DIGITAL MONSTER ∃I zero→Evolution 作:ゴキゲンな蝶
古代の世界。
多種多様な生態が爆発的に増加した時代。
激化した生存競争と言うデータリソースの奪い合いは、やがて各エリアに誕生した強力な電子生命体の台頭によって、仮初の秩序が保たれていた。
原始的な世界の規律は、力によってのみ成立する。それは吹けば飛ぶような、心許ない規律だ。もしも、より強力な力の持ち主がこの世界に現れれば、簡単に崩れ去る程度の代物でしか無いのだから。
事実、各エリア間で度々諍いが勃発し、縄張りとエリアの主の移り変わりは日常的だった。
闘争と混沌の世界。
明日をも知れない古代の世界の日常は、たった一体の電子生命体の降臨によって調停する。
侵しがたい純白の翼を広げ、力を秘めたリングを両手足に巻いた君。
慈悲深い微笑みは分け隔て無く与えられ、光の熱球もまた等しく降り、世界に満ちた混沌のことごとくを、君は拭い払った。
君によって齎された平穏の中でモンスター達は知性と理性を獲得し、君を『王』に戴いた世界は、今度こそ確かな秩序を手に入れたかに思えた。しかし、世界はまたしても暗黒に包まれる。
彼の君の心変わりだ。
彼はただくだに、純粋だった。
博愛と正義は反転し、彼の君はその翼の半身を黒く染め上げた。
もはや誰一人として太刀打ちが不可能な暴力は、まさしくは傲慢の魔王の所業。
虐殺は昼夜を問わずに執行され、世界は滅びるかに思われた。
しかし、彼を止める存在達がこの世界に発生する。
彼によって無数の電子生命体が消滅させられたが、デリートされた生物たちを構成するリソースデータそのものがこの世界から消えるわけでは無い。
性急に増大した痛みは膨大なデータ溜まりとなり、かつて無いデータ量を内包する個体達が生まれたのだ。
『知性と理性』を得た電子生命体達の『生きたい願い』より、後の世の生態系の根幹にさえなるほどの究極の力を持つ十の個体。
十体の戦士達は世界を守るために彼の君へと戦いを挑んだ。
戦いは熾烈を極めた。
世界の全てを相手取ってもなお、彼の君は優勢に立っていたのだ。
一人が敗れ、二人が討たれ、そのたびに彼の君は存在は強く大きくなり続け、敗北は必至に思えた戦いは、遂に決着する。
焔の竜と光の獣、最後に残った無数の電子生命体達の願いを呑んだ二体の究極個体達は、死闘の末に彼の君を最も昏き隔たれたエリアへと追放することに成功したのだ。
同時に、彼らの傷も深く、構成データの崩壊は免れなかった。
十体の戦士達のデータの一部は圧縮された小さな欠片のみが遺され、損耗した世界へと還った。
戦役の後、世界が再び平和を取り戻したかと問われれば、そうはならなかった。
支配者の消えた世界は元の原始的なコミュニケーションに逆戻りしたからだ。より強い力の持ち主が日々諍いを起こし、テリトリーの侵略を繰り返す世界。
つぎつぎとテリトリーの主が移り変わり、混沌を極めた世界の中に唯一、主が変わらない不可侵の領域が存在した。
甲虫と竜のデータが色濃い、デジタルワールドの中でも最も過酷な生存競争が繰り広げられるエリアだ。
このエリアにたった一つだけ不文律のルールがある。
それはこのエリアの主、皇帝の名を戴く竜への畏れである。
その力は彼の君に相対した究極個体無き世では随一だ。そもそも、力だけに着目すれば究極個体達の中でも最強格に匹敵することだろう。
だが、性格は極めて粗暴。
それもそのはず、皇帝竜は『知性と理性』のデータリソースを殆ど持ち合わせて折らず、純粋な力と生存能力に特化した存在だったのだ。
世界の崩壊の危機などまるで知らず、皇帝竜は自分が発生したこの場所に居座り、自分以外を爪で引き裂くことしか考えていなかった。
それこそ、彼はこの古代世界の典型的なモンスターだった。最強で比肩するもののない、暴君だったのだ。
―― ――
鬱蒼とした森データの間を小さな姿が外套の裾をなびかせて走り抜けた。
気配を感じ、さっと横に翻ればたったいま立っていた場所に鋭利な爪が突き刺さる。
オオォォォオウ
理性の欠片も感じない咆哮。
「まったく、ええ、なってない」
忌々しげに吐いた声はソプラノ。
フードの奥より覗く碧眼が怪しく光る。
仕方が無い。
「スピリット……」
ジチ、ジチチチチッ
翅が風を打つ音。
頭上より強襲した巨大な甲虫が、牙を剥いていた竜を強襲する。
そうなると竜も黙ってはいない。
爪で引っ掻けば、ギザギザの顎が、尾で殴れば甲殻の突起を突き刺す。
「なっていない……」
すっかり放っておかれてしまった少女がため息交じりにごちる。
図体と態度ばかりが大きくなって。やれやれ、昔はもっと愛らしかったのに。外套に付いたデータクズを手で払い背中を向ける。
いけない、騒々しさばかりに目が向くようになったこの頃はどうにも回顧主義に余念がない。
わたしは静寂を望んでいるのだろうか?
いや、そんなことは無いはずだ。この世界がより良いカタチであり続けてさえいてくれればそれでいいはずなのだ。
だからこそ、やり遂げなければならない。
あの暴君を――
ぞくり
高濃度データの気配。
環境演算を歪ませるほどに熱量を備えた高威力砲撃。
書き換えられた情報のブランクにデータが呑み込まれ、発生した風圧に煽られたフードから長い金糸がまろび出る。
「ああ、まったく!」
可愛げも、仕様も無い!
キャプチャー
アンプリファイド
「スピリット・レプリケーション!」
少女の身体にバイナリーコードが連なり、ワイヤーフレームが迸り、その姿を変じる。
破壊の黒が満ちる。
崩壊と瓦解。データの濁流に呑まれる。
それは圧倒的な極大であった。
小競り合いをしていた矮小なモンスター諸共に木々を砕き、地を割り、陽炎が空を歪ませ、溶けた大気が煙る。
環境演算による修復が間に合わず、テクスチャにはバグが生じていた。
全てを破壊し尽くしたかに思えた熱線は、しかし、たったの一つだけ、オブジェクトの生存を許していた。
黄金の鎧を纏う、さながら戦女神の装いの少女の姿だった。
超硬質金属の中でも更に特異な変質を遂げた希少金属由来の黄金の鎧を纏った姿は絶対防御の権化とも呼ぶべきか。
デジタルワールド全体を探してもこの黄金の金属よりも硬いオブジェクトはそうそう見つかるものではない。
たった一つ匹敵する鉱物があるとすれば、調律者としての役割を担う黄金の神竜の背に生える鉱石くらいのものだろう。
その絶対防壁の盾を持ってしても、表面に歪みが生じていた。
データ密度が高いこのエリアをたったの一撃でここまで破壊するだけに飽き足らないこの力。
帝の名に偽りは無いと言うことか。
この世界が生み出した、役割を担わないイレギュラーな究極存在。
遙か山頂に玉座を戴く暴君を睨み、少女はその者の名を口にしたのだ。
皇帝竜
少女がこの世界のために屈服させなければならない、絶対強者。
―― ――
皇帝竜にとって、世界は単純である。
自分と自分以外。
そして自分以外は破壊出来る。
そこに理由や理屈の介在はない。
たまたま目に付いたから、それだけのことが破壊というアクションの引き金になる。
自己実現や退屈のような思考は存在しないし、自分以外を理解しようという発展性すらも無かった。
それはとてもシンプルな思考ルーチンで、本来はとっくに淘汰されて然るべき未成熟さだ。
電脳世界の情勢は日々移ろう。その住民である電子生命体達はそれに適応していかなければならない。
それが生態系であり、絶対に逆流してはならないリレーションと言うものだ。
だが、皇帝竜に限っては周囲を自分に適応させるという暴挙が成立してしまっている。構成するデータ量が生物ではなく、事象に近いレベルに到達しているからだ。
本来、それほどのデータ量を持つ存在はこの世界での『役割』を担う者にのみ許される。
彼らは事象の管理を担うからこそ相応の力が与えられているのであって、間違っても一般の電子生命体のように私利私欲のために力を使うものに許されて良いはずが無い。
皇帝竜という存在がいかに度しがたいかは、今更説明の必要はない。
せめて『彼の君』に挑み封印した十体の戦士の様に滅びていたのならまだ救い様はあった。
ああ、だけど、だからこそ、都合が良い。
「わたしが、お前に『役割』を与えましょう」
皇帝竜の住処に少女が到達してから、既に日が昇って落ちてまた昇るだけの時間が過ぎていた。
泥にまみれてもなお輝きを失わない稀少黄金金属製の盾で皇帝竜の爪撃を受け止めた少女が高慢に言い放つ。
「意味も無く、ただ在るだけのこの世界にとって何の役にも立ちやしない図体ばっかりのブレイクポイントにすぎないお前を役立ててやると言っているのです、よっ!」
盾の表面を傾いで重量をやり過ごし、崩れた竜の体躯に潜り込んで顎をかち上げる。
「屈服なさい」
異様な光景だ。
単純な体積の違いだけでも比較するのすら馬鹿らしいと言うのに、黄金の少女は竜の鼻先を踏みつけて睥睨しているのだから。
理性の欠片もない赤い瞳孔が少女の姿を映す。
その姿を見留め、少女はいっそ哀れみすらも覚えていた。
「怒りすらないとは、本当にただ破壊を生み出すだけのプログラムなのですね」
この竜はデリートの間際までただ目の前のオブジェクトを淡々と破壊し続けることだろう。この竜を構成するのは本当にただの原始的な衝動だけなのだ。
オオォオオオオウ
大地の鳴動に似た呻り。
無理矢理に顎を開いた皇帝竜に跳ね上げられるように少女が空へと舞う。
凶悪なギザギザ歯で食らいつこうとする巨大な顔面に怯むこと無く、少女は宣言を紡ぐ。
アンプリファイド
複合展開
「……レプリケーション!」
背中からは翼を、両腕には火炎を、脚部には雷光と疾風を纏った少女の姿が顕現し、搔き消える。
超高速移動した少女が次に姿を現したのは、皇帝竜の両翼の間であった。
「――ふう!」
小さな呵成とともに突き出した拳が爆雷を鳴らして皇帝竜を撲つ。
終わらない。
横から、正面から、腹から、背後から。
皇帝竜の全身に万雷が降り注ぐ。
さしもの皇帝竜も、これだけの怒号に似た雷鳴とフラッシュに包まれればたまったものではない、かに思われた。
グゥォォオオオオオォ!!
大気を震撼させるほどの雄叫びが席巻するまでは。
血で染め上げたかのような、真っ赤な両翼が薙ぎ払い、少女を叩いて地に落とす。
二度、三度、地面を跳ねて転がった少女の身体から拡張したデータが解けて消える。
「……まったく、なっていない」
悪態の一つも吐きたくなると言うもの。
幾度殴って叩いても、皇帝竜の堅牢な鱗と筋肉にはまるで通じた様子がない。やはり、データ密度が圧倒的だ。
まだ戦い続けることは可能だ。
ただ考え無しに暴力を振るうこと一辺倒な皇帝竜が相手なら、消耗戦も決して分が悪いとも言えないが、
「あいにくと、いつまでもお前のやんちゃに付き合うのもつまらないので」
それに戦闘を続けることによって生じる環境リソースへの影響も気がかりだ。
やれやれと、首を振った少女が手を翳す。
遙か頭上では舞い上がった皇帝竜が超圧縮したデータで質量を歪ませる暗黒球の生成を始めていた。
キャプチャー
捕捉対象は、焔の究極竜。
アンプリファイド
拡張領域にデータを取り込んで纏う。
スピリット
構成を精確にデザイン。
「レプリケーション!」
再現。
ルゥォォォオオオオ!
永遠の火炎の翼と赤い鎧の巨竜が哮る。
その姿こそは、救世主、焔の英雄。
皇帝竜が暗黒球を放つと同時、火炎の巨竜は超高熱の閃光にて迎え撃ったのだ。
音は消失した。
環境データの処理が遅延し、テクスチャがぎこちない挙動をする。
周囲の全てを呑む暗黒球の許容値を試すかのように、白光する光線がデータを際限なく注ぎ込み続ける。
これだけのデータの交感の前では、小さなデータ容量しか許されていないモンスター達は身動ぎすらも叶うまい。
まさしくは極地の戦い。
莫大なデータを呑み込んだ暗黒球がぶるりと震える。
超新星染みた爆発を予感した次の瞬間だった。
レプリケーション
どこから運ばれた音だったか。
光の中から飛び出した獣面の巨大な戦士が暗黒球を周囲のデータごと凍結し、天を駆る。
巨体に見合わない俊足で光獣の戦士は皇帝竜へ肉薄すると、遂に両手に備えた長大重厚二振りの大剣で切り裂いたのである。
英雄の雄志を飾った一枚絵のようなその光景も、玉響の奇蹟だった。
戦士の姿は次には霞に消えていた。
殻を脱ぐかのように中から現れた少女は、データ処理の遅延によって宙空に切り裂かれたまま磔にされている皇帝竜を見やった。
ああ、やっとこれで……。
何もかもを見通す碧色の妖眼は、一層に爛々としていた。
やっと手に入れた。
この疲弊して傾いた世界をやり直すために必要な最後のコードの作成工程。
「これで始められる」
いかなる犠牲を払ってでも、この世界を繋ぐためならばやり遂げなければならない。
「さあ、世界の救済を始めましょう」