それでもダスカは走らない   作:シェーク両面粒高

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4周年の情報に感化されて初投稿です。

例によってオリキャラやオリ設定がございますので苦手な方はご注意を。


序章
第1話 走らなかった世界線


 ここは地方にある何の変哲もないごく普通の街。発展していると言えばそうでもない、でも田舎と言えばたぶんそうでもない、そんな街。

 

 

 夕暮れ時の街路樹の桜もすっかりと葉桜へと変わり、日が傾き夜の顔が覗く空には橙と藍が混ざりあっていた。

 

 そんな空の下、人が行き交う駅前の広場のベンチに、1人の制服姿のウマ娘が座っていた。

 彼女は少し暗く赤みがかった栗毛の()()()()()()を腰まで伸ばしていた。ややツリ気味で勝気そうな瞳はスマホと辺りの景色を行ったり来たりしていた。他人から見たら、誰かと待ち合わせといった感じ。

 

 それもそのはず。彼女は幼馴染の男と待ち合わせをしていたのだ。

 2人は家が隣同士。生まれた時から一緒で、保育園からずっと同じ学校に通い、今も同じ高校に通っている。

 そんな関係性である彼と一緒に帰る約束をしていたのだが、時間になっても彼が現れないようだ。

 

 駅前の人通りはそこそこで、この夕方の時間帯では学生や社会人がほとんどだった。未だに彼の姿はない。

 

「…………」

 

 彼女の眉根にシワが寄る。無意識に足をパタパタとさせている。ウマ耳が絞られる。

 彼女は段々と不機嫌さを隠せなくなってきていた。

 

 彼女が身に纏っている制服は黒に近い紺色のブレザーで、首元には深紅の色をしたリボン、レッドチェックのスカートといった構成だった。この地域では有名な進学校のものだ。

 

 

 ──たらればの話。このウマ娘がトゥインクルシリーズに挑んでいたなら輝かしい未来が待っていたことだろう。

 

 

 

 だがそうはなっていない。

 

 

 

 彼女はトレセン学園に入らなかったのだから。

 

 

 

 

 

 彼女は彼の隣にいることを選んだのだから。

 

 

 

 

 

 これはダイワスカーレットというウマ娘が、走ることを選ばなかった世界線のお話。

 

 

 

 ◇

 

 

(遅いっ……電車もう来るじゃない……!)

 

 下校の待ち合わせをしていた時間はとうに過ぎ、30分に1本しか出ない電車の出発時刻まであと5分を切っていた。

 視線を既読の付かないLANEのトーク画面と駅前の景色とを行ったり来たりさせてしまう。心も体もそわつきを段々抑えられなくなってきた。

 

 今日は一緒に帰ろうって言ったのに……! 

 

(あーもうっ! 何やってんのよアイツ!)

 

 今日はアイツと一緒に帰る約束をしていた。学校の最寄り駅で待ち合わせして同じ電車で帰るのはルーティンみたいなものだ。

 でも毎日一緒に帰っているわけでもなく、アタシの塾やアイツの部活(サッカー)などの都合がついてお互いの予定が空いたとき……大体週2~3回ぐらいは一緒に帰っている。

 

 いい加減電話してやろうかと画面を睨んでいると、LANEにアイツからのメッセージが来た。そこには──

 

 “すまん。メシ行くことになったから一緒に帰れない”

 

 ──と書かれていた。

 

「………………」

 

 爆発しそう。思いっきり叫んでしまいたかった。

 

 だがここでは誰が見ているか分からない。高校では優等生として通っているのだから、知り合いに叫ぶ姿なんて見せられない。目の前を通るウチの高校の制服を着た学生は決して少なくない……見慣れた制服の学生があちこちにいる。

 

 気持ちを鎮める。だが残った疑念を晴らすために返信をした。

 

 “誰と?”

 “部活のメンツ。2年(同級生)がほとんど。全員で大体10人ぐらい”

 “あの3組のマネージャーの子は来るの?”

 “来る。なんで気になる?”

 

(“なんで気になる”って、アンタねえ……!)

 

 あのサッカー部の女子マネージャーが頭に浮かんでくる。小柄で、色白で、綺麗な黒髪のボブカットで、はにかんで照れたように笑ってアイツと話しているあの──

 

 無意識的に手に力が入ったが、スマホの軋む音で我に返った。中学生の頃一度握り潰して母親に怒られたことを思い出し、大きく息をついて体の力を抜いた。

 

「…………ばかっ」

 

 自分にだけ聞こえるようにそう呟く。

 

 彼のメッセージを華麗に既読スルーしてからスマホをしまい改札口へと向かった。

 

 ◇

 

 その日の夜、自宅で明日の予習をしていると、机の上に置いたスマホから着信音が鳴った。画面を見ると“松城(まつしろ)正英(まさひで)”と表示されていた。

 

「……」

 

 応答マークをタップして電話に出た。

 

『もしもし? ……出れるか?』

「……」

 

 電話を切って立ち上がり閉めていたカーテンと窓を開けると、涼しげな宵の風が体を迎えた。

 その先にはアタシの家の窓と向かい合うように隣の家の窓があり、その窓越しにTシャツ姿の男の姿があった。アタシの姿を確認すると彼も窓を開けた。

 

「あー、スカーレット。今日はすまなかった。悪い」

「…………」

 

 腕を組んで彼をじろりと睨んでやった。

 見た目はそこらにいそうな普通の同年代の男だ。人柄を表したような優男だが、Tシャツの下には鍛えられた肉体があることを知っている。

 ……昔はひょろひょろのもやしだったのに。身長も中2ぐらいからにょきにょき伸びて、今ではアタシが見上げるようになってしまった。

 

「突然だったんだ。メシ食いながらファミレスで部活の話しようぜってなって。3年と新入生の1年がうまくいってなくてさ、2年で話し合ってたんだ。だから断れなくて……」

「言い訳はそれだけ?」

「約束破ってすまんっ! 連絡も遅れて悪かった! この通りだ。許してくれ。明日埋め合わせするから……」

 

 彼が手を合わせて頭を下げてきた。ふざけてるわけではなく、全身から申し訳ないというオーラを放っていた。彼は心の底からそう思っていることを、子どもの頃からずっと一緒のアタシは分かっている。

 ……流石にアタシの方も罪悪感が芽生えてきた。一緒に帰れなくてただ拗ねてるだけなのはアタシ自身がよく分かっていた。

 でも、もっと早く連絡くれてもいいじゃない……

 

 組んでいた腕を解いて睨むのをやめた。

 

「……はあ。まあ、既読スルーはアタシも大人げなかったわ」

「許してくれるのか?」

「埋め合わせするならね」

 

 ひとつ頷くと彼は安堵したように「よかった~」と言った。

 ……純粋で素直な男の子なのだ。こんな性格だから彼の周りには多くの人が集まる。男も……女も。

 

「で、明日の埋め合わせって?」

「ああ、ひと駅行ったとこに新しいカレー屋できたの知ってるか?」

「そうなの? 初めて聞いたわ」

「個人でやってる小さい店なんだけど、どうも激辛カレーが名物らしくてさ」

 

 もちろん彼はアタシが激辛料理を好きなことを知っている。小さい頃は辛いのが苦手だったけれど、段々と辛さに強くなっていった。そして高校生になってから色々な激辛料理に挑戦するうちに好きになってしまった。

 

「明日は金曜だからスカーレットも塾ないんだろ? だから放課後2人で行かないか? 俺は部活終わってからだから待たせることになるけど……あ、今月小遣い厳しいから奢りは勘弁してくれ」

「……」

「…………どうだ?」

「ふんっ、それでいいわよ。今日のことはチャラにしてあげる」

「そうか! ありがとうスカーレット! 俺が言うのもなんだけど、スカーレットと2人でメシ行くの久しぶりだから楽しみだ」

「……あっそう」

 

 彼は眩しいぐらいの笑みを浮かべた。

 

 こんな性格だから、アタシは彼を────

 

「ん? どうした?」

「……別に」

 

 ……こういう時ぐらい素直になればいいのに。アタシも2人でご飯食べに行くの楽しみだって言えればいいのに。

 

 素直に気持ちを伝えられないから、彼氏彼女ではなく幼馴染という関係のままここまで来ているって、自分が一番よく分かってる。でも……それでも……

 

(……察しなさいよ。ほんと鈍いんだから)

 

 そんな悪態を今日も心の中でついた。

 

「じゃあ明日、今日と同じ時間でいいか?」

「いいわよ。図書室で勉強でもしてるわ」

「分かった。……あ、俺も予習しなきゃな。おやすみ、スカーレット」

「おやすみなさい」

 

 彼が窓とカーテンを閉めるのを待ってから自分も同じようにした。そして自分の部屋を出たアタシは階段を駆け下りていった。

 

「ママ―! 明日の夕飯いらないから!」

 

 階段を駆け下りる足取りが軽やかなのは気のせいではなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌朝、家を出ると正英が門の外で待っていた。

 

「おはようスカーレット」

「おは……あれ、朝練はどうしたの?」

「先生の指示で今日は朝練なし。みんな疲れ溜まってそうだからって」

 

 正英は朝練のため早く家を出るので、2人で高校へ登校することはほどんどなかった。一緒に登校するのは部活のないテスト期間ぐらいだった。

 

「だから今日はスカーレットと一緒に行こうと思って」

「…………」

「スカーレット?」

 

 彼の前に立ち、その胸元へと手を伸ばした。

 

「ネクタイ曲がってるわよ」

「え、本当か」

 

 斜めになっていた彼のネクタイを真っすぐに整えようとするが、首元から曲がってるようでちょっと苦戦する。意図せず襟元から直そうとして首に手を回し密着するような形になった。

 

 こ、この姿勢は……

 

「ちょっと近いって……スカーレットも女の子なんだから……」

「は、はあ!? アンタなに意識してんのよ! アタシはネクタイ直そうとしてるだけよ! いやらしいわね! バカ! おたんこにんじん!」

「いやゴメン、そんな意味じゃなくて」

「動かない! ……じっとしてなさい!」

 

 お互いの息遣いが分かるほどの至近距離。

 

(ほ、ほんとに近いわ……!)

 

 心臓の高鳴りが一段階上がり早鐘を打つ。どきどき、と胸の奥から体中に音が聴こえてくる。頬も熱い気がする。

 

(っ! バレてないかしら……)

 

 大きくなった鼓動が彼に伝わっていないか、顔が赤くなっていないか心配だった。

 急かされるようにちょっと手つきが荒くなったけど、なんとかネクタイを真っ直ぐにできた。

 

 

「はい! いいわよ!」

「ありがとう。あはは、なんか恥ずかしいな」

「なに言ってんの! ……さ、行きましょ!」

 

 そうして肩を並べて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。図書室で自習用の席に座ってすぐ、ポケットに入っているスマホに一通のメッセージが入った。

 相手は松城正英と表示されていた。

 

 “すまん。1年にサッカーのことで相談されて今日話聞くからカレーはまた今度。本当にすまん”

 

 ──ブチッと、堪忍袋の緒が切れた音がした。

 

「……すぅー……はあ〜……」

 

 色んなものを落ち着かせるために深呼吸をした。

 

 理解はしている。確かにいつでも行けるカレーなんかより後輩の相談に乗ってあげる方を優先すべきだ。

 

 

 でも、昨日に引き続いて……! 

 

 

 埋め合わせってなによ……!? 

 

 

(あんの……バカーッ!)

 

 

「っ! はあっ、はあっ……」

 

 心の中で思い切り叫んだ。

 

「…………もう〜!」

 

 その後10分ほど勉強していたが、どうにもイライラは収まらなかった。

 

 イライラ発散のためにあることを思いついたアタシは、席を立ち図書室を後にした。

 

 

 

「……ん?」

 

 その道すがら、廊下で大量に散らばったプリントを拾い集める2人の女子の姿があった。近づくにつれて彼女らの会話が聞こえてきた。

 

「ほんっとごめん! あたしドジで……」

 

 片方は顔を知っている程度の別のクラスの子だった。そしてもう1人は──

 

「全然大丈夫だよ!」

 

 ──件のサッカー部のマネージャーだった。

 

「でも部活行かなきゃなんないんじゃ……たまたま通りがかっただけなのに悪いよ……」

「1年に新しいマネージャー入ったから、ほんっとうに大丈夫! 私よりしっかりした子でさ〜」

「……ありがと」

 

「……」

 

 2人のすぐ近くまで歩を進めると、マネージャーが顔を上げた。

 アタシたちは面識がある。なんせ1年のとき同じクラスだったから。

 

「あ、スカーレットちゃん」

「アタシが手伝うわ。部活、行って」

「いや、でも……」

「総体近くて部活忙しいんでしょ? 正英が言ってたわ。アタシ予定ないし大丈夫だから」

 

 笑顔を向けてそう言うと、彼女はプリントとアタシを交互に見ていた。

 

「それならさ、3人でやろ! そしたらすぐ終わるよ」

 

 逆にアタシも笑顔を向けた彼女は、止めていた手を動かし始めた。

 

「えっ、ちょっ」

「数Ⅱと数B、それと世界史のプリントが混ざってるんだ。スカーレットちゃんは世界史のプリント集めてくれると嬉しいな。ちょうど3人だし、役割分担で!」

 

 彼女は手を止めずプリントを分けて拾い集めていく。

 ……これ以上説得しても暖簾に腕押しだろう。

 

「分かったわ。世界史ね」

「ごめんねダイワスカーレットさんも。……ほんとありがと」

 

 3人で散らばったプリントをテキパキと拾っていく。

 そしてあっという間に床に散らばったプリントは無くなった。

 

「ほんとにすぐ終わった! あとは私が今度こそ落とさずに職員室持っていくよ。助かったよ2人とも、ありがとー!」

 

 プリントを分けて抱えて慎重に歩き出した子の背中をマネージャーと2人で見送った。

 

「ありがとう。スカーレットちゃん」

「お礼を言われるほどのことでもないわ。あなたも手伝ってたんだし。それより部活行ったら?」

「あ! うん、そうだね。……またね、スカーレットちゃん」

「ええ。正英にもよろしく言っておいて」

 

 マネージャーも小走りに姿を消した。あの様子じゃやっぱり忙しいのだろう。

 それでも彼女は残ってプリント拾いを手伝っていた。

 

「……」

 

 去年1年間同じクラスにいたから彼女の人となりは分かっている。

 お人好しで気配りもできて本当にいい子なのだ。気取らないし素朴な感じで、おまけに可愛いし愛嬌もある。女子からも人気があって、男子からモテているのも納得だ。

 でも彼女は誰とも付き合っていない。その理由をアタシは多分知っている。

 

 正英と接するときの彼女の熱っぽい視線や、時折赤らめる頬をアタシは知っているのだ。

 

 先程までのイライラに加えてモヤモヤとした気持ちになった。

 

「……はあ。アタシも行こ」

 

 気を取り直して本来の目的に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 昇降口の下駄箱を開け、ローファーではなく体育で用いる運動靴を取り出した。

 念の為紐をきつく結び直す。

 

「……よし」

 

 ストレスを発散させる方法。それは走って家まで帰ることだった。

 気持ちをスカッとさせるために走って帰ることは結構な頻度である。嫌なことがあったとき……例えばテストがうまくいかなかったときとか。今日みたいに正英関係でモヤッとしたときとか。

 

「…………」

 

 昇降口を出たアタシはグラウンドがある方へと足を向けた。アタシとの約束を不意にした男の姿を拝むために。

 

 グラウンドが見えるところまで行くと、少し離れたところに他の運動部に紛れてサッカー部の姿があった。どうやら少人数で別れてミニゲームをしているようだった。背の高い正英はすぐに見つかった。

 彼が熱心に練習に取り組んでいるのをじっと見ていた。

 

 少ししてミニゲームが終わった。

 

「……あ!」

 

 休憩に入った正英に近寄る小柄な女子がいた。さっき会ったマネージャーだ。制服姿から既にジャージに着替えていた。

 彼女は正英にドリンクを渡し、そして何かを話していた。アイツも笑顔で対応していた。デレデレしているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「……ばか」

 

 見てられなかったアタシはグラウンドに背を向けた。

 

 

 校門から出たところで鞄を背負い、軽くストレッチをする。

 ちなみにだけれどちゃんとスパッツは履いているので乙女として一応は大丈夫だ。

 

「んっ、んっ……」

 

 ストレッチをしながら帰るルートを考える。

 明日は休日で今日は時間もあるし、いつもは通らないルートで……家とは逆方向へと出て大回りして帰ることにした。

 

「……ふぅ。こんなもんでいいかしら」

 

 学生鞄を背負ってからウマ娘専用レーンに出た。そして──

 

「──ふっ!」

 

 

 ──アタシは地面を蹴り、駆けだした。

 

 

 周りの景色が後ろへと流れていく。

 まだ春の匂いが残る風が全身を包む。

 肺に新鮮な空気が入ってきて、体の中が洗われて新しいものに入れ替わる。

 下はアスファルトなのに、まるで弾むトランポリンのような反発力を脚全体で感じられる。

 

 

「はっ、はっ……」

 

 

 ウマ娘専用レーンは速度違反をしないように。専用レーンが無いところはヒト並みのゆっくりとしたスピードで。

 

 

 

 片道一車線の道から片道二車線の大きい道路へ。

 

 

 総合スポーツセンターのある運動公園の外周へ。

 

 

 遊ぶ人々が賑わう河川敷の川沿いへ。

 

 

 左右に田畑しかない農道へ。

 

 

 工場が立ち並びせわしなく大型トラックが出入りする工業地帯へ。

 

 

 あちこちにある大型の建設機械で工事をしている再開発区画へ。

 

 

 人通りの少ない閑静な住宅街へ。

 

 

 

 土地勘の有り無し関係なく、自由気ままに足の向く方へ走っていく。

 

 

 

 走るアタシがいて、他には何もない。何にも縛られない空間の中にアタシはいる。

 

 

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 

 走るのは、実は嫌いじゃない。むしろ……

 

 

「はあっ、はっ…………っ……」

 

 

 ……そんなことを考えていると、不意に昔の記憶が蘇ってくる。

 

 脳裏によぎるのは幼いアタシに言い寄る名も知らない多くの大人たちの姿と声。

 

 

『君は凄い! 速すぎる!』

 

 

『トレセンに入学……いや、順調に行けば重賞だって狙えるわ!』

 

 

『重賞どころか、GⅠだって夢じゃない!』

 

 

『お母さんも、お姉さんたち2人をも超えられる逸材だ! 君なら一族の最高傑作になれる!』

 

 

『今すぐ家を出てヒルエスタに入りなさい。悪いようにはしない』

 

 

 

 

 

『あなたなら、トゥインクルシリーズで一番になれる!』

 

 

 

 

 

「はっ、はっ」

 

 

 

 

 そんな言葉を聞いたアタシは──

 

 

 

 

「……はっ、はあっ……」

 

 

 

 脳裏をよぎった記憶を上塗りするように、幼馴染の男の子とのやりとりが浮かんできた。

 

 

 

『いつまでないてるの、まーくん!』

『うっ、ううっ……ごめん、すーちゃん……』

『まったく、あんたはあたしがいないといじめられるんだから……しかたないわね』

『……え?』

『あたしがあんたのおよめさんになってあげるわ。およめさんっていうのはずっといっしょにいるものなのよ。そうしたらいじめられないですむでしょ。あたしがずっといっしょにいてあげる』

『ほんと? えへへ、すーちゃんがいっしょにいたらおれもうれしいや』

『やくそくよ』

『うん! やくそく!』

 

 

 

 色褪せない記憶で頭がいっぱいになっていて、気づくと前方に赤になった信号機があった。

 

 

「っ!? とと……」

 

 

 四差路の交差点で急ブレーキをかけて止まる。辺りを確認すると見慣れない真新しい住宅がいくつも理路整然と並んでいた。道路もきれいで最近完成したのだろう。

 見覚えがある気もするし、ないような気もする。

 昔来たような気もするし、ないような気もする。

 

 スマホのマップで確認すればすぐ分かるのだけれど、その前に周囲を歩いてみることにした。青信号になってから住宅街の方へ足を踏み入れる。

 住宅街の周りは森林で囲まれていることから見るに、山を切り開いて造成された住宅街のようだった。

 

「やっぱり前に来た気がするわね……」

 

 どうにも既視感が襲う。だがこんな離れたところに友人なんていないし、なぜそのように感じるか不思議だった。

 

「……ん?」

 

 住宅街の外周を回っていると、森林が途切れている場所が目に入ってきた。

 なにか建物でもあるのかしら……なんて思いながらそこへ足を向けると、道路が森の奥へ続いていた。

 

「ここ……!」

 

 この風景をアタシは見たことがある。間違いない。でもいつでどこだったかは思い出せない。

 

「あ~もうっ!」

 

 思い出せそうで思い出せない。その正体を確かめてやろうとずんずんと進んでいく。

 距離的に1キロほど進むと道は行き止まりになっており、代わりに黒いアスファルトが敷かれている場所があった。どうやら駐車場になっているようで、思いのほか広かった。

 

「……! これって……」

 

 しかしアタシが驚いたのはその先にあるものだった。それは──

 

「……レース場……!?」

 

 ──駐車場の先にあったのはウッドチップが敷き詰められたレース場だった。その証拠に楕円形を描くようにラチが設置されていた。おまけに奥の方には傾斜の付いた道があった。あれは確かウマ娘のトレーニングで使う坂の道じゃないだろうか。

 

 そして駐車場の入り口に立て看板が置いてあった。新しいようだが雨の跡や端から錆び始めているように、最近置いたものではないようだ。

 

「えっと……えふけーびー……“FKB Racing School”……“FKB Racing Club”……?」

 

 そのように看板には書かれていた。その横には“ウマ娘の皆さん、私たちと楽しく走りませんか?”、“子どもから大人までどなたでも入会者随時募集中!”とも。“ウマスタやってます”と書いてある下にはQRコードが載せられていた。

 

 その名が示す通り、ここはウマ娘のレーシングスクールおよびレーシングクラブのようだ。

 

(FKBって何の略かしら……)

 

 テレビによく出ている某アイドルユニットを思わせるようなアルファベットの並びだけど──

 

 

「あっ! 危ないっ!!!」

 

 

 ──女の子の声がするのと同時に看板から目を上げると、すぐ眼前までサッカーボールが勢いよく迫っていた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 上体をよじってボールを避けて顔面トラップは回避したが、靡いた髪の毛を掠めた感触がした。間一髪だった。

 

 

「大丈夫ですかっ?」

 

 

 ボールが来た方から心配そうなジャージ姿のウマ娘が駆け寄ってきた。前髪に細い流星が入っていて、ウェーブがかった鹿毛をポニーテールにしているウマ娘だった。アタシと同年代ぐらいの歳に見えた。

 

「お怪我はないですかっ?」

「あ……はい。避けたので問題ありません」

 

 彼女に遅れて5人ほど小学生低学年ぐらいのウマ娘がやってきて、その中から短髪のウマ娘が一人あたしと彼女の間に入ってきた。

 

「お姉さん、ごめんなさい……。本気でボールけったらダメだってパーマーちゃんに言われてたのにけっちゃって……だいじょうぶ?」

 

 幼いウマ娘は自分の服の裾をぎゅっと握って謝罪していた。

 

「謝らなくてもいいわ。全然大丈夫よ」

「! よかった……」

「……自分でごめんさない言えたじゃん、偉いね」

 

 アタシと同い年ぐらいのウマ娘はしゃがんで幼いウマ娘を撫でて褒めていた。それが終わると彼女は立ち上がってアタシと向き合った。

 

「ごめんなさい。ボール遊びしてて、ついつい私がこの娘たちを乗せちゃって……本当にごめんなさい」

「小さいウマ娘なら力のコントロール難しいの、アタシも分かってますから。何も気にしてませんよ」

 

 ……このウマ娘、喋り口は快活な感じなのだけれどなぜか何気ない所作からはすごく品の良さを感じる。

 

「えーっと、もしかして入会希望者ですか?」

「へ?」

「実は今日、コーチたち留守にしててスクールもクラブも休みなんですけど……」

「ああいや、別に入会希望じゃ……たまたま通りかかって気になった道があったので……」

「道?」

 

 不思議そうな顔をするウマ娘に少しばつが悪くなる。確かにこんな……言っちゃ悪いけど住宅街からしか入れない場所にたまたま通りがかってやってくるなんて変に映るだろう。

 

「本当にここに来たのは偶然で……」

「ねえねえ、かみの長いお姉ちゃんもスクールに入るの?」

「お姉ちゃんも走る?」

「走ろ、走ろ!」

 

 後ろにいた幼いウマ娘たちがわらわらとアタシの足元へ寄ってきた。みんなアタシに興味津々なようでまん丸い瞳を輝かせていた。

 

「えっと……」

「ねーえっ、お姉ちゃんは名前なんて言うの?」

「アタシ、アタシは……」

 

 顔を上げて同年代のウマ娘と一瞬目を合わせてから口を開いた。

 

「ダイワスカーレットよ。よろしくね」

「だいわすかー……長いよっ」

「スカーレットでいいわよ」

「スカーレットちゃんだね。わたしはね──」

 

 そして幼いウマ娘たちが一通り名前を言って自己紹介した。

 

「スカーレットちゃんは何年生?」

「今は高校2年生よ」

「高校2年生? パーマーちゃんと一緒だね!」

 

 自然とみんなの視線が同年代のウマ娘の方へと集められた。

 

「あ、そう言えば私も自己紹介してなかった。同い年ならタメ語でいっかな」

 

 彼女は小さく咳払いをした。

 

 

「私は……()()()()()()()()だよ。よろしくね、スカーレットさん」

 

 

 




はじめましての方ははじめまして。
拙作お読みになっていた方はまたお願いしますねー。

男の子の名前は実馬ダイワスカーレットに関わった方々から一文字ずついただきました。
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