※この物語はフィクションです。実在する人物や団体などとは関係ありません。
タイトル、サブタイトルは仮でつけています。
入学式の翌日。早めに着くように出発し千聖とともに教室へ向かうと、二人の生徒が挨拶してきた。
「樹、千聖、おはよー!」
「樹さん、千聖さん、おはよう。」
片方はわずかに日に焼けた茶髪を伸ばした明るい女子、もう片方はさらさらの黒髪を短く整えた真面目そうな男子だった。
「真理子ちゃん、
「おはよう。」
樹と千聖も挨拶を返し、樹は5列目の後ろから2番目の席へ、千聖は3列目の一番後ろの席に着く。
「近い席同士、これからよろしくねー!二人とも!」
「うん。」
「うん!圭吾くんもよろしく!」
「よろしく。」
当たり障りのない会話をしていると、荷物を置いた千聖が樹に声をかける。
「ちょっといい?」
「んー?どうしたの?」
そう言いつつ教室の外へと樹を連れ出す千聖。
「ちょっと教室では聞きにくくて…あの二人、誰?」
「えー…千聖ちゃん、昨日みんな自己紹介したじゃん…」
「普通は他人の自己紹介なんて覚えてないよ。…それで、どんな人なの?」
「千聖ちゃんの左隣にいる元気な女子の方は野口真理子ちゃん。で、もう一人の真面目そうな男子は和倉圭吾くん。ちゃんと覚えておくんだよ。」
「りょーかい。」
「小学校の頃みたいに毎度毎度初対面みたいな感じになっちゃだめだからね!」
「分かった分かった。気を付けるよ。」
そう言うと二人は教室へ入り、樹の席へと戻った。
「あれ?トイレにしては早いねー。」
「あはは…ちょっとね。」
と真理子と千聖が会話する。その後も二人の話が続きそうなので、樹は別の人と話そうと周りを見渡してみる。すると、正面の席に生徒が座っていた。
(時間もあるし、話しかけてみよう。)
「春香ちゃん。おはよう!」
「あっ、おはよう。樹ちゃんだよね。」
春香と呼ばれた生徒はにこやかに返事をする。覚えてくれたことに安堵しつつ、話を続ける。
「そうそう!覚えててくれたんだ!」
「うん。自己紹介が特徴的だったから…」
「あっ…」
樹の張りきった自己紹介の効果は確かに出ていたが、実際に口に出されると想像以上に気恥ずかしいな…と思いながら会話を続ける。
「でもこうして覚えてもらえたんだから、張りきって自己紹介した甲斐もあったよー。ありがとねー。」
「ううん。こっちこそ、覚えててくれてありがとう。普通の自己紹介だったのに…」
「自分の身の回りの人だけでも覚えておこうと思ったんだ。」
と会話をしている内に、春香の持っていた本が目に入る。ブックカバーをしていたため中身は分からなかったが、大きさから推測するに一般的な文庫本のように見える。
「春香ちゃん、本読むの好きなの?」
「えっ?あっこれ?」
春香も自分の本に目を向け、少し照れた様な顔をしながら答える。
「うん。昔から絵本とか小説が好きで、学校でも読んでたんだ。今日も話しかけられなかったずっと本読んでたと思う。」
「そうなんだ!今日はどんな本持ってきたの?」
「『五分後にあなたは驚く』っていう短編集。…もしかして、樹ちゃんも本好きなの?」
「うーん…嫌いではないけど、小説はあんまり読まないかな。雑誌とか、漫画とかの方が多いかも。でも、興味無いわけじゃないから、今度おすすめの本とか教えてほしいな。」
「分かった。今度読みやすいやつ持ってくるね!」
「うん!」
などと話している内に教室が騒がしくなる。いつの間にか始業直前になり、ほぼすべての生徒が教室に揃っていた。もうじき先生も来るだろうということで話を切り上げ、先生を待つ。
「皆さん、おはようございます。」
大して待たずに先生がやってくる。そのまま出欠を取り、本日の連絡へと移る。
「本日は頭髪検査と校内案内を行います。また、放課後は体験入部も始まるのでこれから配る部活動冊子に目を通しておいてくださいね。」
部活動冊子が前から回ってくる。開いてみると、8ページほどの厚みに所狭しと部活の説明が書かれていた。
(いろいろあるんだなぁ…)
樹も含め過半数の生徒が気になって中身を読もうとしていた。しかし、
「皆さん、気になるのは分かりますが、読むのはホームルームが終わった後にしてくださいねー。」
といった注意もあり、冊子の中身は一旦お預けとなった。その後ホームルームが終わり、頭髪検査が始まった。出席番号が最初の人から順に呼び出されていくため、樹たちの番はもう少し先になりそうだった。
(今なら見ても大丈夫だよね。)
そう思い冊子を開く樹。それと同時に千聖が話しかけてくる。
「樹。部活動どうするか決めた?」
「ううん。これから中見るとこ。」
「そっか。じゃあ一緒に決めよう。」
「おっけー!」
そう言いつつ二人とも冊子を開き、中を詳しく確認していく。まず運動部の紹介が書かれていた。
「サッカー、野球、バスケ、ソフトボール、バレー、テニス、バドミントン…他にもいろいろあるんだね。」
「そうみたいだね。樹はどうするの?」
「さすがにまだ決まらないよー。文化部の方も見てみないと。」
文化部が書かれている方を開き眺めていく。
「美術、吹奏楽、英語、科学、コンピュータ、手芸…あ、ボードゲーム部なんてのもあるよ。」
「どれもありきたりって感じだね。正直樹と同じならどこでもいいんだけど、樹はどこにする?」
「さっきからそればっかりだねぇ千聖ちゃん。少しは自分の好きなものに入ってみるとかしないの?」
「しない。」
「千聖ちゃんの意志は固そうだ…」
と話していると、真理子が話しかけてきた。
「朝から思ってたけど、二人って仲いいんだねー!」
「うん、そうだよ。私と樹はずっと一緒に育ってきたからね。運命共同体と言っても過言じゃない。」
(過言だと思うな…)
樹はそう心の中でツッコミを入れながら冊子を見続ける。正直避けたい部活があるわけでもないので、眺めていても決まりそうになかった。
(体験入部で判断するしかないよね…)
体験入部の期間は五日間。そして体験入部は一日につき一ヶ所にしか行けないため、体験できる部活の数は全部で五つ。その中で決めなければならない。
(どの部活に入れば大人っぽくなれるのかな…)
「樹―、決まりそうー?」
「千聖ちゃんちょっとお口チャック。」
「はい…」
「漫才コンビみたいだねー、二人とも!」
「そういうのじゃないよー…」
真理子の茶々を流しつつ、話題を変える。
「真理子ちゃんは入る部活決めた?」
「あたし?あたしはソフトボール部に入るよ!」
「おー!何でソフトボール部?」
「面白そうだから!」
「なるほど。」
(参考にはできないかな…)
再び考え込む樹。
(運動部にも文化部にも大人っぽさはあるよね。その中でも明野先輩がやりそうな部活は…)
と考えてみるが、有力な候補が浮かばない。公園と壇上であれだけの落差があったのだから、まだ見ぬ特技が隠されているかもしれない。そう思うと候補が決められずにただ時間だけが過ぎていく。
(他の人にも聞いてみよう。)
そう思いながら隣で突っ伏している生徒に声をかける。
「
「え?」
楓莉と呼ばれた生徒は虚を突かれたような表情で返事する。さすがに急すぎたかなと申し訳なく思いつつも会話を進める。
「今体験入部する部活を決めようと思ってるんだけど、なかなか決まらなくて。楓莉ちゃんはどうするのかなって。」
「…決まってはいるけど、たぶんあんたとは合わないよ?」
「それでもいいよ。あくまでも参考にするだけだから!」
「楽なとこ。」
「え?」
「何もしなくてもいいような部活に入ろうと思ってる。」
「…そっかー。」
「言ったでしょ。参考にならないって。」
「一応、具体的な部活名を聞いても…?」
「コンピュータ部。週に1回しか活動しない上に面倒なコミュニケーションも少なそうで楽そう。」
「なるほどねー…」
そう言うと楓莉は気だるげに席を立ち、頭髪検査へと向かっていった。
(無気力の具現化みたいな人だったな…やっぱり自分で決めるしかないか。)
そう思い、今一度部活動を整理する。
(正直、運動部は明野先輩が動いてる姿が想像できない。小柄だからできないと決めつけるのは良くないけど、それをカバーするくらい活発的な人なら公園や壇上の時ももう少し明るさが出てもおかしくない気がする。)
実際、どちらの声もはきはきとはしていたが、決して明るい、大きい声ではなかった。
(なら文化部ってことかな。書道部、美術部、手芸部、英語部…あと科学部もあったっけ。この中に先輩の入ってた部活があるのかな。でも書道とか美術は苦手だから、その時は頑張らないと…)
「樹。」
思考がまとまりかけたところで千聖が話しかけてくる。懲りずにまた聞きに来たのかと思い返事をする樹
「まーだ決まってなーいよー。」
「いやそうじゃなくて、次樹の番だぞ。」
「え。」
そう言われ前の方を見る。確かに真木の姿が無く、自分の番はもう目の前だった。
「本当だ。勝手に誤解しちゃってごめんね。」
「気にしないでよ。後でどこの部活に入るか教えてくれるだけでいいから。」
「誤った私がばかだったよ。」
などと呆れていると樹の番が来た。頭髪検査と名付けられてはいるが、髪を染めたり伸ばしすぎたりしていないかだけでなく、実際はスカートを折ってたり靴下のサイズが足りているかといった点検もするため、ほとんど身体検査のようなものである。なお、今までおしゃれに気を使ってこなかった樹はそんな発想をすることがなかったため、これらのチェックを難なく通過した。
全クラスの頭髪検査が終了し、校内案内に移る。1階に1年生、2階に3年生、3階に2年生の教室があり、各階の両端と4階に特別教室や予備教室があるという、ごく普通の作りだった。この間、クラス全員が二列になって先生に付いていき、各教室の場所を確認していた。といっても、先生が付いている以上これといったアクシデントが起こることもなく進んでいった。
放課後になり、体験入部が始まった。各々が部活へと足を運ぶ中、樹は未だに体験先を決めきれずにいた。
「樹ー、早く決めて行こーよー。」
(うーん…明野先輩の情報が何も無い以上、とりあえず適当に決めるしかないかな…)
「…とりあえず、今日は英語部行こっか。」
「えっ、面倒くさそう」
「明野先輩が居そうなら、たとえ難しそうでもやってみるしかないよ。千聖ちゃんは無理についてこなくても大丈夫だよ。」
「いや絶対行くけど。」
「その執着はどこから来るの…?」
行き先を英語部に決めた樹。部活動冊子を開く。にぎやかなページの書き込みの中から、教室の場所と内容を確認していく。
「英語部。場所は2階のA教室で月、火、木の週3回活動している。主な内容は英語によるコミュニケーション。…って内容がかなりアバウトだねこれ。」
「あくまでも紹介だから、詳しく知りたい人は体験入部してくださいってことなんでしょ。」
「そっか。じゃ、とりあえず行ってみよう。」
「おっけー。」
教室前に着くと、何人か教室の前に集まっていた。中からすでににぎやかな声が聞こえており、冊子にあったにぎやかさをそのまま体現しているかのような印象を受ける。
「間に合ったみたいだね。」
「うん。でもなんでみんな入らないんだろう。」
樹はそう言いながら生徒に話しかける。
「すいませーん。今って教室入って大丈夫なんですか?」
「あっ、今中で歓迎の準備してるみたいなので、もう少し待ってほしいって言ってました。」
「そうなんですね!」
「あと英語で自己紹介するらしいので、私たちも準備しておいてほしいとのことです。」
「分かりました!」
生徒との話が終わると千聖が話しかけてくる。
「本格的に面倒くさいことになってきたけど、樹って英語ダメじゃなかった?」
「うん。苦手だよ。でも苦手だからって挑戦しない理由にはならないよ。」
「向上心だけは一丁前にあるんだからこの子は…」
そう言いつつ準備を始める二人だったが、いかんせん今まで学んできた英語がアルファベットや挨拶程度だったので、準備という準備はできなかった。そのまま教室に入り、挨拶をし、英語での会話や簡単な単語クイズなどで体験入部はお開きとなった。参加者や部員がぽつぽつと帰り始める中、樹は部長と思わしき人を捕まえ、寿美の話を聞こうとしていた。
「明野?生徒会長の?」
「そうです。この部活に明野先輩は入っていますか?」
「いや、いないけど。」
「そうですか…なら、どこの部活に入っているか分かりますか?」
「ごめんねー。僕、生徒会長のことはあまり知らないから、それも分からないんだ。」
「そうですか…お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。」
「気にしなくていいよー。」
謝罪をし、教室を後にしようとする。しかし、出ようとしたときに部長に呼び止められる。
「何ですか?」
「生徒会長の事で一つ思い出したんだけどね、あの人確か体育をよく見学していたらしいんだよね。」
「そうなんですか?」
「うん。といっても友達から聞いただけだから本当かは分からないけどね。」
「分かりました。情報、ありがとうございます!」
「どういたしましてー。」
樹は一礼をし、教室を出る。その後教室前で待っていた千聖と合流し、生徒会長の情報を伝えた。
「じゃあ、運動部は候補から外しても大丈夫そうなんだね。」
「うん。部長の話を聞く限りではそうだと思う。」
「そっか。…とはいっても、最初から候補に運動部は入ってなかったから、あんまり意味ない気もするけどね。」
「それでも前進は前進だよ!運動部の可能性も0ではなかったわけなんだし。」
「そ。…で、明日はどうする?」
「んーーー…そう簡単には決められないんだよね…」
今回の情報で分かったのは、寿美は運動が苦手そうということだけである。これは、樹の最初の予想を裏付けることができてもその中からさらに絞り込むには至れない。
「…まぁ、また適当な文化部に体験しに行くしかないかも。」
「結局そうなるか。…というか、そもそも生徒会に入れば良くないか?」
千聖の言葉に樹の思考が止まる。
「………そうじゃん!!生徒会!部活を気にするより、直接生徒会に入ればいいじゃん!何で思いつかなかったんだろう!千聖ちゃん、天才だよ!!」
思わず千聖の手を掴む樹。千聖は急に手を掴まれた事にたじろぎながらも樹を止めようとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに興奮しないで!ここ歩道だよ!他の人に見られてるんだぞ!それに、生徒会に入るのだって、多分そんな簡単じゃない!だから一旦落ち着いて!」
「へへへへ…」
何とか手を引きはがすことに成功するも、樹は未だににやけ顔のままで浮ついている。傍から見たら、違法薬物にでも手を染めたんじゃんないか思ってしまうほどに今の樹はにやついていた。このままではまずいと悟った千聖は樹を元に戻そうとする。
「いいか樹、よく聞いてくれ。今言った提案はな、多分うまくいかないんだ。」
「そんなことないよ千聖ちゃん。もっと自分に自信を持って!」
(会話が通じてない!)
「違う。自信が無いとかそんなんじゃなくて、そもそも生徒会と部活はイコールじゃないってこと!」
「…? どういうこと?」
樹の動きが緩やかになり、すかさず千聖が説得を試みる。
「生徒会が部活動と同じような扱いなら、今回の体験入部でも行けるはずだろ?でも実際はそうじゃない。ってことは今すぐ生徒会に入れるわけでもないし、仮に何か入る方法があったとしても部活動に入らなくてもいいわけじゃないんだ。」
「えーっと、つまり、生徒会に入るよりも、とりあえず今までみたいに部活動を探してた方がいいってこと?」
「そう!そういうこと!よく分かってくれた!」
何とか樹を落ち着かせることに成功した千聖。まだ春だというのに互いの額には汗がにじみ、熱気を漂わせていた。
「…バスに乗ろうか。」
「…ちょっと落ち着いてからね。」
二人は疲労した心を落ち着かせながらバス停までの道のりを歩き、バスへと乗り込んだ。
翌日、登校した樹は、先生に生徒会について聞いてみることにした。
「生徒会の入り方、ですか?」
「はい!私、生徒会に入りたいんです。どうすれば入れますか?」
「生徒会の役員は10月の生徒による投票で決められています。なので、今すぐ生徒会に入ることはできませんよ。」
「そうですか…」
「ですが、今の内にできることはありますよ。学業で優秀な成績を収めるとか、部活動で活躍するとか、人の記憶に残ることをすれば、投票に選ばれやすくなります。なので、今の内から努力をしておく事が大切なんですよ。」
「そうなんですね。分かりました。」
先生にお礼を言い、席へと戻る。
「やっぱりだめだった?」
千聖が聞いてくる。
「うん。生徒会はみんなから投票で認められないと入れないみたい。」
「そっか。まぁそんな簡単に入れたらだめだもんね。切り替えていこう。」
「うん。」
「それで、今日はどこの体験入部行くの?」
「そのことなんだけどね、実はもう決めてあります。」
となぜか自慢げな顔をする樹。
「何か当てがあるってこと?」
「ううん。迷ったり、別の手段に頼ったりするのはもうやめようってこと。地道な努力が立派な大人への近道だって雑誌にも書いてあったから。それに、明野先輩と同じ部活に入れればそれでオッケーだしね!」
笑顔でそう答える樹。昨日のように興奮しているわけではなく、かといって投げやりというわけでもない、さわやかな笑顔だった。
「…そっか。迷わずに行動できるっていうのも樹の魅力だし、それはそれでいいんじゃない?それで、どこ行くの?」
「手芸部だよ。場所は3階のB教室。」
「3階かー。部活のたびに上ると思うと結構しんどいね。」
「それなんだけどね、手芸部って実は週1回しかやってないらしくて金曜日以外活動してないんだよね。」
「えっ本当?」
部活動冊子を開き千聖に説明する樹。確かに手芸部の紹介には「週1回で無理せず続けられる!」と書いてあった。
「意外だな。手芸やる人って、真面目な人が多いイメージあったけど。」
「私もそう思ってたんだけど、ここで手芸をする人たちは緩い人たちなのかもしれないね。」
「だといいね。私手芸あんまり得意じゃないし。」
「大丈夫大丈夫。もし何かあったら私が手伝うから。」
「よし。じゃ任せた樹。」
「あの、一応最低限努力だけはしてね…?」
と放課後の方針を決めたところで先生が入ってきたため、話は中断することになった。
「皆さん、おはようございます。本日は委員会を決めたいと思います。委員会冊子を配りますので、ホームルームが終了した後、各自確認しておいてください。」
そう言って委員会冊子が配られる。中を確認したい気持ちがある生徒は樹を含め何人かいたが、今開くとまた怒られるのでさすがに諦めた。そして朝のホームルームが終わり、昨日のように千聖が樹のところへ来た。
「樹、委員会どうする?」
「今から確認するからちょっと待ってて。」
千聖を制止しつつ委員会冊子を開き、中を確認する。部活動冊子とは違い華やかな装飾や明るい誘い文句は一切なく、ただただ事務的に内容が書かれているだけだった。
「本部、クラス代表、学級、生活、奉仕、保険、環境、体育、給食、図書、選挙管理、放送…委員会は全部で12種類か。結構多いね。」
「どれに入るのがいいんだろ。クラス代表とかになれば生徒会に入りやすくなるかな?」
「いや、ちょっと待って。」
委員会に入る気満々でいる樹を止める千聖。樹はここで止められると思っていなかったのか、キョトンとした表情になっていた。
「どうかしたの?千聖ちゃん。」
「え、どうかしたのって、委員会入るの?」
「うん。その方が選挙の時選ばれやすいかなって。」
「部活に入って委員会にも入って、その上で生徒会に入るのってきつくない?ていうか、本部っていうのが生徒会にあたるんだから、他の委員会には入れなくない?」
「…あっ。」
言われてようやく気付いた樹。
「樹ちゃんって、結構天然というか、ポンコツというか、ちょっとおっちょこちょいなとこあるよねー。」
と真理子にもからかわれ、恥ずかしさを感じつつ委員会決めが始まることになった。といはいえ、生徒会に入るという目標がある樹にとって入れる委員会は無いに等しかったので、ひたすら時間が流れるのを待つことにはなってしまったのだが…。
放課後になり、再び体験入部の時間がやってきた。樹と千聖は3階のB教室前まで移動し、様子を確認する。教室前には誰もおらず、中からも声がうっすらと聞こえてくる程度の様子で、英語部の活発で明るい雰囲気とはまるで違っていた。
「実は体験入部やってません、とか無いよね…」
「大丈夫じゃない?一応声も聞こえてるんだし。」
「そうだよね。よし、じゃあ入ろう。」
コンコンコンと教室の扉をノックする。「はーい!」という声の後、程なくして扉が開き、中から黒のおかっぱに眼鏡をかけた女子生徒が二人に対応する。
「お待たせしました。体験入部をご希望の方ですか?」
「はい!そうです!」
「席に案内しますね。」
そう言われ、席に座らされる樹と千聖。机には他の生徒の姿も二人ほどあったが、二人とも折り紙の整理をしていたり、寝ていたりと、新入生はまずやらないようなことをしているため、二人とも部員だと思われる。
(もしかして、体験入部者私たちだけ?)
という考えが樹の頭を過る。しかし、英語部の時とは違い、今回はすぐに教室まで来ていたため、まだ誰も来ていないだけかもと思い直し、ひとまず席に座り、体験入部に集中する。
「今日は体験入部に来てくれてありがとうございます。」
と折り紙を持ってきながら言う男子生徒。立ち気味の黒髪は一見するとワックスをかけているのかと思ってしまうような髪型だが、頭髪検査や引っかかっていないということは髪質による影響なのだろう。男子生徒は樹たちの対面に座り、案内してくれた女子生徒もその隣に座った。
「では、体験内容を紹介する前に、まず自己紹介から。僕は副部長の寺島壮太郎、3年生です。」
「私は
「緑川樹です。本日はよろしくお願いします。」
「館石千聖です。よろしくお願いします。」
四人が自己紹介を終える。次は寝ている生徒の番かと思い、樹はその生徒の自己紹介を待つ。しかし、いつまで経っても生徒は起きず、他の二人も起こす気配が無い。なぜなのだろうと視線を向けていると壮太郎が視線に気づき、説明を入れてくれる。
「あの人は一度寝るとなかなか起きないから、気にしなくていいよ。」
「分かりました。」
「それじゃあ、体験入部を始めるよ。本当はいつも部活でやってることと同じことをやりたかったんだけど、小物を作ったりするのは時間がかかって完成しないかもしれないから、今日は折り紙でミニチュアみたいなものを作っていこうと思ってるよ。」
そう言いながら、大小さまざまな折り紙やはさみ、のりなどを机の上に並べていく壮太郎。その間に香住は何かの冊子を用意し、樹たちに渡していた。
「ここにいろんな折り紙の折り方が書いてあるから、分からないことがあったら読んでね。」
「他にも、何か聞きたいことがあったら何でも答えるから、遠慮しないで僕たちに聞いてね。」
そう樹たちに告げた後、二人は寝ている生徒を起こしに行った。
(寝てる先輩といい、放任的な体験入部といい、ずいぶん緩い感じの部活なんだな。)
と千聖は思っていた。壮太郎や香住の印象は、最初こそ真面目そうな人だったものの、同じ部員や体験入部者の放置を経て、千聖の中で手芸部は緩い部活だという認識が完全に出来上がっていた。
(樹もこの部活で大人になるなんて難しいと思ってるんだろうな…)
そう思いながら樹の様子を窺う。樹は冊子を読み進めているのか、千聖の視線には気づかない。
「樹、どうする?」
「んー?とりあえず鶴と人を折ってから考えてみようかな。」
「あっ、うん。分かった。」
千聖の想像以上に真面目に取り組もうとしている樹に少し驚きつつ、お互い作業を始めようとする。しかし、その時――
「失礼します…」
というか細い声と同時に扉が開く。そこにはかなり低い身長と、肩をはるかに超えるほどの長い黒髪を下ろした女子生徒がいた。前髪もある程度顔にかかっており、ぱっと見では暗く幼い印象を持ってしまいそうな生徒は、樹達と同じように香住に案内され、壮太郎が座っていた席に座った。香住は三人に自己紹介をするように言い、また寝ている生徒の元へと戻っていった。
(苦手なタイプだ…)
千聖はそう感じていた。見るからに静かで、控えめな少女。この手の人は会話が続きにくく、疲れるタイプだと千聖は勝手に思っている。さらにこういう相手程樹は積極的に会話に入れようとするので、その分千聖が会話に入れる量が減り、自分も孤立する恐れがある。そうなるかもと思うと、余計に気まずい気持ちが増してきていた。
(第一印象で判断するのが悪いとは思うけど…)
と千聖が一人もやもやとしている内に、
「こんにちは!緑川樹です。」
と樹が挨拶する。何を考えていても仕方ないし、とりあえず自分も挨拶するかと思い、千聖も口を開く。
「館石千聖です。」
「…
樹や千聖よりも緩やかなペースで喋る優雨。千聖が勝手に想像していたよりもしっかりとした声で喋っており、ぼそぼそとした声ではなかった。やってしまったなと千聖が後悔する中、「あっ!」と樹が声を漏らす。
「どこかで見たことあると思ってたけど、もしかして優雨ちゃんって、同じクラスじゃなかった?」
「うん、そうだよ。…覚えててくれてありがとう。樹。」
「ううん、気にしないで!全員の顔と名前を覚えるの目標にしてるだけだから。」
「…そうなんだ。」
千聖の想像以上に会話が続き、よかったと安堵する反面、偏見に任せて誤った判断をしてしまったことにわずかな後悔の気持ちに苛まれていた。
(でも、切り替えていかないとな。)
そう思い直し折り紙に取り掛かる。各自が好きな様に折りつつ、会話が続いていく。
「樹は、手芸好きなの?」
「うーん、嫌いじゃないけど、すっごい好きって程でもないかな。」
「そうなんだ。…じゃあ、どうして手芸部に入ろうとしてるの?」
「ちょっと気になることがあってね、先輩に話を聞こうと思って体験入部に来たんだ。」
「気になること?」
「そう。生徒会長がどこの部活に入ってるのか気になって、調べて回ってるんだ。」
「生徒会長…?」
樹は、自分が寿美のような人になりたいと思っていること、そのために寿美について調べていることを優雨に伝える。
「そっか。それじゃあ、手芸そのものに興味があるわけじゃないんだね。残念。」
「あはは…そういうわけじゃないんだけど、今のところはそこまでって感じかな。」
などと話していると、突然「ふぇあぁ~あ…」という謎の奇声が聞こえてくる。体験入部に来ている三人が反射的に声の方へと顔を向けると、さっきまで寝ていた部員が体を起こしていた。おそらくあくびなのだろうが、体験入部の最中だというのにあまりにも気が抜けすぎていないだろうかと思う樹。何か事情があるのだろうかと考えている内に、他の部員よりも身長が高く、背中にまで届いている長い黒髪をした睡眠部員がこちらへとやってくる。
「こんにちは~、部長の大山です~。今日は来てくれてありがとね~。」
大山の挨拶はかなり間延びした口調になっており、樹が想像する「部長は真面目」という印象からはかけ離れている。それが寝起きだからなのか、いつもなのかは分かりはしないが、とにかくのんびりとした人のようだと樹は思った。
「君たちはどうしてこの部活に来てくれたのかな~?そこの君から。」
とそのままの口調で聞いてくる大山。差された千聖は急な発言権に内心で驚きながらも、「友達が行きたいと言ってるから」と答える。急だったので素直に答えてしまったので、もしかしたら怒られるかもしれないと少し怯えていたが、大山は「そっか。」と一言言うだけで終わり、次の人を指した。
「そこのおとなしそうな君は?」
「私?私は…ものを作るのが好きだから。」
優雨は今までと変わらず、ゆっくりとはっきりと答えた。髪の隙間から見えた目は真っ直ぐ相手を見つめていて、何ラかの意志の存在を感じさせる。見た目からは想像がつかない程にはっきりとした口調の優雨を見て、千聖はもちろん、樹も少し変わっているなと思っていた。
(ものを作るのが好きってどういうことなんだろう?)
不思議に思い、その答えを知るため、会話の続きを待つ樹。部長が優雨の返答を聞き、内容を掘り下げるのかと期待するが…
「へぇ~。じゃあ最後に君は?」
「へっ?」
掘り下げは行われなかった。そのままの流れで質問が樹に来たため、少なからず動揺する。がしかし、今は動揺していたり、優雨のことが気になっている場合ではないので、気を取り直し質問に答える。
「生徒会長がどこの部活に入っているか知りたくて、体験入部に来ました。」
「寿美ちゃんのことが知りたいなんて、変な子だね~。」
「それであの、この流れでお聞きしたいのですが、生徒会長はこの部活にいたことはありますか?」
勢い任せに聞いてしまったため、カチカチの口調になってしまう樹。急な質問をされた大山は呆けた表情をしており、「あらま予想外」とでも言いそうな顔をしていた。他の人に聞いた方がよかっただろうか、今聞くのは失敗だったかもしれないと不安になる。そんな樹を見て、大山が微笑みを浮かべる。
「別に何かまずいことを聞いたわけじゃないから大丈夫だよ~。で質問についてだけど、寿美ちゃんは確かにこの部活にいたね。」
「そうなんですか!?」
思いっきり身を乗り出し、大山に迫る樹。身長差を無視したあまりの勢いにたじろぐ大山だったが、何とか勢いを収めようと声をかける。
「ちょいちょい落ち着いて。今はいないんだよ。部活やめちゃったのよ寿美ちゃん。」
「え…生徒会に入ったからですか?」
「生徒会に入ったからってそう簡単に部活はやめれないよ。でも、寿美ちゃんは何らかの事情で部活を辞めたんだ。その事情は私も知らないけどね。」
「そうだったんですか…」
寿美は部活に入ってはいなかった。つまり、樹の当面の目標であった「生徒会長と同じ部活に入ること」は達成できなくなった。全生徒が入っているのだから、当然寿美も入っているだろうと思っていたために、かなりの衝撃を受けた。
それと同時に思うのは、「次は何を目標にするか」である。中学に入ってからの樹は何かしらの目的や目標を持って行動してきた。特に最近は具体的な着地点が分かった状態で行動していたため、今までと比べて迷わず、暴走せずに動くことができていた。しかし今、再び直面する「大人っぽいとは」という課題。寿美という具体的な指標を無くして、「大人っぽいこと」を図ることが今の樹に求められていることだった。
(今の私にできること…?どうすれば大人になれるの…?)
「何か、ごめんね。がっかりさせちゃったみたいで。」
「あっ、いえ!こちらこそすみません!失礼な態度をとってしまって。」
「いいよいいよ気にしないで!」
何とか部長が取り繕おうとするも、気まずい空気になる。そんな空気を誤魔化すように樹たちは折り紙を再開した。しかし、今後どう動くかで頭がいっぱいな樹は折り紙に集中できず、手が進まなかったり、折り目がずれたりする。そんな樹を見て、優雨が口を開いた。
「樹は、どうするの?」
「え?」
「部活。生徒会長がどこの部活に入ってないんだから、自分の入りたいところに入れるよ。」
「入りたいところ?その入りたいところが生徒会長のいるところだったから今困ってて…」
「生徒会長と一緒なら、それだけでよかったの?」
「…え?」
予想外の質問に面食らう樹。今までの動機を揺らがされるような、そんな衝撃が樹を襲う。
(明野先輩と同じ部活に入って、それから…?)
手が止まり、目線も上へと向かう中思考を続け、樹は気づく。「考えたことも無かった」と。寿美と同じことをすれば大人だと、そう勝手に思い込んでいた。漠然とした目標だった「大人になる」の具体例が出てきただけで、それを大人だと思い込み、真似をするだけで大人になれると、心のどこかで無意識的にそう思っていたのだと気づいた。
(考えが甘かった…)
今までの行動を後悔する樹、だが、後悔するだけでは前に進まない。進むためには、自分で道を決める必要がある。
(でもどうやって?大人っぽい人の真似以外で、どうすれば大人になれるかなんて分からない。「大人」って何なの?)
そう悩み続ける樹。千聖も大山もどう声をかけていいか分からず、ただ困惑する。その中でも問を出した優雨だけは言葉を続ける。
「…樹が何で生徒会長と一緒になりたいのかは分からないけど、絶対になりたいわけじゃないなら、こだわらなくてもいいと思うよ?」
「へ?」
「深く考えてる時の樹、辛そうだよ。」
「…私もそう思うな~。」
と大山も口を挟む。
「生徒会長の件は今すぐどうにかできるわけじゃないんだからさ、気にしても疲れるだけだよ~。」
「…はい。」
いまいち納得しきることはできなかったが、ひとまず迷いや悩みを心へと押し込み折り紙を完成させることにした。
体験入部からおよそ1時間後、各自の折り紙ミニチュアが出来上がった。各々が思いを込めた創作が三つできており、大山を始め、他の部員も満足そうな表情をしていた。
「あんまり折り紙とかやったことないだろうに、皆すごいね~。」
「…ありがとうございます。」
樹が返事をする。結局最後まで集中することができなかったが、それらしいものを作ることはできた。しかし、完成したにもかかわらず樹の表情は暗いままであった。未だに部活をどうするべきかを決められず、悩み続けていたからだ。この空気を引きずるのはきついのか、壮太郎が場を進めようとする。
「それでは、皆さん、どのようなテーマで作成したのか、一人ずつ発表していってください。」
特に発表順が指定されたわけではないため、お互いの顔を見合う樹たち。誰が最初に発表するか決めるのに時間がかかるかと思われたが、誰もすぐ発表しそうにないことを察した千聖が最初に発表すると名乗り出た。千聖の作品は複数の人と鶴だけで構成されており、一見しただけではどんなテーマなのか分からない。この場にいる全員がテーマの発表を待つ中、千聖は発表を始めた。
「私のテーマは特にありません。」
沈黙が流れた。全員が「なぜ?」と疑問に思っていた。テーマを考えるだけなら時間はいくらでもあった。仮に適当に折ってからテーマを決めたとしても、その内容の薄さなら時間は十分にあっただろう。それでもなお「テーマ無し」を選んだ。その理由が、誰にも分からなかった。そして、この疑問を香住が口に出す。
「どうしてテーマ無しなの?」
鋭い目つきを向けて問う香住。手芸部員の中でも一番真面目そうな香住にとって、テーマ無しは手抜きに見えたのかもしれない。樹はそう予想するが、真意は分からない。
「自分で折っていてよく分からなくなってしまったので、テーマ無しにしました。」
表情を変えずに答える千聖。それでいいのだろうかと樹は思ったが、部長が「初めてだから仕方ない」と言って発表を止めたため、次の人が発表することになった。樹と優雨は目を合わせ、どちらから行くか決めようとする。優雨は緊張しているのか、自分から進んで発表しようという気配はない。それを察した樹は意を決し、自分が発表することにした。
樹の作品は3人の男女と一羽の鶴がメインで構成されていた。その他にも家や数本の木がセットされており、簡素な作りながら何を伝えたいのか分かりやすいものとなっていた。
「私のテーマは、鶴の恩返しです。」
「いいね~。ちなみに、どうしてそのテーマにしたのか聞いてもいい?」
と部長が質問する。
「テーマは途中で決めました。最初はとりあえず折ったことのある鶴から折ってみようって思って、そこから人を折っていたら、鶴の恩返しにできそうだなと思ったので、このテーマにしました。」
「なるほど。シンプルなテーマと造形で、分かりやすくて良いですね。」
「ありがとうございます。」
壮太郎の評価を受け、樹の発表が終わる。貴重な体験入部で微妙なものを作ってはせっかくの機会を無駄にすると思っていたので、普通の内容で、普通に終わることができて安堵する樹。そうしている内に優雨の発表が始まる。優雨の作品は一人の人を中心に森や池、山などの自然が広がっているものだった。森を表すために十本以上の木が所狭しと並べられ、池には動きを見せるために波紋もつけられていた。また、人もただ置かれているだけでなく、笑顔で椅子に座り、バスケットを持っている。そして、これらの背景として大きな山が添えられている。控えめに見ても、樹たちとは比べ物にならないほどの工夫がされていた。
「私のテーマは、自然、です。」
優雨がテーマを言う。これだけ作品が凝られていたのだから、深いテーマがあるのかもしれないと思っていた樹は意外だなと思う。だが、手芸部の部員は別の疑問を抱いたようで、香住が優雨に質問する。
「どうして『自然』なの?人が中心にいるんだから、テーマはピクニックかなって思ってたんだけど…」
「私は、木も、人も、水も、全部同じ自然だと思っているから、自然にしました。」
「人も自然…」
樹が思わずつぶやく。言っている意味が掴めず、疑問に思う。それを察したのかそうでないのか、優雨が補足のような言葉を付け加える。
「全部、自然でいたほうが、いいと思ったから。ピクニックはただの動きで、テーマには合わないと思って、自然にしました。」
「そっか~。すごいねぇ優雨ちゃん。まさかこんな作品を作っちゃうとは!将来有望だねぇ。」
「…ありがとうございます。」
(すごいな…優雨ちゃん。まだ私と同じ歳なのに。)
優雨が部室に入ってきたときに樹が感じていた幼さや暗さは、もうどこにも無かった。そこにいるのは自分を確立し、表現できる一人の人間だった。その姿が、迷いや悩みを抱える今の樹にはまぶしく見えて、直視するのを躊躇ってしまう。どうすればあれほどしっかりした人になれるのかと疑問を持つ樹。優雨を追いかけて真似すれば、その疑問は解決できるかもしれない。だか、今の樹は別の方法を考えていた。
(大人っぽい人を見つけて、追いかけてじゃ、今までと一緒だよね。このやり方で今回失敗しちゃったんだから、やり方を変えないと。追いかけたり、真似するだけじゃ、大人になれないんだから。)
そう思いながら体験入部の終了を待つ。優雨と大山の話が終わり、壮太郎より締めの挨拶が行われようとしていた。
「皆さん、今回は手芸部の体験入部に来ていただき、誠にありがとうございました。皆さんの入部を、心よりお待ちしています。」
この挨拶とともに、体験入部は終了となった。
体験入部が終わり、校門までの道のりを三人で歩いていた。普段よく喋る樹も、樹に話しかける千聖も黙っていたため、会話が全くと言っていいほど起こらない。普段の樹なら、優雨や千聖に話しかけるのだが、自分の今後を決めることに意識を集中させており、そこまで頭が回っていなかった。そんな中、優雨が口を開く。
「樹、部活、どうするの?」
「うーん…」
来てしまった、と樹は思った。優雨か千聖か、どちらかから聞かれるであろう質問に、未だに答えが出せていない。その上、これまでの方針が間違っていたという結論を自分の中で出しているため、今後どうするべきかも決められていない。樹自身も返答に困っているが、相手の方も困らせているだろうと思っている樹は、焦る気持ちで一杯だった。
「まだ決まってないなら、ゆっくり考えてもいいと思うよ。手芸部に入ることだけが大人への道ってわけじゃないんだし。」
と千聖が気遣ってくれる。だがしかし、気遣ってくれたことに感謝しながらも、樹の気が晴れることはない。慰めは心の癒しにはなるかもしれないが、課題の解決には何の効果ももたらさないからだ。そうしてずっと一人で考え込んでるうちに校門へと着く。
「樹、千聖、今日は一緒に折り紙できて楽しかった。…ありがとう。」
「ううん!こっちこそ、優雨ちゃんと一緒に折り紙できて楽しかったよ!」
「私も。いろいろ勉強になったよ。」
と三人がそれぞれ挨拶を交わす。時間も遅くなっていたので話し込まずに帰ろうかということになり、それぞれの帰路につこうとする。その時、優雨が樹に声をかけた。
「…分からなかったら、誰かに相談したらいいと思うよ。」
「え?」
「部活。どこに入るか決められなかったら、誰かに相談すればいいと思う。それでもだめだったら、とにかく進んでみるのもいいと思う。…私たちみたいな子どもは、一人じゃ何もできないから。人に頼っていいと思うんだ。だから、困ったことがあったら、相談して。」
「優雨ちゃん…」
優雨の言葉が、樹の体に、脳に、心に沁みていく。樹の迷いや悩みを晴らすことができなくても、そのための道を示してくれたんだと、樹は思った。感動で言葉が出なくなっていると、優雨が背中を向け、帰ろうとする。
「…それじゃあ、またね。」
そうして歩き出そうとした優雨の背中に向かって、樹は大きく手を振りながら目いっぱいの笑顔を向けて言った。
「優雨ちゃん!本当にありがとう!これからも仲良くしようね!!」
優雨は振り返り、樹を見る。微笑みを持って手を振り返すと、再び前へと歩き出した。優雨の姿が見えなくなったころ、樹は手を振るのをやめた。
「…じゃ、私たちも帰ろうか。」
そう千聖が言い、樹たちも歩き始めた。バス停までの道を歩く最中、樹が口を開く。
「…私、優雨ちゃんの言葉で分かったんだ。今まで自分に甘えてたんだって。」
「部活中から考え込んでた話?」
「うん。明野先輩みたいになりたいって思ってから、今まで真似することしか考えてなかった。同じ部活に入って同じようなことをすれば、同じになれるって、そう思ってた。そんなことなかったんだよね。」
「ほー。それで、今はどう思ってるの?」
「今は…馬鹿正直に誰かの真似をしないようにと思ってる。それと、自分で考えて動くことも、大切だと思ってる。」
「自分で考えて動く?」
「そのままの意味だよ。大人の真似をするんじゃなくて、どうすれば大人になれるかを考えて動く。実際、自分から動いたから明野先輩と友達になれたんだし、この考えは間違ってないと思う。」
樹は優雨の言葉や過去の自分を見つめて、答えを出した。やっていること自体は入学直前と何ら変わらないかもしれないが、樹の思考には変化が生じた。千聖には、樹の眼に、今までと同じことを繰り返さないという決意が込められていたように見えた。
「…それじゃ、樹は部活をどうするかも決めたの?」
「うん。」
「何の部活?」
「手芸部に入るよ。」
(だよねー。)
千聖の予想通りの返答が来て、心の中でそうつぶやく。口にまで出なかったことに安堵しつつ、樹に質問する。
「で、入るには何か理由があるんだよね?どんな理由なの?」
「明野先輩のことが知りたいから。」
「…それって、今までと同じじゃない?」
「今までは、明野先輩がやってきたことを真似したいからだったけど、今は違う。手芸部で、明野先輩がどんなことをして、何を学んできたのかを知りたい。知って、自分がどうすれば大人になれるかを考えたい。だから、手芸部に入りたいんだ!」
(なんか、あれだな。プロの野球選手の真似だけじゃうまくなれないことを知った子どもみたいだな。)
と思った千聖だったが、言うと間違いなく拗ねられるし、空気も悪くなるので言わないことにした。
「…ま、頑張ってね。陰ながら応援してるよ。」
「うん。ありがとう!千聖ちゃん。」
そう言う樹の表情からは、もう迷いや悩みは感じられなかった。きっとこのまま樹は進んでいくのだろう、と千聖は思っていた。
(そんなに頑張らなくてもいいと思うんだけどな。)
そう心の中でこぼしながら、バス停までの道のりを樹の半歩後ろを歩き続けた。
大人の階段2話を読んでいただき、ありがとうございました。飽きやすい性格で、正直2話目を投稿できると思っていなかったので、自分でもびっくりしています。誤字や脱字だけでなく、読みやすくなるようにしようと心がけて書いてはいるのですが、本当でできているかは自分でもよく分かりません。次話は書き始めてもいなければ各時間も無くなってきているのでさらに遅れると思います。すいません。