それでもダスカは走らない   作:シェーク両面粒高

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第20話 黒い影

 ライダースーツにフルフェイスヘルメットをかぶった正体不明のウマ娘が、背後にある野良レース場を親指で指さしながらスマホで機械音声を流した。

 

「“レースをやろう。そっちが勝ったら何でも教えてやる”」

「なっ!?」

 

 唐突なレースの提案。それを聞いて思い出したのはやはりあのピアスとマスクのウマ娘たちだった。アイツらもレースで負けたら謝ってやるとか言ってきたのだ。

 

「……はあ。どうしてアンタらみたいなウマ娘はレースで何でも決めようとするのかしら。レースで勝ったら、レースで負けたらって……バカじゃないの?」

「“……”」

「アンタ、やっぱりあのピアスのウマ娘たちの仲間なんでしょ。言ってること同じだもの」

 

 間違いなくこのウマ娘はあの不良たちの仲間だと確信した。そして身長や身体つきから見るに、あの2人ではない。このウマ娘はアタシと同じか少し高いぐらいだが、あの2人は明らかにアタシより小さかった。

 それと身体つき。身体のラインが分かりやすいライダースーツを着ているので、どんなスタイルをしているか分かりやすい。スレンダーな体型をしているのは明らかだが、よくよく見てみると──

 

(脚の筋肉の盛り上がり、けっこう……いや、かなりあるわね……)

 

 ライダースーツの上から確かに盛り上がった下肢の筋肉が見て取れる。それでいて全体的にすごくしなやかさを感じる。身体だけ見ていると、相当走るのが速そうなイメージがあり、なんだか雰囲気がある。

 ……気づけばじろじろと彼女を見ていた自分がいた。気を取り直して、言葉を続ける。

 

「だいたい、アタシはクロヒョウじゃないって言ってるじゃない。なんで誤解してるのか知んないけど」

「“……”」

「ま、今更納得して聞き入れてくれるとは思ってないし。仮にレースをするとして、アタシが勝ったら何でも教えてくれるってのは分かったわ。アンタがどこの誰で、何の目的で冗談ではすまない悪戯をしたのかも教えてくれるのね?」

 

 まあ大体予想はついてるけど。アイツらの仲間なんだから、アタシにリベンジをしたいってことだろう。直接的な暴力に訴えてこないのはレースチームとして走りで決着をつけるってプライドからなのかも。

 

 彼女は頷いて肯定の意思を示した。

 

「それと、もしあたしが勝ったら、アンタとその仲間は二度とアタシやFKBに接触しないで。それが約束できるなら、レースしてあげてもいいわ」

 

 彼女は数秒固まったが、遅れて先程と同じように頷いた。

 

「いいわ。ならやってあげる」

 

 石を投げてきたので暴力沙汰にならないか心配だったが、レースで勝負を決めるというのならそれに乗ってやろう。さっさと走って勝って終わらせよう。

 

「レース条件は?」

「“このレーストラックは1周が大体1000mで、それを左回りで2周”」

「つまり左回りの約2000mね。いいわよ」

 

 2000mはクラブの模擬レースで何度も走っている。未だに1回も負けたことが無いどころか、最近では軽く走っても最低5バ身以上は差がついている。

 さっきの路上での走りではカバンを背負っていたことや公道だったこともあり後れを取ったが、クラブでのトレーニングを経て明らかに速くなっている今、全く負ける気がしなかった。周りの人たちからはトゥインクルシリーズに行っても十分通用するって言われてるし、アンナからはアマチュアの大会で全国にも絶対に行けるって言ってたし。

 

「着替えるわ」

 

 そう言うと彼女はアタシに背を向けた。なんか変なとこで律儀なのね……これで逃げたらどうするのよ。

 周りは山や森で囲まれて他人の目は無かったので、アタシはその場でクラブ用のトレーニングウェアに着替え、トレーニングシューズを履いた。そして最後に髪の毛をツインテールにした。

 

「アタシ、あんまり芝……草の上走ったことないからアップがてらちょっとスクーリングしていいかしら?」

「“こっちはアップ済んでるから準備が済んだら言え”」

 

 準備体操をしてからコースに出て、レースと同じように左回りで走っていく。地面は思ったより凸凹はなく走りやすく、草の丈もほぼ一定で脚抜きも悪くなかった。普段走っているウッドチップとは違い反発力があり、軽く足を出してもスピードが乗る。

 フォームを微修正しながらもう1周回りスクーリングを終えた。

 

「終わったわ。いつでもいいわよ」

「“スタートはあそこだ。来い”」

 

 第4コーナー出口あたりへ向かう彼女の後をついていった。直線を四等分するとして3/4ほどの位置に他の2倍ぐらいの背丈のあるラチが設置されており、そこがゴールだと彼女から教えられた。

 

「スタートは?」

「“お前が走り出してからスタートする”」

「……は?」

 

 予想だにしなかった答えだった。色々な考えが浮かび少しイライラとしてくる。

 

「……アタシ、舐められんの嫌いなのよね。それともあの2人みたいに卑怯なこと……そうだ。取り決め、必要なのよね」

「“……”」

 

 あの2人がレース前にルールの取り決めをするとかなんとか言っていた。卑怯なことをされたらこっちも困る。危なかった……思い出してよかった。

 アタシが取り決めをしようとしたが、彼女がスマホを操作していたのでそれを待った。

 

「“トゥインクルシリーズのルールで。降着や反則になることは禁止でどうだ”」

「え……」

 

 穴がありそうな取り決めならそこを突いてやろうと思ったが、意外な答えだった。アタシもそれでいいが、あまりにもあっさりとしていて逆に疑わしかった。

 

「……それでいいわ。もし変なことしたら即座に走るのやめるから。あと、スタートだけど……」

 

 アタシはカバンに入れていた財布から小銭を取り出した。あの2人がしていたスタートを真似する気でいた。

 

「アタシがこれ飛ばして落ちたらスタートで。いいわよね?」

「“…………”」

 

 彼女は頷いたのちにスタートラインへと足を向け、会話で使っていたスマホを内ラチの中に置いた。その流れでスタート位置は彼女が内、アタシが外になった。

 

 スタートラインに足を着けて、お互い片足を引き身をかがめる。

 

 右手の中で遊んでいた小銭を指に乗せ、内ラチへ向かって弾く。ピンッという小さな金属音と共に小銭は放物線を描き地面へと落下。そして──

 

「「────っ!」」

 

 ──誰も観客のいないレースが始まった。

 

 

 スタートからアタシが先手を取り、謎のウマ娘が後を追う形となった。

 

(分かってたけど、ヘルメット被ったままで走ってる……)

 

 ヘルメットの有無で視界や呼吸に影響はないのだろうか。風よけにはなるから逆に呼吸はしやすいのだろうか。そもそもヘルメットを頭や首に負荷が──

 

(っと! 余計なこと考え過ぎ。……レースに集中)

 

 逃げるアタシ、その5バ身後ろを彼女が追う。

 1周目は相手の様子を伺いながら自分なりのミドルペースにしてレースを運んでいく。この速度でもクラブのウマ娘はついて来れないが、彼女はぴったりと5バ身を維持しながら追ってくる。

 

 やっぱりクラブのウマ娘よりは格段に速い。

 

 そのまま1周目はペースを一定にして走った。時々後ろをチラ見しながら彼女の様子を確認していたが、ヘルメットで表情が見えないこともあり淡々と走っているように見えた。得体の知れなさというか、どこか不気味な感じがした。

 結局1周目において彼女は何もしてこなかった。ただ距離を保って走っていただけで、本当に何もなくレースは半分を終えた。

 

(様子を見られてるのかしら。……でも、実は追走でいっぱいいっぱいってこともあり得る……)

 

 いくつか可能性を考えつつ2周目へと突入したアタシはペースを上げた。

 

「ふっ!」

 

 ギアチェンジし、ハイペースへと。模擬レースにおいて勝負所で仕掛ける時のように加速する。草と土が巻き上がり、後ろへと飛んでいく。ウッドチップとは段違いの反発力により、いつもより速度が出ていた。

 模擬レースでパーマーを千切れる速度帯だった。あの不良2人だってついて来れないだろう。今のアタシなら1000m(5ハロン)はこのスピードで走れる。

 

(さあ、ついて来れてるかしら──)

 

 あえて後は気にせず1・2コーナーを回り向こう正面へと入ってから後ろを確認すると──

 

「……なっ!?」

 

 ──彼女が相変わらず5バ身差を維持して追走していた。

 

 驚きで思わず声が出て息が一瞬乱れる。慌てて呼吸を整えて走りに集中した。

 

 彼女は普通についてきている。しかもフォームとかも乱れもなく余裕そうに見えた。

 

(アイツ……! いや、落ち着きなさい)

 

 正直これでブッ千切れると思っていた。だから少し混乱したけど、自分にそう言い聞かせて平静を保った。

 レース前から雰囲気のあるウマ娘だったのだ、だからこれぐらい走れても何にも不思議じゃない。仮に不良チームのリーダー格なら、あの2人よりは速くて当然なのだ。

 ちょっと自分の力を過信しすぎたかもしれない。認識を改めないと。

 

 もう少しで向こう正面の半分が過ぎる。残りはあと600m(3ハロン)

 

(なら……出し惜しみはなしよっ!)

 

「っ、はああっ!」

 

 クラブの模擬レースでは意識的にかけていたリミッターを外した。

 

(ここから600m(3ハロン)、今のアタシの全力を出して走ってやるわ……!!!)

 

 踏み込むパワー、そして脚の回転。そのふたつをマックスまで上げた。

 流れる景色が今までの比じゃないぐらい速い。身体にぶつかる風だって今までで一番強くて、気を抜けば上体を後ろに持っていかれそうだ。

 

 

 正真正銘、今のアタシは本気で走っている──! 

 

 

 後ろは気にせず自分の走りだけに注力し、3コーナーと4コーナーを超えて直線へと入っていく。後ろからあのウマ娘は来ていない。

 あとはゴールまで最後の直線を走り切れば、アタシの勝ちだ! 

 

 

「はあああああっ!!!」

 

 

 世界を置き去りにする。

 

 アタシだけが先へと進んでいる。

 

 

 ──満たされていた。

 

 

 ──一種の全能感みたいなものがあった。

 

 

 ──世界で一番速い気だってした。

 

 

 ──最初から最後まで一番で駆け抜けれるのだと疑わなかった。

 

 

 

 だから。

 

 

「はあああああああああっ──────ぇ」

 

 

 最後の直線、残り半分ぐらいの地点。

 

 

「え」

 

 

 世界が止まる。アタシが止まる。

 

 アタシという存在が風景に縫い付けられ、固着した世界の中で、動く黒い影がただひとつ。

 

 

 黒い影がアタシを置き去りにする。

 

 

「は?」

 

 

 

 並ぶ間もなく交わしていく黒い影の存在に対し、理解が及ばない。

 

 

 

 それが豪脚で駆けていく彼女だと理解できたのは、逆に5バ身以上の差がついてから。

 

 

 

 彼女が通り過ぎてから風が吹き、世界が動き出す。

 

 

 

「ぐっ! ふっ、はあああっ!」

 

 

 

 遠ざかる背中を追う。

 でも、全く追いつかない。

 追いつかないどころか、離れていく一方で。

 

 

(うそ、うそ……)

 

 

 

 つけられた差は5バ身どころではなく、大差。

 

 

 

 恐るべき末脚で差を離していく謎のウマ娘の前に──

 

 

 

(アタシ、負け──)

 

 

 

 ──アタシは敗北した。

 

 

 

 惨敗だった。

 

 

 

 レースで初めて負けた。

 

 

 

 

 アタシの中にあった自惚れとかプライドが音を立てて瓦解した。

 

 

 

 

「はあっ、はっ、はっ……ぐ、ふうっ……」

 

 

 

 ゴール後、息が整わない。苦しすぎて、膝をつき座り込んでしまった。

 

「“……”」

「はっ、はあっ……! な、なによ……!」

 

 酸素に喘ぐアタシの元に彼女はやって来た。肩や胸は全く上下しておらず、アタシとは対照的に全く息は切れていないようだった。

 ……違い過ぎる。何もかも。

 

 

 見下す彼女。見下されるアタシ。

 

 

 彼女はスマホを操作し、そして──

 

 

「“その程度かよ。がっかりだ”」

 

 

 ──そんな言葉を残して、アタシに背を向けた。

 彼女は走ってレース場へと来た道へと向かっていくと、入り口近くの茂みに隠すように置いてあった黒い何かに手を触れた。

 

 それはバイクだった。いかにも速そうな、スポーツ型のバイクだった。

 

「ま、待ちなさいっ……ごほっ、ごほっ……」

 

 まだ息が整わないうちに大声を出したせいで咳き込んでしまった。気合で立ち上がろうとするが、力が入らない。どうやら腰が抜けてしまっている。

 

(腰抜けてって……ダサすぎでしょアタシ……!)

 

 彼女はバイクに前傾姿勢で跨るとエンジンをかけ、轟音を響かせながらあっという間に姿を消した。

 

 この原っぱのレース場にへたり込んでいるアタシだけが残された。

 

 

「なんなのよ……なんなのよおっ! もうっ!!!」

 

 

 彼女の目的や、何がしたかったのか全然分からない。

 

 

 ただ分かるのは、強烈な敗北感がアタシに刻まれたということ。

 

 

 彼女の走りが目に焼き付いて離れない。まるで肉食動物かのように伸びやかに走る──

 

 

 ──そう考えて、ひとつの可能性が頭に浮かんだ。

 

 

「……クロヒョウ……?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 しばらくすると普通に立てた。

 

 結局FKBには私用でトレーニングを休むと連絡し、自宅へ向かって帰っていた。トレーニングをする気には全くなれなかった。着替えもせず、スポーツウェアのまま歩いていた。

 深尾に伝えてておくべきだと思ったけれど、負けたレースのことを言うのが嫌だった。

 

 帰り道、頭の中には謎のウマ娘とのレースがずっと頭の中でリピートされていた。再生されるたびに、負けたという屈辱が上塗りされているようだった。

 

 そうして気づけば自宅近くまで来ていた。俯き加減の視界に自宅が入りこんでくるのと同時に、隣の家の前に誰かがいるのが目に入ってきて、敷地に入る小さい門を開けようとしているところみたいだった。

 

「…………え?」

「……あ」

 

 隣の家……つまりアイツの家の前に、アイツがいた。ばったり会ってしまったという表現が正しかった。

 

「正英……」

「……スカーレット」

 

 1ヶ月ぶりに彼と対面した。

 

 ……彼女と別れたはずの彼と。

 

 

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