「同い年なんでしょ? スカーレットでいいわよ」
「分かった。そっちもパーマーでいいよ。……ここで立ち話もなんだし、入ってきなよっ」
「「行こー!」」
「えっ、ちょ」
幼いウマ娘2人にそれぞれ両手をグイグイと引っ張られ足が前に出ていく。
「あっ、あたしボール取ってくる!」
「気を付けなよー」
「うんっ」
さっきアタシに謝った短髪のウマ娘が道路の向こうへ転がっているボールを取りに行った。ちゃんと道に出る前に左右を確かめてからボールを回収していた。
ウマ娘たちに引っ張られ、先導するパーマーに続いて駐車場からグラウンドへ入っていく。アスファルトの地面から土の地面に変わり、その先にはウッドチップが敷き詰められたレース場……というよりは、クラブがやっているのならトレーニングコースと呼ぶべきだろうか。
「広い……」
思ったより広い。テレビやネットで目にする東京とか京都レース場とは比較にならないものの、ラチのあるコースだけでヒトの陸上競技場のトラックぐらいの大きさはあった。
「ささ、こっちこっち」
パーマーはグラウンドに入って右手に設置してあるベンチに座り、自身の隣をぽんぽんと叩いた。
「ええ~パーマーちゃん走らないの~? スカーレットちゃんは~?」
ウマ娘たちは引っ張ていた手を離してくれたが、口をとがらせていた。
「ごめんね、ちょっとその前にスカーレットとお喋りさせてくんない?」
「ちぇ~。わかったよ」
「先にみんな遊んでていいよ。あ、ボールはもう今日はやめとこっか。コーチもいないからさ、危ないことはしないこと。約束守れる人~?」
「「は~い」」
ウマ娘たちはコースに出ると走って遊び始めた。単に走るだけじゃなく、ドロケイや氷鬼などの遊びもしていた。みんな伸び伸びと体を動かして生き生きとしていて、本当に楽しそうだった。
そんな彼女たちを見ながらアタシはパーマーの横に腰を下ろした。
「とりまさ、連絡先交換しない?」
「いいわよ」
そうしてお互いのLANEアドレスを交換した。
「今日はコーチたち用事があって練習は休みなんだ。普通はコースも閉めるんだけど、私が監督役するなら親が共働きの子のために迎えが来るまでコース使っていいって許可してくれたの」
目を細めてウマ娘たちを見ていたパーマーがこちらを向いた。
「てかスカーレット、すごい頭いいんだねー」
「へ?」
「だってほら。その制服。東高のじゃん」
彼女はアタシを指さしていた。正確に言うなら、アタシではなくあたしが着ている制服を指さしていた。
アタシの通う通称“東高”は県内でも5本の指に入る進学校だ。偏差値的にこの地域では間違いなくトップ。ちなみに公立校だ。
「別にそんなことないわよ。たまたま受かっただけ。パーマーはどこの高校?」
「私? 私はね──」
彼女の口からあたしと同じ市にある私立のお嬢様学校の高校の名前が出た。この辺では“女学院”と呼ばれている。
とすると、女学院に通う彼女もまたお嬢様だということ。先程感じた品の良さはやはり気のせいではなかったようだ。
「ま、私の高校なんてどうでもいいじゃん。本題に戻すけどさ、本当のところはどうなの?」
「本当のところ?」
「クラブに入会したくて来たんじゃないの? 何の用もないのにフツー来ないじゃん、こんなとこ」
「いやまあ……そうね……」
確かに住宅地の奥の方にあるここに何の用もなく来る方がおかしいのだろう。他に何か店や施設があるわけでもないし。
……別にやましいことがあるわけでもないので、正直に偶然たどり着いたことを言おうと──
「オイッ!」
──したら、入り口の方からドスの効いた女の声がした。
目を向けると、見るからにガラの悪そうな恰好をウマ娘2人が駐車場からグラウンドへ入ってきた。
前を歩くのは大量のピアスをウマ耳に留まらず頬や鼻、口の周りにつけている金髪のウマ娘。後ろを歩くのは眉毛がなくマスクをしていて、ピンクと青のツートンの髪をオールバックにしているウマ娘だった。2人とも似たような黒のジャージを着ていた。
不良のような見た目の彼女たちは遊んでいるウマ娘たちへ近づいていった。
遊んでいたウマ娘たちは凍りついたように動きを止めている。
和やかだった空気が一変し、不穏な空気に場が支配される。
「……」
隣にいるパーマーがベンチからわずかに腰を上げ、警戒感を露わにしていた。更には耳を大きく引き絞っていた。
「パーマー、あの人たちこのクラブのウマ娘?」
「違う。知らないよあんな人たち」
と言うことはこの2人は部外者だ。それもあまり良くない方の。
「オイコラッ!!! ここのクラブにいるのは分かって……あ?」
コースまで入ってきたピアスのウマ娘……名前が分からないので仮に“ピアス”としよう。彼女が周囲を見回していた。
「クソガキしかいねえじゃん!!! どうなってんだよ、アアッ!?」
ピアスのウマ娘はマスクのウマ娘の耳をつねり上げる。マスクのウマ娘の名前も分からないので仮に“マスク”としておこう。
「いてて、アネキすんませんッス! でも予定じゃ今日はトレーニングあるって……」
「言い訳は聞いてねえってんだよボケが!」
「いでででで! 自分が悪かったッス!」
ピアスはつねり上げた耳に大声で怒鳴りつけていた。
幼いウマ娘たちは粗暴な行為を目の当たりにして目を背けたりびくっと体を震わせていた。
「ごめんごめん。あのさ」
「アアッ!? 誰だお前」
パーマーが不良2人と幼いウマ娘たちの間に入った。先程の警戒感を隠して、あくまで柔和に対応するようだ。
「私はパーマー。……何か用かな? よかったからこっちで話しな──」
「うっせよクソボケがッ!!! 邪魔すんじゃねえ!」
「なっ!?」
ピアスはパーマーを交わすと、鬱憤を発散させるようにバ場を蹴り上げた。すると飛び散った大量のウッドチップが幼いウマ娘たちへ散弾銃のように向かっていった。
「いたっ」「あう」「やだああ、うええええ」「あ、ああああ」「っ……」
蹴り上げられたウッドチップを受けた幼いウマ娘たちはパニックになったようにその場から逃げだした。
流石にこれは度が過ぎている……!
「っ!? スカーレット、その子たちお願い!」
「ええ! みんな、こっちよ!」
バラバラになりそうだった彼女たちを呼んで集める。
「大丈夫? チップが目に入ったりしてない?」
屈んで一人一人の状態を確認する。ウッドチップが当たって肌が赤くなってる子は何人もいたが、目に入ったり怪我をしている子はいないようだった。
「良かった……。みんな、アタシの後ろに隠れてて」
アタシは不良どもから彼女たちを庇うように立ち位置を変えた。
当の不良どもとパーマーが話を続けていた。
「これ以上変なことするなら警察呼ぶよ……!」
「ハアッ!? ウチらがサツにビビるとでも思ってんのか、アアッ!?」
パーマーは凄んでくるピアスにたじろぐことなく、真正面から対峙していた。
「……なんでここに来たの?」
「ンなもん決まってんだろが──」
ピアスがパーマーとの物理的距離を更に縮めた。
「“クロヒョウ”を出せって言ってんだよゴラッ!!! ここにクラブにいるのは割れてんだよッ!!!」
「……はあ? 何言ってんの。クロヒョウ?」
あまり話の要領を得ないが、今の言葉から察するにどうやらそのクロヒョウなる人物を探しにここまでやって来たようだ。
パーマーは訝し気な目で彼女らを見ていた。
「…………みんな知ってる? クロヒョウって人」
アタシは後ろにいるウマ娘たちにこそっと尋ねたが、5人全員が首を横に振った。
「シラ切る気か、アアッ!」
「話が見えないだけ。誰、クロヒョウって。そんな人このクラブにはいないよ」
「知らねえとは言わせねえぞ!!! ウチのチームのメンツをぶっ潰したあのクロヒョウに決まってんだろうがッ! おい、もしかしてお前がクロ……ンン?」
ジロジロと品定めをするかのようにピアスはパーマーに顔を近づけていた。
「お前どっかで……」
「……パーマー………………あっ! アネキ、こいつ──」
マスクが何かをピアスに耳打ちした。それを聞いたピアスは少し驚いた後に納得がいったように頷いていた。
「おお、そうだそうだ! ……やっと思いたしたぜ。お前──」
ピアスがパーマーの方を向いた。その口元は大きく歪んでいた。まるで獲物を追い詰めた肉食動物のようだった。
「──メジロパーマーだろ?」
「っ!? なんでっ……!?」
パーマーの様子はピアスの言葉を否定していなかった。
ということは、彼女の名前はパーマーではなく正しくはメジロパーマーなのだ。
レースをそれほど明るくないアタシでも“メジロ”の名は知っている。メジロ家とはレース界でその名を轟かせている名家で、一族からは多数の名ウマ娘を輩出している。この名前が付く以上、彼女もメジロ家のウマ娘なのだろう。
「当たり前だろぉ? なんせウチはお前と同級生だったからなあ……!」
「同級生って…………まさか……」
「おうよ! お前と同じで、ウチらも元トレセン生ってわけだ」
パーマーが明らかに怯んだ様子を見せていた。これまで気丈に対応していた彼女が動揺していた。
「…………」
次々に明らかになる真実に置いて行かれそうになるが、冷静に情報を整理する。
パーマーの本名はメジロパーマー。おそらくかの有名なメジロ家のウマ娘。
ピアスの発言によると、この3人は元々トレセン学園に通っていたウマ娘。しかもパーマーとピアスは同級生。関係性から察するにマスクは一つか二つ年下といったところだろうか。
しかしなぜパーマーはこれほどまでに動揺しているのだろうか。元トレセン生なんて経歴、誇りに思うことはあっても恥じることは無いはずだ。トレセンに入れるとは即ち競走者として屈指のエリートであることを示すのだから。
「知ってるぜえ、メジロパーマー。お前は有名だったからなあ……!」
「な、なにを……」
──アタシの心の中の疑問に、ピアスは答えようとしていた。
愉快そうに歪められたピアスの口から赤い舌が覗いた。舌の上の銀色のピアスが鈍く光っていた。
「メジロパーマー……お前、“メジロの面汚し”って呼ばれてたよなあ……!」
「っ……」
ピアスとずっと向き合っていたパーマーの顔が下を向いた。垂れた前髪で目元は伺えないが、口元は引き結ばれていた。
「あの名門メジロ家のウマ娘のくせに、模擬レースでも選抜レースで一個も勝てねえ! ライアンやマックイーンは凄えのに、落ちこぼれのお前は負けてばっか!」
「そりゃスカウトしてくれるトレーナーなんて一人もいないよなあ!」
「トレセンじゃある意味有名だったぜ。未出走に終わった、落ちこぼれのメジロ家のウマ娘がいるってよォ!」
「“メジロの面汚し”」
「“出来損ない”」
「“落ちこぼれ”」
「“期待外れ”」
「“失敗作”」
「んなこと言われてたもんなァ、可哀想に……ぷふッ…………カハハハッ!」
……話が見えてきた。
パーマーは俯いたまま肩を落とし背中を丸めていた。先程までの勇敢な姿の欠片も無い、卑屈な態度だった。
ピアスの言葉が真実だとするならば、メジロ家のウマ娘としてのパーマーは期待に答えられなかったのだ。そのことをコンプレックスに感じている。
……そんなところだろうか。メジロの名にコンプレックスを感じているのなら、アタシへの自己紹介で“メジロ”を意図的に省いたことにも納得がいく。
パーマーは俯いたままで、尻尾も耳も垂れ下がってしまっていた。
──心の内が沸々と煮えたぎっていた。
「退学したとは聞いてたが、まさかこんな地方で会うとはなァ。まあ、お前みたいなザコがクロヒョウのわけねぇな」
「………………」
アタシは事情を知らない。
だがピアスが放った罵詈雑言がどれだけパーマーを傷つけたか。それぐらいは理解できていた。
──許せない……!
そう思い至った時、体が自然に動いていた。
「……あ、何だお前?」
アタシはパーマーとピアスと間に入った。パーマーを庇うように立ち、アタシより背の低いピアスを見下ろして睨みつけた。
「謝りなさい!」
「ハア!?」
「パーマーに謝りなさいって言ってんの!」
「んだとゴラッ! 誰だお前!」
「アタシはダイワスカーレットよ。その足りない頭で覚えられるかしら?」
「ハア? んだとゴラアア!」
ピアスが至近距離でガンを飛ばしてくるが一切引かない。元より引くつもりなどない。この程度で引くような胆力はお生憎様持ち合わせていない。
「……んだよお前。チッ」
全く怯まないアタシに業を煮やしたのか彼女は顔を話して薄ら笑いを浮かべた。
「はンッ! ウチは事実を言っただけだろォ!」
「事実だとかそうでないとか関係ないわ! 謝りなさいよ! どんな理由があったって、人を傷つけていいわけないじゃない!」
「ハア!? 謝れ謝れってガキかお前!? 頭沸いてんじゃねえのか!?」
「……スカーレット」
パーマーがアタシの制服の袖を引いていた。
後ろを振り向くと、パーマーの
「ありがとう。私は大丈夫だからさ…………うん…………あはは……」
「……っ!」
泣きそうな笑みを浮かべたパーマーを見ると、余計に頭に血が上った。
「いいえ、駄目よ。さあ、そこのピアスとマスク、はやく謝りなさいよ! ……パーマーだけじゃなくて、傷つけたこの子たちにも!」
「ピアスだあ!? 何なんだよコイツ、しつけえな…………おっ、そうだ! ……ああ、いいぜ。謝ってやるよ」
「…………」
今更素直に謝罪するようなウマ娘でないのは分かっている。アタシは黙ってピアスを睨み続けていた。
「ウチらとお前ら2対2でレースしてお前らが勝ったらなあ!」
やはり条件付きか。そんなことだろうとは思っていた。
……レース、ね。
「ルールは簡単だ。4人の内1着でゴールしたウマ娘の方の勝ち。お前らが勝ったら土下座でも何でもしてやらァ! そんで二度とここには近づかねえ。ただし! お前らが負けたらクロヒョウを突き出してもらうぜえッ! あとここのレース場はウチらのチームのモンな!」
「へ? そんな──」
「ここウチらの縄張りにしてやらァ!」
「望むところよ」
「ちょっとスカーレット!?」
「二言はねえな?」
「当たり前でしょう。さっさと準備しなさいよ」
「いいぜぇ……後悔すんなよ!」
「ぷ、くくくっ……」
アタシが勝負を受けたのを見て、それまで会話に加わっていなかったマスクが笑い始めた。
「くくくっ、ぷははっ! オイお前! アネキはトゥインクルシリーズでオープンクラスまで行ったウマ娘だぞ!? 勝てるわけねえだろ!」
「あー……隠しててすまねえなあ……! ちなみにこいつも2勝クラスまで勝ち進んでるぜ。出走できずに終わったどっかのメジロの面汚しとはレベルが違えんだわ」
トレセン学園に入るだけで超エリートなのに、オープンまで勝ち上がれるウマ娘なんてエリート中のエリートだ。目の前のウマ娘がそうだとはにわかに信じがたいが、彼女の自信がその経歴から来るとするなら合点が行く。
だがそんなこと関係ない。
実力がどうとか、そんなことは全く関係ない。
「アンタたちの過去の栄光なんてどうでもいいわ。勝つのはアタシだもの」
「……お前……」
眉根を訝し気に歪めたピアスは、マスクの肩を引き寄せた。
「オイ。ダイ……あー、スカー……って名前知ってっか?」
「ダイワスカーレット、っスよね。いいや、聞いたことないっスけど……」
マスクがスマホを出して画面をタップし始めた。
「……そんな名前出てこないっスね」
「当たり前でしょ」
アタシはただ事実を口にした。
「出てくるわけないじゃない。だってアタシ、レースを走ったことなんて一度も無いもの」
「「……は?」」「……へ?」
その場が固まった。
不良2人だけでなく、パーマーまでもが呆気にとられた表情をしていた。
「……なによ?」
……なにか変なこと言ったかしら?
・メジロパーマー
走ることから逃げたウマ娘