『すーちゃん、きのうひるえすたってとこに行ってきたんでしょ?』
『そうよ』
『…………すーちゃんも、おねえさんたちといっしょに行く?』
『…………』
『おねえさんたちといっしょにあっちで住むんだよね。…………いなくなっちゃうんだよね……』
『…………』
『すーちゃん?』
『行かないわよ』
『え?』
『だってアタシがいなくなったら、だれがまーくんをまもってあげられるの?』
『え……でも、すーちゃんは走るのが──』
『行かないって、ママにも言ったわ。だから、これからもずっといっしょよ』
◇
マネージャーとの彼氏彼女の関係は言い方が正しいかは分からないがつつがなく進行した。部活を終えた後や部活が休みの日には2人で出かけ、手を繋いでデートなんかもした。付き合うといっても手を繋ぐまでが限度で、それ以上進展することは無かった。進展させる気も無かった。
もちろん、俺の気持ちだって何も変わりなかった。マネージャーは良い子だとは思うが、それ以上の感情は結局生まれなかった。
マネージャーとの関係では特に問題は起きなかった。別の所で問題が起きた。スカーレットとのことだ。
どこでその情報を知ったのかは不明だが、すぐにマネージャーと付き合っていることがバレてしまった。
“アンタ女心とか分かんないだろうし、何かあれば相談に乗ってあげるわ”
あまり動じているように見えなかった。……それは当然で当たり前として、問題はそれから1週間ほど経った後のことだ。
ゴールデンウィークに彼女をカレー屋に誘った。以前約束をすっぽかしたことを俺自身気にしていたし、彼女にも申し訳なかったから。何より俺が彼女と行きたかったから。だが実際に誘うと。
“彼女がいるやつが、彼女以外の女子と2人きりで出かけるとかあり得ないから”
“アンタねえ! もう一回言うわよ。幼馴染だろうが彼女以外の女子と2人で出かけるのは駄目だって言ってんの。彼女に悪いとか思わないわけ? アンタそこまで無神経なやつだった?”
彼女の怒りを買う羽目になってしまった。まさかそこまで怒るとは思ってなかった俺は、慌てて取り繕ったが取り返しがつかなくなった。
そればかりか、あの言葉が彼女の口から放たれた。
“アタシたちなんてたまたま隣の家に生まれただけの他人なんだから”
……言われた直後もかなり効いたが、今思い出しても効いた。
確かに彼女の言うことも分からなくもない。だが気にしすぎではないかとも正直思った。少なくともあれほど過剰に反応されるとは思ってなかった。俺の失態だ。
加えて、そのカレー屋にはもう行ってきたと言うのだ。しかも2人で。
最近塾以外の日も帰りが遅いのは知っていた。俺が部活を終えて帰って来ても、彼女の部屋の電気がついていないことがたまにあったから。
新しい習い事を始めたのか、友だちと遊んでいるのか、それとも別の…………それこそ、彼氏でもできたのか。
友人から情報を探ったけれど、それらしい話は聞かれなかった。だからゴールデンウィーク明けぐらいに、俺は
◇
昼休み、教室で女友達と昼食をとっているスカーレットの姿を確認した俺は特別棟の端の部屋へと訪れた。
クラシックギターの音が聴こえる扉をノックしてから中に入ると、長机に脚を組んで座りギターを弾いている大藤三己がいた。
彼女は俺を一瞥だけして、ギターを弾き続けていた。
「いいか?」
「……いいところだったのに」
弾くのを止めた三己はギターを下ろして座っている長机に置いた。
「人気者の松城正英くんが、こんな辺鄙な所まで何の用だい?」
「……呼びつけたのは三己じゃないか」
「最初に連絡を取ってきたのは正英だ」
先日、俺は三己にLANEであるメッセージを送った。
彼女はスマホをこれ見よがしにひらひらと振った。
「“スカーレットについて教えてほしいことがある”……だったかな?」
「俺がそう送ったら、“教えてほしかったら昼休みにここに来い”って三己が……」
「ああー、そうだったそうだった」
わざとらしい口調で三己は言った。
「スカーレットは教室にいたから、いいか?」
「この時間になっても来ないなら今日は絶対に来ないだろう。で、何を訊きたいんだ?」
「この前スカーレットと2人でカレーを食べに行ったか?」
「は? それが教えてほしいことか?」
俺が頷くと三己は一瞬眉を顰めたが、すぐに表情を元に戻した。
「私は行ってないよ」
「……そうか」
「けど、誰と行ったかは知っている。スカーレットが言ってたからな」
「え!? 本当か?」
思わぬ返答だった。
「誰か知りたいか?」
「ああ。教えてほしい」
「教えてやってもいいが条件がある。正英が私の言うことを聞いてくれるなら、だ。どうだ?」
「……なんだって?」
薄く笑っている三己からして、その“言うこと”が良い話とは思えなかった。
「内容によるとしか言えないよ。現実的じゃないことは無理だ」
「もちろん正英が出来る範囲でだ。……なんでマネージャーと付き合ったんだ? 理由を教えてくれ」
「…………」
真意を測りかねるなか、他の人間に明かしている範囲で答えることにした。
「彼女に告白されたからだ。良い子だったから。俺もオーケーって返事を──」
「好きでもないのに? 正英が好きなのはスカーレットだろう?」
思わず口を噤んだ。
「そもそもだ、好きでもない女が誰とカレーを食べに行ったかなんて普通は気にならないだろう? こうして聞きに来てる時点で答えを言ってるようなものさ」
……そう言われたら、そうかもしれない。
「それに幼い頃はあまり交流がなかったとはいえ、昔からの幼馴染なんだ。今のことがなくてもそれぐらい分かってたよ」
「……はは、何を──」
「はぐらかすな。……あともうひとつ。その気持ち悪いヘラヘラとした外面をやめろ。はっきり言って不快だ」
「っ!?」
俺が
「……知ってたのか」
トーンを一段階落とした声が俺の口から出てくる。繕わない、普通に喋る俺の声だ。
「なんだ、やっぱりそうだったのか」
「……は?」
「適当なハッタリだったんだがな。小さい頃の泣き虫だった君ならともかく、小学校高学年だか中学だかでサッカーで揉めた君と今の君はどうしても一致しなかったからな」
「……なんでその話を知っている?」
一層声が低くなる。あれはチーム関係者以外知らない出来事のはずだ。
「私の親戚もサッカーをやっててね。君と同じチームだったんだよ。だから話を聞いたんだ。まあでも、私の親戚は君に同情的だったぞ。あれだけ実力差があれば俺たちに期待しないのも仕方ないって。サッカーの君と学校でのクラスでの君とは随分違う性格だったみたいじゃないか」
彼女は続けてその親戚の名前を口にした。小学校は違うが、少年サッカーと中学の部活で一緒だった一つ上の先輩の名前だった。
……サッカーが指数関数的に上手くなっていった頃の俺は、はっきり言って高慢だった。勝ちたいという気持ちが強すぎて、地域の普通の少年サッカーなのに、周りに自分と同じような動きの要求をした。結果、期待できないと分かった俺はDMFなのに前に出るワンマンプレーに走った。そのことで一時期サッカーでチームメイトやコーチと頻回に揉めたのだ。
中学でも部活に入りたての時に同じようなことになってしまい、これでは駄目だと思った俺は性格を取り繕うになった。それ以降は、スカーレット相手に良いように見られたくてずっと演じていた八方美人的な外面をサッカーでも使うようにした。
普段の学校生活は最初から問題無く、元々“サッカーがものすごく上手い”という情報があるだけでサッカーに関係ない人たちは良いように見てくれていたにせよ、より意識してその外面を使うようにした。
謙虚に、相手を尊重し、自分をひけらかさず、周りと波風を立たせず、人畜無害な男子を演じていた。中学2年ぐらいからはサッカー部でも周りから見る目が変わったし、同じ中学の人間が3人しかいない高校ではあの頃の俺を知っている人はもういなかった。
「で、話を戻すがなぜマネージャーと付き合ったんだ」
「……それは話せない。俺に関わることならいいが、俺以外の事情だからだ」
「…………」
「ただ、近々別れる予定だ。そういうことになってる」
「は? ……それ、スカーレットには」
「言ってない。言えるわけないだろ。別れること前提で付き合うなんて、スカーレットは絶対に怒るし。嫌われたくないんだ」
もう既に怒らせてしまった後ではあるが。
「あのな、ひとつふたつアドバイスしてやろう」
「アドバイス?」
「悪いことは言わない。マネージャーとあったこと、ちゃんとスカーレットに話した方がいい。絶対に、包み隠さず、なるはやでだ」
……今言えるわけないと言ったばかりなんだが。でも彼女の言葉は力強かった。確信があるようだった。
「もうひとつ。その外面を取っ払って素の正英でスカーレットと接してみろ。これは条件だ。これを飲んだらカレー屋に行った相手のこと教えてやる」
「……できるわけないだろ」
「そっちの方がいいと言ってるんだ。絶対に」
「…………自分が高慢な奴だってのは分かってる。スカーレットはそんな奴絶対に好きじゃない。それとも何か根拠があるのか?」
「女の勘だ」
何の根拠もなかったようだ。
「私を信じろ。その方が君とスカーレットにとっていい方に転ぶ」
「……すごい自信だな」
「絶対だ。なら訊くが、それぐらいでスカーレットはお前を嫌うようなやつか?」
それとこれとは話が別な気がする。でもここまで自信満々に言われたら……
「今、スカーレットと距離あるんだろう? 放っておいたら、お隣の男の子なんて気にもせずそのまま離れていくぞ」
「…………」
隣に住んでるだけの他人と言われたうえに、まともに会話もしなくなった現状。現実味を帯びたその予測は、その言葉は耳に痛かった。
早く手を打つべきと思うだけで何も思いつかなかったが……それで大丈夫なのだろうか。
「そもそも、ごはんに行った相手を知りたいぐらいで私に話を聞きに来るなんて、君も大概だな。そんなに焦ってるのか?」
「……うるさい」
既にかなり疎遠になっている。こんなに話さなくなったのは生まれてから初めてだ。
「…………俺のことを話すの、本当に大丈夫なんだな」
「絶対だって言っただろう」
「……分かった。検討はする」
「ま、それでいいか。ならカレー屋に行った相手のことを教えてやろう。良かったな。相手は同い年の女子だ。誰だかは自分で聞いてみるといい。それで十分だろう?」
相手が女子だと聞いて、安堵する自分がいた。胸のつかえが少し取れた。
「さあ、話は済んだか? ならさっさと帰ってくれ」
もう話すことは無いと言わんばかりに、三己は鼻歌を歌いながらギターを弾き始めた。
自身の世界に没頭し始めた彼女を一瞥してから部屋を後にした。
◇
「~~♪ ~~♪!」
ギターと鼻歌が終わる。時計を見れば予鈴まであと数分。
「ふう。……このまま正英が偽ってても進展ないだろうしな。正直になってもらおう。しかしこうもお互い分からないものかね」
正英とスカーレット、2人に共通してるのは、お互いがお互いの気持ちに全く気づいていないということ。鈍いとか超えてるレベルで。
「恋のキューピッドは柄じゃないんだけど」
ギターを弓に見立てて、引っ張った空の弦を中空で離した。
◇
小さい頃のことだ。幼い彼女は頼りない俺の面倒を見てくれるために、ここにいることを選んだのではないかという思いが胸の奥底にあった。
だから彼女は今ここに普通のウマ娘として
“あははっ!”
あんなに楽しそうに、速く走っていた幼い頃のスカーレット。
走るのが大好きだったスカーレット。
そして名門ヒルエスタアカデミーの熱心なスカウトを断ったスカーレット。
でもスカーレットは…………たぶん、走りたかったんだと思う。走るべきだったんだと思う。姉2人と同じように、トレセンに入ってレースの世界へ足を踏み入れるべきウマ娘だ。
何より彼女はそうしたかったんだと思う。幼い頃の彼女を見てそう思わない方がおかしい。彼女の母親がヒルエスタに連れて行ったのだって、あまりにも楽しそうに走るからだって俺の母経由で聞いたのだ。
彼女がそうしなかったのは──
──おそらく、幼い俺のせいだ。
自惚れ、と思われるかもしれない。事実そう考えるのは自惚れ以外の何物でもない。だが大きい要因のひとつだと俺は確信している。
当時は俺のことを頼りない子どもだったから、世話焼きで優しい彼女は俺の面倒を見てくれていた。幼い彼女はその感情の延長で、ここにいることを選んでくれたんだと思っている。
ものすごく弱気で引っ込み思案。クラスメイトにちょっかいをかけられて毎日のように泣いていた。いじめまではいかなかったけれど、すぐに泣くのを面白がられて余計にちょっかいをかけられていた。
そんな俺に手を差し伸べてくれたのは、
俺がスカーレットに特別な感情を抱くのにそう時間はかからなかった。
泣き虫な自分が嫌だった。冴えない自分が嫌だった。
そんな自分が嫌で少年サッカーを始めた。偶然、町内の掲示板でチラシを見たのがきっかけだった。学校でいたずらをしてくるクラスメイトも少年サッカーいたけど我慢した。思いもしなかったが俺にはサッカーの才能があり、年齢別の日本代表候補にまで選出されるようになった。それで沢山の学校やクラブユースのスカウトが来るようになった。
全て断った。
彼女と一緒にいたかったのもある。でも何より、走りたくてレースの世界に身を置くべきであったスカーレットにあの選択をさせた要因のひとつであろう俺が、そんなことできるはずがなかった。
だから彼女が俺を『隣に住んでるだけの赤の他人』だと言ったとき、悲しいけれど少し救われた気持ちになった。俺のことを気にかけないってことだからだ。
スカウトを断って、周りの人間やスカウトの人からは色々なことを言われた。もったいないとか、ユースに行くべきだとか、ある厳しいスカウトには才能をドブに捨てるのは罪だとまで言われた。
実は日本代表にも選ばれる予定だったが、事前に断りを入れておいた。実力アップのためにナショナルトレセンの練習には行ったが、ハナから代表のユニフォームを着る気は無かった。こんな不義理を働いたから、そういう集まりにはもう呼んでもらえないだろう。実際、それ以降もう呼んでもらえていない。
話を今へと戻すと、マネージャーと付き合ってカレー屋の一件があってから俺たちは疎遠になった。一緒に帰りたかったし、LANEをしたり夜は前みたいに窓を開けて話したかった。でも彼女のあの様子を目の当たりにした以上、どう対応したらいいか分からなかった。
そのままズルズル行き、彼女の誕生日にも呼んでもらえなかった。マネージャーと別れてからなら前みたいに接してくれるだろうと思い、予定の日が来るまで待った。
マネージャーとのお試しでの付き合いから1ヶ月が過ぎ、この前の休日が別れの日だった。最後のデートをした後に、これ以上彼氏彼女の関係は続けられないと伝えた。
「そっか。でも、お試しだと分かってても楽しかったし、嬉しかった。松城、ありがと」
「……すまない。俺がフったことにするから」
「無理言ったのはこっちなんだから、謝らないで。ああ~悔しいなあっ。松城を振り向かせることできなかったかあ。……ねえ、松城」
「なに?」
「告白した上にこんなことになっちゃってあれだけど、これからも普通に友達でいようね。別れたってなったら部活の皆、気を使ったりすると思うからさ。変な空気にだけはしたくないんだ。だから私たち合わなかったって感じで。だからどっちがフったとか無し。おっけー?」
「…………分かった」
「そんな顔しないで。なんかもっと悲しくなって泣いちゃうかもと思ったけど、割とすっきりしてるんだ。……それじゃあね。また明日、部活で!」
そう言って彼女はくるりと身を翻して去っていく。
俺も踵を返し歩を進め……10歩ほど歩いたところで、振り返ると──
──下を向いて、顔に手をやり何かを拭いながら歩いているマネージャーの後ろ姿があった。
「…………」
やっぱりお試しなんてするべきじゃなかったと、遅すぎる後悔が襲った。
彼女と別れたことをそれとなく周りの数人に伝えると、あっという間にその事実は広まった。部活含めた周りから様々な反応はあったものの、普通に接している俺たちを見て少し安心した空気が流れていたことを察していた。
そんなことがあった翌日、部活を終え自宅にたどり着いたとき、通学の駅からの道とは逆方向から誰かがやって来た。
「…………え?」
「……あ」
スポーツウェア姿のスカーレットだった。
どうしてその服装をしているか意味が分からなかったが、それよりも久しぶりにこうして直接会ったことの方が頭の中の大半を占めていた。
「正英……」
「……スカーレット」
お互い、家に入る直前で固まっていた。
◇
アタシと正英はお互い見つめ合ったまま石のように固まっていた。
何か話そうと口を開きかけて閉じる。何を言ったらいいのか分からず、そんなことを繰り返していた。
横たわるなんともいえない空気を破ったのは正英の方だった。
「……なんかこうして会うの久しぶりだな」
「そうね……」
「ところでさ、その格好どうしたんだ?」
「格好って……あっ!?」
スポーツウェアを着た自分の体を見下ろし、無性に恥ずかしくなった。
「それと髪も」
「髪? ……あっ!?」
頭に手をやると、いつものストレートロングの感触は無く、変わりにツインテールが触れた。髪型もそのままで帰ってきたようだ。
「イメチェン? 小さい頃してったけ? なんか新鮮だな」
「っ!? 何いってんのよバカバカ!」
慌ててゴムを外しいつものストレートロングへと戻す。クセがついたところを手櫛で梳いて急いで整えた。
なにもかも疎遠になる前と変わらない。正英も、この会話の感じも。
いい感じに肩の力が抜けていた。焦燥感みたいなものも霧散していた。だからすんなりと話を切り出すことができた。
「はぁ~……ねえ」
「ん?」
「アンタ、あの子と別れたって本当?」
「マネージャーとのことか。ああ、別れたよ。この前の休みの日に」
何でもないことのように言う彼を見て、彼がどこか遠くへと行ってしまったように感じた。
男子と女子が付き合ったり別れるって、もっとこう……大きいことのように思うのだ。なのにこんな反応……恋愛というか、付き合うってことに慣れたからだろうか。
そう思うと胸がチクッと痛んだ。
「……どっちがフッたの?」
「どっちもフッてない」
「へ?」
「お互い色々合わないとこがあってさ、これ以上付き合うのもどうかなってなったんだ。喧嘩とかはしてなくて、言い方変だけど円満に別れた。友だちに戻ったって感じだ」
……なんか、いっちょ前の男みたいだ。いやまあ確かに、誰とも付き合ったことのないアタシに対して、コイツは付き合ってたんだから恋愛的な意味ではアタシより経験値が上ではあるのだけれど。
友だちに戻ったってところは何か引っかかるけど…………別れてくれたらそれで……うん、いいんだ。そう思うことにした。
「ほんとなの~? アンタ、気づいてないだけで嫌われるようなことしたんじゃないの?」
「あはは、かもな。あの子優しいから」
「だから相談しなさいって言ったのに。あの子と手を繋いでるアンタ、本当に幸せそうで──」
「は?」
正英の遊びの無い声がアタシの声を遮った。驚いて彼の顔に目をやると、先程までの愛想笑いは消え、真顔になっていた。
思いもしなかった反応に驚きを通り越して少し怖くなった。こんな顔、あんまり見たことない。
「いつ見たんだ」
「えっと……アンタがアタシに付き合ったって言った日だけど……」
「どこで」
「は、はあ? ……校門から出てくるところよ。……どうかしたの?」
「…………」
彼は真顔を崩さない。まるでアタシを信じられないものでも見るかのような視線で、居心地の悪さを感じる。何よりこの反応の意味が分からない。
「…………ちょっと、ショックだ」
「え……?」
ぽつり、と彼はそうこぼした。
わずかに、苛立ちをにじませて。
そんな彼を見るのは久しぶりだった。
「正英……?」
呼びかけると彼ははっとした表情を見せ、いつもの感じに戻った。
「……ええっと、ごめん。なんでもないんだ」
「はあ!? でも今──」
「それじゃ、また」
会話を打ち切って彼は敷地内に入り、玄関へと向かっていく。玄関の扉に手をかけて開き、その向こうに消えそうになるその背中を──
「──待ちなさいっ!」
──アタシは追った。
「へ。は? スカーレット!?」
「“へ”、じゃないわよっ! 何よ今の反応っ!」
「いや、ちょっ」
「っ! 逃げるんじゃないわよっ!」
彼は慌てて靴を脱ぎ散らかして玄関を上がり、部屋のある二階へと繋がる階段を駆け上がっていく。アタシもその後に続く。
「なんで逃げんのよ!」
「スカーレットが追ってくるからだろっ」
階段に足を乗せたところで、リビングに繋がる扉から正英の母親が顔を出した。
「スカーレットちゃん!?」
「お邪魔します!」
「家に来てくれるの久しぶりねえ! 今日カレーなんだけどごはん食べてく?」
「いただきますっ!」
「じゃあスカーレットちゃんのママも呼んでみんなで食べちゃいましょうか。最近正英元気ないから、しゃきっと元気注入してあげて~」
「分かりましたっ!」
ドタドタと階段を上りきると、彼は自室に入りドアを閉めようとしていた。
「っ!」
「うわっ!?」
ドアを閉めて鍵をかけられる前に、扉をこじ開けて部屋の中になだれ込む。
彼が後ずさりして逃げているところに飛び付くように詰め寄って、一緒にベッドへ倒れ込んだ。アタシがベッドに正英を押し倒したような形になった。
ぼふっとベッドが揺れて、久しぶりに嗅いだ彼の部屋の匂いが鼻腔をくすぐる。
「さあ! もう逃げられないわよ! さっきの反応なに!?」
「いやスカーレット顔近──」
「なに! さっきの反応! アンタ、怒ってたでしょ!」
「それは……」
至近距離で睨みつけると、彼は顔を逸らした。
逃がすつもりはなかった。