URBAN_MYTH Files No.■ ―鬼の住む村―   作:モコモコ毛玉

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【注意事項!!】
 ・感想などによる原作のネタバレ禁止。
 ・意図的に先行プレイで明かされている内容以外を接種していない状態で書いているため、原作とは大幅な乖離が存在する可能性がございます。
 ・縦読み推奨。

 12/14:続きを書くにあたって読みにくいと感じた部分を修正。


第1話
SURVEY―調査―


 

 その村には、鬼が住んでいました。

 鬼の主食は人間で、なかでも若者の肉は特に美味であるとされていたそうです。故に鬼は人へ扮し、獲物を求めて各地へ赴いては赤子や幼子を拐い、村へ持ち帰ると宴を催していました。

 しかし時代の移ろいと共に山は拓かれ、野は道となり、人の往来が活発になるにつれて鬼の狩りは困難をきわめます。

 このままではいけない――鬼は悩んだ末に村へ人間を招き、もてなすようになりました。

 やがて定住する人々が増えてくると鬼は産まれた子らをひっそりと匿い、食糧として備蓄するようになったのです。

 

 何人もの幼子が絶望のうちに死にました。

 何人もの赤子が無知のままに死にました。

 そうして "彼" も――。

 

 鬼は退治されなければいけません。

 それが、あの村から唯一生き延びた私の責務であると信じて。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 砂利道にガタガタと揺れる車内から望む景色が様変わりしなくなってどれくらい経ったんだろう。

 右を見れば青々とした田園風景が。左を見ればほんの少しだけ眉間へシワを寄せる運転手―― "止木休美(ジャスミン)さん" の姿が目に映る。正直、居心地としてはとてもいたたまれない。

 

「ごめんなさい……私のせいでジャスミンさんの休日まで」

 

「別にあざみーが謝る事じゃないでしょ、前にも言ってるけど悪いのは人づかいが荒いセンター長だし。ホント、都市伝説が絡むと見境がなくなるというかなんというか……振り回されるこっちの身にもなれっつーの」

 

 何処か呆れたように続いた「はぁ」という止木休美(ジャスミン)さんの長い嘆息に私はなんと言葉を返して良いのかわからなかった。 "廻屋渉(センター長)さん" の人づかいが荒いのはその通りだし、都市伝説が絡むと暴走しがちなのも本当だけど、今回、こうして休日を返上して調査へ赴く事になった原因は他でもない私自身にあって。

 

 (うう……どうしてあんなの見つけちゃったんだろう。)

 

 遡る事、数時間前。

 私が "それ" を発見したのは本当に偶然の事だった。

 

 

 ――此処、都市伝説解体センターで私が働く事になってから早数ヶ月。

 今にして思えば最初から全部、廻屋渉(センター長)さんの思惑通りだったのかなという気もするし色々な人間(ひと)の見たくなかった所・知りたくなかった所を見せつけられたり、目を逸らしたくなるような現実を突きつけられて体調を崩してしまった事も一度や二度じゃなくて。それでも振り返ってみればまぁ「悪くはないのかな」なんて思えるくらいには調査員という仕事に馴染んでいる自分がいるのもまた事実なわけで。同じ職場で働く止木休美(ジャスミン)さんは雰囲気こそ少し不良っぽいけど面倒見の良いすごく頼りになる先輩だし、廻屋渉(センター長)さんも色々と変わっている(あれ)な人だけど悪い人じゃない。と、思う。

 過去(まえ)の生活が充実してなかったわけじゃないけど、現在(いま)と比べてどちらがより充実を感じるかと聞かれたら私は迷わず "現在(いま)" と答える自信があった。

 

 ――あれはこっち、これはあそこにしまわないと駄目なんだよね。

 

 初めて訪れた時は綺麗に保たれていた資料室もここ最近の目まぐるしい日々に揉まれていたのか、誰かに荒らされたと言われたら信じてしまいそうなほど目も当てられない光景に見て見ぬふりもできなくて、突然の休暇を言い渡された私は自主的に掃除・整頓へ乗り出していた。

 そうして手をつけて、改めて思う――此処には都市伝説に関することなら国内外問わず古今東西(ここんとうざい)、噂話から論文・これまでの調査報告だったりあらゆる怪異のお話が集められている。中には私でも知っているようか有名な物もあって、気づけば掃除そっちのけで資料を見てしまったり。そうして好奇心の赴くままに反復横跳びを繰り返していた時、不意に一つの資料が私の目を惹いた。

 

「なんだろう、これ……うひぃっ!?」

 

 ポツリ。独り言を零しながら手に取ったそれは資料室の隅にまるで隠されているかのように放置されていた。パッと見、何処からどう見ても薄汚れたノートにしか見えないそれの中を覗いてみると飛び込んできたのは目が眩むほどの文字。文字。文字。

 眼鏡をつけなくてもわかるほど強烈に(にじ)む痕跡と、白いページが黒く塗りつぶされるほどびっしりと奔るインキの圧を前に私は思わず手にしていたノートを投げ捨ててしまう。そうして宙を舞ったそれは中身を撒き散らしながら歪な孤を描いて。

 

「――駄目じゃないですか、あざみさん。資料は大切に扱っていただかないと」

 

 まるでそれすら予期していたかのように、いつの間にかそこに居た廻屋渉(センター長)さんの手のひらへ収まる。

 

「ご、ごご、ごめんなさい! 弁償ですか、幾らになりますか!?」

 

 真っ先に口をついて出た言葉がそれなのはどうなんだろうと自分でも思うけど、此処へ来た当初、似たような流れを経験している私の身としては気が気じゃなかった。そんな私の反応が廻屋渉(センター長)さんにどう見えたのかはわからない。手に収めたノート(めく)る音が静かな室内に響いて、でもそれだけ。

 嘆息を吐かれるでもなく「あざみさん」と名前を呼ばれて、恐る恐る顔をあげた私に廻屋渉(センター長)さんはほんの微かに微笑んでいた気がした。

 

「弁償代は結構です。この資料は借り物でも曰くつきの品でもないですから、そう警戒なさらずとも大丈夫ですよ」

 

「そうですか? よ、良かったぁ……あっ、でも壊しちゃったのは良くない事ですよね」

 

「元々、随分とくたびれたノートでしたから壊れるのも仕方のない事です。私も手伝いますよ」

 

 カラカラと音をたてて、こういったら失礼だけど()()()手伝ってくれる廻屋渉(センター長)さんの姿にまばたきを数回。それを口にはださないでそそくさと床に散乱するノートのページを集めながら、ふと気になっていた事を尋ねてみる。

 

「このノートって、本当に曰くつきじゃないんですか?」

 

「はい。これはあざみさんが来るよりも前に都市伝説解体センター(うち)で取扱った案件の調査資料ですから……なにか気になることでも?」

 

「気になるというか、えっと……眼鏡をつけなくてもくっきり見えちゃうくらい痕跡がすごいといいますか」

 

 まとまっていた状態でも凄まじい存在感があったのに、それが散らばったせいで床一面が痕跡に覆い隠されているような光景は少しばかり、ううん、すごく恐いものだ。廻屋渉(センター長)さんは曰くつきでないと言ってるけど、こんな光景を見てしまうとどうしてもあれが()()のノートとは思えななかった。

 そんな私の疑問に廻屋渉(センター長)さんは直ぐには答えず、言葉を紡いだのは散乱したページを全て拾い集めてからの事だった。

 

  "これも()()というモノかもしれませんね――。"

 

 

 そう零す廻屋渉(センター長)さんの姿は私の眼には何処がいつもと違っているように見えた。具体的に何が、というのは全然わからない。ただ漠然とそう感じて、呆ける私を余所に廻屋渉(センター長)さんは言葉を続ける。

 

「先ほど休暇を伝えたばかりで申し訳ないのですが、あざみさん、調査をひきうけてくれますか」

 

「んぇっ!? えっ、と、それは物によるというかなんというか……」

 

「――そうですか、うけてくださいますか。いやはや、あざみさんは仕事熱心ですね。休日を返上してまで解体に尽力したいというその熱意、都市伝説に対する好奇心、素晴らしい事です」

 

 そんな事は言ってない。と、戸惑いから声をあげる(いとま)すら与えてもらえずに私の退路は廻屋渉(センター長)さんの一人芝居で塞がれていく。

 

 (これって、もう逃げられないやつなんじゃ――?)

 

 気づいた頃には手遅れだ。こうなってしまった廻屋渉(センター長)さんは止まらないというのは私が数ヶ月、都市伝説解体センター(ここ)で働いて学んだ事の一つである。

 

「もう、わかりました。受ければいいんですよね……わかりましたよぅ」

 

「流石はあざみさん、話が早くて助かります。安心してください。今回は()()()()ですので調査が終わり次第、しっかりと代休は用意させていただきますし、報酬に関しても "休日出勤" ということで弾ませていただきます」

 

 と、続く言葉に "それならまあ" となってしまう辺り、私も私で大概なのかもしれない。そんな事を思いながら調査内容などについて確認しようとしてふと、一つだけ、さっきの廻屋渉(センター長)さんの言葉にひっかかりを覚えた。

 

「あの、さっきセンター長さんの都合って言ってましたよね。それってどういう――」

 

 どういう意味なんですか――そう問うよりも早く、廻屋渉(センター長)さんは答えを口にした。

 

  "今回の案件、依頼主は廻屋(わたし)なんです。"

 

 

 それからはもう、あれよあれよという間に話が進められて――というより「仔細は既にジャスミンへ伝えていますので、詳しくは彼女から聞いてください」の一言で流されたんだけど――そうして現在(いま)に至る。

 あの時、私が資料室の惨状を無視して休暇を満喫していたならきっとこうはならなかった。

 

「――いや、あざみーが休暇を満喫する事を選んでたとしても結果は変わらんて。どうせ、センター長なら何から何まで織り込み済みっしょ」

 

「そ、それはそうかもしれないですけど……」

 

 こともなげに淡々と告げる止木休美(ジャスミン)さんの言う事はもっともで、廻屋渉(センター長)さんが『()()()』をもっている以上、私がどんな選択をしたからといって結果はたぶん変わらない。ただそれはそれ。これはこれ。

 そんな私を見兼ねてか、呆れてか、止木休美(ジャスミン)さんはわざとらしく話題を逸らしてくれる。

 

「で、SNSの方に仕掛けた針の調子はどんなもん?」

 

「んー……どれも微妙というか、パッとしないものばっかりです。いつもと違って文字が動くとかも全然ないですし」

 

「その文字が動くとかは相変わらずよくわかんないけど、やっぱり食いつきは悪いか」

 

 まるでわかりきっていたかのような発言にどういう意味かを尋ねる私へ止木休美(ジャスミン)さんは「あぁ」と相槌を一つ。

 

「この案件、前にも調査した事があるから。あざみーがセンターに来る数年前くらいだったかな、その時にSNS調査を担当してたのがあたし。んで、同じようにどん詰まった……っていうかあれか。そこら辺の説明なりなんなり一切うけてない感じ?」

 

「うけてない、ですね……仔細はジャスミンさんに伝えてあるからって、こう、丸投げしてました」

 

「ははは、ホント、バックレてやろうか」

 

 乾いた笑い声をあげる止木休美(ジャスミン)さんの表情はピクリとも笑ってなくて、その姿を見ただけで色々と察せてしまう。

 苛立ちを滲ませた止木休美(ジャスミン)さんはそこで一旦言葉を切ると、重く、長く息を吐いてから言葉を紡ぎなおす。

 

「あざみーはさ、 "手負いの食人鬼(ておいのしょくじんき)" って都市伝説、聞いたことある?」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 その村には、鬼が住んでいました。

 鬼の主食は人間で、なかでも若者の肉は特に美味であるとされていたそうです。故に鬼は人へ扮し、獲物を求めて各地へ赴いては赤子や幼子を拐い、村へ持ち帰ると宴を催していました。

 しかし時代の移ろいと共に山は拓かれ、野は道となり、人の往来が活発になるにつれて鬼の狩りは困難をきわめます。

 このままではいけない――鬼は悩んだ末に村へ人間を招き、もてなすようになりました。

 やがて定住する人々が増えてくると鬼は産まれた子らをひっそりと匿い、食糧として備蓄するようになったのです。

 

 何人もの幼子が絶望のうちに死にました。

 何人もの赤子が無知のままに死にました。

 

 ――そこまで言って、止木休美(ジャスミン)さんは不意に話を摘む。

 

「えっと、本当にそれだけなんですか?」

 

「そっ。()()()()、意味わからんでしょ」

 

 今回の案件について過去の調査結果などを教えてもらいながら悪路に揺られ続けること数時間。止木休美(ジャスミン)さん曰く目的地は山奥にあるそうで、既に日も傾き始めていたことから最寄の都市街にある高そうな温泉宿で一夜を越すことになったわけだけど。

 温かな湯に浸りながら改めておさらいをする中で感じたのはどうしても拭いきれない違和感で。

 

「なんか、今までのと違ってすごい中途半端といいますか……雰囲気も少し違う気がするというか」

 

「それねぇ……前の時にあたしもおんなじような事を思ってセンター長に何回も確認とったけど、結論から言えば今と変わらず。鬼を扱う都市伝説自体はモノとして珍しくはないし、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としてはそれだけなんだとさ」

 

 あたしが調査に関わったのは数年前だし、何かしら目新しい情報の一つや二つ見つかってくれれば儲け物って考えてたけど、甘かったか――そう呟いた止木休美(ジャスミン)さんはいつも通りに見えて、何処か残念そうにしているように思えたのはどうしてだろう。わからないけど、かといって詮索するのも気が退けて、言葉を呑み込んだ私は静かに息を吐く。

 もしかしたら廻屋渉(センター長)さんや止木休美(ジャスミン)さんにとっては慣れた感覚なのかもしれない。でも私にとって此処まで手応えのない調査というのは初めての経験だった。

 

「んーむむむっ……なんか、すごくモヤモヤします」

 

「それは同感。とはいえ、あたしらに出来る事なんてたかが知れてるんだからそこはいつも通りやるしかないでしょうよ。とりあえず、しばらくは此処を拠点にするとして明日、なる早で夜無村(よなきむら)に向かって聞き込みをするでオケ?」

 

「はい、それでオケです! ――って、此処、すごく高級感に溢れてるというかそんなに何泊もして大丈夫なんでしょうか」

 

「大丈夫でしょ、今回の件に関する諸経費は全部センター長が負担するって言質(げんち)も取ってるわけだし。休日返上で働かされてるんだから、これくらいの贅沢しても罰はあたらないって」

 

 そう言うなり大きく伸びをした止木休美(ジャスミン)さんに苦笑いしながら私も一度、考え事を横へ置いてボンヤリと周囲を眺める。昼食を挟む為に途中でごはん屋さんへ寄り道はしたけど、それでもほぼ丸一日、車内で座り続けていた身体は私が思っていたよりもずっと疲れていたみたいで。老若問わずお客さんで溢れる大浴場のほどよい賑やかさはお湯と混ざりあって全身に沁みわたっていく。

 

 (たまには、こういうのも良いのかな……調査を蔑ろにしてるとかじゃないし、うん。今まで頑張ってきた自分への御褒美というか。)

 

 振り返ると本当に、本当に、ここ最近は激動としか表現できない毎日の連続だった。目まぐるしい日常は刺激的と言えば聞こえは良いけれど、裏を返すなら疲労が絶えない日々という事でもある。それを思えば確かに止木休美(ジャスミン)さんの言う通りなのかもしれない。

 そう思うことにしよう。と、羽休めへ意識を寄せた矢先、私の視線は()()()()()()()()()()に吸い込まれた。

 

「あの、ジャスミンさん――」

 

「――言わんでも大丈夫。見えてるモノは違うだろうけど、たぶん気づいてる物はあざみーとおんなじだわ」

 

 空気くらい読んでほしいわ。と、ボヤく止木休美(ジャスミン)さんに手を引かれるがまま、そそくさと湯からあがり脱衣所で着替えを済ませ、テキトウに宿内を練り歩く私たちの後ろを軌跡の主は何をするでもなく、ただついてくる。

 もちろん単なる偶然という可能性は捨てきれない。そう思って早足にしてみたり、わざとゆっくり歩いてもみたけど突きつけられた現実は頭の痛くなる物で。

 

「ど、どどど、どうしましょう……これって完全につけられてますよね!?」

 

「此処まで意図的につけ回してくるって事はそういうことなんでしょ。ホント、いったい何が目的なんだか……このまま続けてても(らち)があかないし、そこの角で――ぇッ?」

 

 たぶん、続く筈だった言葉は「そこの角で捕まえるか」とかそんな感じだと思う。でも実際に止木休美(ジャスミン)さんの口から零れたのは疑問の声で、背後から投げかけられた "夜無村(予想外)" の単語に私も、止木休美(ジャスミン)さんも、揃って足を止めてしまうのでした。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

  "あの都市伝説には、続きがあるんです。"

 軌跡の主 "倉石ユリ(ユリ)さん" はそう語る。

 

 その村には、鬼が住んでいました。

 鬼の主食は人間で、なかでも若者の肉は特に美味であるとされていたそうです。故に鬼は人へ扮し、獲物を求めて各地へ赴いては赤子や幼子を拐い、村へ持ち帰ると宴を催していました。

 しかし時代の移ろいと共に山は拓かれ、野は道となり、人の往来が活発になるにつれて鬼の狩りは困難をきわめます。

 このままではいけない――鬼は悩んだ末に村へ人間を招き、もてなすようになりました。

 やがて定住する人々が増えてくると鬼は産まれた子らをひっそりと匿い、食糧として備蓄するようになったのです。

 何人もの幼子が絶望のうちに死にました。

 何人もの赤子が無知のままに死にました。

 

 ――そうしてまた一人。

 今度の供物は森で両親とはぐれた村娘でした。

 言葉巧みに近づいた鬼は何も知らない村娘を暗い、昏い、地下深くへと(いざな)います。そこは鬼の領内。(彼・彼女たち)の食糧庫。捉えられたが最期、逃げだす事は叶いません。

 そんな悲劇の連鎖は永劫続くかと思われました――しかしある時、鬼にとって予想外の出来事が起こります。

 偶然、村を訪れていた旅人に真実を知られてしまったのです。

 そうして始まった鬼と旅人の攻防が続く事、幾晩。幾日。いったいどれほどが経ったのでしょう。

 死闘の末、地に伏せたのは旅人の方でした――。

 

 

「――しかし、鬼もまた深手を負ってしまい身を隠す事を余儀なくされました。かくして村には仮初の平穏が訪れたのです」

 

 そうして倉石ユリ(ユリ)さんは一呼吸を置いてから「以上です」と静かに話を締め括り、タイミングを同じくして止木休美(ジャスミン)さんもスマホの録音機能を終了させる。

 

「協力感謝します。ですが一つだけ、先ほどの続きが本物という根拠は?」

 

「そうですね……お二人を納得させられるような物は残念ですが。ですので、信じるも信じないもそちらの自由です。私はただ、私が知っている()()をお伝えしただけですから」

 

 一触即発の緊迫感というのはきっと今みたいな空気を言うんだろうな。と、私は内心ビクビクしながら、二人のやり取りをほんの少し離れた場所で畳へ横になりながら眺めていた。

 程なくして止木休美(ジャスミン)さんは倉石ユリ(ユリ)さんに(ことわ)りをいれると席を立って、私の傍まで来ると一言。

 

「はぁ……いや、やりにくいわ。ホントこういうの柄じゃないんだけど」

 

「うぅ、すいません。ジャスミンさんが話してくれてる間に何度かためしてみたんですけど、どうしても直視できなくて」

 

「いちいち謝らんでいいって。今のあざみーが冗談抜きに気分悪そうなのはあたしでも見てわかるし、とりあえずユリちゃんへの聞込みはこっちでやっとくから。あざみーはあざみーで情報整理なり、休むなり、無理ない範囲でテキトーにやっといて」

  

 と、離れ際に()()()()()()()()()()()()()()()()をのこして止木休美(ジャスミン)さんは再び聴き取りへと戻ってしまった。

 

 (申し訳ないなぁ……本当なら私の仕事なのに。あー、もう!)

 

 苛立ったところでどうしようもないことはわかってる。だからこそ不甲斐(ふがい)なくて、募る一方のやるせなさに私は目を閉じる。

 

 私の眼は普通じゃない――。

 物心ついた時から視えていた(あか)いモヤモヤは廻屋渉(センター長)さん曰く『その場所に存在した人や物の痕跡を視覚的に捉えたもの』だそうで、倉石ユリ(ユリ)さんの身体にはそんな痕跡が蛇のようにまとわりついていた。それこそ "倉石ルリ" という存在をすっぽりと塗り潰してしまうくらいに。

 今までたくさんの痕跡を否が応なく突きつけられてきたけど此処まで生理的に気持ち悪いと感じる痕跡(それ)は私にとって初めての経験だった。

 

 (とにかく私は私に出来ることをしなきゃ。となると、まずは情報整理だよね……寝る前にセンター長さんへ報告しないといけないし。うん。そこから始めてみよう。)

 

『えっと、そもそも今回の調査をすることになったのは私が資料室で見つけた一冊のノートがキッカケだった。そういえばあれも痕跡がすごかったよね、文字もビッシリと詰まってて――うぅっ、今思い返してもゾワッとする。最初は呪いのノートなんじゃないかって思ったんだけど、センター長さんが言うには過去に取扱っていた案件の調査資料なんだよね』

 

『――よく覚えていましたね。その通りです、あのノートはあざみさんが私のもとを訪れるよりも前に都市伝説解体センター(うち)で取扱っていた個人的な案件の調査資料で間違いありません』

 

『ふふん、私だってちゃんと成長してるんですよ?』

 

 私が情報をまとめようとすると何処からともなく私の脳に灼けついた廻屋渉(センター長)さんが現れることにも随分と慣れた気がする。まぁ、慣れて良いものなのかはわからないけど、今のところ害はないし大丈夫な筈。大丈夫だよね――?

 

『そうして脱線しやすいところは相変わらずですね』

 

『うっ……そ、それは今後の課題ということで。って、そうじゃなくて!』

 

『では話しを戻しましょうか。今回の件に関する概要は先ほどあざみさんがまとめた通りで問題ありません……ですが、この案件はあざみさんが今日に至るまで触れてきたものと比べると些か毛色が違っていましたよね?』

 

 淡々と、悪びれる素振りさえみせない想像上の廻屋渉(センター長)さんの問いに私も直ぐに意識を切り替える。

 確かに今回の案件(それ)はこれまで私が調査員として関わってきたものと比べると何処か異質というか、明確な違和感があった。それは最初から解体すべき都市伝説が解っているからじゃない、もっと根本的なところからくる物だ。

 

『SNS調査の時にジャスミンさんも言ってたけど情報が少ないというか、少なすぎるというか……いつもならある手応えみたいなのが全然ないんだよね――』

 

 ―― "()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。"

 

『そうですね、あざみさんも感じたその手応えのなさ・不鮮明さこそ、この "手負いの食人鬼(ておいのしょくじんき)" という都市伝説の最大の特徴と言っても過言ではありません。同時に調査するにあたって最も厄介な点と言えるでしょう』

 

『うんうん。ジャスミンさんが言うには数年前にセンター長さんと調査にあたった時も同じ壁とぶつかって、なんとか "手負いの食人鬼(この都市伝説)夜無村(よなきむら)と密接な関わりがある()()()" っていうところまでは辿り着けたんだけど、当時はその段階でセンター長さんが調査の打切りを決定したんだって。だから今回の都市伝説は "解体困難" として処理された異例の案件なんだとか……正直、あのセンター長さんが調査を諦めるなんて想像できないけど、こうしていざ自分で体験してみるとなんか納得しちゃうな』

 

『あざみさんの納得は一旦、脇へ置きましょう。肝心の調査は今回も難航を極めたようですが……しかし、一つだけ前回と明確に異なる成果がありました』

 

 その問いかけに私が真っ先に思い浮かべたのは倉石ユリ(ユリ)さんの姿だった。

 途端にこみ上げてくる気持ち悪さをなんとか呑み込んで、改めて考えるとたしかに止木休美(ジャスミン)さんから聴いた話では当時、手負いの食人鬼(この都市伝説)夜無村(よなきむら)を知る人物については一切登場していない。現に止木休美(ジャスミン)さんも倉石ユリ(ユリ)さんについては知らない人と答えていたんだから、そこはきっと間違いない。

 

『ユリさんについてはジャスミンさんが話を聞いてくれてるから、後で教えてもらってその時にまとめなおそうかな……うん。とりあえずは此処までにしておこう』

 

 一呼吸をいれてからゆっくりと目を開いて私はまとめた情報を手帳へと書き込んでいく。(ふすま)一枚を挟んだ向こうから漏れてくる止木休美(ジャスミン)さんと倉石ユリ(ユリ)さんの声は聴取がまだ続いていることを示していて、まとめ作業を終えた私は止木休美(ジャスミン)さんがのこしたスマートフォンを手にとって簡単な報告と一緒に録音データを空想じゃない本物の廻屋渉(センター長)さんへ送信した。

 これでひとまず今の私にできることは終わり。と、そうして手持ち無沙汰に逆戻りしてしまった時に気が抜けてしまったのかもしれない――不意に止木休美(ジャスミン)さんから呼ばれた気がして目を覚ますと襖向こうに居た倉石ユリ(ユリ)さんの姿は見当たらなくて。

 

「あの、ユリさんは……」

 

「もうだいぶん前に帰った。まー、雑に要約すると "夜無村《よなきむら》へ行くのオススしない" って話しだったわ。後をつけてきたのは、たまたま夜無村(よなきむら)について話してるあたしらを見かけて、それでどうしても忠告をしたくて機を伺ってたんだと。諸々追加で聴取した内容に関してはこっちでセンター長に投げといたから、熟睡してるところ悪いけど、もうそろそろ頃合いと思って声かけたワケ」

 

 言われたことに近くの壁掛け時計を見ると長針は私が確認した時よりも一時間ほど未来を指していた。その事に申し訳なさを感じる暇もなく、枕元へ置いていたセンターとの連絡用のスマートフォンに浮かんだ "廻屋渉(センター長)さん" の文字に止木休美(ジャスミン)さんは何処か辟易したように「ほらね」とため息を零しながら通話ボタンをスライドして、直ぐに音声をスピーカーモードへ切り替える。

 

「――調査初日お疲れ様です。既にあざみさんとジャスミンから送られた報告には目を通しましたが、今回は随分と大きな成果があったようですね。夜無村(よなきむら)を知る倉石ユリ(少女)の存在、そして、これまで語られる事がなかった手負いの食人鬼(未完の都市伝説)のその後。いずれも素晴らしい発見といえるでしょう」

 

「そうは言っても()()()()()()()でしょ。ユリちゃんが話していた手負いの食人鬼(例の続き)がデマって可能性もあるワケだし、当人が何者なのかってところも含めてあたし的には謎が増えただけにしか思えないんだけど」

 

「たしかに調査すべき点は増えました。ですが先ほどのジャスミンの疑問も含めて、今のまま調査を進めていけばそう遠くないうちに答えの方から歩み寄ってくると思いますよ」

 

 顔をみなくてもわかるほど喜色が染みた声へ冷や水をかけるようにまっすぐ自身の考えを述べた止木休美(ジャスミン)さんの声を廻屋渉(センター長)さんがどう受け止めたのかはわからない。それでも普段と変わらない調子で予言めいたことを告げた廻屋渉(センター長)さんは「それに」と次を紡ぐ。

 

「現時点で断言は出来ませんが、恐らくジャスミンとあざみさんが耳にした手負いの食人鬼の続き(それ)本物(しんじつ)と捉えて問題ないでしょう」

 

 ――はぁッ?

 ――あの、それって本当に夜無村(よなきむら)には鬼がいるってことなんでしょうか。

 

 ポツン。と、生まれた束の間の沈黙。

 止木休美(ジャスミン)さんと私が疑問を口にしたのはほぼ同時で、それにほんの少しだけ間を置いてスマートフォン越しの廻屋渉(センター長)さんは何処か楽しそうに語る。

 

「彼女が口にする "鬼" とはいったい何を指しているのか……現段階でそれを特定するにはあまりにも情報が不足しています。ですが(くだん)の忠告を "()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()" という意味で捉えるのであれば、その一点においては充分過ぎる根拠があるんですよ――」

 

 

 ――廻屋渉(センター長)さんには千里眼がある。

 だから口では曖昧を(うた)っていても実は既に全容を掴んでいるのかもしれない。廻屋渉(センター長)さんが()いだ言葉になんとなくだけど、何処か確信に近い感覚でそう思ってしまう。

 

 

  "今から数年前、夜無村(あの村)で一人の青年が消息を絶つ事件があったんです。"

 

 

「――それはだけ、偽りようのない事実ですから」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 翌日。

 朝一番に宿を出た私と止木休美(ジャスミン)さんは予定通り、目的地である夜無村(よなきむら)へ向かっていた。

 

「――そのぅ、本当に大丈夫なんでしょうか」

 

 昨日と変わらず砂利道に揺れる車内でポツリ。零れ落ちた不安にほんの少しだけ間をおいて「行けばわかるでしょ」とハンドルを握る止木休美(ジャスミン)さんは普段と変わらない様にみえる。実際、そうなんだろうな。

 

「でもでも、あの都市伝説やユリさんの忠告が本当なら夜無村ってすごく危ない場所なんじゃ……あのセンター長さんも気をつけてくださいって言ってたんですよ!?」

 

「まあ、()()()()()()()がわざわざ念押ししてくる時点で普通の村でもなければ安全でもないのはほぼ確だわな。だからって童話とか昔話に出てくるような鬼が本当にいるわけないっしょ」

 

「私だって本当に鬼がいるとは思ってないですけど、でも実際に未解決事件が起きた村なんですよね?」

 

 それは昨夜、廻屋渉(センター長)さんから明かされた衝撃の事実だった。

 

「もし当時の痕跡とかが見えちゃったらどうしよう……未解決ってことは犯人は捕まってないってことだよね? そうなったら私、消されちゃうのかなぁ」

 

「だから心配し過ぎだっての。そもそもあざみーがみえてるモノはあざみーにしかみえてないワケでしょ、なら黙ってる限りはバレようなくない?」

 

「それはそうですけど、ユリさんの時みたいなのをまた見てしまうんじゃないかって思うと正直、行きたくない気持ちが沸々(ふつふつ)と――」

 

 そこまで言って、心の内で零した筈の独り言へ返事があったことに慌てて口を噤む私を横目に止木休美(ジャスミン)さんは苦笑いを一つ。

 

「どうしても嫌ならバックレても良いんじゃない? 何度も言ってるけど、あたしにはあざみーがみてる "痕跡" とやらもセンター長の千里眼なりもぶっちゃけ意味不明でしかない。でもそのよくわからんものが原因であざみーが体調を崩したり、センター長に至っては本当にドンピシャで電話してきたり、そういうのをこれまで何回も見て体験してきてるわけ。だから "あたしには理解できない何かがそこにある" のは理解してるつもり」

 

 ぶっきらぼうに告げられた止木休美(ジャスミン)さんの言葉はすごく温かくて、思わず泣いてしまいそうになる気持ちをグッと堪えて私は首を横へ振る。逃げだしてしまいたい気持ちは本当で、でもそれ以上に目を背けたくない。背伸びも背伸び。ただの痩せ我慢でしかないけれど、これまで少なくない調査を通じて色んな人と関わって、その顛末を見届けてきた私なりの精一杯の意地。

 そんな私の様子が止木休美(ジャスミン)さんの目にどう映ったのかはわからないけど何処か呆れたような、それでいて解りきっていたように「あっそ」と呟いた横顔から嫌味や皮肉は感じなくて。

 

「まっ、あざみーがどうするかはあたしが口だしするもんでもなし、そこはどうぞご自由にって事で。どっちみち村にいる(うち)二人一組(ツーマンセル)で行動するワケだし――っと、予定通りならそろそろ見えてくるか?」

 

 紡がれた言葉の先、鬱蒼(うっそう)樹木(きぎ)が茂る山々を裂いて現れた目も眩むようなネオンカラー(※蛍光色のこと。)に私は思わず眉を顰めてしまう。

 

 ―― "うーわ、悪趣味。"

 

 ポツリ。そう零した止木休美(ジャスミン)さんに私も心の底から同意するのだった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 夜無村(よなきむら)は "不夜の歓楽街(ふやのかんらくがい)"として知る人ぞ知る秘境――そう教えてくれたのは夜無村(よなきむら)のはずれにある小さな民宿『黎明庵(れいめいあん)』で女将を務めているという(あがた)さんだった。

 

「――観光客のおかげで村は潤ってるし、うちみたいな場末(ばすえ)の宿が潰れずにやりくりできているのもそのおかげさ。とはいえ、ああも四六時中、空気も読まずにギラギラピカピカされたんじゃあ目に喧しいったらない。元々、アタシが外様(とざま)の人間だっていうのもあるのかもしれないけど、どうにも村の連中とは反りがあわなくてね……こうしてお嬢ちゃんたちみたいな真人間と話すなんて本当に何ヶ月ぶりか」

 

 そこまで言って、ハッとしたように「すまないねえ、お客さんにこんな愚痴を聞かせちゃうなんて」と申し訳なさそうに微笑んだ(あがた)さんは仕切り直しに咳払いをしてから話を次ぐ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。幾ら授業の一環とはいえ教授さんも、わざわざこんな僻地に生徒を割り振らなくても良いだろうに」

 

「あの教授はいつもそうなんで……ホント、人使いが荒いというか遠慮を知らないというか。絶対にロクな死に方しませんね、あれは。あざみーもそう思うっしょ?」

 

「へぅっ!? えっ、あっ……そ、ソウダネ!」

 

 踏んだり蹴ったりとはたぶんこういうことを言うんだろうな。と、止木休美(ジャスミン)さんから振られた会話にぎこちなく返事をする自分自身に私は心の内で頭を抱えていた。

 現地で調査するにあたって自分の身分を誤魔化したり、それっぽい事情を(かた)るのは何も今回が初めてじゃない。むしろ "私と止木休美(ジャスミン)さんは同じ大学・学部に所属している親友で、調査へ赴いたのは教授の無茶振りのせい" という設定にはこれで何度もお世話になっている。

 なっている筈、なんだけどなぁ――。

 

 (嘘をつくのは苦手って自覚はあるけど、本当にこればっかりは全然慣れる気がしないよ……もう。)

 

 他でもない(あがた)さんが私の下手くそな演技を気にする素振りを見せていないのだから問題ないといえばそうなんだけど、それはそれ。これはこれ。冷や汗なんてかかなくて良いならかきたくない。

 

「――と、ところでさっき外様(とざま)って言われてましたよねっ! その、女将さんは夜無村(よなきむら)出身ではないんですか?」

 

「応ともさ。黎明庵(ここ)はアタシの姉さんがきりもりしてた民宿でね、当時はそりゃあ村の人からも随分と親しまれてたんだと。でも数年前に一人娘だった梨子(りこ)ちゃんが行方不明になってね……アタシも姉さんと一緒になって村を探し回ったから当時の事はよぉく覚えてるよ」

 

 しみじみと過去を噛みしめるような(あがた)さんの雰囲気に、話の顛末は私でも直ぐ想像ができた。

 

「昼夜問わず野山を探しまわって、姉さんなんか好意的だった村の連中からも(いと)われるくらい何回も何回も話しを聴いてまわってたよ。あの時は警察の方も大勢駆けつけてくれてねぇ……でも何日経っても手がかり一つ見つかりゃしない。結局、捜索は打ち切りさ。アタシもしばらく夜無村(むら)に残って姉さんの手伝いをしてたんだけど、どうにも見てられなくなっちまって、それにアタシにだって自分の生活ってもんがあった……いつまでもそうしてはいられなかったんだ。後になって村の連中が教えてくれたよ、姉さんはずっと諦めずに梨子(りこ)ちゃんを探し続けてたって。それこそ探偵さんを雇ったりもしてたみたいだけど、ただ途中から胡散臭い宗教や道具にまで手をだすようになってそうでね。ある日を境にぱったりと姿を見せなくなったもんで心配したお隣さんが姉さんの家を確認しにいったら "()()()()" がどうのこうのって書かれた遺書の横で、笑顔で首を括ってたんだとさ」

 

 本当、馬鹿な姉さんだよ。と、そう締めくくる(あがた)さんの寂しそうな眼差しを前に私はそれ以上なにかを尋ねる気にはなれなかった。重たい沈黙に視線を横へ向ければ先にいた止木休美(ジャスミン)さんと目があって、止木休美(ジャスミン)さんは静かに、小さく首を横へ振る。

 私たちは調査をするために夜無村(ここ)に来た。外様と言ってはいたけれどたぶん、尋ねたら(あがた)さんは自分の知る限りの事を色々と教えてくれるんだろうなとも思う。でも、それは今じゃなくても良い筈だ。

 

 (センター長さんからはチクチク言われるかもしれないけど、うん……(あがた)さんに聞くのはまた今度にしよう。)

 

 これで文句を言われたらその時はその時。むしろ調査が一日で完了してしまうことの方が珍しいし、いざとなれば止木休美(ジャスミン)さんと一緒にセンター長への愚痴を語らうことだってできるんだから。そんな決意からほどなく、調子を戻した(あがた)さんから「そういえばなにかアタシに聴きたいことがあるんだったね」と向けられた言葉へ私も止木休美(ジャスミン)さんは示しあわせたように歓楽街へ向かおうと思っていた旨を告げる。

 途端、(あがた)さんの表情が険しくなったのは私の見間違いなんかじゃなくて――。

 

「あんまり外から来たのお客さんにこういう事ばかり言ってるとまた()()()()からありがたいお小言を頂いちまうんだけど……もしお嬢ちゃんたちが教授さんから歓楽街(かんらくがい)へ泊まるように言われてるなら悪い事は言わない、それだけはやめておきな。夜無村(ここ)を秘境と云えばそりゃあ聞こえは立派だよ。でもね、人目につきにくい場所には自然と人目につきたくない連中も集まるのが世の常ってもんさ」

 

 ――あまりにも真剣に紡がれる言葉の意味を理解したのは実際に歓楽街を訪れてみて直ぐのことだった。

 

 

 最初はそういうモノなんだと思っていた。

 夜無村(むら)の入口を見つけた時に見えていた目に眩しい――(あがた)さんの言葉を借りるなら "目に(やかま)しい" ――蛍光色たちの自己主張は歓楽街へ近づくにつれて賑やかさを増すどころか鳴りを潜めていく一方で、対照的にたくさんの人々で活気づいて()()()()()()()と感じさせられる環境音からは今日までに得た夜無村(よなきむら)の印象は殆ど感じられない。たしかに()()()()()()()()()()()()()()()は演出の類やストリートアートとしては前衛的だと思うし、何処となく過去の一件と重なって不気味といえば不気味だけど、言ってしまえばそれだけだ。まあ、そのせいで視界がすこぶる悪かったりもするけど、そこも含めて別に耐えられないほどじゃない。

 だからこそ、私がはぐれないように腕をひいてくれている止木休美(ジャスミン)さんの独り(ごと)が理解できなかった。

 

「――えっ、なに。あざみーって見た目によらずこういうの慣れてる感じなの、まじで?」

 

「えっ。と、慣れてるというか……こういう霧みたいなのってなんかおばけ屋敷みたいというか、そういう演出でよくありそうだなって。だからあんまり恐くないといいますか」

 

「いや、おばけ屋敷て。こんな世紀末なアトラクションが許されてたら流石に正気を疑うわ……他人様(ひとさま)の趣味に口をだすとかしたくないけど、右も左もテッカテカのビッカビカとか目眩(めくらま)しかて」

 

 吐き捨てるよう言いきった止木休美(ジャスミン)さんはため息と共に口を噤む。沈黙に他意はないのはわかってるけどなんとなく、自分が非常識だと言われているようで反射的に「ごめんなさい」と口にしかけた瞬間、不自然に突っ張った腕の感触に振り返ると霧の中で止木休美(ジャスミン)さんが立ち止まっていることに気づく。

 その表情は深刻そうではないけど、何か気づくことでもあったのだろうか――と、どう声をかけてよいものか悩んでいると不意に止木休美(ジャスミン)さんは私の名前を呼ぶ。

 

「ねえ、あざみー。ちょい確認なんだけどあざみーには此処が霧に覆われてるように見えてるわけ? もしそうなら霧の濃さなり、なんでも良いからもうちょい詳しく教えて」

 

「ほぇ、えと、そうですね。濃さでいえばすごく濃い方、なのかな……一寸先が見えないくらい酷いわけじゃなくて目を凝らせば先は見えるくらいの濃さで本当にアトラクションとかテーマパークの演出みたいだなって。後は――あっ、色はいちごシロップみたいでちょっと美味しそうかも?」

 

 正直、自分でも何を言ってるんだろうと思うけど私の返事に止木休美(ジャスミン)さんは呆れるでも皮肉を口にするでもなく、むしろ真剣な面持ちで思案に()けるような様子に私は瞬きを数度。どうしたんだろうと考えたのもつかの間で、腰のポーチからメガネケースを取り出そうとする私の手は真っすぐ伸ばされた止木休美(ジャスミン)さんの手に阻まれてしまう。

 それが何を意味するかなんて火を見るよりも明らかだ。

 

「やめておきな、また具合悪くなったらどうすんの」

 

「あはははは……やっぱり、そうなんですね」

 

 たぶん。というよりもほぼ確実に、私と止木休美(ジャスミン)さんの見ている景色は異なっている。

 辺り一帯を漂っている薄紅色の霧は同じ裸眼であっても昨夜、宿で出会った倉石ユリ(ユリ)さんの時のような怖気が(はし)るようなものじゃないけどメガネを通した場合、これがどう映るのかは私自身にも想像のつけようがなかった。それこそ止木休美(ジャスミン)さんが言ったように体調を崩してしまう危険性は否定したくてもしきれないわけで。

 

「――でもまあ、あざみーからしたら不愉快だろうけど今回ばっかりはみえない方がラッキーだと思うわ。あのセンター長が忠告する時点でマトモじゃないのは覚悟してたけど、幾ら人目につきにくい場所には自然と人目につきたくない人が集まるにしたって限度ってもんがあるでしょ」

 

 つうか千里眼(わか)ってるならあたしはともかくあざみーを巻き込むなっつうの。と、少し大袈裟にため息をこぼす止木休美(ジャスミン)さんには此処がどう映っているんだろうか。

 もし。もしもだ。私のみえてる風景が現実とはまったく違うモノだとしたら――ふと、今まで考えたこともなかったそんな()()()を私は意識の底へ押しこめる。今、私が考えるべきはそこじゃないんだ。

 

「なんだかよくわからないけどジャスミンさんの言葉の節々から色々と耳を塞ぎたくなるような不穏さが滲みでてることだけはわかりました」

 

「それだけ伝わってれば今は十分。でもってごめん。どっかでスマホ落としたっぽいわ……多分、(あがた)さんのとこだとは思うけど探すの手伝ってくれない?」

 

「えぇっ!? い、いいですけど、それならはやく戻りましょうよ!」

 

 霧の中から届いた言葉が真っ赤な嘘だということは私でもすぐに理解できた。これまでもそうだったけど、現地で調査を行う時、止木休美(ジャスミン)さんは先輩や同僚として助言やアドバイスをしてくれることはあっても依頼人からの聴取や周辺の聞き込みといった部分ではよほどのことがない限り "自分はあくまでも運転手" という立場を崩さない――本人曰く "適材適所" なんだとか――そんな()()()を崩している今の状況がなによりも明確に、現状の異常さを私へ教えてくれている。

 でもそうして歩いてきた道のりを辿ろうする私たちを呼び止める声が一つ。

 霧の中を掻き分けて現れた男の人は自らを "マヒト" と名乗ったのでした。

 

 

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