それでもダスカは走らない   作:シェーク両面粒高

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第5話 チューリップ

 衝撃的な出会いではない。出会った日を覚えているわけでもない。

 

 なぜなら物心がついたとき……いや、それは誤りだ。物心がつく前から彼女は隣にいた。自分の手足と一緒で、そこに存在するのが当たり前だった。

 

 彼女は幼い頃からよく自分の家にいた。彼女の父親は海外で働き、母親が姉たちのレースのために家を空けるときに、娘の面倒を自分の両親にお願いしていたからだ。

 記憶の断片に残っている一番昔の彼女を思い出すと、自分の家のリビングにいる姿になる。まるで一枚の絵画のように、床に座ってこっちを見ている彼女の姿がずっと記憶に残っている。

 

 自分と両親にない耳と尻尾を持つ彼女を、当時の自分はどのように認識していたのか。今はもう分かるはずもない。

 

 けれど疑問には思っていたのだろう。時は流れ、お互い歩き回れるようになり、二言三言話せるぐらいまで成長した頃のことだ。……ああ、この時のことははっきりと記憶に残っている。

 自宅から持ってきたおもちゃで遊んでいる彼女の背後に自分はいた。ウマ耳はピコピコ動いていて、尻尾はブンブンと振られている。

 

『~~♪』

『…………』

 

 彼女の背後へ近づいた俺は──

 

『ひゃっ!?』

 

 ──ブンブン動く尻尾を両手で鷲掴みにした。

 すっかり動かなくなった尻尾をにぎにぎとする。さらさらした毛の奥に硬い尻尾本体の感触がある。先の方から根元の方へと縄を手繰るように触っていく。

 

『ま、まーくん……?』

『……』

 

 彼女はこちらを振り向くと、びっくりしたように目を見開いていた。

 俺は尻尾から手を離して彼女へ更に近づくと、彼女の頭の上にある二つのものに手を伸ばした。そして──

 

『ひぎゅっ!?』

 

 ──彼女の左右のウマ耳をそれぞれ手でむんずと掴んだ。産毛でふさふさとしていて、先っぽの方ほど柔らかい。握ったり触ったりする箇所を変えてぐにぐにと耳を触っていた。

 ……彼女が涙目になっていることに気づかないまま。

 

『……この』

『?』

『おたんこにんじんっ!』

『わあっ!?』

 

 彼女に両手で突き飛ばされて、俺は後ろへごろんごろんと転がっていった。

 

 その後のことは記憶にない。怪我は無かった、らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに時は流れて、保育園に通うようになった頃。

 お互いの母親との4人で近くの公園に来ていた。

 

『まーくん、きてっ!』

『うんっ!』

 

 いつものように駆け出す彼女のすぐ後を追う。

 

 でも長くは続かない。一人分、二人分と間が空いて、ついには息が切れて足が止まってしまう。

 

『も~おそいわよっ! おとこでしょ!』

『く、くっそお……!』

 

 この頃はなんとなくウマ娘がヒトより早いことは知っていても、自分が追いつけないなんて考えもしなかった。頑張れば追いつけると思っていた。

 足を止めて待つ彼女に追いつくと、また彼女は走り出す。さっきと同じように、しばらくしたらついていけなくなる。彼女は息一つ乱していない。

 

『はあっ、へっ、へっ……すーちゃん、むり……』

『もうっ! ……あたしひとりではしってくるっ』

 

 彼女は走り出す。俺は疲れてその場にぺたりと座り込む。

 

『……はあっ、はあっ……』

 

 遠くなる彼女の背中を眺める。公園の端まで行くと方向を変え、彼女の横顔が目に入る。

 

『やあっ!』

 

 風を切り裂き、短いツインテールを揺らしながら彼女は駆けていく。

 

『あははっ!』

 

 走る彼女は本当に楽しそうで。

 

 まるでそのままどこか遠い所へ行ってしまいそうで。

 

 

 だから俺は立ち上がって、走り出す。

 

 

『……すーちゃん、まってよ!』

 

 

 彼女……スカーレットに追いつくために走り出す。

 

 

『まーくんっ!? ……っ!』

『は、はやっ……』

 

 

 さらに速度を増すスカーレット。大きくなった背が一瞬で小さくなる。

 

 

 苦しい。

 

 

 脚が動かない。

 

 

 膝をついて俯いた。 

 

 

『はっ、はあっ、はっ、げほっ、げほっ……うっ……』

 

 

 ──俺はいつになったら走る彼女に追いつけるのだろうか。追いついて横へと並べる日は来るのだろうか。

 

 

『……だいじょうぶ?』

『はっ、はっ……すーちゃん……?』

 

 

 顔を上げると、遠くにいた彼女がいつの間にかすぐ目の前にいて、屈んで俺を覗き込んでいた。

 

 

『ごめんなさい……』

『……え?』

 

 スカーレットは俺の手を引いて歩き出す。

 

『……あっちのすなばであそびましょ!』

『う、うん……』

 

 手を引く彼女と歩調を合わせて一緒に歩いていく。

 

 ……違う。

 

 歩調を合わせてもらわないと、一緒に歩けない。

 

『……どうしたの? つかれてる? いたい?』

『ううん。だいじょうぶだよ』

 

 でも、こうして一緒に歩けている。

 

 引いてくれる手をぎゅっと握ると、彼女はまた握り返してくれた。

 

『ん……ふふっ』

 

 顔が熱くなって、下を向いた。振り向く彼女の顔を見ていられなかった。

 

 温かくて柔らかい手のひらの感触を、10年以上経った今でも覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日の夜。つまりあのレースの2日後。

 アタシは母と一緒に夕食の後片付けを終え、リビングのソファでスマホを弄りながらテレビを見ていた。別に見たい番組があるというわけでもなく、食後にダラーッとしながら過ごしているだけだった。

 今日の午後で宿題や予習復習を全て終えていたので、時間的にも余裕があった。

 

「…………」

 

 昨日送られてきたLANEのトーク画面を開き、あるメッセージに目を通す。昨日からここまで何度もそれに目を通していた。

 そのメッセージを送ってきたのはパーマーだった。

 

『昨日はありがとう! 体は大丈夫? コーチがお礼したいからまたウチに来てくれないかって言ってるんだけど、どうかな? チビッ子たちもスカーレットに会いたがってるんだ』

 

 メッセージに対しては、とりあえず体に問題はないことと、FKBへ行くのはまた考えておくと返信した。

 実際のところ、再びFKBのグラウンドへ行くつもりはなかった。お礼なんてしてもらわなくていいし。けど、あの幼いウマ娘たちが会いたいと言うのを無下にするのも憚られた。だからまた考えておくとだけ伝えて濁したのだった。

 

 スマホの画面を閉じたアタシの隣に家事を終えた母が腰を下ろした。母はアタシによく似た色の赤い栗毛を後ろで纏めていた。……いや、アタシが母に似ていると言うべきか。

 

「そうだスカーレット。パパ、誕生日には日本に帰って来るって」

「え!? ほんとっ!」

 

 来月の5月13日はアタシの誕生日だ。

 父は仕事のため海外を飛び回って多忙のため、毎年プレゼントや電話だけのことが多い。アタシの誕生日に日本へ帰って来るなんて久しぶりのことだった。

 家にいる母や帰省した姉2人、そして正英も一緒に祝ってくれるのが例年のアタシの誕生日だった。

 

 ちなみに母のスカーレットブーケはかつてトゥインクルシーズを走っていたウマ娘だ。レースを引退しトレセンを卒業した母は父と同じように昔は海外を飛び回って仕事をしていたらしいが、子ども……姉が生まれてからは仕事を辞めている。

 

「嬉しいっ。楽しみ~」

 

 思わずクッションに顔を(うず)める。会えるだけで嬉しいのに、誕生日に合わせて帰ってくれるなんてより一層嬉しさが増していた。

 世界を舞台に仕事をしている父はキラキラしていて、娘として自慢の父親だった。

 

『毎週、それぞれの競技で活躍しているアスリートと対談しているこの企画。本日のゲストは──』

 

 いつの間にかテレビはニュースの中のスポーツ特集になっていたようで、そんなアナウンサーの声が聞こえてきた。

 左上のテロップを見ると“()()()()()()()()()()()()()”と書かれていた。ということは──

 

『──先月トゥインクルシリーズを引退され、現在はドリームトロフィーリーグに所属しておられるウオッカさんです!』

 

「!」

 

 予想通りウオッカというウマ娘だった。彼女はアタシと同い年……普通の学校に通っていたなら高校2年生の年齢だ。

 

 画面が切り替わり、ソファに座ったインタビュアーとウオッカの姿が映る。彼女はボーイッシュな見た目にスレンダーな体型、白くて派手な流星と黒っぽい鹿毛で右目を隠す髪型をしていた。

 彼女はジュニア級の頃からテレビでもよく取り上げられていた。同い年のアタシが言うのもなんだけど、昔と比べたら大人っぽくなったと思う。体つきもスレンダーだけど発達した脚の筋肉は見て取れる。

 

『引退して今の心境はどうですか?』

『いや~まだ全然実感ないです──』

 

 GⅠを8()()し、シンボリルドルフのGⅠ7勝を超えたウマ娘、ウオッカ。

 

『ドバイで故障もあったので、トレーニングは今控えてて──』

 

 ティアラ路線である()()()とクラシック路線であるダービーを勝ったウマ娘、ウオッカ。

 

『あ、最近憧れだったバイクの免許取ったんです。トレーナーに危険だからあまり乗らないよう言われてるんで、毎日は乗れないんですけど。時々気分転換に遠出してます──』

 

 2年連続の年度代表ウマ娘、ウオッカ。

 

 

「…………」

 

 

 理由は分からないけれど、以前からアタシはこいつがどうしても好きになれなかった。

 トゥインクルシリーズの他のウマ娘にはそんな風に思わないのに、ウオッカだけは別だった。

 

 

「……アタシ部屋行くね」

 

 

 母にそう伝えてソファから立ち上がった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 アタシはレースを走っていた。右回りのレース場だった。

 

『各ウマ娘4コーナーをカーブ、直線コースへと向かってまいります!』

 

 逃げてレースを運んだアタシは直線で後続を引き離しにかかった。

 

『さあダイワスカーレット先頭! ダイワスカーレット先頭!』

 

 完全に抜け出したアタシを追ってくるウマ娘が1人いた。

 

『外からウオッカが伸びてきた! 外からは、ウオッカが伸びてまいりました!』

 

 外から来たウマ娘に交わされそうになるが抜かせまいと抵抗する。

 

『さあ前の争いですが、ウオッカか!? ウオッカか!? ダイワスカーレット! ウオッカ、ダイワスカーレット!』

 

 必死に踏ん張るも、スピードは相手の方が勝っており交わされる。それでも意地で食らいついていった。

 

『この2人の追い比べだが、ウオッカ体半分のリード! ウオッカ先頭、ウオッカ先頭ゴールイン! ダイワスカーレット2着!』

 

 

 

 負けた悔しさに拳を力いっぱい握り、アタシを交わしたウマ娘の背を睨みつけ──

 

 

 

 ──そこで夢から覚めた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「──はっ?」

 

 飛び起きて体を起こすと、薄暗い自室が目に入ってきた。枕元の目覚まし時計を見ると、まだ起きる予定の時間から30分ほど前だった。

 

「……夢……」

 

 あまり思い出せないけれど、レースを走っていたような気がする。

 

「…………」

 

 実は、たまにこうやってレースを夢を見ることがある。それでも目が覚めるとどんなレースを走っていたとか、相手は誰だったとかは大抵忘れているのだ。

 ……しかし今日は違った。それは──

 

「今日のは、アイツがいた……」

 

 ──ウオッカが同じレースにいたことを覚えていた。今日のレースはウオッカが間違いなくいた。しかも負けた気がする。

 

 昨日の夜、ウオッカがテレビに映っているのを見たからだろうか。

 

「なんでアタシがあんな奴のこと気にしなきゃいけないのよ……!」

 

 アタシとウオッカの共通点と言えばウマ娘であることと同い年であることだけだ。

 

「ああもうっ! 最低最悪の朝ね……!」

 

 眠気なんて吹っ飛んだアタシは朝の準備に取り掛かることにした。

 カーテンを開けると、正英の家の花壇に咲いている白いチューリップがいやに目に入ってきた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 早く起きたアタシは教室で自習でもしようと思い、いつもより一本早い電車に乗って登校した。いつもの時間と違い人影の少ない廊下を歩いていると、窓から見えるグラウンドが目に入ってきた。

 グラウンドでは朝練に臨んでいる部活がいくつもあった。野球部や陸上部、そしてサッカー部もいた。その中にもちろん正英の姿もあった。

 パス練やシュート練など部員によって行っていることは異なるが、正英は一対一の練習をしていた。

 

「……」

 

 脚を止めてそのままグラウンドにいる正英を目で追う。

 

 ボールを持った相手がドリブルで正英を抜こうとするが抜けず、ボールを正英に取られた。間髪入れず違う相手が来るが、またその相手も正英にボールを取られる。どうやら相手は5人ぐらいでローテーションしてるようで、次々と正英を抜こうと何度も襲い掛かってくる。

 しかし1回として正英は抜かれなかった。アタシが見て2巡ほどしてそのトレーニングは終わった。

 

 次は正英がボールを持ち、彼に対して2人がかりで時間内にボールを奪う練習のようだった。正英は巧みにボールを操りキープし続けていた。

 今更だが、周りと比較すると明らかに彼だけ動きが違った。

 

 正英はこの公立進学校の普通のサッカー部においてその実力は群を抜いている。

 何を隠そう、中学生時には名門サッカークラブのユースにしつこく勧誘されていたレベルなのだ。全国の高校サッカーの有名校からも学費免除の特待生としてスカウトが来ていた。

 地元の少年サッカークラブにいた普通のサッカー少年だったが、小学校の高学年からめきめきと頭角を現し、中学校時代は公立中学のサッカー部にも関わらずすっかりサッカー関係者の間では有名人になっていた。

 地区から県、そして地域トレセンを経て、さらにはナショナルトレセンにも選ばれた。年齢別の日本代表候補でもあった。良いプレーを続けていて一時期は代表選出確実と言われてたけど、結局は選出されなかった。弱小公立中学のサッカー部ではなくユース所属だったら代表に選ばれたかもしれないとの噂が流れていた。

 プレースタイルとしては華のあるフォワード……ではなく、守備的ミッドフィルダーだ。無尽蔵のスタミナで試合の始まりから終わりまで攻撃に守備にピッチを走り回ってチームを献身的に支える役割をしている。よく“チームの心臓”と例えられている。特に一対一の守備で圧倒的に強く、中学ぐらいからドリブル突破されたのを見たことがない。

 昔はウマ娘であるアタシと一緒に走り回っていたので、そのおかげでスタミナがついたんだと正英は笑って言っていた。

 

 幼い頃から彼のサッカーの試合を欠かさず見に行っていたので、未経験者のあたしもサッカーに詳しくなってしまった。

 

 練習の合間合間に正英の周りにサッカー部員が何人も集まって真剣に彼の話を聞いている。その光景を見るだけで部内でどれだけの存在感を放っているか一目瞭然だった。

 ……昔はおどおどしてて自分の意見なんて言えない奴だったのに。引っ込み思案ですぐ泣いていたあの頃の面影なんて欠片も無くなっていた。

 

 結局ボールを取られずそのトレーニングが終わった。少し休憩を入れるのだろう、グラウンドの端へと向かった正英へ真っ先に駆け寄るマネージャーの姿があった。

 

「…………」

 

 夢のこともあるのに、その光景を見て更にもやもやしたアタシはグラウンドから目を離し教室を目指した。

 

 ああいうのを見ているとアタシもサッカー部のマネージャーになればよかったと毎回考えてしまう。でも、他人を支えるだけなんて絶対アタシの性に合わないって答えにも毎回たどり着いてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこか気分が晴れないまま月曜日の授業を消化していた。

 

 あまり授業に集中できず、何も考えずノートを取るだけになってしまった。

 

「起立。礼」

 

 チャイムと声の通る学級委員の号令によって4限目である数学Ⅱが終わり昼休みを迎えた。

 

「スカーレットちゃん、一緒にご飯しない?」

 

 そう声を掛けてきたのはクラスメイトの女の子だった。学年が上がりクラス替えをしてまだ1ヶ月も経っていないが、アタシは彼女を含めた5人ぐらいのグループとよくお昼を一緒にしていた。

 だが今日はあまり気分ではなかった。

 

「誘ってくれてありがとう。ごめんなさい。今日はちょっと約束があるから」

「あ、そうなんだ。分かったよ」

 

 そうしてアタシは教室を後にした。

 折角誘ってくれたのに心苦しいが、今日はあの場所で昼食をとる気分だったのだ。

 

 ◇

 

 ダイワ―スカーレットが去った後の教室にて。彼女を誘った乙女たちのグループの昼食中の会話である。

 

「やっぱり今日のスカーレットちゃん元気なかったね」

「そりゃ……そうでしょ」

「え、何かあったの?」

「知らないの? ほらスカーレットちゃんの旦那の……いや、元旦那か」

「あー、サッカー部の松城くん。サッカーめちゃうまの。幼馴染なんだよね。スカーレットさんはお姉さんすごいし成績優秀であのルックスだし。2人とも目立つよね〜」

「そうそう、その松城くん。彼女ができたらしいんだって。今日噂になってたよ」

「ウソ、マジ!? だれだれ?」

「サッカー部のマネージャーだよ。ほら3組の」

「知ってる知ってる。あの子か~」

「土曜日の夜にデートしてたら偶然同じサッカー部の連中にバッタリ会ったみたい。それでバレちゃったんだって。LANEのグループとかで拡散されたっぽい」

「めっちゃ知ってるじゃん」

「あたしの情報網なめんなよー」

「でもスカーレットちゃん松城くんのこと彼氏でも何でもないって言ってなかった?」

「……実はあたし、2人と帰る電車一緒でさ。2人を時々見るんだよ。距離感ヤバいぐらい近い。それにあのスカーレットちゃんの様子は絶対に恋する乙女だったよ」

「え~、じゃあ片思いしてる幼馴染を盗られたってわけだ」

「だからあんなに元気なかったんだね……。スカーレットさんの耳、今日はずっと垂れ下がってたもん」

「そこまで見てなかったわ。あんたよく見てるね」

「そりゃ私もクラスで数少ないウマ娘の1人だもん。ウマウマ♪」

「…………」

「無視しないでよもー! カワイイでしょー? ……スカーレットさんって結構ウマ耳に感情出るから今度見てみ」

「……てかスカーレットちゃん今日みたいに教室の外でお昼してるけど、あれは松城くんと一緒なんじゃないの?」

「違うと思うけどなあ。あたし去年松城くんと同じクラスだったから知ってるけど、松城くんはいっつもサッカー部で固まって教室で食べてたもん。この前昼にそのクラス行った時もサッカー部で固まってたし」

「けっこう謎なんだよね。どこで食べてるか。学食にも中庭にもいないし」

 

 う~んと首を傾げる乙女たちであった。

 

 ◇

 

 アタシがいるのは特別教室棟4階の一番端っこに位置している小さな部屋。何かの準備室だったと思われるその部屋には、くっつけられた長机と教室の勉強机がいくつか、そしてパイプ椅子があるだけだった。

 その部屋にはアタシ以外に同じ学年の1人の女の子の姿があった。

 アタシはまだ弁当を食べている一方で、彼女は勉強机に腰かけて足を組みクラシックギターを弾いていた。昼休みにこの部屋いつもの光景だった。

 

 ~♪ 

 

 短めで飾り気のないポニーテールの髪型に切れ長の目をした彼女はクール系の女の子に映る。そんな彼女の傍らには昼食に食べたサンドイッチの包装紙と野菜ジュースのパックが転がっていた。

 しっとりとした曲調の曲を彼女は弾いていた。彼女の好みからおそらく洋楽のアレンジなのだろう。

 

 彼女の名前は大藤(おおふじ)三己(みみ)。彼女とは小学校からの付き合いだった。ちなみにアタシたちの中学からこの高校へ進学したのはアタシと正英、そして彼女の3人だけだった。地元からは遠いし偏差値的なこともあってうちの中学から東高へ進学するのは毎年数人程度だった。

 同じ小学校区内だけれど、アタシたちと彼女の家は学校を挟んで正反対の場所にあり、特に近所というわけではなかった。友だちのグループも違ったしアタシも正英も彼女と昔から特別仲が良いというわけでもなかったが、それでも3人とも昔から知っている間柄なので幼馴染と言えば幼馴染なのだろう。

 

 きっかけは去年の1学期終わりぐらいのこと。

 日直の仕事でこの特別教室棟にいた時だった。たまたますれ違った彼女がコームを落とし、それに気づかずこの部屋へ入っていくのを見たアタシは、コームを届けるために部屋に入った。中には彼女の私物であるクラシックギターがあり、彼女が「1曲聴いていくか?」と言ったことから始まった。彼女がギターをしてバンド活動もしてるなんてその時まで全く知らなかった。

 彼女は小学校時代のお転婆なアタシを知っているだけに、取り繕わなくていい関係に心地よさを感じた。

 そんなわけもあって、こうやって度々ここで昼食をとっていた。

 

 彼女はまたしっとりとした2曲目も弾き終えて小さく息をついた。

 

「なんか今日、暗い曲多いわね?」

 

 2曲続けてしっとりとしたスローテンポの曲を弾くのは珍しかった。

 

「そりゃあ、私だって気ぐらい使うさ」

「気? 何の話よ?」

「…………」

 

 続けて3曲目を弾き始める。先程までの2曲にも増して、ゆっくりとした曲だった。なんかやっぱりちょっと暗い。なんかギターがしくしく泣いているみたいだった。

 

「次はアップテンポにしてよ。ほら、普段弾いてるパンク? エモ? だったかしら」

「ま、スカーレットがそう言うなら……」

 

 続く4曲目は明るく転調もある曲だった。やっぱりこういう曲を聴いた方が元気が出る。

 

「──ふぅ。……これでいいか?」

「リクエスト聞いてくれてありがと」

「まあ、さ。……他の男だって、いい奴はいるさ」

「はあ? さっきから一体何の話をしてんの?」

「…………もしかして、知らないのか?」

「一体何の話よ! はっきり言いなさい」

「えー…………」

 

 珍しく彼女が逡巡していた。

 

「正英のことだよ」

 

 思いもしない名前が出てきた。

 

「アイツがどうかしたの?」

「正英に彼女ができたって噂。あの3組のマネージャー。……本当に知らないのか?」

「は」

 

 思考も動きも固まる。

 

「……は」

 

 彼女の言葉を理解するのに時間がかかる。いや、理解はできているがそれを自分が認めようとしていなかった。

 

 

 

「──はあ!!!???」

 

 

 

 狭い室内にアタシの声が響いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「…………」

 

 下校時間が迫る校門を外の物陰からアタシは見張っていた。部活を含め課外活動を終えた生徒たちがぞろぞろと学校から出てきている。

 なぜこんなことをしているかというと、もちろん正英に噂のことを問い詰めるためだった。流石にサッカー部に乗り込んでいくなんて無理だし、でも家に帰ってくるまで待つのも無理なので、こうして待ち伏せしているのだ。いてもたってもいられず塾も休んでしまった。

 

(大体、噂がどうであれアタシには関係ないのよ!)

 

 もし2人が付き合っているのが本当だとしても、アタシが身を引くかどうかは別の話。

 奪い取ってやるというと言葉が悪いが、諦めるつもりなんて毛頭ない! 

 

 赤ちゃんの頃からずっと正英と一緒にいたのはアタシなのに、高校で出会って1年かそこらの女に渡さない……! 

 

(アタシが……あいつの1番に……!)

 

「来た……!」

 

 サッカー部の部員が何人か校門から出てきた。大体部員みんなで固まって行動するので、もうすぐ正英も出てくるはずだ。

 

「……あ、正ひ──」

 

 

 そして正英が他の部員から数歩遅れて2()()()出てきた。

 

 

 

 隣にマネージャーがいた。

 

 

 

 肩が触れ合うような距離で。

 

 

 

「…………」

 

 

 2人で話している時の姿は何度も見たことがあるが、あんな距離感は初めてだった。

 

 

 

 そしていきなり、マネージャーが正英の腕へと抱きついた。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 思わず目を背ける。

 

 

 

 

「……うそ……」

 

 

 

 

 もう一度2人に目を向ける。

 

 

 

 

 

 そこには、手を繋いで歩く2人の姿があった。

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 そんな2人を周りのサッカー部の部員たちが囃し立てていた。

 

 

 

 

 正英もマネージャーも照れたように笑っていた。

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

 もう、その場になんていられなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 帰って夕食を終え、気づけば22時を回っていた。

 

「…………はあ」

 

 アタシは自分の部屋でベッドに寝転んでスマホを見つめていた。画面には正英のプロフィール画面が映っており、あとワンタッチで電話をかけられる状態だった。

 

「…………アイツのばか。おたんこにんじん……」

 

 鈍いアイツはアタシも気持ちなんて知らないだろう。

 正英を取り返すとか、腕を組んでいる2人を目にしたらそんな気は自分でも驚くぐらい萎えていた。

 

 こんなに弱気だったっけ、アタシ……

 

「……アタシのばか」

 

 この期に及んでくよくよしている自分に嫌気が差す。

 

 さっさと直接アイツの口から聞いてすっきりすべきだ。

 

「……すう……はあー……」

 

 大きく深呼吸をしてから、意を決して彼へ電話をかけた。

 

『どうした?』

「出れる?」

『うん。分かった』

 

 通話を切ってから窓を開いた。隣の家の窓にはいつも通りの正英がいた。

 

「どうしたんだ?」

「…………」

「スカーレット?」

 

 本当に何も変わらない。

 アンタ、すっとぼけてるんじゃないわよ……あの子にあんな顔しておいて。

 

「アンタ、アタシに言うことはない?」

「へ? 何か約束してたっけ? ……また俺、すっぽかしちゃったか?」

 

 小さいときに結婚する約束したじゃない……なんて言葉が喉まで出かかっていた。

 

「違うわ」

 

 アタシはマネージャーの名前を口に出した。

 

「……ねえ、あの子と付き合ったって、本当?」

 

 言った。言ってしまった。

 

「! どうしてそれを……」

「噂になってるわよ。アンタ有名人だし、2年のほとんどは知ってるんじゃない?」

「マジか……」

「……下校する時に手を繋いじゃってるのに、なんで驚いてるのよ」

「み、見てたのか!?」

「ええ。……で、どうなの?」

 

 心臓の音がうるさい。いつの間にか口も乾いていた。

 ただアタシは彼が口を開くのを待った。

 

 

 

 

 

「ああ。付き合ってる」

 

 

 

 

 

 足元がぐらつく。

 眩暈がする。

 吐き気もする。

 気を抜けばすぐにでも涙が溢れてきそうだった。

 

「……そう」

 

 絞り出して平静に努めた。

 

 何かを悟られないように。

 声が震えないように。

 表情が歪まないように

 

 アタシがすべきは──

 

「アンタ水臭いわね~。幼馴染なんだから、付き合ったんならすぐ言ってくれてもいいじゃない」

「あはは……いや、付き合ったの2日前のことだからさ」

 

 そもそも子供の頃の約束を引きずっている方がおかしいのだ。

 

「どっちから告ったの?」

「えーっと……あっちから」

「でしょうね。アンタそんな甲斐性ないもの」

「はは……何も言い返せないな……」

 

 アタシなんてただ隣の家に住んでるだけの同年代の女だ。それ以上でも以下でもない。

 何を勘違いしていたのか。

 

「アンタ女心とか分かんないだろうし、何かあれば相談に乗ってあげるわ」

「ありがとう。そうだな……その時はよろしく頼むよ」

 

 正英だって、口うるさくて嫉妬深くて素直になれなくて可愛げのない女より、あのマネージャーみたいな大人しくて可愛い女の子の方がいいに決まってる。

 アタシなんかより絶対にお似合いだ。

 

「仕方ないわね。……お幸せにね」

 

 限界だった。もういっぱいいっぱいだった。

 

「ありがとうスカーレット……おやすみ」

「おやすみ」

 

 手を振ってから窓とカーテンを閉める。いつもは彼が先に窓とカーテンを閉めるのを待っているのだが、今日だけはアタシが先に閉めた。

 

 

 

 その夜は涙が枯れるまで泣いた。

 

 泣き疲れて眠りに落ちるまでずっと泣いていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 カーテンを閉めた俺はベッドに寝転がった。

 

「…………スカーレット……」

 

 手のひらを天井へ突き出して、そして何も掴めずに下ろした。

 

「……はあ」

 

 大きくため息をひとつ、ついた。

 

 

 




新しく出てきた幼馴染も実馬ダイワスカーレットの関係者から一文字ずついただきました。
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