「セスく~ん、送迎ご苦労さん。悪いけど、このまま残業に付き合ってもらうよ。」
ポート・エルピスでセスの運転する護送車を出迎えたのは、六課の浅羽悠真だった。
「先ぱ...浅羽隊員!これはどういうことですか!?いくらなんでも越権行為が過ぎる!!」
六課のエースであり、学生時代の先輩の登場にセスは面食らう。
「その汚物、うちの案件の最重要参考人なんだよね。ちょっと貸してもらうよ。終わったら返すからさ。
…安心しなよ。こいつが妙な動きをしたら、その瞬間に僕の矢が即座に貫く。
手錠や法律よりは信用できるだろ?」
相も変わらず有能さと軽薄さと不真面目さを両立させたこの先輩が、セスは苦手だった。
「信用!?何を担保にそんな...」
「6課の、誇りにかけて。」
その射貫くような金色の瞳に、噓偽りは一切感じられなかった。この軽薄な先輩がこういう真剣な目をしたときは、約束を違えることはない。認めたくないが、それは何よりの担保だった。
「..........わかりました!現場は確実に封鎖します。ネズミ一匹通しません。
その代わり、絶対に目を離さないでくださいよ!」
「あぁ、誓おう。」
その言葉を聞き届け、セスは手錠の鍵を浅羽に託した。
「いますっげぇセクシーッ、エロいッ、ネズミのシリオンのお姉さんが事件現場入りしたのが見えたんですがそれは....。」「その人はこっちの身内だ。」
浅羽が受け取った鍵で野獣にかけられた手錠を外して懐に仕舞った。
その場をセスたちに任せ、二人でバリケードテープで封鎖されたポート・エルピスの入り口を潜ると、柳・蒼角・三浦・木村・イアスが出迎えた。
「課長の刀はちゃんと持ってるようだね。状況は切迫してる。走りながら、手短に話すよ。」
数時間前、星見雅が護送車の窓を突き破り、ブリンガーがいるデッドエンドホロウ近くの演説会場に突如現れた。
その様子は普段の凛とした彼女の様子からはかけ離れ、その眼光はまるで野獣と化したかのようだったという。
治安官の権限で護送車のルートを捕捉・追跡していた朱鳶とリンは、ただならぬ気配の彼女を見かねてホロウに押し込んだ。
雅は虚ろな目をしたままで、まるで見えない剣豪と斬りあっているかのような鬼気迫る剣戟をみせていたという。
そうしてその荒ぶる剣氣がおさまった後、糸の切れた人形のように座り込んだ彼女はひどく憔悴していた。
朱鳶が彼女をパトカーで最寄りの医療機関に搬送し、リンは他の六課のメンバーと合流することとなった。
その際、雅はリンに野獣先輩への伝言を頼んでいた。
「お前も聞こえたはずだ。刀が呼んでいる。」と。
一方、その場に他の六課のメンバーが現れたことで己の悪事が露見したことを察したブリンガーは逃走。
ポート・エルピスに向かっていることを突き止めた一行は、彼の逮捕に動く。同時に、無尾とともに留置されていた野獣を現地に呼び寄せたのだ。
「先輩、それ凍傷ですか?こんな季節なのに?」
木村は怪訝そうに野獣の顔や腕に目をやる。真冬でもないのに、彼の身体には真新しい凍傷が目立った。
「修行やってました。いつの日か世界を救うと信じて。」「????」
夜の港を駆ける対ホロウ六課・迫真空手部・パエトーン。
その視線の先に、目標の大柄な男の姿があった。
「止まれ!」「ううっ!」
浅羽が矢を、ブリンガーの足元ぎりぎりに着弾させる。
「投降しなさい、ブリンガー副総監!___いえ、今は『容疑者』ですね。」「人間の屑がこの野郎…。」
ブリンガーにもはやあとはない。しかし、彼はそれでも余裕の笑みを浮かべる。
「フン!流石は対ホロウ六課。足が速いな。
いいだろう!こちらとしても、好都合だからな!」
そういって、ブリンガーは懐から注射器を取り出す。その中は、毒々しい色の液体で満たされていた。
「妖刀の力は手に入った!見たけりゃ見せてやるよ!ホロウの時代を先駆ける究極の姿!」
「クスリやってるのかなぁ…。」
空手部が呑気に眺めていたのは束の間。
「ビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビンビン
チクッ
ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛↑ ア゛↑ア゛↑ア゛↑ア゛アッ・・・
アーイク・・」
己の腕に注射器を突き刺したブリンガーが、まるでスズメバチに刺されたかのように悶えた。
顔色がみるみる無残な青紫色に染まっていく。
そのままブリンガーは倒れこむ。
「え、なにそれは…(困惑)」「じ、自決…!?」
しかし、次の瞬間である。
チーンと、鐘の鳴るような音。そして、緊迫した空気を嘲笑うかのような軽快でメルヘンな音楽。
それが、
「な、なにこの音楽!?」「いったい何処から!?」
警戒し、構える一行だが、音の出所がどこなのかは皆直観していた。
音は、確実にブリンガーの身体から響いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「う…ここは?」
ブリンガーが目を開けた時、目の前には澄んだ青空が広がっていた。
浮かぶ白雲が自分が寝転がっていた浅い湖面に反射し、地平に果てなどないかのように何処までも広がっていた。
風の音一つ聞こえない。
とても、美しい光景だった。
「お、気づいた?相変わらずいいカラダしてんねぇ、ホントに!」
その静寂を破る、軽薄そうな声が耳に届く。
「誰だ!?」
驚いて振り向くと、若い男が椅子に座っていた。
おかしい。先ほどまで、椅子もこの男もいなかったはずだ。
「俺だよ俺!俺俺!忘れちゃった?」
「…どこかで…会ったか?」
長髪に日焼けした肌。白いシャツとジーンズ。
ラフな格好で気安く話しかけてくる、若い男。
ともすればガラの悪い不良にも見えるが、白い歯を見せて気さくに微笑むその様子は、何故かある種の神々しささえ感じさせた。
「え~~~!?ほんとに忘れちゃったの!!?
死にぞこないのお前を救い上げてやったのに?
はーーっ。人間ってほんと恩知らずだね?」
助ける?死にかけた?
ブリンガーにとって、そんな経験は一度しかなかった。
その身を犠牲に市民を救った。たった一つしか無い浸蝕装備を幼い少女に譲った。
そうすべきだと思ったからそうした。後悔はなかった。
その助けた市民に見捨てられたことにも、悲しくはあっても後悔はなかった。
ただ___。
ただ、とても寂しかった。
そんな死を待ちながら怯える自分に、奇跡を見せてくれた存在があった。
救いあげてくれた。
焦がれた。
そのためになら、過去の全てを捨てられた。如何なる行いも許容できた。
「ま、まさか貴方が!?あの時、ホロウで俺に奇跡を見せてくれたのは....!」
ブリンガーの言葉に、男は形の良い眉を吊り上げて白い歯を見せて微笑んだ。
「お、思い出してくれた?
俺が一人の人間の前に何度もあらわれるなんて、そうないよ?
感謝してよね!
でさ、戻りたいんだよね?」
そういって、男は軽く手を叩いた。男を中心として、水面に波紋が走る。
その瞬間、空を覆う雲が残らず吹き飛んだ。
世界から音が消えた。
「戻る...とは?
___そうだ、俺はポートエルピスにいて、そして……。
嗚呼…。
だめだ、記憶がはっきりしない。
あたまが、とても、いたい…。」
うずくまるブリンガーの肩に、男は立ち上がって優しく手を置いた。
「うんうん、大変だったな。
大丈夫だって安心しろよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから(大嘘)
ちょっと脱いで、ワーッとやって、パパパッとやって、終わりっ!」
そう言って、男はブリンガーに手を差し出す。
明らかに場違いな、神を名乗る軽薄そうな男。
普通はこんな男の手は取らない。
だが、なぜかその日焼けした手を握ってしまった。
そうするべきだと。
そうした方が幸福だと。
そうしなければならない、と。
その瞬間、ブリンガーの視界が黒く暗転する。
薄れゆく意識のなか、声が聞こえた気がした。
「人間てさ、ほんと愚かだよね(笑)」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「
突如、覚醒とともにブリンガーが咆哮した。
地面が揺れ、周囲にエーテル結晶が結露していく。
「エーテル活性上昇!気を付けて!」「ブリンガーの奴、エーテリアスに!?」
ブリンガーは意識を取り戻したのか。
否、ジャスティン・ブリンガーという個人は永久に失われた。
それはもはや人であり人に非ず。
「え、何コレは。」
「あいつ、ペラペラだよ!紙みたい!」
「わ、私もそう見える!私たちは奴を三方向から見ているのに!どういうこと!?」
「…ペーパーマ○オ?」
あり得ない光景だった。
虚ろな目をしたブリンガーが立ち上がる。
その筋骨隆々な分厚い体が、薄い紙のような平面になっていた。
柳と蒼角。浅羽とイアス。迫真空手部。
三陣営でブリンガーを包囲していた。
その三陣営の全てにブリンガーは平面の身体を向けている。
それなのに、その場の誰一人ブリンガーの平たい側面を観測することができなかった。
三次元という概念から完全に逸脱した異形の肉体。
これは彼ら___後に讃頌会という名が判明した一連の事件の黒幕___すらも予想外の結果だった。
本来ならば、妖刀・無尾から抽出したエネルギーを用いて強化することが目標だったのだから。
しかし、その目論見は失敗に終わった。
サラの
それは、耐性の無い者が触れれば大量のほんへ(無修正)と語録の洪水に脳髄が犯され発狂する危険極まりない劇物である。
臨床実験無しにそれを人体に使用したサラたち讃頌会は、その恐ろしさをこの時初めて知った。
「なんだこれは たまげたわね。」
双眼鏡で遠方からそれをまるで他人事のようにつぶやくサラ。
彼女の背後に控える部下は「(あんなもん持ってきたのは)お前じゃい!」と叫ぶのを全力で堪えた。
ブリンガーの身体が、ステロイドで得た偽りの肉体が如く膨張していく。
「うわ!気持ち悪っ!」
その大木のような四肢を唸らせてブリンガーは歩を進める。
その歩みは、まるで四肢の画像だけを拡大・縮小させて歩行を無理矢理再現しているかの如く不自然だった。
「お〇んこぉ^~(気さくな挨拶)!」
本来のブリンガーの声とは似ても似つかない甲高い声で、呪詛のような悍ましい台詞と共に地面を殴りつける。
ひび割れたアスファルトから轟音と共に爆炎が巻き起こった。その度に「や っ た ぜ」と何処からともなく良く通る中年土方の声が響いた。
「そんな馬鹿みたいな図体で弓取りの前に立つなんて、ハリネズミにしてくれって言うようんなもんだよ?」
ブリンガーの背中に、浅羽の矢が容赦なく突き刺さる。
人体であれば心臓に達しているであろう深さのはずだが、ブリンガーは意に介さない。
「効いていません(無敵)」
くるりと浅羽に向き直ると、音もなくその身体を変態させる。
その肥大化した筋肉が、さらに膨張して小山の如く巨大化していく。
あえて形容するならば、その姿は人体を繋ぎ・重ね合わせたかのような悍ましい
それが凄まじい勢いで浅羽に突進する。
「ハルマサ、危ない!」「ナオキッ!」「オルルァ!」
それに蒼角と木村と三浦が割って入る。
三浦が渾身の正拳突きで勢いを殺し、蒼角が刃旗を展開させて巨大な盾と化して剛力で受け止める。撃ち漏らした力の流れは、木村が四方に散らして受け流していく。
突進を食い止められ硬直したブリンガーの横っ腹に、浅羽が得物の弓を二対の刀に変形させて切り裂いた。
しかし、みるみるうちにその裂傷は時が巻き戻るかのように再生していく。
「時間を与えては不利なようです!田所さん、合わせてください!」「ん!おかのした!」
この機を逃してはならない。
傷口を抉るような薙刀・骸薙ぎと妖刀・無尾の容赦ない攻撃。
妖刀を振るうのは普段と違う者だが、その動きに澱みはない。柳の動きに見事に対応してみせた。柳の起こす雷撃傷に重ねるように霜灼を起こす。
その動きに、内心で柳は舌を巻く。
「(同じ刀でも大きさが違えば勝手が違うはず!だというのにこの動き!まるで長年扱っていたかのよう!)」
雅と野獣が刀を交換してから一日も経っていない。その間、まともな戦闘がなかったことも把握していた。しかし、それを感じさせないほどに野獣は巧みに無尾を振るってみせた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」
痛みに耐えかねたブリンガーの成れの果てが咆哮し、身体がみるみる縮小していく。
勝機。
そう見えた一行が駆け出すが、ブリンガーの手には
「ダイナマイッッッッ!!!」
「!?___いかんゾ!!」
咄嗟に三浦が鋼鉄製のコンテナを一行の前に蹴り飛ばし、巨大な盾とする。
穴だらけになり、火花を散らすコンテナの陰で一行は息を整える。
決戦の火蓋は切られたばかり。
陰謀渦巻くポート・エルピスに向け、疾走するバイクの集団。
その先頭車では、邪剣を携えた最強の剣士が闘志を滾らせる。
【TIPS】
サクリファイス
ブリンガーがサクリファイス化の薬剤と邪剣・夜をチャンポンしてしまった結果生まれた素材。
あらゆるBB素材を顕現させる超常の力を持つが、代償として自我は失われて、語録しか話せなくなる。