迫真エリー都!ホロウレイダーと化した先輩   作:我蔦早瀬

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第29話 Out of Control

レースを目前に控え、カリュドーンの子はブレイズウッドで慌ただしく動いていた。

 

 

出場するシーザー・ライト・ルーシーのバイクの調整。

 

レース会場となる大油田・シンダーグローレイク周辺のホロウの観測データ。

 

準備すべきことは山ほどある。

 

ツールドインフェルノはただのレースではない。

 

シンダーグローレイクに、周辺の凝固したエーテル結晶を爆破するための火打石と呼ばれる特殊な爆薬を投げ込んで一掃する。

これを行わなければ油田がエーテル結晶に覆われ、石油の供給手段が失われるのだ。それは郊外の生命線が失われ、多くの者が路頭に迷うことを指すのだ。

 

 

「いよいよもうすぐですね、先輩!みんな勝てますかね…。」

「勝てる勝てないじゃなくて勝ってもらわなきゃ困るんだよなァ…。カリュドーンの子の金回りがシブいまんまだと俺らの返済もいつ終わるか目途が勃たねえんだよ。」

 

野獣がお祈りするように手を合わせる。

 

彼らの仕事を手伝う中でブレイズウッド以外の町に行くこともあったが、人々の予想はトライアンフの勝利で終わるという意見が大多数だった。

 

債権者としても友人としてもカリュドーンの子に勝ってほしいのは山々だが、分が悪いのはこちら側であると感じざるを得なかった。

 

「なんか一発逆転の一手がどっかに落ちてねえかなァ…。木村良い案どう、出そう?」

 

「ンなもんあったらとっくに実行してますよ…。」

 

「だよなァ…。ポンペイのおっさんにホモコロリ盛っちまうか?」

 

「冗談でもやめてくださいよ本当に…。バレて大事になる未来しか見えませんから。

せめてあいつらのバイクの燃料タンクに角砂糖を詰め込めるだけ詰め込むとかにしましょう。」

 

「(俺が言えた口じゃないけど木村も結構ゲスいよな…。)」

 

野獣と木村がああだこうだと駄弁りながら作業をしていると、遠くから見慣れた池沼顔が走ってきた。

 

「三浦先輩、なんでそんな急いでるんですか?トイレなら反対方向ですよ。」

 

「お前ら!よく聞け!!俺らにもやっと運が向いてきたゾ!!!」

そういって、三浦は手に持った通話中のスマホをスピーカー状態に切り替えた。

 

 

 

同時刻、トライアンフの拠点。

 

「親分、来期のルート割当てのリストです。」

NKTIDKSGが持ってきた書類の束を一瞥し、ポンペイは横のテーブルに置くよう指示する。

 

「親分、あれだけ苦労して開拓した新ルートを易々とカリュドーンの子なんかにあっさり渡すとは気持ちいいですね(建前)気持ちよくはない!(本音)」

 

NKTIDKSGは不満気な表情を隠そうともしない。

 

「ルシウスが余計な事をしなければせずに済んだ出費だったかもしれんが、致し方あるまい。

俺もあのくらいの年のころは功に焦って痛い目を見たものだ。

大目に見てやれ。

お前も覚えがないわけではあるまい?」

 

そういって、ポンペイはテーブルに置かれていた酒瓶に手を伸ばす。

 

「それはルシウスからですか?」

「ああ。詫びの品だそうだ。「無論、己の失態はこんなものではなく仕事で返してみせる」、とも言い切りおったわ。」

 

呆れたように苦笑しながらも、それを口に運ぶ。

 

「ふん、酒のセンスはまあ合格だな。お前も飲むか?」

 

「親分のための酒は、いやそりゃ親分が飲み干すべきっすよそりゃねえ(至言)」

そういって酒を断るNKTIDKSGの眼光は、蛇のように鋭く酒をあおるポンペイに注がれていた…。

 

 

 

 

 

そして様々な思惑を孕んだまま迎えたレース当日、会場は異様な熱気に包まれていた。

 

様々な露店がひしめき合い、ライブ会場のような巨大なモニターの前では、トライアンフとカリュドーンの子の両選手がスタートの合図を今か今かと待ちわびている。

 

予想以上の人波を前にしてボンプ越しに戸惑うリンに、お互い得意なことに集中しようと朗らかに声をかけるシーザーだが、ハンドルを握る革手袋のなかはぐっちょりと汗で濡れていた。

ルーシーもライトも、程度の差はあれ同様である。

 

 

緊張。

 

挑戦者たるカリュドーンの子の心理状態を言い表せばこの一言に尽きるだろう。

 

 

 

 

では、トライアンフはどうなのだろうか。

 

長年覇者を務める故の余裕か、それとも常勝という重圧からくる緊張か。

 

例年であればそのどちらかであっただろう。

 

 

だが、今年のトライアンフはそうではなかった。

 

 

 

焦り。困惑。

 

 

それが彼等を支配していた。

 

 

なぜなら、例年であれば彼らに与えられている『あるもの』が、今年は手元にないのだ。

 

 

マイクに電源が入り、ぷつぷつと途切れるような電子音とアンプのフィードバックが会場に響く。

 

司会とレースクイーンを務める女が、壇上に登った。

 

 

「さァ!会場のテンションはもはやダイナモ感覚ッッ!!

今年もやってきたぜツールドインフェルノ!!

みんな盛り上がってるかい!!?」

 

会場を煽りたて、その熱気をさらに加速させていく。

 

だがしかし、それを遮るようにNKTIDKSGが踊り出る。

 

「盛り上がってるところ悪いですけどね、ええ。

火打石、渡してくれませんか?あれがないとそもそもレースになんないでしょうがそりゃあねえ。」

 

そう、例年なら両チームに支給される火打石が、トライアンフの元に届いていないのだ。

 

「あん?オッサンたち持ってねえのかよ?」

 

シーザーが怪訝そうにするのも無理はない。カリュドーンの子にはすでに火打石が支給されていたのだ。

 

しかし、司会は運営の不手際を謝罪するどころか、その質問を待ってましたとばかりにニヤリと笑う。

 

「実はねーー、前々から結構意見が出てたの!

 

 

『毎度毎度、トライアンフが圧倒的すぎてつまんなーい!』

『ワンサイドゲームって盛り上がりに欠けるわ。』

『マンネリだよねー?』

 

 

そういうオーディエンスの声に応えて、今年は特別ルールだよ!」

 

そういってパチンと指を鳴らすと、巨大スクショの画面が切り替わり、今回のレースのルールが表示される。

 

 

「今年の火打石はひとつだけ!!

挑戦者側たるカリュドーンの子のみに与えられるわ!

 

でも奪うのは無問題!

カリュドーンのみんな、死守してね!

トライアンフのみんな、死ぬ気で奪ってね!」

 

観客席からどよめきがあがる。無理もない。このようなルール変更は前代未聞である。

 

しかし、今回の追加ルールはそれだけではなかった。

 

 

「えーー??なになに??

『それじゃあ逆にカリュドーンの子に有利過ぎてつまんなーーい!』

 

うんうん!そんなワガママなオーディエンスの声にも、運営はしっかり応えるわ!

 

 

特別ゲストをご紹介よッ!」

 

そういって、再度指を鳴らすと、発破音と共にスモークが焚かれた。

 

同時に、バイクのそれとはまったく違うエンジンの音が響き渡る。

 

 

 

「ヒエッ」

 

「イヤーー」

 

「ヴォエ」

 

煙が晴れ、音の出所が露わになると、観客席から悲鳴が上がる。卒倒するものまで現れた。

 

 

それは、車に乗って登場した男たちが汚物が如き姿であったからではない。

 

男たちが乗る車のせいであった。

 

魔改造されすぎてもはや元の車種がなんなのかすら判別困難な異形の車体。

 

搭載されたV8エンジンが野獣のような唸り声と炎をあげる。

 

郊外の悪路を走破せんための肉厚なタイヤのホイールには、旧文明における伝説的アーティストの顔面(NSDR)が刻印されていた。

 

オープンカーの如く天井が取り払われたシートでは、奇妙な三人組が観客の悲鳴や罵声もなんのそので手を振り投げキッスを繰り返していた。

 

 

 

 

そして最大の問題点。

 

その桃色の車体の正面。

 

あえて形容するならば、顔。

 

フロントには異様に肉厚な肥大化した唇のオブジェ。

 

ナンバープレートがあるべき位置から突き出した、ニタニタと不気味な笑みを浮かべる歯のオブジェは、前方を走る者を食い散らかさんと言わんばかりに凶悪に光る。

 

鼻を模したパーツはなぜか二つついており、その4つの穴からラジエーターが覗いていた。

 

ヘッドライトがあるべき部分には、まるで光の存在を許さないブラックホールが発生しているかの如く黒くぽっかり空いた穴があった。

 

 

そこにあるのはただただ虚無でしかなかった。

 

醜女の顔をシンメトリーにしたかのようなおぞましい風貌を貼り付けたその車体は、理解という概念から最も遠く、見るの者すべての精神を蝕んだ。

 

 

「迫真空手部の登場だーーーーーァッ!!」

 

「な、ななななな!なんなんですかあの視界に入るだけでSAN値がダダ下がる車はぁ!?」

NKTIDKSGが腰を抜かして異形の車体を指さす。

 

「チーム迫真空手部が駆るモンスターマシン、ピンキーカーよ!

810馬力であなたたちを追いかけまわすから、死ぬ気で逃げてね!」

 

「なんだよそれ、聞いてねぇぞ!」

真っ青な顔でシーザーも叫んだ。ライトはサングラスをかけ直し、明後日の方向を向いている。何が何でもあの異形を視界に入れたくないようだ。

 

 

「いえ、シーザー!むしろ好機ですわよ!」

しかし、ルーシーは唇を真っ青にしてガタガタ震えながらも不敵に笑う。

 

「どういうこったよルーシー?」「アンタまで頭ホモガキになっちゃったの?」

 

「ぶっ潰しますわよ!?いいですか!?

どういう経緯であのアホ共が参戦したのかは知りませんが、あの様子ですとおそらく運営はわたくしたちと空手部がプロキシを通じて懇意にしていることを知らない!

トライアンフにとっての最大の敵が、私たちの最大の味方!これほど有利な条件がありまして?」

 

この予測は正しかった。運営はカリュドーンの子と迫真空手部の関係を正しく把握していなかった。

トライアンフにとって、カリュドーンの子以上に厄介な障害であることも事実である。

 

 

 

 

誤算があるとすれば…。

 

 

「なお、トライアンフ及びカリュドーンの子のメンバー全員が走行不能になった場合は迫真空手部が今回の覇者です!

この場合、クッソ汚いホモに負けたペナルティとして、トライアンフとカリュドーンの子の双方は次のツールドインフェルノまでの間、毎月の儲けの11.4514%を迫真空手部に上納することになります!」

 

「FOO↑借金生活から一転攻勢して不労所得生活とかサイコー!!」

「いいぞ^~これ!!」

「ナオキキキキ!!」

 

誤算があるとすれば迫真空手部の思慮の浅さ・業突く張りさ・クズさ加減である。

 

「あ、ダメだこれ。あのゴミども完全に私欲に目が眩んでる!!全力で妨害してくるよ!!」

「なぁプロキシ。おまえ本当にあいつらと仕事してんの?ヤバくね?」

 

 

頭を抱えるカリュドーンの子・トライアンフの双方の頭上を、カメラを取り付けたドローンが飛翔する。

 

「今年のツールドインフェルノは、資金が潤沢!!

だから中継も特別仕様よ!!

ホロウ内を飛び回るドローン中継!!

会場の巨大モニターに遅延僅か10分で実況をお届けするわ!!!」

 

同時にモニター画面が中継専用の仕様に切り替わる。

 

「いやなんで実況画面がbiim兄貴形式なの!?

これレースだよ?RTAなんかしないからね?」

「レースなんてふたいたいはRTAだから多少はね?」

「語録もいっぱいありますよ。」

「そうだよ(便乗)」

「語録に関してはあんたらのせいでもうお腹いっぱいなのよ!」

 

 

 

 

新エリー都にとって、郊外は不可侵領域である。

 

しかし、その中でただ一つ例外が存在する。

 

 

 

金。

 

文明が崩壊しようが、エネルギー源がエーテルと石油に二分されようが、唯一変わらぬ絶対的な力。

 

それを持たぬ者たち。失った者たち。

 

借金に首が回らなくなった末に最後に行きつく痰壺___地下闘技場(エンバー・アリーナ)

 

その元締めであるアンダーグラウンドマフィア。

 

彼らは唯一、新エリー都と郊外の両方において少なくない影響力を持っていた。

 

彼等はまごうことなき悪党であったが、それ以上に欲深き商人。

 

郊外が生み出す石油という利権は、彼らにとっても魅力であった。

 

しかし、露骨な暴力でもって郊外を手中に収めんとすれば、競い合う郊外の運び屋たちが一致団結する可能性が高かった。

 

故に、アンダーグラウンドマフィアは彼らの土俵にて喧嘩を売ることに決めた。

 

 

 

郊外に長く生きるポンペイは、その背後に蠢く思惑、そしてこの絵図を描いたのが何者なのか即座に看破していた。

 

青筋を立てながら、バイクのハンドルを握りつぶしそうな勢いでひねる。

 

「鼠風情が欲をかいたな!貴様が噛んだのは猫ではなく虎の尾だということを骨の髄までわからせてやる。」

 

 

 

 

 

「とまぁこんな感じで運営に圧力かけたわけだ。」

「でもいいの?あのアホ共に郊外の運営なんて務まるとは思えないけど?御輿が軽いに越したことはないとはいえ、風が吹くだけで飛びそうな軽さじゃない。いくらなんでも限度ってモンがあるでしょ。」

「できるわけないじゃん。あいつらは矢面に立たせるためだけのカカシ。

実質的な運営はあたしらがダミー会社を通じて外注顧問として仕切る。当然、外注費は貰うさね。ざっとこれくらいの金額で。」

 

提示された金額を見た女の口元が、三日月のように裂ける。その手には2種類の財務諸表が握られていた。

「あらぁ?アタイの計算が正しければ、この額ってトライアンフとカリュドーンの子の去年の儲けの合算の11.4514%じゃない?」

 

「なんですってー。おやおや、こいつはなんて偶然だ。

可哀想に。これでは迫真空手部の手元には1ディニーだって残らないねぇ。

でも契約は契約だ。署名もきっちり取った。あいつらの血判つきでね。あいつらは死ぬまで郊外で裸の王様として玉座に縛られるのさ。」

 

「あらかわいそ。それにしても、郊外の走り屋の財務諸表に大量の高性能ドローン…。どちらも生半可なツテや資金で手に入る代物じゃないわね。いったいどういう魔法をつかったのかしら?」

 

「ちょーっと特別なパトロンがいてね。今回の絵図もそのおっさんが描いたのさ。」

「悪い鼠。」

「お互いに、ね。」

 

人気のないバーカウンターで、二人の鼠のシリオンが嗤っていた。

 

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