Chapter1 天皇賞秋
11月になり多少肌寒さも感じるもその日は晴天だった。
隣の東京レース場では天皇賞がメインレースとして行われようとしていた。
1週間前、トレーナーのイシザキはアブクマポーロから衝撃的な報告を受けた。
「何だと! 無許可で模擬レースをやっただと?」
本来なら叱責するべきだったが相手を聞いてさらに驚いた。
(トウケイニセイ……だと? しかも負けた……。あのウマ娘まだ走れてたのか!)
トレセン学園のダートトラックでトレーニングを見ている傍らそう回想していた。
その報告以来以前にも増してトレーニングに励むようになっていった。
(まあ、ポーロの体に大事がなければ問題ないだろ。しかし……、出てきたら厄介だな。まあ、とりあえずは東京大賞典を取りに行く!)
アブクマポーロを見つつ南部杯の雪辱を晴らすべく東京大賞典に標準をあわせるイシザキトレーナーだった。
府中、東京レース場。
メイセイオペラは2回目の観戦だった。
前回は2月のフェブラリーステークス。
川崎記念出走のあと、1週間程滞在を延長しユキノビジンやスイフトセイダイと観戦した。
それ以来であった。
「昨日、シリウス(シンボリ)さんに会って、『明日、天皇賞行くんですよ。』っつったら『お前、天皇賞出走するのか?』って言われてさ。思わず『ダートの南部杯出たあとに芝の天皇賞出る変態なんてこの世に存在する訳ないじゃないですか!』って返しちまったよ。」
同行者として連れてきたアグネスデジタルに言った。
「グヘヘ……。ウマ娘ちゃん達がいっぱい……!」
ジュルリらとヨダレを垂らしながら双眼鏡であちこち見ていて全く話を聞いてなかった。
「お前は本当、通常運転だな!」
あきれてそれ以上の言葉は出なかった。
(まあ、何事も無ければスズカが勝つだろ。でも、レースってのは『絶対』はないんだ。油断するなよ。スズカ。って、オレじゃないからな油断するような奴でもないか。)
大観衆が注目しているのはサイレンススズカだった。
毎日王冠のレースぶりを見て誰しもが十中八九勝つと見立てていた。
すでにサイレンススズカが天皇賞、ジャパンカップに参戦した後にアメリカ遠征の報は正式に発表されていた。
(海外か……。こっちはやっと南部杯勝ったのにスズカはそこまで目指していたんだ。中央のG1いやG3すらも出ていないオレなんか……。まあ、上を見てもキリないしな。こっちは地道にやってくしかないけど。)
本バ場に入って返しウマを行っているサイレンススズカを眺めていた。
落ち着いているサイレンススズカを見て誰しもが何バ身で逃げ切るか?いやスタートでどのくらい大逃げするのか?などと思っていた。
(でも、ニセイ先輩がよく言ってたけど『敵は出走者だけじゃない』って。多分スズカにとってそれしか不安材料ない。いくらレースに『絶対』はないって言ったってこれはさすがに……。)
大観衆は今か今かとレースを待ちわびていた。
各ウマ娘達がゲートに入る。
そして一斉にスタートを切った。
Chapter2 沈黙の日曜日
レース前の予想通りサイレンススズカが前に出てきた。
レース序盤から後続を引き離し大逃げに打って出ていた。
〔1000メートル通過、タイム57.4!〕
場内のアナウンサーは興奮気味ぎみに実況した。
(57.4!随分ハイペースだ。でも今のスズカならやり遂げてしまうだろ。)
毎日王冠で大逃げで勝った勢いをそのままに同じレース場であればそうすると思い楽観していたメイセイオペラであった。
大ケヤキを通過しおよそ10バ身の差があり毎日王冠と同じ展開になるであろうと誰しもが思っていた。
……しかし、第4コーナー手前で異変が起こった!
(スズカ!)
走りが怪しくなり徐々に失速し倒れ込んでしまった。
〔サイレンススズカに故障発生!〕
……その後、レースそっちのけでサイレンススズカの様態を見守ることしかできなかった。
レース終了後、ウイニングライブも見る気もおきずメイセイオペラとアグネスデジタルは帰ることにした。
大観衆は沈黙したまま静まり返っていた。
さすがのアグネスデジタルもうつむいたままであった。
メイセイオペラは自分に言い聞かせるように声を発した。
「……これだから、レースってのに『絶対』はないんだ。でもあんまりだろ。これからって時に……。」
1年前の自分のことを思い出していた。
(ニセイ先輩やユキノさん、サクラや母さん、ユウシャはこんな思いをしてたんだな……。)
身につまされる思いにおそわれていた。
「帰るぞ、デジタル。」
東京レース場をあとにしようとしていた。
歩きながらアグネスデジタルがポツリと言った。
「今日はレースの怖さを思い知りました……。」
メイセイオペラは立ち止まった。
「『怖い』だと……?何他人事みたいなこと言ってんだ!お前も来年からここ(東京レース場)走るんだろ?」
「いや、だって……。」
「そんなに怖いなら今からでも遅くない。とっとと寮の荷物まとめて学園から出てったらどうだ?危険からは免れるだろ?」
「そんな!だったらオペラ先輩、引退を余儀なくされるような大怪我したことあるんですか!」
メイセイオペラは少し沈黙した。
そして口を開いた。
「……あるよ。あるからそう言ってんじゃねぇか。」
そう答えてメイセイオペラは歩き始めた。
「オペラ先輩……。」
アグネスデジタルは思い出した。
(そういえば、初めてオペラ先輩を見てそれからタイキシャーロックさんの探偵事務所に行った時……。オペラ先輩、眼帯してた。その時なのでしょうか?)
誰しもが望んでいない結果だった。
そして誰を責めることもできないことでもあった。
足取りが重いままメイセイオペラは思った。
(スズカ……。せめて無事でいてくれよ。もし無事でいてくれたら、落ち着いたときにでも見舞いでも行くか。スズカはオレが中央の受験失敗のとき手を差し伸べてくれた……。恩返しって訳じゃないけどなにか力になれたら……。)
この年の天皇賞・秋はいろんな意味で忘れられないレースになってしまったのであった。
数日後、メイセイオペラのトレーナーは初めてリギルのトレーナー東条ハナに呼び出され鼻を伸ばして例のバーにいくとスピカのトレーナーがいた。
空のグラスがいくつもあって状況を察した。
「だいぶ荒れてるな。」
気持ちはわからなくもなかった。
酔っているのかヤケになってるのかワインをあおり続けていた。
「おじさんか……。」
「もうそのへんにしとけ。明日のトレーニングにも差し障る。他のウマ娘達もいるだろ?」
「スズカは……特別なウマ娘だった……。おじさんに俺の気持ちなんかわかるはずないよ!ほっておいてくれよ!」
「ちょっと!あんたいい加減にしなさい!言い過ぎよ!」
さすがのおハナさんもたしなめた。
メイセイオペラのトレーナーはスピカのトレーナーの横に座った。
「そうだな……。ま、似たような話なら知ってるけどな。ソイツはデビュー戦のあと左脚が屈腱炎になっちまってその時岩手のトレセン辞める辞めないの話までなってな。結局、ずっと完治できず一年七ヶ月あとに復帰戦やって。まあ、クラシックとか全く出れずどん底からの再スタートであれよあれよと言う間に日本の連勝記録も更新して最終的に岩手の最強ウマ娘までなって『魔王』とまで呼ばれるようになったけどな。」
「おじさん……。それって……。」
「その子はまだ復帰するつもりなんだろ?結果はどうであれ寄り添ってやるのがトレーナーってもんじゃねぇのか?最後まで足掻いてやれよ。まあ、岩手を追放された俺が言うのも何だけどな。」
「おじさん……。」
「たまにはいい事言うじゃない。」
「え?おハナさん、もしかして俺に惚れちゃった?じゃあ今からホテ……。」
「うっさい、◯ね!感心して損した!」
テレ隠しにセクハラ発言するメイセイオペラのトレーナーであった。
Chapter3 お見舞いと誤解
天皇賞・秋のあと、サイレンススズカの様態が発表された。
左脚粉砕骨折というもので復帰も未定とのことであった。
メイセイオペラのクラスも沈んだ雰囲気になっていた。
「あ、スペちゃん。」
校内でスピカのスペシャルウィークを見かけ話かけた。
「メイセイオペラさん。こんにちは。」
「スズカ、大変だったね。まだ慌ただしいならお見舞い見合わせるけど、どう?」
「そうですね。あと二三日したら落ち着くかもですね。」
「そっか、じゃあそのあとくらいで行ってみるよ。」
「わかりました!スズカさんにも伝えておきますね。」
後日、メイセイオペラはサイレンススズカの見舞いに行った。
お見舞いの花を持って病室に向かった。
「オペラ、ありがとう。」
花を花瓶に差した。
ギプスで脚が固定されていているサイレンススズカだった。
「それにしてもスズカが羨ましいよ。毎日スペちゃん来てるんだって?いいよなぁめんこくて真直ぐなスペちゃんに慕われて。」
「あら?オペラだっているじゃない。あの赤いリボンつけたかわいい子がいつもそばにいるでしょ?」
「(マジで言ってんの?)……じゃあ交換してよ。アレ(アグネスデジタル)と。」
「……うん。それは遠慮しとくわね。」
(……ですよね。)
身の危険を察知したのかサイレンススズカは微笑みながらやんわりと断った。
「あと、天皇賞応援来てくれてありがとう。結果は駄目だったけど……。」
「いや、レースで怪我するのは珍しいことでもないから。まあ、オレも人のこと偉そうに言える立場でもないし。骨折したことあるよ。脚じゃないけどね。」
「どこを骨折したの?」
「ここ。」
メイセイオペラは自分の顔を指した。
「え?頭?」
「うん、頭蓋骨。丁度1年前の話になるけど。」
メイセイオペラはその時のことを話し始めた。
それは1年前の9月23日のことであった。
その日、ダート三冠の一つであるユニコーンステークス(東京•ダート•1600M)の出走に向けて中央からはユキノビジンを呼んで水沢で併走トレーニングの予定であった。
(いくら何でも遅いべ。オペラちゃんなにしてらんだべが?)
予定時間を過ぎて様子を見に行くユキノビジンであった。
その途中、思いがけない光景に出くわした。
メイセイオペラが倒れ込んでいてその周りは血の海になっていた。
ひと目で尋常ではないと判断できた。
「オペラちゃんなしたの? しっかりしてけろ!誰か!」
ユキノビジンがそう言って助けを呼びメイセイオペラは近くの病院へ緊急搬送された。
すぐその後同室のサカモトサクラ、妹のメイセイユウシャ、そしてトウケイニセイも駆けつけた。
「様態は?」
「まだなんとも。……オラが代わりになっていれば……。」
「バカ言うな。お前がそうなったら岩手と中央での問題になるだろが。」
トウケイニセイの問にユキノビジンはそう答えたがトウケイニセイは冷静に答えた。
「ユウシャ。お母さんには連絡は?」
「さっき、伝えました。」
妹のメイセイユウシャも深刻な表情で答えた。
しばらくして母親がやってきた。
何時間も経過したが様態に変化はなくいつの間にか真夜中になっていた。
「お前ら一旦帰れ。何かあったら連絡する。」
トウケイニセイはユキノビジンとサカモトサクラに言った。
「あなたも帰りなさい。もう遅いから。」
母親もメイセイユウシャに言う。
後ろ髪を引かれる思いで三人は学園にもどっていった。
二人になるのを確認してトウケイニセイは頭を下げて言った。
「この度は大変申し訳なく……。」
「座ったら?」
謝罪の言葉を遮られて着席を促された。
メイセイオペラの母親の横に座る。
「あの子はね、生まれた時、体が小さくて。『レースに出る体としては華奢すぎて褒めるところがない。』とまで言われて。あの人も私も呆然としてしまったけれど、いつの間にか体が成長して中央トレセン受験できるようにまでなって。でも肝心な時にいつもしくじるからなんか嫌な予感してたのよ。中央の受験に失敗した時もデビュー戦勝ってそれから負け続けてくじけてトレセン学園辞めようって話になった時も。……でもね、悪運だけは何故か強くて。受験に失敗した時は水沢に枠があって特待生で入学出来たし、くじけた時もあなたに救われたってあの子言ってたわ。……だから信じます。あの子の悪運を。」
気丈にそう言う母親の言葉に何も返せずにトウケイニセイは黙ったままだった。
ただ握りしめた手に熱さを感じていた。
(これからって時に……。なんでだよ!)
悔しさに支配されていた。
メイセイオペラはなんとか一命をとりとめたものの意識はすぐに回復せずそれまでユキノビジンやサカモトサクラ、メイセイユウシャで交代しながら看病していた。
そして意識をようやく回復したのは数日後のことであった。
「すいません。ご心配かけて。」
「全くだ。ユニコーンステークスも回避になった。ま、今シーズンはもう出走無理だな。大人しく休んでろ。」
メイセイオペラにトウケイニセイはそう言葉をかけた。
だがしばらくして予想外のことが起こった。
「ちょっと、待ってください!あいつはまだ……。」
今年G1に昇格したダービーグランプリ(盛岡・ダート・2000M)にメイセイオペラを出走させよとの命が上層部から下ったのである。
トウケイニセイは無論反対だったが一応本人の意向も聞いてみることにした。
「……は?なんだって?」
「オレ、出たいです……。ダービーグランプリ。」
意味がわからなかった。
それでも懇願するかのように目で訴えていた。
トウケイニセイは諭すように言った。
「あのな、今の状態で例え出走できたとしても万に一つも勝つ可能性はない。それでもオペラ、お前出たいか?」
メイセイオペラは言葉を発しなかったが頷いた。
「そうか……。わかった。だが今後のこともある。トレーニングは1日30分まで。状態が悪化したらそれも中止だ。その条件でならなんとか出走までこぎつけてやるよ。」
メイセイオペラのこの年の最大目標は言わずと知れたダービーグランプリだった。
例え勝ち目がなくとも出走したい思いが強かった。
一生に一度の晴れ舞台、ダービーグランプリ(G1・盛岡・ダート・2000M)。
各地方のダービーを勝った者たちと中央の猛者とで争われるレースである。
だが、眼帯をしたままのメイセイオペラは先行していたものの4コーナー手前で失速し結果は10着。
慣れ親しんだ盛岡のゴールはいつもよりも遠く感じ全力すら出せなかった。
その結果、初めての二桁順位だった。
レース後、一着のテイエムメガトンが声をかけてきた。
「(君が)万全な状態で戦いたかったよ。また今度いつか。」
そう告げられてしまった。
スタンドを見上げる。
「オペラ!気にすんな!次だ次!」
「無理すんな!今度はきちんと治してから出でけろ!」
「これからだろこれから!来年は期待してるがら!くじけんなよ!」
予想外に温かい声援だった。
そして勝ってもいないのにオペラコールも起こってしまった。
メイセイオペラは嬉しさより申し訳無さが先立って次第に目が潤んでしまう。
それを察知してなのかトウケイニセイとサカモトサクラが駆け寄り大き目のタオルでメイセイオペラの頭を覆った。
「病院行くぞ。」
トウケイニセイがそう言って待機していた車に乗り込まされた。
「うう……。ぐすっ……。」
メイセイオペラは押し殺したような涙声が漏れた。
サカモトサクラは何も言わずメイセイオペラの手を握っていた。
「だから、言ったろ。万に一つもないって。」
トウケイニセイにそう言われてしまった。
返す言葉もなかった。
期待していた岩手のファンたちを裏切ってしまった。
実力の半分も出せず不完全燃焼なレースに終わった。
それでも見捨てずに温かい言葉をかけてもらった。
そして心に誓った。
例え負ける可能性が高いレースであっても万全を期して戦えるようにしようと。
「……だからさ、スズカにはちゃんと治してからレース出てほしい。ま、オレはそういうことがあったから言えることだけど。」
「……うん、わかったわ。」
メイセイオペラはハッと気がついた。
サイレンススズカの瞳がいつの間にか潤んでいた。
「ごめん、なんかガラにもないのに自分語りなんかしちゃって。」
「ううん……。」
今にも泣きそうだったが耐えているようだった。
「じゃあ、あんまり長居も何だから行くね。スズカ……。今大変だと思うけど、このオレだってなんとか乗り越えられたんだ。だから、スズカだって乗り越えられると思う。勝手な願望でしかないけど、オレはもう一度走ってほしいと願っている。じゃあまたそのうち来るね。」
メイセイオペラは病室を去って行く。
病院の入口にスペシャルウィークを見かけた。
入れ違いにスズカの病室に向かうようだった。
「メイセイオペラさん!スズカさんのお見舞いに来ていただいてありがとうございます!」
明るくスペシャルウィークにメイセイオペラは答えた。
「……スペちゃん。今、病室行くの控えた方がいいよ。ちょっと時間おいてからにしてくれない?」
「え?どうしてですか?」
スペシャルウィークの問に答えず足早にメイセイオペラは去って行った。
時間をおいてからからと言われるも気になってしまってスペシャルウィークはサイレンススズカの病室に向かった。
病室の扉を開こうとしたその瞬間すすり泣く声が耳に入った。
一旦、開けるのをためらってそっと扉を少し開くとサイレンススズカが泣いていた。
(スズカさん……。)
骨折した時も気丈に振る舞い涙一つこぼさなかったサイレンススズカが泣いているのはただ事ではないと想像できた。
ふと我に返ってメイセイオペラに問いただそうとして帰って行くのを引き留めようと入口まで戻っがもう姿はどこにもなかった。
次の日、メイセイオペラは呼び出された。
教室の入口に神妙な面持ちのスペシャルウィークがいた。
「スペちゃん。」
「メイセイオペラさん、お話があります。」
人気が無いところに連れて行かれた。
そして単刀直入に切り出された。
「昨日、スズカさんと何があったんですか?スズカさん、泣いてました。何を言ったんですか?」
(やっぱり見ちゃったか。)
どう答えていいやらわからぬまま少し間をおいてから答えた。
「……それはスズカとの話なんでスペちゃんには答えられない。」
きちんと答えるべきか迷ったが真実を言って信じて貰える自信もなかった。
そう思いとっさにそう答えるのが精一杯だった。
「そうですか……。」
「うん。」
「……では、もう二度とスズカさんに近づかないでください。ひどいこと言ってスズカさんを傷つけないで。」
「スペちゃん……。(思いっきり誤解してる。)」
そう言い残してスペシャルウィークはそそくさと去って行った。
(まあ、無理もないか。あの状況であればそう思うのも。スペちゃんのスズカへの想いの強さがそうさせたんだろう。まあでもそのうち誤解も解けるだろ。)
それから二三日経ってメイセイオペラはスペシャルウィークとすれ違う。
その瞬間いつも被っている帽子がなくなっていることに気づく。
「ホラ、スペちゃん!スズカデスよ!元気出してクダサイ!」
エルコンドルパサーに釣り竿を使って帽子を引っ掛けて奪われていた。
「失礼します。」
スペシャルウィークは視線をあわせず、うつむいてそのままそそくさと去って行った。
「オカシイですネ。せっかくセイちゃん(セイウンスカイ)から釣り竿借りたのに……。」
エルコンドルパサーは首をかしげた。
一部始終を見ていたグラスワンダーがほほえみながらやってきた。
「エルー。やっていいことと悪いことの区別もつかないのですか?」
エルコンドルパサーには般若に見えたらしく恐怖を感じ逃亡を試みるもすぐグラスワンダーに首根っこを捕まれた。
「すいません。メイセイオペラさん。」
代わりにグラスワンダーが謝罪した。
「とりあえず帽子返してくれる?」
取り戻した赤い帽子を被った。
「あの……。スペちゃんとなにかあったんですか?」
「(鋭いな。グラスちゃん。)いや、なんていうか誤解というか……、行き違いみたいなのがあって。」
「そうですか。もし差し支え無ければお話しいただいて、そのうえでスペちゃんに申し伝えましょうか?」
「まあ、それはすぐに解決するかと思うから大丈夫だよ。あ、でももしそのことでスペちゃんが思い悩んだり落ち込んでいるようだったらオレの方は大丈夫だって伝えてほしいかな。」
「わかりました。それで、コレ(エルコンドルパサー)はどうしますか?……もし、お赦しいただけないのであればエルを殺して私も死にます。」
「そうだね。んじゃそうしてもらおっか。」
「承知しました。では、エル。武士の情けです。詠みなさい辞世の句を。」
「ケ?ちょっと!ジョークですよね?『最近の グラスのおしり 重すぎて 食べ過ぎ注意 ブタの様相』」
(ヒドい句だ。怒らせて本当に辞世の句になるのでは?)
「エールー!」
「わ!本気で怒った!」
「そこに直りなさい!成敗します!」
逃げるエルコンドルパサーにいつの間にか取り出したなぎなたをブン回しながら真っ赤な顔で追っていくグラスワンダーだった。
(すごい脚だ。さすが黄金世代。)
取り残されたメイセイオペラは妙なことで感心していた。
数日後のある日、いつものようにスペシャルウィークはサイレンススズカの病室に行った。
「スズカさん、このお花そろそろ変えましょうか?」
「うん、ありがとう。でもまだ大丈夫よ。」
「そうですか……。でもこのお花って、メイセイオペラさんが持ってきたものですよね?」
「うん、そうだけどどうかしたの?」
「……そんなヒドいこと言う様な方のお花なんて。」
「え?ひどいことってなんのこと?」
「え?」
「え?」
二人は顔を見合わせた。
「あの……、スズカさん。この間メイセイオペラさんが来たとき、私スズカさんが泣いてるところ見ちゃって……。」
「スペちゃん、見てたのね……。あれはオペラが1年前に骨折しちゃって中途半端な状態でレースに出て10着で終わってしまったのね。そのレース、ダートではクラシックの最高峰にあたるレースだったみたいで私もダービー9着だったし、その時のことも思い出して思わず泣いてしまったの。」
「そうだったんですね……。私てっきりメイセイオペラさんがスズカさんにヒドい言葉を投げかけたかと早とちりしてしまって……。」
「スペちゃん……。」
サイレンススズカは責めるでもなく悲しい瞳をしていた。
「すいません!スズカさん。明日メイセイオペラさんに謝罪します。」
「うん、私からもオペラに言っておくわね。」
(自分の早とちりで優しいスズカさんを悲しませてしまった……。)
翌日、メイセイオペラに謝罪しようと機会をうかがっていたスペシャルウィークだがなかなか踏ん切りがつかずにいた。
Chapter4 栗東寮でお泊り会
(やっぱりいつもよりご飯の量が少ない……。)
食事をスペシャルウィークと一緒にとっていたグラスワンダーはそう感じていた。
普段通り明るく振る舞ってはいたが。
グラスワンダーは意を決してスペシャルウィークと二人で話すことにした。
「スペちゃん。メイセイオペラさんとなにかありましたか?」
単刀直入で聞くとスペシャルウィークはギクッと反応し顔を曇らせた。
「グラスちゃんどうしてそれを……。」
「この間エルがメイセイオペラさんにイタズラしたじゃないですか?あの時二人の雰囲気が微妙だったので。」
「実は……。」
スペシャルウィークは細かな事情を話した。
「メイセイオペラさんも骨折してたのですね。その話をスズカさんに話したと。それで感情移入のあまりスズカさんが泣いてしまってそれをスペちゃんが見てメイセイオペラさんがひどい言葉を浴びせたと勘違いしちゃって二度と近寄らないでと言ってしまった……。そういうことですか。」
スペシャルウィークは弱々しく頷いた。
サイレンススズカを思うあまりの行動だとは理解できた。
「謝りたいとは思ってはいるんですけど、踏ん切りがつかなくて。」
「わかりますよ。スペちゃん。でも多分大丈夫だと思いますよ。」
メイセイオペラが言っていたことを思い出した。
自分のことで落ち込んでいたらそれは気にしなくていいと言っていた。
「そうですか。でも……。」
「もしよろしければ私も一緒に謝りに行きますよ。」
「いや、それはグラスちゃんに頼らないで自分一人で成し遂げたいです。」
「そうですか、わかりました。スペちゃん少し気は晴れましたか?」
「うん、ちょっとだけ。ありがとうグラスちゃん。」
とは言うものの、その後なかなかメイセイオペラに接触できずにいた。
スペシャルウィークはメイセイオペラに隠れて様子をうかがっていた。
こんなことをしてと罪悪感を感じながら。
ついヤブの中で音を出してしまった。
「誰だ!またお前かデジ……、って?スペちゃん?」
隠れていたのがスペシャルウィークだったのに驚くメイセイオペラだった。
「あの、ごめんなさい!あの時事情もわからず勝手に勘違いして『スズカさんに近づかないで』っていってしまって……。」
「いや、大丈夫だから。スズカからもメールきたし。」
「なかなか謝る事できなくて……。」
「うん、わかるよ。オレも(怖い)先輩(トウケイニセイ)とかに謝るのってすんごい勇気いるし時間もかかるよね。」
「あと、ストーカーみたいなことしてごめんなさい。」
(スペちゃん、なんて心もめんこいウマ娘だ。ストーカーやるなっつってんのに翌日悪びれもせずいけしゃあしゃあやる輩(アグネスデジタル)もいるってのに。)
メイセイオペラは感動してしまった。
「スペちゃん。気にしなくていいから。こっちこそごめんネ。あの時上手く説明できてたら良かったけどそうできなくて。」
「あの、何か償いをさせてください!」
「いや、そんなのいいって。」
「でも……。」
「気が収まらない?」
「はい……。」
「だったらさ。スペちゃんの部屋で『お泊り会』しない?都合を合わせてさ。まあ、スズカの代わりには程遠いけど。」
「わかりました。それでよろしければ。」
メイセイオペラがそう提案するとスペシャルウィークは快諾した。
(ただ、問題は栗東寮にいるアイツ(アグネスデジタル)だ!)
メイセイオペラは美浦、栗東寮の寮長に申請し、そしてアグネスタキオンに実験の日程を確認した後に実行へと移した。
「オペラさん。すいません……。」
その日になって栗東寮のスペシャルウィークの部屋に来たはいいものの追試が差し迫ってメイセイオペラは勉強を見るハメとなった。
「いいって。でも追試頑張ろう。まあ、できるだけ簡単な問題は解けるようにしようね。あとケアレスミスには気をつけてね。」
などと言っていると部屋の前に設置した対人センサーが反応し連動しているスマホで映像を確認した。
(やっぱり来やがった。)
見慣れた姿が部屋の前まで来ているのが見え、すぐに栗東寮の寮長フジキセキに連絡した。
「すいません。やっぱり来ました。ご対応お願いします。あと、タキオンさんも連れてきてください。」
しばらくすると部屋の外が騒がしくなった。
「困ったポニーちゃんだね。」
「ち、違うんです!これは……。」
「デジタル君ひどいじゃないか。実験の途中で抜け出して。結果に誤差が生じてしまうじゃないか。」
フジキセキ、アグネスデジタル、アグネスタキオンが部屋のすぐ外にいた。
「なぁにが違うんだよ!デジタル。」
メイセイオペラがあきれて言った。
「だって……。オペラ先輩がこっち(栗東寮)に来るレアイベントを見逃す訳には……。ハッ、もしや実験の日を狙って……。」
「オラ、スペちゃんの勉強の邪魔だ。去れ。」
「そんな!ちょっとだけ!先っぽだけでいいので……。」
「なんの先っぽだよ!」
思わず突っ込んでしまった。
フジキセキとアグネスタキオンに引きずられるようにアグネスデジタルは連行されていった。
「いやぁ!あのほんのちょっとでいいので!ああ~、引き離さないでくださぁい!」
「さらばだ、アグネスデジタル。(今日は)二度と会うこともあるまい。」
そう言ってメイセイオペラはドアを閉めた。
「何かあったんですか?」
スペシャルウィークが訊ねた。
「いや、害虫が入り込もうとしたんで駆除しただけだよ。」
笑顔でメイセイオペラは答えた。
その後消灯時間までスペシャルウィークの追試対策の勉強会となった。
就寝時間となり部屋に布団を持ち込んでいたメイセイオペラは部屋に敷いて眠りについた。
「オペラさん、まだ起きてますか?」
「うん、起きてるよ。スペちゃんは『日本一のウマ娘』になるのが目標だよね?」
「そうですね。何が『日本一』かはハッキリしてないんですけど。……無謀ですか?」
「いや、『日本一』か……。オレなんて『岩手一』さえ程遠いから。人のことどうこう言える立場でもないし。」
「え?でもこの間の南部杯勝ちましたよね?ダートウマ娘で上位じゃないですか?」
「そうなんだけどさ。でも桁違いに強いのがいるんだよ。スペちゃんも見たことあるはずだよ。聖蹄祭で。」
「あの黒いジャージ着てた方(トウケイニセイ)ですか?アブクマポーロさんと模擬レースの相手でしたよね。あんなに出遅れたのにすごい末脚でした。」
「そう、いつかあの人に勝つのが目標だよ。」
「そうなんですね……。あの、私、実はオペラさんのこと嫉妬してたんです。」
「へ?なんで?」
「それは……。」
スペシャルウィークはその原因を話し始めた。
「スズカさん!時間になりましたよ!」
毎日王冠の前日、最後の調整でトラックの外でストレッチ中のサイレンススズカにスペシャルウィークは呼びに行った。
「わかったわ。今行くわ。」
時間になったら声をかけてほしいと頼まれていた。
そして、トレーナー室に行った。
備え付けのテレビをつけた。
「これってダートのレースですよね?スズカさん。」
「うん、友達が出走するから応援したくて。あの青と白の勝負服の。」
「この方ってメイセイオペラさんですよね?春にトレーナーさんが脚触って蹴り飛ばされてました。」
「スペちゃん、それ本当になの?」
そばにいるトレーナーをサイレンススズカは蔑んだ目で見た。
「いや、スズカ、たまたま、たまたまだって!」
スピカのトレーナーは弁明した。
レースが始まるとサイレンススズカは熱中していた。
メイセイオペラがハナを取り、逃げている。
「よし!そのまま。オペラ!」
応援に熱が入っていた。
「おお、逃げにいったか。でも逃げ切れるかね?アブクマポーロ相手に。おじさんも大胆な作戦取ったね。」
スピカのトレーナーは訝しく見て言った。
そして手に汗握りながらサイレンススズカは第4コーナーを回ると叫んだ。
「オペラ!いける!スパート!」
坂を登り、直線を駆け抜ける。
「いけー!」
モニターにかぶりついての応援だった。
そして見事に一着でメイセイオペラはゴール。
「やったー!オペラが勝った!スペちゃん!」
思わずスペシャルウィークにサイレンススズカは嬉しさのあまり抱きついた。
「スズカさん……。」
そう言われサイレンススズカは我に返った。
「あ、ごめんなさい。スペちゃん。私ったら……。」
ちょっとしょんぼりしてからサイレンススズカは言った。
「あの、トレーナーさん。ちょっと走って来ます!」
サイレンススズカはトレーナー室を飛び出して行った。
「おい!明日レースだろ!スペ!スズカを止めてくれ!」
慌てて止めに入った。
「あんな子どもみたいにはしゃぐスズカさん初めて見ました。私がダービーで勝ったときもあんなにならなかったのに……。」
「そうだったんだ。あのスズカが……。意外だな。で、それで嫉妬してたんだ。……スペちゃん。それ多分いつかスペちゃんと戦うことになるからなんじゃないの?」
「…………もう食べられないよ……。」
「スペちゃん?……寝ちゃったか。(こんな就寝時に語らうの久々だな。水沢ではサクラといつもだったけど。あいつ(アブクマポーロ)とはそんなことまったくないし……。)……おやすみ。」
メイセイオペラは眠り入った。
朝、目覚めるとスペシャルウィークはすでに起床して早朝トレーニングに出ているようであった。
(昨日はありがとうございました!)
書き置きのメモがあった。
(こちらこそありがとう、スペちゃん。)
返事を書いて布団を抱えながら栗東寮から美浦寮へ移動した。
前にいる人に声をかけた。
「すいません!通ります!」
「Oh!」
そのウマ娘は横にそれた。
世界のマイル王、タイキシャトルだった。
(お、タイキシャトルさんだ。)
同じ寮であり同い年であったが、クラス違いでフランスへ遠征していたこともあり、ほとんど顔をあわせることがなかった。
(見かけないウマ娘さんデスネ。)
「明正」と刺繍された赤い帽子のウマ娘を不思議そうに見ていたタイキシャトルだった。
番外 チケゾーとダービーグランプリ
ある日の午後、ウイニングチケットとユキノビジン等と昼食をとり、その後歓談に入ったメイセイオペラであった。
「ねぇねぇ、地方にも『ダービー』ってあるんだよね?」
「ええ、各地でありますよ。確か……。北から北海優駿、東北優駿、石川ダービー、東京ダービー、東海ダービー、兵庫ダービー、高知優駿、九州ダービー栄城賞っていう感じで5月の終わりから6月にかけて行われてますね。『ダービーシリーズ』って呼ばれています。」
ウイニングチケットに地方のダービーについて問われメイセイオペラはそう答えた。
「そうなんだ!」
感心したもののウイニングチケットは疑問に思って首をかしげた。
「でもさ、そうしたら地方ではそれぞれで強いで終わってしまうんだね……。」
「ええ、昔はそうだったみたいですよ。」
「え?じゃあ、今は?」
「今は中央の人も参加できるダート三冠ってのがありまして。その前からも各地のダービーウマ娘が集まって頂点を決める『ダービーグランプリ』が盛岡で開催されてます。去年からG1にもなってます。」
「すごい!そんなレースがあるんだ!」
「はい、オレも一応東北優駿勝ったんで代表にはなったんですが……。」
「じゃあ、オペラちゃん、それも勝ったんだよね?この間の南部杯も勝ったんだし。」
「いや、オレ、10着でした。」
「そうなんだ……。なんかごめん。」
「いえいえ。」
ウイニングチケットは余計な事を聞いてしまったと思ってしょんぼりしてしまった。
「ほら、オペラちゃんケガしてらっけがら。」
「え?ケガ……。」
ユキノビジンが原因を言った。
「なんかレースの前に頭蓋骨骨折してしまって。」
「頭蓋骨!」
「あの時は『どんでん(びっくり)』したべ。」
「あの時はユキノさんにお世話になりっぱなしでした。今もですけど。」
「いやいや、そったらごどながべ。」
などと言っているとウイニングチケットがいきなり泣き出した。
「うぁーん、オペラちゃんがケガしてレースで力を発揮できないなんて可哀想だよ!」
驚いてメイセイオペラもユキノビジンも動揺した。
「チケゾーさん、去年の話だがら。」
「そ、そうですよ。今はもうピンピンしてますから!ホラ!」
周りのウマ娘達もウイニングチケットが泣いているのに注目し始めた。
「いた。そんなところにいたのか、チケット。」
寄ってきたのはビワハヤヒデとナリタタイシンだった。
(おお、BNWが揃った。)
メイセイオペラはちょっと感動した。
「お前は泣いているかダービーの話をしてるかどっちかだからな。すぐ見つかって良かった。課題、三人でやることになってただろう?さっさと終わらせよう。で、何で泣いていたんだ?」
ビワハヤヒデの問にユキノビジンが答えた。
「ここにいるオペラちゃんがダービーグランプリ前に骨折して上手くレースができなかった話をしたらいきなり泣き始めて……。」
(ダブルできたか。)
ビワハヤヒデはメイセイオペラの方を見た。
「あ、はじめまして、岩手トレセン学園水沢校のメイセイオペラです。」
「君がそうだったのか。私はビワハヤヒデ。こっちはナリタタイシンだ。」
「よろしくお願いします。」
メイセイオペラは二人に頭を下げて言った。
「うちのダービーバカがお騒がせしました。」
ナリタタイシンはそう言って頭を下げた。
「ホラ行くぞチケット。」
「うん。わかった。ぐすん……。」
ウイニングチケットは連れて行かれた。
「なるほど。あのウマ娘、『魔王』の手下だったか。」
「え?手下って?」
「岩手には『幻の最強ウマ娘』がいてな。そのウマ娘の異名が『魔王』だそうだ。だからその後輩なんで手下みたいなものだろう?」
ビワハヤヒデがそう言うやいなやウイニングチケットが再び泣き始めた。
「うぁーん!オペラちゃんが魔王の手下なんて怖いよう!」
「うるさい!(ビワハヤヒデ)」
「うっさい!(ナリタタイシン)」
そう反応せざるを得なかった。