Chapter1 勝負服奮闘記
カフェテリアにてアブクマポーロがくつろいでいると同じチームのキョウエイマーチが近づいて来た。
「あの……アブクマポーロさん。」
声をかけられるとキョウエイマーチが頭を下げていた。
「私にダートの走り方を教えて頂けませんか?今までチームメイトなのに冷たい態度をあなたにとっていて虫の良い話なのは十分承知しております。でも……私は……。」
「いいですよ。同じチームですし。イシザキ(トレーナー)からも言われてましたし。早速今日からでもよろしいですか?」
「はい!本当になんと申し上げていいのかわかりませんが……。ありがとうございます!」
「お礼は勝ってからにしてください。」
キョウエイマーチは今までのプライドも矜持も投げ打って臨むつもりでいた。
二人はトレーニングを共同で行うことになった。
「えっと、レース事務局って……ここか?」
ある届け出をするためメイセイオペラは事務局を訪れた。
「あの、『勝負服』登録に来たんですけど。」
メイセイオペラはフェブラリーステークス出走のため、いつも着用している青と白の勝負服を持ってきて事務員に申請し登録しようとしていた。
事務員は勝負服のすみずみを見て確認し返答した。
「メイセイオペラさん、申し訳ありませんがこの勝負服は登録不可です。」
「え!今までこの服でレース出てたんですけど。」
「URAのレースは初めてですよね?実は似通ってるデザインがありまして。あと材質的にもNGです。」
「そうですか……。じゃあ、レースは何着ればいいんでしょうか?」
「登録できなければ汎用勝負服になりますね。」
「ああ、アレか。そうですか、参ったなあ、まさか不可とは。でもわかりました。」
「では、汎用勝負服で登録いたします。こちらにお名前を……。」
言われるがままにメイセイオペラは書類に記入しようとしたその時であった。
「オペラ先輩!ちょっと、待ったぁ!」
「なんだよ、デジタル!」
アグネスデジタルが割こむように止めに来た。
「オペラ先輩、せっかくのG1ですよ!初の中央G1!それを汎用だなんて!アタマ、ポン菓子でできてるんですか?」
「言うじゃねぇか。でも今からじゃさすがに……。」
「あのう……勝負服登録フェブラリーステークス分の締切っていつまでですか?」
アグネスデジタルは事務員に訊ねた。
「あと……10日で締切ます。」
「10日ですか……。」
最速でできるかアグネスデジタルは頭の中でシミュレートしていた。
そして解析終了したようで言い放った。
「私のコネクションを駆使して10日、ギリギリ、新勝負服作成イケます!任せてください!大船、いやタイタニックにでも乗った気分でこのデジタルめに仕切らせてください!今まで夏場と冬場の修羅場を何度もくぐってきた経験をフルに活かします!」
「タイタニックって、沈むじゃねぇか!縁起でもねぇ!」
「では黄金の不沈艦にでも。」
「それはそれでなんかヤダ。」
アグネスデジタルが中心となって勝負服を急遽作成する運びとなった。
「白だべ!」
「黄色ですって!」
すぐに取り掛かってスムーズに事が進むと思われていたが、序盤で頓挫した。
協力に応じたユキノビジンとアグネスデジタルは勝負服のメインの色についてどうするか揉めていた。
「オペラちゃんもオラと同じ岩手、雪国出身だべ!だがら白は似合うはずだべ!」
「いいえ、黄色です。白もいいですが黄色こそオペラ先輩は映えるはずです。」
双方譲らず平行線のままで当人のメイセイオペラも困惑していた。
そこへユキノビジンの知り合いでもあるゴールドシチーがやって来た。
「え?何揉めてんの?時間ないんでしょ?」
「あ、シチーさん、こんにちは。」
ゴールドシチーが来てからも両者どちらも引くことはなかった。
様子を見ながらゴールドシチーはメイセイオペラに質問する。
「メインの色で揉めてるんだ。で、あんたはどうなの?」
「いや、色とか特にこだわりなくて。あ、強いて挙げれば緑とピンクの組み合わせは避けたいですね。」
「そっか、わかった。」
そう言い二人を割って入る。
「ほらほら、時間ないんでしょ?揉めてる場合じゃないよ!」
その後ゴールドシチーはおいてあったスケッチブックにデザイン画を描き始めた。
「こういうの一度やってみたかったんだよね。」
メイセイオペラを見ながらサラサラと描き、ものの五分で描き上げた。
白と黄色がバランスよく配色されている。
「じゃじゃじゃ、これはシチーさんさすがだべ!」
「シチーさん神デザイン過ぎです。これは歴史に残りますよ!」
ユキノビジンもアグネスデジタルも大絶賛のデザイン画であった。
「神デザインって言いすぎ!で、あんたはどう?」
「私も素晴らしいと思います。異論ありません。」
メイセイオペラも賛同するしかなかった。
「ではこのデザインをもとに福島のテーラーさんにデータにして送ります。あとは素材集めです。素材を送って作成していただき、その後完成品を現地に行って受け取って帰ってくれば登録できます。」
張り切ってアグネスデジタルはデザイン画のデータ化を進めていった。
ユキノビジンとメイセイオペラは素材集めに出かけて行く。
難航するかと思われた勝負服作成もスケジュール通り進み、あとは出来た勝負服を受け取りに締め切り当日福島に直接行って来るのみとなった。
だが予想外の事態が起こった。
「ああ、新幹線が……。これだと間に合わない……。送電トラブルが……。」
アグネスデジタルは頭を抱えた。
午前中に受け取りに行けば十分間に合うはずであったが東北新幹線の全線運転見合わせとの情報が届いた。
「すいません……オペラ先輩。もう万策尽きました……。大口たたいてすいませんでした……。」
「そっか、まあ、もともと汎用にするつもりだったから気にすんな。」
珍しくメイセイオペラはアグネスデジタルを慰めた。
「んだども、なんとかなったらなぁ。いい勝負服だったから……。勿体ねぇべ。」
ユキノビジンも残念がった。
「おい、どいつもこいつも湿気た面してるな。なんかあったのか?」
そこへシリウスシンボリが来た。
メイセイオペラが事情を説明した。
「なるほどな。新幹線が無理か。陸が駄目ならこっちはどうだ?」
シリウスシンボリは人差し指を上へ向けて言った。
「え?空って?」
「今日は天気もいいしな。調布(飛行場)から飛ばしてみるか。福島まで。デジタル、ついて来な。」
「いえいえ、私ごときがシリウスさんの小型飛行機に乗るなんて恐れ多い真似は……。」
「お前がいかなきゃ話にならないだろが!いいからついて来い。時間ないんだろ?」
「では、お言葉に甘えて。お供いたします。では行って来ます!」
すぐに二人は調布飛行場へ向かった。
メイセイオペラとユキノビジンは取り残されいた。
部屋の机には黄色の生地が残っていたのに気がつく。
「ユキノさん、この黄色の生地って?」
「ああ、デジタルちゃんが多目に発注してしまったって。投げる(=捨てる)って言ってたべ。」
「じゃあ、これもらっていいですか?」
「いいと思うんだども。何しさ使うの?」
「まあ、ちょっと……。」
ユキノビジンの問にメイセイオペラは笑みを浮かべてはぐらかした。
「はぁはぁ、オペラ先輩!帰還しました!」
「お、ギリで間に合ったか!ご苦労。」
数時間後、走って来たアグネスデジタルから勝負服を受け取りメイセイオペラは無事に登録を済ませた。
十日間借りていた一室で奔走していた疲労のせいかアグネスデジタルは机に突っ伏して寝ていた。
登録を無事に済ませた帰って来たメイセイオペラは箱菓子の大きさぐらいの箱を寝ていたアグネスデジタルの横に置いた。
「まったく、無茶しやがって。」
あきれたようにそう言って部屋をあとにしトレーニングに向かった。
しばらくしてアグネスデジタルが目覚めた。
すぐにそれに気づいておもわず開けてみた。
「これ……もしや、オペラ先輩が?」
中に入っていたのはいつも身につけている赤い大きなリボンと同じくらいの大きさの黄色のリボンであった。
メイセイオペラが仕立て屋さんに行きわざわざ作ってもらったのであった。
「グヘヘ……。オペラ先輩……。」
うっとりとリボンを掲げヨダレが無自覚に出ている。
後日、アグネスデジタルはこの黄色のリボンに合わせて勝負服変更登録を行うのであった。
Chapter2 フライヤー撮影
メイセイオペラはガチガチに緊張していた。
「大丈夫、リラックスして。」
カメラマンにそう言われながらぎごちない表情でポージングしている。
フォトスタジオに呼ばれフライヤー撮影(広告媒体撮影)を行っていた。
岩手のレースのフライヤー撮影はレース場で簡単に撮影する事はあっても本格的な撮影は初めてだった。
新しい勝負服に袖を通しての撮影でもあった。
何枚か撮り終えてもう一人のウマ娘と交代する。
「すいません、慣れてなくて。キョウエイマーチさんは何度もこういうのやってるんですよね?」
「ええ、まあ。これでもテレビCMに出た事もあるんですよ。」
「あ、見たことあります。実はオレも地元のタ◯ダスポーツのCM、先輩と一緒に出たことありますよ。スキーウエア着て『東北最大級』とか言って。」
「なんですか?タ◯ダスポーツって?」
「すいません……ローカル過ぎて。知らないですよね……。」
調子に乗りすぎたことで赤面した。
キョウエイマーチの撮影に入る。
キョウエイマーチは前回、秋華賞でのフライヤー撮影の苦い思い出が蘇った。
自分の撮影がすぐに終わったのに対し次に撮影するメジロドーベルには自分の倍以上のシャッター音の数だった。
カメラマンがドーベル贔屓なのが明らかで熱量が違っていたのだ。
(あの時は本当、完全アウウェーだったわ!いくらドーベルがかわいいからって!しまいにはドーベルってば「あっちの人ももう少し撮影してあげてください。」って言い放つし。まあ、今回は大丈夫よね?)
何度かカメラマンの言う通りポージングをして手慣れているとメイセイオペラは思った。
「あ、すいません。わんつか右さ首傾げでけねぇが?」
「え?わんつ……、なんですって?」
カメラマンにいきなり訳が分からないことを言われキョウエイマーチは混乱した。
「キョウエイマーチさん、ほんの少し右に首を傾けて下さい。」
メイセイオペラが翻訳して助け舟をだした。
「こう……かしら?」
「あ、ごめんね。オペラちゃんが来たからつい故郷の岩手の訛り出しちゃった。」
(ホラ、今回もアウウェーじゃないですか!)
キョウエイマーチは表情はにこやかであったが、心の中でふくれっ面になった。
府中、東京レース場。
今年初めてのG1フェブラリーステークスのポスターがあちこちに貼られ、デジタルサイネージにも映し出されている。
「地方の快挙か?中央の意地(プライド)か?」
キャッチフレーズの左右に南部杯覇者メイセイオペラ、桜花賞ウマ娘キョウエイマーチ両名の姿が映し出されている。
いよいよレースまで10日を切った。
「すいません。メイセイオペラさん、コメントお願いします!」
トレーニング中でも美浦寮でも取材攻勢で慣れない状況へ陥っていた。
(こんな注目されるなんて初めてだ。こんなのオグリキャップさんやイナリワンさんもこれ以上の状況でレースやってたんだ。いや、参ったなあ。)
注目されるのは嬉しいことではあったが、心が休まらなかった。
余計に緊張してコンディションが低下する心配もしなければならなくなった。
「いえ、あの……。」
返答に困っていた。
多くの取材陣に囲まれ普段の移動にも時間もかかりストレスにもなってきている。
「すいません、取材はきちんと許可をお取りになっていらっしゃいますの?そうでなければお引き取りいただきます!」
メジロマックイーンとゴールドシップが助けに来た。
「おい、取材陣!どうせならあたしの一発芸を披露してやる!どうだ!120億のお金を一瞬で消し去る奇術を見せてやるぜ!」
「お止めなさい!」
「あ、マックイーンは山盛りの大福を一瞬で消し去る、いや、大食いをやります!」
「違いますわ!大福でなくてシュークリームですわ!って!何言わせる気ですの!」
「この間もトレーナーの目を盗んで大量の……。」
「やめなさい!コホン……とにかくお引き取りを。来なければ警備員を呼びますよ。」
取材陣はしぶしぶ退散していった。
「助けていただいてありがとうございました。」
「礼には及びませんわ。過度な取材に頭を悩ませる事はありませんわよ。」
「ま、アタシなら一発芸を披露するチャンスだと思うだけだけどな。」
「メイセイオペラさん、この方だけは参考にはなさらないで下さい。実際は彼らに不気味がられて近づいてこないだけですから。では。」
二人は颯爽と去って行った。
G1を勝つウマ娘は限られている。
レースに勝つこと、そして重賞を勝つこと、そしてG3、G2、G1とグレードが上がればその数は中央のトレセン学園でも限られてくる。
その重さとプレッシャーを取材攻勢によって肌で感じさせられたメイセイオペラであった。
Chapter3 番外戦術?前哨戦
フェブラリーステークス四日前。
枠順抽選会・記者会見が開催された。
その後、枠順が決まり、出走ウマ娘たちの記者会見が行われた。
枠順にウマ娘の紹介と共に勝負服に身を包んで登場する。
「それでは出走者を枠順にご紹介をいたします。その後出走者からのコメントがございます。」
1枠1番、マコトライデン。
「マコトライデンです。内枠ということで前の方で走るのでありがたいです。シリウスステークスで勝った勢いで初のG1制覇目指して頑張ります!」
1枠2番、ストーンステッパー。
「フェブラリーステークスも3回目の挑戦ですがここのところ調子がイマイチなので少しでも上位に食い込めるようにしたいです。よろしくお願いします!」
2枠3番、バトルライン。
「オレ……、いや私も3回目です。今まであちこちでレースしてきましたがやはり一番ほしいのは中央ダートG1のフェブラリーステークス勝利です。ダートのプライドを胸に恥ずかしくない走りをしたいと思ってます!勝ちにいきます!」
2枠4番、メイショウモトナリ。
「あ、あの……。すいません、緊張して……。き、去年は2着でしたのであとは……って、なんてだいそれたこと……。いえ精一杯、が、頑張ります!」
3枠5番、ミスタートウジン。
「ミスタートウジンだ。今回のレースで95戦目だけどひさびさのG1だからね!気合いも入ってるし思い切っていくよ!」
3枠6番、マチカネワラウカド。
「マチカネワラウカドや!ちょっと節分より早いけど勝って福を呼び込むで!ほな、よろしく!」
4枠7番、キョウエイマーチ。
「キョウエイマーチです。2年ぶりのダートですが、これに勝って芝・ダートG1両制覇を成し遂げます!そして『本物の逃げ切り』をお見せいたしますこと、皆様にお約束いたします。」
(『本物の逃げ切り』って……。)
特に昨年の南部杯に出走していた者たちはその意味がすぐに理解できた。
4枠8番、ビックサンデー。
「初めてダートG1っていうかダート自体初めてで勝手が違うところもありますが距離的には得意なのでいいレースできるよう頑張ります!」
5枠9番、メイセイオペラ。
「えっと、こういうの初めてなので何言って良いか分からないんですが、一応地方ウマ娘私だけなんですけど気負わないよう自然体で走れればいいかと思ってます。よろしくお願いします!」
5枠10番、タイキシャーロック。
「昨年は不本意な戦績だった。まるで迷宮入り事件のようだった。今年こそは取りこぼさないようまずは昨年勝てなかったこのレースで雪辱を晴らしたい!以上です。」
6枠11番、ワシントンカラー。
「ワシントンカラーです。普段は短距離がメインですけど1600だってできるんだってとこ証明したいです。」
6枠12番、エムアイブラン。
「このフェブラリーステークスで50戦目だ。今まで様々なレースで戦い地方のレースにも参加した。だが、一番ほしい勲章はこのレースの勝利だ。誰が相手でも勝ちにいく、それだけだ。よろしく。」
7枠13番、オースミジェット。
「G1のレース初めてで同世代のウマ娘たちとはだいぶ出遅れたんだけど前走の平安ステークス(京都・ダート・1800M・G3)で勝ったこの勢いで上位目指して頑張ります。」
7枠14番、テセウスフリーゼ。
「えっと、南部杯以来のレース参加でだいぶ間があるんですが、ま、自分らしい走りができればって思ってます。」
8枠15番、シャドウクリーク。
「去年はこのレース3着。去年はダート、芝、ジャンプと様々なレースに出て1年ぶりのダートG1ですが去年以上の戦績を目指します!」
8枠16番、ドージマムテキ。
「このレースで11回目のG1挑戦です。海外のレースや地方のレースも経験しました。この経験をレースで発揮できたらって思ってます。よろしく!」
コメントが終わると司会者が進行する。
「それでは質疑応答の時間に入らせていただきます。質問がある方は挙手でお願いします。そちらの方どうぞ。」
「日刊トゥインクルです。メイセイオペラさんに質問です。新しい勝負服の着心地はいかがですか?」
「はい、えっと……。まだ日にちが経ってなくて慣れない感は否めませんが短期間でチームや周りの方に協力いただいて作ってもらったんでその為にもいい走りができたらって思ってます。」
次の記者はキョウエイマーチに質問がいった。
「URAワールドです。キョウエイマーチさんにお伺いいたします。今まで短距離マイルの芝レースでご活躍されてましたが今回ダートG1への参戦表明のお気持ちをお聞かせください。」
「そうですね。ここ1年の中央ダートの方々が不甲斐ないので参戦いたしました。」
(は?何いってんだコイツ!)
バトルラインが睨みつけて言ってやろうかと思ったがタイキシャーロックが目配せしてたしなめた。
一気に不穏な雰囲気になり、他のウマ娘たちも言葉にせずとも反感を買っているのは言うまでもなかった。
再びメイセイオペラに質問が飛ぶ。
「スポーツ府中です。メイセイオペラさん、キョウエイマーチさんが『本物の逃げ切り』とおっしゃってましたが先行争い、受けて立ちますか?南部杯では逃げ切って見事レコード勝ちでしたが。」
「お答えします。受けて立つどころかスタート芝なんでいいスタートきれるかで頭がいっぱいなんで先行争いどころじゃないです。南部杯は走り慣れてる盛岡だったんでそういうことができたんですが、今回は引き離されないようについていきます。」
笑顔で答えた。
その後、不穏な雰囲気を感じてか当たり障りのない質疑応答に終止し記者会見はお開きとなった。
「なんであんなこと言ったんだ?」
居合わせていたキョウエイマーチのチーム「ダイオライト」のトレーナーアキヤマは記者会見のあと、たしなめるように問いただした。
「なにか問題でも?勝てばいいじゃないですか!」
「おい、マーチ!」
咎めるつもりだったが振り切られてキョウエイマーチはアキヤマのもとを去っていった。
(あんな反感買うようなこと言って……。いつも優等生のようなことしか言わなかったのに。それとも自分を追い込む為にあんなことを……?確かにそれで勝つに越したことはないけど。ただ、敵だらけのレースで不利を受けなければいいが。いくら逃げ切りでいくとしても。)
レース前の心配で胃が軋むように痛みが走るトレーナーアキヤマであった。
Chapter4 夢の舞台へ
レース当日の朝を迎えた。
岩手トレセン学園水沢校に新聞配達のバイトから帰って来たメイセイユウシャは水沢レース場内の宝(トレジャー)神社にお参りする。
(お姉が今日のレース勝てますように!)
午後からはフェブラリーステークスのPV(パブリックビューイング)の手伝いの予定だった。
「あら、バイトの帰り?」
母親がメセイユウシャに声をかけた。
「お母さん、これから東京行くの?」
「ええ、今から応援に行ってくるわ。お父さんと一緒にね。あなたも行けたらよかったのにね。」
母親は写真立てのような物を抱えている。
父の遺影だとすぐにわかった。
「うん、行きたかったけど……。今は私も一応水沢のウマ娘だから……。自分だけって言うわけには行かないし。明日のバイトもあるし。(それに……いつか自分も府中でレースするつもりだから実力で行くんだ。)」
メイセイユウシャはそう答える。
「そう……。じゃ、あなたの分まで応援してくるわ。」
「うん、気をつけてね。」
母親は水沢江刺駅へ向かって行った。
「いいか。最初スタート4、5番手でラスト200で……。」
「ああ、わかったわかった!もううるさいな!もともとアタシ差し追込タイプなんだけど!正直人気薄だし、やる気でないんだよね。」
メイセイオペラのトレーナーは栗毛のウマ娘にレースの指示を与えていた。
メインのG1……ではなく第6レースのダート1600Mのレースに出るウマ娘のスポット担当を理事長秘書駿川たづなに請われてするハメとなった。
ハマクイーンという名のウマ娘であった。
(なんで俺がこんなことを……。まあ、メインレース前で緊張が紛れるから、ま、いいけどよ。でももうちょっとやる気出してくれよ。)
あくびをしながらゲートに入るハマクイーン。
(えっと、出だし5番手くらいにつけてラスト200ね。まあ、最近勝ちから離れてるし指示通りやってみるか。駄目ならあのオジさんしばき倒して罵倒でもすればいいし。なんか胡散臭いんだよね。)
などと考えていた。
だが……。
「なんとなんと!12番人気のハマクイーン!1着でゴールイン!」
レース展開も指示通りの作戦でドンピシャだった。
番狂わせの結果にメイセイオペラのトレーナーも驚いていた。
(まさか、こんなに上手くいくとは。)
「やったー!久しぶりの勝利だ!」
ハマクイーンははしゃいでトレーナーのもとへ駆け寄った。
「オジさん!ありがと!いっそのこと本担当になってよ!ん~ブチュ!」
「おいコラ、よせって!」
嬉しさのあまり抱きついて頰に何度もキスまでした。
「じゃ、メイン(レース)の子の方も頑張ってね!勝利者インタビュー受けてくる。」
ハマクイーンは去っていった。
メイセイオペラのトレーナーの顔にベッタリとキスマークが何か所もついていた。
「おうおう、モテモテだな!色男か!」
「あ……。(えらいとこ見られた。)」
気がつくとアブクマポーロのトレーナーイシザキが目の前にいた。
「フケツ……。」
横にはアブクマポーロもいて蔑んだ目でそうつぶやいた。
「さっき『メインの子』とか言ってたな。やっぱりお前が(メイセイオペラの)トレーナーだったじゃねぇか!」
「だったらなんだって言うんですか?」
「いや別に。今日はポーロの休養日でな。たまたま見学に来ただけだ。高みの見物させてもらうぜ。」
そう言い放って二人はメイセイオペラのトレーナーのもとを去っていった。
(今更バレたって構いやしない。もうこれで実質契約終わるし最後のレースだからな。まあ、最後にいい思い出になったな。あとは……。)
今後の身の振り方をまだ考えてなかった。
「あの方があいつのトレーナーですか?」
アブクマポーロはイシザキに訊ねた。
「ああ、多分な。ついでにトウケイニセイのトレーナーでもあった。」
「そうなんですか!あの方が。」
納得して少し笑みがこぼれてしまった。
「ヤツのせいで勝ち星一個もらい損ねた、クソ!つくづくムカつくヤツだ!」
イシザキがそうボヤいた。
二人はスタンドに陣取ってレースを待つことにした。
(さて、メイセイオペラの様子を見に行くか。)
キスマークの顔を拭ってトレーナーがノックし控室に入る。
真新しい勝負服に身を包んだメイセイオペラであったがやや塞ぎ込んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、なんとか。」
「昼(飯)は食ったか?」
メイセイオペラは首を横に振った。
「そうか。まあ、水くらいは飲んどけ。」
「あ、ありがとうございます。」
ペットボトルの龍泉洞の水を手渡した。
受け取ったメイセイオペラは立ち上がってごくごく飲んだ。
「事前に言った通りだ。その通りの展開でいければいいとこまで行けると思う。レースのイメージは頭に入ってるよな?」
トレーナーに言われメイセイオペラはうなずいた。
「行って来ます!」
「ああ、行って来い!」
控室を後にしメイセイオペラはバ場へと向かった。
(もう、これで自分の手の及ばないところへ行く。あとは祈るだけだな。ニセイ。お前の後輩はここまで来たぞ。見ててくれよ、ニセイ。お前と挑むはずだった中央G1フェブラリーステークスを。)
(やっと着いた。あとはユキノに連絡すっか。)
トウケイニセイは疲労感を漂わせ東京レース場に着く。
(あいつが連れていくってんでいつかここへレースしにくる予定だったけどな。まさかこうなるとは。まあ、今のオペラなら十分通じるだろ。)
ユキノビジンとレースを見守ることなり着いたら連絡する運びとなっていた。
(でも、こんな大観衆であいつやらかさなきゃいいが。いつも肝心な時抜けてやがるから。)
などと思いながら黒ジャージとサンダルのままでレース場へズカズカ入っていった。
岩手から再びメイセイオペラの応援であの二人がやって来た。
「先月は大井、今日は府中か。」
「ああ、腰痛ぇ!長距離バスも辛えな。」
「まあ、オペラが勝てば疲れも痛みも飛んでくだろ。」
「ンだな。今日は歴史が変わる日かもしんねぇな。」
そう言いながらメインレースを大観衆の一人として待っていた。
「やっぱり来ましたね」
アブクマポーロのファンも駆けつけていた。
「そりゃ来るべよ。オペラの晴れ舞台だし。」
「ンだンだ。アレも持ってきたし。」
「アレって何ですか?」
「あとのお楽しみだべ。」
「そうですか。まあ今日はメイセイオペラ応援しますよ!地方ウマ娘の代表ですし。」
「ありがとうがんす。んだどもオペラが先に中央G1取っちゃって申し訳ねぇな!」
「まだ決まったわけじゃないじゃないですか!それに仮にそうなったとしたらポーロは世界を目指しますよ!」
「おうおう大きく出だな!まあ、実績はオペラよりも上だすきゃそう気が大きくなるのも無理ねぇべ。ま、今日は一緒に応援するべ!」
この日は共同戦線を張ることになった。
バ場地下道。
薄暗い中、光が差す方へメイセイオペラは向かって行く。
(中央G1に出ることはオレの夢であり、憧れだった。でも……。今日はその『憧れ』を捨て去るよ。もうオレ一人のレースではないし、ここへ来たのは勝つために来たんだ!だから……。)
たった一人の地方ウマ娘の挑戦。
無謀とも揶揄されていた。
(行ってくるよ、ニセイ先輩。見ててね、先輩の分までオレ走ってくるから。)
その決意を胸に大観衆の待つ本バ場へゆっくりと歩いて行った。
パドックでメイセイオペラが紹介された。
「5枠9番、昨年地元南部杯覇者、岩手トレセン学園水沢校所属、地方の快挙なるか!メイセイオペラ!」
メイセイオペラは白い仮面にマントを羽織っていた。
バッとマントを脱ぎ捨て仮面を投げ捨てた。
(なんだ?オペラ(座の怪人)だけに「ファントム」つもりか?)
だが、歓声もほぼなく静まり返ってしまった。
(しまった!ハズしてしまった。思いっきりスベった!)
そそくさとマントと仮面を回収しパドックのステージを退場した。
(なんだあいつ!ドンずべリじゃねぇか!早速やらかしやがって!後で説教だな!)
その様子を眺めていたトウケイニセイは苦虫を噛み潰したような顔になって見ていた。
「今日はよろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。」
パドックでワシントンカラーはタイキシャーロックに挨拶する。
「1年ぶりか、君とレースするのは。一番人気だそうじゃないか?」
「え?オペラじゃなくて私?」
「そうらしい。なぜかは解明できない、というよりしたくない。」
「そうなんですね。(それじゃ張り切らないとね。)」
「まあ、なんだ。ついてきたまえ。ワシントン君。」
「だから!ワトソン……って!合ってるじゃないですか!」
いつものやりとりでG1の緊張感が少し和らいだ。
「メイセイオペラさん、今日はよろしくお願いします。」
メイセイオペラのもとにキョウエイマーチが来た。
「あ、よろしくお願いします。え?なんかすんごく汗かいてますけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。これくらいなんともないです。」
「そ、そうならいいんですけど。」
もう一人のウマ娘も来た。
「おうおう他人様の心配できるほど随分余裕あるな。もう勝ったつもりでいるのか?」
「いえ、そんなつもりは……。エムアイブランさん、よろしくお願いします。」
エムアイブランだった。
「簡単に勝てると思うなよ。アブクマポーロがいなくたって俺やシャーロック、バトルがいるからな。こっちを選んだことを後悔させてやるよ。」
「(すごい気合だ。)胸をお借りします。」
そう言うとエムアイブランは離れていった。
アップを済ませ返しウマを行いはじめるメイセイオペラであった。
「おい!遅いぞ!スイフト!メインレース始まるじゃねぇか!」
「わりぃ!ホープ。いろいろあって遅くなっちまった。」
スイフトセイダイが東京レース場へ着くと待っていたのはかつてシノギを削りあったライバルのグレートホープであった。
「ホープなんだよ、その格好。オレンジのコートなんか着ちゃって。」
「はぁ?お前がそうしろって言っただろ!」
「え?いつ?そんな覚えないけど。」
「えっと、これに……って!もう時間がない。とにかく行くぞ。」
「府中か……。俺もジャパンカップ出たかったな……。」
「そういうどうでもいい感傷はあと回しだ。行くぞ。」
グレートホープが急かすとスイフトセイダイもスタンドへ向かう。
すると顔見知りのウマ娘がいた。
「カウンテス先輩!お久しぶりです。」
「元気そうで何よりです。カウンテス先輩。」
二人が挨拶する。
岩手トレセン学園時代の先輩であるカウンテスアップであった。
岩手から南関、名古屋に転校し、川崎記念三連覇、東京大賞典も勝利をあげている。
卒業後、エンタメの世界に身を投じ多大な評価を得ているウマ娘でもあった。
「おう、お前等も来てたか。」
「ええ、日本のウマ娘の歴史が変わる日かも知れませんから。オペラのヤツならいい勝負できると思うんで。カウンテス先輩もそれでいらっしゃったんですか?」
「まあな。ロツキー(タイガー)と(テツノ)カチドキにも誘われたんでな。あと(グレート)ローマンとな。忙しいってのにわざわざ来てやったぞ。」
「ニセイも来るみたいですよ。」
「ニセイ?トウケイニセイか?あの引きこもり来るんか?」
(引きこもりって……。てか、カウンテス先輩も同じ色のコート着てるし。)」
カウンテスアップは少し考えていた。
「大丈夫かな?スイフト、お前が来てるってことはもしかして良くて2着ってことはないよな?」
「ちょっと!どういう意味ッスか!」
「大丈夫ですよ。カウンテス先輩。コイツじゃないから。多分期待に応えますよ。」
「それもそうか。」
「おい!ホープ!ヒドくない?」
「さんざん期待を裏切って来ただろ?自業自得だ。」
茶化され続けるスイフトセイダイであった。
レース場で双眼鏡片手にヨダレを垂らしながら見ているアグネスデジタルであったがその横にもう一人オレンジのコートを着たウマ娘がいた。
「上手くいきましたね!会長。」
「しー!デジタルちゃん、ここではロジータでお願い!」
「すいません。いつものクセで。」
「え~と、あっちにロツキータイガーさんがいてその横にテツノカチドキさん、向こうには、ダイコウガルダンちゃんいるわ。あ、チヤンピオンスターさん、ハシルショウグンさんも見っけ!ジョージモナークさん、キングハイセイコーさんもいるみたいね。(グレート)ローマンさんも居たわ!」
川崎の女傑と言われていたロジータであった。
二人並んで会場内にいるウマ娘を見ていた。
「オレンジのコート目立つから識別しやすいわね。キャー!カウンテスアップさん、グレートホープさんいるわ!」
「となりにスイフトセイダイさんいますね。」
「うん……。スイちゃんはどうでもいいわ……。」
アグネスデジタルの言葉に素っ気ない反応をするロジータであった。
「ああ、府中で一度走ったけど殿負けだったわ……。でももしその年のオークス出られたらいい勝負できたかもだけどね。」
「どうして出走しなかったんですか?」
「あのね、デジタルちゃん、地方ウマ娘は出走したくてもできなかったの。その頃は中央のレースなんてオールカマーか運が良ければジャパンカップしか出られなかったし。交流重賞なんてなかったんだから。芝のレースなんて夢のまた夢だったのよ。オールカマーとジャパンカップではオグリさんに格の違いを見せつけられたわ!」
「そうだったんですね……。」
「まあそれで私、限界を感じて早々引退しちゃったんだけど。まあ今日はスイちゃんじゃないけど、中央の壁越えるかもだから期待しちゃうんだけど。」
「オペラ先輩ならやってくれますよ!」
「新勝負服、デジタルちゃんが力になったんだって?」
「いやぁ、短期間でギリでなんとかしました!」
「やるわね!いつものもいいけどそれも似合ってると思うわ!あ、あの方はもしや……。」
会場内にいる地方ウマ娘OGとバ場を交互に見る二人であった。
「いよいよ始まるな。G1が始まると今年も始まると感じるな。」
「そうですね。」
シンボリルドルフとエアグルーヴも東京レース場の入口に着いた。
「すまない、エアグルーヴ。ちょっと人と会う予定でな。先に行っててくれないか?」
「わかりました。では、会長お先に。」
エアグルーヴは先に進んで行った。
(さて、連絡するか。やっと会えるな。)
シンボリルドルフはスマホを取り出した。
「私だ。今着いたよ。……そうか。ではそちらに向かう。案内してくれ。」
連絡を済ませると大観衆の東京レース場へ入って行くシンボリルドルフであった。