それでもダスカは走らない   作:シェーク両面粒高

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今話は4つの視点で描かれています。本格的に本編始まる前の予告編みたいな回です。
最初のものは第9話一端の続きとなっており、他の3つとは時系列が違います。
その他の3つはだいたい同じ時系列となっています。


第二章
第19話 胎動


 マネージャーの告白を断ると、物陰からサッカー部のキャプテンである3年の先輩が姿を現した。「聞いちまった」と言った彼はこちらまでやって来て、マネージャーと並んだ。

 この2人は俺とスカーレットみたいに幼馴染という関係だ。部活中は周りの目や立場もあって後輩であるマネージャーは敬語を使っているが、部活を離れると普通にタメ語で話すのを部の皆は知っている。

 ……彼が彼女に思いを寄せていることは、俺を含め部の何人かは察しているだろう。

 

 彼はなぜ姿を現したのか。そもそも盗み聞きしていたのか。それとも偶然か。

 

「……松城、実は俺、こいつから相談されててさ」

「え?」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 慌てた様子のマネージャーがキャプテンの制服の袖を引っ張る。

 

「恋愛相談。去年の夏休みぐらいからだから、もうすぐ1年近くになるんだが」

「なに言ってんの!? やめ、やめてよっ」

 

 身を寄せて彼の口を手で物理的に塞ごうとする彼女をいなしつつ彼は話を継いだ。

 

「松城のことが好きってさ。松城の好みの女の子はどうとか調べてくれとか、どうやったら松城の気を引けるかとか、彼女になりたいけどどうしたらいいかとか」

「わ、わー! 松城、うそ、うそだからっ!」

「そんな具体的な相談から、松城のカッコいいところとか優しいところを延々と聞かされたりとか、まあずっと話をしてきたわけだよ。今日、告白するってのも知ってたんだ」

「なんで、なんでっ」

 

 彼女はさっきよりも顔を真っ赤っかにして、抗議するようにぽかぽかと彼の胸板を叩く。

 

「こいつさ、小さい頃から結構男子にモテてたんだけど、実は今まで人を好きになったことなくて松城が初恋だったんだよ」

「もうっ、もうやめっ。なんでそんなこと……!」

「そんな事情を知ってるし、幼馴染というか兄妹みたいなもんだから俺もこいつに情があってさ。だから今日も気になってこうして盗み見してたんだけど……やっぱ断られんの見てたら可哀想だって思うわけで。でさ、松城」

「……はい」

「俺からお願いがあるんだ。一ヶ月でいいから、こいつと付き合ってやってくれないか?」

「……えっ?」

 

 キャプテンが頭を下げてきた。

 

 予想だにしなかった申し出に一瞬頭がフリーズした。

 それはマネージャーも同じようで、呆気にとられた風に彼を見上げていた。

 

「なに言ってんの……」

「もちろん松城が嫌になったら途中いつでも解消してくれていいんだ。ただこいつ、本当に松城のこと好きでさ。最後にって言うとあれだが、少しでもこいつの初恋が報われたらなって思うんだ。だからさ……そう、お試しで一ヶ月だけ付き合ってやってくれないか。告白断るの、それからにしてもらえないか。それで、こいつを好きになってくれたらそのまま付き合い続けてやってほしい。松城、頼む」

 

 再び大きく頭を下げるキャプテン。

 この状況をどうしてものかと視線を彷徨わせていると、必然的にマネージャーと目が合った。さっきまでは彼の話すことに翻弄されて混乱していた彼女だが、今は幾分か落ち着いたようだった。

 

「「…………」」

 

 彼女は俺とキャプテンへと交互に何度も視線をやっている。何かを迷っているような、逡巡しているような彼女は、そして俺を正面から見据えた。

 

「あの……松城……えっと──」

「分かった」

「……え?」

 

 困惑している彼女にそう言った。

 

 キャプテン……彼は彼女のことが好きなはずだ。そんな彼がずっと彼女から俺の話を聞かされて、更にはこうして期間限定とはいえ俺に付き合ってほしいとお願いできるなんて、どこまでお人好しな人なんだろう。たぶん、色んな葛藤があるんだと思う。

 もし俺が彼の立場なら同じことができるだろうか。……いいや、そんなことできるわけがない。

 

 彼女の好意よりは、彼のその行動を無下にすることが俺にはできなかった。

 

 その決断を無駄にしたくなかった。俺はその意味の無い申し出を受けることにした。

 

「……とりあえず一ヶ月。お試しで付き合おう」

「え──」

「本当かっ!? ありがとう松城。お前もいいよな」

「……うん」

 

 マネージャーより顔を上げたキャプテンの方が喜んでいた。彼女も困惑していたが、顔をまた赤くして話を受け入れた。

 その後、3人でいくつか取り決めをした。期間は明日からの一ヶ月間。この一ヶ月間はお試しの話題はお互い出さない。またもし付き合ってるのがバレた時には、普通に付き合ってることにしようとか。

 

 お試しで付き合ったとしても俺の答えは変わらない。こんなお試しで付き合ったって、余計に話が拗れたり彼女の未練さが余計に増すだけかもしれない。2人だって、おそらく分かっているはずだと思う。

 ……もしかしたら、俺が心変わりする可能性にかけているのかもしれないが。

 

 どっちにしろ、キャプテンの気持ちを考えるとどうしても断ることができなかった。

 

 

 

 そういう経緯で結果の分かり切っているお試しの日々が始まったのだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 マリンがFKBに戻ってきてから1週間ほど経った。

 高校生活においては6月に入ったことにより衣替えを迎えていた。

 

 お昼休み、夏服に袖を通しているアタシは本日も特別棟の端の部屋に三己といた。最近、週の半分はここで昼食を取っている気がする。そうしているのはやっぱりここの居心地が良いからだろうか。

 生地が薄くなった制服のシャツとスカートはやっぱり涼しいなと思いつつ、いい加減更に伸びてきた自分のロングヘアに手をやる。普段から手入れを欠かさない暗く赤みがかった栗毛がさらさらと手から零れる。最近は6月も暑いしいっそバッサリ切ってショートヘアにでもしてやろうか。

 でもここまで伸ばしたのに切るのもなんかもったいない気がするって、いつもそんな葛藤により結局はロングヘアのまま小さい頃から今に至っていたのだけど。

 

(やっぱ走るとき邪魔だし切ろうかしら。でもショートでツインテールにするのはちょっと…………いや、短くしたらツインテールにしなくていいのよね)

 

 ツインテールにできない。そう考えるとなぜかどこか微妙な気持ちになる。走ってるときのアタシはツインテールにすべきだと謎のこだわりが自分の中にあるみたいだった。

 

「……難しい顔をしてるな。また哲学的な何かか?」

「髪切ろっかなって思ってただけよ」

 

 こちらを見ずスマホを弄りながらサンドイッチを咀嚼している三己に対し、こちらも視線は食べている弁当に向けたまま返答した。

 

「アンタみたいな短いのもいいかなって」

「いいんじゃないか。スカーレットならショートも似合そうだな」

 

 普段通り、お互い適当に話して適当に受け流す他愛のない会話が続いた。

 

「ああ。そう言えば」

「ん〜?」

「正英、マネージャーと別れたんだって?」

「あ~そうらしいわね…………は」

 

 だから、いきなり投入された爆弾のような話に一瞬ついていけなかった。

 

 

 

「はあっ!? なんですってッ!!??」

 

 

 

 彼女はわざとらしく耳穴に指をやって「うるさいなあ」と言いたげなジェスチャーをした。

 

「なんでスカーレットが知らないんだ」

「逆になんでアンタが知ってんのよ!?」

「隣の席が恋バナ好きの女子でさ。色んなところから情報仕入れてきて友達と話してるのが聞こえるんだ。小声で離してるけど隣の私には丸聞こえ」

「盗み聞きじゃない! ……て言うか、本当なのそれ!? いつの話よ」

「あの子の情報は正確だから間違いない。別れたのはたぶんこの前の土日だろうってさ。正英から聞いてないのか?」

「……最近話してないし。LANEも全然やってない」

 

 ここ最近正英に彼女が出来てからほとんど接触は無かった。最後に言葉を交わしたのはキャンプ前にカレーを食べに誘ってきた時だから、もう1ヶ月前になる。

 

「今日帰ったら訊いてみたらどうだ」

「…………」

 

 簡単に言う……と思いつつ、アタシは自分の中の気持ちを整理していた。

 

(ああ、やっぱり──)

 

 

 ──別れてくれて、嬉しい。

 

 

 ……そう思ってしまった。

 

 

 ◇

 

 

 放課後、私はFKBへと向かっていた。今日は火曜なのでクラブの練習がある日だ。

 でも、アタシの頭はクラブのことではなく正英のことでいっぱいだった。どういう風に別れたことを訊こうかとか、もし振られたのだとしたら落ち込んでるかもとか、もし振ったのならその理由を教えてくれるかなとか。

 それと少しアタシも素直になろうと思った。いや告白とかそんな話じゃないんだけど、やっぱり話したり会えなくて淋しかったってちゃんと言おう。……でも、ちゃんと言えるだろうか不安になる。ここですぐに素直になれるならここまで何も気持ちを伝えられずに来ていない。

 

(……いや、アタシも変わらなきゃ! いつまた同じように別の女が寄ってくるか分から──)

 

 ──その時、視界の外からアタシの前に何かが飛んでくるのが見えた。

 

「っ!?」

 

 反射的に脚を止めると、目の前の地面に数センチの石ころが転がり止まった。これが飛んできたようだ。

 周りへ視線を巡らす。あたりは運動公園の外周から河川敷へと差し掛かる道だった。いつもFKBへ通っているルートだった。アタシの近くに他の通行人はいなかった。

 

「……あっ!」

 

 石ころが飛んできた方向の曲がり角に黒い人影が翻った。その人影はまたこちらに何かを──それはさっきと同じ石ころだった──投げてから曲がり角の先へと姿を消した。

 

「なっ!? 危な、っ!」

 

 明らかにアタシに向かって投げられた石ころを避ける。間違いない、完全にアタシ個人を狙ったものだ。

 悪戯か何かは分からないが、ひとまずその曲がり角まで全速力で駆けた。

 

「……あっ!?」

 

 曲がり角から体を出した瞬間、また石ころが飛んできて、体をよじって間一髪それを避けた。

 

「一体なんなのよっ!」

 

 再び一瞬だけ姿を見せた人影はまた曲がり角へと姿を消した。彼女が向かっている方向はFKBとは真逆の方向だった。

 でもそんなことは関係なかった。石を投げてきた人影を小走りで追っていった。

 

 ただの通り魔的な悪戯? それともアタシに因縁のある相手? 

 

(もしかしてあの時の不良たち……)

 

 これがダイワスカーレット(アタシ)を狙ったものならば、個人的に因縁のある相手だろう。そう考えたらあの不良たちの仕業だと考えるのが自然。

 脳裏にはピアスやマスクのウマ娘の姿が思い浮かんでいた。

 

(どっちにしろ、追いついて問い詰めれば分かることよ!)

 

「待ちなさいっ!!!」

 

 曲がり角を進むとさっきまで歩いていた運動公園沿いの広い歩道に出た。人影はその歩道を飛ばして走っていく。明らかにヒトの速度ではない。加えて翻る鹿毛の尻尾。

 ということは彼女はウマ娘。彼女は前身を黒の服に身を包んでいて、頭にはヘルメットをかぶっていた。ちらっと見えた横顔から、そのヘルメットはフルフェイスのものだった。

 

 慌てて速度を上げて後を追っていく。交差点や曲がり角を曲がっていく彼女の背中を見失わないよう駆けていく。あの時のウマ娘たちなら本気で走ればすぐ追いつけると踏んだのだけれど……

 

(っ!? あいつ、速……!)

 

 すぐに詰められると思っていた差は縮まらなかった。彼女が曲がるときにスピードを落とすので距離を詰めても、直線ではまた離されて元の差に戻る。

 

「くっ!? ……はああっ!」

 

 四の五の言ってられない! カバンを背負い直して両手をフリーにして速度を上げていく。

 

 彼女は街中を避けて郊外へと向かって移動しているようだった。街で注目されたくないのだろうとか、完全にFKBのグラウンドとは逆方向だとか考えながら、ほぼ一定の距離で追っていった。

 

 追い始めて10分ぐらい過ぎた頃、彼女は山あいの方へ走っていった。住宅や店はポツンとしかなく、両サイドは農地がほとんどを占めていた。

 

(どこに行くつもり……まさか山を登ろうってんじゃないでしょうね!?)

 

 どっちにしろここまで来たなら追う以外の選択肢はない。

 

 

 山あいの奥まったところで遂に彼女は止まった。彼女が足を止めた場所は開けた原っぱになっていて、そこには朽ちかけた木の棒が楕円形を描くように立てられていた。そしてその楕円形の外側は、周りより明らかに草が短く剥げており黒茶色の地面が見え隠れしていた。誰かが何度もそこを通った跡だ。つまり──

 

(──ここ、レース場……!? 野良のレース場ってやつなのかしら……)

 

 そうとしか思えなかった。

 

「…………」

 

 そして立ち止まっていた彼女がこちらを振り向く。頭は黒のフルフェイスのヘルメット、そして身に纏っているのはぴっちりとした黒い服……ライダースーツのようなものだった。ヘルメットのバイザーはこちらからは透けて見えない素材でできてるようで、中は全く伺い知れない。

 

 一応この行き止まりの原っぱに追い込んだ形になっている。アタシは警戒しながらも彼女に向かって近づいていく。

 

「さあ、話を聞かせなさい。一体アンタはなに? 誰? ……石を投げるなんて危ないでしょう! なにか言ったらどうなのよ!」

 

 彼女は微動だにせずこっちを向いている。

 何もアクションを起こさない彼女に対し怒りのボルテージが加速度的に上がっていく。

 

「あのピアスとかマスクの仲間? ……顔ぐらい見せなさ──っ!?」

 

 彼女はおもむろに何かを取り出す動作をした。また石か何かを投げてくるのかと警戒し、すぐによけれるように身構えたが、取り出したのはスマホだった。

 彼女は何か操作をして、まだ数メートル離れているアタシに向かってスマホを差し出した。そのスマホから──

 

「“正体が知りたいなら”」

 

 ──そんな機械音声が発せられた。

 

「ハア!? 何よそれ! 自分の声で喋りなさ──」

「“レースをしよう。そっちが勝ったら何でも教えてやる”」

「なっ!?」

 

 彼女はスマホを持っていない方の手の親指でコースを指さしていた。

 

 

 


 

 

 

 

 市内の中心地から外れたとこに建っている廃れた工場の外に、2人のウマ娘が地べたに座り込んでいた。2人は横にしたスマホで何かを見ているようだった。

 

「アネキぃ、ずっと見ても何も変わらないッスよお」

「うるせえェ! ……クッソ、絶対にこいつがクロヒョウに決まってんだ」

 

 その2人のウマ娘とは顔面に大量のピアスをつけている金髪のウマ娘と、ピンクと青のツートンの髪をオールバックにしマスクをしているウマ娘だった。つまりFKBにいきなりやって来てダイワスカーレットに勝負を挑み返り討ちにされた不良のウマ娘だった。

 2人が見ていたのはまさにそのレースだった。実はマスクがアップの時に荷物に立てかけておいたスマホでそのレースを撮影していたのだ。

 

 2人がいるこの場所は彼女らが所属してるフリースタイルレースチームの本拠地だった。もっとも、立ち入りが許可されていない廃工場を勝手に使っているだけではあるが。

 廃工場のすぐ隣にはチームが使用しているレーストラックがある…………と言っても、レーストラックと呼べるほど整備されたものではなく、開けた広場にどこからか持ってきた古いラチを設置しているだけである。もちろん芝ではなく雑草が生えており、地面はボコボコ。そんなトラックをスプレーで落書きされた廃工場の壁が見下ろしている。

 今日はチームで集まる日ではないが、この2人みたいに学校をサボったりそもそも学校に行っていないウマ娘たちが何人か集まっていた。彼女ら以外はコースでたむろしていたり、廃工場の中で思い思いに過ごしていた。

 

「クソッ! (ヘッド)のウチがナメられたままで終わってたまっかよッ……!」

 

 彼女の言葉通り、今現在このチームの(ヘッド)、つまりリーダー的存在はピアスである。元々は違うウマ娘であったが、トレセンを引退したばかりの彼女がここのチームの元リーダーに勝負を挑み勝利しその座に就いた。単純明快、速い奴がトップに立つというチームのルールに則った結果だった。

 マスクも元トレセン生だけあって、実力によりチームに入ってすぐにその地位をナンバー2まで上げた。

 

「あんだけ動画見て弱点見つからないんだから意味ないッスよお……」

 

 マスクの言葉通り、ピアスはことあるごとにレースの動画を見返していた。彼女がクロヒョウだと断定するダイワスカーレットの弱点を探し、今度こそ勝つために。

 

 数ヶ月前この本拠地にクロヒョウはいきなり現れた。投げてよこされた果たし状には自分がクロヒョウと呼ばれているウマ娘であることと、一番強いウマ娘とレースをさせろと書かれており、それにリーダーであるピアスが乗ったのだ。

 ピアスは一対一でクロヒョウと走り、そして敗北した。チームのメンバーが見守る中で何バ身も離されての惨敗だった。クロヒョウは最後の1ハロン完全に流してさえいた。

 チームの頭として屈辱的な出来事だった。即リベンジしようと思ったが、すぐにクロヒョウは姿を消した。そしてチームをあげて様々なクラブを虱潰しに調査し、市内で最後に調査したFKBで出会ったのが、レース経験がないのに速すぎる正体不明のウマ娘ダイワスカーレットだった。

 クロヒョウの被害にあった他チームからの情報で、クロヒョウが逃げる方向とFKBの位置が一致していたのも手伝い、ピアスはダイワスカーレットをクロヒョウだと信じて疑わなかった。

 

「ぐだぐだ言ってねえでお前もさっさと探せやゴラァ!」

「いてて! 髪引っ張んないでッス」

 

 マスクはピアスの手を振りはらい、乱れた髪をオールバックに手櫛で直してからピアスの手元のスマホを見た。ちなみにそのスマホはマスク自身のものだ。

 

「逃げて速かったらラビットが捨て身で妨害する以外ないッスよ」

「タイマンで勝たねえと意味ねェって何度言ったら分かんだよッ!」

「いでででで! 耳引っ張んないでくださいッス! ……てかあん時2対2でレースやってたじゃないッスか」

「クロヒョウだって知らなかったからなァ! 知った以上、タイマンでぜってェー負かしてやる……!」

「分かったッス分かったッス。……ん~、でもやっぱ何回見てもダイワスカーレットとクロヒョウの走り方違う気がするんスけどねえ。本当にアイツ、クロヒョウなんスかねえ。こんなことならクロヒョウとアネキのレースもスマホで撮っときゃよかったッス」

「うるせェボケ! ガタガタ言ってねェでさっさと──」

 

 

 

「──へえ。面白そうなレース見てるね~」

 

 

 

 2人の背後から声が聞こえてきた。

 

 

 

「「!!!???」」

 

 

 スマホを見ている2人の後ろに、いつの間にか誰かが立っていた。聞いたことのない声から、その声の主が部外者だと一瞬で理解した2人は跳び上がるように立ってその人物から距離を取った。

 

「誰だテメェ……!」

 

 自分たちの背後に立っていたのは同年代ぐらいのパーカー姿のウマ娘だった。白い肌に金髪に近い栗毛を黒いシュシュで二つ髪にしており、右耳の根元にマーブル模様のリングを着けていた。青や緑、ピンクや紫、紺やオレンジなどカラフルなマーブル模様だった。

 髪の毛はただの二つ髪で色気のないパーカー姿ではあるが、白い肌と金髪の栗毛を持つ彼女はまるで精巧なビスクドールのような、西洋の童話に出てくる女の子のような、そんなイメージを抱かせるウマ娘だった。

 そのウマ娘はピアスとマスクの厳しい視線などまるで意に介さないでいた。

 

「さっきの娘たち、いいね~。特にキミと一緒に走ってた娘」

「はあ……?」

 

 彼女はマスクを一瞥した。

 

「うんうん。きっとあの娘、障害練習すればもっといい走りになると思うんだけどなあ」

「意味分かんねェことばっか言ってんじゃ──」

「ねえ。今の娘たちって、カービーとアディのとこの娘だよね。う~ん……どーしよっかな~」

「……オイッ!!!」

 

 ピアスはドスの効いた声を出し凄むが、金髪のウマ娘には暖簾に腕押しだった。

 

「……あっ、そうだ」

 

 そこで初めて、彼女の視線がピアスを捉えた。

 

「ここに呼んでもらってトレーニングするのはどうかなあ。それでレースして……ふふっ、コーチ対決だ。ねえ、キミも面白いと思うでしょ?」

「さっきから意味不明なことをペラペラうるせェんだよオッ!!! 気でも狂ってんのか、アアッ!?」

「お前、一体誰だ! どこのチームの──」

「わたし?」

 

 そこで初めて金髪のウマ娘が2人に取り合った。

 

「……う~ん。そうだねえ~……どうしよっか?」

「アァ!?」

「ん~。じゃあレンってことで。レンって呼んで? ……あ、いい風~」

 

 レンと名乗ったウマ娘は辺りを吹き抜けた風に対し、体の向きを変え手を広げて全身で風を受け止めていた。金色の二つ髪と尻尾がキラキラと煌めき揺れていた。

 

 あまりにも自由過ぎる行動に、ピアスとマスクもどう対応したらいいか分からず逡巡していた。

 

「きもちい~。日本の風もいいもんだね~」

 

 レンは風と戯れるようにくるくると回りながら軽やかにステップを踏んでいた。まるでスポットライトが当たる一人舞台のように。

 

「ッ! いい加減にしやがれッ!」

 

 痺れを切らしたピアスがレンに近づき彼女の腕を掴んだ。

 が、その腕はすぐに振りほどかれた。

 

「──わたしの邪魔をするなよ」

 

 瞬間、嵐が巻き起こったようにピアスは感じた。

 

「なッ!?」

 

 レンが軽く腕を振っただけでピアスは吹っ飛んだ。予想だにしなかった出来事にピアスは慌ててバランスを取り、間一髪転倒しなかった。

 

「アネキ大丈夫ッスか!?」

「なんだァあのクソ力……なッ?」

 

 ピアスが顔を上げた瞬間、彼女の目と鼻の先にレンがいた。

 レンは彼女のウマ耳に付いているピアスを摘む。

 

「このピアス可愛い〜」

「いッ!?」

 

 ピアスの耳に熱が走る。ワンテンポ遅れて、痛みによる熱さだと彼女は理解する。

 

 放っておけば、ピアスが耳から引きちぎられるぐらいギリギリと引っ張られていた。

 

「エミリーに買っていってあげたら喜ぶと思うよね?」

「くッ!? クソがッ!」

「てめえ! やめろっ!」

「おっと?」

 

 ピアスはマスクと2人がかりでレンを引きはがし、再び距離を取った。間一髪耳に付いたピアスは耳から引きちぎられなかったが、彼女が手を耳にやるとぬるっとした感触がした。手を見ると赤い液体がついていた。どうやら出血しているようだった。

 あと数秒振りほどくのが遅ければ、おそらく引きちぎられていただろう。

 

 2人が警戒するなか、当のレンはなんでもないようにスマホを取り出すと誰かに電話をかけ、そして()()()通話を始めた。

 

“はあい、エミリー、久しぶり。今日本に来てて……実はゴドルフィン関係。もうわたしゴドルフィンのウマ娘じゃないのにね。殿下も人遣いが荒いよ。後からそっち行くね。ねえねえ、エミリーはどんなピアス……え、うん。……あ、ハーザンドがまたウチ来いって”

 

 相手は女のようだった。英語のため、ピアスやマスクは会話の内容を全く理解できなかった。

 

“……ウィル? あの子はわたしと違って真面目だから、ノルマンディーの……リッピーおばさんのために頑張ってるよ。エミリーはウィルのこと好きだねえ。……冷たい? ふふっ、わたしを誰だと思ってるの? わたしだよ? ……もー近況報告で電話したんじゃないんだけどー。うん、体は大丈夫だよ。相変わらず心配性だなあ。あっ、電話切るね”

 

 そうして唐突に通話を終えた彼女の視線は工場の壁へと向けられていた。

 

「誰が描いたのこの絵。変なの。日本ではこういうの流行ってるんだ」

「なんなんだよテメェ……!」

 

 ピアスの耳の次は電話、その次は工場の壁のスプレーの落書きへ。目まぐるしく興味が移っていくレンに、2人は底知れない恐ろしさを感じていた。

 

「こういうところで走ったことないんだよね。まだまだ世界は広いなあ。……ちょっとわたし、走りたくなっちゃった。…………あっ」

 

 今初めてそこにいるのを認識したような視線がピアスとマスクを捉える。

 

「そこのお二人さん、ちょっと走ろう?」

 

 まるで腹が減った肉食動物の目の前に、偶然獲物が通りがかったようだった。もちろん獲物はピアスとマスクだ。

 

 よだれを垂らさんばかりの肉食動物は、2人から視線を外さないでいた。

 

「……ア、アネキ……あたし、あ、脚が……」

「ッ!?」

 

 マスクの脚は震えていた。

 

 ピアスの脚も震えていた。

 

 

 両者にとって人生で初めての出来事だった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 クラブのトレーニング終わり、仕事が一段落した午後10時ごろ。

 深尾とアンナ……アダイヤーは2人でパソコンのモニターを食い入るように見ていた。

 

「マジか……」

「すごい大物ね」

 

 モニターにはURAからのメールが表示されていた。URAが企画している特別コーチの派遣についてだった。

 

 その特別コーチの派遣とは、応募があったクラブから抽選で現役または引退した有名ウマ娘を派遣して1日コーチングや交流会をしてくれると言うものだ。今年もFKBとして応募し、その結果がメールで届いたのだ。

 これまで何回か応募して一度当選したことはあるものの、その時に派遣されたのはGⅢを勝ったウマ娘だった。

 

 それが今回、受かったことも多少は驚いたのだが、派遣されるウマ娘の名前を見て2人は目を疑っていた。迷惑メールかと思ったほどだ。

 

 そのメールには──

 

「ウオッカ……かよ」

 

 ──GⅠを8勝したウマ娘の名が書かれていた。

 

 

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