蓮と同じ頃に記憶を思い出し大きく変わった身体に苦戦しながらも闘えるあう
訓練施設に到着すると既に何人かは部屋に帰る準備をしたり、自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。蓮は、自主練をさっさと終わらせて戻るかと考え、支給された西洋風の細身の剣を取り出した。
と、その時、唐突に後ろから衝撃を受けて蓮はたたらを踏んだ。なんとか転倒は免れたものの、抜き身の剣が腕を少し斬り血が流れ冷や汗が噴き出る。痛みに顔をしかめながら背後を振り返った蓮は予想通りの面子に心底うんざりした表情をした。
そこにいたのは、檜山大介率いる小悪党四人組である。訓練が始まってからというもの、ことあるごとに蓮にちょっかいをかけてくるのだ。訓練を憂鬱に感じる半分の理由である。
「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」
「なんで毎回訓練が終わったぐらいに出てくる訳? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」
「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」
一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。
「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」
そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。誰だって巻き込まれたくは無いだろう。
「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」
一応、やんわりと断ってみる蓮。
「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」
そう言って、脇腹を殴る檜山。蓮は「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。
檜山達も段々暴力にためらいを覚えなくなってきているようだ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ないこととはいえ、その矛先を向けられては堪ったものではない。かと言って反抗しても此方が悪者にされるからしても意味が無いため、我慢するしかなかった。
やがて、訓練施設からは死角になっている人気のない場所に来ると、檜山は蓮を突き飛ばした。
「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」
檜山、中野、斎藤、近藤の四人が蓮を取り囲む。肩の傷が土塗れになり感染症にならないか心配しながら立ち上がった。
「ぐぁ!?」
その瞬間、背後から背中を強打された。近藤が剣の鞘で殴ったのだ。悲鳴を上げ前のめりに倒れる蓮に、更に追撃が加わる。
「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――〝火球〟」
中野が火属性魔法〝火球〟を放つ。倒れた直後であることと肩と背中の痛みで直ぐに起き上がることができない蓮は、この際だからとわざと肩の傷で火球に当たる。それを見て笑いながら今度は斎藤が魔法を放った。
「ここに風撃を望む――〝風球〟」
風の塊が蓮の腹部に直撃し、蓮は仰向けに吹き飛ばされた。「オエッ」と胃液を吐きながら蹲る。
魔法自体は一小節の下級魔法だ。それでもプロボクサーに殴られるくらいの威力はある。それは、彼等の適性の高さと魔法陣が刻まれた媒介が国から支給されたアーティファクトであることが原因だ。
「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」
そう言って、蹲うずくまる蓮の腹に蹴りを入れる檜山。は込み上げる殺意を抑え込む事に必死だった。
その後もしばらく、稽古という名のリンチが続く。蓮は痛みに耐えながらなぜ自分だけ悪役にしたいのか考えるも、何度考えても2人の友と義妹と仲良くしている事であり、檜山達が好意を抱いている逆恨みみたいなものだろうと推測できる。本来ならほんの少しでも反撃くらいすべきかもしれない。
しかし、小さい頃から、人と争う、誰かに敵意や悪意を持つということはできたものの、過去の経験からあまり負の感情を貯められなかった蓮は、誰かと喧嘩しそうになったときはいつも自分が折れていた。自分が我慢すれば話はそこで終わり。無駄に声を荒げて体力を消耗するよりずっといい、そう思ってしまうのだ。
そんな蓮を優しいと言う人もいれば、ただのヘタレという人もいる。蓮自身はただ
だんだんと焼けた左腕の感覚が無くなってきた頃、突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。
「何やってるの!?」
その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている香織だったのだから。香織だけでなく雫や光輝、龍太郎もいる。
「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」
「南雲くん!」
檜山の弁明を無視して、香織は、ゴホッゴホッと咳き込み蹲る蓮に駆け寄る。蓮の様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。
「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」
「いや、それは……」
「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」
「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」
三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治癒魔法により蓮の体は徐々に癒されていくも、左腕が痺れたままであった。
「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」
苦笑いする蓮に香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。
「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」
何やら怒りの形相で檜山達が去った方を睨む香織を、蓮は慌てて止める。
「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」
「でも……」
それでも納得できなそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せる蓮。渋々ながら、ようやく香織も引き下がる。
「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ…私もね」
渋い表情をしている香織を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それにも礼を言う蓮。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。
「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」
何をどう解釈すればそうなるのか。蓮は半ば呆然としながら、ああ確かに天之河は基本的に性善説で人の行動を解釈する奴だったと苦笑いする。
天之河の思考パターンは、基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない! という過程を経るのである。
しかも、光輝の言葉には本気で悪意がない。真剣に蓮を思って忠告しているのだ。蓮は既に誤解を解く気力が萎なええている。ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと。
それがわかっているのか雫が手で顔を覆いながら溜息を吐き、に小さく謝罪する。
「ごめんなさいね? 光輝も悪気があるわけじゃないのよ」
「アハハ、うん、分かってるから大丈夫。でも、情報があるのと無いのだったらある方が有利だし、痛い目に会う可能性を低くできるよ」
やはり笑顔で大丈夫と返事をし、汚れた服を叩きながら起き上がり情報の大切さを簡潔に言う。
「ほら、もうすぐ夕食よ。汚れたままじゃダメだよ?」
「シャワーを浴びてから行くよ。」
香織に促され一行は城に戻る。香織はずっと心配そうだったが蓮は気がつかない振りをした。流石に、男として同級生の女の子に甘えるのだけはなんだか嫌だったのだ。
城に戻りながら、蓮は、本日何度目かの深い溜息を吐いた。本当に前途は多難である。
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いつもの夕食はメルド団長は副長に押し付けていた書類と格闘しているのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると食堂に来ていた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。
「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」
そう言って伝えることだけ伝えると副長と一緒にさっさと行ってしまった。本当に書類が溜まっているのだろう。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾で蓮は副長の背に向けて合掌をしたのだった。
(……本当に前途多難だ)
王国の地理
中央の城から半径5kmが最初の国土であったが、様々な種族や集団が合流した結果、拡張を繰り返し半径100kmの巨大な国家となった。