?)
違う。
そうじゃない筈だ。
「…傲るなよ、三下。…お前如きに超えられる程、『人間』は簡単じゃない」
決めた。
ここで全てに終止符を打つ。
ユイを…殺す。
悠は槍を持つ手に力を込めた。
ー 悠の指示通り、梓は唯と律を連れて島を出ようとしていた。
唯も律も目に生気がなく、生きる屍の様だが、それでも生きて帰りさえすれば。
澪や紬がいる、憂や和もいる。
きっと、唯も律も元気になってくれる筈だ。
それだけが希望だった。
梓は自分が唯の抱える絶望を拭い去れないのが悔しかったが、それでも梓には唯が大切だった。
(唯先輩…絶対、絶対助けますから!)
ようやく本土と海上フロートを繋ぐ橋が見えてきた。
梓は小さな胸を安堵させ、唯と律を引きずる様に橋へと向かう。
しかし、世界は残酷だった。
橋まで数十mの所で梓達はグールに取り囲まれたのだ。
グールの中にはセクター3と呼ばれる強力な個体も数体おり、梓の能力では全てを討ち取るのは不可能に近かった。
何より、戦闘できる状態ではない2人を守りながらというのが、状況を更に悪化させていた。
「…そんな…これじゃあ…」
梓は泣きたい気持ちを必死に堪えた。
ようやく見えた希望の光さえも、奪い去ってしまうというのか。
この世界には絶望しか存在しないのか。
梓は静かに武器を構える。
こうなってしまった以上、戦うしかない。
(…たぶん、私は死ぬ…でも、唯先輩だけは…)
数体のグールが飛びかかってきた。
梓の能力、梓の武器では複数を相手には出来ない。
万事窮す。
数体のグールが一瞬で薙ぎ払われた。
梓はその背中を見て、安堵の涙を流した。
「…ごめんね、あずにゃん…無理させて。もう、大丈夫だから…帰ろう」
唯は振り向き、悲しげに微笑う。
「…はい!」
梓は泣きながら、精一杯の笑顔で答えた。
唯は新たな能力に目覚めていた。
姫子を殺され、敵に言われた『虫ケラ』という言葉を聞いた瞬間、唯の中で『何か』が弾けた。
不思議とどういう能力か、どう使えばいいのかなどは全て理解(わか)っていた。
『右手に触れるもの全てを掻き消す能力』
それ以上でもそれ以下でもない。
唯は右手に宿った能力を使い、グールを圧倒した。
あれほど人類の脅威だったグールですら、唯の能力の前では無力に等しかった。
しかし、どんなに強大な個も数の暴力の前には為す術もない。
律を守りながらでは限界があった。
だが、唯は律を絶対に見捨てたくはなかった。
もう、心を引き裂かれる様なあんな思いはしたくなかった。
「唯先輩!律先輩を連れて先に行って下さい!」
「嫌だ!…3人一緒じゃなきゃ、嫌だよ!」
互いに背中を合わせた状態で会話する。
「私の能力は守りながら戦うのには向きません!でも、逃げるのには向いてます!…このままじゃ、3人共死んじゃう!だから先に逃げて下さい!後から必ず追いかけますから!」
梓の言う事はもっともだった。
律を守りながら、このまま戦えばジリ貧。
全滅もあり得る。
梓の能力も、単独での戦闘及び隠密行動に特化している。
迷っている時間はない。
「約束だからね!あずにゃん!」
唯は律を担ぎ上げ、橋に向かって駆け出す。
追い縋るグールを梓が倒し、唯の退路を切り開く。
気づけば、梓は完全に囲まれ、退路を断たれていた。
「…唯先輩…ごめんなさい。」
約束守れなくて…梓の言葉は最後の部分を口にする事すら出来なかった。
閲覧ありがとうございました
今回を読んで違和感を感じた方もいるかも知れませんが、一部訂正を行ってます
具体的には『ISP強化兵士』を『ISS能力者』に変更しています…名称が変わっただけで、中身は変わっていないのでご理解下さい
これに伴い、1話から16話まで加筆修正してあります
気になる方は目を通してみて下さい
次回で海上フロートでの戦いは完結になります
次回更新は金曜日の午前中までを予定しています