ビューチフルドリーマーズ(ウマ娘)   作:ききき三左衛門

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第1R 栗毛の来訪者

Chapter1 上京

 

 やまびこ66号東京行。

水沢江刺駅から乗り込んだそのウマ娘は高速に移り変わっていく車窓をぼうっと眺めていた。

「まさか、中央に落ちたオレが行くことになるとは……。」

自嘲気味にそう心の中で呟いた。

そして栗毛の髪を座席シートにうずめながら静かに目を閉じ数日前のことを思い出した。

 

 岩手トレセン学園盛岡校、生徒会室に呼び出しを受けた。

 真冬の今は冬季休業でレースは行われておらず、岩手トレセン学園盛岡校、水沢校ではそれぞれ基礎トレーニング及びダンスレッスンを集中的に行われている。

 たまたま盛岡に来ていたので急遽生徒会長に呼び出された。

「失礼します。」

 ノックして入ると生徒会長のモリユウプリンス、その傍らには岩手最強と謳われるウマ娘トウケイニセイが鎮座していた。

 トウケイニセイは学園指定のジャージではなくいつも市販の黒ジャージを身にまといサンダル履きであった。

 着席を促され座ると即座にモリユウプリンスが本題に入った。

「実はね、中央トレセンの特別短期留学の話が来たんだけど。で、メイセイオペラ、君が適任じゃないかってことになったんだ。どうかな?」

「えっ、オレがですか?特別短期留学って確か笠松のライデンリーダーさんみたいに?」

「そう。一年間だけ中央トレセンで勉強したりレース出たり出来る特別待遇だけど。」

メイセイオペラは栗毛の頭を少し傾げて疑問を呈した。

「でもウチから中央へ行った人っていましたっけ?」

笠松の場合はオグリキャップが中央へ転校したことによりライデンリーダーが特別短期留学として中央トレセンに一年間在籍した。

この制度は地方所属の有力ウマ娘が中央へ引き抜かれた際、地方のレベル低下を懸念してURAとNAUが協定を結び設立された制度であるというのは知っていた。

しかし、岩手から中央に転校した者は思いつかなかった。

「ユキノがいるじゃねぇか。」

腕組みをして今まで黙っていたトウケイニセイが口を開いた。

「あぁ、ユキノさんかぁ。でもユキノさんって元々中央でしたよね?なんかホームシックでこっちに来たっていう。」

「まぁそれでもこっちに一年にいたことは事実だからそれでそんな話になったんじゃねぇのか?詳しくは知らねぇが。」

 ユキノビジンは岩手でメイクデビューをし、翌年中央へ戻りトゥインクルシリーズ、ティアラ路線で活躍したウマ娘である。

「ねぇどうかな?行ってきてくれないかな?」

モリユウプリンスに再度促された。

「えぇ、でも····。」

メイセイオペラはチラッとトウケイニセイの方を見た。

トウケイニセイに比べたら自分は実績も実力もまだまだ乏しいと認識している。

何しろ併走でも一度たりとも勝ったことがない。

トウケイニセイはその煮え切らなさに耐えかね、すっくと立ち上がった。

「おい、オペラ。お前中央に行きたくねぇのか!」

「そりゃ、行けるもんなら行きたいですよ!オレ、中央の入試落ちましたし。でも…。」

「だったら迷うことねぇじゃねぇか。」

「そうだよ。どうせニセイ先輩行ったって揉め事起して中央との関係が悪化するだけなんだから代わりに行ってきなよ。」

「おい、モリユウいくら温厚な俺でもそんな言い方されたら怒るぞ。」

「今までだってさんっざんっ問題起したじゃないですか!これまで私がどれだけ何度も尻拭いしたか忘れてませんよね?」

「あぁ、そっただごとありましたっけ?あぁ!聞こえない!聞こえない!」

耳を塞いで聞こえないフリをした。

モリユウプリンスからも薦められたが今一つ踏ん切りがつかなかった。

中央に行ってもやっていけるか自信もない。

うつむいたままでいた。

「でも、実績もないですし。あと、妹が水沢にいて心配でもありますし。」

「実績ィ?ンなもんこれから中央行ってから作りゃ良いじゃねぇか。そうか、じゃぁ推薦人の名前俺とモリユウ、あとユキノに書いてもらうか。多少はハクはつくだろ。

って妹?お前妹いたんだっけな。そっちは俺らにまかせとけ。なぁ、モリユウ。」

モリユウプリンスも頷いて同意した。

「なぁ、オペラ。岩手トレセン学園のスクールモットーはなんだ?」

「『強い者に揉まれて強くなる。』です。」

 岩手トレセン学園では、ダービーグランプリ(盛岡・ダート・2000M・G1)が設立されて以来、このモットーとなった。

「だよな?だったらなおさらじゃねぇか。中央ヘ行け。お前はまだ体も本格化していないし、まだ伸びしろあるだろ。今ここにいてもトレーナーがいない。ここにい続けてもくすぶるだけだぞ。それに……。」

「そうだよ。ニセイ先輩にはもう伸びしろとかもうないんだから行ってきなよ。」

「おい。モリユウプリンス。いちいちチャチャ入れるんじゃねぇよ。そんなもん俺には必要無ぇよ。」

ギロッとトウケイニセイは睨んだ。

慌ててモリユウプリンスはヤベっと言わんばかりにちょっと小さく舌を出した。

 

トウケイニセイはモリユウプリンスが持っている特別短期留学申込書を奪い取り推薦人の欄に勝手に書き始めた。

「あと、中央行ったらトレーナー付けて貰えるように頼んどいたから。昔は岩手にもいたんだけどね。」

「あの野郎、どこほっつき歩いてんだか。見つけたら一発ぶん殴ってやる!」

トウケイニセイのトレーナーは優秀なことで知られてはいたが、有る事情にて岩手から姿を消したらしい。

「オペラ。お前の力、中央にブチかまして来い。まぁ、そんでどっかのG2かG3取れりゃあ上出来だな。」

「が、頑張ってみます。」

「ったく、頼りねぇ返事だなぁ。」

「まぁ、手続きは進めとくから。期待してるよ。メイセイオペラ。」

モリユウプリンスにそう言われメイセイオペラは生徒会室を後にした。

トウケイニセイとモリユウプリンスに半ば丸め込まれるかのように中央行きが決まってしまった。

かくしてメイセイオペラは高等部一年目を中央で過ごすことになった。

 

「期待か……。」

車窓はのどかな田園風景から都市の街並みに景色が変わっていき東京に近づくのを感じた。

(上手くやっていけるのだろうか?でも、ユキノさんの顔に泥を塗らない程度には頑張らないとな。)

漠然とした不安と決意を胸に抱きながら、メイセイオペラは終点東京に着いた。

 

 

Chapter2 皇帝謁見の儀

 

 東京駅に着くと中央トレセンの制服を着たユキノビジンが改札口で待っていた。

「オペラちゃん!」

ユキノビジンが気づくと駆け寄って来た。

「ユキノさん、すいません。急になんかこんなことになってしまって。」

「なに言ってらの。こっただはやぐオペラちゃん来てくれだがらうれしいべ。」

ユキノビジンとはメイセイオペラが2月に行われた川崎記念に出走するため上京していたので約2ヶ月ぶりの再会だった。

 

 ユキノビジンと共に日本トレーニングセンター学園、通称トレセン学園に着いた。

「最初、生徒会長さんさ挨拶しに行ぐがら。」

「はい。」

 受験で落ちた学校に再び入るというのはなにか不思議な気分だと感じる。

実に三年ぶりの学園の門をくぐろうとしていた。

 

 その前は入試の時、メイセイオペラの母が門の前で待っていた。

 メイセイオペラがうつむいたまま門を出て母の姿を見るや否や首を横に振り母はすべてを悟った。

(だめだったのね……。)

二人は沈黙のまま新幹線で帰路に着いた。

ふとそんな苦い思い出が甦ってしまった。

「オペラちゃん何してらの?行ぐよ。」

「す、すいません。ぼうっとしてました」

 門の前に立ちつくしていた。

 ユキノビジンに促されて中央トレセンに一歩を踏み入れた。

「あの、ルドルフ会長って怖いですかね?いきなり『中央を無礼るな!』とかって言われませんかね?」

「いや、会長さんは優しい人だがらそったらごど言わねーべ。まぁ厳しいことはたまに言うことはあるけど。」

「ウチの魔王よりは怖くないんですね?」

「全然。ニセイちゃんに比べたら。って、ニセイちゃんのこと『魔王』って言ったら※わがねーべ。本人気にしてらんだがら。」(※わがね=駄目)

「こないだウッカリ目の前でそれ言ったら三時間正座させられて※くらえました。(※くらえる=怒られる、叱られる)」

「だがらよ。」

 ユキノビジンがそういうと二人は笑いあった。

 

 ユキノビジンに案内されながら生徒会室に着く。

 ノックして入ると二人のウマ娘が待っていた。

 一人は皇帝シンボリルドルフ。

 もう一人は女帝エアグルーヴ。

(テレビで見た事有る人達だ。生徒会室も盛岡と全然雰囲気ちがうし。)

 生徒会長と副会長というより有名人を目の前にしてメイセイオペラは急に緊張してしまった。

「は、初めまして。わ、私岩手トレセン学園水沢校メイセイオペラです。今回このような機会をいただき大変恐悦至極に存じますっ。」

 緊張感で声が上ずって高くなってしまった。

「日本トレーニングセンター学園生徒会長のシンボリルドルフだ。ようこそトレセン学園へ。歓迎する。まぁ立ち話もなんだ。そちらにどうぞ。」

「副会長エアグルーヴだ。よろしく。」

「よ、よろしくお願いいたします。失礼いたします。」

メイセイオペラは一礼してソファに腰かけた。

シンボリルドルフもエアグルーヴも気品があるたたずまいであり、威厳も兼ね備えている。

シンボリルドルフらも腰掛け、面談に移った。

面談は思いも寄らない雑談から始まった。

「実はだね。私もトレセン学園に入学する前、岩手に住んだことがあるのだが。種市というところだ。」

「種市……って確か久慈市の北の方でウニとかホヤとかの海産物で有名なところですよね?市町村合併で洋野町(ひろのちょう)となったかと思いますが。ウチの水沢から大分離れてますね。北に行ったらすぐ青森県ですし。」

「そうだな。北海道ほどではないが岩手も広いからな。まぁ子どもの頃でウニは食べられなかったがな。今は好物だ。ホヤは……食べられなくもないがあまり得意ではないな。」

「新鮮なホヤだと味も段違いらしいですよ。実は私も得意じゃないんです。」

「そうか。」

 シンボリルドルフは微笑んだ。

(ルドルフ会長、岩手で暮らしたことがあるんだ。)

ずっと岩手で暮していたメイセイオペラはちょっとだけシンボリルドルフに親近感がわいた。

「さて、今度は君のことを訊こうか。昨年大けがをしたとのことだがその後の具合はどうだ?」

「骨折のことですか?今はもう完治してます。レースでの支障もないです。」

面談の前にそのことは事前にユキノビジンを呼び出して詳細を聞いていた。

それ故にシンボリルドルフはそれ以上のことは追及しなかった。

(ケガ明けで交流G1の川崎記念が4着……。まぁ可もなく不可もなし平々凡々といったところか。フム。岩手ではそれなりの戦績をあげてはいるようだが。)

 資料を見つつシンボリルドルフはそう思った。

「なにか不安なことや心配なこととかはないか?」

「そうですね……。急に決まったことなんで、学園生活に馴染めるかとか、勉学やトレーニングのレベルについていけるかという漠然としたものは多少ありますが。」

「そうか。学園生活や勉学に関しては困ったことがあればこちらに相談に来るといい。トレーニングに関してはトレーナーをつける手はずになっている。その件に関しては理事長秘書の駿川たづなさんのところに訪ねて詳細を伺うといい。」

「分かりました。」

「だだ、トレーナーが慢性的に不足しててな。芝はもちろんのことダートだと特に専門家が少なくてな。多少の時間がかかる事は覚悟してくれ。」

「承知しました。」

(トレーナーがすぐつくってわけじゃないのか。)

「チームに関しては基本的に入ってもらわないと特別枠以外トゥインクルレースには出られない。これは規則となっている。地方のレースにはチーム所属なしでも出られるようだが。」

「はい。」

「チーム選びは慎重にな。その後のレース人生にも関わることだからな。」

メイセイオペラは無言でうなずいた。

 その後、エアグルーヴから学園の大まかな校則や生活面での注意等の説明がなされた。

「ところでここに当学園のスクールモットーが掲げられてるがわかるか?」

シンボリルドルフから問われた。

「Eclipse first. the rest nowhere. 唯一抜きん出て並ぶ者なし。ですね。」

「ほう。多少は学習してきたようだな。」

「いえ……。あの実はここの入試受けて落ちたんでその時に覚えたんです。」

「えっ、君はもしや……。いや何でもない。それで君が思うこのモットーにふさわしい者はいるか?」

「はい。二人おります。」

「唯一抜きん出てなのに二人もいるのか?まぁよい。一人は誰だ?」 

「一人めはルドルフ会長あなたです。戦績を考えるとそれにふさわしい方だと思います。」

「そうか。ありがとう。で、もう一人は?」

「ルドルフ会長にだいぶ落ちますがウチのトウケイニセイです。」

「なるほどな。」

シンボリルドルフは大きくうなずいた。

(やっぱりルドルフ会長はニセイ先輩に来てほしかったんだな。きっと。)

メイセイオペラは直感的にルドルフの大きくうなずく振る舞いをみてそう思った。

「岩手にもモットーはあるのか?」

「あります。『強い者に揉まれて強くなる』です。ここのように英語表記はないですけど。」

「そうか。ではそのモットーにふさわしくなれるように粉骨砕身頑張ってくれたまえ。あ、いや骨折しろと言っている訳ではないぞ。」

「はい、微力をつくします。」

「長くなってすまなかったな。今日のところは寮に行って休むといい。」

「いえ、こちらこそありがとうございます。一年間よろしくお願いいたします。」 一礼してメイセイオペラは退室した。

 

「どう思う?エアグルーヴ?」

「そうですね。受け答えからでしか判断できませんが聡明な感じはしました。ただ、今年高等部に入るとすれば身体の線が細いのが気になりますね。」

「同感だ。」

「ところで会長があの時いいかけた事はなんですか?」

「やはり気になるか?そうだな入試のことで思い出したことがあってな。」

シンボリルドルフはその時のことを話始めた。

「以前入試で筆記の成績がトップだったにも関わらず実技は体調不良で不合格のものがいたらしくてな。実技の再試験を行うかどうかと教官同士で揉めていた事があったそうなんだ。結局、試験の公平性に欠けると却下されたのだが。再試験を支持するある教官が『このまま不合格で地方のトレセン学園に入ってトゥインクルレースのG1を取るような者になったらどうするんだ!』と主張していたそうだ。名前は言えぬがある教官から聞いた話だ。」

「まさか!今の彼女が……。」

「可能性はゼロではないと思っている。」

「しかしそれなら前の面談を行った南関の者のほうが当てはまるのではないですか?。」

「そう思うか?だがその時はサイレンススズカやタイキシャトルが入学した年でな。」

 両者は今年から高等部に進学する予定だ。

 メイセイオペラと同学年だった。

「にわかに信じることはできません。私には正直そこまでには見えません。」

 エアグルーヴはキッパリ否定した。

「まぁいずれわかることだろう。」

「そうですね。」

 二人は掲げられてるモットーを見つめていた。

(「強い者に揉まれて強くなる」……か。そうなってほしいものだが果たして……。)

 メイセイオペラの力を未だ測りかねているシンボリルドルフだった。

 

 

 

Chapter3  南関の哲学者

 

 生徒会室から出てきたメイセイオペラは、待っていたユキノビジンと共に宿泊先の美浦寮へ直行した。

「どうだった?会長さんらは?」

「意外と友好的に接していただきました。ルドルフ会長、種市に住んでたことがあったそうですよ。」

「えっ、初耳だべ。ウニとかホヤとかで有名なとこだべ。種市ったら。」

「ウニは好物だけどホヤは苦手らしいです。まぁオレもですけど。」

「ホヤ、うまいのに。今度岩手さ帰ったときホヤとキュウリの酢の物作ってあげるがら。」

「そういや、サクラもホヤ結構好きって言ってたっけな。」

サクラとはメイセイオペラと水沢の寮の同室のサカモトサクラのことである。

岩手のオークスとも言われるひまわり賞を勝ち、芝のレースにもたまに出ている。短距離レースを得意とするサカモトデュラブの妹である。

他愛もない会話をしている内に美浦寮へ着いた。

美浦寮には一人のウマ娘が待っていた。

 

「おう来たな。あたしが寮長のヒシアマゾンだ。よろしくな。」

「岩手トレセン学園水沢校から来ました。メイセイオペラです。一年間よろしくお願いいたします!」

(この人が「女傑」と言われるヒシアマゾンさんか。)

褐色の肌に凛々しい立ち姿に面倒見の良さや情のあつさが垣間見られた。

「実はな。お前さんと同じ様な留学生が先客として来てるんだ。で、ソイツと一緒の部屋になるからな。」

「どちらから来た方なんですか?」

「どことは詳しくは聞いていないが南関東から来たとか言ってたな。」

「南関……。」

南関とは南関東トレセン学園であり、地方のトレセン学園では最大の学園である。

大井、船橋、川崎、浦和の4校から成り立っており、特に大井レース場は6万人の収容人数を誇る。地方のトレセン学園で屈指の実力校である。

「今、部屋に案内する。ついて来な。」

言われるがままにヒシアマゾンの後をユキノビジンと共についていくメイセイオペラだった。

 

「おう、失礼するよ。コイツが岩手から来たメイセイオペラだ。お前さんと共にここで1年間暮らすことになる。仲良くしろよ。」

 ヒシアマゾンに紹介され挨拶をした。

「岩手から来ましたメイセイオペラです。よろしくお願い……。」

「何だ君か。」

自分の言葉を落胆混じりの発言で遮られてムッとした。

その先には見覚えのある顔があった。

川崎記念。そのウマ娘にメイセイオペラは敗れた。

南関東トレセン学園船橋校、「南関の哲学者」の異名を持つアブクマポーロだった。

「何だ知り合いだったのか。」

「いや、この間の川崎記念で対決しただけで顔を知っている程度ですが。」

(南関だっつーからなんか嫌な予感がしたけどやっぱりコイツか!)

ヒシアマゾンの問に素っ気なく答えた。

アブクマポーロはコチラをちらっと見たあと無視して自分の荷物を整理している。

(コチラには興味ないってか。)

「それにしても岩手の方々もこんな低レベルなウマ娘を送り込んで存外情けない。トウケイニセイさんかせめてモリユウプリンスさんが来てくれれば張りあいもあるというのに。それとも二人とも怖気づいてこんな低レベルの者を送り込むしかなかったのかな?」

(ケンカ売ってんのかコイツ!)

 知らぬ間に手をぐっと握りしめた。

「おい、オレのことを悪く言うのは百歩譲ってしょうがない。川崎記念でアンタに負けたのは逃れようのない事実だからな。だが、オレの先輩らを侮辱するってんなら話は別だ。知ったかぶりしてんじゃねーよ!オレの田舎じゃお前みたいなのを1番嫌うんだよ!」

メイセイオペラはアブクマポーロに詰め寄った。

「オペラちゃん。」

ユキノビジンがたしなめようとしたが、両者睨み合った。

一触即発の雰囲気にユキノビジンはハラハラしていた。

「何だやろうというのか?そんな度胸もないくせに。君レベルのウマ娘なら南関になら何人もいるよ。」

「は!いいよなぁ南関はあんなつまんねーパフォーマンスでもお客さん入るからな!でもお客さん可哀想すぎるわ。あんなじゃ応援する気もオレなら失せるし。」

「ウイニングライブなんて所詮形式的なものじゃないか。あんなものに拘ってるからいつまで経っても岩手のレベルが上がらないんじゃない?」

アブクマポーロは鼻で笑った。

メイセイオペラは掴みかかろうと詰め寄った。

「その辺にしときな。」

ヒシアマゾンが止めに入った。

その一言でメイセイオペラは我に返った。 

「ま、お前ら『仲良くしろ』とは言わん。まぁ、うまくやれ。タイマンは拳ではなくてレースでやりな。それじゃ行くよ。ユキノ。」

ヒシアマゾンとユキノビジンは部屋を出た。

メイセイオペラとアブクマポーロは二人きりになると何も語らず沈黙のまま荷物整理に取り掛かった。

 

「寮長さん。あの二人大丈夫だべが?」

ユキノビジンは問いかけた。

「う〜ん、初日早々ああだと最悪、人の転換もしなきゃならなくなるかもだが。しばらく様子を見てからだな。」

「心配だどもそうするしかながんべなぁ。」

ため息混じりにユキノビジンは心配しつつも様子を見ることに同意した。

 

(ホント気に食わねーコイツ。いつかオレの背中を見せてやる。そんでもってウイニングライブはどういうものか嫌というほど心に刻み込ませてやる!ニセイ先輩に比べたらコイツなんて!)

(なぜ、こんなのをわざわざ岩手は送り込んで来たんだ?全く理解できない。どうせついていけないまま音を上げて尻尾巻いて帰る羽目になるだけだろ。トウケイニセイさんが来ると思って中央に来たのに。コンサートかサプライズのやつに譲ればよかった。正直ガッカリだ。)

中央トレセン初日の両者は最悪の出会いで夜を過ごすことになったのであった。

 

 

Chapter4 最大の敵は

 

 2日目を迎え、メイセイオペラは清々しい朝を迎え……なかった!

朝起き重度の腹痛に襲われたのである。

のたうち回った挙げ句学園内の医務室に運び込まれた。

メイセイオペラは致命的なミスをおかしたのである。

「オペラちゃん大丈夫が?」

「ああ、ユキノさん。いやぁ水持ってくるのを忘れてしまって。」

「じゃじゃじゃ!なして水忘れたの?今、ニセイちゃんさ連絡するがら。」

 スマホを取り出して部屋から出ていった。

「あ、いやせめてサクラに電話して……。」

 説教を恐れサカモトサクラに連絡をお願いしたかったが、間に合わなかった。

 しばらくするとメイセイオペラのスマホ画面に「魔王」と表示され着信が来た。

(あぁ出たくねぇなぁ。)

 そう思いつつも仕方なく出る。

「おい、生きてるか?」

 静かにそれでいていつも以上に低い声でトウケイニセイが問いかけた。

 不機嫌が手に取るようにわかる程だった。

「ええ、なんとか。」

「ったく。本当にお前ってやつはホント抜けてんなぁ。」

「返す言葉もございません。」

「まあいい、二三日大人しくしてろ。水送ってやるから。」

「本当に申し訳ございません。」

「本当によ!」

 ブチッと通話がきれた。

(ああ、あんまり怒られなくて良かった。)

2日後、2トントラック1台分の岩手の水が嫌がらせのようにトレセン学園に届いた。

青いラベルに「龍泉洞の水」と表記されている。

この水のお陰で体調を徐々に快復することができ、それから3日後に中央トレセン学園に通うことができた。

 

東京の水が合わない。

中央トレセンの入試不合格もこれが原因だったと後に判明した。

ダービーグランプリのあとに大井レースで行われた「スーパーダートダービー」参戦でもこのことに気が付かず、体調不良で10着。

惨敗だった。

その夜、メイセイオペラとユキノビジンが一緒に大井の宿泊先で夜を過ごした。

ユキノビジンは真夜中に目が覚めてしまった。

小さくすすり泣く声が隣から聞こえてきたからだ。

「なしたの?オペラちゃん。」

「す、すいません。うるさかったですよね。実力が出せず悔しくて……。中央トレセンの入試のときのようにお腹が痛くなってしまって……。」

「えっ、骨折のせいじゃねぇのが!」

「ええ、そっちの方はもう大丈夫だったから出走したんです。」

「入試のときも今回のレースも同じ状況だった感じが?」

「はい、いきなり腹痛にみまわれました。」

「こっちに来る度に腹痛……。」

 ユキノビジンは少し考えこんだ。

「ユキノさん……?」

「オペラちゃん。明日朝起きたらウマ娘専門の病院が府中さあるがらそごさあべ!(そこに行こう!)そこで精密検査受けてもらうべ!」

「いや、でも……。」

「自分の体の事だべ!知りたぐねぇのが!」

 いつもは優しい口調のユキノビジンだったがこの時は珍しく厳しい口調でせまった。

「そうですね。それじゃあ、お言葉に甘えて行くことにします。」

メイセイオペラは帰郷を延期し、精密検査を受けた。

結果は後日ということで水沢に帰ったあと知らされた。

水が原因だったということで正直遠征は詰んだと思った。

「だったらいろんなミネラルウォーターとか試して見れば良いじゃねぇか?」

トウケイニセイにそう言われ、試行錯誤に挑む事になった。

しかし、市販の水を口に含んでは腹痛を繰り返す毎日で心が折れかけていた。

(これじゃ遠征無理だ。オレも誰かさんみたいに岩手だけで勝ちまくって魔王と化すしかないのか?)

ゲッソリの体でフラフラになりながらメイセイオペラはほぼ諦めの気持ちになった。

ある日の水沢レース場でトウケイニセイが手にペットボトルを持っていた。

メイセイオペラはそれをジッとみていた。 

「ニセイ先輩これって龍泉洞の水ですか?」

「ああ、岩泉の知人が送ってきてな。」

「あのそれってまだあります?」

「おう、まだ何本か部屋にあるから勝手に持ってけ。」

「あざっす!」

それを恐る恐る飲んだ。

だがやっと清々しい腹痛のない朝を迎えることができた。

「先輩!やりました!これで遠征行けます!」

「あっそ。」

トウケイニセイは素っ気ない返事をした。

こうして遠征に挑むことが可能となった。

 

 Chapter5 芝(ターフ)至上 主義

 

「岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラです。地方なんでダートが専門です。今は千六から二千を中心にレース出てます。特別短期留学で一年間お世話になることになりました。よろしくお願いいたします!」

(あんまり訛ってない。)

それがクラス一同の第一印象だった。

岩手から来たとあって強烈な訛りを覚悟していたが言葉が通じるようで安堵した。

ユキノビジンの印象が強すぎてそういう先入観は否めなかったのである。

クラスメイトにサイレンススズカがいた。

(あれ、あの人もしかして……。)

自分と同じ栗毛で若干似ているウマ娘に思い当たる節があった。

受験日に体調不良でうずくまっていた子がよく似ていたのである。

「大丈夫ですか?」

そのウマ娘に話しかけたが苦しい表情をしながらも否定して手を横に振った。

入学式にはいなかった故に不合格だったのだろう、その後地方のトレセン学園に入ったのかそれとも別の道に進んだのか気がかりだったが、いきなりそれを聞くのも失礼かもと話しかけるのをためらっていた。

遠巻きに留学生を見てるしかなかった。

放課後、芦毛のウマ娘が近づいて来た。

「やあ、初めまして。君とは以前レースで会う予定だったんだよ。」

「?」

「あ、ごめん。ワシントンカラーなんだけど。主に短距離がメインでダートもたまに走るよ。よろしくね。」

「ああ、初めまして。あ、ユニコーンステークス!オレ出られなかったんで。フェブラリーステークス出てまたよね?川崎記念出たあと見に行きましたよ。」

「そうだったんだ。じゃあ、こっちのヤツも知っているだろ?」

鹿毛のウマ娘も来た。

「メイショウモトナリさんですよね?2度ほどレースでご一緒したことがあります。」

「……よかった。覚えていてくれたんですね。嬉しい。い、いつも私、か、影薄いって言われるから……。」

「はは、そりゃ覚えてますよ。スーパーダートダービー負けましたし。でもレースのときとずいぶん雰囲気違いますね。」

「い、イキってすいません。ト、トレーナーからレースは戦だと言われてて……。」 

うつむき加減でか細い声でメイショウモトナリは答えた。

「そうなんだよ。コイツ『遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!』とかレース前に名乗りを上げて……。」

「ああ、やってましたね」

「や、やめてください。声に出さないでください。は、恥ずかしい……。」

恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまうメイショウモトナリだった。

「そういや話変わるんだけど、2、3日まえだったかな、君のことで放課後私がやってる探偵事務所に訊ねに来た中等部の子がいてね。」

「探偵事務所?」

「ええっと、私とタイキシャーロック先輩とやってて。まあ主に捜し物とか調べ物とかがメインなんだけど。」

 メイセイオペラは首を傾げた。

「オレ、ここで顔見知りなのユキノさんだけなんですけど。中等部のなんて言う子なんですか?」

「なんて言う名前だっけかなぁ。あ、なんか頭に赤くてデカいリボン乗せた子でね。『私の知らないウマ娘ちゃんがいるなんて自分が許せない。』とかわけわかんないこと言ってた。」

「思い当たる節はないですね。」

「そう。まあそれらしい子見かけたら声掛けてみたら?」 

「そうですね。考えときます。誰だろ?」

こちらに来て自分に興味を持つ者なんているとは以外だった。

ただの興味本位かなにか別の目的があるのか不審な点は否めなかったが、害にならなければまあいいかと思う程度で特に関心はなかった。

「ところで、クラス名簿にテイエムメガトンさんがあったんですが、今日はお休みですか?」

メイセイオペラの問いかけにワシントンカラーとメイショウモトナリは一瞬顔を向き合ってしまった。

しばらくしてワシントンカラーが答えた。

「ああ、今メガトンのやつ体調が悪くてね。ここんとこずっと休んでるんだ。入院してるらしい。」

「そうなんですね。えっ?いつ頃からですか?」

「確か、前のレース終わってすぐだった気が。船橋でやったやつ。」

(船橋つったらアイツも出てたな多分。)

ワシントンカラーとメイショウモトナリの様子からだとすぐ復帰する雰囲気では無さそうだった。

 メイセイオペラも骨折してレースを回避したこともある。

 長期の戦線離脱なってもおかしくなかった。

 そう考えると他人事とは思えない、と感じた。

「まあ、クラシックで二冠取っても引退して指導者の道に行った子もいるしね。このクラスにいたんだけど。」

「あの人って引退したんですか?じゃあ退学しちゃったんですか?」

「いや、一応功労ウマ娘ってことで引退でも卒業扱いになったみたいで今、別の場所で勉強してるらしい。」

「そうですか……。」

 少しの沈黙のあとにもう一人のウマ娘がやってきた。

「ちょっとよろしいかしら?」

そのウマ娘は気品に満ちていて雰囲気もクラスの中で立ち振舞も違って見えた。

メイセイオペラもテレビ越しに見たことがある有名なウマ娘だ。

 昨年のティアラ路線のクラシックはメジロ家とキョウエイ家との名家同士の対決とのことで注目度が非常に高かった記憶がある。

「初めまして。キョウエイマーチと申します。このクラスの委員長を仰せつかっております。教官から学園内の案内をするようにと申し付けられました。今からご案内致しますがよろしいですか?」

「あ、ハイッ。よろしくお願いいたします。」

(この人がキョウエイマーチさんか。桜花賞ウマ娘の。)

「じゃあ、トレーニングあるから私らはこれで。委員長案内よろしくね。」

ワシントンカラーとメイショウモトナリは教室を出ていった。

 

 キョウエイマーチは様々な施設を案内した。

坂路コース、ウッドチップコースやプール、またダンススタジオなど岩手には存在しない施設もありカフェテリアや野外ステージなどの福利厚生施設もあり目を見張るものばかりのメイセイオペラだった。

「トラックもデカいですね。」

「ええ。東京レース場のと同じスケールで設計されております。」

トラックでは何名かが併走トレーニングをしていた。

「ところでメイセイオペラさんは芝のレース出たことがございますか?あ、失礼、地方のレースはダートだけでしたわね。」

「いえ、一度だけ出たことありますよ。盛岡には芝コース併設されてますんで。……ただ成績は芳しくなかったんです。多分適性がなかったんで。」

「まあ、それは存じ上げませんでした。」

「新しいレース場になってまだ3年しか経ってませんし。もし盛岡に来られたらご案内しますね。」

「大丈夫です。絶対に行くことになることにはなりませんから。」

 キョウエイマーチは笑顔でやんわり断った。

(そうだよな。芝のG1取った人がわざわざレースで盛岡まで来ることなんてないだろうな。)

「キョウエイマーチさんはダートのレース出たことありますか?」

「出走したことはございますが、芝のレースの方がいいですね。チームを移籍したのですが、移籍条件として芝レース限定でお願いして契約致しましました。いいですよ……芝は。」

(芝か……。そういや中央から岩手に転校してきたヘイセイシルバーさんが言ってたっけな。)

 ヘイセイシルバーから中央トレセン学園の事情を数日前に色々聞いていた。

「芝(ターフ)至上主義のやつが少なからずいるから気をつけろ。私のいたときはダートは落ちこぼれが出るレースとか草レースとか言ってくる者もいたからな。まあレース自体芝の方が中央の場合多いのも一因だけど。最近は交流重賞のレースもあるから緩和されているかもだが。」 

そんなことを思い出しながらメイセイオペラは併走トレーニングを眺めていた。

「では、ご案内は以上になります。私もこれからトレーニングに入りますので失礼致します。」

「ご案内していただき、ありがとうございました。」

メイセイオペラの感謝の言葉にキョウエイマーチは一礼して去っていった。

(いやぁいかにもお嬢様って感じで岩手、いや地方のトレセン学園に絶対いないタイプだな。なんか緊張して疲れた。)

メイセイオペラのキョウエイマーチに対する第一印象だった。

キョウエイマーチの方はというといささか不満があった。

(なぜ、私が案内なんかしなきゃならないの?レースも近づいているのに。まあ芝の方に出そうにないなら脅威にはならないわね。でも何なの?地方のウマ娘なら地方にいればいいじゃない。わざわざこちらに留学させる意味がわからないわ。)

 

数日後、ダートコースで自主トレするメイセイオペラがいた。

サイレンススズカに似てるということで間違って話しかけられたこともたびたびあり赤い「明正」と刺繍されたキャップを被るようになった。 

それを遠くから観察する三人のウマ娘たちがいる。

「あれが岩手から来たやつか。」

「なかなかいい走りしてるじゃねぇか。」

「だが私の好奇心をくすぐるほどではないな。」

 昨年のかしわ記念覇者バトルライン、アンタレスステークスに勝ち天皇賞秋に出走した実績を持つエムアイブラン、そしてメイセイオペラの地元盛岡で昨年開催された南部杯、レコード勝ちのタイキシャーロック。

中央ダートで活躍する者たちで「中央ダート三人衆」とも呼ばれている。 

その時はまだ感じ取れてはいなかった。

自分たちの脅威となることに。

そして、さらに遠方で双眼鏡片手に見張るまだトレセン学園に入学したばかりの幼いウマ娘がいた。

「グフフ、やはり私の目に狂いはなかったですね。なんとかお近づきになる手段はないのでしょうか?尊い!尊過ぎてシンドイ。」

大きな赤いリボンを頭に載せたそのウマ娘は双眼鏡を手にメイセイオペラの一挙手一投足を観察していた。

  

 

 

 

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