それでもダスカは走らない   作:シェーク両面粒高

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第8話 “普通”のウマ娘

「着いたよ! ここみたい」

「知らないとカレー屋には見えないわね……」

 

 スマホのマップを見ていたパーマーが足を止めて顔を上げた。アタシたちの目の前には古風な日本家屋が建っていた。

 

 件の新しいカレー屋は古民家を改築してできたものらしく、見た目はお洒落なカフェだった。木製の扉を開けて中に入ると若い女性の店員に2人用のテーブル席を案内された。お昼どきということもありほぼ満席状態だった。

 ぐるっと見回すと木製のカウンターとテーブル席があり、また座敷の席もあり内装も雰囲気もカフェそのものだった。だがカフェとは違い店内は香ばしいスパイスの匂いが漂っていた。

 

 今更言うまでもないが、立地的にも100%正英が言っていたカレー屋だ。

 

「めっちゃいい匂いするね! もうお腹ペコペコ。えっと……これメニューだ」

 

 パーマーと2人でメニューを覗き込む。メニュー上部に色んな種類のカレー写真と共に載っていて、下の方にドリンクやデザートのサイドメニューが書かれていた。

 

「たくさんあるわね。“海老アボカドのキーマカレー”、“にんじんとビーフのほろほろカレー”、“彩り野菜と魚介のコロンブソースカレー”……他にもいっぱい」

「種類すごっ! どれも美味しそ~。この月替わりカレーの“欧風チーズカレー”もめっちゃ良くない? あっ、ランチタイムだからミニサラダつくんだって!」

 

 パーマーは目移りしているようで、視線がメニューのあちらこちらを行ったり来たりしていた。

 そんな中、アタシはあるカレーを探していた。それはもちろん正英が言っていた激辛カレーだ。メニューをざっと見た時に目に入ってこなかったけれど、よく見るとカレーメニューの隅の方に“超危険! 100倍激辛カレー”と載っていた。“挑戦者求ム”と一言コメントも添えてあった。

 

「スカーレットは決まった? 私はこの月替わりカレーにするよ」

「アタシはこの激辛カレーにするわ」

「そんなのあるの? ……ほんとだ、載ってる」

「じゃあ店員さん呼ぶわよ。……すいませーん」

「えっ? マジで?」

 

 注文を聞きに来た店員にメニューをそれぞれ伝えた。

 

「スカーレットって激辛とか好き系なの?」

「うん。高校に入ってから辛いの得意なことに気づいてからね」

「すごいね。私は激辛は無理だな~。てかこの100倍ってヤバそうじゃない? 何が100倍かは知んないけどさ」

 

 確かに何が100倍かはメニューに書いていなかった。でもこれまでの激辛メニューから察するに、辛さの表現とかスパイスの物理的な量とかその辺だと思う。

 

 その後メニューが来るまではお互いの高校のことなどを話した。修学旅行はどこに行くのかとか、体育祭や文化祭はいつあるのかとか、パーマーはお嬢様学校だから何かしきたりとかあるのかとか……やはり言葉遣いや礼儀作法にはめっぽう厳しいとのことで、創作の世界みたいに「ごきげんよう」とか本当に言うらしいのには驚かされた。

 話によるとパーマーの学校は全寮制で2人一部屋。寮での共同生活は初めてではないが、環境が違えば新しいことの連続で色んなことがあるとしみじみと語っていた。例えば食堂では学年順に座る席が決まってるとか、個人的なことならランドリールームの洗濯機で洗濯後すぐに取り出さない上級生がいてちょっと困ってるとか。月に1回は寮開催の大きいイベントごとがあって、この前は酪農体験で牛と触れ合ってきたとか。

 

 そんな話をしているうちに注文していたカレーが運ばれてきた。激辛100倍カレーの見た目は少しオレンジがかっていて、上に素揚げ野菜がいくつか乗っていた。

 

「なんか見た目は普通だね。もっと真っ赤っかなのかと思った」

「アタシの経験則上、こういう普通の色の方が辛かったりするのよ。……いただきます」

 

 パーマーが見守る中、アタシは何の躊躇もなくカレーを口に運んだ。

 口内に入れて数秒後舌に刺すような痛みが走った。咀嚼していると遅れて痺れがやってきて、口腔内全体を麻痺させてくる。しかし辛さに隠れて旨味も感じられた。

 

「…………」

「……どう? マジヤバい?」

 

 ルーを飲み込むとのどが焼けるような感覚に襲われ、飲み下してルーが通った食道と胃が燃えるように熱くなった。身体のどこに食道があって胃があるのかはっきりと分かる。

 また口内は痛みと痺れに支配されている。のどは酷い風邪を引いたかのようだった。

 

 でも辛いだけでなく、確かに旨味とスパイスの奥深さが感じられた。

 

 ……美味しい。

 

「すごく辛い。けど……美味しい!!!」

「えっ」

 

 二口、三口と口に運んでいく。単純にカレーとして美味しい。途中で挟む素揚げ野菜がいいアクセントになった。

 

「一口もらってもいい?」

「んぐっ。いいけど……激辛料理得意じゃなかったらやめといた方がいいと思うわ」

「でも何か気になるし。スカーレット見てたらそんな辛そうに見えないし。……こういうのはノリで行くっしょ!」

「あっ!?」

 

 パーマーがスプーンでルーをほんの少し掬って自分のライスにつけて食べた。

 ……綺麗な彼女の真顔が歪むのに時間はかからなかった。

 

「……っ!!!??? ~~~~~~~~!!!!!!!」

 

 彼女は言葉を発せず顔を真っ赤にし汗が噴き出ていた。そしてグラスの水に手を伸ばそうとして──

 

「水はダメ! こっちのサラダ食べた方がいいわよ!」

「っ!!!」

 

 言葉を発する余裕もないパーマーはサラダを口に急いで運んでいた。ドレッシングがかかっていて油分が含まれているので、水よりはこっちの方がいい。辛いものを食べたときに水を飲んだって何の意味も無いのだ。

 彼女はあちこちに顔を向け、百面相のように表情を変え身悶えしながら必死に耐えていた。そして最後には俯いて下を向いて黙り込んだ。

 

 ようやく落ち着いた頃合いを見計らって声をかけた。

 

「っ、はあっ。はあっ、ごほっごほっ!」

「大丈夫? だから言ったじゃない」

「や、ヤバすぎ……こんな辛いの初めて食べた……まだ口と胃の中が火事なんだけど……いててて」

 

 涙目のパーマーは開けた口に手団扇で風を送っていた。

 そんな彼女を見ながらカレーを再び食べ始めた。

 

「……スカーレットすごっ。全然辛そうに見えない」

「好きだし。慣れてるからよ」

「はあ~~~、ふうう~~~……ちょっと落ち着いたかな。私も自分の食べよ。……んっ、美味し!」

 

 そうしてお互いカレーに舌鼓を打った。

 食べた後頼んでいないキャロットケーキが運ばれてきた。店員に尋ねると激辛カレー完食者にのみデザートが無料で付いてくるとのことだった。せっかくなのでパーマーと2人で分けて食べた。

 

 

 ◇

 

 

 カレー屋を出たアタシたちは近くにある公園のベンチではちみーを啜っていた。店に行く道中でその公園の前を通り過ぎた時、はちみーの移動販売車が公園内に停まっているのを2人で目にして後で来ようと話していた。

 休日なのもあり老夫婦や親子連れなどの姿が多く見られたが、お昼過ぎの今はさっき通りがかった時より人影は減っていた。

 

「実はさ、スカーレットがクラブに入るって本当は思ってなかったんだ」

「……え?」

 

 アタシ達の目線の先では4~5歳ぐらいのウマ娘とその父親が戯れており、ヒトの赤子を抱えたウマ娘の母親が2人を見守っていた。

 

「不良とのレースが終わってすぐ帰ったじゃない? 忘れてた用事でもあったのかなって。でもそんな感じじゃなかった。……う~ん……走るの好きじゃ……いや、違うや。コースにいたくない、みたいな?」

 

 ……その指摘はあまりにも的を得ていた。これだけで普段からの彼女が人をよく観察していることが分かった。

 

 あの時の感情が思い起こされる。

 

 

 

 

 “──レースなんかより”

 

 

 

 

 “──本当に?”

 

 

 

 

 未だに理解できていない、全く手つかずのアタシの感情(きもち)

 

「それにさ、スカーレットも気づいたと思うけど高校生のウマ娘ってほとんどいないから尚更」

「……確かに高校生、あまり見なかったわね」

「ゼロじゃないんだけどね」

 

 体験と今日で2回利用してだけなので全員を知っているわけじゃないけれど、確かにクラブは社会人や大人が多くを占めている。今日の練習であたしたち以外の高校生は高校3年のウマ娘1人しかいなかった。パーマーの話によるとあと数人はいるらしい。

 

「私が言うのもだけど、ウマ娘にとって高校生って凄く中途半端じゃん? あ、いやトレセンのウマ娘は違うんだろうけどさ。なんて言ったらいいのかな……ガチで競技者を目指すウマ娘の最終ラインって、高等部からトレセンに入ることでしょ?」

「トレセンを目指すのは中学生まで、ってこと?」

「そうそれ!」

 

 地方中央問わずトレセンに入る最後のタイミングは高等部からの編入だ。大半は中等部からの入学で、アタシの姉2人も小学生から中学校へ上がるタイミングで家を離れてトレセンに入った。

 高等部途中からの編入もなくはないのかもしれないが、まず聞かないとパーマーが口にした。ならばトレセンを目指すためにトレーニングするのは実質的に中学生までというのはその通りだ。

 

 確かに一般的な高校生のウマ娘とは、ウマ娘にとっての移行期なのかもしれない。レース……つまりトレセンやトゥインクルシリーズに身を置く、または置ける可能性のある時期から、それらとの関係が断ち切れていく時期。もしくは断ち切っていかないといけない、境目にある時期。

 

 けれど、この考え方はトレセンにいたウマ娘の……パーマーだからこその視点だとも思う。

 

「だから高校生でもトレセンとか関係なく走るウマ娘って、一般的にあんまりいないんだなってクラブ入って思ったんだ。ま、最近会ったあの不良たちみたいにフリースタイルのレースにはたくさんいるかもだけど。……だからかな、スカーレットも入らないのかもとか、心のどこかでそう思ってた」

「でもトレセンを目指すだけがウマ娘じゃないでしょう? アタシみたいに高校生から走り始めるって娘は珍しいって自分でも思うけど……普通のウマ娘にしたら、走ることが全てじゃないんだから」

「…………」

「パーマー?」

「………………あーいや、なんでも…………ねえ、スカーレット。()()()()()()ってなんだろうね」

 

 パーマーがなぞったのは何気なく放ったアタシの言葉だった。

 

「スカーレットには隠しても仕方ないから言うけど、私の本当の名前はメジロパーマー。あのメジロ家のウマ娘なんだ。一族のウマ娘はそれぞれの使命とか義務を果たすために走ってる。私にとったらさ、トレセンに入って競技者として走るのが()()()()()()だったんだ。でも私は結局、何にも成せず逃げちゃった」

「……トレセンを辞めた」

「……うん。中等部いっぱいで辞めちゃった。おばあ……メジロの一番偉い人に根性を磨けってって言われたけど、私は磨くような根性さえないヘタレだった。トレセンって模擬レースとか選抜レースとか学内レースやってるんだけど、全然結果残せなくて。他のメジロの娘がトレーナーついてトゥインクルシリーズ走ってるの見るとさ、何て言うか……()()()()()()()って思っちゃった」

 

 パーマーは手にしているはちみーのカップをへこませたり戻したりしていた。一部のへこみは戻ったが、戻らないへこみが何個もあってカップの側面は凸凹になっていた。

 

「まだ高等部があるから焦らないでいいからとか、メジロ家がトレーナーを斡旋してくれるとかそんな話もあったんだけど、結局私が耐えられなかった。みんな引き留めてくれたのにね」

 

 

 アタシたちの視線の先では父親に代わって母親のウマ娘が娘の相手をしていた。「ママ捕まえた!」と自分の脚に抱きつく娘に、「捕まっちゃった〜」と母親は笑いかけていた。

 

 

「トレセンと距離取りたいってワガママ言って、縁もゆかりもない女学院に入れてもらえた。メジロの一番偉い人が女学院の理事長と知り合いらしくてさ。……それで今ここにいるってわけ。クラブではコーチにお願いしてメジロのウマ娘ってこと隠してやってたけど……この前のあれでチビッ子たちに聞かれちゃったから、もしかしたら話広まってるかもしれない」

 

 横目に伺ったパーマーはここではないどこかを見ているようだった。

 

「ウマ娘は走るために生まれてきたっていうけど、なら走れなかったウマ娘ってなんなんだろうね」

「パーマー……」

「トレセン辞めてからそんなことばっか考えちゃってさ。……ごめんね、こんな暗い話で……。あはは、私たち出会ったばっかなのにドン引きだよね、ホントごめん」

「そんなこと……。こういう言い方はあれだけど、まだ浅い関係だから言いやすいことってあると思うわ」

 

 名門メジロ家のウマ娘として生まれた彼女はしかし、トゥインクルシリーズを走ることなくトレセンから離れてしまった。アタシでは想像もつかないような葛藤や苦悩があったのだろう。

 ……そんな簡単な表現で済ませてしまう自分がおこがましいと感じた。でも、特に走ることに執着もせず無縁の生活を送ってきたアタシにしたら真の意味で彼女の気持ちを理解することはできないと思う。

 

 だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()は決定的に食い違っているから。

 

 走っているウマ娘が普通のウマ娘なんて、アタシは思えない。

 アタシを含め、トレセンを目指さず普通に暮らしているウマ娘なんていくらでもいる。アタシからすれば一般社会でヒトと同じく生活を営んでいるのが普通のウマ娘で、トレセンで走っているウマ娘の方が普通のウマ娘ではない。

 

 だが走るだけがウマ娘じゃないと、どうしてアタシが彼女に言えるだろう? 

 

 パーマーだってアタシが持っているような価値観や考え方が存在していることはとっくに理解しているだろう。走らないで生活するウマ娘が普通のウマ娘だという見方があるのは、彼女だっておそらく分かっている。

 

 

 その上で彼女は問うている。普通のウマ娘とは何かって。

 

 

 それに対する答えを、アタシは持ち合わせていない。

 

 

「……パーマーは」

「ん?」

 

 だから訊くことしかできない。

 彼女のことを識るために。

 

「どうしてクラブに入ってるの?」

「…………」

 

 走ることを辞めた、諦めた彼女がクラブとはいえ走っている理由。

 執着か、諦めきれない思いがあるのか。それとも……

 

「……最初はもう走ることから離れよって思ったんだけどさ。走らないことが1ヶ月、2ヶ月と続いていったら何か落ち着かなくて。それで気づいたらこの辺で走れるところ探して入ってた。多分だけどさ、生まれてから今までずっと“走る”ことがメジロパーマーっていうウマ娘の中心にあったから、それが無くなって埋めようとしたんだと思う。トレセン辞めて私は一気に普通じゃなくなったから、普通の部分が欲しかったんじゃないかな。……あはは、何言いたいのか分かんなくなっちゃった」

 

 そこまで客観的に自分を見られているのかと驚くと同時に、彼女の言葉に寂しさを感じた。

 ……こういう視点で考えられるようになるほど、悩み考え抜いてきたんじゃないだろうか。

 

「……パーマーにしたら走る日々こそ日常で、走らない日々は非日常ってことじゃないかしら?」

「非日常?」

「自分を日常に繋ぎ止めておきたかった……って、ごめんね。アタシが知ったように言うのも──」

 

 ──お互いのスマホの通知音が同時に鳴った。

 

「えっ?」「うん?」

 

 2人でスマホを取り出して確認すると、FKBの全体LANEからの通知だった。メッセージの発信者は深尾だった。そこにはこう書かれていた。

 

 “以前にもお知らせしましたが、ゴールデンウィークに1泊2日で行うトレーニング&BBQ&キャンプの参加締め切りが明日に迫っています! 日程など詳細を再度以下に貼ります! 参加希望の方は明日までにお知らせください!”

 

 

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