Chapter1 マレーシアから来た男
その男は失意の底に沈んでいた。
日本ですべてを失い、無気力のまま、遠い異国の地で現地のウマ娘の世話をしていた。
「……君、分かっているだろうね。この失態の責任は。」
その昔、担当ウマ娘が大きなレースに初めて3着で敗れ、上役にそう言われた。
男は無言のまま頷きそしてその年の大晦日のレース「桐花賞」を最後に岩手を去った。
担当のウマ娘が勝ち大いに盛り上がりを見せた真冬の水沢レース場を後にして行方をくらませた。
(アイツは元気にやってるだろうか?)
そう思いつつ、もはや無気力となった自分はこのままこの地で一生を送るのだろうと思っていた。
唯一懐いているウマ娘が近づく。
「おう、『ガンバレ』か?頑張ってるか?」
「ガンバレ、ガンバレ。ハラヘッタ。」
ガンバレという名のウマ娘のご飯の催促だった。
「そうか、待ってろ。」
支度に入った。
そうしていると珍しくスマホの着信が入っているのに気がついた。
「おい!なんだよ?」
知り合いからの電話だった。
「ちょっと、おじさん、電話出てよ!せっかくいい話持ってきたのに。」
「なんだよ!唐突だな。で?ダービートレーナー『様』が一体こんな俺に何の用ですかね?」
スピカのトレーナーからの電話だった。
担当のスペシャルウィークが日本ダービー制覇の情報はその男の耳にも届いていた。
「そんなに卑屈にならなくたって。おじさんだってほぼ無敵なウマ娘育てたじゃない。」
「その結果がこの有様だ。ほっといてくれ。」
スピカのトレーナーもその辺の事情は理解していた。
だが、過去に自分も挫折しレースから一度離れた経緯もあり、敢えて話を持ちかけたのである。
「あのさ、今トレセン学園に結構素質のあるダートウマ娘がいて。その子担当トレーナーいないらしくてさ。おじさんなら上手くやってくれるんじゃないかと思って。」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。第一俺は……。」
「じゃ。たづなさんに話つけといたから。」
「おい!勝手に決めてんじゃねぇよ!」
スピカのトレーナーは電話を一方的に切った。
その後で理事長秘書の駿川たづなからの連絡が入り、気乗りしないままであったがトレセン学園に赴くことにした。
(まあ、いいか。久しぶりに日本食も食いたいしな。そのついでに面接行って丁重に断って来るか。たづなちゃんのめんこい顔も拝んでみたいし。)
トレセン学園に着くと理事長室に通された。
部屋には理事長秘書の駿川たづなと背の低い女の子がいた。
「ようこそマレーシアからお越し下さりありがとうございます。こちらが理事長の秋川やよいです。」
たづなさんが理事長を紹介した。
(こんなちっちぇのが理事長だっけ?そういや理事長には初めて会うな。あのときは偉そうなヤツしか会ってないし。)
「歓迎!ようこそトレセン学園へ!」
「は、はあ。」
男は腰掛けて理事長らと面談に入った。
「あの……。私、中央のトレーナー資格はないのですが……。」
「今回は特別に実績を考慮いたしまして短期の資格を授与いたします。期間は来年3月末までです。」
理事長秘書のたづなはそう答えた。
「はぁ……。(そんな簡単でいいのか?中央のトレーナーって難しいって聞いていたが。)」
「早速ですが、こちらのウマ娘の担当をお願いしたいのですが。」
書類を渡され、男は目を通した。
だが、ひと目見てすぐさま表情がこわばった。
「なんだ?これは!岩手の……水沢のヤツじゃねぇが!何考えてんだ!あんたら!オレがどんな思いで岩手を出ていったのかわかってんのか!」
書類の一部分に「岩手トレセン学園水沢校所属」と表記されていた。
「申し訳ないが失礼させてもらう。」
男は即座に席を立った。
「待って下さい!今、本当に人手不足で特にダートのトレーナーがいないんです。あなたに断られたらあの子はこのまま才能を発揮できないままで……。」
「そんなこと知るか!第一依頼を受けたとてこのことが知れ渡って見ろ!中央と岩手と関係が悪化するだけだろうが!」
「そ、それは……。」
男を必死で引き留めようとしたたづなであったが、返答出来なかった。
「提案!秘策あり!」
「秘策……だと?」
理事長は策を授けた。
「トレーナー名非公表、ということですか?しかし、それはあまりにも……。」
さすがのたづなも難色を示した。
かつて、トレーナーの引抜等で混乱を招いた等により一時的にトレーナー名非公表とする前例があった。
「だが、非公表としたところでなんの意味もない。私のことを知っている中央のウマ娘もいるんだぞ。もしそこまではやるのであればこちらでも条件をつけさせてもらう。それを飲めるのであれば引き受けても構わんが。」
無理そうな条件をアレコレ出したが結果的にトレセン学園側はその条件を飲んで渋々依頼を受ける事になってしまった。
かくしてたづなはやっとメイセイオペラにトレーナーが決ったと連絡できることで胸を撫で下ろす事ができたのであった。
夏休み前、期末試験が行われた。
上位者は掲示板に張り出されるのだがこれを楽しみにしているウマ娘がいた。
キョウエイマーチである。
委員長の威厳を保つために日々勉学にも励んでいた。
上のクラスではアブクマポーロが学年3位の成績を収めていた。
「やるじゃないか。」
「まあ、こんなものでしょ。」
同じ学年のタイキシャーロックにアブクマポーロはそう答えた。
そうしていると近くで歓声があがっていた。
「おお、あの子トップ陥落したの初めてじゃない?」
多くの人だかりのところの上位成績掲示板を見るとその順位に目を疑った。
「なっ!(なんでアイツが?)」
アブクマポーロは思わず声を上げてしまった。
その学年の成績1位メイセイオペラ、2位キョウエイマーチと表記されていた。
キョウエイマーチはそれを見て愕然として立ち尽くした。
(な、なんで……?信じられない!地方のウマ娘なんかにこの私が負けるなんて!テストで負けることなんて入学して以来一度もなかったのに……。)
入学以来常にテストで1位しか取っていなかったのに負けるなどとは思いもよらず大きなショックを受けた。
「いやぁ、オペラちゃん、さすがだべ。こっちでもトップでねぇが!」
「いやいや、たまたまですって。」
ユキノビジンに褒められてメイセイオペラは謙遜してそう答えた。
キョウエイマーチが近づいて来た。
「1位ですか……。まあ、勉学ができてもレースで勝たなければ意味がないですね。」
「そうですね……。次のレース頑張らないと。」
「まあ、地方のレースいくら勝ったところで大して評価はされませんが。」
キョウエイマーチは悔しさで声が震えていた。
「はは、ですかね…?」
メイセイオペラは曖昧な返答した。
「委員長!いつもテスト大事だって言ってたじゃん。レース勝っても勉強できなきゃ意味ないって。テスト負けたからオペラに八つ当たりですか?」
ワシントンカラーが間に入ってきた。
「お、お黙りなさい!」
キョウエイマーチは怒りで顔を真っ赤にし、言い返した。そして、そそくさとその場を後にした。
「でもすごいね。オペラ。委員長、テストだけは負けないのが自慢だったのに。相当悔しがってたよ。あれ。」
「いや、だからたまたまだから、昔、水沢やめて普通に高校進学しようと思って猛勉強したときの貯金みたいなものだから。」
「あの怪我かなんかしたとき?ユニコーンステークス前の?」
「いえ、メイクデビューからその後全く勝てないときがあって。もう自分に向いてないや、もういいやレース辞めようと思ってめちゃくちゃ勉強してたときがあったんですよ。」
「そっか。そういう悩める時期もあったんだ。」
「ええ、何度か辞めようとおもったり、しくじったりくじけたりとかあって。でもなんだかんだでレース続けているんですけど。」
「帝王賞も惜しかったね。でもトレーナーいなくて3着って本当に信じられないんだけど。」
「まあ、岩手には元々トレーナーいませんでしたから。でもやっとトレーナー決まって来月から合流する予定でして。」
「そうなんだ!良かったね。活躍楽しみにしてるよ。あ、私とレースするとき以外はね。」
そう言ってワシントンカラーは去っていった。
「オペラちゃん。トレーナー決まったのが?」
ワシントンカラーとのやりとりを聞いていたユキノビジンが尋ねた。
「そうなんですよ。急に決まってびっくりしました。丁度来月、夏休み入るから福島で合宿することになりまして。」
「福島?なして?」
「オレもよくわからないですけど、まあそこ行けと言われまして。」
「ふ~ん。そっただとこあったけが?オラさばよくわがらないけど。」
「で、合宿中に水沢でレースやって、盛岡でみちのく大賞典、その後南部杯っていう感じですかね。予定通りであれば。」
「南部杯か……。(あっという間だな、オペラちゃんが来てもう3ヶ月になるのか。)」
ユキノビジンはもうそんな時期かと思った。
Chapter2 天工トレーニングセンター
「天工トレーニングセンター。ここか。」
中央のトレセン学園、地方のトレセン学園の他に外厩と呼ばれる民間のトレーニング施設があり、その一つがここ天工トレーニングセンターだった。
メイセイオペラは中に入って行くと一人の男が待っていた。
やや小柄ではあったが体つきはがっしりとした印象だった。
「お前がメイセイオペラか。」
「えっと、そうですけど。もしかして……。」
「今日から君の担当トレーナーになった。よろしく。」
「あ、そうなんですね。初めまして。岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラです。」
(オレのことは知らないのか。ニセイからは何も聞いてないみたいだな。まあ、オレが岩手出て行く1年前であちこち外へ行っていてほとんど顔見たことなかったからな。まあ、かえって好都合ってやつか。)
メイセイオペラが入学時、トレーナーは在籍していたが面識はなかった。
陳情であちこち出回っていたせいで水沢にはほとんど来ていなかったのである。
トレーナーの方も特待生が入ったという情報は耳に入っていたものの、多忙で調べる余裕すらなかった。
「今日からここでしばらくトレーニングしてもらう。」
「あの、トレーナーさん、お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「名前か?じゃあ『スー』さんとでも呼んでもらおうか。」
「はあ。(どう見ても日本人だよな?だと『鈴木』さんなのかな?)」
「とりあえず、本格的なトレーニングを始める前に君の能力を確かめたい。」
「わかりました。」
メイセイオペラは自分の走りをトレーナーに見せた。
(驚いた……。基礎的なものに関しては教えることはほとんどないじゃないか!)
「君は誰から今まで教わって来たんだ?」
「いや、教わったというか見様見真似でして。あとは先輩からアドバイスもらったり。トウケイニセイって言うんですけど知ってますか?」
メイセイオペラはあどけなく答えた。
(知ってるも何も……。ニセイにイチから叩き込んで教えたのはこの俺だ。そうか、ニセイのやつが……。アイツはオレがとっくに諦めていたのをこの子に……。ニセイ、お前は岩手をまだ諦めていなかったんだな。)
そう思うと込み上げてくる感情があった。
「トレーナーさん?どうかしましたか?」
「なんでもない。ちょっと急用を思い出してな。悪いが今日はこのメニューをこなしてくれ。」
「わかりました!」
メイセイオペラがそう答えたあとコースに出ていった。
感情を抑えきれなくなっていた。
(ニセイ……。お前が渡してきたバトン、俺が引き継ごう。お前にしてやれなかったこと、いけるところまでいってみせる。まずは盛岡千六の南部杯が直近の目標だ。これを目指す!)
涙と共に決意を固めた。
「天工トレーニングセンターってここでいいんだべが?」
ユキノビジンはやっとの思いでたどり着いた。
(オペラちゃんが福島って言うがらてっきりレース場の方だと思って行ったらいなくて。聞いてみだらコッチだったって。もう。ほにほにくたびれ儲けしたべ…。トレーナーさんてどっただ人だべが?)
などど思いつつ、中に入ろうとすると視界が遮られどこかに引きずり込まれていった。口も塞がれ声も出せない。
(いや!誰か!助けでけろ!)
「ユキノ。俺だ。わがるが?」
視界がひらけると顔見知りの男がいた。
「なして!なしてあんたがこっただどごさいるの!」
しばしの沈黙のあと答えた。
「故あって、今、メイセイオペラの担当さなってこごさいる。」
「じゃ!なして?オペラちゃんのトレーナーってあんたが?」
「んだ。」
「いくらなんでもあんまりだべ!ニセイちゃんずっと行方不明さなったあんたのことあちこち探してらったんだよ!」
「それは……。わがってら。だがら海外さ行ってだ。ユキノ。申し訳ねぇがこのことは黙ってでけねぇが?今、ここでバラされたら誰も幸せになれないべ?俺はまだいい。メイセイオペラもニセイも共倒れになってしまうべ?」
言い分も分からなくはなかった。
今バレてしまえばここでトウケイニセイが乗りこんで混乱してしまうのも容易に予想できた。
「わかりました。んだどもこのことはきちんとニセイちゃんさ話して下さい。でないと……。ニセイちゃんがあんまりだべ……。」
「とりあえず来年の2月まで待ってけろ。で、メイセイオペラさ会って行くが?」
ユキノビジンは首を横に振った。
「いや、今日は帰ります。」
「そうが、悪いな。」
ユキノビジンは礼をして去っていった。
遠くでメイセイオペラが、トレーニングをしていたのを見かけた。
(んだども、トレーナーさんも人が悪いべ。オラが黙ってたり嘘ついたりするの苦手なのわがってらくせして。)
メイセイオペラに会わずに帰るのは表情でその事を読み取られたらと考えた故であった。
(オペラちゃん頑張ってね。んだどもなして2月なんだべ?)
メイセイオペラを見てそう思いつつ天工トレーニングセンターを後にした。
Chapter3 パリスの憂鬱
7月下旬になり、トレセン学園のカフェテリアは閑散としていた。
アブクマポーロは普段カフェテリアを敬遠していたが、図書館が夏休みで閉鎖されている事もあって、トレーニングが軽い日はそこで優雅に紅茶を飲みながら読書をしている。
(アイツも福島行っていないし、図書館は閉まってるけどここで静かに読書もできてまあ悪くないかな。)
などと思っているとドカドカと3人組がやってきて隣の席についた。
(あれは……確か……。)
一人見覚えがあるウマ娘がいた。
そのウマ娘は非常にわかりやすく落ち込んでいた。
「はあ、もう嫌んなっちゃう。」
「どした?パリス。」
(やっぱりパリスナポレオンさんだ。)
アブクマポーロはかつてレースで戦った相手の一人だった。
「いやね……。この間のレース、酷い負け方しちゃって。」
「この間のレース?確か岩手に遠征行って来たんだよね?盛岡だっけ?」
「いや、そっちじゃなくて、小さい方。」
「ああ、水沢行って来たんだ。で?」
「最終直線で思いっ切りちぎられた。イケるって思ってたのに。」
「調子悪かったんでしょ?そんな事もあるよ。」
「調子?悪くなかったよ。あたし2着だし。」
「え?2着でどんだけ離されたの?」
「7バ身。」
「ええっー!7バ身って。いくらなんでも離され過ぎでしょ。」
「もうトレーナーもカンカンで。『勝ち負けで負けるならともかく7バ身って何やってるんだ!』ってね。もうさ、勝ったの地元のウマ娘で、あったまきたからウイニングライブ見て思いっ切り馬鹿にしてやろうかと思ったんだけど。見たらさ……。」
「見たら?」
「もう2回負けた!何なのよ!あの子もう!(トウカイ)テイオーかよ!って。」
「そっかそっか。で誰に負けたの?」
「地元の子。名前なんつったっけなあ。」
「地元?岩手で強いって言ったら魔王とか言われてるトウケイなんとかさん?」
「いや、そんな名前じゃなかった。えっと……。」
「あ!アマゾンオペラさんでしょ!」
「違うわ!その人船橋でしょ?南関東の。あ、でもなんかそんな名前だったような。」
「メイセイオペラでしょ?それじゃ。」
「そう。それだ。その子にやられた。もう行くんじゃなかった。昨年勝ったレースだったから今年も楽勝かと思ったのに。あんまり悔しかったからその後、前沢牛爆食いして帰ってきた。トレーナーの金で。」
「ひでぇ。」
(中央のウマ娘に7バ身差で圧勝……。)
アブクマポーロはにわかには信じられない気持ちでいた。
パリスナポレオンもアブクマポーロにとって強敵ではないものの7バ身も突き放せる相手ではないはずだ。
そう思っていたがそんな短期間でメイセイオペラが爆発的に力をつけている事に懐疑的だった。
(それでも盛岡の南部杯でこの僕が負けるはずはない。いくら力をつけているとしても想定内に決まっている。やはりそれでも昨年、レコード勝ちしたタイキシャーロックを第一に警戒する方針には変わりはないんだ!)
そう思いカフェテリアをアブクマポーロは後にした。
Chapter4 逃げの極意
夏休みが終わり、メイセイオペラは中央のトレセン学園に戻って自主トレを行っていた。
(9月に入ってもまだまだ暑いな。でもここで踏ん張らないと。)
砂の熱さもあって汗だくになりながらダートコースを駆けていく。
そこに一人のウマ娘がその様子を見ていた。
コースを何度も回るとだいぶバテてしまって休憩に入ろうとした。
そこへそのウマ娘がペットボトルの水を渡してきた。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。……って、サイレンススズカさん?」
水を手渡してきたのはサイレンススズカだった。
「スズカでいいわ。同じクラスでしょ?」
「じゃあ、オレもオペラでいいよ。」
「その水、いつも飲んでるよね?」
「ああ、これじゃないとお腹下しちゃうから。よく見つけたね。」
「たまたま、この間スーパーに寄ったら、あ、これいつも飲んでるものだってつい買っちゃって。」
「そうなんだ。」
「ねえ。気を悪くするかもだけど、オペラってここの入試受けてたよね?」
「え?まあ、受けたには受けたけど落ちちゃって。」
「体の具合が悪くなかった?」
「うん、体調不良になって実技で全く時計が出なかったんだよね。」
「そうなんだ。」
「あのさ。もしかして実技試験前にオレに声かけてくれたのスズカさ……、スズカなの?」
「うん。あのときしんどそうだったから。」
「やっぱり。いや、あのときのお礼をこっちに来た時しようと思ったんだけど。まさかあのサイレンススズカだとはとても思えなくて。そうか、スズカだったんだ。本当にありがとう。」
「そんな……。レース続けていたんだってこっちも嬉しかったわ。」
「スズカは次のレース何に出るの?」
「毎日王冠。オペラは?」
「オレは地元の南部杯。そっか。応援しに行こうかと思ったんだけど。南部杯の次の日に毎日王冠だから行きたかったんだけどなあ。残念。」
「そうね。でもレースはお互い頑張りましょう。」
メイセイオペラは水を口に含むとある事を思い出した。
「そうだ!ねえ、スズカ。『逃げ』ってどうすればいいの?」
「え?どうすればって?」
「いや、今度のレース地元だからトレーナーに『何なら思い切って逃げてみるか』って言われてて。それじゃあって逃げの得意な地元の先輩に聞いたんだけど『適当に前走ってりゃいいじゃん』とか言われて。何の参考にもならなくてさ。川崎記念も帝王賞も一応逃げみたいになったんだけど意識的にやったことないから。」
「そうね……。特に考えて走ってないわ。このスタイルになったのも今のトレーナーさんに好きに走ってみろって言われてこうなったものだから。」
「そっか……。」
「でもそうなってからは子どもの頃無邪気に駆け回っていた事を思い出して走っているわ。楽しく走っていたあの頃のように走りたいって思ってて。」
「子どもの頃……。」
「ごめんなさい。何の参考にもならなくて……。」
「いや、そんな事ないよ。ま、試してみますか。」
そうメイセイオペラが言うと再びトレーニングを再開し始めた。
砂を踏みしめるように走るメイセイオペラの姿をサイレンススズカは見守るかのように見ていた。
Chapter5 砂の女王事件
南部杯も近づいて来て出走表も発表された。
タイキシャーロック、エムアイブラン、バトルラインも参加する予定でいた。
「シャーロック先輩、昨年の借り返させてもらいますよ。」
バトルラインは昨年の南部杯2着だった。
出走表を見ながらそう言った。
「そううまくいくかな?アブクマポーロも出る予定のようだが。」
「おい、バトルライン、オレも出るんだぞ。忘れたのか?」
「ブラン先輩、忘れてませんって。でも負けるつもりないッス。シャーロック先輩、アブクマポーロはやっぱり出てきましたね。」
「そりゃ出るだろうなG1だし。ダートG1全部取りに行くつもりだろうな。」
「そんなことさせやしませんよ!あの野郎。絶対に許さない!」
「帝王賞でなんかあったのか?」
タイキシャーロックが尋ねた。
「ウイニングライブの打合せで揉めて殴りかかろうとしたんだよな?メイセイオペラに止められたけど。」
エムアイブランが代わりに答えた。
「ほう、そんなことがあったとは。」
「今思い出してもムカつく!ゼッテー許さねぇ!」
「だが、アブクマポーロも手ごわいがメイセイオペラも侮れないかもだぞ。地元だし。」
「オペラか。今調子いいみたいだけど、帝王賞のときはアブクマポーロに比べたらまだまだと思いましたけどね。オレ先着だったし。」
「そうか。ん、時間だな。予定があるんで失礼する。」
タイキシャーロックが席を立った。
「予定って何かあるんですか?」
「その君がムカつく相手と併走トレーニングの予定でな。」
タイキシャーロックはダートコースに向かって行った。
ダートコースでの併走トレーニングを何度かアブクマポーロと行っていたがタイキシャーロックも手強さをひしひしと感じていた。
「なかなかやるな。」
タイキシャーロックがアブクマポーロにそう伝えた。
(流石に南部杯レコードで勝っただけあって一筋縄ではいかないか。かしわ記念では勝てたけど、盛岡はこちらは初めてで多少分が悪い。相手はやっぱり彼女になるか。)
アブクマポーロも相手の手強さを実感していた。
「そうでもないですね。これから仕上げていかないと。」
「今日は併走に付き合ってくれてありがとう。ところで少し話があるんだがらいいか?」
アブクマポーロは何の話かと疑問に思った。
「君さ、『砂の女王事件』って知ってるか?」
「なんですか?それ。」
「やはり、南関東には伝わってなかったようだな。」
タイキシャーロックは静かに話始めた。
2年前の南部杯はダート界を席巻した砂の女王と呼ばれたウマ娘が下バ評通り圧勝した。
「ちょっと!困ります!関係者以外は……。」
「うるさい!どけ!トウケイニセイはどこだ!」
レース直後、そのウマ娘はトウケイニセイを探して立ち入り禁止区域まで入って来てしまった。
トウケイニセイは騒ぎに何事かと思い部屋を出ると仁王立ちで南部杯ウイナーがいたのに気がついた。
「おう、これはこれは、砂の女王様、ご機嫌うるわしゅう。南部杯優勝おめでとうございます。で、俺になんの用ですかね?」
「お前がトウケイニセイか……。なんでレースに出てこない?この私から逃げるつもりか?」
「あ?逃げるってなんだそりゃ。なんの与太話ですかね?」
「レースに出ないってことは逃げたも同然だろう?せっかくお前を倒しにわざわざ岩手まで来てやったっていうのに。怖気づきやがって。」
砂の女王から言いがかりのような事を言われて黙っているトウケイニセイではなかった。
しばらくして吹き出して笑うトウケイニセイは砂の女王に答えた。
「あんた、ユキノに何度も負けてるじゃねえか。桜花賞もオークスも着順下だったし。」
「エリザベス女王杯は勝ったのを知らんのか!」
「ああ、まぐれで勝ったんだろアレ。良かったな。ユキノや一番人気が調子悪くてラッキーだったな。」
「テメェ、ケンカ売ってんのか?あ?」
「あ?てめぇから売ってきたんじゃねぇか!あのな、俺はユキノに併走でも模擬レースでも負けたことねえんだよ!なんでユキノ相手にまともに勝てねえような奴から逃げまわるって話になるんだ?それから、さっきてめぇは『逃げる』つったな。それは芝のレースでまともに結果出なくてダートに来たてめぇのことじゃねえか?何がダート転向、新天地だ。ふざけんな!芝から逃げてダートにきて地方のウマ娘、弱い者いじめして楽しいか?女王様よ!そこ(盛岡レース場)に芝あるから相手になってやろうか?あ?」
「テメェ!いけしゃあしゃあと!」
砂の女王はトウケイニセイに殴りかかろうとしたが騒ぎに駆けつけた中央トレセンのウマ娘が止めに入った。トウケイニセイの方も岩手のウマ娘達が抑えた。
一時的に双方もみくちゃになったが、砂の女王は「フン!」と言って去っていった。
「ったく、人騒がせな。」
トウケイニセイは一息ついたがしばらくしてさらなる問題に直面した。
血相を変え後輩ウマ娘がやってきた。
「ニセイ先輩!大変です!」
「今度はなんだ!」
「その……。砂の女王様がどっか行っていなくなりました。」
「は?ウイニングライブすっぽかしたってか?」
「ええ、おそらく。」
トウケイニセイは頭を抱えた。
多くのファンが女王のパフォーマンスを今か今かと待っている。
決断するしかなかった。
「悪いが2着のヘイセイシルバーを呼んでくれ。こうなったらやむを得ない。体調不良ってことにして代役でシルバーに乗り切ってもらうしかない。」
ヘイセイシルバーに渋々承諾させウイニングライブをやらせたがさんざんな結果だった。
ブーイングの嵐、途中離席多数で興行的にも大赤字を避けられなかった。
そしてレースの現場責任者としてモリユウプリンスにこっぴどく説教され何十枚も反省文を書く羽目になったトウケイニセイであった。
南部杯の数日後、砂の女王は生徒会室に呼び出しを受けた。
「レース後体調不良と聞いていたが体の具合はどうだ?」
「ええ、まあなんとか。」
シンボリルドルフは厳しい表情で写真を何枚か見せた。
買い物していた自分の姿だった。
「だろうな。南部杯後の体調不良でも盛岡の老舗デパートに行くことはできたようだからな。しかも今日の登校時にそのデパートの紙袋を持ってお土産も持ってきたようだが。岩手だから誰も知らないとでも?それで、これはどういうことか説明してくれないか?」
シンボリルドルフの問に砂の女王は押し黙っていた。
「君がウイニングライブを拒否しレース場を勝手に抜け出し、あまつさえデパートで買い物を楽しんでいたという複数の目撃情報があった。相違ないか?」
「はい……。」
「君の行為は前代未聞、言語道断の行いだ!ウイニングライブ、しかも他の協会のレースでそれは無礼千万極まりないことだと思わんのか!」
皇帝の大叱責に流石の女王もただ小さく体を丸めるしかなかった。
タイミングを見計らってエアグルーヴも砂の女王に助け舟を出そうと思ってはいたがシンボリルドルフの迫力に圧倒されてそれどころではなかった。
「南部杯は大赤字でこの補填も君の行いによってURA及びトレセン学園が負う羽目になった。この事によってこちらにも多大な損害が出た。それなりの処分を覚悟することだな。当然、君がドバイに行くことも白紙になるだろう。」
(それはいくら何でも……。)
エアグルーヴはそう思って意見をシンボリルドルフに言おうとしたが、そのタイミングでシンボリルドルフのスマホに連絡が入った。
「すまない。少し席を外す。」
シンボリルドルフが部屋を出ると俯いていた砂の女王は涙を流していた。
夢にまで見た海外遠征のチャンスを自分自身で握りつぶす事になる。無念でしかなかった。それどころか退学も覚悟せねばならなくなった。
シンボリルドルフは戻って来た。
「先程、岩手のモリユウプリンス会長から連絡が来た。赤字分の補填でこちらは十分なので当該生徒に対し穏便な処置をしてほしいとありがたい要望がきたよ。まあ、ある程度のボランティアはしてもらう事になるが。」
泣いている砂の女王にそう伝えた。
後日処分がくだされたが予想よりも軽いものになった。
レースも通常通り参加可能となり寛大な裁定で本人はもちろん関係者も胸を撫で下ろしたのであった。
だが、その翌年、南部杯に参加するトレセン学園の生徒に対し生徒会から訓示がなされた。
生徒会は他校の生徒に対し揉め事を起こさない事を厳命した。
タイキシャーロックもバトルライン等もその事件の経緯を伝えられ慎重な行動を促されたのであった。
「君、あのトウケイニセイさんに帝王賞のとき挑発したって聞いたんだけど本当かい?困る事になるからやめてくれないかな。」
タイキシャーロックの言葉にアブクマポーロは答えた。
「僕が何をしようとあなたに干渉される覚えはない。」
「そうか。一応警告したからな。」
そう言い残してタイキシャーロックは去っていった。
(だったらなんだって言うんだ。あなた達とは違う。僕が最強地方ウマ娘になるにはあの人を倒さないと始まらないんだ。だから、南部杯で圧勝してあの人を岩手から引きずり出してやる!そして勝つんだ!)
アブクマポーロはどうしても戦いたかった。
自分がいくら強いと言われてもそれを上回るような戦績の地方ウマ娘がいる。
そしてそれを乗り越えることが海外遠征の橋頭堡となると考えていた。
だがその戦いは思わぬ形で後に実現するのであった。
chapter6 サクラの上京日記
「おい、デュラブ。今から緊張してたら体持たねぇぞ。」
トウケイニセイは水沢江刺駅で見送りをしていた。
これからサカモトデュラブが大井で行われる東京盃(G2·大井·ダート·1200M)に出走するため向かうところだった。
だが緊張でカチコチになっていた。
「カガヤキローマンって言ったっけ?アイツに勝ちさえすりゃいいじゃねぇか。」
昨年の東京盃はそのウマ娘に敗れて2着。
三ヶ月前に行われた北海道の遠征レースでも負け2着。
同い年で目の上のたんこぶでしかなかった。
「お姉ちゃん硬くなりすぎ。」
付き添いでサカモトサクラもついていく事になった。
「んなこと言ったって。」
新幹線に乗り込んでも声も手も震えていた。
「ああ、やばい、緊張が……。」
「お姉ちゃんさ、もう東京見物に行くと思って開き直ったら?」
「いいよな、お前は気楽で。どうせオペラに会えるからワクワクしてるんだろ?」
「え?そんなこと……あるけど。」
「だろ?はは、お前はそれでいいや。お前まで緊張したらホントにどうしようもないから。」
「でも私もレースで遠征できたらできたらいいけどお姉ちゃんやオペちゃんみたいに実力ないし。この間やっと一年ぶりにレース勝てたくらいだし。」
「私だってオペラに比べたら大したこと無いって。アイツは地元のレースはちゃんと勝ってるし。相手が悪すぎるだけなんだよな。」
「お姉ちゃんだって運さえ良ければ上手くいくって。」
「運ねぇ?それすら危ういけど。」
そうこう言っているうちにデュラブは落ち着きを取り戻した。
安心したのか眠りに入った。
サクラの方は車窓を眺めながら心躍らせていた。
(オペちゃんに会える。ここのところレースで帰って来るだけだったからなかなか近寄り難くて話せなかったし。今度はお姉ちゃんのレースだから気軽に色々話せそう。)
そう思っていたのだが思わぬ横槍が入るとはこの時思いもしないサクラだった。
東京駅に着くとメイセイオペラともう一人が出迎えに来ていた。
(誰?この子?)
大きな赤いリボンを頭につけた見知らぬウマ娘メイセイオペラの横にいた。
「デュラブ先輩お久しぶりです。サクラも久しぶり。」
サカモトデュラブも気になって問いかけた。
「この方は誰?オペラ。」
「学園一のストーカーで変態です。頼みもしないのに勝手についてきました。」
「ちょっと!オペラ先輩!酷いじゃないですか!初対面の方々に変な誤解を与えないでください!」
困惑しながらそのウマ娘は口を開いた。
「だって事実だし。お前の世話でこっちは被害を被ってるんだが。スキあらば尾行してるし。いないと思ったらが他のウマ娘にストーカー行為で迷惑かけるか、鼻血出してブッ倒れてるかだし。お前のせいでどれだけ頭下げてると思ってんだよ!」
(ああ、この子がアグネスデジタルとかいうオペちゃんにつきまとってる子ね。忌々しい!何なのもう!)
「あの、初めましてトレセン学園のアグネスデジタルっていいます。オペラ先輩と同じ『チーム』に所属してます。」
「サカモトデュラブです。よろしく。こっちは付き添いでついてきた妹です。」
「初めましてオペちゃんと同じ水沢で寮の『同室』のサカモトサクラです。」
サカモトサクラはアグネスデジタルに冷ややかな視線を送りつつ自己紹介をした。
双方見えない火花をちらしながら対峙していた。
(せっかく水入らずで話とかしたかったのにこの子のせいで予定が狂ったわ。どうしてくれようか。)
(岩手でのオペラ先輩の同室の方でしたか。手強そうですね。)
4人は東京駅から山手線で浜松町へ行き乗り換えて東京モノレールで大井レース場へ向かった。
「オペラは帝王賞で走ったんだっけ?」
「ええ、その前はスーパーダートダービーも出ましたけど。まあ、走りはそれほど違和感なく走れましたけど。」
「そっか。」
アグネスデジタルはメイセイオペラとサカモトデュラブとの会話をじっくり見て悦に入っていた。
その姿をサクラは冷ややかに見ていた。
(ああ、せっかく東京まで来たのに変な邪魔が入ってしまった。これじゃオペちゃんに何にも話せないじゃない!)
アテが外れてサクラは不機嫌でいた。
そして、レース当日がやってきた。
東京盃にはサカモトデュラブの他もう一人知り合いが出走していた。
「オペラじゃん。何?私の応援に来てくれたの?」
「いや、岩手の先輩がレース出るんでその応援です。」
「わかってて聞いた。でもその先輩には悪いけど勝たせて貰うから。」
クラスメイトのワシントンカラーもレースに参加していた。
そして、見知らぬウマ娘がパドックからメイセイオペラに対してにらみつけていた。
(何だあの人、さっきからこっちにガン飛ばしてるような気がするんだけど。)
「オペちゃん。あの9番の人さっきからこっち見てるみたいだけど知ってる人?」
サクラが尋ねた。
「いや知らないんだけど。多分同じレースにも参加してないし。あ、さっきの10番の人はワシントンカラーって言って同じクラスの人。探偵事務所とかやってて。コイツがオレのこと調べるのにあの人とタイキシャーロックさんを使ったんだよな。」
「ですからそれは不可抗力ですって。いやあそれにしても南関東は平日の夜にレースがあっていいですね。URAは週末開催ですから。」
アグネスデジタルは論点をずらして誤魔化した。
(ノコノコと今日もオペちゃんについてきて、図々しいったらありゃしない。)
サクラは内心そう思っていたのだが今は姉のレースのほうが気がかりだった。
そうしているとパドックにいる今までにらみつけていたウマ娘が近づいて来た。
「おい、お前メイセイオペラだろ。こんなところで高みの見物か。いい気なもんだ。大体岩手のウマ娘ごときがクマ先輩と同等に扱われてるのがおこがましいんだよ!それにお前のせいで去年散々な目にあった。この借りは必ず返させて貰う!いずれレースでコテンパンにしてやるからな!」
(クマ先輩?誰のことだ?ああ、アブクマポーロのことそう言ってんのか、スゲー分かりづらい。ってことは南関東の人か。確か9番は南関東の……。)
「おい、サプライズ!レースに集中しろ!掛かりすぎだ!」
後ろの方から声がかかりそのウマ娘に向かって言った。
(サプライズパワーさんだったか。えっとどんな人だっけ?)
サプライズパワーはそう言われ離れていった。
サプライズパワーは初対面のウマ娘ではあったが、東京ダービーウマ娘だったので名は知っていた。
「すまんな。ウチのサプライズパワーが迷惑かけて。」
「いえ、あのもしかしてコンサートボーイさんですか?初めまして岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラです。」
昨年の帝王賞の覇者、コンサートボーイであった。
「これはこれは。岩手のメイセイオペラさんに知って頂いてるとは光栄だな。初めまして南関東トレセン学園大井校のコンサートボーイです。あ、君って確か船橋のアマゾンオペラさんと……。」
「はい、いとこです。」
(コンサートボーイさん!あの昨年の帝王賞でアブクマポーロさんに勝った人!)
アグネスデジタルも大物のウマ娘に会えて興奮していた。
「あ、こっちは今日レースに出るサカモトデュラブの妹のサカモトサクラです。で、こっちはえっと赤の他人です。」
「ちょっと!扱いが雑!もう!えっとお会いできて光栄です。私はトレセン学園のアグネスデジタルって言います。オペラ先輩とは同じチームです。」
「そっか。サカモトデュラブさんの応援か。」
「あの……。不躾な質問で申し訳無いですが南関東の人はケンカを吹っ掛ける人ばかりなんですか?オレもさっき吹っ掛けるられたんですが。オレはまだいいですが南関の哲学者さんはウチのトウケイニセイにこの間の帝王賞で挑発してたみたいですが。」
「何?マジでか!あのバカ!『砂の女王事件』を知らんのか!分かった。後で言っとく。
いや、君に対しても申し訳ない。アイツ今日一年ぶりの復帰戦だから気になって様子を見に来たんだ。彼女は君に対して相当意識して対抗心を燃やしててね。後、尊敬する船橋の先輩のライバルとしてAM対決とか言われるのが気にくわんらしい。」
「まあ、一回も勝ってないんでライバルって言われても。」
「それにユニコーンステークスにでたときに回避した君の代わりに出て着順も下だったから。『岩手の子が出てくれたら良かったのに』って影で言われたのも悔しかったらしくてな。」
「いやオレも出たかったんですが……。」
「まあ、一方的な逆恨みみたいなもんか。アイツも一応東京ダービー制してるから同等かそれ以上って思いたいんだろうな。」
「南関東の方が岩手よりレベル高いですからね。」
「とはいえ、さすがに君とサプライズでは現状として差があるよ。この間の交流重賞の君の勝ちっぷりを見たら残念だけど今のサプライズじゃ勝つのは難しい。」
(あの人東京ダービー勝った子なのね。でも今のオペちゃんに勝てる同世代のダートウマ娘ってダービーグランプリ勝ったテイエムメガトンさんとかスーパーダートダービーの覇者メイショウモトナリさんぐらいしかいないんじゃないかな。でもメガトンさんは療養中らしいし。タイキシャトルさんが参戦したら怖いけど。あの人岩手を下に見てるみたいでカンジ悪いわ。コンサートさんの評価は的確だと思うけど。)
会話には参加せずサクラはそう思っていた。
パドックの方ではサカモトデュラブが精神集中しているところへあのウマ娘が近づいて来た。
「よ!札幌以来だね。今回も勝たせてもらうよ!地元だし。フフン!」
上機嫌で近づいてきたのは昨年の覇者カガヤキローマンだった。
(いつまでも勝てると思うなよ!吠え面かかせてやる!)
カガヤキローマンに答えずそう思って黙って睨みつけたサカモトデュラブだった。
同い年で短距離が得意な二人であり、同じ地方ウマ娘の水沢と大井でお互いに意識しないはずはなかった。
各ウマ娘枠入りが完了しスタート!となるはずだったがワシントンカラーが勢い余ってゲートを飛び出してしまった。
(いやはや早まってしまった。)
頭をかいてワシントンカラーは再び収まってスタートとなった。
〔さて各ウマ娘飛び出していきました!先行争いですが やはりサカモトデュラブが行きました。その後ろにカガヤキローマンがついて行きます。〕
(ここまでデュラブ先輩は予定通りだけどやっぱりカガヤキローマンさんが2番手マークはキツイかな。ワシントンカラーさんもそのすぐ後で差すつもりなんだろうけど。)
メイセイオペラは心配そうに見守っていた。
〔第4コーナーを回って直線に入った。先頭はサカモトデュラブ。サカモトデュラブ、2バ身のリード!2番手にはカガヤキローマン!ゴールまで後200、先頭はサカモトデュラブ!〕
「よし!行けー!デュラブ先輩!」
「お姉ちゃん!」
(よし!このままゴールまで粘れば!)
メイセイオペラとサカモトサクラは応援にも力が入る。
サカモトデュラブもイケると思っていた。
だが、ゴールまで後100のところでカガヤキローマンが差しに来た。
〔サカモトデュラブ!サカモトデュラブ!外からカガヤキローマン!ワシントンカラー!カガヤキローマンが交わして先頭!カガヤキローマン1着でゴール!〕
ゴール手前で捉えられサカモトデュラブはワシントンカラー、ファーストアローにも先着を許し4着でレースを終えた。
「ああ、惜しい!」
メイセイオペラもサカモトサクラも深いため息もでてしまった。
カガヤキローマンの2連覇で東京盃は幕を閉じた。
「ゴメンなオペラ。今度の南部杯での弾みになればと思って勝つつもりだったんだけど。」
レース後残念会を兼ねた食事会をしていた。
意気消沈してサカモトデュラブは力なく言葉を発した。
「いえいえ、後もうちょいでしたよね。勝ち負けにはなってましたし。」
「まあそうなんだけど。いや今年こそはって気合い入れてたんだけどなあ。また勝てなかった……。」
「お姉ちゃん……。」
サクラは言葉に出来なかった。
姉の悔しさは伝わって来たようで悔しさもサクラにはあった。
お通夜のような雰囲気でアグネスデジタルも沈黙していた。
「お前は私と違って可能性があるはず。今度の南部杯頑張ってアブクマポーロに勝ってくれよ。」
「まあ、あの人だけではないですから。中央からくるタイキシャーロックさんとかエムアイブランさんとかバトルラインさんとかも強いですし。あとトーヨーシアトルさんもか。デュラブ先輩と違ってこっちはホームで戦いますから、微力ながら全力を尽くします。勝てる自信はないけど。」
南部杯まで後10日程となった。
「オレも3日後に盛岡行くんで。まあそこで調整上手くできればいいんですが。」
「え?オペラ先輩そんなに早く行くんですか?」
「だって地元だし。なんかしたのか?」
「いえ、そうですか……。」
アグネスデジタルはそう聞いて残念そうな表情を浮かべていたが内心ほくそ笑んでいた。
(盛岡行けばコイツと関わらなくていいから多少は気が楽になるはず。いいレースになればいいんだけど。)
そう思っていたのだが思わぬ誤算が彼女を襲うのであった。
翌日サカモト姉妹は水沢に戻って行った。
サクラは消化不良気味で不満の中帰郷した。
(ホンットにあのアグネスデジタルっていう子、邪魔だったわ!でも南部杯で少しは話せるはず!)
だがこれも目算が外れてしまうのであった。
ちなみに今回の遠征で4着に沈んだサカモトデュラブであったが翌年の東京盃にも出走し見事1着で前年の雪辱を果たした。
番外 カノープス四天王
「で?あたしらなんでこんなとこにいるわけ?」
ナイスネイチャは頭をかかえていた。
チームの慰安旅行で岩手を訪れていた。
「それは、タクシーの中で運転手さんと話が盛り上がってターボさんとタンホイザさんが行こうということになって成りゆきでここに降ろされたということですが。」
イクノディクタスが冷静に説明をする。
「はぁ、もう!普段の世知辛い俗世のレースとか忘れてのんびり旅行楽しもうって言ったのに。」
一行は水沢レース場の入場門の前にいた。
ツインターボとマチカネタンホイザはレース場の中へズンズン入っていった。
「や、ちょっと、マジで?」
「さ、私達もいきましょうか。」
「イクノ、あんたまで……。」
「まあ、一通りみまわったらその内飽きるでしょうから。」
「その時を見計らって、か。しょうがないなあ。」
ナイスネイチャとイクノディクタスもレース場の中へ入っていった。
向こうから黒のジャージを身にまとったガラの悪いウマ娘がブツブツと呟きながら歩いて来た。
「表示板……どうしたら……おばさん風邪ひいて代わりがなあ……。」
(うわぁ、やば、あんな人に絡まれる前にとっとと退散しなきゃ。)
ナイスネイチャはそう思ってツインターボに話しかけた。
「ターボ知ってる?岩手にはこわ~い『魔王』様がいるんだよ。だから早めに出ていったほうがいいかもよ?」
「ターボ、『魔王』なんて怖くないもん!もしレースに出てそんなのが出てきても勝つもん!」
(ああ、だめだこりゃ。まあ、イクノの言う通り飽きるまで待つか。)
そう考えていたナイスネイチャだったがすれ違った黒ジャージのウマ娘がふり返りこっちに向かってきた。
(そんな簡単に代役がいるわけ……。おった!代わりが。)
「しぃ〜しょう!ツインターボ師匠!」
「なんだ!お前!」
「師匠、折り入って頼みがある。」
「え?ターボ、レースに出られるの?」
「レース。そう!レースでとても重要な役割があって頼みたいんだ。」
黒ジャージのウマ娘は一行をある場所へ案内した。
「ここは……?」
「レース出走表示板の裏側だ。ここで毎レース出走者名を手書きで張り出している。いつもはおばちゃんが書いてるんだが風邪ひいたらしくてな。おい、お前ら、強力な助っ人を呼んできたぞ。ツインターボ大師匠だ。」
「なるほど。ターボさんに出走者の名前を書いて欲しいと。」
イクノディクタスは理解した。
「オレも字がヘタクソだしな。まあ達筆で名高い師匠に書いてもらえばハクがつくし。」
「ヤダ!ターボそんなことしたくないもん!」
「もちろんタダって訳にはいかないだろうから礼は弾むよ。」
「いやあ~、あたしら旅行で来ててこのあと予定があるんですよ。」
ナイスネイチャがやんわりと断って言った。
「そうか。ところで君達今晩の宿はどうするんだ?」
「あまり予算がないので〇〇旅館に宿泊予定です。」
イクノディクタスが答えた。
「ふ~ん。もし、もっとランクの高い温泉宿に泊まれるとしたらどうする?もちろん予定先のキャンセル料も払うよ。」
「じゃあ、お肉とかカニとかウニとかアワビとかいっぱい食べられる?」
「おう!よりどりみどりよ。」
「じゃあ、ターボやる!」
「ちょっと、ターボ!勝手に決めないでよ!」
ナイスネイチャがツインターボに言ったが聞く耳をもたなかった。
ツインターボが室内にいる岩手のウマ娘らと出走者の名前を書き始めた。
「(ああ、こうなったらしばらくは無理か。)あたしらヒマになったからどうしようか?」
ナイスネイチャがそう言うと黒ジャージのウマ娘はある提案をした。
「はい、もつ煮込み500万円。」
(なんであたしこんなことやってんだろ?)
姉さんかぶりの手ぬぐいと白の割烹着でナイスネイチャとマチカネタンホイザは食堂で名物もつ煮込みの売り子になっていた。
「おお、500万もすんのが。はい1000万円。……ところでおめさん(お前さん)どっかで見だごどある気がするな。」
「やだな〜。気のせい。ウッドフェアリー!なんつって!ハイお釣り500万円!」
「はは、んだが(そうか)。」
(はあ、このやり取りもう何十回もやってる。実家がスナックだし耐性あったからまあ、なんとかやれてるけど。もし顔バレしたらどうしよ。)
「ネイチャ!おにぎり追加したよ。よろよろです!」
「ちょっと、名前で呼ぶのやめてね。タンホイザさん。」
マチカネタンホイザが名前を出したのでいつもより低く太い声でたしなめた。
「ごめん!」
手を合わせてマチカネタンホイザは謝った。
(ところでイクノは何やってんだろ?)
「このように適度なトレーニングのあと、ウマプロテインを効果的に接種することにより……。」
イクノディクタスは岩手のウマ娘達を相手に栄養学の特別講義を行っていた。
岩手のレースは日曜から火曜にかけて行われており通常の授業も一部で行われている。
一通りの講義が終わると黒ジャージのウマ娘は言った。
「流石だな。評判通りでわかりやすかったぞ。」
「いえ、この程度のことでしたら中央ではごく普通のことですし。」
イクノディクタスは謙遜していた。
「ああ、済まないがもう一つ頼みがあるがいいか?」
黒ジャージのウマ娘はある衣装を持ってきた。
着替え終わるとその衣装に相応しい場所へ行った。
「トレジャー先生!」
黒ジャージのウマ娘がそのウマ娘に小声で話しかけ、そのウマ娘も頷いた。
そして同じ衣装のそのウマ娘は去っていった。
「じゃあ、ここで巫女さんやってくれないかな。トレジャー先生、スーパーのタイムセール行きたいって言うから。」
「え?着替えましたけどどうすればよろしいですか?」
「ま、適当に接して貰えれば。」
「適当って?」
「もうすぐメインレースだからそんな人も来ないって。大丈夫だから。」
「はあ。(こんな格好チームの方々に見られたらなんて言われるか。早めに終わるといいのですが。)」
イクノディクタスただ一人トレジャー神社の前にポツンと一人取り残されてしまった。
しばらくするとツインターボがやってきた。
「イクノ。何その格好?」
「あの方に無理矢理こんな格好させられて。いや私のことはともかく、ターボさん終わったんですか?」
「うん!終わった!頑張ったもん!最後だったから空いてるとこに『作ツインターボ』って書いた。」
「え?まずいですよターボさん!」
「なんで?」
「いやそんなこと知れ渡ったら大変なことになりますよ!」
「イクノは心配性だな!」
「そんな問題どころじゃないです!顔バレしちゃいますよ!」
「え?顔バレ?大丈夫だもん!テイオーとかじゃあるまいし。」
などと話していると人が寄ってきた。
「ターボちゃん、字っこ上手いな!オラさサイン書いでけろ。」
「うん。いいよ!」
ワラワラと人が集まってきてイクノディクタスは青ざめていった。
「あれ?ターボちゃんの隣さいるウマ娘って?」
「うん、イクノだよ!チームの旅行でこっち来たんだもん!」
「ターボさん!」
「なして巫女さんの格好してらの?ああ、トレジャー先生の代わりが。」
「いや、あの……。」
イクノディクタスが口をつぐんでいると颯爽と黒ジャージのウマ娘が現れた。
「二人ともこっちに来い!」
人並みをかいくぐりその場を脱出した。
「おめさんど。ナイスネイチャとマチカネタンホイザだべ?あっちさツインターボどイクノディクタスがいだっけがら。」
(まず!顔バレしてんじゃん!)
食堂にも人が殺到していた。
「ネイチャ、どうしよ?」
「どうしよったって、こんなんどうしようもないじゃん!なんでバレるのよ!テイオーみたいにキラキラしてないのに!」
「バレるも何も出走表さ『作ツインターボ』て書いてあったがらもしや?と思ったらカノープスで来てるんじゃねえがどおもってな。」
「ターボのバカ!何やってんのよ!もう!」
そうこうしていると颯爽と黒ジャージのウマ娘が来た。
「お前ら、こっちだ!」
裏口から二人は導かれて逃げる事ができた。
たどり着くと黒塗りのハイヤーが停まっており、ツインターボとイクノディクタスが待っていた。
「荷物入れといたがもし無かったら連絡してくれ!ありがとう!今日は助かったよ。」
黒ジャージのウマ娘がハイヤーに乗り込んだ4人にそう告げるとハイヤーは動き出し水沢レース場を後にした。
「いやあ、間一髪だったね。顔バレしちゃったし。もうこのレース場来れないな、って、ダートだし。レース参戦はないか。で、ターボ。あんたやってくれたわね。ボードに『作ツインターボ』って書いたらしいじゃない?」
「うん!空いてたから書いたもん!」
「アレでみんな顔バレしてドえらい目にあったんだから。少しは反省しなさい!で、結局あの黒ジャージの人は何だったんだろ?」
ナイスネイチャが疑問を呈すとハイヤーの運転手が答えた。
「おめさんど、あれが岩手最強のウマ娘、トウケイニセイだべ。」
「トウケイニセイ?」
ナイスネイチャ、ツインターボ、マチカネタンホイザは初めてその名前を聞いた。
「やはり、そうでしたか。あの……。」
イクノディクタスは知っていた。
「イクノ。誰なのそれ?」
「『トウケイニセイ』……岩手最強のウマ娘と言われ40戦以上戦ってほとんど負けたことがないそうです。『岩手の怪物』とも呼ばれてますがもう一つ異名があって『岩手の魔王』と言われてます。」
「あちゃあ、あの人が『魔王』様だったか。あたしらいい様にコキ使われたって訳か。丁度4人だし、あたしらはさしずめ『カノープス四天王』ってわけ?」
「四天王はともかく適材適所に……いやそんなことは……。」
「どした?イクノ?」
「ターボ知ってる。イクノ、神社の前で巫女さんしてたもん!」
「ターボさんそれは皆さんにご内密にと頼んだじゃありませんか!」
ツインターボの発言に珍しくイクノディクタスは動揺した。
「え?メガネかけた巫女さん見てみたい!」
「フクちゃん先輩とどっちが似合うでしょうか?」
「やめてください!忘れてください!恥ずかしいので。」
「ウマッターに上がってたもん!」
「へえー、どれどれ。お、あったこれか!」
ウマッターに上がっていた画像でイクノディクタス以外の3人は爆笑した。
「案外似合ってんじゃん。」
「ネイチャさん、笑いながら言ってもお世辞にしか聞こえませんよ。自分でもわかってますから。」
イクノディクタスはそう言って少しふてくされた。
「ごめんって。で、どこに向かってるんですか?」
「それは着いでがらのお楽しみだべ。」
ナイスネイチャは運転手に問いかけたが、即答は避けた。
そしてある高級温泉旅館に着いた。
「いやいやいや、あたしらじゃこんなところ支払えないって!」
ナイスネイチャは発狂したがとりあえず着いたところでお出迎えを受けた。
「カノープス御一行様ですね?ようこそ当旅館へおいでくださいました。お代の方はすでにトウケイニセイ様より頂戴しております。それではお部屋にご案内いたします。」
一行は部屋に案内されたが当初予定していた旅館よりも数ランク上のところに案内された。
「いやあこんな高級なとこメジロのお嬢様でもあるまいし、かえって緊張しちゃうわ。労働とそれに対する報酬が釣り合いとれなさすぎでしょ。」
そして一行は豪華な食事のあと温泉にゆったり浸かった。
「ふう〜。いやあ、いいお湯で。お食事も美味しすぎて食べ過ぎちゃった。ああ、帰ったらまたトレーニングで絞らないと。イクノはちゃんと節制できた?」
ナイスネイチャはイクノディクタスに話かけた。
「ええ、なんとか。誘惑がありすぎて困りましたが耐えました。」
「そっか。羨ましい。でもターボとタンホイザはあたしよりガッツリ食べてたからこってり絞って貰わんと。そういやさっき豪華な食事の画像トレーナーに送ったら『ズルい!』って返信きてた。」
「トレーナーいたらこんなところに来ることはなかったでしょうね。」
「ね。」
マチカネタンホイザは湯船ですっかりくつろいでいた。
「いやあ、もうこんなお食事のあとでお風呂でもう溶けちゃう。ふわふわになる。ほへ~って。」
「あ、そこ蜘蛛いる。」
「ぎゃあ!どこ?」
「嘘。」
「もう!ネイチャやめてよ!せっかくくつろいでいたのに。」
「あは。ごめんって。」
ツインターボはバシャバシャ湯船で泳いでいた。
貸し切り状態だったのでもうナイスネイチャも咎める気力もなかった。
「まあ、たまにはいいか、こういうのも。」
束の間の休息を過ごしたカノープス御一行であった。