高層ビルと立ち並ぶマンション群が作る都会の喧騒とはかけ離れた一画がそこにあった。都会の中にあるとは思えないほどの静寂で満たされ、青々とした苔の広がる庭には立派な松の木が風に吹かれながら枝を揺らしていた。庭の中央には木々から漏れる陽光で光り輝く池があり、鯉が泳いでいた。
庭の奥にはその景色を見守るように木造建築の寺が建っていた。朱色の壁や柱は経年劣化によって塗装が剥がれ落ち、灰色に変色していた。瓦の屋根も至るところが割れたり落ちてたりしており、屋根の穴から蔦や雑草が伸びて、まるで屋根全体を覆い隠すように生い茂っていた。
寺のすぐ横にある庫裏も同じような状態で老朽化しており、窓ガラスも至るところにひびが入っていた。木造の建物からは雨漏りが起こっているらしく壁にはシミやカビが至る所に生えていた。
「猫猫、ここがお前の言っていた家なのか?」
「そうだよ、いやぁ、懐かしいなぁ」
猫猫は呟きながら、寺の門を潜っていった。俺は首を傾げながら後をついていく。寺の本堂の前には人が10人以上座れるほどの大きさがある賽銭箱が設置されており、その向かいに古びた本堂の入り口があった。
猫猫はそのまま本堂の扉を開ける。
ギィィと扉を開ける音が響くと、寺の中から冷たい空気が2人の顔に当たった。中に入ると床に穴が開いており、下が見える状態になっていた。床だけでなく柱も至る所が腐敗していて今にも倒壊しそうだった。
「こりゃ酷いな……」
俺は思わず声を漏らす。
「おぉい、爺ちゃん、生きているかぁ」
そんな俺を余所に、猫猫は大声を上げながら奥の部屋へと入っていった。
「おいおい、そんな大声出したら……」
俺が注意する前に本堂の奥の方から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。それと同時に本堂全体が僅かに揺れ始める。
「おい!こりゃ不味いぞ!」
本堂が崩れてしまうかもしれないと思った俺は咄嗟に叫ぶと、慌てて外に出ようと走り始めた。すると足元の床が抜けてしまい俺は転倒した。
「うわっ!」
床が抜けた事で天井も崩れ始める。
「うおっ!!」
頭上から大量の瓦礫が降ってくる。俺は咄嗟に両手で顔を庇いながら身を屈めていた。そして間一髪で瓦礫の落下範囲から逃れた。
「はぁ……危なかった……」
俺は冷や汗を拭いながら安堵の息を吐く。本堂は完全に倒壊してしまい、瓦礫の山と化していた。
俺は呆然としながらその場に立ち尽くしていた。すると瓦礫の山から猫猫の声が聞こえた。
「猴鬼!早く来てくれ!」
猫猫の声を聞いた俺は急いで瓦礫をかき分けて中へ入る。そこには倒壊した本堂の下敷きになった猫猫がいた。
「猫猫!大丈夫か?!」
「ぷはぁ!まったく、ここに来ると毎回、酷い目に合うなぁ」
猫猫は口から埃を吐き出しながら言う。
「お前が大声出すからだろ!それにしても災難だな……」
俺は苦笑しながら言う。すると猫猫は俺を見てニヤリと笑った。
「でも、これでやっと爺ちゃんに会えるよ」
猫猫は瓦礫に挟まれながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。すると俺達の前に人影が現れる。猫猫はその人物を見ると目を見開いて驚いた。
「爺ちゃん!?」
その人物は白髪頭に白髭を蓄えた老人だった。着ている服はボロボロで所々破れており、靴も片方しか履いていなかった。だが、その見た目とは裏腹に堂々とした立ち姿をしていた。
「久しぶりだな猫猫。よく来た」
老人は優しい声で猫猫に話しかける。
すると、猫猫は。
「いや、寺の管理ぐらいちゃんとしろよ爺ちゃん!」
猫猫はそう言いながら起き上がろうとする。しかし瓦礫に挟まれていて動けないようだった。
「はぁ……しょうがないな」
俺は溜息を吐いて猫猫の腕を掴むと引っ張り上げた。すると猫猫は地面に転がり落ちた。
「いってぇ!何するんだよ猴鬼!」
猫猫は尻餅をついたまま文句を言ってくる。俺はそんな猫猫を無視して老人の方を見ると頭を下げた。
すると、俺の方を見ると。
「鬼か、だから、あれが反応したのか」
何やら、一言、そう呟いた。