お仕事物ということで難産だった記憶があります
今回は7000字弱です
「ふぅ……」
書類仕事を終え、椅子に深く持たれ込んで天を仰ぐ
「やっぱり無理があったんだよ、男性には」
「女性職だもんねー。珍しいとは思ったけど……」
「力仕事は助かってるんだけどね……」
そんな声が聞こえてくる。
俺の名前は紡樹(つむぎ)。
ドレスデザイナー兼ショップ店員だ。
ドレスの中でも特に『ウエディングドレス』をメインで扱う店で働いている。
男性が珍しい?否定はしない。女性店員のイメージが多いだろうし、事実女性の割合が多い。
そして、そのイメージが強いためだろうか。
俺が実際にドレスを案内することは少ないし、まだ俺にドレスデザインを頼んだ人もいない。
対応しようとしても女性店員とのチェンジを要求されることもしばしば。
先のお客さんもそのクチで、拒否られて仕舞えばできることはない。
今は諦めて今日の収支などの事務仕事を行なっていた。
「……こんなもんか」
一通りの計算を終えて、手を組んで上に伸びをする。
時計を見ると、丁度夕方。
ショップ店員としての自分はここで退社。
タイムカードを押してショップのある1階から3階に上がる。
扉を開けると、白い壁の事務室のような光景が広がる。
雑誌の編集部のような光景とでもいえばいいのだろうか?
机がずらりと並び、その上に図版が置かれ、数人がそこに向かってガリガリと一生懸命にデザインを書き殴っている。
「こんばんは」
「「「こんばんは!」」」
声をかけると、図版に向かっていた人たちが顔を上げて挨拶を返してくれる。
そこはドレスのデザインが生み出される場所。
ウチの店では、職員がデザインを考え、作成したものを置いている。
流石に職員が作ったそのまま置くことはできないが、店に置かれるドレス……つまり既製品のドレスは全て、職員がプロトタイプのドレスを作成し、店長のチェックを抜けた作品をベースに縫い上げられた特注……一点モノのドレスだ。
オーダーメイドをする場合も、そのドレスを見て『このドレスのデザイナーに任せたい』とデザイナーを決めていただく。
そう、この店の店員は皆、接客店員で、ドレスデザイナーで、ドレスの制作者なのだ。
俺は入室した後、机の使用申請をしに部屋の奥の机に向かう。
そこには他の皆と同じように図版に向かい、他の人よりも確実な手つきで、より速く手を動かし続ける女性がいた
「あら紡樹ちゃん、今日もデザイン?」
「お疲れ様です。はい、今日も机をお借りします」
「構わないけど、そろそろ休みなさいね?ここ数日ずっとやってるじゃない」
「いえ、まだまだ休めませんよ。この春に一緒に入社してきた同期は皆ドレスを完成させて契約をもらっています。自分だけ遅れているのも確かなので」
「……紡樹ちゃん、確かに皆自分の手でドレスを仕上げているけど、何も自分1人で全部やることはないのよ?紡樹ちゃんのデザインは素敵なんだから、デザインに全力を注いで、作成は店の他の子に任せるでもいいの。無理することはないのよ?」
「……」
ドレスの仕立てができない。
俺が実績をあげられない理由はここに尽きる。
服のデザインは好きだ。
母親がデザイナーで父親が仕立て屋。そんな家庭で育ったからか、服の。特にドレスのデザインをするのは楽しくて仕方ない。
だが、俺はこの仕事をするには致命的なまでに不器用だった。
一般的には『器用』の枠に入るのかもしれないが、仕立てたものがそのままお客様が身につける売り物となるこの店で、その『器用さ』は『不器用さ』でしかなかった。
「いえ、もう少しだけ自分1人でやらせてください」
ー人の幸せそうな顔を見るのが好きだった。
結婚式は『幸せ』を誓う式だ。
その企画段階から、『幸せの積み立て』が始まる。
式場、招待、そしてドレス。
相談して、決めて、招待して。
段々と幸せが積み重なっていくのを見ていくのが好きだった。
ー小さい頃に見た、姉さんの結婚式での幸せそうな顔が忘れられなかった。
だからこの仕事に就いた。
嫁に行く、あるいは婿を取る立場。
そのどちらにしても、ドレスというのは一生に1度しか着ることのない大切なもの。
ードレスをデザインしたのは、母だった
そんな大切な行事の一端を担うというのなら。
ードレスを仕立てたのは、父だった
任された仕事はこなしたい。
責任を負いたい。
描いたなら、創りたい。
このドレスを創ったのは俺なのだと、胸を張りたい。
ーあんな笑顔を創りたい。そう思った。
自分が描いて、他の誰かに創ることを任せるなんてことは、したくなかった。
「……そう。紡樹ちゃんは事務仕事も頑張ってくれてるしね。気持ちもわかるし、もう少し余裕を持ってみましょうか」
そうにこやかに言った店長は、しかし次の瞬間にその笑みを消した
「でもね、私も経営者。適性を見極める目が必要だし、適正を持っている子を適性を持ってる場所にあてがってあげないといけない。あと4月以内に私のGOが出なかったら……わかってるわね?」
「はい。その時はデザイン専務に移ります」
「よろしい」
そう言うと店長は、表情を崩して言った
「私ね、紡樹ちゃんのデザインが好きなの。『笑顔を見たい』って気持ちがとっても伝わってくるもの。紡樹ちゃんのデザインを買い取って、私が作り上げたいと思うくらいに」
だから、私に見せてちょうだい。貴方の可能性を。
そう言って、店長は俺に『図版使用中』の札を差し出した
「はい、期待に応えられるよう、頑張ります!」
ーーーーーーーーーーーー
夜10時
ここは……こうして……この部分の飾りは……もう少し華やかにして……
………ちゃん
違うな、元に戻してもう少しスタート位置を上げようか
……樹ちゃん
次は布をもう少し増やしてみるか?いや、それとも……
「紡樹ちゃん!」
「ひゃあい!?」
思考が深く沈んでいたところに、肩を叩かれて変な声を上げてしまう。振り返ると、そこには店長がいた
「もう10時を回ったわよ。流石に閉めないとだから、そろそろ片付けてちょうだい」
「もうそんな時間ですか!?」
時計を見てみると、確かにすでに22時を回っている。急いで片付けなければいけない
急いで図面を鞄に仕舞い、退勤の準備を進める
「おつかれさまでした!」
急がないと電車に間に合わない……!
そんなことを呟きながら部屋を慌ただしく出る。
「……あの熱意。向いてないのはわかったいるのに、期待せずにはいられないのよね……」
そんな店長の声が、耳に入るはずもなかった。
ーーーーーーーー
電車の中。俺は電車の揺れに身を任せながら、俺はスマホを開いていた。
「……すごいよな、君は。素敵な花嫁のためにドレスを仕立てる妖精……か」
ゲームアプリを開くが、俺はステージ画面には目もやらずに周回用アイテムを作成し、マイルームからマテリアルに向かう。
2部6章を選択し、あるキャラが登場した部分をオートで流し続ける。
彼女の名はハベトロット。あるいは、妖精騎士トトロット。
原典では結婚を前にあわただしい花嫁のために代わりに花嫁衣装を仕立ててくれる夢のブライダルフェアリー。
彼のゲームでは、ある時は仕立て屋の妖精として。ある時は救世主と共に旅をした騎士として登場し、主人公やヒロインを支え続ける存在。
……そして、俺の憧れである。
素敵なドレスを作り出し、花嫁を笑顔にする。まさしく、俺の夢の先駆者であった。
気づけば俺は電車を降り、バスを降り、家の前に立っていた。
何かに夢中になると周りが見えなくなる、俺の悪い癖である。
鍵を開けて、呟きながら帰宅する
「君のようにドレスが仕立て上げられるようになりたいよ……ハベトロット……」
「じゃあ、ボクが手伝ってやろうか?」
「へ?」
背後から響いた声。俺の後ろには閉じた扉しかない。
ついつい間抜けな声を上げてしまう
聞き慣れた声。あり得るはずがないと頭では理解しながらも、どこか期待しながら振り返る。
小柄な体。ピンク色の髪、特徴的な動物の耳のような帽子
「知ってると思うけど、ボクはハベトロット。花嫁の味方で、裁縫の達人で、ハッピーエンドを運ぶ妖精!改めて教えてくれ。君がボクのマスターかい?」
俺の憧れ。
ハベトロットがそこに立っていた。
ーーーーーーーーーーーーー
数分の後、放心状態から帰ってきた俺はとりあえず彼女を座敷に上げてお茶をだした
「こんなものしかなくて悪いけど……」
「気にしなくていいのに……でもくれるって言うならありがたくいただくんだわ!」
やっぱ緑茶って渋いね〜、なんて言いながら湯呑みの中身を飲み干した彼女を認めると、俺は問いかける
「えっと……なんでハベトロット……さんがここに?」
「愚問なんだわ。最近キミ、ボクが写ったマテリアルばっかり読んでるだろ?その上ボクを見てため息をついながらしょっちゅう羨ましい〜だの、すごいよな〜だのしょんぼりしてるから。何事!?なんてみんなして騒いでたけど、ようやく理由を教えてくれたからみんなに送り出されて来たんだわ。」
「う……極論俺が迷惑かけた形か……」
「いや、全然そんなことないからな!?でも、みんな元気のないマスター見てるのは気が滅入るんだわ。だから元気出してもらおうと思ってさ!」
それ結局迷惑かけちゃってるんじゃ……なんて薄ら思いながらも、ありがたくその思いは受け取っておく。
自分も実際気が滅入っていた部分もあるし。
「で、さっきの話に戻るけど。ドレスが創りたいってことであってる?ボクが創ってあげればいいんだわ!君のデザインをボクが形にする!これで完璧なんだわ!」
「いや、それはやめて」
「!?」
提案はありがたいけどね……なんて苦笑しながら即答する俺に、ショックを受けたのかすごい顔をするハベトロット。
断られるとは思っていなかったんだろう。
「俺……自分で作りたいんだ。自分でデザインして、自分でデザインを形にして、花嫁の笑顔を創りたい。だから、1から10まで自分でやりたいんだ」
「む……むむむ……むむむむむ……」
それじゃあボクはどうすればいいんだわ……と頭を抱えるハベトロット。
俺は頬を掻いて苦笑する。
しばらくして、ふとハベトロットが顔を上げる。
「わかった!じゃあボクがマスターに花嫁衣装の作り方を教えればいいんだ!」
「えっ」
「流石に糸車を使うような時代じゃないけど、針仕事とかのコツとか、練習の仕方なら教えられるし!」
我ながら名案なのだわ!と腕を組んで頷きながら言う彼女に、俺は目を点にする
「確かにそれはすごいありがたいけど……いいの?俺不器用だけど……」
「大丈夫!少しずつ慣れていけば行ける行ける!ざっと4週間で君をマイスターにまで仕上げてみせるよ!」
その申し出はとてもありがたかった。
でも、俺には返せるものがない。ありがたいが、彼女に利があるわけじゃない。
とてもじゃないが受けられない。
そう伝えると、再び彼女はショックを受けた顔をして頭を抱えた……が、すぐにいいことを思いついたように言う
「わかった!君がボクに利がないから受けられないって言うならボクに利があればいいんだわ!マスター!ボクに住む場所とカルデアのみんなへのお土産を頂戴!それなりに人数もいるし、それが授業料ってことでどうだろう!」
そんなことでいいのか!?と驚くも、それでいいんだわ!と笑顔で返す彼女
「ただし、結構ボクの特訓はスパルタだぜ?ついてこれるかな!?」
「望むところ!目標を達成するためなら、一月寝ないで特訓するくらいはやってやるさ!」
「いや、ちゃんと寝るのは寝てね?」
そんなこんなで、俺と彼女の師弟同棲生活が始まったのだった。
深夜。紡樹を布団に叩き込んで寝かせた後、ボクは紡樹の部屋を散策していた。
4畳半程度の居間に、ちょっとした浴室がついた部屋。
壁には本棚が並べられ、その間にドレスデザインなどに使うマネキンが置いてあった。
「これは……」
床に落ちていた紙を拾い上げる。
それは、ウエディングドレスの作成図面であった。
よく見ると、近くにはそれを作ろうとしたのだろう、裁断された服の生地が置いてあった。
「デザインセンスは抜群、でももうちょっとだけ手の器用さが足りない……って感じか。なっるほどねぇ」
これは鍛え甲斐がありそうなのだわ!とウキウキしながら、ボクは棚に仕舞われたファイル群に手を伸ばし、彼の描いた資料を読み漁った。
翌日から、ハベトロットによる厳しい指導が始まった。
11時前に帰宅し、適当に作ったご飯を掻き込む。
その後から1時程度まではハベトロットによる講習があった
「今夜は最初ってのもあって基礎!どれくらいできてるのか、把握してるかの確認テストなのだわ!」
「今夜は裁縫のコツを教えるのだわ!」
「今夜は裁断とデザインを形にする練習を……
そこから2時間……3時ごろまで当日の授業の応用練習。
少しでもミスるとすぐに訂正でオールリセットで0からやり直し。
やはりブライダル・フェアリーの名は伊達ではなく、花嫁衣装について手抜きなんてとんでもない!
という姿勢が見てとれた。
まさしくクリエイターとしての師と呼ぶべき存在だった。
昼間はもちろん普段通り店に出て仕事を行う
「あら紡樹ちゃんおはよう」
「おはようございます店長!」
「最近元気ねぇ、いいことでもあった?」
「はい、素晴らしい師に出会いました!今度こそ、良い報告と提出ができると思います!」
「……そう、楽しみにしてる。頑張ってね」
「ハイ!」
そして、俺がハベトロットと出会って28日目……ちょうど4週間が経つ日の朝である
「二週間前に言った宣言に撤回はないのだわ。ボクができる講習は全部した。後はマスターの完成度次第なのだわ!」
「……ほ、本当!?それ、本当なのか!?」
彼女の言葉に俺は心臓の高鳴りを感じる。
二週間、寝る間も惜しんで全力で取り組んできた。その成果が今日確認できるのだから。
「わ!?急に近いって!……ふぅ。うん、ボクがこの手の嘘をつく性格じゃないことは十分知ってるだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「自信がない?そんなテンションじゃ合格するものもしないのだわ!胸を張って!」
バシッと背中を叩かれる。
「今日から工房に泊まり込みだろ?良い報告を待ってるのだわ!」
生地や糸などの素材を大きなリュックに丁寧に詰め込み、背中にしょいこむ。
俺は今日から2ヶ月の間、店の2階にある工房に籠りに行く。
4階には宿泊スペースまで揃っているので、試作の完成まで店に籠るのだ。
「ありがとう、ハベトロット。それじゃあ、行ってくるよ!」
本来、ウエディングドレスのフルオーダーを行うと3〜6ヶ月程度の時間がかかる。
だが、それはドレス選びや生地選び、採寸、試着まで諸々込み込みの期間を言う。
事実、セミオーダーなら長くても3ヶ月、短ければ一月で作成を終えてしまうことがほとんどだ。
仮縫いの生地が揃っていて、デザイン、採寸が終わっている。かつ試着が不要なら2ヶ月もあれば俺でも完成させられる。
「あら、来たわね紡樹ちゃん」
事前に伝えてあったのと、俺の持つ荷物を見て確信を持ったのか、店長がそう話しかけてくる。
「はい、今日からしばらく、工房でお世話になります」
「何度も言うけど、これが最後のチャンス。自分の力でドレスを物にしたいなら、このチャンスを掴むしかないわ。わかってるわね?」
開店前に何事かと、従業員たちが集まってくる
「はい、決死の覚悟で挑みます」
「よろしい。一番手前の部屋を用意してあるわ。荷物を置いてきて作業にかかりなさい」
鍵を手渡されると、集まった従業員がざわつく。
一番手前の工房使用者の部屋を使用するとは即ち、解雇直前の最後のチャンスということを意味するからだ。
従業員と店長の視線を背中に受け、俺は工房へ向かう。
「ふゥ………」
泣いても笑っても、これが最後のチャンス。
深く、深く深呼吸して生地に向き直る。
「さァ……やろうか!」
その後のことは、敢えて語るまい。
ただ2つだけ言うとすれば。
その店は次の年、今まで以上に売り上げを伸ばしたこと。
ドレスの制作者の名として、『糸車』と言う名前がしばらくの間業界に轟いたと言うことくらいである