ビューチフルドリーマーズ(ウマ娘)   作:ききき三左衛門

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第2R ビューチフルドリーマー

Chapter1 ビューチフルドリーマー

 

「わたしの夢 5年2組メイセイオペラ 私の夢は……。」

本当は人前で発表したくなかった。

作文だというので書いただけでまさかクラスで発表するとは思っていなくて担任にそう言われたとき困惑した。

当時小学生であったメイセイオペラの夢はウマ娘なら誰でも一度は夢見るものだった。

 案の定クラスの男子の一人を除いて全員が笑って囃し立てた。

「無理無理。中央G1なんて無理に決まってらべ。」

「現実を見ろって。お前なんか通用するわけねぇだろ。」

 口々に散々言われた。

「ちょっと!男子!そんなことあんたたちにわかるわけないじゃないの!だったら一度くらいオペラちゃんに走りで勝ってみなさいよ!」

「っせーな!こっただ田舎で中央に行ってG1なんか出られる奴なんているわけねーべよ!」

「それだったら〇〇くんのプロ野球選手だって無理なんじゃないの?」

「は?全然ちげーから。ここらへんで〇〇の球打てる奴なんていないから。」

 教室中がカオスと化した。

 メイセイオペラは担任の顔をみて目で助けを求めたが事態の収拾をなんとか治めるので精一杯だった。

(……だから言ったのに。)

担任はメイセイオペラの懸念に「大丈夫だよ!」といったがそうとはならなかった。 

子ども心ながら安易に大人を信用してはならないと胸に刻んだ。

 

家に帰ると父にそのことを伝えた。

「そうか。」

ただその一言だった。

「お父さんは子どもの頃、夢は何だったの?」

「俺か?そりゃ映画スターになることだよ。」

「えっ。嘘!」

メイセイオペラは父の不意打ちのような冗談だと思って思わず吹き出してしまった。

今の容姿からは想像つかなかったからだ。 

その後、母にそのことを伝えると母は真顔で言った。

「あなた、自分の夢は笑われたって言ってお父さんの昔の夢は笑うってどういうことなの?それにお父さん昔本当に役者さんやってたんだから。」   

古いアルバムを渡されるとかっこいい若い男の人の写真だった。

撮影所らしい風景もあった。 

(これがお父さん?)

信じられなかったが、本当のことで子ども心ながら父に申し訳ない気持ちになった。

「お父さん……。ごめんなさい。笑ったりして……。」

 涙声で父に謝った。

「なんで泣いてるんだ?別に気にしてないから。」

「本当にごめんなさい。」

「もう泣くな。今の父さんの夢はな。」

 メイセイオペラの頭を撫でながら続けて言った。

「お前の夢を叶えることだ。」

(でもなんで役者さんやめてしまったんだろう?)

メイセイオペラの疑問は中央トレセンの受験失敗の際に明らかになるのだがその時はまだ知る由もなかった。

寮の部屋の机の写真立てには今はもうこの世にはいない父の姿がある。

つらくなったときは父の在りし日の姿を思い出し奮起するメイセイオペラだった。

メイセイオペラの夢。

それは中央G1に出走することだった。

だが今は現実を知り、それは途方もない夢であると思うしかなかった。

 

「で、決まったんか?」

「いやぁ、なかなか難しくて。」

「そうかぁ。ウチとしても紹介したかったんやがウチのチーム芝だけやし。堪忍してな。」

「いえいえ、御心だけでも。」

朝のカフェテリアでタマモクロスと話をしていた。

タマモクロスの隣にはオグリキャップがモクモクと朝食を食べている。

この二人と朝の朝食時間が合うらしく最近朝食がてらよく話をするようになり親くなった。

中央トレセンに来て1ヶ月が経つ。

メイセイオペラにとって一つ懸念材料があった。

未だにチームが決まらないのである。

「条件が厳しくて。」

「せやなあ。高等部で1年間、しかもダートやろ?キッついな。」

トレセン学園のトレーナー不足問題は深刻さを増していた。

しかもダートとなるとダートの指導ができるトレーナーが限られ度合いを増して競争倍率も高くなる。

チーム募集の掲示板をみてため息をつく日々が続いていた。

「ユキノさんのところも駄目だったし、理事長秘書のたづなさんに相談して選抜レースにも出たんですが……。」

「アカンかったか。せやけどな前も言ったんやけど、チーム選びは慎重にしたほうがエエで。特に……。」

「おい!タマ!」

「なんやイナリ。そういや今日はお前と併走トレーニングやったな。」

「そうだ。走りとはなにかお前さんにきっちり教えといてやるよ。」

「それはコッチのセリフや!」

 イナリワンが乗り込む勢いでやってきて今にも衝突する雰囲気になっていた。

「お、コイツは誰でい?タマモクロス。」

 イナリワンはメイセイオペラの方に気づいた。

「えっと岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラです。初めましてイナリワンさん。」

「おう!岩手のヤツか。もしかして特別短期留学で来たのかい?」

「ええ、まあ。」

「ポーロのヤツもあたしのチーム『ダイオライト』に入ったがお前さんも入るか?」

「おい!横取りすんなや!」

「はは~ん、この間ポーロをウチのチームってこれ見よがしに紹介したから張り合って岩手のヤツを勧誘してたんだな。ソレなら前に笠松のライデンリーダーをお前さんが自分のチームに入れたってんで自慢しに来やがったから仕返ししたまでだろが!これでおあいこだろ?」

「やかましいわ!チーム選びの相談にのってやったまでや!」

「どうだい?あたしも大井の出身だし悪くないと思うんだけどね?」

「いやぁお気持ちは嬉しいんですけど同じ部屋でチームも一緒って訳には……。それにトレーナーだって向こうは船橋から呼び寄せてますし。」

「せやせや。アカンに決まっとるやろ!」

「そうか。まあ気が変わったら声かけてくれ。まあタマのトコに行くよりはマシだけどな。」

「なんやとコラ!ケンカ売ってんのかワレ!」

「おうおう火事と喧嘩は江戸の華ってな。」 

「イナリ!今日こそ落とし前つけたるからな!」

「それはコッチのセリフてもんよ。」

二人は今でも飛び出さんばかりにカフェテリアを出ていった。

「2000でええやろ?」

「3200でどうでぇ。」

「長いわ!せめて2200か2400やろ。」 

仲がいいのか悪いのかよくわからない二人だった。

その間我関せずとばかりにオグリキャップはモクモクと大量の食事を平らげていた。

(次のレースのシアンモア記念までには決めとかないと)

とはいえ全く宛のない状態に途方に暮れるメイセイオペラであった。

 

 チーム募集の掲示板は相変わらず更新がない。

 新学期から一ヶ月過ぎになってその募集も減りつつあるようである。

 メイセイオペラはそれをひと目みてため息しか漏れなかった。

(ハァ。やっぱり駄目か。そもそもダートってのもなぁ。)

 きびすを返して自主トレーニングにと着替えるため更衣室を目指していときあるウマ娘に呼び止められた。

「おい。お前チームを探してんのか?」

 目つきが悪くいかにもな人相だった。

「ええ、まぁ。」

「ついてきな。チーム紹介してやる。」

「えっいや、オレ高等部でダート専門ですよ?」

「ま、そこら辺は問題ねえな。多分。」

 なんとなく成り行きでそのウマ娘について行くことにした。

 チームのプレハブも一番奥にありボロボロでどう考えてもマトモなチームではないと察知はできた。

(マジかよ。)

「ここだ。」

錆びついた重いドアを開くともっと人相の悪い人目で不良とわかる面々が何人もいた。

そしてその奥には一番怖そうなリーダー格っぽいウマ娘がいた。

「シリウスさん、連れて来やした。」

「ご苦労。で、ソイツか?」  

(この人があのシリウスシンボリさんか。)

シリウスシンボリ、不良や落ちこぼれを束ねるウマ娘と聞いたことがある。

(ちょっと怖いな。けどニセイ先輩よりは品がある感じかな。)

「お前、その制服見たこと無いな。どこから来た?」

「あ、あの岩手トレセン学園水沢校から来ましたメイセイオペラって言います。」

「ほう、岩手か。(ニセイのところのやつか)」 

「はい、一年間コチラの方にお世話になることになりました。」

「なるほどな。で、チームを探してたって訳か。」

「はい、それでここのチームのトレーナーさんって……。」

「トレーナー?いたっけなぁそんなやつ。」

 周りのウマ娘たちも思わず吹き出していた。

「今頃飲んだくれてんじゃないですか?川崎あたりで。」

 取り巻きの一人が笑いながら言った。

(実質いないってことか。)

 しばらく爆笑の渦の中にいた。

 からかわれて連れ込まれた事はよくわかった。

「で、どうする?こんな不良と落ちこぼれのチームだ。入る気あるか?」

「落ちこぼれですか。」

メイセイオペラはシリウスシンボリの目をまっすぐ見た。

「なんだ?何が言いたい?」

「皆さんはここのトレセン学園の入試に合格したんですよね?」

「馬鹿にしてんのか!誰でもできら!それくらい。」

取り巻き達が詰め寄ろうとしていた。

「その誰でもできることさえ出来ずここの入試に落ちて水沢に行った私は落ちこぼれよりも下の底辺ってことになりますね。」

「何だテメェ!さっきからシリウスさんに生意気な口聞きやがって!」

 一同が掴みかかろうとした。

「やめねぇか!お前ら!」

 シリウスシンボリが取り巻き達を制した。

「で、その『底辺のウマ娘』さんは前走はどんなレースに出たんだ?」

「えっと、川崎記念です。4着でしたけど。」

「か、川崎記念……。」

 取り巻き達は絶句した。

 シリウスシンボリは顔を片手で抑えうずくまった。

 しばらくして笑い声を堪えていることがわかった。

「クククッ。ダートG1の川崎記念だと?それを底辺って言うか普通。面白れーヤツだな。おいお前ら!G1に出たことあるか?」

取り巻き達はうつ向いたまま答えない。

「G2やG3は?」

「あのずっと前にG3出ました。シンガリ負けでしたけど。」

取り巻き達の一人が答えた。

「みろ、お前のような『底辺』にすら及ばない連中だ。まあ、お前、このチームに入れ。もっともトレーナーがいないけどな。」

「シリウスさん!」

「別に一人増えたって変わらないだろ。何ならコイツとお前らと勝負して決めてみるか?異論はないな?」

 取り巻き達は反対ではあったが勝負にはならないのは明白で反論すら出来なかった。

「あのそれでトレーナーですけど理事会の方で融通してくれるそうです。」

「そうか。じゃ決まりだな。細かい事は後で説明する。明日も放課後ここに来い。」

「では明日も参ります。」

「我がチーム『マーキュリー』にようこそ。メイセイオペラ。うちのチームは来る者は拒まず去る者は追わずだ。」

 チーム名はマーキュリーというらしい。

(太陽系第一惑星水星からのチーム名か。まあ、チーム決めにそんなに時間かけてられないし。まあいいか。)

メイセイオペラは成り行きでチーム「マーキュリー」その一員となった。 

 

「なんやて!『マーキュリー』に入るって正気か!」

 次の日の朝のカフェテリアでチーム入りを報告したが急にタマモクロスが立ち上がり大きな声で反応した。

すぐさま周りの注目を浴びてしまった。

「悪いこと言わへんからやめといた方がええで。シリウスシンボリのとこはホンマ洒落にならんて。落ちこぼれと不良の吹きだまりやし。評判もごっつう悪いで。前にライデンリーダーもそこ入ってえらい目おおたんや。」

 タマモクロスは人目が気になって急に小声になって説得した。

「シリウスシンボリさんも落ちこぼれとかそんなこと言ってましたけど、オレそもそもここの入試落ちてますんで。あとトゥインクルレース出ることもないです。せいぜい南関のレース出るくらいですし。」

「そないなこというてもな。おいオグリ!お前もなんか言うたらんか!」

オグリキャップは箸を止めてメイセイオペラに向かって言った。

「一つ聞きたいことがあるんだが。」

「なんですか?」

「岩手の美味しいわんこそば屋を教えてくれないか?」

「えっと、あんまり地元民は食べないんでよくわからないです。」

「なん……だと……。」

「なんや!そのしょーもない会話は!」

「いや、だってなんか言えってタマが言うから。」

「食いもんの話ちゃうやろ、今!メイセイオペラが極悪で悪名高いマーキュリー入るっちゅうから思いとどまるよう説得しとったやろが!」

「あ、すまない。よく聞いてなかった。」

「もうコイツはホンマに。まあええわ。もしなんかあったらウチに相談に来るんやで。ええな?」

「分かりました。その時は頼りにします。で、ライデンリーダーさんってそんなにこっちに来ての戦績悪かったですか?」

「せやで。桜花賞は4着でまずまずだったんやがオークスもその後のエリ女も二ケタでな。最後笠松に帰るときはホームで泣きながら新幹線乗り込んでいったわ。『オグリ先輩に泥を塗ってしまった。』ちゅうてな。」

「そうだったんですね。でも芝であれだけ地方でやれる人ってそんなにいないですよ。オグリさんやイナリさんやユキノさんがすごすぎるんであれですけどダートから芝って対応するのは大変ですよ。そもそも地方は盛岡以外芝コースないですし。」

「ウチもそういうたんやけどな、ライデンは地方ウマ娘で初めて中央G1取るっちゅうて意気込ん出てな。結局それが裏目にでてしもうたんや。」

「地方で中央G1ですか。」

「せや、まだ誰も成し遂げたことないことやってやるってな。」

 地方ウマ娘が今まで中央G1に出て勝利をしたことは過去に一度もない。

 チームは落ちこぼれでまだトレーナーも決まっていない。

 こんな自分じゃとてもそんなことを考える余裕すらなかった。

 岩手のレースはともかく南関でもまだまだ実力不足を感じていた。

 (正直無理だ。今のままじゃとても。)

 今はもう夢のまた夢と思うだけだった。

 

 シリウスシンボリは行きつけのビリヤード場にいた。

 週に何度か訪れて腕を磨いている。

「おや、『皇帝』サマがこんなところに来て私と一勝負しようって魂胆ですか?」

 突如シンボリルドルフがやってきたのだ。

「そんな怪訝な顔をしないでくれ。実は一つ話があるのだが。」

 おおよその察しはついた。

(どうせあの話だろ)

「つい最近君のチームに新しく一人入ったようだね。」

(ほら来た!釘を刺しに来やがったな。)

「だったらどうだっていうんだ。いくら生徒会長のあんたでもチームに干渉される筋合いはねぇよ。それとも生徒会長として注意や勧告でもしようってことですかね?」

「いや今日は君の友人としてお願いをしに来たんだが。」

「お願い……ねぇ?」

(都合のいいように生徒会長だの友人だの使い分けやがって!)

 シリウスシンボリは苛立っていた。

「率直に言わせてもらえばその子は岩手から来た子でね。大切なお客様なんだ。だからその……無下には扱わないでほしいのだが。」

「だったら最初からあんたのとこの『リギル』にどうして入れてやらない?おハナさんダートの育成もできるだろ?」

リギルはトレセン学園でも屈指のチームであり厳正な選抜レースを行い選び抜かれた精鋭達で構成されている。

そこになんの根拠もなく実績のない地方のウマ娘を加入させるなどありえない話だ。

「それは……。生徒の自主性を重んじて……。」

「自主性……ねぇ?高等部でダート、しかも期間が一年間のみっていう条件で自主性とやらで入ることにできるチームなんてあるのかよ!あまりにも不親切すぎやしないか?苦しい言い訳だな。そんなんだからこんな落ちこぼれチームに入るはめになるんだろ。」

シンボリルドルフはぐうも出ない正論に沈黙するしかなかった。

「……まぁ、とにかくだ。よろしい頼むよ。」

「ルドルフ。……いや何でもない。」

 立ち去ろうとしたシンボリルドルフにシリウスシンボリは呼び止めたが言葉が続かなかった。

(ルドルフ。ソイツは知り合いの後輩だ。無下にしねぇよ。もっともどのくらいの力を発揮するのか未知数ではあるがな。)

そう言おうと思ったが言葉を飲み込んだ。

 

盛岡校の生徒会室で暇をもてあますトウケイニセイに着信が入った。

「お久しぶりです。シリウスさん。」

「よう、ニセイ。お前のとこから来たやつな、ウチのチームに所属することになった。一応その連絡だ。」

「そうですか。よろしくお願いいたします。」

「アイツ面白ぇやつだな。」 

「えっ?」

「落ちこぼれのチームだがいいのか?って聞いたら、『入試に落ちているから落ちこぼれよりも下の底辺だ』って自分のことを言っててな。じゃあ前走は何だって聞いたら『川崎記念』って抜かしやがった。」

「いやすいません、そんな生意気なことを言って。後でキツく言っときますんで。」

「そんなことはしなくていい。そのくらいのふてぶてしさがないとレースには勝てない。お前もそうだったろ?そうだ、前に頼まれた件だがな。来月には調査が終わりそうだと報告が入った。」

「そうですか。」

「ま、その時にはコッチに来い。いつものところで勝負しよう。」

「いやぁここんところビリヤードやってなくて。勝負にならんですよ。勘弁してください。」

「そう言うな。こっちでも勝負になるやつがなかなかいなくてな。じゃあ、お前が来るのを楽しみにしてる。あとな私とお前の仲はメイセイオペラには内緒にしとけよ。馴れ合いは好まないからな。」

 通話が途絶えるとトウケイニセイは思わずため息が漏れた。

(アイツ、 よりにもよってシリウスさんとこに行きやがったか。ユキノのところは駄目だったか。それより調査の結果が来月か。そういや来月の終わりに帝王賞があるな。その時にでも行くか。)

モリユウプリンスが入ってきた。

「先輩どうしたんですか?」

「オペラのやつ、チームに入ってきたらしい。『マーキュリー』とか言うところだそうだ。」

「えっ!」

「どうした急に?大きい声出して。」

「いやぁ。(大丈夫かな。あのシリウスシンボリさんのところでしょ?)」

「なんか知ってるのか?」

「いえいえ、あ、そうですか。チームに入ったんですね。」

 モリユウプリンスはその場を取り繕った。

「そうだ、来月東京に行ってくる。オペラが帝王賞出るみたいだからな。いいよな?」

「ええ、いいですけど、くれぐれも他校の人と絶対に揉め事起こさないでくださいね。前科があるんだから。」

 モリユウプリンスは釘を刺した。

「わかってるよ!あれだって不可抗力だろが!」

「もう、ただでさえ血の気が多いんですから。」

 過去に様々な揉め事をモリユウプリンスに丸く収めてもらった経緯もあり、それには従わざるを得ないトウケイニセイだった。 

 

 

 Chapter2 英雄と変態勇者

 

新入生としてそのウマ娘は希望に満ちていた。

大概いやほとんどの新入生達はこれからの学園生活にそしてレースでどれくらい活躍できるか期待に満ちているのだが、そのウマ娘の事情が違っていた。

(グフフ……。これから様々なウマ娘ちゃん達を毎日観察できるなんて!し、幸せ過ぎてシンドイ。)

 校門からユキノビジンが入ってきた。

(あれはユキノビジンさんだ。やっぱりめんこいなぁ。)

そして隣にもう一人ウマ娘がいた。

(あの方はサイレンススズカさんですか。なんか珍しい組み合わせですね。)

などと思ったが違和感を覚えた。

(いや、違う!サイレンススズカさんじゃない!着ている制服もトレセン学園のものでもないし。)

 二人で笑い合っていたので親しげな雰囲気に感じ取れた。

(おかしい?トレセン学園の生徒と名前は既にすべて記憶済みなのにわからない。)

 そのウマ娘に一瞬でみとれてしまった。

 トレセン学園にいるウマ娘とはなにか違うたたずまいを感じで心を奪われた。

(一体誰なんですか?私の知らないウマ娘ちゃんがまだいたなんて!そんな自分が許せない!)

頭の中がモヤモヤしたまま一日を過ごした。

トレセン学園の名簿を何度見返しても一致する生徒がいない。

(こうなったら仕方がない。あの方々に力を借りるしか……。本来なら自力で解決したかったのですが背に腹はいやウマ娘ちゃんには代えられません!)

そうして放課後、ある場所へ向かうこととなった。

 

タイキシャーロック探偵事務所、そこは放課後ある一室を借りて相談事などを受け付けていた。

そこに一縷の望みを託したのである。

ノックをして入ると二人のウマ娘がいた。

「あのう、探偵事務所ってここですか?」

「ええ、ここですよ。メールでご依頼されたアグネスデジタルさんですね?初めまして当探偵事務所の探偵タイキシャーロックです。こちらは助手のワトソンくんです。」

「だから、ワシントンですって!」

 昨年の南部杯勝者タイキシャーロックと短距離で活躍するワシントンカラーがいた。

「で、ご依頼の件だがウマ娘を探していると?」

「はい、2,3日前、ユキノビジンさんと一緒に学園に入るところを目撃したんですが、全生徒に当てはまる方がいなかったんです。自分の知らないウマ娘ちゃんがいるだなんて自分自身が許せないんです!!」

「君の言い方だと君はトレセン学園の全生徒の顔と名前を覚えているというふうに聞こえるのだが?新入生だよね?君。」

「えっ?まあ、すべて暗記済みですが、なにか?」

 タイキシャーロックとワシントンカラーはその返答にキョトンとしてしまった。

「いや、入学したばかりの子が一週間やそこらで暗記できるわけないじゃないか!」

「落ち着き給えワトソンくん。」

「だからワシントンですって!」

「申し訳ないがちょっと試させてもらえるかな?」

 タイキシャーロックは何枚かウマ娘の写真を見せた。

 するとアグネスデジタルはすぐさま答えた。

「すごい!御名答だ。するとそれでもわからないからこちらに頼りに来たと。ワトソンくんなにか心当たりはないかね?」

「だからワシントンですって!……そうですね。ユキノビジンさんといえば岩手ですよね?だと……地方の岩手トレセン学園の子かも知れませんね。」

「地方?なんでまたこちらの中央に来る用事でもあったのかね?」

「いや、もしかすると『特別短期留学』かも知れませんよ。なんかウチのクラスに入って来るっていうウワサもあって……。」

「なるほど、その手があるか。」

 聞き慣れない言葉がアグネスデジタルの耳に入った。

「なんですか?その特別短期留学って?」

「ああ、地方から中央に転校する人がいるでしょ?そうすると地方から引き抜かれてレベルが落ちちゃうから転校した地方で優秀な生徒が期間限定で中央で学べるシステムが数年前にできたんだ。」

「そうなんですね。初めて知りました。さすがに地方ウマ娘ちゃんまでは詳しくないので……。」 

ワシントンカラーはスマホを取り出して画像を検索した。

「えっと、岩手は……。この人が一番強いみたいだけど。」

「この人じゃないですね。(恐そうな雰囲気の方ですね。)」

「この人は?」

「この人は知ってますが違います。モリユウプリンスさんですね。」

「うーん、私もあんまり詳しくないからなぁ。そうだ、昨年テイエムメガトンが岩手に遠征したとき送ってきたのがあった。」

 ワシントンカラーのスマホには眼帯をつけたウマ娘が写っていた。

 アグネスデジタルは凝視してそのウマ娘を見た。

「先程のお二方よりは近い気がしますが判断しかねますね。髪の色は一致してますが。似てるとは思います。最初見たときサイレンススズカさんだと思ったんですけどちょっと違ってて。」

「そっか。スズカに似てるか……。」

 ワシントンカラーは岩手のレースを調べ始めた。

「えっと、冬場はレースやってないから去年ので、あ、シャーロック先輩、南部杯の岩手トレセン学園の面子って覚えてます?」

「いや、よく覚えて無いな。だがサイレンススズカに似ている者はいなかったと思う。」

「そうですか。あ、この子かな。昨年の桐花賞っていうので一着とったウマ娘がよく似てる気がするけど。」

 全体が青で横一線に白が入った勝負服を身にまとったウマ娘がゴール前で相手を交わし一着を取っていた。

 この映像で確信できた。

「この人です!えっとお名前は……。」

「メイセイオペラっていうらしい。あれっ、私もなんか聞いた覚えがある名前だな。確か去年のユニコーンステークスで岩手の子が怪我かなんかで回避になったんだけどそんな名前だった気がする。」

(メイセイオペラさん……。なんて素敵なお名前なんですか!)

 アグネスデジタルは思わずうっとりしてしまった。

だが一瞬で我に返った。

「あ、すいません。ありがとうございました。おかげで解決しました。ええっとお代の方は……。」

「いいよいいよ。すぐにわかったわけだし。」

「えっ、いいんですか?」

「まあ、すぐに調べてわかったことなんでね、今回はサービスしておくよ。」

 アグネスデジタルは一礼して部屋を出た。

(トレセン学園の他に地方のウマ娘ちゃんもいるなんて!シンドイ、シンドすぎる!)

 などど思っていたら着信が入った。

 アグネスデジタルが所属するある組織からの指令だった。

〈メイセイオペラに接触せよ〉

 その文面を見て驚愕した。

(会長!あなたはエスパーですか!でもこんな指令出すなんてあんまりです。ウマ娘ちゃんは離れたところでじっくり観察するのが私のポリシーなのに。でも組織からの指令とあらばいいでしょう、やりますとも。)

 

(メイセイオペラ。6月6日生まれ。岩手トレセン学園水沢校所属。好きな食べ物はティラミス。好きなスポーツは野球。岩手での戦績はダイヤモンドカップ、東北優駿、不来方賞制覇。ダービーグランプリ、スーパーダートダービーは10着……。その後桐花賞を勝って川崎記念は4着、と。盛岡支部からの情報はこれくらいですか。)

アグネスデジタルは様子を伺っていた。

まずは行動を追って対処しようと考えていた。

しかし、思わぬ事態に困惑していた。

「なんやて!『マーキュリー』に入るってって正気か!」

 タマモクロスの大声で事の次第を把握した。

(そうなんです。よりにもよってそんな悪名高いチームに入るなんて想定外です。ダートウマ娘がチームに入るなんて難易度高いですから仕方のないことかも知れませんが。個人に接触の前に所属チームで攻める作戦は頓挫してしまいました……。チームの観察も難しいですがここは試練ですね。)

 マーキュリーに出入りするメイセイオペラを観察し、チーム状況も把握に努めたが思わぬ事態に巻き込まれてしまった。

「おい、そこのお前何やってる!」

 マーキュリーの一員に呼び止められた。

「ひぃ~。す、すいません。」

「怪しい奴だな。ちょっとこっち来い。」

「ひぇー。勘弁してください!」

 無理矢理チームに引きずり込まれてしまった。

「シリウスさん。怪しい奴がいたんで連れてきました。」

 半ば拉致された状態であった。

「ふ~ん、で、お前、名前は?」

 シリウスシンボリの問に恐る恐る答えた。

「あの、今年入学したアグネスデジタルって言います。」

「アグネスデジタル……。お前、もしかして芝もダートも優秀な成績で入ったやつか?」

「へっ、あのう、それはアメリカ住んでたんでダートやってて。芝も偶然あったみたいだったんですが……。」

「で、その天才少女がなぜこんなチームに興味を持ったんだ?」

「天才少女てそんな……。私はどこにでもいる普通のウマ娘ですよ。」

「おい、ごまかすな、私の質問に答えろ!」

「ひぃっ、す、すいません。」

 シリウスシンボリの語気に怯んだ。

 少し考えてからアグネスデジタルは答えた。

「おっしゃる通り私は芝もダートもそこそこの成績でトレセン学園に入学しました。それでありがたいのですが色々なチームからスカウトも来るんですけど、どうしても芝かダートかまだ決めかねてまして。それでスカウトするチーム同士でケンカになったりギクシャクしたりして困っていて。それで一時的にこちらのチームに入れないものかと思っていたんですが。」

 自分でも驚くくらいスラスラと口からでまかせが出た。

 実際には芝もダートも同じようにレースに出たいというと変態認定され次第にスカウトされなくなったというのが事実であった。

「なるほど、そういうことか。煩わしいスカウト避けって訳か。このチームは出入りは自由だ。それまで仮入会ってことでいいか?」

「ちょ、シリウスさん!いいんですか?」

 チームの一員が疑問の声をあげた。

「まあ、いいだろ。この間も地方のやつ入れたし、変わったやつがもう一人増えったって変わらないだろ。異論はないな。」

「で、こいつの世話はどうするんですか?新入生ですよ。あ、そうか。新入りにやらせればいいのか。」

 

数分後、メイセイオペラはチームからよびだされた。

「メイセイオペラ、今日からこいつの面倒を見ろ。」

横には小柄で頭に大きなリボンをのせたウマ娘がいた。

「アグネスデジタルっていうウマ娘だ。こいつはメイセイオペラっていう岩手からきたやつだ。」

「面倒って何をすればいいんですか?」

「トレーニングに付き合ったりとか、か?」 

 ずいぶんと漠然とした答えに困惑したメイセイオペラだった。

「そういうことは二人で決めればいい。それでは頼んだ。」

「はあ。」

 唐突過ぎてよく状況を飲み込めてはいなかったがしぶしぶ受諾した。

「よ、よろしくお願いいたします。初めましてアグネスデジタルっていいます。」

「あ、よろしく。メイセイオペラだ。岩手トレセン学園水沢校のものだ。」

 二人はチーム部屋を出ていった。 

「君さ、トレセン学園の探偵事務所でオレを探ってただろ?」 

道すがらメイセイオペラはアグネスデジタルに率直に疑問をぶつけた。

「えっ、あの、そ、それは……。あ、そうです!ダートの走り方を勉強したくてメイセイオペラさんにお尋ねしたくて。」

「ダートだったら他にいるじゃないか、探偵事務所のタイキシャーロックさんやワシントンカラーさんもダート走るし。」

「ち、地方のレース状況も知りたくて。」

「それだったら南関のやつもいるけど。」

「あの人はだめです。だって、行動範囲がトレーニングと図書館と本屋さんしか行かないんですよ!」

「行動範囲て、お前……。」

「いや違うんです。見たのはたまたまで、本当たまたまで。」

(こいつオレの行動も探ってるんじゃ……?)

(まずい、腹の中を探られるのは。話題を変えましょう。)

「あのう、今日はどうされますか?」

「あ、すまない、今日はクラスの人と併走トレーニングがあって君のトレーニングには付き合えないが。」

「構いません、差し支えなければ見学してもよろしいですか?」

「ああ、構わないけど。君ダートにするの?」

「それが……。」

 アグネスデジタルは自分の今後の目標を話した。

「は?芝もダートも走りたいって、そんな無茶にも程がある。」

「でもでも、もったいないじゃないですか!どっちしか選べないなんて。実際どちらも走る方もおられますし。」

「そりゃ、あるにはあるし。確かにオレがメイクデビューした頃イシノサンデーって人が皐月賞勝った後でダービーグランプリで勝った例はあるけど。稀な例だよ。」

「ホラ、不可能じゃないじゃないですか。」

「あのな、芝もダートもってのはプロ野球で言ったらエースピッチャーと強打者を兼務するようなもんだぞ、大昔じゃあるまいし今いないだろそんなやつ。(まあアイツならプロ行ってもやりかねんが。)」

 メイセイオペラは芝とダートの『二刀流』は難しいと野球で例えたがアグネスデジタルは納得していないようだった。

その後、併走トレーニングの見学中にアグネスデジタルは組織宛にメールをした。

〈我、任務を果たせり〉と。

そのメールを送信後すぐさま返信が来た。

〈来年3月までメイセイオペラを支援、協力せよ〉

アグネスデジタルは受諾の旨を返信した。

チームマーキュリーはこの時から落ちこぼれと不良、そして変態ストーカーの悪名高いチームと言われることとなった。

 

  

Chapter3 帝王賞と魔王視察

 

〔バトルラインが先頭!気力を振り絞ってコンサートボーイ!それを抜き去ろうというのがアブクマポーロ!アブクマポーロ!間からコンサートボーイ!アブクマポーロ並んでゴールイン!僅差でコンサートボーイが帝王賞を制しました!〕

昨年の帝王賞、クビ差でアブクマポーロはコンサートボーイに敗れ二着。苦い敗戦だった。

時折、その時の夢を見るようになった。

そしてその度に苦々しく悔しい気持ちが蘇ってくるアブクマポーロだった。

(くそ、またあの時の夢を見てしまった……。)

 真夜中にそれで目が覚め、隣のベットではメイセイオペラがすやすや眠っていた。

(いい気なもんだ。たいして強くもないから大した悩みもないんだな。)  

6月後半に入り、トレセン学園では安田記念も終わり宝塚記念に注目が集まろうとしていた。

ダートでも月末に帝王賞(大井·ダート·2000M)がある。

(僕はもう二度と負けはしない。今年こそ帝王賞、南部杯、東京大賞典を勝つ!出走できるすべてのダートG1を穫る!そして地方最強ウマ娘としてドバイに行くんだ!) 

心に強く誓うアブクマポーロだった。

 

メイセイオペラは自主トレに励んでいた。

しかし、大抵のウマ娘達はトレーナーがついている。

(地元のレースは勝てるんだけどこっちでのレースはやっぱりレベルが高くて今のままじゃ駄目だ。でもどうすりゃいいかもわかんないし。ニセイ先輩も他場のレースはなあ。大井だったらスイフト先輩にでも聞いてみるか。)

タオルで汗を拭きクールダウンに入ったが突如背後からある男が静かに迫りメイセイオペラの脚部を触り始めた。

「ほうほう、これはなかなかの……。ぎゃあ!」

メイセイオペラは虫でもついたと思い脚で思い切り振り払うと後ろに男の人がふっ飛んでいった。

「すいません!大丈夫ですか?(……って、この人もしかして)」

 倒れ込んだ男はどこかで見た記憶があった。

「トレーナーさん、あ、また触って蹴飛ばされたんですか?もう、相変わらずですね。」

今年のダービーウマ娘スペシャルウィークが来た。

「すいません、オレがやってしまいまして。」

「いえいえ、こんなことされたらそうなりますので。お気になさらずに。」

 男はチームスピカのトレーナーだった。

「……痛ててて……。」

スピカのトレーナーが起き上がるとメイセイオペラに声をかけた。

「なかなかの脚力だ。君、もしよかったらスピカに入らないか?」

いきなりのスカウトだった。

「トレーナーさん、この方誰かわかって言ってるんですか?」

「え?知らないけど。」

 スペシャルウィークはメイセイオペラを知っているようだがトレーナー知らないらしい。

「岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラって言います。4月からこちらでお世話になってます。」 

「そうか、岩手のウマ娘か。確か岩手にものすごい強いウマ娘がいるって聞いてるけど君がそうか?」

「いえ、私ではないです。あ、スカウトはありがたいんですけど、チーム入っててしかも私ダートなんで。スピカの方々って芝だけですよね?」

「あ、そうなんだ。そうかぁ、ダートは俺専門外だからなあ。」

「ええっ!ダートでもいいじゃないですか!トレーナーさんもう少しチームメンバー欲しいって言ってたじゃないですか。」

「あのなスペ。芝とダートじゃトレーニング方法も多少変ってくるしバ場の状態だって判断基準が違う。あと戦略もな。」

「そういうものなんですね。」

「そういうもんなの。あ、でもダートですごいトレーナー知ってるんだけど紹介しようか?でもチーム入ってるからいるのか。」

 スピカのトレーナーはダートが苦手らしく代わりに他のトレーナーをメイセイオペラに紹介しようとした。

「いえ、チームはマーキュリーってところでトレーナーいないのでご紹介いただけるとありがたいです。でもそんなすごいトレーナーならもう引く手あまたじゃないんですか?」

「いや、今、日本にいないはずだし、フリーだと思うよ。一応連絡してみるね。って、君あのマーキュリーにいるの?」

「はい。なかなかチームか入会条件がほかでは厳しくてチームにやっと入れたんです。」

「そっか……。まあ、大丈夫だと思うけど。少し待っててくれればご期待に沿えると思うよ。」

「すいません、ではよろしくお願いいたします。」

 メイセイオペラが礼を言うとスペシャルウィークとスピカのトレーナーは去っていった。

 

 帝王賞当日。

 そのウマ娘はヘトヘトになりながらも新幹線に乗り込み東京駅に着いた。

 盛岡にいるときと同様黒ジャージにサンダルの格好のまま上京した。

(やっと慣れたと思ったがまだまだキツい。)

 乗り物は大の苦手であった。

そして、とあるビリヤード場に参上した。

 入るとシリウスシンボリが待っていた。

「よう、久しぶりだな。ニセイ。」

「ご無沙汰してます。シリウスさん」

「早速だがお前の件を先に済ましておくか。これが調査結果だ。結論から言って国内にはいなかった。」

調査報告書をトウケイニセイに渡した。

「いなかったってことはもう……。」

「はやとちりするな。いないってことで死亡は確信されていない。海外にいる可能性もある。そっちも調べるか?」

「いえ、海外だと費用もかさみますんでそれ以上お手数かける訳には。」

「そうか。ではこの件はこれで一段落だな。それじゃひと勝負といこうか。まだ帝王賞まで時間あるだろ?」

シリウスシンボリはキューをトウケイニセイに手渡した。

 

 大井レース場はG1帝王賞ということもあり多くの人でごった返えしていた。

「先輩!来てたんですか!」

「おうよ!お前のレースを見てやる。気張れよ!」

 メイセイオペラがパドックにいるとトウケイニセイに気づいた。

 思わぬ来訪にやや困惑はしたが。

「俺も来たぞオペラ。頑張れよ。」

「スイフト先輩も来ていだだいてありがとうございます。頑張ってきます。」

 スイフトセイダイ。

 トウケイニセイが活躍する前にこのウマ娘はグレートホープと共に岩手の一時代を築き上げた。

 岩手だけにとどまるだけでなく南関に短期で転校しレースにも出て活躍した。

 川崎記念の時に指導を受けていて面識があった。

 メイセイオペラが挨拶して離れるとあるウマ娘が両者に近づいて来た。

「初めまして、トウケイニセイさん。南関東、船橋のアブクマポーロです。今度僕と勝負して下さい。あいつじゃ力不足でお話にならない。」

「は?テメェ誰に口聞いてんだコラ。川崎記念で勝ったぐらいでいい気になってんじゃねえぞ。今の俺なら勝てるって言うんか。あ?」

アブクマポーロは黙ったまま小さくクビを縦に振った。

「テメェ!面白しれぇこと言うじゃねぇか。」

「おい、ニセイ、止めとけ。モリユウにも釘さされてんだろ。」

 殺気だったオーラを放つトウケイニセイをスイフトセイダイがたしなめた。

 トウケイニセイがアブクマポーロと対峠したがしばらくしてアブクマポーロが離れていった。その間緊張感が周囲に張り巡らせられてスイフトセイダイはヒヤヒヤしたが緊張が緩み、安堵のため息をついた。

「スイフト先輩、この俺を褒めて下さい。半殺しにしてもいいやつをじっと堪えたんですから。」

「おいおい、また騒ぎを起こす気かよ。今日はオペラのレースなんだから頼むよ。」

そうこうしている間にレースが始まった。

 

ゲートが一斉に開く。

先行争いでメイセイオペラがハナに立った。

三番手にバトルライン、その後に昨年の東京大賞典勝者トーヨーシアトル、中団にはアブクマポーロ、その後ろにエムアイブランがマークする形となった。

中盤にさしかかると後方からベニノコバンが前方に動き始めた。

ゴールまで800。

ベニノコバンがメイセイオペラに迫って来た。

3コーナーでワイルドブラスター、トーヨーシアトルが前に来る。

残り400。 

アブクマポーロはまだ動かず中団の内を通っていた。

4コーナーで各ウマ娘の動きが激しくなって来た。

(よし、行ける!)

メイセイオペラはまだ先頭を維持して逃げ切るつもりだった。

後方からトーヨーシアトル、バトルラインが迫って来たがなんとか粘っていた。 

しかし、ゴール手前で虎視眈々と迫る影があった。

ピンクと緑の勝負服をまとったアブクマポーロが一瞬でインから交わしていった。

〔その内をついてアブクマポーロ!アブクマポーロ!メイセイオペラ!バトルラインは三番手!さあ抜けてきた!アブクマポーロだ!アブクマポーロだ!アブクマポーロです!二番手争いはバトルラインか?アブクマポーロ!アブクマポーロー!永遠にその名を刻んだアブクマポーロ!〕      

 アブクマポーロが貫禄の1着、2着バトルライン。        

 メイセイオペラは3着だった。

(やっぱり届かなかったか。)

 上位に食い込めたもののアブクマポーロ、バトルラインに先着を許した。

(でも川崎記念の時よりは手応えはあった。次こそ!)

 応援に来たトウケイニセイを見ると憮然としていた。

その表情で察知した。

(ああ、今日は説教タイム確定だな。せめて3時間で終わってくれればいいけど。5時間だったら多分死ぬな。)

 アブクマポーロは自分の担当トレーナーのところに駆け寄って来た。

「よくやった。」

 船橋から来たトレーナーはそう声をかけると一礼してアブクマポーロは去っていった。

(しかし……。あの岩手のウマ娘はトレーナー無しでよく3着になったな。もし優秀なトレーナーがついたら…って考えすぎか。)

 そして、あるホテルの一室でモニター越しにその光景を見ていた男がいた。

(フム、やはりあいつに比べて力が今一歩いや二、三歩足りないかな。まあ実際に見てみないと判断つかないところもあるが。鍛えるとすればまずそこか。)

冷静に状況を推察していた。

 

  

Chapter4 誰がためのウイニングライブ 

 

「お互い残念だったな。」

バトルラインが話しかけた。

「そうですね。」

メイセイオペラは答えた。

(しかし、コイツが3着なんて。ブラン先輩やトーヨーシアトルさんより先着するとは。オレもうかうかしてられないな。)

 バトルラインは地方ウマ娘であるメイセイオペラにも気さくに話しかけたり、併走も快く引き受けてくれたりと中央トレセンで一番親しい気さくなダートウマ娘だ。

タイキシャーロックやエムアイブランらと併走できたのも彼女の人脈のおかげでもあった。

 裏表もなくメイセイオペラにとって中央トレセンの中でもつきあいやすいウマ娘だと思っていた。

バトルラインとともにアブクマポーロの控室に向かっていた。

ノックをして二人は入室した。

「よっ。ウイニングライブの打合せに来たんだけど。」

バトルラインの言葉にアブクマポーロは冷ややかな目線で答えた。

「君たちか。ウイニングライブは僕一人で行う。構わないでくれ。」

「そうか……。でもな、オレはいいけどメイセイオペラはわざわざ岩手から応援団も来てるんだ。せっかくだから……。」

「必要無いって言ってるだろ!大体ウイニングライブなんて形式的なものだろ。なくったっていいんだ。」

バトルラインの言葉を遮ってアブクマポーロはそう答えた。

バトルラインの顔はみるみる紅潮していった。

「お前、今なんつった?」 

「ウイニングライブなんて必要ない。」

アブクマポーロは再度持論を主張した。

「『必要無い』だと?ウイニングライブをなんだと思ってるんだ!応援してるのはお前のファンだけじゃ無い。他のファンもいるんだぞ!それに、芝の奴らにパフォーマンスも劣るっていつも言われてんだ。『ガサツなダートウマ娘』だってな。」

「だったらいっそのこと辞めればいいじゃないか。」

 アブクマポーロは冷たく言い放った。

「テメェ!」

バトルラインが詰め寄って今にも殴りかかろうとしたのをメイセイオペラは羽交い締めにして止めに入った。

「バトルさん落ち着いて下さい!」

「離せ!オペラ!お前も地方ウマ娘だからあんなヤツの味方すんのか!」

「違いますって!バトルさんの言ってる事の方が正しいです!でも、こんなところで騒ぎを起こしてもなんの得にもなりませんよ!」

メイセイオペラの言葉にバトルラインは冷静になって掴みかかるのをやめた。

しばしアブクマポーロをにらみ、

「フン!勝手にしろ!行くぞオペラ。」

そう言い放って部屋を出ていった。

メイセイオペラはアブクマポーロを見つめていた。

「何だ、止めに入っくれた礼なら言わないぞ。」

「いらねぇよ、そんなもん。」

 少しの間沈黙が続きメイセイオペラは言った。

「でも、あんたは根本的に間違ってる。あんたは南関東だから知らないだろうけど地方のトレセン学園がいくつも閉校なってる現状を考えたことがあるのか?現にいくつもの地方のトレセン学園が危機になってる。岩手だって例外じゃない。そのためにはウイニングライブは必要不可欠なものなんだ。それに……。」

アブクマポーロを直視して言った。

「あんたは『絶対王者』じゃない。オレの知ってる限りあんたよりも強いウマ娘を知っているし、そう断言できる。んで、いつかそれを証明して見せる。」

アブクマポーロは鼻で笑って答えた。

「フッ、やれるもんならやってみろ。まあ無理だけどな。じゃあ今度君の地元のレースにも参加してやろう。僕が勝ってレース場内お通夜状態にしてやるよ。誰かさんの時みたいにね。」

さすがの言動にメイセイオペラも感情が動いたがにらみつけるのにとどまった。

「何だ?まだ言いたいことがあるのか?」

アブクマポーロは挑発するかのように続けた。

「オメェ。なった気さなってんじゃねえぞ!クソが!」              

耐えかねて地元の言葉でメイセイオペラは言い放って乱暴にドアを締め出ていった。

(何だ?調子に乗るなとかの意味か?)

アブクマポーロはそう考えたが概ねあっていた。 

ウイニングライブの後、アブクマポーロの控室に一人のウマ娘が入ってきた。

「コンサートか。お前まで僕に何か言いたいのか?」

アブクマポーロはうんざりした口調で言った。

昨年の帝王賞覇者コンサートボーイは真剣な表情で言った。

「ポーロ……。お前、今回は勝ったけどそんなんじゃ今に足元すくわれるぞ!」

「……誰に足元すくわれるって?まさか岩手のやつとかじゃないよな?」

アブクマポーロは嘲笑うかにように答えた。

「あのな、あいつは……。いや、もういい。一応警告はしたからな。」  

「言いたいことはその程度のことか。もううんざりだ。出ていってくれ。今の僕に勝てるものなどいやしない。君にだってもう負ける気がしない。」

「ああ、そうかよ!せいぜい痛い目みるがいいさ。増長しやがって!」

コンサートボーイは出ていった。

(確かに今のポーロなら誰にも負けないかもしれない。でも……。スーパーダートダービー10着のときはお世辞でもとても強いウマ娘には見えなかった。川崎記念で4着、今回の帝王賞3着で確実に力をつけている。しかも専属トレーナーがいない状態でだ。お前には脅威とは見えないのか?他のウマ娘達はお前に負けてうなだれていたがあいつだけはうつむくことはなかった。アブクマポーロの馬鹿野郎!……一応、イナリさんにも伝えとくか。)

コンサートボーイはメールでイナリワンに状況を伝えたが、意外な返事が返ってきた。

(放っておけ。)

そう短く返信された。

 

 レースが終わった後、メイセイオペラはトウケイニセイ、スイフトセイダイと共に残念会並びに反省会も兼ねた食事会を行っていた。

大盛りの生のニンジンを破壊的な顎の力でトウケイニセイはバリバリ食べながら説教タイムに突入していた。

「ったく。あんなのにまた負けやがって。」

メイセイオペラは萎縮して面目ない表情で食事にも手をつけないでいた。

「その辺にしとけよ、ニセイ。オペラ、冷めちまうからけえ(※けえ=食え)。」

スイフトセイダイが助け舟を出した。

「そうだ、お前ら、オレに朗報が舞い込んだぞ!なんと!このスイフトセイダイ、就職が決まりました!」

「えっ、マジですか?スイフト先輩。で、なんの仕事につくんですか?」

「それがだな……。まだ内緒だ。」

トウケイニセイとメイセイオペラは顔を見合わせた。

「……先輩。悪いこと言わないから岩手の恥になるようなことはやめてくださいよ。なぁ、オペラ。」 

「ええ、給料低くても真っ当な仕事についた方がいいんじゃないかと。」

「お前ら!俺をなんだと思ってんだ!ちゃんとしたとこに決まってんだろ!そこは大丈夫だから、いやマジで。」

メイセイオペラもトウケイニセイもあやしい仕事なのでは?と疑いの目で見てはいたが深く追求はしなかった。

その直後、トウケイニセイに着信が入ったらしく席を外した。

メイセイオペラは少しずつ料理を口に運んだ。

「あまり気にするなよ。オペラ。あいつは自分基準でしかものを考えないからお前に対する要求も高いんだ。」

「はい、分かってますけど、もうちょい何かできたかもって考えてしまって。」

「まあ、作戦は悪くないと思ったよ。ハナにまた立ったのも予定通りか?」

「いえ、川崎記念と同じで誰も前に行かないからそうなっただけです。」

「そうか。まあ……あとはもう少し力があればな。」

「ですね。あ、そうだ。オレもやっとトレーナーつくことになったんです!」

「おっ、やったな!で、どんなやつなんだ?」

「それが、来月頭で会う予定でしてまだよく分かってないんです。理事長秘書のたづなさんが言うには海外から来るって言ってましたけど。」

「ほう、オペラお前英語とか大丈夫なのか?」     

「いえ、一応日本人らしいので言語は大丈夫かと。」

 席を外していたトウケイニセイが戻って来た。

「トレーナー?お前決まったのか?」

「昨日急に決まったんでよく分かってないんですけど。」

「合わなかったらすぐに担当はずしちまえよ。」

「いや、でも決まるまで時間かかりましたからおいそれとはずす訳には。」

「じゃあ、困ったらすぐにオレに相談しろよ。」

その後他愛もない会話に終始し食事会は終わった。

翌日、トウケイニセイは盛岡に帰っていった。   

 

Chapter5 皇帝、不来方行幸

 

帝王賞当日。

二人のウマ娘達は東京駅で東北新幹線に乗り込み一路盛岡へ向かっていた。

シンボリルドルフ、エアグルーヴの生徒会長副会長両名であった。

「エアグルーヴ。まだ納得いってないようだな。」

「……いえ。そういう訳では。」

ルドルフの問にエアグルーヴは手短にそう答えた。

今回の盛岡訪問に不服そうに見えたからだった。 

「なあ、エアグルーヴ。日本でウマ娘の近代レースが始まったのはどこだ?」

「それは……。横浜の根岸ですね。」

「そうだ。では2番目は?」

「東京です。」

「では、3番目はわかるか?」

「いえ、そこまでは授業では習ってませんでしたからわかりかねます。」

「そうか。3番目は今から行く盛岡だ。岩手はウマ娘と関わり合いが深い。そしてレースにも熱狂的だ。歴史的に見ても色々ためになるし勉強になるぞ。」

一行は盛岡レース場と府中、東京レース場とが姉妹提携するにあたりその礼として赴くこととなった。

エアグルーヴはこの機会にルドルフに対する疑問を思い切ってぶつけてみた。

「会長。何故、地方のウマ娘に注目されてるのですか?」

「エアグルーヴ。お前までそういうのか?では、オグリキャップやイナリワン等はこちらに転校しなくても良かったと?」  

「そうは申し上げませんが……。」

「では、盛岡につくまで時間があることだし僭越ながら私の話をしよう。私が2度目のジャパンカップで運良く勝つことができたのだが、2着は誰だと思う?」

「2着ですか?さあ?アメリカとか欧州のウマ娘ですか?」 

「普通、そう思うよな?でも違う。2着は『ロツキータイガー』というウマ娘だ。」

「聞いたことがない名前ですね」

「そうだろうな。南関東の船橋のウマ娘だから。」

「船橋!」

エアグルーヴは驚きを隠せなかった。

「そう、しかも蹄鉄がダート用だったそうだ。もし……、芝用の蹄鉄であったならと考えるとな。だから地方のウマ娘も侮れないと思うようになった。才能があっても埋もれている者たちがいるのではないかと。だからオグリキャップもイナリワンも私は強く地方からの転校を勧めたしそれに協力した。」

「そうでしたか……。私はそこまでは考えが及びませんでした。」

「いや、無理もない。かつて私もそれまで地方のウマ娘などではなく、海外のレースやウマ娘ばかり見ていたからな。」

(だからこそ、今度は直接会いに行く。何度も打診したものの無下もなく断られてきた。『岩手の魔王』トウケイニセイを口説き落とす!)

ルドルフは決意を胸に抱いていた。

 

盛岡駅からタクシーで向かい盛岡レース場及び岩手トレセン学園盛岡校についた。

「思ったよりでかいな。地方のトレセン学園に何度か足を運んだが大井を除くとここより大きいところはまずないな。」

ルドルフの率直な感想だった。 

「そうですか。景色も素晴らしいですね。」

エアグルーヴもはるか彼方に見える岩手山を見てそう答えた。

「シンボリルドルフ会長。エアグルーヴ副会長。ようこそ盛岡へお越し下さりありがとうございます。本来ならこちらが参るべきでしたのに。」

岩手トレセン学園生徒会長モリユウプリンスが出迎えた。

「モリユウプリンス会長こちらこそよろしく。いや、盛岡レース場をこの目で見ておきたかったので好都合です。それに2年前の礼もありますから。」

「いえいえ、その件でしたらこちらにも非はありますので、お気になさらずに。ではご案内致しますのでこちらへどうぞ。」

モリユウプリンスの案内により二人は施設内へ入っていった。

そして二人はトラック内へ案内された。 

盛岡レース場はダート一周左回り1600メートル高低差4.4メートル、芝一周左回り1400メートル高低差4.6メートル。ゴール手前は登り坂となっている。

無論地方レース場で唯一の芝コースのあるレース場だと説明を受けていた。

(地方で唯一か。中央と違ってダートが外で芝が内とはいささか違和感を覚えるな。)

ルドルフはそう感じていた。

そして一通りモリユウプリンスが説明し終わった後、「本題」に入った。

「モリユウプリンス会長、その……、今日こちらにトウケイニセイさんはいらっしゃいますか?お会いしたいと思っていたのですが……。」

ルドルフがそう言うと途端にモリユウプリンスはバツの悪そうな顔になった。

「その……、申し訳ございません。実はトウケイニセイ今日、『帝王賞』にメイセイオペラが出るのでその応援に大井に行ったんです。」

「帝王賞!そうですか……。」

(わざわざ用事にせずとも大井に行けばよかったのか!迂闊だった。)

モリユウプリンスは恐縮していた。

(え?ニセイ先輩に会いたかったの?だって絶対揉め事になると思ったから大井に行ってもらって回避しようと思っていたのに。)

思わずのすれ違いにルドルフも戸惑っていた。

(しかし次の予定までちょっと時間があるな。)

「モリユウプリンス会長、急で申し訳ないのだが芝コース走ってみてもいいだろうか?」

「えっ?コースですか?いいですよ。更衣室ご案内します。」

「エアグルーヴ。お前もどうだ?」

「お供します。」

予定外の芝コース試走となった。

モリユウプリンスは二人の走りを見てウットリしていた。

(やっぱりフォームが二人ともキレイだわ。もう併走なんて。いやこんなの無料で見ていいのかしら?) 

モリユウプリンスは至福の時間を過ごしていた。

「会長!モリユウプリンス会長!」

盛岡校の生徒がモリユウプリンスに声をかけた。

「えっ!何?」

「モリユウプリンス会長。ルドルフさん達はシャワールームに終わったらご案内でいいんですよね?」

「そ、そうね。そうして下さい。」

(もうこんなこと二度とないはず。しっかり目に焼き付けとくわ。)

走る姿をずっと見ていたかったモリユウプリンスだった。

 

「モリユウプリンス会長お世話になりました。」

「いえいえ、もっとゆっくりしていらしても。」

「いや、明日帰る予定で次の予定もあって申し訳ない。」

ルドルフ達はモリユウプリンスにそう言ってタクシーに乗り込み盛岡レース場を後にした。

「エアグルーヴ。次の予定は?」

「小岩井農場に行って今日は宿に泊まる予定です。明日はチャグチャグウマ娘達と面談の予定となっております。」

「小岩井農場か、分かった。」

 ルドルフは短く答えた。

(トウケイニセイ……。会ってみたかったな。) 

遠くに望む岩手山を眺めながらルドルフはそう思った。  

          

番外 エアグルーヴラーメン紀行

 

 ルドルフとエアグルーヴは盛岡一の繁華街大通りへ向かった。

「ここです。会長。」

「エアグルーヴ。どう見ても書店にしか見えないのだが。」

「ユキノビジンから聞いたのですが、ここの3階にあるそうです。」

「3階?」

「どうかされましたか?」

「いや何でもない。」

「しかしこれは私の問題で、会長がわざわざお付き合いする必要はないかと思うのですが。」

「まあ、そういうな。『旅は道連れ世は情け』というではないか。『一蓮托生』とも言うか。さあ行こうか。」

(全くの無関係な会長まで巻き込んでしまった。)

ことの発端は1ヶ月前に遡る。

メイセイオペラは一人のウマ娘とすれ違った。

(ファインモーション「殿下」だ。)

「ごきげんよう。」

「こんにちは。」

すれ違った途端にファインモーションはふり返り声をかけた。

「ねぇ。君、制服も違うようだけど、どこの方なの?」

「あ、ハイ、オ……いえ私は岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラって言います。」

「岩手からきたんだ?あの、岩手で美味しい食べ物ってあるかな?」 

「えっと、冷麺とか南部せんべいとか。じゃじゃ麺ってのもあって……。」

「ごめんなさい。えっとね、ラーメンで美味しいところあるかな?」

「ラーメンですか?そうですね。普通の醤油とか味噌とかくらいしか思いつかないんですが。……あっ。そういや前にユキノさんに連れてってもらった『キムチ納豆ラーメン』てのがあって……。」

「キムチ納豆ラーメン!なにそれ!」

ファインモーションは一気に瞳を輝かせ、テンションは爆上がりした。

(やっぱり噂通りラーメン大好きなんだこの人。)

メイセイオペラは思わぬところに食いついたと思った。

「発酵食品のキムチ。そして納豆。その下にラーメン!それはもう『スーパーミラクルウルトラ完全食』じゃない!」  

「いや、ラーメンなんで……。盛岡では有名らしいですが。」

「そうなんだ。」

「ファインモーションさん!」

ファインモーションと親しいらしいウマ娘が話かけてきた。

「ああ、ごめんなさい。その時間だったね。今から参ります。では、メイセイオペラさん。そのお話後で聞かせて下さいね。」

「あ、ハイ。」

メイセイオペラの前からファインモーションは颯爽と去っていった。

 盛岡へ出張する一週間前、エアグルーヴは同室のファインモーションに告げた。

「ファイン。この日、ルドルフ会長と盛岡行ってくる。一泊して来るから。」

「え?盛岡?」

「どうかしたか?」

「あのね。実はお願いがあるんだけど?」

「なんだ?」

「盛岡にね、『キムチ納豆ラーメン』というのがあって、グルーヴさんに食べてもらって感想が聞きたいなあって。どうかな?」

「は?なんで私が?」 

「だって、私気軽に遠出できないし。」

「そうは言ってもそもそもお前と味覚が一致してる訳ではないぞ。それになんで私がそんなゲテモノじみたものを食べねばならんのだ!」

「どうしてもダメ?」

「当たり前だ!会長とも行動を共にするんだぞ!」

「そう……。分かったわ。」

そう言うとファインモーションはおもむろにスマホを取り出して通話し始めた。

「もしもし、姉様、ファインだけど。グルーヴさんがどうしても今すぐお会いしたいって……。」

「ちょっと待て!」

エアグルーヴは慌てて通話を遮った。

「分かった……。お前の言う通りにするから、それだけは……勘弁してくれ。」

ちなみに実際には通話をしたフリだった。

 

3階に上がると暖簾が掛かった入口がすぐに見えた。

二人はそこへ入っていった。

「いらっしゃいませーーーーーーーーー!」

奇声かと二人共一瞬ビクッと驚いたが店主の来店挨拶だった。

席に案内され、目的のキムチ納豆ラーメン2丁を注文した。

「しかし、さすがの『女帝』様も『殿下』には型なしだな。」

ルドルフはエアグルーヴからことの経緯を聞き、思わず吹き出してしまった。

「笑いごとじゃないですよ。全くあいつのラーメン狂いにはほとほとうんざりです。ところで会長、何か疑問でもあったのですか?」

「いや、大したことではない。私も詳しくはないのだが、普通飲食店というのは1階で営業することがセオリーだという。それなのにここは3階だ。型破りというか常識外れというかと思っていたところなんだ。第一ここも初見で寄ろうとは思わないだろう?」

「確かに。さすが会長です。そこまで考えが及びませんでした。」

「よしてくれ。そんなところ褒められても面映ゆいだけだ。ほら来たようだぞ。」

器が二つ運ばれて二人の前に置かれた。

終始黙って食し店を後にした。

エアグルーヴはルドルフの口に合うかどうか心配で味を確かめるどころではなかった。

大通りから盛岡駅へ二人は歩いて向かっていた。

青い鉄骨の橋の前の交差点で信号待ちをしてるとルドルフは言った。

「エアグルーヴ。意外と美味かったな。」

口にあったようでエアグルーヴは安堵し、そのまま盛岡から新幹線に乗り込み二人は帰路についた。 

寮に着き部屋の備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を取り出そうとしたが、あるパッケージが目に映りわなわなと戦慄した。

「グルーヴさん、お帰りなさい。どうだった?」

丁度ファインモーションも部屋に戻って来たところだった。

「なんだ?これは?」

震えた声でエアグルーヴはそのパッケージを見せて問うた。

「あ、それ!さっき、メイセイオペラさんからいただいたの。『キムチ納豆ラーメン、通販でも取り寄せられますよ』っておっしゃってたわ。後で一緒に食べようね。」

嬉嬉として答えるファインモーションにエアグルーヴは震え続けていた。もちろん怒りで。

「……誰が、誰が食べるか!この!おおたわけが!」

栗東寮全体に響き渡るような怒号であった。

 

※注 現在は書店の3階にあるお店は閉店されて別のところへ移転しました。 

    

             

番外 オグタマ奥州顛末記

 

  タマモクロスはオグリキャップの様子がおかしいことに気がついた。

(あかん、オグリのやつ、今日のご飯山盛り普段5杯食べるとこ1杯しか食うておらん。メイセイオペラがチーム決めるとかでライデンリーダーの名前出したのがアカンかったか?ライデンがここを去ったあのときも急に食が細くなったからなあ。)

「どないした?オグリ。」

「え、いや何でもない。」

「何でもない、あらへんがな。ここんとこずっと食が細いやないか。」

「気づいてたのか。」

「当たり前や。何年の付き合いになると思うてるんや。」

「やはりタマにはごまかしきれないな。」

「で、何があったん?」

「その何があったって訳では無いが強いて挙げるなら。」

「挙げるなら?」

「その……わんこそば食べたい。」

「ほな、今から盛岡行こか。」

急遽二人は新幹線で盛岡へ向かうこととなった……はずだった。

「タマ……。起きてくれ。」

「ん?もう着いたんか?」

 タマモクロスが寝ぼけ眼で見ると見慣れない駅に降りていた。

「ここどこや!盛岡ちゃうやないかい!」

「すまない。もう岩手に着いたって聞こえて盛岡だと思って慌ててタマを担いで降りたら違ってた。」

「アホ!岩手っちゅうても一関から盛岡まで4、50分あるんやで。って、ここどこや!」

駅名標に「水沢江刺」とあったのに気がついた。

(水沢江刺……確かここって……。)

「とりあえず、次ので盛岡向かうか。」

そうオグリキャップに告げると見知らぬウマ娘が近づいて来た。

「あの、もしかしてオグリキャップさんとタマモクロスさんですか?」

「せやで。あんた誰や?」

「あ、申し遅れました。私、岩手トレセン学園水沢校のサカモトサクラって言います。お二方のことはオペちゃ……、いえメイセイオペラからよくお伺いしております。」

「おお、メイセイオペラの知り合いか。メイセイオペラとはよく朝食で会って話するで。」

「今日はメイセイオペラの応援に来られたのですか?」

「いや何、オグリがわんこそば食いたいちゅうって盛岡行くことになったんやけどな、ここで間違って降りてしもうたんや。」

「そうだったんですね。あのもし差し支えなければ水沢レース場に行きませんか?今日は『シアンモア記念』でうちのメイセイオペラが出るんです。」

「さよか!オグリ、どないする?」

「タマが良ければ行きたいと思う。」

「まあ、予定外やけども行くか。」

「ありがとうございます。車でここから5分程なんですぐですよ。ご案内します。」

「じゃあ、悪いけどお願いするわ。せやけど自分、何か用があってここ来たんちゃうん?」

「ああ、盛岡の子がこっちに来るバスに乗り遅れて新幹線で向かうってことで迎えに来たんですけど、どうやら在来線で来るみたいで。」

三人はタクシーに乗り込み水沢レース場へ向かった。

「シアンモア記念か。オグリ、『シアンモア』って知っとるか?」

「なんだ?うまいお菓子なような感じだが。」

「アホ!なんで菓子の記念のレースがあんねん!シアンモアってのは昔、イギリスから来たごっつう偉いウマ娘の指導者の名前や。で、岩手の小岩井農場ってところで多くのウマ娘を指導した敬意を表してできたレースなんやで。」

「すごいなタマ、何でも知ってるな。」

「お前が知らなすぎんねん!第一授業で習ったやろが。なあ?」

タマモクロスはサカモトサクラに同意を求めた。

「はい、岩手でも授業で習います。」

サカモトサクラも笑いながら答えた。

「『セントライト記念』ってあるやろ?あのセントライトってのも小岩井農場の出身のウマ娘で初の三冠ウマ娘になったんやで。」 

などど言っているうちにレース場へ着いた。

 

サカモトサクラの顔パスで正門をくぐるとすぐにパドックが見えた。

「見てみい、オグリ。あれ、手書きやで。」

パドックから上にあるボードが見え手書きでレース名、出走者が表示されていた。

「ホントだ。」

オグリキャップも見上げて答えた。

「あのボードは担当のおばさんが一人で書いてるんですよ。結構重労働で大変なんですよ。」

サカモトサクラが説明した。   

それから少し歩くと神社が見えた。

神社には巫女さんらしい格好のウマ娘が立っていた。

「ここは宝と書いてトレジャー神社って言うところです。あそこに立っておられるのはここの神社の巫女兼水沢校の教官を務めているトレジャースマイル先生です。」

サカモトサクラが紹介するとトレジャースマイルは近づいてきた。

「じゃじゃじゃ!あんたがだタマモクロスさんとオグリキャップさんでねぇが!なしてこっただどこさ来たんべが?よがったらこごで拝んでってけねぇが?」

「はは、どうもこんにちは。(ユキノビジンと同じくらい訛ってるな、あんまり聞き取れんやないか。)」

タマモクロスは聞き慣れない訛に愛想笑いで応えるしかなかった。

「いかがですか?ここはレースの安全や必勝祈願で参拝できたりしますよ。」

サカモトサクラの提案に二人はお賽銭を投げて参拝した。 

(ぎょうさん金が入りますように!チビたちに金で苦労させませんように!後、背ぇ高くなりますように!ついでに胸もイナリより大きくなりますように!)

必死で俗物的な願いをタマモクロスは込めた。

となりのオグリキャップは静かに手を合わせた。

「オグリは何を願ったん?」

「タマ、そういうのは言わないほうがいいみたいだぞ。」

「せやな。(俗物まみれたお祈りやったんで言ったら引かれてまうわ。)」

お詣りを済ませるとオグリキャップのお腹がなった。

「丁度昼時か。オグリなんか食うか。」

「もちろんだ。」

二人は食事をとることにした。

サカモトサクラが運んできたのは「もつ煮込み」と「ジャンボ焼き鳥」だった。

「おお、これが『500万』もするもつ煮込みか。で、こっちが焼き鳥か、オグリ、もうちょっと買っとくか?」 

「いや、今のところこれで十分だ。」

「そうか。(やっぱり食が細いな、いつものオグリなら煮込みの鍋ごといってまうと思うんやが。)」   

食事が終わるとレースを観戦した。

「やっぱり、懐かしいような違うような変な気持ちになるな。」

「笠松とは違うか?」

「似たようには感じるけど……。」

「さよか……。」 

水沢と笠松、その違いをオグリキャップはそう評価した。

 

サカモトサクラのもとにトウケイニセイが近づいて来た。

「おい、サクラ。あの二人ってオグリキャップとタマモクロスか?」

「そうですよ。盛岡行くところで水沢江刺駅に間違って降りてしまったらしいんです。オペちゃんの知り合いらしいのでせっかくなんでここにご案内しちゃいました。先輩。ご挨拶なさいますか?」

「いや、やめとく。モリユウに揉め事なったらまた小言の一つや二つ聞かされることになるからな。(ま、あっちから来るなら話は別だが俺のことなんて知らないだろ。)」

(ニセイ先輩って意外に繊細なところあるのよね。)

サカモトサクラはそう思いながら、オグリキャップとタマモクロスの様子を見ていた。

 タマモクロスは黒ジャージでサンダル履きの眼光鋭いウマ娘を見てオグリキャップに言った。

「オグリ。あの黒ジャージのウマ娘って誰かわかるか?」

「いや、あんなガラの悪いウマ娘は笠松にもいないし、見たこともないが。」

「あれ、多分やけどメイセイオペラが言ってた『トウケイニセイ』ちゃうやろか?」

「あれが……。」     

「知っとるやろ?」

「いや名前は聞いたことはないが、笠松から中央に来て何年か経って笠松の後輩が岩手で勝ちまくってるウマ娘がいていずれ中央に転校してくるんじゃないかって言ってて、一時期噂になったことはあったけど。」

「さよか。」

タマモクロスは短く答え、二人はパドックへ向かった。

 

メインレースのシアンモア記念が始まろうとしていた。

「遊びに来たで、オペラ!」

タマモクロスの声援にメイセイオペラは気がついて駆け寄って来た。

「あれ?お二方なんでこんなとこに?」    

「いや、たまたまこっちに来る用事があってな。駅におったらサカモトサクラさんから案内してもろたんや。」

「サクラに?そうなんですか。いや恐縮です。オグリキャップさんもありがとうございます。」

「君の走りを見届けさせてもらうよ。」

オグリキャップはそう声をかけた。

「はい、頑張ってきます!」

メイセイオペラは張り切ってそう答えレースに向かった。

(私もあんなふうに笠松で走ってたんだな。でも彼女みたいに地方と中央を行き来することは出来なかった。少し羨ましいな。私の頃は交流重賞なかったから。もし今のような制度になってたら笠松から中央へ転校しただろうか?)

オグリキャップはメイセイオペラを見てかつての自分と重ね合わせ、今の状況との違いも考えた。

タマモクロスはオグリキャップの様子を見て少し元気になったような気がした。

(笠松の頃を少し思い出したんかな?まあ、多少元気になって貰わんとこっちも調子狂うわ。)

レースはメイセイオペラが6バ身の大差で圧勝した。

 

 レースが終わり、ウイニングライブもあったがその前に二人は帰ることにした。

駅でサカモトサクラと姉のサカモトデュラブに見送られて新幹線に乗りこんでいった。

「で?悩みっちゅうのは結局何やったんや?」

東京行きの新幹線が走り出すとタマモクロスは切り出してオグリキャップに問うた。

「いや、大した悩みでは……。あの、笑わないで聞いてもらえるか?」

「なんや?(どうせライデンのことやろ?)」      

「あの、そうめんとひやむぎってあるじゃないか。あれってほとんど同じ太さなのにどう違うんだっ思ったら、食事も少ししか喉を通らなくて……。」

「えっ?今何っつったん?」

「だから、そうめんとひやむぎの違いが……。」

「かーっ!そんなしょうもないことで悩んどったんか!てっきりウチはライデンリーダーのことでと思って気もんどったのがアホみたいやわ!ざっくり言って太さの違いや!ひやむぎが1.3mm以上1.7mm未満、そうめんは1.3mm未満や。分かったか!ボケ!」

「すごいなタマ、やっぱり何でも知ってるんだな。」

「お前がものを知らん過ぎんねん!ホンマもうコイツは。」

「で、ライデンがどうかしたのか?」

「もうその話はええわ!ホントしょうもな!」

タマモクロスが「しょうもな!」を連発してるとオグリキャップのお腹がなった。

「なんか解決したからお腹が空いた。」

新幹線の販売員が通りかかるとオグリキャップは食べ物ありったけ全部を注文した。

「1個もらうで相談料や!!」

タマモクロスが強引に弁当をオグリキャップから奪うと勢いよく食い始めた。

「あ。」

「なんや?」

「しまった!盛岡行ってわんこそば食べるの忘れた。タマ引き返そう。」

「アホ!またの機会にせいや!」

この一日オグリキャップに振り回されたタマモクロスであった。      

  

 

      

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